【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩少佐
俺がドロッドロな人間関係の煽りを受けた日から数日が経った。
あれからは特に綾小路咲夜からの目立つちょっかいや、頭が痛くなる面倒事も無く、平和な日々が続いて居た。
強いてあげるとすれば時折、『綾小路咲夜が3年の〜〜と衝突した』とか、ひやっとするような話を耳にした程度だろう。
俺達の学生生活に何らかの問題が起きた事は無く、ひょっとしたら今後も特に何も起きず、綾小路咲夜が転校した事に対する不安が杞憂に終わるのではないか―――そう思い始めていた金曜日の朝に、申し合わせたかの如く事態は動き始めた。
普段生徒の多くが目に止めない、学校行事や各委員会・部活動からの情報が貼られている一階の掲示板に、どういうワケかその日はヤケに多くの生徒が集まっていたのだ。
ざわざわと沸き立っている生徒の群れを眺めながら、『今日何かあったっけ?』と隣の綾瀬に尋ねたが、『特に何も聞いてないけど』と返され、渚に聞いても『私も分からない』と言われた。
仕方ないので、自分も人だかりの中に突っ込んで皆が見ているであろう紙を見ようと足を運んだ所に、人だかりの中からげっそりとしたした顔で這い出て来たクラスメイトの七宮を見つけた。 早速何があったのか聞いてみると、
「なーんかクソめんどいのが出来上がるみたいだぜ」
と、言われた。
「何が面倒なんだ?」
「見りゃわかるよ」
そう言い捨てて先に階段を上がり教室に向かってしまった七宮。 仕方ないので、俺も人の群れを掻き分けながら何が貼られているのかを直接確かめる事にした。
「……おいおい、これは」
皆が見ていたはり紙には、以下の内容が書かれていた。
『九月八日より、新たに学内査問委員会を設置する事が決まりました。 本委員会は一年生の綾小路咲夜を委員長として、校内の各委員会、部活動がその理念に沿って正しく、適切な活動を行っているかを判断する委員会です。 当日行われる生徒会総会にて詳細を説明します。』
学内査問委員会。 なんか一昔前にあったと聞く事業仕分けなる物を彷彿とさせる字面だが、問題はそこには無い。
委員会や部活動が正しく運営されているかを見る、これだけでかなり面倒なニオイを放っているのに、それ以上に厄介なのが、委員長があろうことか綾小路咲夜だと言う事だ。
これってつまり、綾小路咲夜の一存で委員会や部活動が取り潰しにされる可能性があるって事なんじゃないか? もっとも、はり紙には『判断する』とし書かれておらず、直接何か介入できる存在と書かれていないが。
「咲夜の発言権が大きくなれば、否が応にも従わざるを得ない。 そんな状況が生み出される可能性はあるね」
教室について、既に居た悠にいち早く先の内容を話した所、帰って来た返答がこれである。
「思ってたよりずっと咲夜側はこの学園を掌握しようと動いていた。 情けない話だけど、転校の件に続いて今回も後手後手の後手に回ってしまったよ。 色々と牽制はかけていたのに、全部から振りだった」
口調は平静を保っているけども、その眉間には普段見せないしわが寄せている。 焦っているんだろう、こんな悠を見るのは初めてだった。
「でもさ。 別に委員会が出来たからって必ず俺達が不利に回るってワケでもないんじゃないか」
だからか、まだろくに考えても居ないのに、ひょいとこんな事を口走ってしまった。
「―――と、言うと?」
悠もいきなり俺がこんな事を口にするとは思ってなかっただろう。 やや豆鉄砲を喰らったような顔で俺に説明を促して来た。 ええと、何か適当な理由を言わなきゃ、励ましたかったからってだけじゃ無責任な発言も良い所だ。
「委員長になるってのはさ、それだけ個人の行動に責任がつくわけだ? だったら、咲夜だって傲岸不遜な態度は取れない筈だぜ。 だって、委員会や部活動にケチつける立場の人間の発言に説得力が無かったら、誰も耳を傾けやしない」
日々ガラスをぶち壊してる不良がある日花瓶を割った人に『物を大事にしろ』と言ったって『お前が言うな』で終わるだろう。 それと同じように、学園の一生徒としてある程度マトモな奴じゃなきゃ、委員会や部活の活動に何を言っても『まずテメーの振りから直せ』で終わるに違いない。
