俺ガイル短編集   作:さくたろう

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雪ノ下雪乃は比企谷くんとキスしたい。

「ひ、比企谷くん」

「ん、どうした?」

「あの……その……」

 

 大学の講義を終えて、雪ノ下がカフェでお茶しようと言ったのでここにきたわけだが……。

 注文を終えてから、雪ノ下は何故か俯き身体をもじもじしながら黙ってしまっていて。

 やっと口を開いたかと思えば、その先を中々言えずにいる。ホント、今日のこいつどうしたんだ? 明らかにおかしいというか、挙動不審すぎてあやしいんだけど。

 

「その……私たち、付き合ってどれくらい経つかわかるかしら……?」

「たしか……もうすぐ一年になるんじゃないか?」

 

 雪ノ下と俺が付き合い始めてもうすぐ一年。

 大学に入って初めての夏休みに付き合ったのだから忘れるわけもないわけで。

 つうか、こいつはそれを聞くのがアレでずっともじもじしてたの? 

 

「そう、そうよね。もうすぐ一年なのよ……」

「……それがどうかしたのか?」

「昨日知ったのだけれど、一般的な恋人同士というのは、大体一年以内にキスをするらしいのよ……」

 

 ブッ――!?

 急になにを言い出すの雪ノ下さん? 

 飲んでいたコーヒーを軽く吹き出してしまい、雪ノ下に白い目で見られる。や、お前のせいだからね? 急に変なこと言い出すから……。

 というか、こいつがいきなりこんな話題を出すわけがないよな? 誰かの入れ知恵か……。となると、それはあの人くらいなわけで。

 

「雪ノ下さんになにか言われたのか……?」

「――っ!?」

 

 陽乃さんの名前を出すと、雪ノ下の表情が一瞬強張り、持っていたティーカップが震えた。

 どうやら当たりのようらしい。

 まったくあの人は……。妹が大好きなのはわかるが、あんまりからかいすぎるのは如何なものかと思うんだけど。そんなことばっかりしてると、本当に嫌われますよ? 似たようなことして小町に嫌われた俺が言うんだから間違いない。

 

「それで、なにを吹き込まれたんだ?」

「その……付き合って一年も経つのに、未だにキスもしたことがないのはおかしいって……」

「俺たちには俺たちのペースってのがあるんじゃないのか……?」

「私もそう言ったのよ。そしたら姉さんが『もしかして比企谷くん、雪乃ちゃんのこと好きじゃないんじゃないの?』って……」

「んなわけないだろ……」

 

 つうか陽乃さんの真似声真似上手すぎませんか? 一瞬本物が来てるかと思っただろ。……まさかいないよね?

 不安になって一応周囲の確認をするため、辺りをみまわ――いたーーー。ホントにいたよあの人……。なんでいるのホント……。

 雪ノ下の後ろの方の席で俺に手を振る陽乃さん。てか、あの人隠れる気ないよね? この状況楽しんでるよね?

「どうかしたの……?」

「や、なんでもないなんでもないから。話を戻そう」

 

 俺が自分の後ろの方を見ているのが気になったんだろう。雪ノ下も釣られるように振り返ろうとしたのでそれを必死に阻止する。

 

「わかったわ……。それから姉さんに『そろそろキスの一つくらいしておかないと私が比企谷くんを取っちゃうよ?』と言われたわ……」

「はぁ……?」

 

 何考えてんだ……?

 再び後ろの方を見ると、今度は陽乃さんがウインクしてきて――。

 なるほど、そういうことか……さっぱりわからん。

 

「だから比企谷くん……私と、その、き、キスをしないかしら……」

「だからの意味がまったくわからんが……雪ノ下はそれでいいのか?」

「私は別に……あなたのことを好意的に思っているし。付き合っているのだから問題ないけれど……」

「つうか、こういうのって人に言われてするもんでもないだろうに」

「それはそうだけれど……。本当言うと、私もしたいのよ……」

「へ? なにを?」

 

 雪ノ下がなにを言ったのか一瞬理解できず、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 すると、キッと俺を睨む雪ノ下。

 ごめんなさい。俺が悪かったから許して……?

