幻想郷の仕立て屋さん!   作:ほりぃー

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3話 幻想郷は色にあふれている 下

 小さな小屋の中でさざめは蝋燭に火を灯す。錆びた燭台に立った白い蝋燭。ほのかに揺れるオレンジの火。さざめの狭い家にはこれで十分であった。単純に蝋燭代も馬鹿にならないから普段はあまりつけない。

 

 さざめは座ったまま、じっと織物を見る。自分で「染めた」薄い緑色のそれ。本来であれば羽織を作るときに「柄」を合わせておかないといけないが、これについては必要が無いだろう。しかし彼女はそのまま動かない。眼だけは真剣に織物を見ている。

 そんな様子をマミゾウも黙ってみていた。口元に浮かべている小さな笑みは興味の表れであろうか、彼女の顔の片側だけが蝋燭の火に照らされている。

 

「こんなもんか」

 

 そうつぶやいたさざめは織物を重ねる様に二つに畳む。それから箱から出した「待ち針」を数本迷うことなく刺していく。無造作に折りたたんだように見えても端はしっかりと重なっている。

 今、マミゾウが見ているのは一反の織物に過ぎない。羽織をぬってくれるとさざめは言うが、普通ならば一着を仕立てるのに幾日かは必要なはずである。それが常識であった。

 

 

 さざめの手が少しずつ早くなっていく。彼女は布地を折りたたんで折り目を付けていく。これは「見積もり」という行為であり、一枚の布を袖、襟などのパーツに「切り分けて」行く下準備をしている。

 そうしてからまた、さざめは無造作に箱に手を入れて何かを取り出す。黒光りする大きなハサミであった。錆びている燭台とは違い、くもりもない。

 さざめは布地の折り目を解いて、何ら印もつけずにハサミを入れる。動作はぞんざいであるが、すうと入っていくハサミが一枚の布を分けていく。いつの間にかマミゾウは見入っている。

 

 切る、などという気負いはさざめにはない。まるでそうあるべきように、布地が分かれていく。それは羽織の部分部分のパーツになるのである。さざめは最後にチョッキンと布を断ち切ると、マミゾウははっと我に返った。

 

 だが、口にする言葉が無い。さざめは気にせず目の前に並べた布地を眺めて、小さく頷いている。彼女の手にはいつの間にか「糸」があった。それは白い糸である。さざめはその先っぽを指でつまんですっと引く。

 

 マミゾウはあっと声を出しそうになった。糸が指で擦られた場所から「緑色」に染まっていく。ほのかな明かりに照らされているそれが、何故か美しい。布地の色と「色を付ける程度の能力」で合わせたのだろう。

 さざめはまた、いつの間にか一本の針を持っていた。裁縫用の針には小さな糸通しようの穴がある、彼女はそれに糸を通す。造作もない。ちょっと触ったようにしか見えないのに「玉結び」までされている。

 

(よどみがない……ないのう)

 

 マミゾウは思う。さざめの手には迷いがない。全てが当たり前の様に済んでいく。裁縫とはもっと慎重で準備があり、一つ一つの作業に時間をかけ、間を取りながら進めていくものだ。さざめはそれをしない。

 たとえ妖怪であったとしても、一つのことを極めるには永い年月が必要である。それは実際に生きてきたマミゾウにはよくわかる。つまり、それは気の遠くなるほど河東さざめが「これ」だけをやってきたという証である。

 

「河童というものはあきっぽいと思っておったのだが……どうやらワシも考えを改めねばならんようだ」

「……」

 

 さざめは言葉を返さない。ただその桃色の唇で糸を挟んで、プチンと歯で切る。さざめは針を布地に差してはぬっていく。針についた糸の長さは彼女がその部位をぬい終わると、ちょうどで終わる。それからまた付け直すのである。

 

 静かな小屋で針は踊る。

 

 

 

 

 

「よし。できた!」

「ほ? もうできたのか?」

「はあ? あんた、目の前でみていただろ? ほら、みなよ」

 