うん、とっさに思い付いた言い訳ではあるが、結構説得力のある物ではなかったろうか? どのような意図かは明瞭ではないとは言え、今回の委員会設立は綾小路咲夜自身にも枷をつける行動に等しい筈だ。
「なる程ね。 それも一理あるかな」
悠も俺の言葉にある程度納得したのか、先程より幾らか表情を柔らかくした。 だが、それに俺が安堵を覚えるよりも速く、
「でもそれは、普通の生徒の場合だ」
諦観を感じさせる声色で、言いきった。
「咲夜はね、ただの生徒じゃない。 僕と同じ―――いや、僕よりも
「お……おう、肝に命じておくわ」
「……まあ? それを分かっておきながらここまで好き放題させてしまった僕が言ってもそれこそ説得力が無いのかな、うん。 とにかく、これからは本気でアイツの動向を警戒する必要があるみたいだね。 死にたくなってきそうだ」
悠がそう話をまとめた直後、始業のチャイムが校内に鳴り響いた。
普段から聞き慣れている筈のチャイムが、今日はどこか不吉を感じさせる物に感じた。
・・・
翌日。 土曜日。 午後1時。
昼食もそこそこに俺は自転車に乗って、隣町にまで出ていた。
理由は一つ、ある人に、最近の学園生活事情を相談して、何か良い解決案……というか、別の視点からの意見が欲しいのだ。 ざっくばらんに言ってしまえば人生相談のような物か。
隣町の更に外れにある山に建つ神社。 そこが俺の目的地。 入り口にあたる大きな鳥居をくぐると、その先にうんざりするように長く長く、傾斜も急な石段がある。 その階段を上りきった先にあるのが、『七宮神社』だ。
「……やっぱ、いつ見ても上るのに躊躇いを覚えるよな。 これ」
夏休みのある期間には、ここをもっと参拝客のある神社にしようと、やけにはりきった物だった。
その甲斐もあってか、初めてここに来たときは寂れた雰囲気を醸し出していたこの場所も、今ではある程度人の行き交いを感じさせる温かみを放っている。
今だって、俺が石段の先にある神社を見上げていた間に、何人かが神社から帰って行ったところだ。
「さて、と。 以前より忙しいのは間違いないのだし、さっさと行って用事済ませますか!」
そう自分を鼓舞して、俺は石段を上り始めた。
体力にはある程度自信があるが、そんな自分でも石段の最後の方になると肩で息をする。 今は手すりがあるからお年寄りでも頑張れば上れるが、少し前まではそんなの無かったから、人が寄り付かないのも当たり前だった。
石段を上り終えた先には、入り口にあったものよりかは幾らか小さな鳥居があり、その向こうには古めかしくも厳かな雰囲気を放つ本殿があった。
山の木々が神社の周りを囲い、この空間だけが世界から隔絶されているかのように感じる。
初めて来たときから未だに、何の神様を祭っているのか分からないが、由緒正しい神社である事には間違いないだろう。
俺が会おうとしてるのは、この神社で巫女をしている『七宮伊織』という人だ。
学校は違うが1つ上の先輩。 今まで見たこと無いくらい長い黒髪と、物静かで落ち着いた佇まいから、初めて会った時にもっと歳上だと思っていた。
土日のこの時間なら、きっと彼女は奥で畳の上に律儀に正座でもしながらお茶を飲んでいるに違いない。 さっそく会って話をしようと足を進めたその時、後ろの方から鈴の音のような声がした。
「わあ、これはとてもとても、立派な神社だなあ」
独り言にしてはやや大きすぎる声。 単純に感動から出たにしては指向性の強すぎる言葉。 今のが間違いなく自分に向けられた言葉だと認識した俺は、つい後ろを振り返った。
―――瞬間、頬を生ぬるい風が撫でた。
例えるなら、唾液がたっぷりと乗った舌で嘗め回された様な嫌悪感。 とにかく、今までにない怖気が、瞬時に俺を襲ったのだ。
「はじめましてぇ、野々原縁さん?」
―――朗らかに笑って俺の名前を口にした、
・・・
「あれ? もしかして警戒されてますか?」
距離にして、1メートル半。
鳥居の真下にいつの間にか立っていたその少年は、俺の顔を見るや否やすぐにそんなことを口にして見せた。
『白々しい』。 そんな言葉が胸の内から湧き出るよりも早く、続いて。
「まあ、あたりまえですよねえ。 いきなり会った人に名前知られていたら、誰だって警戒しますよ」
両手を顔の前でぱんっと合わせながら、からからと笑いつつ口にした。
「……」
