幻想郷の仕立て屋さん!   作:ほりぃー

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7話 針を探せ 下

 

 さざめと多々良小傘が先ほど口約束の契約をした。だが、小傘は今すぐにでも恐ろしい妖怪になりたいのである。人をいっぱい驚かせてお腹いっぱい人の「恐怖」を食べたい。久しぶりに満腹になりたい。

 それでもさざめの腰にあるのは「糸」と「針」だけで、生地の類は全くない。それがあるのは人里で買うか、さざめの家に戻らなければならない。普通なら後日持ってくるべきだろうが、この仕立て屋は多少変なところがある。

 思い立ったらすぐ行動。それが「今」の河東さざめ、その信条である。彼女はお寺の裏にある墓地でどうみても人を驚かせる才能のなさそうな妖怪を見た瞬間、閃くことがあった。過去に人を驚かせようとして失敗したから、経験としていつかはこうしてやろうと百年考えたのだ。

 やりたきゃ、やるべき。さざめは今、服を仕立てたいのだ。だから、唐傘の少女を誘って家に戻ることにした。

 

 ☆★☆☆☆

 

 お寺の石段を駆け降りる。

 最後の二段は飛ばして、ジャンプ。たっと膝を柔らく使って降りる。

 そうやってさざめはたったか、たったか自分の家まで走り始める。

 

 整備された街道を走る。驚いたように見てくる通行人たち。それでも避けてくれているのは急いでいることがわかるのだろう。道行く人々はそれぞれ別の着物を着ている。赤、藍、緑、刺繍もしてれば絵付けもされている。

 

 知ってか知らずか、彼らはその着物の製作者に道を譲っている。人里の呉服店にはよく納品しているのだ。だが、走るだけで流れていく景色に「色」がある程度の小さなことに今のさざめは構っていられない。

 

「はあはぁ」

 

 正直体力は河童ではない方である。息を切らしているのがその証拠。彼女はそれでも止まらず、街道からいきなり外れて側面の雑木林へ突っ込む。その先が妖怪たる、彼女の家。

 森の落ち葉を踏み散らし。たなびく上着と黒い髪、それに流れる汗なんて気にしていられない。後ろからゆっくりと浮遊する唐傘のお化けが付いてくる。そんなものは待っていられない。仕事の依頼主など知ったことか。

 

「ま、まってぇー」

 

 森の木々はうっそうと茂っている。だから逆に飛んでいるほうが遅くなるのだ。

 さざめは枝を手で払う。ぱきっと音をたてて折れる枝。

 くしゃくしゃと走るたびに落ち葉が鳴る。たまにぬかるんでいるところでこけそうになるが、頭に浮かぶデザインに口元がにやける。今すぐに、

 

 思いついたことを「形」にしたい。

 

 ほとんどさざめの中にある欲求はそれである。やったことを人に見せて、驚いて、喜んでもらいたい。それだけのことくらいしか興味が無い。少し「昔」は何も興味が持てなかった彼女とはちょっと違う。

 そうやって彼女は、彼女の小さな家に着いた。膝に手をついて、汗を上着の裾で拭く。はあはあ息を切らしているのだが、体は熱い。走ってきたのだから当然だろうが、心にも熱があるのだろう。

 

「はあ、はあ……邪魔だなぁ」

 

 さざめは上着を脱いで小脇に挟む。下には藍色の着物を着ている。袖と身頃(みごろ 着物の体を覆う部分。総称) が付け紐で結ばれている。下は半ズボンである。いわゆる甚平(じんべえ) に近い。これで動きやすくなった

 彼女はそうやって家に入っていく。今から仕事の時間である。

 少しして、ぼろぼろになって涙目の少女が追いついてきた。小傘である。青い髪には葉っぱだとか、枝だとかが付き。持っている大きな傘にはところどころ傷がある。森を一生懸命駆け抜けてきたのだろう。

 

「や、やっと追いついた」

 

 傘を畳んで杖替わり。よろよろと家に入ろうと近づく。中から聞こえてくる声。さざめはこれから彼女の服を仕立てるのだ。

 

「今、入らないでくれよ」

「…………ひ、ひどい」

 

 小傘は頑張った。それがこのざまである。彼女はその場にへたりこんでしまった。

 一方のさざめはぺろりと自分の唇を嘗める。相変わらず屋内は狭い。器用に積まれた反物の山。既に「絵付け」の終わった着物達。裁縫道具。それに位牌の置かれた机。とりあえずさざめは位牌に手を合わせてから挨拶、それから積んである白い反物を二つ手に取る。

 

 さざめの両手が光る。白い反物が染まっていく。その色は、

 

 ☆★☆☆☆

 