 さざめの手には緑色の羽織がある。 少し前まで一枚の布地だった物が変わって、しっかりと糸で繋がれた布地達は一枚の羽織になっていた。マミゾウはそれを手に取って少し引っ張ってみる。びくともしない。

 

「どうだい。いい出来だろう。ちょっと時間かかっちゃったけど……」

「時間がかかった……か。たいしたものよのう。長く生きているがこれだけ出来るものは初めてみたぞい」

「ふふふ。まあね。まっ人間の短い一生じゃあ、そうは見られないだろうよ」

 

 うんとマミゾウはさざめの言葉に引っ掛かりを覚える。手元の羽織は別に聞いてみた。

 

「人間の一生、とは。なんぞや?」

「なんだいそりゃ、てつがくってやつかい? 単に今日のあんたは運がいいだけさ。本当なら夜の森の人間一人入ってくるもんじゃないぜ」

「……???」

「本当なら妖怪ってのは人間ってみれば襲ってくるかいたずらするかのどっちかさ。ワタシみたいなもの好きについてきてあんたは運がいいって言っているのさ」

 

 さざめはうんうんと頷いている。マミゾウは彼女が何を言っているのか分からない。

 目の前の少女の裁縫の技量は超絶のものである。それはマミゾウのような古だぬきも見たこともない程だ、想定の外にあったと言っていい。そしてさざめがさっきから言っていることもマミゾウの想定の外にある事である。だからわからない。

 さざめはその答えを言う。

 

「まあ、いいや。そらその上着もぬってあげるよ。それからとっとと人里に帰るんだな。あんたみたいな人間が夜の森にいてもいいことはないよ」

「……」

 

 マミゾウは吹き出しそうになった。顔を背けて、手のひらで口を押える。

 

(な、なんじゃこいつ。ワシが妖怪だと気が付いておらんのか。ど、どんかんというには、くく……)

 

 驚いたマミゾウだが、そこは狸である。

 

「い、いや。さざめ殿お気遣い痛み入る。実はわしも『人間一人』ここに来てよいものか思案しておったところでな……。そろそろお暇しよう」

「いやいやいや。上着! 縫ってやるって言ってだろう?」

「それには及ばぬよ。どうせこのような上着は安物じゃからのう。それに――」

 

 立ち上がったマミゾウが手に合った羽織を着る。緑色の布が揺れて、彼女の体を包む。寸法すらも殆どしていないのにマミゾウの体にしっかりと合っている。さざめの眼が節穴なのかどうかは狸にもわからない。

 

「このような良いものをもらった。これだけで十分よ」

「……ま、まあ。いいよ。あんたがそれでいいなら」

 

 さざめは「良いもの」と面と向かって言われてはにかむ。嬉しそうに笑うのだが、どことなく気恥ずかしそうでもある。彼女はぶんぶんと頭を振って言う。

 

「気を付けて帰るんだね。狸やら狐やらのろくでもない奴らと出くわしたら、こっちまで走って来ればかくまってやるよ。ああ、あと写真ばっかり取ってくる天狗と会ったらワタシが代金払えと……まあいいやそれは自分で言うよ」

「……く、くく。そ、そうじゃのう。狸に化かされてはたまらんからのう」

「そうそう。あいつら本当に金払いが悪くてさ、ほんの少し前払ったと思ったら、それがなんだったと思う? 家に帰ったら全部葉っぱになってたんだよ! あいつらは嫌だ!」

「ぷ、あ、ははは。なるほどのう」

 

 お腹を押さえて笑うマミゾウ。眼に涙がたまっている。愉快この上ない。さざめはそれにぶすっとして「笑いごとじゃないよ」と言っているが、狸であるマミゾウには笑いごとである。

 

「よいよい。それでは今度その狸に言って聞かせてやろう。いずれ代金を支払いにくるじゃろう」

「ふーん。ま、期待しておくよ」

 

 冗談としかさざめは思っていない。

 

 

 

 