ジョークのつもりなのか? だとしたらひどく滑っている。 こちらの警戒を解こうとしての発言なら逆効果だ。
相変わらず鳥居から先に進もうとせず、休日だというのにどこかの学校の制服を身にまとい、ニコニコとしているが、俺はすでに目の前の少年が『まともな奴』じゃない事を確信している。
『俺の名前を知っていたから』―――じゃない。
『休日にそぐわない恰好をしているから』―――これも違う。
『少年、と呼称しているが実際の所どっちか分からない中性的な顔立ちをしているから』―――でもない。
答えは、『笑顔』だ。
『笑っているようで笑っていない』とか、『目が死んでいる』だとか、『笑顔の裏側に激しい悪意を感じる』とかでもない。
純粋に俺に向かって笑顔を向けている事が、気持ち悪いのだ。 どう過去を振り返っても会った事ない人間が、初めて会う人間に対して、まるで旧来の友人を相手にするような優しく温かい笑顔を見せているのだ。 これが気持ち悪くなくてなんというのか。
「―――誰かな、君」
たったそれだけの言葉をひねり出すのに、多大なカロリーを消費した気がする。 『分からない』を前にしたらこれだけの行為すら困難になるのだと、今この瞬間に体感している。
一方、少年はようやっとその笑顔を崩し、自然体な表情になって俺の言葉に返した。
「誰だと思います?」
「はあ!?」
「おおっと、そんなに本気のトーンで怒んないでくださいよ。 確かに質問に質問で返すのは失礼ですけど……ああ、そう言えばそれが嫌いなんでしたっけ。 すみません忘れてました」
「―――っ!」
さりげなく、本当にさりげなく俺の性格まで言い当てやがった。 本当になんなんだこいつは!
「せんり」
「え?」
「せんりですよ、塚本せんり。 今のところの僕の名前です。 覚えてくださいね」
「はぁ……」
少年は自身をせんりと自称した。 これで俺のせんりに対する警戒が解けたかといえば、当然そんなことは万に一つもあり得ない。 むしろ名前が判明してやっぱり今まで会った事のない人間と分かった事で一層警戒心は強まったと言っていい。
「なんで俺の名前を知ってるんだ。 どこから―――」
「ああそうだ縁さん」
俺の言葉をさえぎって、せんりは人差し指を口元に寄せて、アイドルさながらのウインクをしながら、
「そろそろ、綾小路咲夜さんも動き始めるんじゃないでしょうか」
などと、爆弾発言を口にした。
「……君は、その、綾小路家の人間なのか?」
だとしたら俺を知っているのにも納得がいく。 仮に綾小路家の人間なら、悠の友人を調べれば簡単に俺まで辿り着く。
わざわざ咲夜をさん付けで呼ぶ辺り、咲夜側の人間ではなさそうだが、悠側の人間にも思えない。 だとしたら俺が今まで会った事のない、話でしか聞いてなかった他の派閥の者だろうか。
「あ、何か勘違いしているようですが、僕は綾小路家なんかじゃありませんよ」
長々と脳内で考えていたことがあっという間に否定された。
「僕をあんな紙幣の多寡でしかモノを視られない連中と一緒にしないで下さいよ。 さすがに困ります」
「……じゃあ何なんだよ」
これまたさりげなく間接的に俺の親友を侮辱されたが、その事について言及するよりも、この塚本せんりの正体を明らかにする方が今は優先事項だ。 湧いてきた怒りをぐっと抑える。
「僕が誰なのか。 細かく説明する事は出来ませんが、簡単に言えば『知りたがり』というだけです。 世の中の色んな事を知りたい、そんな人間です。 といっても結構制約が多くてですね、本当は僕があなたの目の前に姿を見せて、会話するのはアウトな行為なんですねぇ」
「……その知りたがりが、わざわざアウトだと分かってて俺に会いに来た理由は何だよ。 こんなただの一般人に」
「それについては明快です。 たとえ咎められる行動だったとしても、あなたに会ってみたかったから」
「会いたかった? 俺なんかに?」
「ええ、そうです」
要領を得ない。
どれほど厳しいものかは知らないが、ちょっとコンビニに行く程度のノリでルールを破り、わざわざ一般人である俺に会いに行くとか、何の得があるんだ。
「そんなに変な事でもないと思いますが?」
「どうして?」
「両親が仕事に多忙なあまり、妹と二人暮らし。 成績を保ち続けるという条件のもと、やや一般的とは言えない生活サイクル。 これだけでも人によっては十分興味を抱くものです。 縁さん、ご自分が一般的に見ると特殊な環境にいる自覚はないんですか?」
