俺ガイル短編集   作:さくたろう

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一色いろはが駄目になると思い、厳しく接してみた。

 ホームルームが終わり、久しぶりに奉仕部の部室へと向かう。

 

「あ、ヒッキー! 今日は奉仕部これる?」

 

  教室を出ようとしたところで由比ヶ浜に声を掛けられた。あんまり大きな声で呼ばないでくんない? 恥ずかしいから。

 

「ああ、今日はそのつもりだ」

 

「じゃあ、一緒にいこ!」

 

 三浦や海老名さんに「またね」と挨拶をすると、由比ヶ浜はぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。飼い犬が主に向かってくるみたいで可愛いなおい。

 

「別に、一緒に行く必要はないだろ」

 

 隣に並んで歩き始めた由比ヶ浜に言うと、すぐに頬を膨らませ少し怒ったような顔つきをする。

 

「だってさ、最近のヒッキー、奉仕部全然来ないじゃん」

 

 言いながら、今度はジト目で俺の方を睨んでくる。それについては、この前二人にちゃんと説明したはずなのだが、由比ヶ浜さんはもう忘れてしまったの?

「だから、それは前に言ったろ?」

 

「聞いたけどさ、本当ヒッキーはいろはちゃんに甘すぎ!」

 

 あ、ちゃんと覚えてたのな。馬鹿にしてわりいな。

 それからも由比ヶ浜の文句は続き、ああだこうだとやりとりをしている間に気付けば奉仕部の前まで来ていた。そこでこの話は一旦おしまいとばかりに、横を歩いていた由比ヶ浜がたたっと一歩前に駆け出し、部室の扉に手をかけ元気よく戸を開く。

 

「ゆきのん、やっはろー!」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

 挨拶をした由比ヶ浜が教室に入ったのでその後に続き中へと入る。すると、雪ノ下が珍しいものを見るような表情をして声をかけてきた。

 

「あら、珍しいわね。珍種谷くん」

 

 もう誰かわかんねえよ、それ。

 

「うっす……」

 

「奉仕部に来るなんて珍しいじゃない。今日は一色さんの方はいいのかしら?」

 

「ああ、一段落着いたからな。あとは生徒会でどうにかすんだろ」

 

「そう……、紅茶、飲むかしら?」

 

「のむー!」

 

 俺が答えるよりも早く由比ヶ浜が答える。

 雪ノ下も返事と同時に紅茶の準備を始めていた。やはりこの空間はなんだかんだ居心地がいいな……。

 

 最近の俺は、一色の依頼で生徒会の手伝いをしていた。前に作成したフリペの評判が好評だったようで、それの第二弾を作成するように頼まれたらしい。生徒会だけでは人手が足りないということで、一色が俺に依頼してきたのだ。それを聞いた雪ノ下と由比ヶ浜も手伝うと言ったのだが、一色はなぜかそれを断った。

 それからは地獄のような一週間だった。

 前と違って雪ノ下や由比ヶ浜の協力がなかったせいか、前回よりも正直きつかった。まあ、それでも成し遂げたけどな!

 そんなわけで、今日は久しぶりに奉仕部でゆっくりしようというわけだ。

 

「平和だな……」

 

 無意識にそんなことが口から漏れていた――。

 

「たはは……ヒッキーおつかれ」

 

「少し、一色さんに甘すぎるんじゃないかしら?」

 

 なんかさっきも同じこと聞いたきがするな。そんなに甘いか俺……、甘いな……。

 

「つってもなぁ」

 

 一色を生徒会長にしたのは俺の責任だ。となると、できることなら手伝ってやりたいという気持ちは少なからずあるわけで。

 

「あなたに頼ってばかりでは、この先成長するものもしなくなるわよ」

 

「まあな……」

 

 確かに、今の一色は俺に頼りすぎている気がする。クリスマスイベント後は、なんだかんだやることはしっかりやっていると思ってたんだ。しかし、ここ最近の一色は、前以上に俺に頼るようになっている。それに、手伝いに行くと他の生徒会役員は帰ったあとで、一色と二人きりっていうのパターンが多いんだよな……。そうなると自然に仕事量は増えるわけで。

 

「ちょっと考えるか……」

 

 俺がいなくなってからの一色のことを考えるなら、今の状況は確かにまずい。少し心を鬼にするべきだな。

 そう決心した時――。

 コンコンと扉をノックする音が、部室に響く。

 

「どうぞ」

 

