赤く大きな鳥居がある。マミゾウはそれを見上げながらくぐった。
緑の羽織を風に揺らし、手に持ったキセルを吸っては白い息をはく。空は青く、風は心地よい。心から良い日だとこの狸は思っている。
歩くのは石畳。それは参道で社(やしろ) まで真っ直ぐ続いている。良く掃き清められているのは、存外にも「ここ」の住人がマメに掃除しているのだろう。マミゾウは意外と思いつつ、ふうと煙をはく。
マミゾウが顔をあげる。
ちぎれた雲が風に流されている。その少し下を数羽の鳥影がかすめていく。そこでやっと彼女は足を止めて、後ろを振り返った。
そこには汗だくだくの河東さざめが居る。暑いからではない。緊張している。
彼女は大きく開いた眼を動かしながら、あたりを警戒しつつマミゾウの後ろを歩いていた。マミゾウは吹き出しそうになったが、何とかこらえている。しかし、さざめのような者がそうなるのもわかっている。分かっていて連れてきた。
ここは神社。幻想郷では少ないその一つであり。名を「博麗神社」という。
マミゾウ達との歩く参道の先に木造の社がある。瓦葺の拝殿、それに妙に大きな賽銭箱。その上には大きな注連縄(しめなわ) がある。よく見ると、木造の建物はなかなかに新しい。少し前に天人のおかげで倒壊したことがある。そこで建て替えたためだろう。
だが、そんなことはさざめにはどうだっていいことだった。
彼女は額の汗を拭うと、まだあたりを警戒している。それもそのはずである。ここに住んでいるのは一人の「巫女」であった。それも「妖怪退治」を生業とするような危険人物なのだ。さざめは今すぐにでも逃げ出したいと思っている。
(な、なんでワタシはここに連れて来られたんだ……く、くそ)
ここに案内してきたマミゾウの真意がさざめにはわからない。誰がすき好んで巫女のいる神社に来るだろうか。実はけっこうの妖怪がすき好んで来るのだが、それこそさざめは知らない。
「のう、さざめどの」
「は、はひぃ!?」
急に話しかけられてさざめは奇声をあげる。マミゾウは苦笑しつつ続ける。
「……くく、なんじゃそれは」
「え、いや、な、なんでもないよ。なんだよ」
「いや。幻想郷で困ったことがあれば、神社の巫女にとりあえず相談するのは常識の様な物じゃからの。ここなら何かわかるかもしれん」
(そ、相談って。それは人間が妖怪退治の相談するならここに来るだろうけど! わ、ワタシなんて退治するくらいなら、庭の草むしりでもしていたほうが有意義じゃないか!)
さざめは自分が人間にとって殆ど何もできないくらいは自覚しているが、あまりに情けないことを思ってしまい、少し肩を落とした。だが強がる。
「そ、そうかな。神社の巫女に糸とか、針とかの何がわかるっていうんだ」
「まあまあ、さざめ殿。一度会ってみても損はないじゃろう」
「…………あんまり意味はないと思うけどなぁ。話くらいは聞いてやってもいいさ」
(い、いやだっ! 会いたいわけないじゃないか! そ、損どころか退治されかねないだろ!)