「それは、ま……他とは違うところはあると思ってるけど」
時折、クラスの会話の中で耳にする。
『母親が勉強しろとうるさい』
『父親が臭くて近寄りたくない』
『家族が邪魔』
時折、クラスの会話の中で言われる。
『縁は家に親いないんだろ?』
『好き放題できるね』
『うらやましい、変わってくれ』
そういった事を聞いたり言われたりする度に、親が家にいるのが当たり前のやつと、親が家にいないのが当たり前のやつとの間には、認識に大きな差があると思っている。
だから、俺はそういう点では、一般的な学生とは言えないのかもしれない。 普段は意識しないけど、言われて納得する程度の自覚は持っているつもりだ。
でも、だからといって、それはそれで完結する話だ。 得体の知れない自称『知りたがり』が、接触図るほどの理由とは思えない。
そんな俺の疑問に答えるように、右手の人差し指を顔の前でくるくるさせながら、せんりは言う。
「ですがそれ以上に、一般的ではないにせよ、庶民でしか無い筈のあなたが、分家筋とはいえ国際的な大富豪である綾小路家の人間と親友関係にあり、今度は本家の令嬢である綾小路咲夜とも接点を持ち始めた。 ただの庶民がですよ? こんなの、世の中の知りたがりが放っておくわけがないじゃないですか」
特に名門出とかじゃない俺が一体どうやってあの『綾小路家』の人間と友人関係になったのか。 それもまた、たまに言われる言葉だった。
だけど、これも偶然が生んだ出会いだ。 俺が何かしたってわけじゃない。
「別に狙って友達になったんじゃない。 たまたまだ」
「そう。 偶然。 あなたが今口にしたように多くの人間がそう結論付けて、結局はあなたの今後の動向を遠巻きに見るだけに留まった。 そこにはあなたの身を案じた綾小路悠の手も加わっているでしょうが、結局は僕ら以外の誰もが、あなたへの関心をそこで留めた」
「……」
空気が変わっていることに、今気づく。
空は相も変わらず青々しいのに、俺とせんりの間にだけ曇天が立ちこもっているかのように、暗く重苦しい。
いけない、これ以上こいつのペースで話をさせるな。 本能が警告を放つが、だからといって何もできない。 させる余裕を、目の前の人間は与えてくれなかった。
「だってそうでしょう? 野々原縁の人生は、『運命の偶然』で『綾小路悠と出会い、友人になる』事はあっても、絶対に『綾小路咲夜と8月31日に出会う』事はなかったんですから」
今までで一番の寒気が背中を伝っていく。 こいつは、夏休み最後の日に俺がとった行動を、完全に把握している。
なぜ? どこで知った? どこで見ていた?
「なんで、どうしてお前があの日の俺の行動を知ってるんだよ!」
「言ったでしょう? 『知りたがり』だって」
「単なる知りたがり屋の範疇超えてるだろう!」
「ふふっ、確かに」
「……っ、何で知ってるのかは言わないつもりか」
動揺して語勢が強まった俺を面白そうに見るせんりに、一周回って冷静さを取り戻す。
たぶん、こいつは俺が思っているよりずっと、俺のことを知っている。 そして、俺の反応や態度を見て愉しんでいるんだ。
乗せられるな、こいつは渚や綾瀬と言った『自分の死』に関わる様な存在では決してない。 不気味でこそあるが、いちいち相手のペースに合わせて墓穴を掘る必要もないんだから。
「……仮に、俺があの日咲夜と会った事の何がおかしいんだ? あれだって偶然だ。 あの日まで俺は咲夜の存在を知らなかったんだから」
別れ際にようやっと綾小路咲夜だと知った。 悠の時と同じように、俺があらかじめ何か用意したり画策して出会ったわけではない。
だから、普通に考えてもここまでの話に出てきた多くの『知りたがり』達と違って、せんりだけが関心を向ける理由なんて、どこにも―――、
「そう偶然! それなんです、まさにそれが僕の興味を惹きつけんです」
我が意を得たり、せんりは両手をパチンと音を鳴らしながら合わせると、まっすぐこちらの目を見て続けて言った。
「あなたはあの日まっすぐ家に帰ろうとしたはずが、ふとした気の変容で狭い路地を歩いて遠回りをした。 そうして綾小路咲夜と出会い、敵対関係以外の繋がりを持った。 ……でもね、縁さん。 貴方って
