提督と加賀   作:913

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三話

高く高く。天に昇った太陽の光を反射し、水面は宝石の如く輝いていた。

南方海域は熱く、雨が多い。雨が多ければ晴れ間が少なく、よってカラリとした晴れてるんだか雨が降ってるんだかわからない天気が続く。

 

全体的には暑いが、服装と過ごし方に気を遣えば苦になるような暑さではなかった。

 

そんな南方に白露型駆逐艦の四番艦、夕立は向かっている。

 

本来気をつけるべき服装は、黒いセーラー服とでも言うべき半袖とミニスカートと胸元に映える赤いリボン。

しかし頭には黒い紐の如きリボンがカチューシャの如く取り付けられ、規定の制服から一歩出てしまう程度にはお洒落に興味がある年頃であることを示していた。

 

だがそれにも限度、というか。節度というか、ともあれ環境に対して適応させる必要はあるわけである。

 

というより、そもそも服は環境の厳しさに耐え抜く為に作られた。お洒落に傾倒するあまり本来の意味を忘却してしまっては正に、本末転倒というものであろう。

 

「暑いっぽい……」

 

要は彼女は、南を舐めていた。彼女が建造されてから三年間居た横浜鎮守府艦娘教導所で学んではいたものの、彼女はさほど真面目な質ではない。

 

艦娘がこの海に現れ、組織化されてからまだ八年。人類史に刻まれるであろう彼女ら艦娘という存在も未だ世界においては若輩の新参者に過ぎず、研究の進んでいないことが多くある。

 

その一つが、服装であった。

 

彼女ら艦娘は艤装と呼ばれる服と兵器の間の子のような何かを装着して戦う。が、艤装を剥いだり厚着をさせたりしてしまえば圧倒的な身体能力は失われ、人と何ら変わりがないものとなってしまうのだ。

 

そこの境界線が未だに不明瞭であり、わからなかった。故に、彼女ら艦娘を保護・統率すべき海軍は艤装には基本的に手を加えていない。変に手を加えて貴重な戦力を失うわけにはいかないのである。

 

結果、夕立のように『南に行くのに暑さに無防備』というような惨事が多き生まれていた。

 

「……あれっぽい?」

 

両腕を抱えながら水面を滑るように航行していた夕立は水上にゆらりと浮かんできたビルを見つめ、呟く。

 

彼女が遥々南方にまで来たのは、別に観光とかではない。遠征とかでも、無論ない。

 

彼女は横浜鎮守府艦娘教導所を規定の年数である三年間で卒業した。

 

ケツから三番目という凄まじい成績で、ではあるが今は国家の非常時。五年組と呼ばれる『更に学ぶべき価値あり』とされて追加の教導院に進む者などは一部のエリートのみである。

 

全百人近くの艦娘が、今年も教導所から最前線に送られた。

 

彼女の姉妹艦であるところの白露は佐世保鎮守府に配属になり、時雨は佐世保鎮守府教導院に進み、村雨は佐伯湾泊地に配属。春雨・五月雨は舞鶴へ、海風と山風は大湊へ、江風・涼風はそのまま横浜鎮守府に配属。

 

そして夕立はと言うと。

 

「スービック鎮守府とか、本当に聞いたことないっぽい」

 

ここに時雨がいれば『二学年の二学期の時にやったじゃないか』とでも諭してくれるのであろうが、彼女は今は佐世保鎮守府教導院にいる。

というか、同期の皆は誰かしらと共に配属されるのに何故このスービック鎮守府だけが自分一人なのか。

 

夕立は、その鋭い直感で何やらきな臭いものを感じていた。

 

だが、きな臭かろうが何だろうが配属された以上は行かねばならない。

そんな気持ちでいるからか、どうにもこうにも速力が出ない。

 

「見るからにヤバイっぽい……」

 

軍用コンクリートと、鋼材。赤煉瓦の雅さも華やかさもない、打ちっぱなしの武骨な鎮守府が彼女の視界に入ってきていたのである。

 

ゴソゴソと懐をまさぐり、夕立は時雨が調べてくれたスービック鎮守府の資料を広げた。

 

曰く、極めて珍しい移転型の鎮守府であること。

 

曰く、深海棲艦の発生が緩やかな平穏な海域であること。

 

曰く、貴重な航空戦力と工作艦がいるということ。

 

曰く、国から半ば独立したような感すらあるということ。

 

「おい、何してんだ」

 

拝啓、時雨様。

 

私夕立は、スービック鎮守府に着く前に首を斬り落とされそうです。

 

眼帯に軍刀といった如何にもな軍人が、夕立の首元にその白刃を突きつけていた。

 

「て、敵じゃないっぽい!」

 

「ぽい?」

 

「敵じゃない、です!」

 

紙一枚の資料を持った右手と左手を上げ、夕立は必死で命乞いをする。

陽光を受けて煌めく白刃が眼帯をした軍人の如き艦娘の手の中で返され、突きつけていた白刃が峰へと替わった。

 