心と正反対のこと言うさざめ。マミゾウの言葉は少し誘導している。この狸はわざとらしく「巫女はおらぬの」とあたりをきょろきょろ見回している。その後ろで両腕を組んださざめが取り澄ました顔を作っている。額には汗、心では「みつかるみつかるな」と念じている。
だから少し振り返ったマミゾウの顔が見えなかった。感情の無い表情、それが数秒の間河童を見ている。しかし、直ぐにいつもの温和な顔にもどして、さざめに言った。
「近くには巫女はおらぬようじゃな、さざめ殿」
「そりゃあ残念だね。さあ、帰ろう」
「いやいや。もう少し粘ろう、まさかおぬし巫女が怖いわけでもあるまい」
「……い、意味が分からないね」
目をそらしつつ、そう言ったさざめ。マミゾウはこくりと頷くと、参道をまた歩きはじめる。拝殿の前まで来ると目の前に賽銭箱。マミゾウは懐に手を入れて、何かを探している。しばらくして一枚の銅銭を取り出した。
それを賽銭箱に放り投げる。かんと木でできたそれが音を鳴らす。それを見ていたさざめは不思議そうな顔をした。
「なんで金をいれているのさ?」
「お参りするときの作法じゃて。まあ、神様の為のというよりも神社の為の物じゃがな」
「へえ、それじゃあワタシもアレにお参りするときお金を渡した方がいいのか?」
アレ、とは彼女の家にある「位牌」である。マミゾウが首を横に振りつつ、言う。
「いや、宗教が違うのもあるがそれは必要ないじゃろうな。後は……今、賽銭箱に入れたのは御参りするためとはちょっと違う」
「じゃあ、なんのためにそんな無駄なことをしたのさ。お金がもったいないよ」
「お賽銭を否定するなんて。あんた。いい度胸ね」
さざめの体がびくっと硬直する。手汗がにじみ出てくる。姿は見えないが後ろから声がする。それは少女の声だった。逆にマミゾウからは後ろの人物が見えているらしく、温和な顔つきでにこやかに挨拶する。
「霊夢殿。しばらくじゃの」
「あんたか…………何しに来たの。というかこいつは?……たまに人里で見かけるけど」
「おお、知っておるのであれば話は早い」
さざめを挟んで話が進んでいく。当の本人は殆どどうしていいのか分からずに困惑している。だが、マミゾウが彼女に近づいてきてその両肩を持つ。そしてくるりと後ろを向かせる。
「わわっ?」
後ろを向かされたさざめは見た。目の前の巫女の顔を。
最初に目につくのは黒い髪に大きな赤いリボン。整った顔立ちをしているが、どことなくさざめを見ている眼つきが冷たい。そして随分と変わった紅白の巫女服を着ている。
首元はフリルのついた白い襟。そこには刺繍が入っている。そして胸元に黄色のリボン。赤を基調とした上下、それに何故か腋が開いて二の腕のあたりから白い袖を付けている。彼女こそ、この神社の巫女である博麗霊夢であった。
賽銭箱に入ったお金の音を聞きつけてきたのかどうかはわからないが、その霊夢にマミゾウはさざめのことを説明する。
「こちらは何を隠そう幻想郷一の仕立て屋のさざめ殿じゃ。ほれ、何か言ってはどうかな。さざめ殿」
「は? は、え、ええと。あ、お」
しどろもどろになるさざめ。明らかに動揺しているが、霊夢は首を傾げている。疑っているような目つきである。そのせいだろう、さざめの混乱の度合いが深まり、瞳にぐるぐる渦巻きの様な物が浮かび上がるような気すらする。
それでもさざめはぷいと横を向く。汗は掻いている。仕方なくマミゾウは苦笑しつつ、霊夢に来た理由を説明する。
「霊夢殿。今日ここに来たのは他でもない、このさざめ殿が相談ごとがあるのじゃ」
「相談だって? こいつ……人間じゃないわよね」
ギクリと肩を震わすさざめ。霊夢はさらにじろじろと彼女を見る。
「まあ、いいいわ。聞くだけは聞いてあげるわよ。それで? 何?」
