話は2月11日(月)の夕方から12日(火)の朝になります。
聖杯戦争も残り数日となります。
ディーロ司祭は必要な話だけを済ませると直ぐに帰るのだが、彼の言葉には聖堂教会からのメッセージとして、教会の立場は中立だが、暗に言峰綺礼を倒してくれとの思いが感じられた。
教会側は言峰綺礼の資料を伊丹に差し出す準備があると言うが、伊丹は敢えてそれを断る。
一見すると正々堂々とした態度と取られるが、物語としての話を知っている伊丹とキャスターには無用の長物でしかないのである。
四人で夕食を摂っている時に、桜から今日の来訪者について話が上がる。
「お父様、教会の神父さんが何しに居らしたのですか?」
「聖堂教会が先生に何の用があったのですか?」
「二人共気になるかい。聖堂教会なりの挨拶だよ。教会としての機能が果たせなくて済みませんってね。それと駅前のホテルに聖堂教会の臨時出張所を開設したから宜しくってさ」
「確かに棄権したマスターは、先生とキャスターが保護している様なものですからね」
「正解だよ、遠坂さん。そう云う事だ。それと桜、ライダーに山門の警備をお願いしても良いかい?」
「構いませんわ。少しでもお父様のお役に立てば嬉しいです」
伊丹は昨晩の事もあり柳洞寺の警戒レベルを上げて言峰綺礼とギルガメッシュの襲撃に備える。
食事を終えたのを見計らってキャスターが口を開く。
「桜と小娘に言いたい事があるのよ。朝の登校中のあのふざけた行いは私に対する挑戦かしら…………それに耀司様も鼻の下を随分と伸ばされていましたわね」
キャスターの云う小娘とは勿論遠坂凛の事である。そんな遠坂凛はキャスターに言い返す。
「あ~ら、もしかして見ていたのかしら。24時間見張ってるなんてキャスターはかなりの束縛系ね。先生も息苦しくはならないのかしら」
「そっ、束縛系だなんて…………私は耀司様を始め、皆に何か有った時の為に使い魔を付けてるのよ!」
「冗談よキャスター。それに先生は私の想い描くお父さんって感じじゃ無いのよ。優雅さが無いって云うか庶民的って云うかオタクって云うか────」
空かさず桜が遠坂凛の言葉を遮る。
「姉さんも酷いです。こんなんでも薄い本が好きなオタクでも私がお父様として慕っているのに…………」
遠坂凛と桜の言い分に、参ったとばかりに頭をポリポリと掻きながら伊丹は話す。
「ちょっと二人共随分な言い方だな。確かに俺は『魔術師たるもの優雅たれ』でも無いし庶民的だしオタクだよ。それは認める。そんな俺でもキャスターが好きだと言ってくれているから、俺はそれで充分だぞ」
「耀司様ったら。サラっと話の中に私の想いを忍ばせて下さるなんて…………」
顔を朱らめ俯くキャスターと、自分が言った不謹慎な言葉の意味を理解する桜。
「お父様! 私は唯お父様をお慕いしていると言いたかっただけです…………決してお父様の趣味の持ち様にケチを着ける気などありません」
「判っているって桜」
桜の頭を優しく撫でる伊丹にキャスターはブツブツ言い出す。
「そうやって桜の頭ばかりを撫でて…………」
「そっ、そんな事はないぞ」
今度はキャスターの頭を優しく撫でる。
(桜もキャスターも子供みたいだな)
そんな伊丹を見詰める遠坂凛は伊丹の日常の大変さを感じる。
(仕事に聖杯戦争に桜とキャスターの面倒を看て、先生も大変なんだ…………)
伊丹は昨晩から柳洞寺の地下空間に篭っているバゼット・フラガ・マクレミッツとアヴェンジャーの様子を見に行く。
「バゼットさ~ん」
さあ~んさあ~んあ~んあ~ん────
大声で呼ぶ伊丹の声が木霊する。
すると伊丹の直ぐ傍にアヴェンジャーが現れてバゼットの所まで案内をし出す。
「しかしおっさんも昨日は大変だったな。なんせこの最弱サーヴァントの俺までお呼びが掛かる程だったしな」
「悔しいがあの金ピカは最強だよ…………」
「あら、伊丹さん。どうかなさいましたか?」
失われた左腕の傷を擦りながら現れたバゼットに、伊丹はランサーの件で謝罪をする。
「バゼットさん。貴女が最初に召喚したランサーが、私の身代りになり失ってしまい申し訳ありません」
頭を下げる伊丹にバゼットは答える。
「何を仰いますか。ランサーは望んで死地に飛び込んだのです。好敵手とも渡り合えて本望だった筈。それに今の私にはこのアヴェンジャーが居ます」
強い相手と渡り合いたいと言っていたランサーの言葉を引き合いにだすバゼットに感謝する伊丹。
「そう仰って頂けて救われた気持ちになります」
