城下町ベリオスの宿屋でエルは椅子に腰掛けベットで眠っている少女の寝顔を見つめていた。
年齢にすれば十歳前後という感じだろうか。
これからどうしたものか…… 気を失った少女を抱え宿屋に入ったのもあってか店主からは冷たい目で見られ、一応道端で倒れていた少女をここまで運んできた事にしてあるが恐らく家族が少女を探し始めればすぐにバレるだろう。
そうなる前にこの町を出なければ面倒になりそうだ……だがひとまずはこの少女をどうするかを考えなければいけない。
僕(しもべ)にしようにも魔眼が使えない以上強制的には無理な話しだし脅したとしても絶対服従するとは思えない。
やはりあの場で殺しておくべきだったか。
まぁ、この娘が目を覚ましてからひとまずは話しをしてみるとして、まずはしっかりと休まねば魔力補給ができない以上体力を消耗する力での戦闘はさすがに身体に響く。
エルは着ていた服を脱ぎ、ベットにゆっくり身をしずめると少女がうぅん…… と声を出しながらエルに寄り添ってきた。
「お母……さん……」
少女は薄っすらと目に涙を浮かべている。
外見的には普段の魔族と人間の姿形はそんなに変わるところはなく、魔族の中にも人間達の中に混じって情報収集や監視といった事を行なっている者もいるし、人間を家畜同然として扱う者もいる。
まぁ、大体は下位クラスの魔族の仕業なのだが…
それにしても魔王たる力が使えないのは厄介だ、中位クラス程度までならばなんとかなるのだが、上位クラス以上ともなると簡単にはいかないだろう。
しかし、同族らしき者を殺してもなんとも思わなかったし、ましてや人間の小娘を拾ってくるとは魔族の姫として普通は考えられないことだ。
(妾はこの娘(モノ)に興味を持っている? 人間という下等な生き物に興味などないはずだが、この娘は何か妾と似ているところがある気がする)
そっと少女の頭を撫でながら眠りについた。
◆
エルは町の外れにある小さな池で水浴びをしていた。
昨晩少女と一緒に寝たせいか人間の匂いが身体にしみついていたのだ。
人間などという下等な生き物と一緒に寝るなど魔族として恥ずべきことだとエルは悔いていた。
魔族と人間が共に手を取り平和に暮らしていくなどありえるはずもない。
先代の魔王だったエルの母でもあるフィーナは人間と共に手を取り平和に暮らしていくことを提示したと聞いているが、それを拒んだ人間達が勇者などという下賤なものを作りたて母を死に追いやったのだ。
「人間は嫌いじゃ……」
エルは町に戻ると冒険者達が集まる依頼所にきていた。
人間達の間では依頼所という所で仕事を請け負い仕事が終わると依頼所に報告にいき決まった額の報酬を得る。
なにやらそういう仕組みらしい。
魔族の間ではこういったものはなく、仕事をして報酬を得るという行為はエルにとって初めての経験だった。
エルは依頼所で報酬を受け取るとその足で市場へ向った。
市場というのもまた面白い所の一つ、様々な野菜や果物、魚に肉、色々な物が置いてある。
これも魔王城にはなかった催しの一つだ。
食事に関しては全てエル直属のシェフに委ねていたし、出来た料理をただ食べるだけの日常だった。
そういう日常に飽きていたのもあって、エルにとって新鮮だった。
エルは市場で焼き立てのパンとミルクを買って宿屋に戻るとベットに寝ていた少女が目を覚ましエルの顔を見るなりガタガタ震え始めた。
「そう怖がらなくてもよい、別に何もせんよ」
「あなたは…….誰?」
「妾はエル・イシュタリア、魔王じゃ」
「まおう……さま?」
「エルでよい」
エルは買ってきたパンとミルクを少女に差し出すと少女はびっくりしたようにエルの事を見つめている。
まぁ、たしかに驚く理由もわからなくはない。
知らない女性にいきなりさらわれ食べ物まで出されているわけだし、疑うのも無理はないのかもしれない。
エルはパンを少しちぎり口に入れ、普通のパンだと見せると少女はお腹が減っていたのかパンとミルクに口をつける。
少女はそれを口にするなり涙を流し、美味しい美味しいと言いながら食べている。
(何故泣いておる? 普通のパンとミルクじゃぞ?)
エルにとってパンやミルクなどは魔王城にいたときはあまり食べたことはないが、人間の食事の中ではこれが最低限の食べ物だろうと思い買ってきたはずだが、まさか美味しいと涙を流すとは思ってもいなかったのである。
「何故泣いておる?」
エルは気になり少女に問いかけると、今までこんな美味しいパンは食べたことがなく、ましてやミルクなど飲んだこともないみたいだ。
(この娘、もしや奴隷か?)