「ホッホッ。流石は巫女じゃの。懐が広い。ほれほれ、せっかく霊夢殿がこういっておるのじゃ、さざめ殿。しゃきっといってやるとよいぞい」
「え、ええ? ああ。……実は糸を探しているんだよ」
霊夢は首をまた傾げる。
「糸だって? 何よそれ」
「ワタシはさっき言われた通り、仕立て屋なんだ。とある依頼で服を仕立てるんだけど……水にぬれないような糸が必要なのさ」
「私にそんなことを相談しても知らないんだけど?」
「……ぇー?」
さざめは奇妙な声をあげてしまった。本格的にここに来た理由がわからない。しかし、言われてみればそうであろう。こんなことを霊夢に相談すること自体が間違っている。さざめはマミゾウをちらりと見る。
いつの間にか側から離れている狸は遠くを眺めながら、キセルを吸っては吐く。横顔が見えたが、どことなく冷たい。
「あんた」
はっとさざめは霊夢を見た。声に引き戻されたと言っていい。
「なんだよ」
さざめはそろそろ慣れてきたのか、それとも感覚がマヒしてきたのかいつもの口調に戻って来る。元々口が悪いのは昔から治らない。一時期無理して敬語を使っていた時期もあるが、大体破たんしてやめた。
さざめは霊夢と向かい合う。お互いに相手の瞳を真っ直ぐに見ている。
なんとなくかもしれないが、互いに口を開かない。霊夢もさざめも両手を組んでいる。まるで対峙しているかのようであった。マミゾウはゆっくりした動作で神社の賽銭箱に腰掛ける。
先に口を開いたのはさざめである
「……な、なにかあるんじゃないのか?」
「……あんた。妖怪のくせによくのこのこ来たわね」
「つ、連れて来られたんだよ。そこの奴に。いや、というかワタシはよ、ようかいじゃない」
「いまさら隠しても……嘘が下手ね」
呆れながら霊夢は自分の首を左手でさする。ちょっと顔を背けて、眼だけはさざめを見る。その流し目は冷たい。
「まあ、いいわ。あんたに言いたいことがある。……これからは人里にかかわらない様にしなさい」
「は?」
驚いた顔をしているさざめを無視して、霊夢は続ける。
「なんでその狸がここに連れてきたのかは知らないけど。ちょうど釘を刺したかったからいいわ。あんたのことは人里で何度か見掛けたことがある。服……を売っているようね?」
「…………」
「私には巫女として幻想郷の平和を守る義務がある。はっきりといって、どんな形でもあんたみたいな妖怪に人里に踏み込んでもらうのは迷惑だ」
「…………」
「妖怪は退治されるもの。人間は退治するもの。動かせないルールよ。あんたが人里に出入りするというなら……退治するしかないわ」
これは警告である。さざめにはわかった。本当に自分を排除する気がこの巫女にあるのであれば既に、さざめは「いない」だろう。彼女はごくりと唾をのみ込み、もう一度マミゾウを見た。まだ、我存ぜぬとばかりにキセルを吸っている。聞こえているはずなのにである。
さざめは一度目を閉じた。しばらく黙ってから。ゆっくりと開ける。彼女は目の前の巫女を強く見返した。
「ワタシは……人間に危害を加える気なんてさらさらないね」
「そうかもね。でも、人と妖怪が交われば思わぬことが起こることだってあるわ」
「ないね。これまでどれだけ服を仕立てたと思っているんだよ。ワタシはただ、布を縫って服を作って、色を付けてきた。ただそれだけだよ。少なくとも今まで変なことは起こっていないよ」
(生きてきた経験からか……意外に実証的じゃのう)
マミゾウがふと思う。それでも霊夢の態度は変わらない。
「今までそうでも……これからそうだって保証がどこにあるのよ? それに色を付けるだって? それは妖怪としての力をつかっているんじゃないの?」
