俺ガイル短編集   作:さくたろう

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やはり俺が一色家の婿養子なんてまちがっている。

「意外と時間かかっちまったな……」

 

 時計を見ると時刻は七時。

 急いで会社を退社して、まだ通いなれない道なりを駆け足で進んでいく。

 社会に出て二年目、社畜生活に慣れてきた俺だが最近生活面で大きな変化があった。

 

 それは――結婚だ。

 

 

 

「ただいま」

 

 無事我が家に帰宅し、玄関で一言。

 すると、ぱたぱたと小走りで玄関に向かってくる一人の女性。

 

「おかえりなさい、あなた。ご飯にする? 先にお風呂にする? それとも……わ・た・し?」

「え、えーと……」

 

 このパターンいつまで続くんですかね……。

 もうお決まりになったこの問いに、どう返答しようかと悩んでいると、後ろから物凄い勢いで別の人物が駆けてくる。そして――

「ちょっと、お母さんいい加減にしてよ! 先輩は、わ・た・しのものなんだからね!?」

 

 と、先に出迎えに来た女性に怒鳴りつける。

 甘ったるく鼻にかかったような声を発した人物こそ、俺のその……なんていうか、結婚相手の一色いろはだ。

 つうか、今この子わたしのものって言った? 言ったよね。そこはあれだなー。ものじゃなくて夫とか旦那とかそう言ってほしかったなー……。

 

「えーだってぇ……私も八幡くんのこと気に入ってるし」

「気に入ってたってダメなものはダメなの!」

「あの、えっと……」

 

 はぁ……。

 このやり取りももう何度目だろうか。

 一週間前、俺といっし……いろはは結婚した。

 元々、彼女の父親以外は結婚に賛成してくれていたのだけど、お義父さんはいろはがうちを出ていくなら絶対に結婚させないと頑なに折れてくれなかった。

 仕方なく俺が一色家に婿養子になることで決着がついたわけなんだが……。

 どうにもお義母さんが俺のことを気に入っているらしく、こっちに来てから毎回俺のことをこうしてからかってくるわけだ。

 早くに一色……いろはを産んだらしく、見た目も若く、いろはに似て顔立ちもとてもいいので正直こうやってからかわれるのは心臓によろしくない。

 いろはも俺にちょっかいを出すのはどうやら面白くないらしく、毎回こうやって口論になっている。

 まぁそれだけならある程度我慢できるのだが……。

 

「おい、飯はまだか!」

 

 奥のリビングの方から、大きな声が響いてくる。

 ほらぁ……お義父さんがお怒りじゃないですかーやだー……。

 

「はいはい、今準備しますからね」

「ほら、先輩、いきますよ」

「あ、ああ……」

 

 行きたくないよー……。やだよ絶対怒ってるもん。食事中ずっと睨まれるわこれ。俺にはわかる。だって今までそうだったし。

 食事くらいゆっくりとりたいと、軽くため息をついて俺もリビングに向かう。

 案の定、不機嫌顔のお父さんがテーブルに座っていて。

 俺は自分の席であるお義父さんの対面に座って、いろはとお義母さんが料理を運ぶのを静かに待つ。

 その間もお義父さんはこちらを凝視。っべーわ。これ過去最大級に怒ってるわ。助けていろはす!

「あ、あの、俺も料理運ぶの手伝いましょうか?」

 

 あまりの空気の重さに耐えきれず、二人に提案する。

 

「いいのいいの、八幡くんは仕事終わってばかりで疲れてるんだから。座って休んでいて」

「そーですよ。先輩は座って待っててください」

「はい……」

 

 二人とも空気読んで? 俺がこの空間から逃げ出したいの悟って?