昨日はあまりまじまじと見なかったが、少女はボロボロの服に手首には何かに縛られていたような跡が残っている。
やはり奴隷といった感じだろうか。
魔王城には奴隷という概念がまずない。
他の世界の魔王はどうかはわからないが魔王城で働くということは魔王に忠誠を誓うという事。
忠誠を誓った者を奴隷のように扱うなど考えられない。
魔族で奴隷などを扱っているとすればヴァンパイアの者くらいだがエルとは考えが合わず対立的な存在だった。
「娘、名はなんというのじゃ?」
少女は、下を向き黙りこんでいる。
エルは少女が黙りこんでいるのを何となくわかっていた。
恐らくは名前で呼ばれてはいないのか、もしくは名を捨てたか忘れたといったとこだろうが、この少女が奴隷ということは考えると自ずと答えは出ている。
「その手首の跡はどうしたのじゃ?誰かに何かされたか?」
「な、何もされてませんっ! これは……その……」
「言いたくなければ言わなくともよい、誰かに言うなと言われておるのじゃろ?」
「ーーっ」
少女は口ごもり下を向いてしまう。
エルは少女に食べたら家に帰るように促し、そっと少女を抱きしめ自分の事は言わぬよう告げ部屋を出ようとする。
それを見た少女は泣きながらエルに抱きついてきた。
「た、助けて……ください……」
「娘、名は?」
ーーフィリアです
◆
エルは少女を連れ町中で情報を集めていた。
少女から色々話を聞いてみると、もともとは別の町に住んでいたらしいのだが、そこで見た事もないようなモンスターの襲撃に遭い家と家族を亡くし行き場に困っていた少女を貴族が奴隷として引き取りこの町にきたらしい。
少女は普段家からは出してもらえず昨晩に限っては家の者が外出したのを見計らって花売りの振りをして抜け出したらしい。
色々情報を探ると少女はアイゼフ家というこの町では名の知れた貴族の所に引きとられたらしいが、何でもアイゼフ家は奴隷を掃除、洗濯など家事全般と言う名目で奴隷を引きとっているにも関わらずほとんどが性的道具として扱っていたらしい。
少女の手首の縛られていたような跡、あれはそういうことなのだろう。
エルは少女を連れアイゼフ家に向かっていた。
何故アイゼフ家にわざわざ出向くのかエル自身分からないでいた。
人間の少女を好んでいなかったのは事実だが、誘拐されたなどと広められればエルにとって後々面倒な事になりそうだと思い少女を引き渡すつもりでいた。
エルにとっては少女が奴隷であろうと何をされていようが関係のない事、娘を助ける義理もないのだ。
(わかっているはずじゃ、人間は大嫌いじゃと、なのに何故妾はそこに向かう?)
エルはアイゼフ家に着くと応接間に招かれた。
家の者に事情を話すと、あの娘が戻ってきた事に大喜びしている。
連れ戻してくれた事への礼金として結構な額を提示してきたが、そこまでただの奴隷に価値をつけるのだろうか? 普通ならありえないはずだ。
よっぽど何か少女に特別な事情があるのだろうか、エルは不思議に思っていた。
「助かりましたわ! 急に居なくなったもので探しておりましたの」
「一つ聞いてもよろしいじゃろうか?」
「はい、なんでしょう?」
「あの娘にかなりの価値を見出しているように思えるのじゃが、何故じゃろうか?」
エルが問いかけると、実はとヒソヒソ話し出した。
「あの娘には魔族の血が流れていると聞きましたわ」
「魔族じゃと?!」
思いっきり声が裏返ってしまった。
要は魔族と疑いをかけられた者を引き取りそれを奴隷として扱い使えなくなれば殺すということだった。
「あの娘は、どこか」
エルが問いかけると、付いて来いと言われ階段を降りていく。
そして鉄の扉を開けるとそこには鎖に繋がれ息耐えている複数の人間とあの少女の姿があった。
エルはゆっくり少女に近ずくと腰にさしていた剣を抜き繋がれていた鎖を断ち切った。
「あ、あなた何を?!」
エルは怒っていた、これが人間かと。
これでは母がしようとしていた人間と手を取り平和に暮らすなど絶対にあり得ないと。
「この娘には魔族の血が!化け物になる前にこきつかって何が悪いっていうのよ?!」
エルの目の色が赤く染まっていく。
「オノレ….…ニンゲンフゼイガァァ!!」
エルの身体に燃え盛る様な赤いオーラが包み込むとギロッと睨みながら家の者達に忍び寄る。
「ーーひぃ! ば、化け物だぁぁぁ!」
「妾は、魔族の王、エル・イシュタリアぞ、貴様らの様なゴミと一緒にするでないわ」
エルのその手に持っている剣が2刀の血の様に赤い剣に姿を変え、奇怪な音を奏でている。
まるで剣が鳴いているかのように。
エルは剣を振りかざすと周囲に無数の黒い目が出現し一瞬にして家の者達は灰になっていった。
「あぁぁ……助けて……お願い……」
家の主人が泣き叫びながら震えているとゆっくりエルは近づきこう言った。
ーーこの娘、妾が貰い受ける。