伊丹はバゼットの左腕を気に掛けて話を聴く。
「左腕の義手はどうなりそうですか」
「やっと接触出来た人形師の方に看て貰い、先日型どりをして頂きましたので、直に出来上がるかと思います」
「それは何よりです。私もかなり気に掛かって居ましたので安心しました」
伊丹はバゼットに昨晩の詳細な顛末と言峰綺礼とギルガメッシュの強さ、そして今後についての彼の考えを話す。
「ランサーと云う前衛が居なくなった今、ここ2~3日が危ないですから用心して於いて下さい。私はこちらの鍵がアヴェンジャーになるかと思っています」
アヴェンジャーが鍵と言う伊丹の言葉に驚きを見せるバゼット。
「えっ? サーヴァント最弱と自称しているアヴェンジャーがですか!?」
「ええ、彼の宝具を用いらなくてはならないかと…………それにはかなりの代償を払わなくては────」
伊丹の言葉を遮る様にバゼットが話し出す。
「それ以上は仰らないで下さい。私もアヴェンジャーもそれは覚悟の上で伊丹さんを頼らせて貰っています。伊丹さんが全てを背負う様な考えは止めて下さい」
バゼットとの気遣いに救われる伊丹に、彼女は更に話を繋ぐ。
「私が封印指定執行者として動いていた時に、何度か代行者の言峰と共闘した事もあり、彼の強さは判っています」
「ええ、昨日言峰と戦ったのですが、かなりの手練れです。そして最強のサーヴァント! いや~、参りましたな」
軽口で話を締めようとした伊丹に、バゼットは軽口に応える様に冗談半分に問い掛ける。
「随分と余裕なんですね」
「まあ、バゼットさんとアヴェンジャーが居ますんで」
部屋に戻った伊丹はキャスターと共に戦い方を考える。
「言峰とギルガメッシュが聖杯を手に入れるには山門から柳洞寺に攻め込まないといけないんだよな。ここが決戦場所になるのか…………」
「そうですわね。こちらがここに篭って仕舞いますから、言峰達がこちらに来ないといけなくなりますわね」
先ずは山門での戦い方が重要になる。
伊丹は新聞に入っていたチラシの裏に、柳洞寺の見取り図や戦闘での様々な可能性を書き込んでいく。
「え~っと、柳洞寺は確かこんな感じで、山門の守備の要にはライダーっと…………突破されたらギルガメッシュを地面に押さえておかないと駄目だなぁ」
「言峰も厄介ですわよ」
「そうなんだよ。言峰に対しては前衛は俺と士郎で後衛にイリヤさんかな。凛君にはその間で前衛と後衛を兼ねて貰うか…………」
年端もいかない子供達を戦いに狩り出す事に気が退ける伊丹ではあるが、かと云って伊丹一人で敵う相手では無い事も十分に承知している。
「自ら聖杯戦争に関わった若いマスター達とは云え、大人の立場から戦いに加わってくれって、俺は最低の大人だな」
「彼等は解っていると思いますよ。言峰に聖杯を渡す危険性を」
そんなキャスターとのやり取りが聞こえたのか、桜と遠坂凛が伊丹達の元に顔を出す。
「お父様、一人で溜め込まないで下さい。私達は共に戦う仲間でもあり家族でもあるのですよ」
「そうですよ先生。私はサーヴァントは居ませんけど、先生達のアシスト位はさせて貰います」
桜と遠坂凛に勇気付けられた伊丹は柳洞寺に居るマスターとサーヴァントを集め作戦のあらましを話す。
会議を終え、皆が各々の場所に帰り残された伊丹とキャスター。
「なあキャスター。奴等はいつやって来るかなぁ」
「それは彼等の気分次第ですわ。あまり考え込まないで下さいませ」
「出たとこ勝負って訳だな」
「そうです。耀司様は座して待っていれば良いのです」
伊丹達は、言峰綺礼とギルガメッシュがいつ襲撃を掛けて来ても良い様に、取り得る限りの備えをしてある。
後は待つだけなのである。
目を覚まし、寝ていた事に気が付く伊丹。部屋の中には既に朝日が射し込み始めている。
「キャスター? キャスター!」
傍に居ないキャスターを呼ぶが答えが無い。伊丹の声を聞き起きて来る桜と遠坂凛。
「桜、キャスターはどこか知らないか!?」
桜は伊丹の狼狽振りに驚き、答える。
「私達もどこに行かれたのかは…………」
伊丹は慌てて部屋を飛び出し、柳洞寺の境内を探していると、山門でライダーと一緒にいる所を見付けホッと胸を撫で下ろす。
「キャスター! 探したよ」
「あらっ、耀司様。おはようございます。お目覚めになりましたか」
キャスターは慌てる素振りもなく、至って普通に受け答えをする。
「ああ、おはよう…………じゃ無くて、探したよ。その様子だと昨晩は言峰達の襲撃は無かった様だね」
