俺ガイル短編集   作:さくたろう

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雪ノ下陽乃は比企谷くんとイチャつきたい。

「すみません、お待たせしました……」

「遅いぞ~。女の子を待たせるような男の子はモテないよ?」

「や、陽乃さん女の子って年じゃ……ひっ!?」

「どうしたのかな?」

 

 や、どうしたもこうしたも……、あなたのその人を殺しそうな冷たい目にビビっちゃったんですけど。

 姉妹そろって怖いから……主に目。いや、それ以外もいろいろと怖かったわ。

 

 時刻はお昼をちょうど回った頃。周囲は連休のせいか人でごった返している。

 こんな日は家から出ずにのんびりアニメや読書に勤しみたいところだったのだが……。

 そんな俺の願いは午前中にかかってきた一本の電話によって打ち砕かれた。

 

 

   *   *   *

 

 

『ひゃっはろー、比企谷くん。今日は暇かな?』

「……おはようございます。生憎と今日はいろいろと予定が入ってまして。結論から言うと暇じゃないです」

『なんだぁ……、そっか……』

「すみません、そういうわけなんで」

 

 危ない危ない。ここで暇ですなんて言ったら、絶対遊びにでも誘われるに決まってる。

 今日はGW一日目だからまったりしたいわけで。早めに誤魔化して切ってしまうに限る。

 

『じゃあ、お昼に駅前の○○○ってお店の前に集合ね! ……遅れたらお姉さん何するかわからないよ?』

「あの、話聞いてました? 俺予定あるんですけど?」

『うん? どうせ家でごろごろする予定なんでしょ?』

「…………」

 

 ……最後の方の声が妙に重々しかったのは気のせいだろうか。違うわ、気のせいじゃないわ。

 しかしそれにしても、何故俺の周りのやつらは、俺の予定が家で過ごすというのがわかってしまうのだろうか。いや、確かに出かけたりすること滅多にないけわけだが……。

 

『そういうことだから宜しくね~』

「ちょっ!? ……切れたし」

 

 ……はあ。めんどくさいけど行くしかないか……。あとが怖いし。

 

 

   *   *   *

 

 

 そんなこんなで今に至るわけだが。……とりあえず俺遅れてないよね? 時間通り来たら陽乃さんが俺より先に来てたってだけですよね?

「まぁ、遅刻はしてないから許してあげるよ」

「はぁ、そりゃどうも。で、今日は何の用ですか?」

「んー、用がないと駄目だったかな?」

「いや、……え?」

「なんとなく暇してたから、比企谷くんと遊びたいなぁと思ってね」

 

 不意に向けられた純粋な笑みに、思わず目を背けてしまった。

 ……こんなの反則だろ。というかこの人も鉄仮面なんて止めていつもこれくらいならいいのに。

 なんてことを考えていると、いつの間にか陽乃さんが距離を詰めていて、

 

「ん~? 何か言いたいことでもあるのかな?」

「な、なんでもないれす」

「あははは! 焦ってる焦ってる! 可愛いなぁ比企谷くんは」

「距離が近すぎなんですよ……」

 

 いつの間にか俺と彼女の距離は、お互いの吐息がかかりそうなほど縮まっていた。

 さすがに陽乃さんクラスの綺麗な人とこの距離で平静を保てというのが無理なわけで。いや、普通の女の子でも無理だわ。

 てかなんでその距離保ってるんですかやめてください。いや、ほんとに。

 

「それじゃ、いこっか」

 

 陽乃さんは楽しそうに言うと、俺の左腕をくいっと掴んで歩き始める。

 祝日の駅前ということもあり、人ごみを掻き分けながら二人で歩いていく。

 ……歩いていくのはいいのだけれど、先程から俺の左腕に柔らかい何かがちょいちょい当たるんです。

 いや、これはさすがにね……? 大学生の豊満な、その、あれがね? それにこれは香水だろうか。ほんのりとした甘い香りは強すぎず、かといって弱すぎず、ほどよく鼻腔を擽る。なんの拷問だこれ。

 

「あの、陽乃さん?」

「ん?」

「そのですね、もう少し離れて歩きませんか? このままだといろいろとまずいんですけど」

 

 主に俺の左腕とか息子とか。

 

 俺の言葉に陽乃さんは、まるで子供が悪戯を思いついた時のような笑みを浮かべ、掴んでいた俺の左腕をさらに自分に寄せると、

 

「それはどうして、かな?」

「い、いや……わかってますよね?」

「さぁ?」

 

 明らかにわかってるくせに……。じゃなきゃそんな顔がにやけてるわけないでしょうが。

 全く何言ってるんだこの人はなんて考えていると、急に陽乃さんが甘えた声で、

 

「……比企谷くんは私にこういうことされるの、嫌?」

「や、嫌ってわけじゃないですけど。いや、というかですね。陽乃さんみたいな美人がこう、俺みたいなやつにくっついてると周囲の視線が痛いっつうか」

 