「そうさ、ワタシの能力は『色を付ける程度の力』だよ。なんだってこの」
さざめは自分の両の掌を魅せる。小さくて愛らしい。
「手に触ったものに色を付けるだけの能力さ。そんな程度の力しか持っていないワタシに、いったい何ができるってんだよ?」
「……お前はわかっていない。それすらも妖力のような物でやっているのよ」
さあと風が流れる。落ち葉がそれに舞い。さざめたちの傍を通り抜ける。
風が冷たい。いた、本当に冷たいのかどうかはさざめにはわからない。霊夢と対峙している最初から背筋が冷たい。その巫女がこれが最後だとばかりに口を開く。
「幻想郷において妖怪は人間の敵よ。あんたが人里に踏み込み過ぎていること自体が問題なのよ。もう一度言うわ。人と妖怪が交われば厄介なことが起こることがある。あんたがどう思っていても、あんたが作った物が異変を引き起こすことだってある」
「そりゃあ、ワタシが意図せずに『異変』ってやつをひきおこすかもっていいたいのか?」
「かもね。あんたがどんな気持ちを持っていても。危険なことには変わりがないわ。とにかくその仕立て屋とかいうのも、妖怪相手だけにやることね。本当に退治されたくなかったら」
霊夢は懐から数枚のお札を出す。赤い、気のような物が立ちのぼっている。仮にさざめがそれに触れば、ただでは済まないだろう。つまりこれは警告以上の行為。脅しである。
場が張りつめている。霊夢は札を手にさざめを睨み。河童の少女は身じろぎしない。
マミゾウはここでさざめの顔を見た。意外だったのは、彼女は真っ直ぐ巫女を見ている。怒っているでもなく、悲しんでいるでもない。只々真っ直ぐ見ている。
そしてゆっくりと彼女は話始めた。
「わかっていないのはあんただ。ワタシは仕立て屋を趣味でやっているわけじゃない。これが出来なくなるのなら、ワタシじゃない」
だんだんと語気が強くなる。
「あんただって見ればわかるだろう? ワタシは力もなくて、嘘だって下手だ。頭も悪いし、他に出来ることなんて何もない。それにワタシは手先だって器用じゃなかった。服なんて……10年はまともに仕立てることもできなかったんだ」
「努力……したんだよ」
「何もできないのが苦しいって何度も、何十回も何万回も思ったさ! それを、やっと見つけたワタシの道なんだ! 誰に何を言われても。やめる気なんてないね! もちろん人里相手の商売もやめないよ。ワタシにとって人間との関係は切っても切れないんだ」
「さっきあんたは保証だって言っただろ……それならあんたがなってくれればいいよ。わかるだろう? ワタシを退治するものなんて簡単なんだ。ワタシが本当に異変の原因になるくらいなら……始末すればいいよ」
さざめは一気に言い終わった。ふうと息をはくと、驚いた顔をしている巫女とマミゾウがいる。この河童の少女がここまで言うとは正直思っていなかったのかもしれない。そこで何故かさざめのほうがバツが悪くなってしまった。彼女は怒っているわけではない。
「い、いや。なんだか言い過ぎた気がする。ご、ごめん」
霊夢がやっと反応した。札を持った手を知らず、下ろしていた。
「ごめん……て。あんた……自分のことしかしゃべってないじゃない」
「え、あ。そうか、う、うん。まあ、一応」
苦笑いをするさざめと頭を掻く霊夢。
それを破ったのは狸の笑い声であった。
「あっはっは」
「?」
「?」
二人の少女が顔を見合わせてから、マミゾウを見た。この狸はいままで話を聞きつつも、一切口を挟まなかった。それに今日ここに連れてきたのは、彼女である。
ゆっくりと立ち上がるマミゾウ。緑の羽織のすそがゆらゆらと揺れている。少し笑っているのだろう。
「いやいや。そこまでの覚悟とはの、さざめ殿。これは無粋な真似をした。いや、霊夢殿を悪く思わんでくれ。この御仁はとりあえず初対面の妖怪にはつらく当たる癖がある」
