話は2月9日(土)となります。
聖杯戦争の折り返し点にもなります。
「先生に相談とは…………」
伊丹に話を切り出した遠坂凛は、何故か顔を朱くして俯く。
「もしかして、先生に愛の告白かなぁ~」
遠坂凛を茶化す伊丹と、ケラケラと笑うイリヤスフィール。
「あーー! も~う、ばっかみたい!!」
屈辱と怒りに顔を朱らめ俯いていた遠坂凛は、その怒りを爆発させた。
「くっ、何でこんな事をあんたに言わなきゃいけないのよ!!…………失礼しました。今のは忘れて下さい、伊丹先生。うふふ」
遠坂凛の怒髪天を突く様な怒りとその変わり様に、驚く伊丹とイリヤスフィール。
「済まなかった、君の話の腰を折る様な真似をして…………」
詫びる伊丹に、遠坂凛は話し出す。
「実は先生にお願いが有りまして…………お願いします、私を桜と一緒に住まわせて頂けませんか!?」
「はっ? 何で君が桜と一緒に住まなくてはいけないんだ!? 関係無いでしょ」
伊丹の反応に、口篭りながら返答する遠坂凛。
「たっ、確かに関係無いと言われればそうかも知れませんが、一応姉妹でしたから…………」
「本当に訳が解らないんだけどなぁ~」
二人のやり取りを見ていたイリヤスフィールが口を挟んでくる。
「イタミも鈍いわねぇ~。リンは貴方に助けて貰いたいの。コトミネから守って貰いたいのよ!」
イリヤスフィールの直球過ぎる物言いに、伊丹と遠坂凛はそれぞれの立場から暫し言葉を失う。
「…………」
「…………」
沈黙を破る伊丹。
「なぁ~んだ、遠坂さん。それならそうと言えば良いのに。へへっ」
「くっ、そんな事、言われなくても分かっているわよ! いえ、分かっています。私達が先生にした事もあって、素直に言えないのよ!…………言えませんでした。この様な事をお願い出来る立場ではありませんが、助けて頂けないでしょうか?」
無防備になり、助けを乞う生徒を見捨てては措けない伊丹であるが、今更ながらの話をし出す。
「君達を助けるのは構わないけど、その必要性が果たして有るのかと思ってね」
「ちょっと待って下さい。見捨てると云うのですか!?」
遠坂凛は自分の命が懸かっている事もあり必死に食い下がる。
「見捨てるとかではなくて、今の状況でサーヴァントを持たないマスターを狙う意味が無いんじゃないかってね。あっ、イリヤさんは別だよ」
伊丹は遠坂凛に論理的に話をする。
「まず相手は言峰綺礼とそのサーヴァント。遠坂さんは詳しくは解らないだろうけど、慢心するサーヴァントなんだよ。しかしその強さは恐らく一番だね。だから二人の考え方からして、サーヴァントとそのマスターを倒しに来ると思うよ。サーヴァントの居ないマスターを潰していくより早くに事が済むし、なにより手の内を晒さなくて済むしね」
伊丹から説明を受けた遠坂凛ではあるが、現状の衛宮邸での生活に一抹の不安が残る。
それを察した伊丹は、戦いの場が柳洞寺になる可能性を話し、それでも良ければ伊丹家で保護をすると言う。
「お話は判りました。それでも衛宮君の家よりは警戒が厳重ですし戦力が整っていますので、是非、先生の所で保護して下さい。お願いします。」
伊丹は事のあらましを念話でキャスターに伝え、了解を得て遠坂凛に話す。
「キャスターも良いって言ってくれたからOKだよ。処でいつから来るの?」
「今晩からにでもお願いします。衛宮君の家に、私物を取りに行ってからお伺いさせて頂きます」
「了解したよ」
これで安心した遠坂凛は話を切り変える。
「処で先生、今日は何故イリヤスフィールさんが、気配を消してまで一緒にいらっしゃるのですか?」
珍しいツーショットに困惑する遠坂凛。するとイリヤスフィールが口を開く。
