2月9日(土)夜から10日(日)の話になります。
休戦日となった日曜日。伊丹とキャスターは何をするのでしょうか…………
宴も済み、修行僧達が食事の片づけや洗い物を始める。伊丹を始めとしたマスター達はそれぞれの部屋へと戻り出す。
部屋に戻った伊丹がテレビを点けると、キャスター、桜そして遠坂凛も集まり出す。伊丹は正に一家団欒の情景に家族を思い浮かべる。
夫として父親としてキャスターと桜を守って行く事を考える。
「耀司様、お茶が入りましてよ」
テレビを観ながらキャスターの淹れてくれたお茶を飲む。
果して今後、この家族で当たり前の事を手に入れる事が出来るのか、一抹の不安を抱える。
すると桜が明日の日曜の事を言い出す。
「明日はお父様とお姉様、お二人で過ごされてみては如何ですか」
「先生。私と桜も二人で過ごす予定なんです」
桜と遠坂凛が、伊丹とキャスターを気遣って言ってくれている事を理解し、キャスターと相談した後、彼女等の好意に甘える事にした。
伊丹とキャスターは、午前中は新都で映画鑑賞とショッピング。午後はマウント深山商店街で食材の買いものと予定を立てる。
テレビを観飽きた桜と遠坂凛が、桜の部屋へと場所を移し、二人でキャッキャと何やら話し込んでいる様である。
それを聞いているキャスターは伊丹に話す。
「あの様な姉妹、羨ましいですわね」
「何を言って居るんだい。俺たち二人も端から見れば羨ましがられる夫婦になるんだよ」
「まあ、耀司様ったら…………」
見詰め合い、顔を朱らめる二人である
翌朝の休戦日当日、柳洞寺に居る各マスターは、思い思いの行動を取り出す。
伊丹とキャスターは、新都の映画館へ行くために支度を始める。
当然キャスターはフード姿では無く、今時の明るい色調の服に、スカートと云った身形である。
「どうでしょうか? 耀司様」
伊丹の前でクルリと回るキャスター。
「キャスター綺麗だよ。服も似合ってるよ」
照れる伊丹に、褒められたキャスターも顔を朱くする。
そんなキャスターを見て、驚く遠坂凛。
「意外だわ。キャスター綺麗じゃないの! 服も似合っているし」
「そうですよ姉さん。キャスター姉様はお綺麗ですよ」
遠坂凛は、桜が言った《キャスター姉様》に引っ掛かりを覚える。
「ちょっと桜! 伊丹先生はお父様で、キャスターはお姉様なんだ!? それって、どちらかに失礼じゃないの?」
「…………」
桜を黙らせてしまう遠坂凛の発言に、彼女をキッと睨むキャスター。
「そんな考えをするお嬢さんが失礼よ!!」
「ほらほらキャスター、そろそろ出掛けないとバスに間に合わないぞ」
「あらっ、もうそんな時間でしたか。コートも羽織りましたし、出掛けますか」
ポケットなどを叩きながら忘れ物が無いか確認し、居残る桜達に声を掛ける伊丹。
「忘れ物はないよな。じゃあ桜、遠坂さん。出掛けてくるよ」
「行ってらっしゃい、お父様、お姉様」
こうして伊丹とキャスターは手を繋ぎながら柳洞寺を後にする。
一方、残された桜と遠坂凛は菓子とジュースを持ち出して、二人の思出話と養子に出されてからの話を語りだす。
しかし養子に出されてから、桜の事が良く判らなかった遠坂凛は、桜の話を聞き、拳を握り締め、号泣する程の衝撃を受ける。
今日の二人の話し合いが、この姉妹の感情的な蟠り等を無くす事になる。
