俺ガイル短編集   作:さくたろう

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8月8日

 8月8日、俺は一色に呼び出され千葉駅に向かった。

 

 受験生としては、夏休みの貴重な時間を無駄にせず家で勉強をしていたかったのだが、昨日の夜に一色から連絡があった。

 

 話を聞くと、どうしても夏休み中に片付けなければならない仕事があるため、その協力者を探しているらしく、俺に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 別に俺じゃなくて生徒会の誰かに頼めよな。まぁしかし、一色を生徒会長に推した身としてはそう言われると断りににくいものがあり、優しさの塊である俺は、一色の手伝いをすることとなった。

 まあしかし、この1年で一色は奉仕部の予想以上に仕事をしっかりこなしてきたし、頼まれれば手伝ってやりたい気持ちもあったというのが本音でもある。可愛い後輩の頼みだしな。

 

 しかし、あれだけ上から目線で頼まれるとこれはもう俺はあいつの部下なのではないだろうかと思うことがある。年下の上司とか絶対嫌だわ。将来もそんな状況には絶対になりたくないものだ。となればそんな状態にならずに済む専業主夫こそ至高ではないだろうか。

 

 そんなことを考えつつ、身支度を済ませ待ち合わせの駅前に足を運ぶ。

 

 とりあえず待ち合わせの10時に駅につくとまだ一色の姿はなかった。

 ……待つこと30分、私服姿の一色を発見。夏使用なのかノースリーブで若干露出度が高めだ。

 

 途中、あれ? もしかして俺騙された? ドッキリかなんか?って思ったのは伏せておこう。軽く中学生時代のトラウマが蘇るし……

 

 あっちはまだ俺に気づいてないらしく駅前でキョロキョロしている。

 ふっ、どうやら俺のことを見つけるのは知り合いでも至難の業らしい。やっぱりあれか? NINJAこそ俺の天職なのではないだろうか?

 キョロはすがちょっと面白いし、30分待たされた罰として声をかけず観察することにしよう。俺人間観察好きだしね。私服姿の一色をしばらく見てたいなーとかそんな思いはない。断じてないぞ。

 

 5分くらい観察していたが、未だにキョロキョロ俺を探している。というかだんだん不機嫌そうに頬を膨らましている。あれが素だとしたら少し可愛いな。小動物みたいで。

 しかしまぁ、そろそろ行くとしよう。不安そうな顔でキョロキョロしてる一色を放置していることに若干の罪悪感が芽生えたし。

 

「うす」

 

俺が声をかけると一色はぷぅっと膨れながら怒り出した。ハムスターみたいだなこいつ。

 

「あー! せんぱーい! うすじゃないですよ! どれだけ待たせるんですか? もう待ち合わせ時間から35分も遅刻ですよ? こんなかわいい後輩待たせるとか何考えてるんですか? わたし怒ってるんですけどー?」

 

 おい、お前来たの5分前ですよね。

 しかしこれ言うとまたメンドくさいことになりそうだし黙っておこう、平和主義者だしね俺。

「お、おう」と言うと一色はまだ言い足りないのか説教タイムが始まった。

 

「そもそもこういう時って男子が早く来るべきだと思うんですよー。それで遅れてきた女子に全然待ってないよって言うのがベターじゃないですか? -20点ですよせんぱい」

 

女子が遅れて来るのは確定なのかよ……。こいつそれも計算して遅れてきたな。あざとい……

 

「まあでもせんぱいにそういうの期待するのも悪いですよね……、せんぱいですしー? 仕方がないので罰として今日は一日付き合ってくださいね……?」

 

 さっきまでの表情とは違い、若干上目遣いでこちらを見ながらそれを言うのは反則というものである。俺がごく普通の一般男子高校生だとしたら、間違いなく惚れていただろうであるそれは残念ながら、普通ではない俺には効かないんですよ。スペシャルな俺カッコいい。

 

「で、今日は何するんだ?」

 

 仕事の内容は効いてなかったので、確認のために一色に尋ねる。

 

「それがですね……、なんというか予定では海浜高校との連携での作業のはずだったんですけど、海浜高校の生徒会が別件でこられなくなっちゃったみたいで、今日の仕事は中止になっちゃったんですよ~。なので今日はわたしに付き合ってください」