「昨日言ったでしょ、キャスターのマスターと顔見知りだって。それにリンが柳洞寺を攻撃していたあの夜は、イタミが私の屋敷にお泊まりしていたのよ」
「まさか先生、こんな幼女を────」
イリヤスフィールの言い様に、変な誤解を与えてしまった為、伊丹は慌てて訂正をする。
「ちょっと待ってくれイリヤ君! それに遠坂さんも! 確かにイリヤさんの屋敷に宿泊したのは事実だが、これも元を辿れば遠坂さん、君と衛宮君の所為なんだからね!!」
「何で私と衛宮君の所為になるのですか?」
「一昨々日の夕方に先生を襲ったのを忘れたのか! 傘は燃やされずぶ濡れになって体調を崩し、一昨日イリヤさんと会食をして、体調の悪さから倒れて一晩ご厄介になったと云う訳だよ! おかしな想像は止めてくれよ!! あっ、六万円────」
遠坂凛は、伊丹を襲ったバツの悪さから、話を早々に切り上げ部屋を出て行く。
「あらっ、リンったら。私がイタミと居る話を聞かないで行っちゃったわね」
「きっと彼女は、請求されるのを嫌がって出て行ったんでしょう」
「請求って何?」
「ん? 六万円」
放課後、早々に仕事を切り上げ二人で帰宅する伊丹とイリヤスフィール。
柳洞寺の山門をくぐると、そこには衛宮士郎が居る。
伊丹は、何故彼がここに居るのかと不思議に思いながらも声を掛ける。
「やあ、衛宮君。今日はどうしたんだい」
衛宮士郎は、伊丹とイリヤスフィールが居る事に戸惑いながら答えて来る。
「先生。実は暫くこちらのお寺でご厄介になる事になりましたので、宜しくお願い致します。イリヤも宜しくな」
衛宮士郎と云い遠坂凛と云い、何か企んでいるのではないかと、怪しむ伊丹。
「キャスター~ただいまだぞ~」
「耀司様、お帰りなさいませ。イリヤスフィールさんもお疲れ様」
「只今帰ったわよ、キャスター」
一緒に部屋に入ろうとしたイリヤが、はたと気が付く。
「あらっ、私は隣だったわね。後でイタミもキャスターも遊びに入らしてね」
イリヤはセラとリズが待つ部屋へと戻る。
伊丹は着替えを済ませ、とある事に気が付き考え込み、キャスターはそんな伊丹に話し掛ける。
「どうかなさいましたか、耀司様」
「ん~、ちょっとね…………」
冬木教会が、脱落したマスターを保護する場所では無くなり、代わりに伊丹の周囲が彼等の頼る場所になった事を彼は、聖堂教会に現状の改善を訴える書簡を速達で送る。
柳洞寺とて、敷地も滞在する部屋も有限であり、無限の広さを持つ物では無い。
限られた空間に、脱落したマスター達が集まれば、閉塞感やストレスは高まり、体調不良や精神的に在らぬ方向に流され無いとも限らない。
監督役でもない伊丹は、それでもそんな彼等の事を案じて行動に移す。
「キャスター、言峰の所に使い魔を送って貰いたいんだけど」
「監視をさせている使い魔なら放ってありますわよ」
「それを潰されると面倒だから、伝言を伝える使い魔を、別に送って貰いたいんだよ」
キャスターは、伊丹が言峰綺礼に対してどの様な事を伝えるのか、興味が湧いている。
「畏まりました。それで何をお伝えなさるのですか?」
「明日の日曜を、休戦日にしないかって提案なんだけどね。ほら、安息日でもあるし、もしかしたら最後の日曜になるかも知れないから…………」
伊丹の気弱な物言いに、キャスターは激昂して彼に言い放つ。
「何を仰いますかっ! 休戦の提案は良いとしても、最後の日曜とか戦う前から負けるおつもりですか!? 縁起でも無い事を言わないで下さいませ!!」
「済まなかったなキャスター。自分にはキャスターと云う稀代の魔術師が付いているんだよな!!」
謝る伊丹に、出会った頃の戦いに対する意気込みを思い出させる為に、キャスターは言う。