大して待つ事も無くバスに乗る事が出来た伊丹とキャスター。
伊丹はバスに揺られながら鼻歌を唄い、思わず加山雄三の様な事を言い出す。
「幸せだなぁ~。僕はキャスターと居るときが一番幸せなんだ♪」
これに驚いたキャスターは、顔を朱らめ慌てて伊丹に小声で言い出す。
「よっ、耀司様! 他の乗客が居る中で、その様な事を言わないで下さい!!」
伊丹はキャスターに言われ、ハッと気が付き辺りを見るが、幸にも伊丹達を気にした乗客は居ない。
「ごめん、自分の世界に浸っていてつい…………」
俯きながらキャスターも話す。
「でも、耀司様が常に私の事を想って下さっているのは、嬉しゅうございます…………」
シアターがある大型ショッピングモールに着いた伊丹とキャスターは、目当てのシアターへと向かう。
「耀司様との初めての逢い引きに胸が踊りますわ!」
「直訳するとそうなるが、せめてデートと言わないか?」
「あらっ、そうですの」
そんなやり取りをする二人はチケット売り場に着き、目的の映画のチケットを買う。
「《踊るマハラジャ大捜査線 ジャパンブリッジを封鎖せよ!》大人二枚と3D眼鏡を二つね」
二人はチケットを買い、特盛ポップコーンと飲み物も購入し、ゲートをくぐり指定されている席に座る。
程無くして劇場内が暗くなり、お決まりのカメラ頭と他の映画の予告編も終わり、いよいよ本編の開始となる────
────映画を観終えたキャスターは興奮ぎみに伊丹に話す。
「日本橋で一万人のインド人が、一糸乱れず踊る場面は凄かったですわ! 圧巻でしたわ!!」
「日本橋を封鎖するのに、何で一万人のインド人が踊るんだよ? インド人もビックリだよ。大体、インド人一万人って、暴動と勘違いされて、機動隊突入だよ。それに日本橋に一万人の人を乗せて大丈夫なのか!? 日本橋の封鎖くらい、所轄の警察署で充分だろ!」
「でも、青島の『日本橋、封鎖出来ません!』は、名セリフになりますわね」
「湾岸署の青島は、所轄が違うから封鎖出来なくて当たり前田のクラッカーのレベルだよ! しかし考証がめちゃくちゃな映画だな」
「あらっ、私は結構楽しめましたわ」
「まあ、面白かった事は認めるよ」
二人は映画談議をしながらショッピングモール内の服飾店を彷徨き、春物の衣装を買い揃える。
この春物の衣装を買い揃える事こそが、聖杯戦争への勝利の誓いでもある。
「なあ、キャスター。春にはこれを着てくれよ。楽しみにしているからさ」
「はい。春にこの服を着た私を、耀司様にお見せ致しますわ」
帰りのバスに乗り込み、二人はマウント深山商店街で下車をする。
「あっちで飯を食って無かったから、ここで食事してから晩飯の材料でも買って帰ろうか」
「そうですわね。こちらでご飯と買い物を済ませましょう」
そんな伊丹とキャスターがマウント深山商店街を歩いていると、ギルガメッシュを連れた言峰綺礼と鉢合わせをする。
「おっ、これはキャスター!? と云う事は隣がマスターなのか…………ふむ、夫婦ごっこを楽しんでいるかね」
(ん? ウェイバー・ヴェルベットでは無かったのか…………私も未々修行が足らんか…………)
言峰綺礼の皮肉に、伊丹も皮肉で応える。
「これはこれは、外道神父様ではありませんか。隣は何処ぞのポタポタミアの王様でしたよね」
(なんで言峰がギルを連れて出歩いているんだよ!? 折角の休みが台無しだ!!)
