【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
「当てつけですか?」
植え替え作業の傍ら、渚は綾瀬にヒソヒソ声で言った。
「何が?」
目をパチクリしながら、キョトンとした顔で答える綾瀬。
本当に何を言われてるか分からない、と言った様子に内心の苛立ちを一段階挙げつつ、表には出さずに渚は言葉を続けた。
「この前の、保健室で私が言った事についての当てつけかって聞いてます」
「……あぁ、その事ね」
渚の言いたい事を理解して、一度頷いた綾瀬は、顔色や声色を変える事も無くアッサリと答えた。
「違うわよ?」
そんなわけがない。渚は綾瀬が露骨な嘘をついてる事に、先ほどまでどうにか抑えていた乱暴な気持ちをついに吐き出してしまう。
「嘘よ、じゃなきゃお兄ちゃんと私を引き離そうとする理由なんて無いでしょ?」
しかしこれに対しても綾瀬は調子を崩す事なく、癇癪を起こす幼児をあやす親の様な態度のままだった。
「渚ちゃん。私、本当にあなたには当てつけとか思って無いわよ? それに」
「それに、何です?」
「あなたの言う通りだと思うから。私はただの幼なじみで、それだけなの。あなたから見ても……縁にとっても」
「……どうかしたんですか?」
渚自身も意外だったが、口から出た言葉はまさかの心配の声だった。
その位、今目の前で平然と佇む綾瀬は“異常”に映ったからだ。
綾瀬が自分の事をただの幼なじみだと認める分には構わない。だが、縁も自分をそう思ってるという発言については、看過出来なかった。
縁が今も綾瀬の事を気にしているのは、妹という立場に居なくとも彼を見ていれば分かる事だ。縁はどうにかして、綾瀬との関係を修復したいと思っている。
その根幹にある感情が何かや、そもそも発端が渚自身の発言にある事などは別として、縁が綾瀬を“ただの幼なじみ”以上の想いを持ってるのは明確。
にもかかわらず、綾瀬自身が、縁の気持ちに気づいていない。
いや、敢えてシャットアウトしているのか?
いずれにせよ、今の綾瀬の心理状態が、今までの物とは違っている事だけは確かだった。
それ故に、渚は思わず、少なくとも“心にも無い”ワケではない心配の言葉をかけてしまった。
「……渚ちゃんが私にそう言うなんて、珍しいね」
「あっ……えっと」
案の定そこについて言及され、思わず語勢を弱めてたじろぐ渚。
そんな様子を見て小さく笑いながら、綾瀬はどこまでも“いつも通り”に渚に言った。
「本当に何も無いし、大丈夫よ」
「……そうですか」
「ほら、今日中に全部終わらせちゃいましょ」
そう言って、自分の手を洗いに一度手洗い場へと向かっていく綾瀬。
そんな綾瀬の後ろ姿を見て、渚はうまく言葉にできない気持ちを心の中でぐるぐると立ち巡らせて、やがて吐き出す様にため息をついたのだった。
「……本当に大丈夫なら、その腫れてた目元の理由くらい言ってみなさいよ」
兄の縁は気づいているのだろうか。
綾瀬の目元の僅かな腫れは、昨晩泣き腫らした人間のものだと言う事に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ない、ない! ……うわぁーどうしよう!」
教室で自分のランドセルの中身を見ながら、少女が困った声を上げていた。
既に帰りの会が終わって、殆どの子が家路か児童館に向かっている中、少女だけがクラスに残って、何かを探している。
ランドセルの中を隅々まで探したあと、机の中や教室の後ろにある荷物入れのロッカーなど、隅々まで細かく見るが、どこにも目当てのものは無い。
先生が『一緒に探す?』と声をかけたが、少女はその申し出を慌てて断った。それなら、と先に職員室に帰っていった先生の背中を見てから、また探し始める。
「どうしよう……あれを見られたら……」