「以前、私は誓った筈です。楯となり此の戦いに勝利すると! それに周りを見て下さいませ!! 何故、脱落したマスターが、耀司様に庇護を求めて来たのか、よくよくお考えになった方が宜しいですわよ」
「本当にごめん。無意識に辛く感じたのかも知れない…………」
「そんな時こそ、その心の重荷を私に分けて下さいませ。それが私達の在るべき姿ではご座いませんか?」
尤もなキャスターの言い分に、伊丹は目を潤ませながら感謝の言葉を述べる。
「有り難うキャスター。今迄一人で背負っていた気で居たけど、間違っていたな。目から鱗が落ちた様だよ」
「解って頂き嬉しく思いますわ。では、早速教会に使い魔を放ちますので、言峰とお話し下さいませ」
使い魔を放って暫し、教会に着いた使い魔に気が付いた言峰が語り出す。
「ほう、何かと思えばキャスターの使い魔か。何用かな?」
『なあ言峰、提案がある。明日の日曜を休戦日にしないか? あんたにも安息日と云う事でどうかな』
「ほう、安息日と来たか…………なかなか面白い提案だな。どちらかが最後の日曜になる訳だな」
『ああ、あんたにはそう云う事だな』
「ふん、良かろう。その案に同意しよう」
『感謝する言峰。最後の日曜を満喫してくれ』
伊丹は会話を打ち切り、キャスターに言峰綺礼が同意した事を伝える。
「良かったですわ。他のマスターにも知らせて参ります。久し振りに明るいニュースですわね」
各脱落したマスターに添わせている使い魔を通して、言峰綺礼と明日の日曜を休戦日と取り決めた事を伝える。
すると、伊丹の部屋にイリヤスフィールと衛宮士郎、そして桜が集まりだし、彼が皆に一言云う。
「みんな。明日は聖杯戦争を忘れて存分に羽を伸ばしなさい!」
「伊丹先生。いらっしゃいますか?」
夕方、伊丹の住まいを訪ねてくる遠坂凛に、出迎える伊丹とキャスター。
「いらっしゃい遠坂さん。」
しかし、遠坂凛の来訪に驚く桜。
「ねっ、姉さん? 何でここに!?」
伊丹は桜に、遠坂凛が暫くの間、ここで生活する事を伝えていなかった事を謝る。
「ごめん桜、話して無かったね。彼女もサーヴァントを失ってここを頼って来たんだよ」
今迄の経緯も有り、遠坂凛の来訪に腹立ちを隠せない桜。
「遠坂のお姉様。散々お父様をいたぶった挙げ句、自分のサーヴァントが殺られた途端、掌を返した様に頼るなんて…………」
「御免なさい、桜。その件に付いては先生にも謝罪させて貰ったわ。本当にご免なさい」
「そうですか、お父様に謝って頂けたのでしたら私は何も言いません。全てを水に流します。ようこそ、姉さん」
遠坂凛の謝罪を受け入れた桜は、満面の笑みを浮かべて遠坂凛を迎い入れる。
「処で部屋なんだが、桜と凛君が同じ部屋で構わないかな?」
早速部屋割りをする伊丹に、桜も遠坂凛も同意する。
「私は姉さんさえ良ければ構いません」
「桜が私を受け入れてくれるなら…………」
少々遠慮がちな遠坂凛の答えに桜は言う。
「姉さん、遠慮はなしです。昔みたいに一緒にいられますね」
遠坂凛との同室を受け入れ喜ぶ桜の姿に、伊丹は彼女が今迄に寂しい思いをして来た事を感じる。
そんな姉妹を見ていたキャスターが涙ぐむのに、伊丹が気が付く。
「キャスター、どうしたんだい?」
流れた涙を拭いながら答えるキャスター。
「生前の私に弟がおりまして、それを思い出してしまい…………」
「神話にも出て来る話の事だね」
伊丹はキャスターに纏わる話を思い出す。
「はい…………アルゴー船を父の追っ手から逃がす余り、弟を殺めバラバラにして海に放り捨てた私です…………今更ながらですが、どう償いをしたら良いかと」