 先程から街中を歩いているわけだが男性陣、主に一人や男同士で歩いているやつらの視線を感じるわけで。絶対俺殺意向けられてるよな。

 

「そんなの無視しておけばいいよ。まぁ比企谷くんが本当のことを言ったら止めてあげなくもないかな?」

「本当のことって何ですか?」

「腕組をやめてほしい理由。人のせいにする子、お姉さん嫌いだな」

 

 んぐ……。バレテーラ。

 いや、だってね? こんな理由、面と向かって言うわけにもいかないでしょうに。

 

「さぁさぁ、早く~? 言わないともっと当ててあげちゃうよ?」

「わかってるじゃないですか!」

「あ、バレた?」

 

 全くこの人はもう……。

 

「そういうことなんで……、俺にはちょっと刺激が強すぎるんですよ」

「ピュアだなぁ。比企谷くんは」

「どうもすみませんね……」

「ん、仕方ないなぁ」

 

 やっとこの地獄、いや、正確には地獄というよりは天国なのだが……。とにかくこの状況は打破できた。

 

 ──ファッ!?

「じゃあこっちならいいよね」

「タイム! タイム!」

「えー、今度は何?」

 

 落ち着け俺。

 今何が起きた?

 了承した陽乃さんが俺の左腕から手を離して……、そこまではいい。なんでそこから俺の手を握ることに至ったのん? わけがわからないよ。

 

「えっとですね、……何故に陽乃さんは俺の手を握ってるんですか? しかも、こ、ここ、恋人繋ぎで」

「何照れてるの? これくらい普通じゃない?」

「じゃないです」

 

 こんなの普通であってたまるか。普通に手を繋ぐのですら難易度鬼だっていうのに恋人繋ぎとかオープニングでラスボスと戦うレベルなんですか。何それ敗北イベントじゃん。

 

 とにかく、恋人繋ぎのせいでやたら柔らかい陽乃さんの指先とか、手のひらの感触が鮮明に俺に伝わるわけで。

 ……駄目だ、手汗かいてきた。

 

「むぅ……。あれも駄目これも駄目。ちょっと悲しいなぁ……」

「そんなこと言われてもですね」

 

 拗ねてしまったのか陽乃さんは俯きながら落ちている小石をちょこちょこと蹴り始めた。

 なんとなく珍しい光景に、ふと笑みがこぼれる。

 この人こんなことするんだな。……もしかして蹴られてる小石を仮想比企谷とかにしてるとかないよね? 大丈夫だよね?

 まぁ、そこは置いておいて……、

 

「で、手は離してくれないんですかね?」

「うん、やだ」

 

 否定と同時にさっきよりも強く手を握られる。それは、絶対離してやるもんかと陽乃さんの意思表示のように感じて――、

 

「わかりました。……俺の負けでいいですよ。行きましょうか」

「そうこなくっちゃねー! それじゃいこっか!」

 

 全くこの人は……。

 

 

   *   *   *

 

 

「んで、ここどこですか……?」

 

 あれから恥ずかしがりながらも、手を繋いで陽乃さんに案内されるまま一緒に歩いてきた。

 ようやく陽乃さんが足を止めた場所は、住宅街に入ってすぐに建てられた大きなマンションの前だった。

 しかし、立派なマンションだな……。まぁこんな場所一般庶民の俺には縁遠いところだから関係ねえけど。

 

「実はね、私一人暮らし始めたんだ」

「え? まじですか?」

「うん。やっぱり実家は堅苦しくてね」

 

 先頭を歩きながら説明してくれていた陽乃さんが立ち止まり、くるっと反転しながら、

 

「それに、こうして一人暮らしすれば好きな時に比企谷くんに会えるでしょ?」

 

 いや、そんな満面の笑みで言われても……。

 

「おやおやどうしたのかな~? 比企谷くん、顔真っ赤だよ?」

「……陽乃さんが変なこと言うからですよ……」

「本当にそう思ったから一人暮らし始めたんだよ? ほらいこ?」

 

 この人はなんの恥ずかしげもなく言うから卑怯だ。どうにか一矢報いたいものだけれど……無理だよなぁ。

 

 

 陽乃さんの後に続きエレベーターに乗る。

 八階まで上がったところで降りて少し歩くと、陽乃さんが玄関の鍵を開け中に入ったので俺も続くように入る。

 

「……おじゃまします」

「比企谷くん、そこは『ただいま』でいいんだよ?」

「いやですよ、言わないです」

「ぶぅ~……、連れないなぁ。とりあえず、ソファーにでも座って待ってて? お茶菓子用意するから」

「はぁ」

 

 言うと、陽乃さんはキッチンの方に向かっていった。

 流れで部屋まで来てしまったが、この後何するのだろうか。

 というか、よく考えてみたら年上の女性の部屋に入るのって初めてだよな……。やばい、今更ながら緊張してきた。

 

「あんまりジロジロ見られるとちょっぴり恥ずかしいかな?」

「あ、すみません」

 