 夜。それは妖怪の時間である。人々は古来より闇を恐れ、日が沈むとともに一日を終えていた。しかし、それも一律という訳ではない。恐ろしいものだからこそ「見たい」という欲求が人間には存在する。

 そんな人間の欲望を叶えるにはお寺の裏、その「墓地」は格好の場所であった。

 以前からここには無害な傘を持ったお化けが住んでいると人里で噂が立った。その妖怪は来る人間来る人間驚かすので、大体正体もばれており。子供には慕われ、大人には「危険な不審者」として認識されている可哀想な子であった。

 そんな程度の妖怪が居る墓地だから、人間の子供達は「肝試し」を行うことがある。それは実際には幻想郷では危険な行為であるが、子供の好奇心とは恐ろしい物があると、膨れ上がってしまうのだろう。

 そんな目的で墓地に足を踏み入れた少年が三人。彼らの手には手燭がぼおと淡く光っている。それぞれ表情は固い。おどおどしながら、あたりを見回しながら少しずつ足を進めている。

 

 世界は朝と夜で表情が違う。

 墓地に整然と並ぶ墓石。何かが隠れるには都合がいい。

 ほうほうと鳴く夜の鳥。こちらをみているのかもしれない。

 辺りの竹林はざあざあと騒めく。揺らしているのは誰、だろう。

 蝋燭の照らすところは明るい。その「外」には何がいるのだろうか。

 

 ちょっとした物音にも少年たちは反応する。それぞれが身を寄せ合って不安そうな顔でお墓の石畳を歩く。歩くたびに自分の足音が聞こえる。それすらも怖い、と言った風情である。

 そんな中、少年の一人が強がる。

 

「ど、どうせここには変な傘を持った奴しかいないからな。お、怯えているんじゃねえよ」

 

 その声に少年たちの小さな笑いが起こる。このあたりを根城にした唐傘の妖怪は、それだけ知られているのだ。三人の少年はほっとした表情をしている。恐怖感が和らいでいることがわかる。

 三人の少年は気を取り押して「肝試し」を続ける。少し軽やかになった足取りで歩き始めた。これで人里に帰れば、少年たちのささやかな武勇伝として語られることになるだろう。

 

 だが、今日はそうはいかない。

 先頭を行く少年の足が止まった。彼は最初に強がった子供である。後ろに続く、二人が怪訝そうな表情で、「どうした?」と聞いた。

 

「い、いや。あれ……」

 

 先頭の少年が前を指さす。左右に墓石の並ぶ、道の先。明かりのないその奥。

 ぼんやり、闇に映る赤い色。

 そこに立っているのは赤い着物の少女。こんな夜更けに一人、少年たちをじっと見ている。

 少女の着物は鮮やかな赤。真っ暗な闇の中でもうっすらと「そこにいる」とわかる色。帯もしめている。表情は見えない。只々。闇の中に一人、立っている。

 

「お、おい。ど、どーせ唐傘の奴だろ! お、おまえだろ」

 

 少年たちは彼女に言う。少女は答えない。しずしずと近づいてくる。両手に持っているのは小さな棒。唐傘には見えない。

 

「ち、近寄んな!」

 

 後ろに下がりながら、少年たちはなおも強がる。少女は闇の向こうから、少年たちへ近づいてくる。かつかつと石畳が鳴っている。如何に鮮やかな着物を着ていてもはっきり見えるわけではない。

 

 少女はゆっくりと手を前に出す。すると棒のような物が消えて。少女の胸元にぽっかり黒い「点」が浮かび上がった。それは虚空に浮かぶ、闇の穴のようである。そして小さな音がする。ばっと何かを開く音。

 

 すっと少女が消える。代わりに彼女の立っている場所に浮かぶ、

 

 骸骨の顔。

 

 いきなりあらわれた人の首。それだけが闇夜に浮かんでいる。少年たちに近づいてくる。

 ひび割れたような白骨が大きく口を開けて、ゆらゆらと近づいてくるのだ。

 

「「「ぎゃぁああああああああああ!!」」」

 

 少年たちの悲鳴が響く。彼らは後ろを振り返ると泣きながら、走り出した。それぞれが押し合い、手燭を落とし。闇の中にわめきながら消えていった。

 

 ☆★☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 多々良 小傘は感動していた。心がジーンと悲鳴の余韻を愉しんでいる。あまりに久しぶりに人の恐怖の味に泣きそうになった。事実涙が眼にたまっている。

 そして墓石の間から出てくるさざめ。彼女は上着を羽織っている。顔はいたずらが成功したことを喜んでいるのだが、それを押し殺したようなにやけ顔。ずっと昔に挑戦したことへのリベンジが果たせた気分であった。ちょっと得意気でもある。

 