 雪ノ下が声をかけると、扉は開かれて亜麻色の髪の少女が中に入ってくる。そいつはちょうど、奉仕部の話題にあがっていた、我が校の生徒会長一色いろはだ。

 

「こんにちはです、結衣先輩、雪ノ下先輩!」

 

 おい、俺には挨拶なしかよ。いや別にいいけどさ。

 

「こんにちは、一色さん」

 

「いろはちゃん、やっはろー! 今日はどうしたの?」

 

 由比ヶ浜が一色に尋ねると、少しだけ困ったような顔をしたあとに顔を俺の方に向けた。

 

「実はですね、少し困ったことになりまして」

 

「というと?」

 

 雪ノ下がそう言うと、俺に向けていた顔を声のする方へ向けて話し始める。

 

「えっと、昨日までフリペの第二弾を作成してたんですけど、特集記事の編集が抜けてまして……」

 

「それを手伝ってほしいということね」

 

「そうなんですよー。締切が明日までなんで、今日中にどうにかしなきゃいけなくて……」

 

 言いながら俺の隣までやってきた一色は俺の腕を掴み、雪ノ下と由比ヶ浜の方を見る。

 

「だから先輩をお借りしますね」

 

「「ちょっと待って!」」

 

 ちょっと待て、俺が言うよりもいち早く雪ノ下と由比ヶ浜が反応した。なんでこいつらが反応するのん?

 つうか一色の言っている意味がわからないんだが? なんで俺だけなんだよ。

 

「なぜ、比企谷くんだけなのかしら?」

 

「あたしたちも手伝うよ、ね、ゆきのん」

 

「そうね、私たちも一緒の方が早く終わると思うのだけれど」

 

 確かに、こいつらがいてくれた方が早く終わりそうだし助かるな。

 しかし、なぜか手伝いに積極的な二人を見て一色は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻って口を開いた。

 

「でも、今からだと雪ノ下先輩と結衣先輩に説明したりしなくちゃいけないじゃないですかー?」

 

 まあ、確かに今回のフリペ作成に参加していない雪ノ下と由比ヶ浜に最初から説明するのは手間が掛かるか……。

 

「先輩ならその必要もないんでそっちの方が効率いいと思うんですよ。それにさすがに三人に協力してもらうのは悪いといいますか」

 

「私なら問題ないわ」

 

「あたしも大丈夫だよ!」

 

「雪ノ下、由比ヶ浜。今日のところは俺だけ手伝ってくるわ」

 

「「えっ」」

 

 二人は驚いた表情で俺をみた。まあ、さっきのことを考えたらそうなるかもしれないな。ただ、今回は今までと違う。一色がこうなったのも俺の責任だ。ならばここは俺が心を鬼にして一色を変えてやろうじゃないか。

 

「一色は先に行っててくれ。すぐ俺も行く」

 

 そう言うと、一色は雪ノ下と由比ヶ浜にぺこりとお辞儀して奉仕部をあとにした。

 

「比企谷くん? どういうつもりかしら。あなたさっき言ったこと聞いていたの?」

 

 あの、雪ノ下さん? 軽く殺気のようなオーラが漏れてるんですけど。少し抑えてください。

 どうやら俺の発言が気に入らなかったらしく、雪ノ下が氷のような冷たい目をして俺をみていた。

 

「いいから、今回は俺に任せてくれ」

 

「でも……」

 

 由比ヶ浜も同じように不満らしく、「むうう……」と言いながら頬を膨らませている。

 

「今回はただ手伝うだけじゃない。ちょっと俺にも考えがあるんだ」

 

「あなたがそう言うのなら……」

 

 雪ノ下は、完全には納得していないようではあったが、一応の了承はしてくれた。

 

「わりいな、じゃあちょっと行ってくるわ」

 

 俺は二人にそう告げて一色のいる生徒会室に向かった。

 

「うーん……。それだけじゃないんだけどなぁ……」

 

「そうね……」

 

 扉を閉めるときに由比ヶ浜と雪ノ下が何か言っていたような気がしたが、気にせず生徒会室へと向かった。

 

 

 

 生徒会室に着くと既に一色が書類と睨み合いをしていた。

 

「邪魔するぞ」

 

「あ、先輩」

 

 一色が俺の声に反応して駆け寄ってきた。

 

「じゃあこれお願いしますね!」

 

 一色からフリペの特集記事に使用する書類を渡される。普段ならこれをそのまま受け取り、俺が終わらせてしまうのだが今日は違う。できるだけ一色本人にやらせるんだ。

 