そんな二組が同じ方向に歩き出す。
歩調も同じ位だったので、何故か四人で押し黙って塊って歩くが、気不味い沈黙が続く。
暫くすると、沈黙を破るように言峰綺礼が口を開く。
「キャスターのマスター。ここで何をするのだ」
伊丹は意外と思いつつ、言峰綺礼の問い掛けに答える。
「ああ、キャスターと飯でも食って、晩飯の食材探しだ」
ほうと一息着いた言峰綺礼が、伊丹達を誘う。
「それなら一緒に遅めの昼飯等どうかな? 私達もまだ昼食を取っていないのでな。それとも私の誘いを警戒するのなら、断っても構わんが」
嫌な予感を感じつつも、休戦日で在る為、問題は無いだろうと判断する伊丹は、言峰綺礼からの誘いに応じる。
一行は話す事も無く、言峰綺礼に先導されるがままに付いていく。
言峰綺礼は一軒の中華料理店の前に立ち止まり、扉を開け、店内の空席状況を確認すると、ずんずんと入り出す。
言峰綺礼により、伊丹とキャスターは《紅洲宴歳館・泰山》の看板が掲げられた中華料理店に連れ込まれる。
四人が空いているテーブル席に着くや否や、メニューも見ずに言峰綺礼が注文をし出す。
「いつものヤツを四人前頼もう、特盛りでな」
「ちょっと待て────」
言峰綺礼の好物を知っている伊丹は、彼の注文を止めに掛かるが、店主は聞く耳を持たない。
「アイヤー、他のお客さんもチャレンジャーアルね~」
「くっ、言峰! 貴様~」
(ちっ、言峰に先手を取られた。不味いぞ、キャスター)
(あっ、物語にもありましたわね、激辛麻婆豆腐)
(ああ、そう云う事だ)
「なに、代金なら私が持つから遠慮せず、残 さ ず 食べるが良い。何なら追加もして良いぞ。但しキャスターよ、己がマスターに魔術を掛ける様な不粋な真似は止めて頂こう。ギルガメッシュも小細工を労するなよ」
言峰綺礼は、伊丹との出会い頭での会話で、英雄王の真名が既に判明していると判断し、敢えてギルガメッシュと呼ぶ。
辛さを和らげる術を失った伊丹は、これが言峰綺礼からの挑戦状と捉える。
「処でキャスターのマスター、君の名前をまだ訊いていないのだが」
ここまで来て、正体を隠す意味が無い事を判る伊丹が答える。
「こりゃ失礼。私は伊丹耀司。穂村原学園で教師をしている」
「穂村原で教師か…………元自衛官か?」
「ほう、よく知っているな。その通りだ」
「私も冬木教会でこの地を管轄している身。目立つ施設への人の出入りは要調査事項でもあるのでな。今回は国の機関も参加した訳だな」
「ん? 好きに解釈してくれ。俺の口から、任務だとかそうではないとか、言えないからな…………」
(言峰な奴、変な誤解をし出したな)
「はいよ! 特盛激辛麻婆豆腐お待ちどうアルよ!」
四人の前に運ばれて来たのは、その立ち上る湯気が顔に触れただけで涙が溢れ出てくる、黒い色をした麻婆豆腐であった。
(これが噂に聞く、泰山の麻婆豆腐か…………しかも激辛特盛)
先ずは言峰綺礼が蓮華を持ち出し、件の麻婆豆腐をひとすくいした後、口に運び入れる。
彼の額からは汗が滲み出すが、顔色一つ変えずに咀嚼して飲み込む。
いまだに麻婆豆腐自体に警戒をしている伊丹達は、言峰綺礼を只見詰めるばかりである。
「何をしている。冷める前に食べたまえ」
何事も無く、気軽に勧めて来る言峰綺礼の言葉を鵜呑みにしたギルガメッシュも、麻婆豆腐を口に運ぶが、みるみる顔が赤くなり、滝の様に汗を流し始める。
「うがっ、綺礼! 我にこの様な物を食さすとは!! 貴様は本当に生身の人間か!? 雑種、次は貴様らが食せよ、王の命であるぞ!!」
いくら王の命と言われても、サーヴァントであるギルガメッシュでさえ顔色を変える代物を伊丹はおいそれと口に入れる勇気が湧かない。
しかし腹を括って言峰綺礼からの挑戦を受けて立たないと、伊丹としての自尊心が許さない。
伊丹はキャスターと目配せして、二人同時に麻婆豆腐を口に運ぶ事にする。
蓮華ひとすくいの麻婆豆腐を二人は同時に口に運び入れる。
顔を赤くして額からの汗が滝の様に流れ出し、身体はプルプルと震えが止まらないキャスター。それでも無理に咀嚼し飲み込む。
