提督と加賀   作:913

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四十話

「あー、疲れた」

 

鎮守府に帰ってきた提督はゆっくりとした足取りで私室に入って着替え、倒れ込むようにベットにうつ伏せに身体を置いた。

疲労が、濃い。ビスマルクや矢矧などはもっとだろうが、それにしても疲れ切っている。

 

(……なんで布団が丸まってるんだ)

 

大きさを無視してこと形的にのみ見ればミノムシの蓑かなんかと見間違えるほどだし、敷布団の方にも掛け布団の方にもやけにいい匂いが香っていた。

 

加賀あたりが香木でも炊き込んでくれたのか。だが、それにしても何故ミノムシなのか。

疲れて思考の回らない自分の頭の鈍さに辟易しながら、提督はミノムシの蓑を引っペがす。

 

ポフン、と言う感じの擬音が立ったことにも気づかず、物凄く寝心地のいい温度になっている布団を身体にかけ、側にあった柔らかいのを引き寄せた。

抱き枕にちょうどいい柔らかさと硬さと、長さ。そして何より、布団に香る物よりもひときわいい匂いがする。

 

湿ったような、吸い付くような。だがさらりとした絹のような表面に、血が通った人間よりは少し温かい懐炉のような抱き心地。

張りのあるモノに挟まれるような、包まれるような、押し返すような何かに顔を突っ込み、思いっ切り抱き締めた。

 

物凄く、抱き心地が良い。この抱き枕を作った職人は人間国宝として称されるべきであろう。

 

そんなくだらないことを考えつつ、彼は目を閉じて眠りについた。

 

(……ぅ?)

 

三時間後の、マルサンマルマル。

低血圧な加賀は、まだまだ酩酊したような意識で目を覚ました。

 

目の前がぽわぽわと霞み、自分の胸部にある硬い感触が存在感を増す。

僅かな嫌悪感と共に押し退けようとした頭の髪の硬さにデジャヴを感じ、まだまだ思考の鈍い加賀は欠伸をしながらぼんやりと見下ろす。

 

「ていとく?」

 

自分の胸に突っ伏すような形で寝ている提督を抱き締め、ジットリとした眼がとろりと溶けた。

 

「貴方なら、いいわ……」

 

腕を後頭部に優しく回し、北半球が殆ど丸出しになった胸に提督を受け入れる。

断固とした抵抗をつづける瞼に屈し、加賀は同じ布団で寝ている疑問を感じないままに再び寝入った。

 

その寝顔はいつになくあどけない無垢なものであり、いつものジト目も閉じられている。

二十歳少しくらいの湿気た目をしたエロい身体付きのお姉さんとでも言う彼女は、一見すれば十代後半の乙女だとしか言えなかった。

 

そして、続いて提督も起きた。

 

「……加賀さんかぁ」

 

なら、柔らかいのも当然だ。何せ元々肉感的な身体なのに、それの最も柔らかな部位である胸に顔を埋めているのだから、至極当たり前だろう。

 

(……何で、加賀さんはこんなに可愛いんだろ)

 

湿気た目をしてるくせに、身体はエロい。そして、無防備。

いつか必ず男に何やらをされるだろうという確信を持ちながら、自分の中の恋慕と独占欲が荒れ狂うのを、彼は感じた。

 

加賀のことが好きだと思ったならば多々あったが、こんなにも明確に自分の物にしたいと思ったの初めてだった。

毬のように形の良い胸を、締めれば折れてしまいそうな腰を、柔らかさを感じさせる安産型の臀部を、白く穢れの知らない肌を、異様な美しさを。

 

その全てを、渡したくない。

 

「……加賀起きろ。よくないぞ」

 

「んぅ?」

 

組んだ脚の膝下にもっちりとした双球が乗っかり、太腿に加賀のとろけた寝顔が乗っかる。

飼い主に甘える仔犬のような可愛さがあり、それに不釣り合いな殺人的な色気がある。

そして、物凄く柔らかい。

 

「てぃ、とく?」

 

「うん。起きなさい」

 

「や」

 

「我侭を言うな」

 

我侭な身体で我侭をやられることほど、己の煩悩を刺激されることもない。今は彼女の異様な美しさが色気に勝っているから何とかなっているが、これ以上色気が増すとどうなるかわからない。

思わず真顔で丁寧語ではない言葉を吐いてしまった己に気づかず、提督はやりと加賀を無理矢理剥がそうとした。

 

「……なぜ、はなすの?」

 

「何でも何もない。頼むから離れてくれ」

 

「や」

 

「加賀」

 

「いや……」

 

最早崇拝に近い恋慕で興奮を防ぎ、駄々をこねる加賀から脚を抜く。

むっちりとした胸が脚に擦れることで、男として備わった本能を刺激していた。

 

「加賀さん、男にそういうことをするのはやめなさい」

 