―――ちょっと待ってくれ。 もしかしてこいつは、
「ありえないんですよ。 本来の『野々原縁の思考パターン』では、あの瞬間にあなたの気が変わる事自体が、まずありえなかった。 それ以前にも、それこそ今年の4月以降、今まで観測して居た野々原縁がする筈のない行動を貴方は度々とっていましたが、あの時がその最たるものだった。 僕は確信しましたよ、『これは野々原縁だけの判断ではない』と」
『せんり』の眼が、俺を捕らえて離さない。
今すぐにこの場を離れるべきだと理性が警鐘を鳴らすが、蛇に睨まれたカエルの如く、俺は『せんり』の言葉を聞くに徹している。
信じられない話だが、こいつは、
「縁さん、あなたぁ―――」
「その中に、何を飼ってるんです?」
・・・
「―――ヨスガさん? お久しぶりですね!」
その一言で、ギリギリまで張りつめていた輪ゴムが千切れる様に、辺りの空気が弛緩した。
「―――ぁ」
振り向いて、俺は視界に古風な巫女服を纏った黒髪の少女を映す。
それだけで、何か救われた様な気持ちになった。
「どうしたんですか? あぁいえ、来てくれたのは凄く嬉し……嬉しい、ですけど」
自分の言葉に多少の恥ずかしさを覚えて、頬を軽く紅潮させながら言う。 未だ背中を伝う冷え切った汗に不快感を覚えながらも、俺は少女に声を掛けた。
「久しぶりです、七宮さん」
言って、初めて自分の声が震えている事に気付く。
「凄い顔をしていますよ、体調が悪いのに無理して来たんですか?」
「いや、違うんです、体調とかは大丈夫です、ただ―――」
言いながら顔をせんりの方へと向き直したが―――、そこには既に誰も居なかった。
「……誰か、さっきまで居たんですか?」
「えっと、はい。 そうだったんだけど……」
階段を下りた先も見渡したけど、人の姿はない。 たった数秒で忽然と消えてしまったのか。
まるでさっきまで幻を相手にしていたようだ。
「……とりあえず、中にどうぞ。 せっかく来てくれたのですし、何か私に相談したいことがあるんですよね?」
「……はい。 お言葉に甘えて」
・・・
「どうぞ、ちょうど新しいお茶菓子が入ったんです」
「ああ、どうも。 ありがとうございます」
応接間に案内してもらった後、わざわざお茶と和菓子を運んで来てくれた。 畳のにおいと、縁側から吹いてくる涼しい風が、重暗くなっていた心を軽くしてくれる。
七宮伊織さん。 俺と同年代にして早くもこの神社の巫女をしている。
彼女との出会いは、今年の夏休みの中盤に俺がとある理由でちょっと面倒な状態に陥っている間、この神社に足を運んで出会った人だ。
そのせいもあって、俺自身はあまり七宮さんとの思い出がないが、今回のように親切にしてくれるのだから、きっと俺は何かしたんだろう。
そしてこれはあまり大きな問題ではないが、クラスメイトの七宮とは親戚だった。 世間は狭い。
「それで、今日はどんな事で相談に来たんですか?」
「その前に、どうして俺が相談に来たって分かったんです? 俺何も言ってないのに」
「それは……内緒、です」
「な、内緒。 そうですか……」
古くから歴史を持つ七宮神社の巫女である彼女は、一般人には持ちえない不思議な力を持っている、という知識が俺にはある。 具体的には、『神様の声が聴こえる』らしい。
突拍子もない話だ。 到底信じられない。 でも俺はそれを事実だと信じている。 そう信じるに至る過程や理由は思い出せないけど、きっとこれも、夏休み中の出来事に大きく関わっているんだろう。
「話っていうのは、その、正直七宮さんに話してもしょうがないかもしれないんですけど……」
そう切り出してから、俺は夏休み最後の日から今日まで、俺の周りで起きた出来事について話した。
神妙な面持ちで俺の話を聞いていた七宮さんだが、話し終えたころになると、表情は打って変わってやわらかいものに変わっていた。 話の内容からして、なごめる要素はなかった筈なのだが。
「えっと七宮さん、俺の話、面白かったですか……? あまり聞いてて気持ちのいい話じゃないと思うんですが」
「あ、ごめんなさい。 別に面白がっていたわけじゃないんです。 ただ……」
「ただ、なんです?」
「私の知らないヨスガさんの生活を聞くことができて、それが少しだけ、嬉しくなって……ごめんなさい、ヨスガさんは大変な思いをしているのに、こんな事思うのは変ですよね。 聞き流してください」