「く、癖って何よ」
「まあまあ。普段妖怪と酒盛りをしている巫女殿は本来こころやさしーい、お人よ」
「な、ば」
肩を震わせて、ちょっと顔を染める霊夢。マミゾウは眼をぱちくりさせるさざめに向き直る。
「じゃが、はっきり言えばさざめ殿が人里に出入りすることは危険、とは儂も巫女殿と同意見じゃ。……ほれ。おぬしはあれじゃ、正直者じゃからの」
さざめはくすりとする。
「なにをいってんだ。正体を隠すのが下手な馬鹿って言いたいんだろ? わかってるよ。それにあんたもこの巫女に脅して貰って、ワタシを人里から遠ざけたかったんだろ。だから連れてきたんだ」
「御明察じゃ。意外にするどいの」
「……昔、忠告してくれた奴がいたからね。二回目ならワタシにだってわかるさ」
「ほうほう。ますます。余計なお世話だったかの、昔のご友人か」
「勘違いしないでくれよ。そいつはまだぴんぴんしてるぜ。お金に汚くて、機械いじりが大好きな奴だけど、まあ気だけは良いやつさ。おんなじであんたも心配してくれたんだろ。同じ妖怪だから」
「気付いておったか」
とぼけた顔をするマミゾウ。にやにやするさざめ。ふてくされている霊夢。
「この巫女が狸って言ってただろ。それこそワタシでもわかるよ……それでも」
さざめはぽつりと言う。
「やっぱり狸は油断ならないね。全くとんでもないやつと知り合ったもんだよ」
「ほっほ。妖怪相手に人間と真面目に勘違いされたのは初めてじゃったから、ちょいと寂しい気もするの。それでもさざめ殿。今日の話に嘘はない」
マミゾウはキセルを仕舞う。
「おぬしはいずれはまずいことになるじゃろう。今日の貸本屋でもそうじゃ。おぬし自信は隠し事はヘタ、嘘はつけぬときた。人里で河童だとばれれば……いや、言い逃れえぬ状況になれば……」
さざめの顔を見ながら、ちょっと優しく問いかける。
「幻想郷は優しいが……時に冷酷になるときもある」
「はん。それこそワタシの言葉に嘘はないよ。どうせ、ワタシは喧嘩だって弱いさ。闘いなんてなりゃ、もう話にならないよ。スペルカードは一枚しかないしね。それにいずれの話だろ? ワタシはできることをやるよ。いざとなればトンズラもするよ。もしってときは、まあ」
さざめは少し寂しそうにつぶやく。
「仕方ないけどね」
「そうか」
マミゾウは眼を閉じる。それでもう問うことはないというふうに、柔らかく笑う。彼女は歩き、さざめの横を通り抜ける。もう振り返る気はない。その背を見せたまま、最後に言う。
「今日は余計なことをした。悪く思わんでくれ」
さざめは振り返って、その「背」に答える。
「気にする必要はないよ。これに懲りず、ワタシに仕立ててもらいたいものがあれば、いつでも言ってくれよ。五割増しにしといてやるよ」
「ほっほ」
笑い声を残して、狸は去っていく。
さざめは両手を腰に置いて、やれやれと息をはく。ふと見ると、霊夢が難しい顔で唸っている。一人だけ取り残されているような形だからだろうか。
「どうしたんだよ」
「バツが悪いのよ」
「……口で言うやつがあるか」
さざめはくっくと笑う。霊夢もちょっと笑いながら言う。手にはお札。行き場を失っている。
「はあ、とりあえず。このお札つかっとこうかしら。あんたに」
「え? ええええ? な、なんでさ! お、おかしいだろ!?」
「元々、妖怪は問答無用よ! さあ、覚悟しなさい」
「ち、チクショウ。い、意味わからない! この暴力巫女!」
さざめは捨て台詞。くるっと後ろを向いて、一目散に走り去る。
結局、霊夢は時に追うことはしなかった。ただ、その巫女の後ろからカツカツと近づいてくる少女が――実は物陰に最初からいたらしい。