「ほら、お父さん、ぼーっとしてないで料理運ぶの手伝ってよ」

「そうよあなた。いつまでくつろいでるの。ご飯食べたいなら手伝う」

「え……?」

 

 違う、そうじゃないそうじゃないですから! ほら見て? お義父さん、なんで俺だけって顔してるから。 すっごいマヌケな顔しちゃってるから。あ、こっち見た。めちゃくちゃ睨まれてるんだけど。さっきより目力半端ないんだけど? なにこれ? やっぱり俺が全部悪いの? もうやだおうち帰りたい。助けて小町……!

 不服そうに料理を運ぶお義父さん。気まずすぎて俺のライフがゴリゴリ削られていってるのがわかる。

 

「これで最後ね、じゃあ頂きましょうか」

 

 どうやらすべての料理が運び終わったらしく、一同席に着く。着くのだが……。

 

「ちょっと、お母さんはお父さんの隣に座ってよ!」

「いいじゃない、私だって八幡くんの隣がいいわ~」

「よくないから!」

 

 何故かお義父さんが対面で、俺を挟むようにいろはとお義母さんが席に着く。

 もうやめてくださいお願いします。俺のライフもやばいけど、見て。二人とも見て。お義父さん、もう泣きそうだから。血の涙浮かべ始めてるから。こんなお義父さん俺見てられないんだけど。

 

「ほら、八幡くん、あーん」

「や、さすがにそれはちょっと……」

 

 お義父さんの血管がぶち切れそうなんで遠慮します。や、そうでなくても遠慮するけど。お義母さん、お願いですから空気読んでください。

 

「先輩、じゃあわたしがあーんしてあげましょうか?」

 

 そう言っていろはが自分のおかずを箸で掴んで俺の口元に持ってくる。

 正直それは嬉しいのだけど……。

 目の前にいるお義父さんが、なんていうか怒ってるんだが泣いてるんだかわからない表情をしていて見てられないから勘弁してください。

 

「それはまた今度にしてくれ……」

「むぅ……」

 

 拒まれたのが不満だったのか、いろはは頬をぷくっと膨らませながらジト目でこちらを睨んでくる。

 こいつは……いつになってもあざといな……。や、まぁ可愛いからいいんだけどさ。

 

「八幡君、後で私の部屋に来るように……!」

 

 いろはのあざといしぐさに見惚れていると、対面に座っているお義父さんが顔を真っ赤にしながら言い放った。手元を見ると、いつの間にかウイスキーボトルが空になっていて。

 あれ? あれって昨日開けてその後ほとんど飲んでなかったやつじゃないの? この人短時間でどんだけ飲んでるんだよ。

 

「わかったか……?」

「ちょっとお父さん、先輩疲れてるんだから休ませてあげてよ!」

「うるさい、いろはは黙ってなさい。これは男同士の問題なんだ」

 

 だめだ。いろはの言葉に聞く耳を持たないなら俺が何を言っても無駄だろう……。

 

「はい……」

 

 返事したのはいいけれど、どうしたもんか。この人酔っぱらったら俺の手には負えないわけで……。

 これから起こるであろう惨事を想像すると胃が痛い。

 というかなんで俺ばかりなの? や、そりゃ妻と子供には言えないのはなんとなくわかるんだが……婿養子って辛い。

 

 

   *   *   *

 

 

 夕食を済ませ、先に風呂に入る。

 寝室を除けば風呂とトイレが今の俺には心のオアシスだ。

 お義父さんは一番風呂を済ませ先に部屋で待機していることだろう。……あれ以上飲んでたりしないよね? 大丈夫だよね? 良い人なんだが……家族のことになるとホント怖いからなぁ……。

 確かに、俺も小町を盗った男なんかと仲良くやれる自信はないが。というか仲良くなるつもりないわ。最近、どこぞの虫が小町の周りを飛んでるらしいから今度殺虫剤でも持って行かないとな。

 まぁそんなこんなであの人の気持ちはわかる。だからこそ、どうすれば気に入ってもらえるか考えるわけで……。

 気づけばだいぶ長い間風呂に浸かっていたらしい。結局考えがまとまらないまま風呂から上がり、ラスボスが待つ部屋へと足を運んだ。

 