「あなたはしたくないのかしら……?」

「や、その、アレだ。したいかしたくないかで言えばしたい。ぶっちゃけしたい。好きな奴としたいと思うのは当たり前だろ、たぶん。つうか男なんてそんなもんだ」

「それなら――」

「でもな、雪ノ下」

 

 雪ノ下の言葉を遮るように口を開き、ひと呼吸する。

 俺だってできることなら雪ノ下とその……キスしたいわけで。しかし、ここで俺たちにある問題点が浮かび上がるわけで。

 

「できると思うか……? 俺たちが」

「そ、それは……」

 

 キスといえば、口づけですよ。お互いの唇同士を重ね合わせるわけだ。つまり超至近距離にお互いの顔がある。

 最近やっと手を繋ぐことに成功した俺たちが、だ。

 そんな俺たちがキスしたいからキスしようと言って、おいそれとできるとは思えない。RPGでレベル一からボスと戦うようなもんだぞ。下手したら二人共ゲームオーバーになりかねん。

 だからここはまず、段階を踏むべきだ。

 

 そう、まずは――。

 

「だからな、雪ノ下。まずは、か、間接キスから始めてみないか……?」

「つまり……段階を踏んでいこうということね……?」

「その通りだ。最初から高難易度のダンジョンに潜るのは無謀ってもんだ。まずは腕試しじゃないが初級ダンジョンから攻略していこう」

「その例えはよくわからないけれど……。わかったわ。とりあえずあなたの案でいきましょう」

 

 や、めちゃくちゃわかりやすい例えじゃなかったか今の? これ以上の例えとかどうしていいか俺にはわからないまである。

 まぁしかし、とりあえずは雪ノ下も納得したようだし、次に行くか。

 

「よし、じゃあまずはお互いのティーカップを交換しよう」

「えっ……?」

 

 俺の提案に、雪ノ下は椅子を引いて持っているティーカップを俺から遠ざける。

 ねえ、なんで? 今さっき間接キスからしようって言ったのに、なんでその反応なの? さすがに傷つくんだけど?

「あのさ、お前がティーカップ交換してくれないと間接キスできないだろうが……」

「それは……。わかったわ……交換しましょう」

 

 こんなんで本当に俺たちはキスできるの?

 間接キスする前からこの反応はちょっと厳しい気がしてきたが……それでも俺たちは前に進むしかない。

 

「お互いが口に付けてたところを自分もつけて飲むんだからな?」

「わかったわ……」

 

 頷き、先程まで俺が口をつけていた部分に、雪ノ下のみずみずしい唇がゆっくりと向かっていく。頬を赤く染め、カップを持っている手がぷるぷると震えていて、なんだかいけないことをしているんじゃないかと錯覚してきた。

 

「ひ、比企谷くん……」

「ど、どうした?」

「その、あんまり見られていると、恥ずかしいのだけど……」

「わ、わりぃ……」

 

 どうやら俺は、雪ノ下の間接キスシーンを凝視してしまっていたらしい。

 だが言い訳させて欲しい。自分の好きな女の子が、しかも普段そういうことをするような子じゃないのに、狙って間接キスをするところを見たくないわけがないだろうと。

 ……なにを俺は熱く語ってるんだ。これじゃただの変態だわ……。

 

「じゃ、じゃあ、いくわよ……」

 

 再び、雪ノ下がカップに自分の唇を向かわせる。

 今度はさり気ない程度に雪ノ下を見つめ、雪ノ下の邪魔にならないようにする。

 そして遂に、雪ノ下の唇と俺の飲んでいたカップが触れ合った――。

 

「こ、これで間接キスしたことになったのかしら」

「そ、そうだな」

 

 そこにいつもの透き通るような白い肌はなく、顔全体を紅に染めた雪ノ下。

 間接キスでこれなんだから、実際キスしたらどうなってしまうんだろうか……。

 

「次はあなたの番よ、比企谷くん」

「え、俺もやるの?」

「当然じゃない。あなただって、いきなりキスからは無理でしょう?」

「まぁそれはそうだけど……」

 

 さっきの雪ノ下を見たあとだとな……。

 もしかして、間接キスですら相当な難易度を誇っているのではないだろうかとまで思ってしまう。

 しかし、雪ノ下が頑張ったんだ。ここで男の俺が退くわけにもいかないだろう……。

 