 落ち着かなくて部屋を見渡していると、陽乃さんがティーセットとお茶菓子を運んできてくれた。

 テーブルに置かれたカップに陽乃さんがお湯を注ぐと紅茶のいい香りが漂ってくる。

 

「それで、ここで何するんですか?」

「ん、そうだねえ、借りてきた映画があるから、一緒に見よっか」

「はぁ、映画ですか」

「うん、ホラー映画」

「なんでまたそのチョイスを……」

「だって、一緒に見たら比企谷くんが怖がって私に抱きついてくるかもしれないでしょ?」

「俺どんだけビビリなんですか……」

「違うの?」

「違います。はぁ……とりあえず見ましょうか」

「そうだね、それじゃ」

 

 陽乃さんはそう言うと、テレビの電源を入れてBDディスクを起動する。そしてこちらに来る際、部屋の明かりを消して俺の横に座った。

 

「なんで暗くしたんですか?」

「ホラー映画だし、こっちの方が雰囲気でると思ってね。ほら、始まるよ」

 

 テレビの方を向くとちょうど本編が流れ始めた。

 けれど、今の俺はそれよりも気になることがありまして。というのも、何故か陽乃さんが俺にしがみついているわけなのだが……なんで?

「あの、陽乃さん?」

「しーっ! 映画観る時は静かにだよ?」

「あ、はい」

 

 なにか上手く誤魔化された気がするのだが……。

 今更言ったところでこの人は止めてくれないだろうしなぁと、俺は諦めて映画に集中することにした。

 じゃないと、ね? 右側にやたら存在感のある例のあれが気になっちゃってしょうがないんだもん。

 

 

「あ、ちょっとトイレに行ってくるね」

 

 映画も中盤あたりに差し掛かったとき、陽乃さんが席を立った。

 

「ん、映画止めておきます?」

「そのまま見てて大丈夫だよ。私二回目だから」

「……うっす」

 

 二回目なのかよ。なんてツッコミは敢えてしないでおこう。

 そのまま言われたとおり映画を観続けていると、後ろから何やら人の気配を感じるような気がして。

 ……まさかね? どうせ陽乃さんが俺を驚かせようとでもしてるんだろ? そうだよね?

 決してビビってるわけではないが、気配を確認しようと振り返ろうとした瞬間――

「えーい」

「おわ!?」

 

 陽乃さんがソファーと俺の間に入り込み、俺の後ろにポジションを取った。

 

「な、何してるんですか?」

「んー、せっかく二人きりなのに隣で見るのも味気ないかなと思ってね?」

「意味がわからないんですがそれは」

「まあまあ、気にせず一緒に映画観よ?」

 

 耳元で呟かれて全身がびくっと震える。

 気にせずにって言いますけどね? 今まで散々意識しないようにと考えていたあなたの豊満なあれが、俺の背中に直撃してそれどころじゃないんですが!

 やばいやばい……まじでなんなのこれ。背中からめちゃくちゃ柔らかい感触が襲ってくるし、耳元には陽乃さんの息がかかりくすぐったい。挙句、香水の香りがなんというか、その……いろいろと俺の理性を壊しにきてる……。この人絶対わざとやってるだろ。

 逃げたいけれど陽乃さんの両足がそうさせまいと、俺の体をがっちりホールド、俺のハートもがっちりホールドしちゃってるんだよなぁ。……何言ってんだ俺。

 

「きゃー比企谷くん、こわーい」

「あーはいはい」

「……もうちょっとリアクションとってくれてもいいんじゃないかな?」

「こっちはあなたのそのあれのせいでいろいろとあれなんですよ」

 

 陽乃さんの怒涛のボディー攻撃のせいで映画の内容なんてこれっぽちも頭に入ってこない。

 大体こんな状況で映画見ろっていう方がおかしいんだよ。理性が崩壊しないようにとそっちばかりに気を取られてたわ。

 そのおかげかわからないがなんとか映画を最後まで見終えると、後ろから微かに寝息を立てる音が聞こえ振り向くと――。

 

 俺に寄りかかりながら陽乃さんが熟睡していた。

 ……まぁこの人も普段忙しい人だしなぁ。

 仕方ないなぁとソファーから立ち上がろうとした瞬間、腕を掴まれて再びソファーに座らせられる。あれ? この人起きてない?

 そのまま座った俺の膝に陽乃さんは、自分の頭を乗せて心地よさそうに寝息を立てる。

 気持ちよさそうに寝ている陽乃さんの寝顔を眺めながら優しく髪を撫でてみると、

 

「ん、ん……ふふっ……」

 

 一体どんな夢を見ているのだろうか。陽乃さんは幸せそうな表情をして俺が触れるたびに笑みをこぼす。

 その可愛い寝顔を見て予定とは違う一日だったが、こんな一日も悪くないと思ってしまう。

 それもこれも、ここで寝ている俺の彼女が可愛すぎるのが悪いんだ。


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