 

 ノックをすると、「どうぞ」という声が聞こえたので中に入る。どうぞって、入社試験かなにかなの? 俺、これから面接かなにか受けるの? おっかしいなー。てっきりそれは結婚の許可をもらいに来たときに合格してたもんだと思ってたんだけど。や、よくよく考えたらお義父さんは思いっきり反対してたわ。てことはあれか。これが実質最終面接みたいなものと思えばいいの? ……辛い。

 

 部屋に入ると酒の匂いが充満していて、お義父さんの座るテーブルの上には缶ビールが四、五本転がっていた。……俺が風呂に入ってる間にこんだけ飲んだの? 早く出とけばよかったマジで……。

 

「そこに座りなさい」

「はい……」

 

 酔っぱらいとは思えない鋭い目つきで言われ、怯えながら言われた通り座る。

 明日は土曜日だというのに、平日最後にこんなイベントが残ってたなんてな……。早く部屋で休みたいよー……。

 

「ビールでいいか?」

「え、あ、はい」

 

 お義父さんは冷蔵庫からビールを二本取り出し、一本を俺に渡す。

 あれ? 俺も飲むんですか? ていうかお義父さんまだ飲むんですね……。

 

「最近俺の肩身が狭くてな。これくらい飲まないとやってられないんだよ」

 

 知ってます。というかなにかあるたび睨まれてるんで察してます。

 

「二人とも君ばかりに優しくするからなー……」

 

 あっれー? 怒られると思ったらなんか愚痴り始めたんだけど? なにこれ俺は愚痴に付き合えばいいの? わかりましたお付き合いします。

 

「そんなことないと思いますよ?」

「君、今日のあれ見てそういうこと言える?」

「……すみません」

「いいんだいいんだ俺なんか……どうせもう家に必要ないんだ。君がいれば二人は満足なんだよ」

 

 やばい、これ説教とかよりめんどくさいやつだ。完全に拗ねた子供なんだけど? こういう時どうすればいいんだ? 助けてお義母さん!

「いろはだけならまだわかる。なんであいつまで君に甘いんだ? いや、いろはが君に優しくするのもなんか許せん」

「ははは……」

 

 ダメだこの人、完璧に出来上がっちゃってるわ。もうこうなったら覚悟決めて愚痴に付き合うしかないな……。

 

 

   *   *   *

 

 

 あれからどれくらい時間が経っただろう。

 二人の前には空き缶が数本増えていて、お義父さんは愚痴をあらかた言い終えていた。

 

「よぉし、明日はお前、付き合え!」

「えっとどこにですか?」

「決まってるだろ! 釣りだ釣り! 朝一で出るからな! 遅れたら海に沈める」

 

 行くのは確定してるんですね……。というか明日はいろはとの約束が。でもこれ断ったらまた怒りそうだし……てか沈めるて言った? 言ったよね?

「わかりました……」

 

 はぁ……いろはにはあとで謝ろう。

 とりあえずはお義父さんの方優先でいかないと、またこんな愚痴付き合うのもあれだし。てか釣りに誘ってくれたってことはそこまで俺って嫌われてないのだろうか? それなら嬉しいんだけど。

 

「あなた、そろそろ八幡くんのこと解放してあげなさいよ」

 

 扉を開けて中に入ってきたのはお義母さん。

 

「まだ全然話たりない」

「いい加減にしないと怒るわよ……?」

「ひっ――!?」

 

 俺の角度からではお義母さんの顔を見れなかったが、お義父さんを怯ませるくらいの形相をしていることはなんとなくわかった。いろはも怒ると怖いし……。

 お義母さんのおかげで、今日のところはとりあえず戻っていいとお義父さんに言われ、部屋をあとにする。

 

「遅かったですねー」

 

 部屋に戻ると、いろはがベッドに座りながらテレビを眺めていた。

 

「まぁなんかいろいろあってな」

 