 小さく深呼吸をして、雪ノ下のカップを目の前に置く。

 そして雪ノ下が唇をつけていたであろう場所をしっかりと確認。

 ここに、雪ノ下の柔らかで綺麗な唇が触れていたのだと思うと、胸の鼓動が早まってくる。

 

「いくぞ……」

「ええ……」

 

 カップを手に取って、少しずつ、俺の口元に運んで――。

 その途中、なにやら対面からとてつもないほどの視線を感じ見てみると、雪ノ下が俺とカップを凝視していて。

 

「あのな、雪ノ下」

「な、なにかしら?」

「さすがにそこまで見られると、恥ずかしすぎて死ねる」

「ご、ごめんなさい……」

「や、俺もその気持ちはわかるからいいんだけど……」

 

 雪ノ下もさっきの俺と同じ気持ちだったのだろう。

 わかる、わかるぞ雪ノ下。俺もそうだったからな。

 さてと、それじゃ気を取り直して、もう一度。

 ゆっくり、正確に雪ノ下の口をつけた部分に狙いを定め――。

 雪ノ下の唇(間接的)と触れ合った。

 

 ……やだなにこれ恥ずかしい……。

 意識した間接キスってこんなにも恥ずかしいことだったのか……。

 頬がめちゃくちゃ熱くなってるのがわかる。今すぐこの場を立ち去りたい気分だ。

 

「お疲れ様と言うべきかしら……?」

「別につかれてはねえよ。や、でも精神的には疲れてるか……」

「奇遇ね、私もよ……」

 

 がっくりと項垂れる雪ノ下。やはりこいつも相当精神的にやられたのだろう。この調子だと、今日は本番は無理だろうな。 

 

「どうする? このままボスを倒しに行くか?」

「私は構わないのだけど……。ただ、さすがにここではその……」

「そうだな。って、え?」

 

 構わないの? いいの? お前、間接キスであんだけやばいんだぞ? 

 

「えっと、じゃあうちくるか……?」

「そうね、それではお邪魔することにするわ」

 

 ホントに今日するんだな……と、期待やらなにやらを胸に秘め、俺たちは俺のアパートへと向かった。

 

 

   *   *   *

 

 

「では、始めましょうか」

 

 部屋に上がっての第一声がそれだった。

 

「あの、早くないですかね?」

「そうかしら……? あまり時間をおいても、と思ったのだけど……」

 

 まぁ確かに、間接キスで多少なりと耐性があるうちにした方がいいか。

 が、しかし本当にキスできるのか? 

 目の前にいる雪ノ下と向かい合う。

 目線は自然と雪ノ下の潤った滑らかな唇に吸い寄せられる。

 

「比企谷くん……」

「ん、ああ、どうした?」

「その、少し見すぎじゃないかしら?」

「悪い、なんつうか……想像したらつい」

「そ、そう……」

 

 なんなのこの空気? ここからどうやってキスに持っていけばいいのか誰か教えてくださいお願いします。

 しかもここから距離を詰めるわけだろ? ……やば、想像したら手汗がひどい。

 

「あの、さ。本当に今するのか?」

 

 我ながら意気地のない発言だとは思う。

 ただ、ここで無理して先に進む以外にも道はあるんじゃないか?

「……したいわ。私はあなたとキスしたい」

「…………わかった」

 

 自分の彼女にここまで言われてしないわけにはいかないだろ。

 覚悟を決めろ俺。俺だってしたくないわけじゃないんだ。むしろしたい。むちゃくちゃしたい。雪ノ下のことが誰よりも愛してるから――。

 

「い、いくぞ……?」

「ええ……」

 

 お互い一歩前に踏み出して距離を詰める。

 そこは少し顔を前に出せばもうお互いの唇が重なる距離で。

 雪ノ下の肩に優しく手を乗せ、ゆっくりと唇同士が近づいていく。

 

「ん……」

 

 雪ノ下からとろけるような声が漏れる。

 感じたことのない感触が唇を通して伝わってきて。

 いつまでもこうしていたいと、そう感じさせられる感覚。

 

 それからどのくらい時間が経っただろうか。

 十秒、いや一分だろうか、惜しみながらも唇をゆっくり離すと、目の前には普段とは違ってしおらしい彼女がいて。

 

「もう一回……してみない……?」

 

 雪ノ下からの一言に頷き、再びお互いの距離を詰める。

 そしてゆっくりと、今度はさっきよりも長い口づけをした――。


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