暗い夜のことだった。空は曇天。星も月も隠れてしまった風の強い日。
人々はこのような夜には決して外に出ることはない。夜の闇にはどのような妖(あやかし) が潜んでいるかわかったものではない。しかし、逆に妖怪達はこのような夜は大好きである。
木々が風にざわめく森の奥。不気味な叫び声が木霊している。それは言葉としては認識できないが、聞くものを震わせるような迫力がある。そしてそれに合わせるように無数の声が響く。地の底から漏れてきたような、多くの化け物達の声。
怪しく光る森の奥。誰も人間がいないはずなのに、鬼火なのか青、緑、そして赤い光が瞬いては消える。まるで踊っているようで、誰かを誘い込もうとしているかのようだった。
そう。この夜に化け物達は集まっていた。森の広場に無数の妖怪達がそろい、それぞれその中央を向いてる。真ん中はステージになっていて、そこには二つの影があった。その一つは小柄で黒いドレスを着ている。その周りで鬼火が点滅している。
「ヤッッホォー!!!」
幽谷響子はマイクに向かって叫んだ。彼女のよくとおる声が波の様に広がると、観客たちのボルテージも上がっていく。緑の髪と着ている黒いドレスのスカートがかわいく揺れる。これでも仏教徒である。
黒いドレスはノースリーブで腰回りがきゅっと絞られている。そしてスカートの裾がギザギザになっていて、膝のちょっと上までしかない。ところどころにハートの飾りが付いている。そして白い両手の手首には赤色のシュシュをつけて、片手を天に突きだす。
――ジャーン!
景気の良いギターの快音。それが響子を後押しする。彼女の真後ろでギターをはじくのは麗しい少女だった。桃色の髪に羽根のような耳。白い肌に汗を滴らせる彼女の名は、ミスティア・ローレライ(以下ミスティ)。
ミスティの着ている服も響子と同じく黒のドレスだが、スカートにはリボンがあしらってあり、なんの冗談なのか首にチョーカーを付けている。
この二人こそ鳥獣伎楽のコンサート。この幻想郷に置いて最もパンクなロックグループである。競合するグループがいないともいえる。
森の静寂をぶち壊す山彦の声。激しく鳴るギターの騒音。それが合わさって、妙なリズムを作っている。ぶるぶると空気が震え、彼女達を囲んでいる無数の妖怪達が地面を鳴らしながら何事かを叫んでいる。
響子は両手でマイクを持って、体をそらして叫ぶ。唄っているのだが、何を言っているのかはわからない。彼女の汗が飛び、愛らしい獣耳が動いている。スカートの内側の白い部分がチラリと見える。
ミスティはギターをかき鳴らす。長い爪で止まることのない音の洪水をつくり、響子の叫びに合わせる。彼女は熱いのか首元を思いっきり引っ張る。寄れてしまった襟から白い肌が見える。
――うぉおおおおお!!
観客が叫んでいる。妖怪が操っているだろう鬼火が揺れている。暗い夜なぞかけらも残っていない騒々しいこの広場で彼らはそれぞれが愉しんでいるのだ。そしてその中に、一人の少女が混じっていた。
白い上着にアイヌ文様の刺繍。頭には布を巻いて長い黒髪を出している。河東さざめである。彼女はこのコンサートの常連である。なんといっても彼女はスポンサーの一人なのだから。
響子がくるりと回る。スカートが揺れる。彼女は無意識である。しかし、マイクに言葉にならない叫びを存分にぶちまけている。それが空気を振動させるほどの波になって観客を包む。この振動が妙に癖になるのだ。
「~~~~!!!!!」
何か叫びながら響子は観客にウインクする。声量とギャップのある可愛らしい仕草だが、さざめは何かを彼女に大声で言う。もちろん観客と山彦とギターにかき消されて自分が何を言っているかすら聞こえやしない。
ミスティは激しく上下運動をしながらギターをかき鳴らしている。もう自分で何をやっているか考えてはいないだろう。響子の歌しか聞こえていないのかもしれないが、普段の彼女からは考えられない荒々しさである。
しかし、さざめはミスティを許せなかった。彼女はカンカンに怒った顔でミスティを指さして怒鳴っている。声は聞こえないしミスティもわからない。
「…ふ……ひっ…ぱ」
さざめは思いっきりと声を出すが周りの方がうるさい。人間なら耳がおかしくなりそうな空間である。最近ではとある人間から響子の「保護者」に苦情が入っているほどである。だからさざめは怒りをあらわにしながら地面をがんがんと踏みつける。
彼女はミスティが衣装を「ひっぱった」ことを怒っているのである。今夜の主役の服を仕立てたのはさざめであった。
★★★
コンサートは終わり。妖怪達はぞろぞろとそれぞれの住処に帰っていく。すでに明け方で空がしらみはじめている。夜通し暴れていたといえばわかりやすいかもしれない。
「ぷはぁ。きょうもよかったわ」
妖怪達が居なくなっていく広場、その真ん中のステージの上でで三人の少女が残っている。