伊丹は不用意にも皿から立ち上る湯気を思いっきり吸い込み、咳が止まらなくなる。それでも無理に麻婆豆腐を口に入れた瞬間、咳き込んで仕舞い、軽く咀嚼したものを正面に座しているギルガメッシュの顔面に吹き掛けてしまった。
流石にこの仕打ちにギルガメッシュも我慢がならず声を上げる。
「雑種ごときのこの我に対する仕打ち、万死に値するぞ」
しかし伊丹の耳にはギルガメッシュの言葉は届かない。今はまず、水を飲む事が命を繋ぐに必要な行動だからである。
このままでは、言峰綺礼に優越感を与えて終わって仕舞うことを許せない伊丹が、彼に与える優越感を打ち壊そうとするその一心で、再び麻婆豆腐を食べ始める。
一口目のお陰で、口の中は痺れ、感覚は麻痺して来てはいるが、相変わらず吐き出しそうに辛い。それでも堪えて咀嚼して飲み込む。
そんな伊丹を観ていた言峰綺礼は素直に伊丹に驚きの表情を見せる。
「あれを食べられる様になるとは、順能力が高いな。しかし私は未々物足りないのでな」
そう言うと言峰綺礼は激辛麻婆豆腐をパクパク食べ始める。
それを目の当たりにした伊丹は、事は彼の自尊心だけで済む話では無く、約25万人の自衛官の名誉を背負い守る覚悟を決める。
「行くぞ言峰! 自衛隊レンジャー持ちの底力を観るがいいーー!!」
そう言うや否や、伊丹はパクパク食べ始め、その食べっ振りは、まるで言峰を彷彿させる。
キャスターは念話で伊丹と話そうとするが、伊丹の頭にはキャスターの声が届かない。
ギルガメッシュも伊丹の人が変わった様な食べ方に我を忘れ、ただただ食い入って観ているだけである。
終いには伊丹に対して、雑種から道化に格上げをする程である。
伊丹の食べ方に焦りを感じた言峰綺礼は、さらに蓮華を運ぶのピッチを上げ、伊丹の追随を許さない。
これを観た伊丹は、店主に蓮華を一つ持って来させ、両手で持つ二刀流で対抗し出しピッチを早める。
同時に完食した言峰綺礼と伊丹。しかし言峰綺礼は再び特盛激辛麻婆豆腐を注文。
予想外の善戦による第1ラウンドを終えた伊丹だが、これには退くに退けず、伊丹も同じ物を注文して、第2ラウンドのインターバルに入る。
そしてここに、麻婆豆腐のコロシアムが出現した。
このインターバル中に、もはやセコンドとなったキャスターが伊丹に話し掛ける。
「耀司様、お腹の張り具合はどうですか! お腹も余計に張るし、辛味が増しますので水は飲んではいけません」
「げぷっ、麻婆豆腐は殆んど水分だから多少時間が経てば腹の張りは収まるけど、舌を麻痺させたまま食べないと辛さは駄目だね。確かに水は厳禁だ」
一方の言峰綺礼とギルガメッシュ。
「伊丹耀司。まさかここまでやるとは想定外だな」
呟く言峰綺礼にギルガメッシュが問い掛ける。
「あの道化に手を焼いている様だな、綺礼よ」
ギルガメッシュの言い方が変わった事に驚く言峰綺礼。
「ほう、雑種ではなかったのか。珍しいな、ギルガメッシュ」
「別に珍しくもあるまい。あの道化が我を楽しませるからだ」
すると、言峰綺礼はギルガメッシュの皿に視線を落とす。
「ギルガメッシュ…………能書きは良いから自分の分は完食しておけ。王の名が泣くぞ」
すると再び伊丹と言峰綺礼の前に、地獄の釜が口を開く。
「アイヤー。特盛激辛麻婆豆腐二人前アルよ」
第2ラウンドの開始の鐘が鳴る────
最後まで読んで頂き有り難うご座居ます。
伊丹とキャスターは、楽しい筈の二人の一時を、言峰との邂逅により台無しにされてしまいました。
言峰としては初めて会ったキャスターのマスターに、いつぞやの教会での出来事の仕返しをしています。
ジャパンブリッジなど大袈裟な名前ですが、要は日本橋です。
某虹橋とは比べ物にもならない短さですが、そこを封鎖する程の事件とはどんなものなんでしょう。
しかも何故に踊るインド人? いきなりインド人一万人集まらないだろ!
伊丹とキャスターが観た映画、幕間として投稿間近です! の予定はありません。
そして凛と桜。姉妹の絆が深まると良いですね。
ではでは…………
虚空屍