「ええ。昨晩、耀司様がお眠りになられてから境内を見回っておりましたが、変わりはありませんでしたわ」
「それとライダーも有り難う」
一方の言峰綺礼とギルガメッシュ。
言峰綺礼は早朝に目を覚まし神父としての勤めと、自身の日課でもある身体鍛練を行う。
「綺礼よ。随分と余裕よのう」
薄ら笑いを浮かべて問い掛けるギルガメッシュに対して、可笑しさを噛み殺す様に話す言峰綺礼。
「
「それでいつ戦いを仕掛けるのだ」
「さあて、いつになるかな。ククククッ」
キャスターと部屋に戻り、二人で朝食を作り桜や遠坂凛と食べ、朝の支度を整え済ます。
山門に向かうと衛宮士郎と柳洞一成が居る。衛宮士郎が声を掛けてくる。
「おはようございます。先生、キャスターさん。おはよう桜、遠坂」
「おはよう君達。どうしたんだい?」
伊丹の問いに衛宮士郎が答える。
「一緒に登校しようと思って先生達を待っていたんです」
「そうかい。なら、皆で学校に行くか」
(朝からこのメンツで、何も起きなければ良いんだけど…………)
不安を募らす伊丹に、追い討ちを掛ける様な事を言う遠坂凛。
「あらっ、私もご一緒しても構わないのかしら。生徒会長さん?」
「くっ。構わん、構わんぞ! 先生も衛宮も決めた事だ」
いつもの様に見えなくなるまで手を振り見送るキャスター。
「皆さ~ん。行ってらっしゃ~い!」
登校中のいつもの癖で伊丹に腕を絡め様とする桜に伊丹は止めるように言うと、彼女は舌打ちをして柳洞一成を然り気無く睨む。
「あの男が居るからですわね」
「こらこら! そんな事を考えるんじゃ無いよ!」
「お父様とのいつものスキンシップが…………」
桜がポジティブになるのは嬉しいが、もう少し周囲を見渡せる様になって貰える様に伊丹は提案をする。
「ならば衛宮君と手を繋いだらどうだい?」
「せっ、先輩とですか!?」
「父親としては悔しいが、衛宮君と手を繋ぐのは許そう」
桜は衛宮士郎の傍に寄り
「さっ、桜?」
「先輩。うふふふっ」
それを見ていた遠坂凛は伊丹の腕に自分の腕を絡める。柳洞一成の居る手前、慌てる伊丹。
「ちょ、遠坂さん。止めなさい!」
「先生も良いではありませんか。別に減る物でもないんですし」
遠坂凛の行動を目の当たりにした桜が猛然と抗議をする。
「ねっ、姉さん! 抜け駆けはズルいです!」
「何言ってるの桜! 貴女は士郎と手を繋いで居るじゃない! それとも止める?」
遠坂凛は桜に見える様に伊丹に胸を押し付けてくる。
「…………止めません! 姉さんは姉さんで柳洞先輩と手を繋いだら良いではありませんか! 寄りによってお父様と腕を絡めるなんて!」
桜の発言に面喰らう柳洞一成がパクパクと口を開く。
「さっ、桜君! 何故私が遠坂と手を繋がねばいかんのだ! 私は衛宮と話しながら登校出来ればそれで良いのだ」
「あ~ら、生徒会長さんは女よりも男に目が向くのかしらね」
遠坂凛からの挑発を否定する柳洞一成。
「違う! 断じて違うぞ!! おのれ女狐め」
「違うならそれを証明して見せてはどうかしら」
しかし彼女の挑発に踊らされてしまう柳洞一成。
「…………桜君、申し訳ない!」
何故か柳洞一成は桜と手を繋ぐ。
「えっ? 柳洞先輩!?」
「なんで桜に?」
柳洞一成の行動に照れる桜と、女としてのプライドを傷つけられた遠坂凛。
「藪蛇だった様だね。遠坂さん」
相手が柳洞一成とは云え、袖に振られた遠坂凛を慰める伊丹。
「一成にも相手にされないなんて、違う意味で悔しいです、先生…………」
「…………残念…………だったね」
そんな伊丹一行が校門に差し掛かると、藤村大河と鉢合わせをする。
「あらっ、伊丹先生。おはようごさいます、って今日はなんですか!?」
「あっ、藤村先生。おはようごさいます。いやぁ…………」
バツの悪そうに答える伊丹に、ニヤニヤとした笑みで突っ込みを入れる藤村大河。
「宜しいんですか~、許嫁さんがいらっしゃるのに…………キャーー! 士郎に桜ちゃんまで! なんで柳洞くんも?」
流石に困る伊丹。
「なんでこうなったか私も教えて貰いたいんですが…………」
伊丹と生徒達は別れ、学校でのそれぞれの一日が始まる。
最後まで読んで頂き有り難うございます。
聖杯戦争も残り数日。劣勢の言峰・ギルガメッシュペアが戦いの主導権を握っています。
戦いに於いてこの様な事はなかなか有りませんが、原因は伊丹の非情になれない性格だと思って頂けたら幸いです。
ではでは…………
虚空屍