そのうちの一人、響子は竹で作った水筒からごくごくと水を飲んで言う。口元を乱暴に腕で拭って、水筒をミスティに渡す。響子は疲れたのかその場で座り込んだ。ただ顔は自然に笑顔になっていて、汗がきらきらと光っている。
「はぁ。お水美味しい……次は私がボーカルをやるわー」
ミスティは残った水を飲みほして。ペロリと唇を嘗める。ドレスの首元が伸びているのでだらしない恰好にはなっている。ただ、あまり気にはしていないらしい。彼女も響子と並んでへたり込んだ。表情もどことなく満足げなのも一緒である。
その二人の前にどかりと座り込んださざめはむすっとしている。両手を組んで、響子とミスティに何か言いたげな態度がありありと見える。しかし、響子には聞くまでない。すでに要件は分かっている。
「わるかったって。ミスティだって仕立ててもらったドレスを一回でおじゃんにしたことを反省しているとおもうわ」
「ええー、なにがー?」
「うーん。ミスティはちょっと黙っててほしいかなぁ……」
響子はミスティの口を両手でふさぐ。もちろんいたずら半分で、仲の良い関係でしかできないことだろう。さざめはそれをみてくすりとした。
「まあ、ワタシも強度にはあんまり気を使っていなかったから。今度やるときはもっといいやつを仕立てないといけないってわかったよ。それでも思いっきり引っ張られると厳しいかも……しれないけど」
響子はちらりとさざめを見る。
「そこはさざめだったらなんとかできるわ!」
「いや、素材の問題もあるから……。ワタシはあくまで針と糸で仕立てるだけだからね」
「そうだっけ。でも今回の」
響子は膝立ちになって自分のスカートの端を掴む、そしてちょっとだけ上げた。
「出来はけっこうよかったとおもうけどね」
「…………」
素直に褒められてさざめは素直にはならない。黙っているが少し口元がにやけている。そのあたりは響子も野暮なことはいわない。ただ、逆にさざめが照れ隠しなのか聞いた。
「そうだキョウコ。今、強い針を探しているんだけど……いい鍛冶屋って知っているか?」
「相変わらず変な発音だね。うーん? 鍛冶屋は知らないけどなあ。聞いたことないわ、お寺にもできそうなのは……いたかな?」
「寺かぁ。あ。というかこの前言われたことで、位牌へのお参りの仕方間違っていたらしいじゃないか! 適当なこと教えただろっ!」
「? そんなことないわ。ちゃんとお経を教えたでしょう。ぎゃーてぎゃーてぜ~む~と~ど~しゅってね」
「……まあいいやお寺っていえば、前にダッサイ服を着ていた奴がいたなぁ。青い髪の」
「一輪のこと~? あー言ってやろうかしら」
にやにやと響子は言う。さざめは「いいんだよ。いい服つくってやったんだから」とぷいと横を向く。その「一輪」は幻想郷に来た時には地味な服装だったが、最近妙に派手な法衣を着始めている。
さざめと響子はそんな形でだらだらと話している。仕立て屋の少女が「針」を探しているのは先日河童から受けた依頼の為である。生地をもらったはいいが、針を通さないほど頑丈であった。無理やり穴をあけたら見栄えも悪いので「良い針」をさざめは探している。
「くうくう」
変な声がする。さざめと響子は驚いて横を見ると、ミスティが横になって眠っている。日夜通し暴れまわって疲れたのだろう。しかし、こんな場所で眠ってしまえば妖怪とはいえ風邪を引くこともあるだろう。
ちょうど空が明るくなってきている。鳥の声が聞こえてきて、山の間から太陽が昇ってくる。響子をはゆっくりと立ち上がった。さざめは両耳を手で押さえる。
すうと息を吸い込む響子。ミスティも起こさないといけないので、気合を入れた。そして太陽に向かって彼女は「挨拶」する。
「おはよーございまーす!!!」
元気いっぱいの挨拶。ミスティがびくっと体を震わせて、何事かと起き上がる。さざめは準備していたので被害はない。彼女は満足げにしている山彦の少女を見上げた。その幼い顔を日の光が照らしている。
「やっぱり挨拶は心のオアシスだわ。すっきりした」
にっこりと笑う響子、その笑顔で今日も一日が始まるのだ。さざめは苦笑せざるを得ない。とっとと帰って寝たい気もする。だが響子は思い出したように付け加えた。
「あっ! そうだわ。お寺の裏にある墓地のへんな奴がいるけど……もしかしたら針のことわかるかもしれないわ」
「キョウコ。変な奴を紹介するというのはどうかと思うんだけどな」
「まあ、いいじゃん。どうせ暇なんでしょ? 尋ねてみたら?」
響子はちょっと考える仕草をする。そして言った。
「多々良小傘っていう、年がら年中人を驚かせたがっている妖怪よ」
さざめは呆れたようにため息をつく。妙な人物ならぬ、妖怪を紹介された。
それでも基本的には暇なのは本当であるので行ってみることにした。そのことが妙なことに巻き込まれる原因になるとは予想できるわけがなかった。