提督と加賀   作:913

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渇新風様、三三一体様、Birman様、評価ありがとうございます!


五十六話

「―――なるほど」

 

隣にちょこんと腰を下ろしている加賀の温かさといい匂いに癒やされながらも、提督は頭の中を警戒と脅威一色に染め上げながら呟いた。

 

「第七艦隊、壊滅か」

 

「はい」

 

反乱討伐が失敗したものの、離反した南部中将の第五艦隊と那須退役中将の第十艦隊は軍籍から除かれ、大日本帝国の艦隊は従来の中央集権的十二艦隊制を廃止せざるを得なくなった。

 

加賀提督こと北条氏衡中将が統括する艦隊は元来の呼称だった第八艦隊は無傷故にそのままだが、第十一艦隊には一条中佐が大佐に昇進し、代将となって再編。

 

何だかんだ功績を挙げた彼も大将になり、艦隊司令官の中では一つ頭抜けた存在となっている。

 

第一艦隊は大本営の直属の三個艦隊を以って編成。

第二艦隊は佐世保の小山田中将。

第三艦隊が呉の鈴木中将。

第四艦隊が舞鶴の宇佐美中将。

第五艦隊が宿毛の西園寺中将。

第六艦隊が岩川の遊佐中将。

第七艦隊が対馬の蒲池中将。

第八艦隊が北条大将。

第九艦隊が鹿屋の安芸中将。

第十艦隊岩川の遊佐中将。

第十一艦隊が横浜の一条代将。

第十二艦隊が佐伯の安東中将が第十二艦隊。

 

練成所としての意味合いが大きい柱島の熊谷中将の艦隊が解体され、各艦隊の補充要員となっていた。

 

各提督の昇進の沙汰を終え、やっとこれらを再編成も目処がついた途端、三番目に強大な艦隊であった第七艦隊が壊滅したのである。

 

「大変なことだ。月並みな感想になるけども」

 

比島鎮守府でも、再編成が行われた。

 

第一戦隊の旗艦がビスマルク。

第一航空戦隊の旗艦が加賀。

第一水雷戦隊の旗艦が木曾。

 

第二戦隊の旗艦が鈴谷。

第二航空戦隊の旗艦が飛龍。

第二水雷戦隊の旗艦が矢矧。

 

第三戦隊の旗艦が鳥海。

第三航空戦隊の旗艦が瑞鳳。

第三水雷戦隊の旗艦が神通。

 

第四戦隊の旗艦が足柄。

第四航空戦隊の旗艦が龍譲。

第四水雷戦隊の旗艦が川内。

 

第五戦隊の旗艦が羽黒。

第五航空戦隊の旗艦が翔鶴。

第五水雷戦隊の旗艦が阿武隈。

 

それはまあ気の遠くなるような事務仕事が必要な作業であり、その苦労は提督の心に恐怖として残っていた。

 

第七艦隊に所属していた艦娘たちが沈んだことにも心が傷んだが、そこから立ち直ってみればふと思い浮かぶのは大本営に課せられたこれからの再編成作業である。

 

「……大変なことだ」

 

「また動けなくなるものね」

 

再編成するにも、第七艦隊の残存艦艇を早急に接収し、再編の為の基幹に据えなければならない。

それが現状で難く、更には『誰が沈んだか』ということが正確に把握できない以上、再編の為の戦力を集める事すら難しかった。

 

即ち、再編成が終わるまでは迂闊に動けない。加賀が言ったのはこういうことである。

 

一方で五つの艦隊規模の分艦隊を持つ提督も、これには同情せずにはいられない。

大本営には艦隊規模であることが疑いない十一個の艦隊があるのだから、現場に任せるところもあるとはいえ、その働く量は約二倍。

 

「……大本営は大丈夫なんだろうか」

 

「大丈夫ではないことだけは確かなのではないかしら」

 

だよな、と返したくなり、口を閉じる。

実際問題として、対馬が陥落したと言うのは戦略的に極めて大きいのだ。

 

日本海の佐渡側の鎮めは伊勢提督こと長尾提督が行っていたものの、現在は解任されて何故か反乱軍側に元々率いていた艦娘たちを引き連れて居る。

 

佐渡・対馬の両拠点が破られたということは、富山やら新潟やらが空襲を受けても不思議では無かった。

 

「で、だ。この艦隊の異能持ちは何人?」

 

「四人よ。制御できているのは三人」

 

「……え、四人?」

 

「ええ」

 

赤城、加賀、ビスマルクは異能持ちであることは知っている。

その内異能の中身を知っているのはビスマルクだけだが、四人目がいるとは知らなかった。

 

「誰?」

 

「瑞鶴よ」

 

瑞鶴の練度は七十前半。青い青いと言われる練度ではないが、この鎮守府では平均以下である。

 

他の艦娘に異能が発言していないことも考えれば、随分早熟だと言えた。

 

「随分早いね」

 

