提督と加賀   作:913

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五十三話

「提督、こちらの方が」

 

「新鮮?」

 

「はい」

 

いつもの背筋に芯を通したような輪とした佇まいを取り戻し、加賀は提督の一歩斜め後ろを歩いていた。

 

その進んだ二歩は加賀の成長を如実に―――つまり、目に分かる程に表している。

 

「提督、荷物は……」

 

加賀の目利きで鎮守府に足りなかった食材を買い終えた帰り道、加賀は提督にそう提案した。

 

空母組の中では一番非力だとはいえ、十二万七千四百馬力。野菜如きを運ぶのは造作もない。

 

何せ、艤装を完全に展開すれば鉄腕アトムより力持ちなのである。

戦艦組とは違って大仰で目を惹くような艤装ではない為、空母組はその他の艦種に比べて高い馬力を自在に引き出すことが可能だった。

 

「それは勘弁してよ」

 

「何故?」

 

僅かに苦笑しながら言う提督に、加賀は間髪入れずに問いかけた。

別に答えを急いているつもりもなければ、苛ついているわけでもない。単純に、力持ちに荷物を任せないという非合理が不思議だったのである。

 

「あー、うん。男の意地、かな。女の子に荷物を持たせて自分は手ぶらってのは、どうもね」

 

ビス子には、と言いかけて、加賀は口をつぐんだ。

彼女の場合は艤装に格納しただけなので持っているわけではない。

 

どうやらあの人をも格納できる特殊な艤装には、物理法則が通用しないところがある。

重さも感じないのだと、聴いたことがあった。

 

「……」

 

「あ」

 

加賀が嬉しさと不満と心配とで黙ったのをどう感じたのか、提督は態とらしく話題を逸らそうと声を上げる。

これに律儀に反応した加賀は、犬の尾の如きサイドテールを僅かに揺らして振り向いた。

 

「そういえば艦載機の機種転換、どうよ」

 

「説得は終わりました。八割方転換前と同程度の練度になり、実戦に於いても過欠はありません」

 

一航戦の艦載機群は一番楽な戦局でありながら、一番酷い戦局であったと言われる一年目からの生き残りが大半であり、そうでないものも二年目が多い。

二航戦は二年目が殆どで、若干安定を見せた三年目に練成されたものが補充に、飛行隊長として数少ない一年目が居る。

 

一年目の主力機体は、零戦21型と九九艦爆、九七艦攻。

 

二年目の主力機体は、零戦32型と彗星、天山。

 

三年目の主力機体は、零戦52型と彗星、天山。

 

やや安定してきた四年目は紫電改が開発され、艦爆が彗星一二型甲と艦攻が流星。

 

完全に南方艦隊を撃滅した五年目は資源地を抑えることができたために開発に回せる資源が増え、余裕が出来たために烈風や震電改が配備することができた。

 

機種転換などという悠長なことを考える間もなかった激戦の中、一航戦は戦い続けてきた。結果としてその練度は初期でしか通用しなかった最低の性能の艦載機で『たこ焼き』と呼ばれる深海棲艦の最新鋭艦載機群をタコ殴りにできる程度に成長していたものの、提督はある重大な決断を下した。

 

四年目前半から各旧式艦載機の、新鋭機への一斉転換を命じたのである。

 

この当時の従順さランキングでは五航戦、二航戦、一航戦という順だった為、紫電改に機種転換してくれたのは翔鶴・瑞鶴と二航戦のみだったが、三年目後半から四年目初頭にかけてはその列に一航戦も加わった。

 

『これまで零戦でやってきた、これからもできる。現に敵の新艦載機にも勝ち続けている』という妖精たちの不満を収めるために説得したり、従順になった加賀と元々そこそこ協力的ではあった赤城、積極的に機種転換に賛成してくれた二航戦、五航戦の尽力があったからこそ、恐ろしく頑固だった一航戦の妖精たちもこれに従わせることに成功したのであろう。

 

三十機で三流、四十機で二流、五十機で一流、七十機でエース、百機でスーパーエース。

全盛期では千機近い艦載機群が配備されていた深海棲艦南方艦隊を撃滅した六隻の正規空母と、四隻の軽空母。

 

雑魚と化した海域の敵艦載機を芽の内に引き千切っていくスタイルで稼いだということもあるが、その撃墜数の八割が敵の新型艦載機や熟練の搭乗員を乗せた艦載機であることを考えれば、そのスコアは充分に誇れるものだと言える。

 

百機落としのスーパーエースたちが居るだけに、撃墜数四十機越えでないと二流ですらないという修羅の鎮守府での機種転換は相当な手間が掛かった。

何せ零戦に慣れきっているのである。新型の艦載機に配置転換するにも些細なズレが生まれてしまうし、元の技量に戻すには相当な時間が掛かる。

 