 主に、というかほぼお義父さんの愚痴のせいだけれど。

 

「それでなんだが……明日出かけるのは中止にしてほしいんだけど」

「先輩、おもしろいこといいますね」

 

 ちょ、いろはす? 近い、近いから。

 ベッドから降りて距離を詰めてくるいろは。なんとなくというか、かなり怒った顔をしていて。

 

「どういうことか説明してください」

「はい……」

 

 さらに、グイッと顔を近づけてくるいろは。表情は怒っているものの、距離が近いせいで風呂上りのシャンプーの香りが鼻孔を擽る。

 

「先輩……?」

「わ、悪い」

 

 うっかりいろはの甘い香りに我を忘れていると思い切り睨まれて。

 ちょっとー、お義父さんよりこっちの方が怖いんだけど? 

 

「その、な。明日はお義父さんが一緒に釣りに行こうって」

「わかりました」

「さんきゅ。ってどこいくつもりなんだ!?」

 

 いろはは納得したのかと思いきや、了承するなり部屋を出て行こうとする。

 

「どこって、お父さんのところですけど。ちょっと話があるので」

「ねえ、その話って明日のこと? 明日のことだよね? やめて、俺がまたいろいろめんどくさいことになるから」

「……先輩はわたしよりもお父さんの方が大事なんですか?」

「や、そういうわけじゃないが……」

 

 引き留めると、いろはは肩を落とし悲しそうな表情でこちらを見る。

 そんな顔するなよな……。俺だっていろはとの時間が一番大事に決まってる。

 

「俺だってお前と一緒にいたいけど、たまにはお義父さんと親交を深めるというか、そういうのもしておかないと。この家にお世話になってるわけだし、明日だけ、な? 日曜はずっと一緒にいるからさ」

「ホントですか……?」

「本当に本当。俺がお前に嘘ついたことあるか?」

 

 言うと、いろはは手を顎に添えながら少し考え、

 

「結構ありますよね?」

「ごめんなさい」

 

 うん、割とあったわ。でもこういう真面目なときは嘘ついてなくない? それじゃ駄目ですか駄目ですよね。

 

「……今回はマジ。嘘ついたら針千本飲む」

「じゃあ指切り……」

「ああ」

 

 お互いの小指を絡めて指切りをする。

 

「約束ですからね」

「わかってる。じゃあ今日はもう寝るか」

 

 ベッドで横になろうとした瞬間。いろはが俺の腕を掴み、反転させてベッドに押し倒した。

 

「なに――」

 

 するんだ? と、言おうとした俺の口をいろはが自分の口で塞ぐ。

 とても柔らかな唇の感触とともにいろはの舌が俺の舌と絡み合う。

 息をはずませながら、柔らかくて暖かいいろはの舌が、俺の口のなかで優しい生き物になる。

 

「んっ……んあっ……先輩の口の中、お酒の匂い」

「……休ませてくれるんじゃなかったのか?」

「明日の予定をドタキャンした罰ですよ。先輩は、したくないんですか?」

 

 目の前にいる彼女にそんな台詞を言われて誰が断れるだろうか。

 もちろん俺の答えは決まっていて――。

 今度はこちらからいろはの唇を奪う。

 すると、いろはがそれに答えるように腕を俺の首にまわし、ねっとりと唇を押し付けた。

 

「はむっ……ん、んんっ……先輩、今夜は寝かせませんよ?」

「待って、明日朝早いんだけど……?」

「あーあー、聞こえません。でも……先輩が頑張ってくれたら寝れるかもしれませんよ」

 

 高校時代のような、懐かしい小悪魔的笑みを浮かべるいろはに内心ドキッとしつつ、平静を装う。

 というか可愛すぎて、このままだと本当に朝までコースになりかねないんだけれど。

 

「……努力する」

「期待してますよ?」

 

 クスっと笑みを浮かべるいろは。

 そしてもう一度口づけを交わしながら、少し乱れた衣服に俺は優しく手をかけた――。


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