 

「おい、それこそ連絡しろよ。中止なら今日はもう解散でよくないか?」

 

「中止って言ったらせんぱい帰っちゃうじゃないですか。それにもう今日は罰として今日一日わたしに付き合うことが確定してるので帰宅は却下です。というかこんなかわいい後輩と1日遊べるんですよ? 嬉しくないですか?」

 

 ほう、俺のこと良く理解してるじゃないか。流石に1年近い付き合いにもなるとこの流れもアレか。比企谷検定2級くらいはありそうだな。

 

「仕方ねえな。可愛い後輩は置いといてとりあえずいくか。何処かいくとことか決めてあるのか?」

 

「せんぱいリアクション薄すぎませんかね。もっとテンションあげましょうよ。とりあえず映画なんてどうですかね? あ、今日は二人で違うのを観るとか言うのはなしでお願いしますね?」

 

 言おうと思ったことに先手を打たれたのでとりあえず従うことにする。

 一色の観たがっていたのはどうやらラブコメものの映画らしい。「だから私の青春ラブコメは正しい」という作品だ。

 

 はい、そこどっかで聞いたことあるとか言ってはいけません。この題名考えた奴ボキャブラリーが乏しいんです。

 

 とりあえず二人で券を買おうとするが、珍しく一色が今日は私の奢りでいいですと言うので従うことにする。

後が怖そうで本当は嫌なんだけど。というかヒモみたいで嫌だ。俺は養われたいけど施しは受けたくないのだ。

 

 ポップコーンを軽くつまんでいると上映時間になり本編が始まる。予告で流れる映画泥棒にはやはり今回も若干の殺意が芽生える。

 

 内容はというと実は途中から全然覚えていない。映画途中から一色が俺の方に寄りかかってきたのが原因だ。

 二人とも夏仕様の私服なこともあってか、一色が寄りかかってくることで、なんというか素肌があたってしまってそっちにばかり意識がいってしまった。

 

 あんなの普通の一般男子高校生にしたらうっかり好きになってしまうレベル。というかなっちゃうだろ。俺ですら危なかったぞ……、あざといろはす……

 

 一色は、映画に大満足したらしく笑顔で感想を聞いてくる。

 いや、あなたのせいで内容入ってこなかったから感想なんて何も言えねえぞ。なんてことは言わない。絶対にだ!

 映画も見終わり、ちょうどいい時間なのでランチタイムに入る。

 一色のお勧めのレストランに行くことになった。でもこいつのお勧めとかなんか高級そうでそんなの二人分はらえねえぞ……

 

「おい、一色、あんまり高いところだと俺の財布的に二人分は払えねえぞ」

 

 そう言うと一色は不思議そうな顔でこちらを見た。

 

「え? 誰がせんぱいに奢らせるなんていいましたか? そんな毎回毎回言いませんよ! それに今日は付き合ってもらってるので特別にわたしの奢りのつもりですよ?」

 

「いや、流石にそれは悪い。そして怖い」

 

 なんだこいつ、いきなりどうした。いつもなら奢ってくださいとか言うだろう。これはマジで後で何か大きい頼まれごとでもありそうで怖いんだけど……

 

「あーそういうのいいですから……、今日はまぁ気にしないでください。せんぱいはもう言われるがままにしててください」

 

「言われるがままって……、何か企んでそうでこえーよ……」

 

「何かいいましたか? 先輩?」

 

 そうニッコリ微笑む一色は有無を言わせぬ迫力があり、俺は仕方がなく従うことにした。後が怖いし……

 

 一色に連れられてきた店は、イタリア料理専門で雑誌でも有名らしい。何を頼むかメニューを見たがイタリア語でさっぱりわからん。

 一色はどうするのだと見ると、いきなり店員を呼び注文を始めた。どうやらコース料理にするらしい。

 

「お前すげえな。何? 常連なの?」

 

「常連ではないですけどー、まぁこれくらい普通ですね普通」

 

 こいつの普通の定義を知りたいものだ。

 