「……ていとくなら、いいわ」

 

「ダメだ」

 

勘違いさせるようなセリフは吐かず、君の夫になる奴にやってやりなさい。

そう言おうとして、提督の胸がズキリと痛む。

 

こんなに可愛い加賀を、誰かが娶る時が来るのだ。

今無理矢理に手を出してしまってもおかしくはない。想いを遂げようとして一生がダメになっても、構わない。

 

だが、それは彼女を傷つけることになる。

 

(好きだ)

 

他の男に、彼女が抱かれる。そう考えるだけで気が狂うほど憎くなる。

 

彼女ことは、好きだ。好きだからこそ、憎い。憎くて憎くて、虐めたくなる。

 

だが、それはよくない。彼女はそう言うような対象ではない。

 

「……ていとく」

 

いつものジト目から、半眼よりもなお瞼の落ちた三日月へ。

肌の見えた寝間着を最後の気力と言わんばかりにのろのろとただした彼女は、バターン、と倒れ込むように彼の胸元に突っ込む。

その氷の美貌は、明確な甘えに入っていた。

 

「おかえりなさい」

 

ポツリと呟かれた中に無限の寂寥と忠犬めいた愛らしさを見出した彼は、思わずといったような風情で抱きしめる。

色っぽい鎖骨に加え、肩までもが激突時の衝撃で僅かに見えてしまっている彼女の美体を寝巻きである着物を定位置に戻して隠し、彼は再び軽く抱きしめた。

 

「ただいま」

 

また寝た加賀から、答えは返ってきはしない。

ただ、規則正しい寝息が服越しに胸板を擽るだけである。

 

可愛い。殺伐とした戦場から帰ってきたご褒美。

 

それが、この加賀の添い寝と寝顔なのかも知れなかった。

 

「……頑張ろう」

 

加賀の髪を軽く手で梳き、癖っ毛の跳ね具合を面白がりながら更に撫でる。

安堵したような、剣呑さが取れた子供っぽい寝顔。この寝顔を守る為ならば、たぶん自分はなんでも出来るのだ。

 

「……愛してるよ。本当に」

 

自分では絶対に釣り合わないし、好かれているとしても上司としか見られない。

彼はそんな現状の虚しさを察し、この恋慕が報われることを諦めている。

 

彼女が退役したならば、超絶美形で性格もいい男と結婚し、この国を守る為に戦っていたということを記憶のみに残して余生を過ごすだろう。

 

自分はこの平和を護ったのだ、作ったのだと。そう言いながら子供を抱く幸せな彼女の側に己がいなくとも、それでもいい。

 

(絶滅させることは、不可能だ)

 

自然に発生するポイントを全て潰すことは出来ないが、減らして一海域に押し込むことくらいならば出来る。

戦いは起こるだろう。だが、少なくとも彼女に戦火は及ばない。そんな時期があればいい。

 

「五年か、十年か……一時でもいいから、安息が欲しいものだな」

 

その後人がどうなるかは、後世の人々が決めるだろう。

自分は自分のできることをやり、少しでも平和への礎を築いていく。

 

柔らかくて温かな彼女の身体を離し、提督は手をそろそろと加賀に向けて伸ばした。

 

髪を結ばず、目を開けてもいない彼女の顔は、あどけない。

絹のようにさらりとした髪に、布団にぐるぐる巻になってなおわかる細い腰と、豊かな胸部装甲。

蓑虫巻きの隙間からちらりと見える白い大腿部は、思わず触れてみたくなるほどの、いかにも柔らかそうなものだった。

 

改めて言うまでもないが、側に居て恐ろしくなってくるほどの美人である。

 

「それにしても、無防備な……」

 

自分の身体が持つ破壊力、常の姿とのギャップが生み出す殲滅力。そこら辺を、彼女はわかっていないように思われた。

 

二度三度頭を撫で、その度に擦り寄ろうとする加賀を巧みに押し留めつつまた撫でる。

 

可愛い。そして、やはり自分はこの女が好きなのだ。

 

(……退役して、結婚。してくれないかな)

 

そうしたら諦めもつく。己の感情は見返りを求める恋慕ではなく、ただ好きだと言う偶像崇拝のようなものへと変質するだろう。

いや、もう既にそうなりつつあるのだが。

 

「君を好きで居ることくらいは、俺にも許される、かな」

 

それ以上は、決して許されない。

腕の中で息づく生命を愛おしげに抱きしめ、提督は痛む心を堪えて加賀を突き放す。

 

高嶺の、花なのだ。どんなに近くに居ても、加賀が自分のことを良い上司だと思っていてくれたとしても、決して手の届かない高嶺の花。

 

そんな彼女を一時的にとは言え、半ば手中に収めた提督は、ドキドキしながらその寝顔を見つめ続けた。


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