「赤城さんも練度が七十を超えた頃には僅かながらも片鱗があったから、そこのところはわかりません」

 

加賀やビスマルク、蒼龍が秀才ならば、赤城と飛龍は天才である。瑞鶴もそれに近い天性の素養があり、だからこそムラがある。

 

翔鶴が努力と研鑽を怠らない秀才型であることを考えれば、そうなのかもしれなかった。

 

「じゃあ、飛龍は?」

 

「わかりませんが、発現していないと思われます。瑞鶴のように、周りや本人が気づいていないということもありえますが」

 

艦娘の素養や、艦としての戦歴、艦娘としての練度。

他にも条件があるかもしれないが、それは未だに明らかになっていないのである。

 

この場合、瑞鶴の航空母艦としての素養がずば抜けていることに理由を求めるしかなかった。なにせ事実として、素質だけならば随一なのだから。

 

それは加賀も認めることだし、だからこそ厳しく扱いているのだ。

何だかんだ反抗しながらも成果を挙げ、練度を積み重ねている後輩を見て、愛おしくないといえば嘘になる。

 

「瑞鶴の異能は、俺に言える?」

 

「はい。他の娘のも、お望みとあれば」

 

「……お願い」

 

異能を教えてもらおうとしたことがないこともあるが、ビスマルクのようにあけすけに自己申告してくれなかったことに少し、疎外感を感じてしまう提督である。

 

三、四年前に感じた柵のようなものは今は薄れてきたが、それでもこのようなことがあると、感じずにはいられない。

 

赤城は天才故の、更には武人としての完璧主義から。

加賀は『やめろ』と言われたことそのままだからということから。

瑞鶴は、まだまだ制御できたものではないから。

 

このようなもっともな理由があったとはいえ、ただでさえ意訳すれば『職務上仕方ないからよくしてやってるんだよ。勘違いしてんじゃねーよ』というボディーブローを喰らってグロッキーとなった提督には、相当な辛さがあった。

 

今回の加賀の『お望みとあれば』というのも、『話したくないけど、職務上要求されるならやってやるよ』という風に聴こえたのである。

 

「赤城さんは、有り体に言えば時を止めることができます。今のところは三分二十六秒。彼女の停止した世界で動けるのは、許可を出された者のみです」

 

「……強いな」

 

思わず、提督は感嘆の溜息を漏らした。

赤城の異能は謂わば、己のトラウマと言うか、恥辱というか。その原因となった己の心を叩き直し、更には時間と言う絶対的な概念に立ち向かおうと言う気概があってこそなのだろう。

 

絶望などする前に敵を殴ってでも黙らせる、と言うような凄まじい闘争本能が、抗おうとしない物への抵抗の芽を芽生えさせていたのだった。

 

「私は、敵の攻撃対象を上書きすることができます。詳しく言うならば、敵の艤装や艦載機の狙いを私に上書きすること。これが私の異能です」

 

内部から浮上してくるような、水温とも何とも言えない様な音と共に艤装を出し、実際に異能を発動させる。

訳がわからない内に全てが終わる赤城や、試すにはリスクが高いビスマルクとは違い、彼女は実際に見せることができた。

 

「使うと、このように飛行甲板に日の丸が浮かび、同じく日の丸の鉢巻が額に艤装として装着されます。敵はこの日の丸を狙うような形になって、引き寄せられるということです」

 

「取り敢えず、使用禁止ね」

 

「……はい」

 

五寸どころではないぶっとい釘を刺され、加賀はツーっと目を逸らす。

もうすでに何回か使っているなどとは、言えるわけもなかった。

 

「瑞鶴は?」

 

「あの娘は私の真逆で、敵の狙いを自分から逸らすの。ビスマルクが自己蘇生なら、あの娘は絶対防御と言ったところかしら」

 

周りには直撃するかもしれないが、自分は装甲にすら当てず逸らすことができる。

それが瑞鶴の、近く発見された異能だった。

 

ある海戦まで様々な戦場を駆けながら、殆ど被弾しなかった幸運艦に相応しいものではある。

 

実際に今までの異能は、元ネタと言うべきものがあるからだ。

その元ネタは具体的に言えば死因というべきものであり、そこから一歩でも進もうとする気概が具現化し、物理法則に喧嘩を売っているのが、異能。

 

そういう理解が、提督にはある。

 

「運が良いかもしれないから、言わなかったのだけれど」

 

「……うーん」

 

だが、瑞鶴はどうなのか。幸運艦たから逸らすと言うのは、安直ではないか。

 

成長しきっていないのか、それとも異能ではなく、単純に運がいいのか。

 

「……まあ兎に角、赤城を呼ぼうか」

 

「戦闘詳報の件ですか」

 

「ああ」

 

打てば響くような返事に頼もしさを覚えながら、提督は加賀に赤城を呼び出す様に頼む。

 

瑞鶴の件も含めて、聴きたいことが色々とあった。

 

 




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