 しばらく待っていると料理が次々と運ばれてくる。流石有名店というべきかどの料理も美味く、見た目も鮮やかである。悔しいがサイゼよりも何レベルか高いな……、若干悔しい

 ん? サイゼって何料理の店だっけ。

 

 メイン料理も食したところでデザートがやってくる。どうやらケーキのようだ。

 

「ここのケーキは本当おいしいんですよー。これ目当てで来るお客さんもいるほどです! せんぱいも早く食べてみてくださいよー」

 

 自信満々に言う彼女の顔は飛び切り笑顔でちょっとだけ見とれてしまった。

 肝心のケーキの味の方はというと、一色が言うだけのことはあり、申し分ない。しっかりとした甘さのケーキに酸味で刺激を与えるように添えられてるイチゴとのバランスもいい。こんな美味いただ飯食べれるなんて、今日はこれだけでも来たかいがあるというものだ。

 

 食事に満足したところで、一色が一人で軽く買い物をしたいというので別行動を取ることになった。

 俺も付き合うと言ったんだが、これだけは一人でしたいと言うので別れて俺は書店で時間をつぶすことに。下着でも買うのだろうか。

 

 30分過ぎたころに一色から連絡があって合流することに。

 

「すいません、お待たせしましたー。いやあ、中々悩んでしまって。」

 

 てへへ、と笑う一色の表情は可愛らしく、危うくあざといマジックに引っかかるところだったぜ。

 

「何買ったんだ?」

 

「ひ み つ ですよ☆」

 

 なんて言われたのでそれ以上は聞かないでおいておこう。

 

「次はカラオケに行きましょう!」

 

「カラオケはちょっとなー。一色とは合わなそうだし」

 

「別にせんぱいの歌ならなんでも聴いてあげますからいきますよ」

 

 なんか若干照れるようなこと言われた気がするが気のせいだろう。

 一色は、俺の腕を掴みカラオケに連行していく。

 

 一色は最近流行の曲を歌い俺はアニソンメインで歌った。最初こそ、うわぁ、みたいな顔をされたが俺のアニソン名曲セレクションを聴かせてやるとどうやらアニソンも馬鹿にしたものではないと理解してくれたらしい。

 

 二人だったので持ち歌も大体歌い終わると時刻は18時になっていた。

 

「せんぱい、そろそろお会計しましょうか」

 

「そうだな、結構テンション上がって歌いまくったな。ここくらい俺が出してやるよ。昼食浮いたし」

 

「大丈夫ですよー。ここもわたしもちでいいです。せんぱいは先にでててください」

 

「いやいや、流石に悪いしお前にそこまでしてもらういわれはないぞ」

 

「いいんです、わたしがいいんですって言ってるんだから今日はいいんですよ? せんぱい? わかったら先にいっててください」

 

 ああ笑顔が怖い怖い。声ひっくいんだけど。こわいいろはす。これ以上言っても仕方ないと思い外で待つことに。

 

 会計を済ませた一色が出てくる。

 

「今日はありがとうございましたせんぱい☆ 楽しかったですよ。せんぱいは楽しめました?」

 

「おぉ、意外と楽しめたぞ? あれだな特にイタリア料理は良かったな」

 

「それは良かったです。頑張って探したかいがあったというものです」

 

「たまにはこういう日も悪くないな……」

 

「ふふん。また遊んであげてもいいんですよ?」

 

 そう言うと少し照れくさそうにこちらをじっと見つめる。

 

「あー、えーとですね、今日はせんぱいに渡すものがあるんですけどー……」

 

 一色は何やら小さい小包を俺に渡してきた。中身みてくださいと言われたので開けてみると中には眼鏡が入ってた。ん? 俺眼鏡かけるほど視力悪くないぞ……

 

 反応に困っていると一色が口を開く。

 

「それ伊達眼鏡ですよー? いまどきは眼鏡もおしゃれアイテムなんです! それせんぱいに似合うと思ったので。今日一日付き合ってくれたお礼ですよ? 感謝して受け取ってください」

 

 いつの間にこんな眼鏡用意していたのだろうか。これがさっきの買い物の中身だったりするのだろうか。

 一色が早くつけてつけてオーラを出してくるので眼鏡デビューしてみることに……

 おお……、見える景色が……特に変わらないな。伊達だしそれもそうか。

 