「キャスター、君は世間から裏切りの魔女だとか云われ蔑まれ、長く放浪したりもしたし、もう充分だと思う。それでも足りないと思うなら、これからの試練に堪えるしか無いと思うよ」
キャスターは、伊丹の想いに感謝をし、桜と遠坂凛の姉妹に笑顔を向ける。
その頃教会では、伊丹と言峰綺礼とで同意した休戦日について、ギルガメッシュが話し出す。
「なあ綺礼、キャスターのマスターからの提案に、本気で従うのか?」
「ああ、そのつもりだ。まさかキャスターのマスターから安息日の話を持ち出されるとは、思いもしなかったがな。神に遣える身であれは無視もできまい。それに行っておきたい所も有るのでな。ギルガメッシュも明日私と出掛けないか」
「綺礼がそう言うのなら、付き合わぬ理由も無いのでな。何処に行くのだ?」
ニヤリと口角を上げる言峰綺礼が答える。
「それな明日のお楽しみだ」
夕方遅くの柳洞寺の大広間では、そこに住まう修行中の僧侶も含め、離れの住人が一堂に集められた。総勢70人位が集まっている。すると零観が皆が集まった事を確認して上座から声を上げる。
「最近、このお寺にも居を構えられた方々が居らして、この柳洞寺も大所帯となった。今晩の食事はその住人のイリヤスフィール・フォン・アインツベルン嬢と云うドイツの貴族様のご令嬢からの頂き物だ。」
用意された食事は、セラとリズが端正込めた作った高級料理の数々であり、自ずと僧侶達のテンションも上がる。
「ご紹介に預かりましたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します。この宴は私共から皆様へのご挨拶代わりのものです。皆様、これからも宜しくお願い致します。」
自己紹介を終えたイリヤスフィールはスカートの端を摘まみ上げ、一礼をする。
大広間は、若い修行僧の発する雄叫びで収集が着かない。そんな中で零観はパン!と一つ手を打ち鳴らす。
「静かに出来んのか!!」
この零観の行動と一言により、大広間は水を打った様に静まり返る。
「今晩は、酒も用意してある! 羽目を外さぬ程度に飲むのなら構わないぞ! では、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン嬢とそのメイドさん達に感謝をして料理を頂こう」
頂きますの大合唱の下、皆が料理を食べ始め、舌鼓を打つ。
食事をしているイリヤスフィールの元に零観が訪れる。
「イリヤさん、そしてセラさん、リズさん。今日はこのような宴を準備して開いて下さり、感謝いたします」
イリヤスフィールは当然とばかりに答える。
「こちらに逗留させて頂くのに、手ぶらでは示しが着きませんのでお気になさらず」
イリヤスフィールに礼を言い戻る零観。零観の後に伊丹がイリヤスフィールの所に行く。
「イリヤさん、有り難う。他のマスターも良い気分転換になったと思います」
伊丹の言葉に、イリヤスフィールはやれやれと云った反応をする。
「イタミは気を使いすぎよ。確かに脱落したマスターが貴方とキャスターを頼ってきたけど、あんまり深く考えない事よ。貴方はキャスターとこれからの戦いを考えていればいいのよ。他の脱落したマスターの事は二の次にしなさい」
「そのお言葉、有り難うご座居ます。さあキャスター、俺たちも飲もうよ」
「はいっ、喜んで耀司様のお供を致しますわ」
楽しい一時は、こうして過ぎていく…………
最後まで読んで頂き有り難うご座居ます。
話の展開としては戦闘もなく、しかし命の危機感と云う緊張を全てのマスターが抱え、日常生活で心休まる日がない状態です。
伊丹の周りに脱落したマスターが集まって仕舞いましたが、それは伊丹が予想もして居なかったことだけに、彼のストレスも増す様です。
ではでは…………
虚空屍