しかし、慣れたならば機体性能が上がった分だけ強くなるはずだった。

 

「全体的な戦力は上がってる?」

 

「性能の分だけですが」

 

不本意そうに、加賀は言う。

 

最低でも二千時間の飛行訓練を積んだ後、配属されるのが新兵。

 

二千時間の飛行訓練の後に実戦経験豊富な飛行隊長の元で雑魚と化した南方艦隊をいびり、敵の芽を詰むことで慣らす。

この様な経過を経て、やっと三流として迎え入れられるのである。

 

平均七千時間以上の飛行時間を糧とした最精鋭が、一航戦。

平均四千時間程の飛行時間を持つ精鋭が、二航戦。

平均飛行時間が三千時間程の新芽が、五航戦。

 

特に五年と言う期間で練成された一航戦の最精鋭の練度は、他の鎮守府の追随を許さないものとなっていた。

 

「艦載機の練度は数値化されてない分、底がない。エース軍団にしてくれよ」

 

「それは勿論のことです」

 

自信満々と言った雰囲気を漂わせ、加賀は怜悧な瞳を閉じて頷く。

 

「大本営の航空隊は凄い強かったからさ」

 

彼女には最初に配備された計九十三機の艦載機の内、激戦を潜り抜けて生き延びてきた三十二機の戦闘機と八機の雷撃機を中核とした艦載機群を、彼女は心から信頼していた。

 

赤城の場合は雷撃機と爆撃機が多い為に損耗も激しく、生き延びてきた機体も十三機と少ないが、その生き残りを中核とした艦載機群を信頼しているのは変わりがない。

 

飛龍は確実且つ派手に戦果を挙げてきた十二機の雷撃機を、蒼龍は命中率が未だに九割を切っていない十四機の爆撃機を、参戦の遅かった翔鶴は命中率八割超の二十四機の爆撃機を、瑞鶴は三十七機の戦闘機隊を、それぞれ中核に据えている。

 

それぞれ他の鎮守府では行き着いていないネームド隊と言うレベルにまで高まっているだけに、彼女等の『自分たちは無敵』と言う認識は根強い。

 

事実強いだろうが、提督にはその強さが逆に不安だった。

 

特に、『空母機動部隊は最強。その中でも一航戦が最強です』とか言い出しそうなところが。

 

驕れるものは久しからず。盛者必衰の理を表す。

 

ここらで嘘を付いても水を差しておこうという魂胆だった。

 

「……む」

 

「物凄い強かったよ。ホント。無敵、みたいな?」

 

カチン、と来たような空気を纏った加賀が腕を掴んで上目で睨む。

 

他の鎮守府の艦娘を褒めて欲しくないと言う、一種の独占欲のような感情が働いていた。

 

「……無敵など、有り得ないことです」

 

「こちらもね」

 

「ですが、常勝ではあります」

 

「負けるまでのことだけどもね」

 

ひたすらブーメランのように加賀の言葉を返して、提督はむっとしてしまった加賀を見下ろす。

案外、扱いやすいところでは扱いやすい。こう言っておけば、加賀はいざという時も気を引き締めてかかるだろう。

 

(大本営の航空隊の練成時間が千時間で、強敵との実戦経験が乏しいことは、黙っておくか)

 

いつも演習の航空戦で敗け続けている五航戦の相対的な練度の低さは、大本営にはそこそこ知られていた。

 

弁護するならば、一航戦との演習ではキルレシオは一対六とボロ負けだが、決して弱いわけではない。

寧ろ彼女等は他の鎮守府に居たならば航空戦における絶対的なエースであると言っていいであろう。

 

そこのところを情報軽視の傾向がある大本営は理解していない。

大本営が脅威と見ているのは練度九十を越える化け物集団一航戦と、強固な自己蘇生能力を持つビスマルクのみであった。

 

このままもし万が一闘うことになっても、航空戦では勝てる。

そして航空戦に勝てるならば、ある程度の優位に立って水上戦を戦える筈なのだ。

 

「…………負けないですもん」

 

「はい?」

 

いつもの無口無感情ではあるが良く耳に入る美しい声音とは違い、完全にぼそっと口に出た形で発せられたであろうその言葉の語尾を聴き、提督は思わず訊き返す。

 

虐めたいとかそのようなことは思っておらず、純粋にその語尾に途轍もない違和感を感じたからであった。

 

「何でもないわ」

 

「いや今、もんって……」

 

「何でもないわ。いい?」

 

「アッハイ」

 

特殊スキル、威圧感。

そう形容するしかない程見事で重厚な威圧感の前に、提督は遂に口をつぐむ。

 

加賀がいつの間にか荷物を奪取していることに気づくのは、これからしばらくしての話だった。


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