「どうだ?」

 

 そう一色に尋ねるが、肝心の一色はこちらを見てぽけーっとしている。若干頬を染めている気がするがこれは夕日のせいだろう。

 

「あのー? 一色さーん?」

 

「はっ!? ああ、いいと思いますよ!! むしろせんぱい眼鏡かけたほうがイケメン度アップしちゃったりしてるんじゃないですか? 絶対いつもかけてた方がいいですよ。うん、これは生徒会長命令です! ……思った以上の破壊力ですね、結衣先輩の言ったとおりです。」

 

 最後の方は上手く聞き取れなかったがとりあえずこれつけとけってことか。

 しかしまだブツブツいってんのな。それは俺の専売特許だぞ。

 

「眼鏡でそんな変わるものなのか? まあかけるくらいならいいか……。せっかく一色にもらったものだしな。サンキューな一色。大事にするわ」

 

 俺がお礼をすると、一色の顔が赤くなり少しテンパって見える。

 

「そんな眼鏡くらいで喜びすぎです。なんですかわたしからのプレゼントがそんなに嬉しいですか。せんぱいの眼鏡姿予想以上にかっこよくてびっくりしてますがせんぱいが告るとかやめてください、わたしからちゃんと言うので…」

 

 どうやら得意の早口言葉で今日も振られたようだ。ん? なんか最後断ってなくね? あれ……?

 そんな風にちょっと考えてると、いつもとは違い、真剣な顔でこちらを見つめる一色と目が合う。

 

「せんぱいは卑怯です。陰湿で、最低です。周りの気持ちを理解してるはずなのに気付かないふりをしています。どこかのラノベの主人公ですか? そんなせんぱいにはちゃんと言葉ではっきり言わないとダメだと思うので、今日……今ここではっきりと言います」

 

 そうだ……確かに俺はもう気づいてる。気づかないふりをしてるだけだ。

 そうすることで今の関係を壊さないだろうという勝手な思い込みをして、納得しているだけなのかもしれない。

 だけどもう……、これだけ真正面から向かってきてくれる後輩から逃げるのはもうやめよう……

 

 

「わたし、一色いろはは、せんぱいのことが大好きです」

 

 

 すうっと息を吸うと、さらに言葉を続ける。

 

 

「素のわたしを見せてもしっかり接してくれる、ちゃんと見ててくれる。一緒にいると心から安心するんです。ちょっと捻くれてて、卑怯だったりしますけど、本当は優しくてわたしをいつも助けてくれました。わたしはそんなせんぱいが大好きなんです。この気持は本物なんです。どんどん好きになっていくんです。わたしと付き合ってくれませんか」

 

 

 人生で初めてこんな真正面から気持ちを伝えられたと思う。一色の表情がそれは確かに真剣で、その言葉に嘘はないと語っている。

 ここで逃げたら男じゃないだろう……

 それに俺ももう自分でも気づいてる。本当の気持ちに。自分を騙すのはもうやめにしよう。

 

「一色……、俺もお前が好きだ。この気持に嘘はない。こんな俺でよければ付き合ってくれるか?」

 

「はいっ……」

 

 そう言うと、いやそう言いながら一色は俺に飛び込んできた。少し震えてる体を抱きしめる。

 

「やっと……やっと言えました。これからもよろしくお願いしますね? せんぱい」

 

 夕日のせいだろうか、俺の顔が真っ赤に染まってる気がする。一色の顔は今までみたことのない表情で、それはとても綺麗なものだった。

 

「あとせんぱい、誕生日おめでとうございます! あとですね、生まれてきてくれてありがとうございます!」

 

 言われて気づいた。そういえば今日8月8日は俺の誕生日だ。今年は受験だし最近勉強ばかりですっかり忘れていた。決して毎年忘れているわけではない。なるほど、こいつ全部最初から全部計画してたな……

 

 つまりあの眼鏡も一色から俺への誕生日プレゼントってわけか。そんなことを考えるも、今も抱き着きながら俺のことを見つめる一色をみたらそんなことどうでもよくなった。

 

 

 

 今日は今までで一番記憶に残る誕生日になるに違いない。と思う。

 


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