「どうだい? ワタシの言った通りだったろ?」

「すごい! ひ、久しぶりに人の恐怖の声を味わえた気がします……」

「そ、それはそれでどうなんだ」

 

 小傘は赤い着物を着ている。よくよく見ると、肩口に金の華、その刺繍が入ったものである。彼女がちょっと動くと袖が可愛く揺れる。近くで見なかったことが少年たちはもったいなかったのだろう。

 これもさざめが仕立てた物である。闇に映える色を付けてみたのだ。ただ、これは本命ではない。

 

「こ、これでこれからもっと人間達を驚かせることができるわ!」

 

 興奮した口ぶりで小傘は手に持った大きな「傘」を持ち上げる。実は彼女は最初から、このトレードマークの「傘」を持っていた。少年たちに見えなかったのは、とある工夫があった。

 

 傘に覆いかぶさった黒い布がある。いや、仕立てられた傘の「着物」であった。

 そう、さざめは彼女の「傘」に真っ黒に染め上げた「着物」をかぶせたのだ。大きさの足りない分は縫い足して調整したので、人型の着物を仕立てるより少し難しいこともあった。小さすぎてもダメなのだ。

 そして黒い布に描かれた白で「骸骨」の絵付けをすれば。傘を閉じている時は黒い布が闇にとけて、見えない。そして傘を開くと傘が小傘を隠してくれて、代わりに描かれた骸骨が姿を現すという仕掛けであった。

 つまり小傘は少年たちに近づきつつ、傘を開いただけだった。単純な作戦である。 「黒」を恐れるのは人間である。さざめは真っ黒な「キャンバス」を使って、赤や白の色を使ってみたしかし、成果は上々。この暗い墓場を明るく笑う小傘の声が響いている。

 

「ふふふ。後はうらめしや、といえば完璧ね」

 

 失敗しそうなことを言う小傘をさざめは呆れた顔で見る。もう何も言うことはない。ただ、ふと思い出したことがある。そもそも彼女がこの、唐傘の妖怪に会いに来たのには理由があるのだ。

 

「……そうだ、あんた」

「何ですか?」

「ワタシは今、良い針を探しているんだ。あんたなら何かわかるかもって寺の奴に聞いたんだけどさ。どこかに心当たりとか、あるかな?」

「……はり? 針? ……ふふ。ありますよ」

「何!? そうか、それじゃあその着物代安くしとくからさ。教えてくれよ!」

「お、お金とるの?」

「そりゃあ、そうだろ……」

 

 使った布もタダではない。さざめはあくまで仕立て屋であり、織物などできないし裁縫と「色を付ける程度の能力」以外は殆ど力はない。結局のところ人里とかかわりが深くあり、お金が必要最低限はいるのである。どちらかというと珍しい妖怪だろう。

 

「そ、それじゃあ交換条件をしない?」

 

 小傘は言う。お金がないのかもしれない。それでも胸をはって、傘を持っていない方の手を腰に当てる。顎はちょっと上げる。

 

「何を隠そう、私はその手の鍛冶仕事のえきすぱーとですよ! 良い針をお求めなら、今回のお礼に作ってあげるわ!」

「……」

 

 さざめは胡散臭げに小傘を見た。全く信用していない顔である。あわてて、唐傘の少女は彼女に言う。

 

「ほ、ほんとうですよ? 私に任せてもらえれば最高品質の針をお届けいたします!」

「あんた。前は自分のことをワチキっていってなかったっけ?」

「え? 今それを? あ、あれは。そ、そのちょっと、きゃらを。いやそんなことどうでもいいじゃないですか! とにかく素晴らしい着物をくれたあなたに」

 

 くるっと小傘はその場で回る。彼女が回れば持っている傘もクルリ、黒い布したから大きな赤い舌が出てくる。さっきまでは隠していたのだろう。

 

「素敵な針をお届けしますよ? 針の出来は巫女に刺されたことがあるので体で保証するわ」

 

 最後はちょっとウインクしてみる小傘であった。半信半疑ではあるが、さざめも貰えるのならととりあえず納得した。

 

「みこ?……まあ、いいや。それじゃあよろしく頼むよ」

 

 それを聞いた小傘はにこっと頷く。それで二人は声に出さず、くすりとする。

 

 

 先程逃げた少年たちが近くのお寺に駆け込み。この墓場の入り口にまでお寺の者たちが近づいてきていることには、まだ二人は気付かない。

 

 






(後日談)

数日間、多々良小傘はもらった着物で人を驚かせて回ったので、正体がばれてしまい。ほとんど驚いてくれなくなった。赤い着物は大切にしまいつつ、青い服で今も墓場で人を待っている。

一度満腹になれるくらい恐怖を食べたのに、このざまである。
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