 暗い川沿いの道を緑色の羽織を着た狸が歩く。

 からからと下駄の音を鳴らしながら、小さく鼻歌をおともに歩く。久しぶりに腹を抱えて笑った。何度思い出しても愉快で仕方がない。

 空を見上げると星々の輝きが広がっている。眼を閉じるとどこからか虫の唄う声と川のせせらぎが耳を楽しませる。鳥は既に眠っているのだろう。代わりに宙を舞うのは蛍の群れ。光の線が踊っている。

 

「心配性じゃのう」

 

 マミゾウは歩きながら言う。手にはキセル。煙が白く立ち上っていく。

 そんな彼女を遠くの木から伺う一人の少女。気が付かれない様に木の陰に隠れているが、マミゾウにはバレバレである。それはさざめであろう。おそらく「人間」が森の中で襲われないか心配らしい。このままでは街道までついてくるだろう。

 

「足音くらい消せばよいのに……まあ、一人歩きよりはいいのう。気がついておらぬふりをしておくとするか」

 

 マミゾウは夜風に心地よさを覚えつつキセルを吸う。その時、ふと気が付いた。彼女の羽織の胸元より少し上、そこに描かれている文様。

 瓢箪の文様。白い色のそれが緑の生地に浮かんでいる。さりげなくさざめが描いたのだろうが、マミゾウは思う。これも愉快である。

 

「化かされておるのは、さて? どっちだったのか」

 

 森の中を二つの足音がのんびりと行く。

 

 

 

 

 ★☆☆

 

「やっと帰ったか」

 

 さざめは深夜、家に帰ってきた。仕方ないのでこっそり「気がつかれない」様に「人間」付いていったのだ。この時点で二つ勘違いをしているが、指摘するものはいない。彼女はふふと息を吐いて、部屋に積まれた白い反物を見る。

 色の付いていないそれを染める、それが彼女の仕事である。マミゾウの着物は急ぐ為にシンプルにしたが、彼女は反物を一枚一枚広げていく。部屋いっぱいに広がっていく白い布、それをつま先立ちで避ける様に歩くさざめ。

 

 さざめの「色を付ける程度の能力」の本当の力は、今生きている誰も見たことが無い。それは彼女自身が見せようとしないからでもある。集中したいからだ。さざめは一度家を出る時に消し合した蝋燭をつけなおす。それから反物の一つに手をつく。

 

 ほのかに光るさざめの両手。

 ゆっくりと広がっていく赤の「色」。白い布地を染めていく。さざめの額に大粒の汗が浮かぶ。そして赤い布地に金色の線が奔る。それは幾本にも分かれて、開く。それはまるで金色の花が咲くように、浮かび上がる

 

 絵付け。それが彼女の能力の使い道の一つ。色を使い分けて白い反物を美しく染める。

 

 さざめは次の白い布を手に取る。部屋の暗さに溶け込むような黒。そしてぽつりぽつりと浮かぶ白い雪、のような模様。いつか貸本屋で借りた本、それに描いてあった「雪の結晶」が浮かぶ。

 

 次の布地に手を掛けた時、さざめは少し考える。口には出さない。眼を閉じて浮かんだ「色」を染め付ける。白が青に変わる。星が少しずつ見えて、きらきらと集まっていく。まるで川の様で、それは本物の天の川のように染まる。

 

 小さな小屋で世界が回る様に、様々な「色」が踊る。さざめは肩で息をしつつ、最後の一つに手を掛ける。

 

 淡い桃色に染まる。疲れているから、あまりうまく染めきれなかったのだろう。だが、その偶然がおだやかな「色」にしてくれた。

 そこに咲き始める「白」の桜。風に散っていくような、それが彼女の今日、最後の作品である。

 

 これがさざめの能力の力であった。色を付ける、とは一色に染めるだけのことではない。彼女の小さな手のひらはいろんな自然と風景を描けるのだ。

 

 もしも、この姿を誰かが見たのならばきっとこういうだろう。こうやって幻想郷には色があふれていくのだ、と。

 

 

 

 

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