☆★☆★★
「はあ、はあ、はあ」
さざめは汗を滝の様に流しながら、街道を歩いていた。心臓がドキドキとなっている。すでに神社は遠くである。それでも追いかけられるかもしれないと思うと、ここまで逃げてしまった。
「くっそ。巫女なんて碌なもんじゃないよ」
悪態をつく。額の汗をぬぐいつつ、さざめは呼吸を整える。今日は良く汗を掻いたから、水浴びでもしたい気分である。彼女はとりあえず、家に帰ろうと思い。街道を歩く。両側は土手になっている。
時刻は昼だからだろう、人間が傍を通っていく。
さざめは両手を袖の中で組んで。ゆっくりと歩き出した。腹も減ったし、水浴びもしたい。とは思っている。呼吸も整ってきた。左右に川も流れているが、こんなところで裸になる気は無論ない。
だのに、がくんと視界がさがった。
「あれ?」
気が付いたら、いつの間にか膝をついている。さざめは頭に「?」を浮かべている。立ち上がろうとしても立てない。力が入らない。無理に体を起こそうとしてもできず、しりもちをつく。
なんとなく彼女は自分の手を見る。小さく、震えている。止めようと思ってもとまらない。
「はあ」
それですぐにさざめは原因がわかった。走ったからではなく。心臓がどくどくと音をまた、鳴り始めた。
「一人になればこれか……情けないなぁ。腰がぬけてるや。いまさら、なんだってんだよ」
手の震えが全身に広がっていく感覚があった。さざめは唇を噛んで、こらえる。昔から興奮するようなことがあれば思ったことを言えるが、落ち着くと恐ろしくなったりすることがあった。今回もそれだろうと彼女は思う。
巫女に啖呵を切るようなことを言い。相手にその気があったかどうかはともかく、自分を「退治」できるようなお札まで見た。それが今になって恐怖になっているのだろう。さざめは自分を苦く、笑う。
それでも多少無様でもこのまま座っているわけにはいかない。さざめはよちよちと土手まで這いずり、背負子を下ろしてから草むらの上にごろりと転がる。仰向けに寝ると空まで遮るものが無い。
疲れた。
しばらく寝転がってみるとさざめはそうとしか思えない。頬を優しく風がなでてくれる。近くに合った猫じゃらしをなんとなくつかんで目の前に振る。意味などない。草のベッドで十分心地よい。
うとうとと空を眺める。眠ろうかなと思う間もなく、彼女の意識が薄れ始めていく。
――空からホウキが落ちてくる。
「んあ?」
寝ぼけた声を出しながら、さざめは半身を起こす。眼をごしごしと擦ると、空のかなたからホウキが一本降りてくる。そこには白黒の何かが乗っていて、さざめは避けようと思うが、まだ立ち上がれない。
「わ、わわ」
まだ、今日は終わっていない。
さざめはあたりをキョロキョロ。役に立つものを探すと背負子に括り付けられたきゅうりしかない。あ、おいしそう。と思考が一瞬止まっている間に、ホウキが流れ星のように土手に落ちてきた。
風がふく。砂が飛ぶ。さざめは眼をかばいつつ、けほけほと咳をする。
「いやー探した探した。霊夢のとこでは全部聞かせてもらったぜ」
砂煙の中に人影がある。大きな帽子のシルエット。先が尖った三角帽子。そしてばさとはためく大きなスカート。
「糸を探しているんだって? 一人で探すのは大変だろっ」
くるりと回したホウキは肩にのせ。砂ぼこりの中から現れたのは金髪の少女。黒い三角帽子にリボンをつけて、ブラウスの上に黒い服、そしてふわっと広がるスカート。そして何故か付けている白いエプロン。
「それを手伝ってやるよ。この」
その少女はさざめに不敵に微笑み、ぱちりとウインクする。
「霧雨魔理沙様がなっ!」
ふふーんと鼻をならし。ふんぞり返る金髪の少女はそう名乗った。さざめはただ一つ思う。
――なんだこいつ。と。