「所属は」

 

「佐世保工廠建造第二十期、横浜鎮守府教導所からスービック鎮守府に配属された白露型四番艦の夕立っぽい!」

 

「ふーん……」

 

眼帯をした艦娘の左手に持った軍刀の峰が右肩を二回ほど叩き、腰に吊るした鞘に納まる。

 

同時に配属命令書も見せたのが効いたのか、目の前にいる彼女の表情は幾分か和らいでいるような気がした。

 

「スービック鎮守府所属、球磨型五番艦の木曾だ。よろしくな」

 

通常の名乗りは、建造第何期かを伝えた後に所属と何型の何番艦かを伝えるのが一般的である。少なくとも、夕立はそう習っていた。

 

時雨から。

 

「木曾さんは建造第何期っぽい?」

 

「俺は建造型じゃねぇよ。前期型って呼ばれてる……まあ、自然発生型だな」

 

ここで注釈を入れておくと、艦娘には戦艦・航空戦艦・航空母艦・装甲空母・軽空母・重巡洋艦・重雷装巡洋艦・軽巡洋艦・駆逐艦・潜水艦などの種類がある。

これは艦種というものの違いであり、謂わばあって当然なものだった。

 

だが、艦娘にはもう一つの分類の仕方がある。

 

初期に突如として現れた艦娘。公称としては前期型、通称としては自然発生型、或いはオリジナルと呼ばれる艦か、建造で生まれた建造型か。

 

オリジナルと呼ばれる艦娘は一般的に工廠で生まれてくる建造型に能力で劣り、更には初期から戦っているが故に五体満足で残存している艦が少ないと言われていた。

 

「因みにうちの鎮守府には自然発生型が相当数いる。ま、厄介払いってやつだ」

 

艤装を専用の装置で装着しなければならない建造型と違って、自然発生型は意志一つで身体の内から艤装を滲むように出すことができる。

この『前期型』と呼ばれる艦娘たちの艤装装置方式は自然発生型から第五次建造が終了するまで続いた。

 

有事の際にすぐに力のオンオフを切り替えることができるのがこの前期型の特徴だが、そのオンオフは本人の意志に寄る。

 

強大な力を持つ彼女らを管理するには不適切ということで、自然発生型から第五次建造までに現れた艦娘は『解体』のメカニズムが確立されていないこともあって殆ど磨り潰された。

そして、第六次建造からは提督及び鎮守府が艤装を管理し、必要に応じて外部から装着する方式が取られるようになったのである。

 

無論、艦娘たちを統率していた提督からの反発はあった。が、反発を示した彼らは過酷に過ぎる最前線に送られ、次々と自分の艦隊ごと敵艦を道連れにして死んでいくことになる。

 

三年ほどで、前期型の艦娘は後期型とされる艦娘たちと役割を替わった。同時に軍内部の粛清も終わり、情報封鎖も徹底されることとなる。

 

中将でありながら前線に飛ばされた加賀提督も、反発を示した提督の生き残りだった。

 

「厄介払い?」

 

「提督ごとな」

 

前期型の艦娘を六隻率いて死が確約された最前線を三年間もの間、ただの一隻すら轟沈させずに戦い抜いた彼もまた、南に飛ばされることになったのである。

木曾はその六隻の一隻にあたった。

 

「ほら、着いたぜ」

 

見るからに実用性一点張りの鎮守府内の提督の執務室を眼前にした夕立は、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。

加賀提督というのは、何なのか。

 

というかここまで何もやっていない中将は珍しいと言う評判であるくせに、なぜ中将になれたのか。

 

それが夕立には不思議だった。

 

「一航戦ってのがいるだろ?」

 

一艦隊で数十の敵深海棲艦を相手に完全勝利した、伝説の艦娘たち。

 

一航戦とはその戦果を叩き出した伝説の部隊であり、その戦果一つで今保持する異常なまでの華美な驍名を確立したという異色の部隊である。

 

無論、その戦果の前後にもチマチマと敵深海棲艦を沈めていた。

前述の戦果と比較すると地味すぎて有名ではないが、この当時は前線で指揮を執っていた加賀提督が珍しくやる気を出し、博打に撃って出たのがこの戦闘だといえる。

 

その名は、不勉強な夕立でも知っていた。それほどに有名な出来事であり、全艦娘の誇りとすら言える戦果なのだから知らないほうがおかしいとも言える。

 

「その当時の指揮官だよ。深海棲艦の機動部隊を二つ纏めて叩き潰したときの、な」

 

どこか誇らしげに言う木曾に釣られてまだ見ぬ提督に期待を寄せた夕立が扉を開き、そして。

 

「……完璧、だな」

 

極めて精巧に作られた七人の空母娘の人形を卓上に並べ、満足げに頷く馬鹿を見た。


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