「……いえ、お構いなく」
俺と彼女の間にどんなやり取りがあったのかは分からないけれど。
そんな風に、俺の日常を聞くだけでも喜んでくれる彼女に、申し訳なさを感じてしまった。
「話を戻しましょう。 その転校生の綾小路さんですが……きっと、この後も、どんどんヨスガさんたちにとって好ましくない行動を取ると思います」
「やっぱり、そう思いますか」
「そのうえで、必ず悠さんの家と綾小路さんの家の間にある関係が、表面化するはずです。 何も対処しなければ、確実にそれがヨスガさんの学校を分断させていくと思います」
「それは、悠派の人間と咲夜派の人間で学園が分断されるって事ですね」
「もちろん、これは私の憶測の域を出ていませんから、杞憂に終わるかもしれません。 そうであってほしいです。 だけど、もし本当にそうなってしまったら」
「そうなったら?」
「カギを握るのは、ヨスガさんだと思います」
カギを握る。 どういう意味だろう。 なぜ俺が。
「今のままだと、悠さんか綾小路さん、どちらかが潰れる形でしか問題は解決しないと思うんです。きっと、悠さんであっても、家族同士で対立している相手には優しく出来ない、気がします」
「それは……確かに、そうですね。 悠は過激な事を嫌う性格だと思いますが、それでも、やる時はやる男だと思う」
「だから、あなたしかいないんです。 あなただけが、悠さんと綾小路さん、両方と関わりを持って、しかも悪くない印象を持たれている。 事態を最悪な方向に行かせないためには、きっとあなたという存在がどう動くかで、決まるんだと思います」
―――勘弁してくれ。 そう思ってしまった。
一般人でしかない俺が、大金持ちの対立に関わるなんて、絶対に大変な事になる。
もちろん、七宮さんが自分で言う通り杞憂で終わってくれれば良いのだが、『この人の予感は当たるだろう』という確信が、俺の中にある。 だからきっと、いつか俺が動かなきゃいけない時が来るのだろう。
でも、ならその時俺は何をすればいいんだろう。
そもそも、いったい綾小路家の間でどんな対立が起きるというんだろう。
―――わからない。 そこまで予想しろというのは、流石に七宮さんには言えなかった。
「ありがとう、ございます。 先は思いやられるけど、心構えは出来ました」
「ごめんなさい……、逆にヨスガさんの重荷になってしまったみたいで……」
「そんな事ないですよ。 普段あまり相談とかしないので、話聞いてくれて嬉しかったです」
「そうですか……なら、よかったです」
自分の言葉が逆に俺を追い詰めてしまったのではないか、そう心配する七宮さんに気にするなと返す。 わざわざ俺のために時間を割いてくれた彼女に、悪い気持ちはさせたくなかった。
そのまま外に出て、また鳥居の下まで歩いたところで、最後、七宮さんが言った。
「ヨスガさん」
「はい」
「私が声をかける前に、ヨスガさんが話をしていた人についてですが」
「ああ、はい。 そういえばそれについて話してませんでしたね」
「その人がどんな人かは、私にもわかりません。 ですけど……気を付けてください」
「それは、どうして」
「姿はなくても、その人が残した気配を感じます。 ヨスガさんに直接害を与えないかもしれませんが、それでもきっと、これからヨスガさんに何か、良くないモノを運んでくる、そんな気がするんです」
良くないモノ。
それだけは、本当にその通りだと思った。 俺は七宮さんの忠告に礼を述べて、『でも』と最後に一つだけ、冗談交じりの笑みを浮かべて聞いてみた。
「それは、『神様の声』がそう伝えたんですか?」
その言葉に、七宮さんは一瞬ぽかんとした表情を浮かべてから、やわらかい笑みを浮かべて言った。
「いいえ、違いますよ。 縁さん」
「もう―――今の私に、神の声は聴こえませんから」
―――続く―――
七宮伊織さんを出したいがために回り道して出した話。世に放つまでにどんだけかかってんだ。
CDでは彼女、主人公と恋人関係になってから神様の声が聴こえなくなってるんですよね
神より主人公を優先したからか、恋をしたからか、その両方が理由か
その描写を多分に取り込んでるので、今回出てきた七宮さんが神の声聴こえないってのは、
さて、どういう事なんでしょうね
また半年後までお待ちください!!(おい)