「一色、まずはこれ自分でやってみろ」

 

 渡された書類をそのまま一色に返す。見た感じ、この量なら一人でも片付けることができそうだしな。あれ? なんで俺呼ばれたのこれ。

 

「は?」

 

いや、なんだその顔、ムカつくな……。その「何言ってんだこいつ」みたいな表情やめろ。あと口を閉じろ。俺がものすごく変なこと言ってるみたいに思うだろうが。

 

「最近のお前は俺に頼りすぎなんだよ。お前を生徒会長にさせたのは俺だ。だからできるだけ俺もお前に協力してやりたいが、近頃のお前は目に余る」

 

「はぁ」

 

 未だに俺が何を言っているかわからないようでさっきからずっと同じ表情を俺に向けている。こうなったらあれだな……。

 

「それとも何か、お前は俺がいないと何もできないわけ? 俺に依存してるの? 八幡LOVE?」

 

「なっ、ななな何言ってるんですかわたしが先輩に依存とかLOVEとかそんなわけあるはずないじゃないですか勘違いも甚だしいですごめんなさい」

 

 一色は慌てながら両手を前に突き出したまま、首を何度も小刻みにぶんぶんと振りながら俺の言葉を否定する。しかしまぁ、普段と比べて今日は一段と慌ててるなこいつ。なんかちょっと面白くなってきた。

 

「とりあえず今日は自分でやれ。俺は絶対手伝わないからな」

 

「えー、だからなんでですかー。先輩も手伝ってくださいよー……」

 

 最終手段なのか、一色は俺の袖をちょこんとつまみ、縋りつくような瞳で俺の顔を覗き込んできた。だが、今日の俺にその手段は通用しない。ちょっとどきっとしちゃったけどな!

「だからさっきも言ったろ? このままじゃお前のためにならない。それともお前は俺に手伝ってもらわないとこんな仕事もろくにできないような奴だったのか?」

 

 今度はさっきよりも少し強めに煽ってみる。すると一色の顔は段々と険しいものに変わっていったので、それを眺めつつさらに煽っていく。

 

「はあ……、正直お前にはがっかりだわ。さすがにこれくらいは自分でできると思ったんだけどな。見込み違いだったかぁ」

 

「なっ……、わかりました。もういいです、私だってこれくらい一人でできます! というかこれくらい楽勝ですから! 先輩はそこで黙って見ててください!」

 

 一色はそう宣言すると、席に着いて特集記事の編集に取り掛かった。

 お、食いついたな。というか帰っちゃ駄目なのかよ。しかし、あれだ。一色を煽って思ったけど、なんかちょっと気持ちいいなこれ。癖になるというか……。

 

「…………」

 

 いつもなら一色がひたすらに話かけてきたりするのだが、さっき宣言したからか一色は珍しく無言で作業をしている。なんだかんだ一色はやればできるやつなんだよな。

 一色が真面目にキーボードを叩いてる姿を見て、俺は鞄から読みかけの本を取り出し読み始める。

 二人とも無言で時間が過ぎていき、キーボードを叩く音と本を捲る音だけが生徒会室に響く。

 そのまましばらく本を読みすすめていると、キーボードを叩く一色の手がいつの間にか止まっていた。

 

「先輩……」

 

 俺の視線に気づいたのか一色は困ったような顔をしながら俺を呼ぶ。

 

「ん」

 

 多分、いや、十中八九これは俺に手伝ってもらおうということなので素っ気なく返事をする。

 

「手伝って、もらえませんか……?」

 

 ふるふると今にも泣きそうな表情で頼んでくる。普段の俺ならこんな顔されたらすぐに落ちてしまうだろう。だがしかし、今日はそれじゃだめなんだ。

 

「お前、さっき楽勝って言ったよな?」

 

 言うと、俺がそんなことを言うとは予想していなかったのか、黙って俯いた。

 

「一人でできるって言ったろ? 自分の言葉に責任持てないわけ?」

 

「違います! 馬鹿にしないでください! こんなの簡単なんですからっ……私一人で終わらせてみせます……」

 

 言葉を交わしていくにつれ、一色の目尻にはじわりと滴が浮かんでいく。最早こぼれ落ちる寸前にまで膨らんだそれを堪えるためか、一色が唇をきゅっと噛みしめる。

 

「ほーん、じゃあ頑張れ」

 

 やばい、段々ぞくぞくしてきたぞ。なんというか、涙を堪えている一色の顔を見ていると興奮してくるというか……もっと虐めてやりたくなるというか。もしかして、俺ってドSだったりするのか?

 そのまま一色は無言で作業を進めていたが、しばらくするとキーボードの音がまたも鳴り止んだ。

 

「……先輩、助けてください……このままじゃ明日までに終わらないです……」

 

 ぎりぎりといった様子で涙を堪え続けていた一色だったが、ついに抑えきれなくなったらしく、握り締めている手の上にぽたぽたと滴が落ちていく。

――ぷつん。

 

「泣けば手伝ってくれると思ってるのか? 一人でやるんだろ?」

 

「……無理です。ごめんなさい」

 

 いつもの早口で振られる時に使われるのとは違う、無理ですごめんなさい。それが新鮮で俺の心に響いた。

 もっと、もっと、この子を虐めてみたい。そんな欲望が俺を掻き立てる。

 

「そんなんいいから早く書け。簡単なんだろ?」

 

 最早一色のお願いを聞く気のない俺は、淡々とそう告げた。

 一色は、ぽろぽろと涙を流しながら作業に戻った。

 

「……ぅ…………うっ……っ……」

 

 一色の涙は止まることなく流れ、勢いは増していくばかりだ。

 ……なんつうか、これはさすがにやりすぎたか……。

 罪悪感が少しずつ襲ってきて、たまらず一色に声をかける。

 

「一色……? その、大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃない、って、いってる……じゃない、ですか……」

 

 うん、無理ですって言ってたよな。てかそんな顔で見ないでお願いします。変な世界への扉開いちゃうだろ。

 なんて思っていると、一色は顔をぐしゃぐしゃにして、縋るような瞳をこちらに向け、か細く今にも消え入りそうな声で口を開く。

 

「……先輩は、私のこと、嫌い、なんですか……?」

 

「急にどうしたんだよ。嫌いじゃねえよ」

 

 そもそも嫌いなら関わらずに放っておくしな。

 そう考えてると俺は、一色に対して少なからず好意的な感情があるんだろうな……。

 

「じゃあ、好き、ですか……?」

 

「それは……」

 

「やっぱり、嫌いなんですよね……。だからもう、私に頼まれるの嫌になったんですよね……」

 

 一色の問いに上手い言葉を見つけることができないでいると、小さな声を発しながら俯いてしまった。

 

「そんなことねえよ。好きか嫌いかで言えば好きの部類だと思うぞ。それに手伝うのが嫌になったわけじゃない」

 

「でも、だったらどうして……!」

 

 席を立ち、詰め寄って答えをを求めてくる一色。

 

「だから最初から言ってるだろ? 今のままだとお前は俺に頼りっぱなしになって必ず駄目になる。だから――」

 

「私は、先輩に頼りたくて頼ってるんじゃないです」

 

「じゃあなんでなんだ?」

 

「先輩と一緒にいたいから……、だから、先輩だけに頼んでるんです」

 

「いや、意味わからん」

 

 その言葉を告げると、一色が目を見開いて俺の胸元をがしっと掴んできて──

 

「先輩はにぶちんですか馬鹿なんですかそれともわざとなんですかそんなの私が先輩のこと好きだから一緒にいたいって意味に決まってるじゃないですかこんなこと女の子に言わせるなんて性格悪すぎて無理です付き合ってください」

 

  身体をゆらすなゆらすな。気持ち悪くなっちゃうだろ。っつかお前、無理なのか付き合って欲しいのかどっちなんだよ……。

 ただ、泣きじゃくりながら必死にその長ったらしい台詞を俺にぶつけてきた一色の表情がとても可愛らしくて、この子をもっと見ていたいと思ったんだ――。

 

「こちらこそよろしくな、いっ――」

 

「じゃあこれよろしくお願いしますねー!」

 

 はい?

 俺が言い終える前に目の前に大量の書類などが置かれた。え、あれ? どういうことなのこれ。

 

「やっぱりー、彼氏というもの彼女を手助けしてくれると思うんですよー」

 

 え、付き合うってそういうもんなん? なんだそれ、めちゃくちゃめんどくせえじゃねえか。

 

「ですから……、よろしくお願いしますね、せーんぱいっ」

 

 一色に文句を言ってやろうと思って必死に言葉を探したが、満面の笑みで言われてしまうと何も言い返せない俺がいた。

 

 

 やはり俺は後輩の一色いろはにはにとことん甘いらしい。

 

 

 

 

 

 

 一色からの仕事をこなしすぎて身体を壊し、保健室で地獄を見ることになるのはまた別のお話。


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