人手はあった方が良い。しかし、少女は決して誰にも、自分の探し物を他人に見られたくは無かった。今こうして探してる間にも、誰かが見つけてしまったら──。
最悪の未来を想像して、思わず身震いしてしまう。そんな思いを払拭する様に頭を振り、少女はもう一度ランドセルから見直す事にした。
そんな少女に、教室の入り口から声をかける人物がいた。
「おーい、何してんだよ」
「きゃっ──!」
声をかけたのは、少女の友人であるクラスメイトの少年だった。
陽の当たり方ではオレンジ色に見える時もある、グラデーションのかかった薄栗色の頭髪を揺らしながら、少年はスタスタと少女の前まで近づく。
「何か探してた? 俺も手伝うよ」
「え! い、いいよ大丈夫! 1人で見つけるから!」
「大丈夫に見えないって。すごく困った顔してるよ?」
「……そんなこと、ないもん」
「しーてーるー。……あっ分かった! ゲーム持ってきてたんだろ、だから誰にも見られたく無いとか」
「ち、違うわよ! そんな事するわけないじゃない!」
「ん? じゃあ人に見られても問題ない物って事でしょ? だったら一緒に探した方が良いじゃん」
「う……それは、その、えっと」
思わぬ誘導尋問に乗せられてしまい、いよいよ断る大義名分が無くなってしまう。
少年は、少女がもう反論できない事を確信すると、安心させる様にニカッと笑いながら言った。
「大丈夫! 探し物がなんだろうと、絶対何も言わないから!」
「……ほんとう?」
「本当のホント!」
「……分かった」
「で? 探し物はなんですか?」
「自由帳」
自由帳、と聞いて少年の頭に浮かんだのは、前の週に彼が少女と文房具屋に行った時に買った、お揃いの表紙をした自由帳だった。
「この前に買ったやつ?」
「うん、そう。5時間目に外でスケッチしたでしょ? その時に落としちゃったみたいで、どこにもないの」
「あちゃー、そうなると教室探しても無いんじゃないかな」
5時間目は理科の授業で、校庭に咲いてる草花を調べてスケッチをする内容だった。
となれば教室で落とした可能性よりも、校庭や廊下で落とした可能性の方が高い。ここでいつまでも時間を浪費したところで徒労でしかない。既に心当たりを調べ尽くしたのなら、なおさらだ。
「外探した方がいいよ、教室は探し尽くしたんでしょ?」
「やっぱりそうだよね。じゃあ、早く行きましょう!」
いそいそとランドセルを背負い、少女が駆け足で校庭まで向かおうとする。
少年は廊下の隅々を見やって、万が一でも廊下に落ちてないかを確認しつつ、少女の背中を追った。
校庭に着くと、自分達が授業中に歩いたエリアを中心に探したが、どれだけ細かく見ても自由帳らしき物は一切見当たらなかった。
やがて、完全下校のチャイムが鳴り、これ以上は学校に居られない時間になったが、それでもやはり見つかる事は無い。
仕方ないので、一縷の望みをかけて職員室に無いか聞いてみたところ、ノート類の落とし物こそ確かにあったが、少女の物はそこには無かった。
失意の中、トボトボと家路を歩く少女の隣を歩きながら少年が元気つける様に言う。
「もうしょうがないから、諦めよーぜ? お母さんに怒られるかもしれないけど、また買ってもらおうよ」
「それじゃあ意味ないの……あれじゃないと」
「なんで──あぁいや、うん、なんか特別だったんだな」
どうしても失くした自由帳にこだわる理由を聞きたくなったが、根掘り葉掘り聞くのも悪いと思い直して、少年はただ頷くだけにした。
「じゃあその代わり、明日からまた落ちてないか探すよ俺も。それで見つかったら、すぐに教えるから。な?」
「……ありがとう。でも、もし見つけたらお願いがあるの」
「ん? なに?」
「絶対に、中を見ないで。絶対によ? ぜ──ーったいに、だからね!」
「わ、分かった分かった! 見ないから! な!? 見ないで教えるから!」
ヤケに強調してくる少女の剣幕に圧されながら、少年は苦笑いしつつ答えた。
なるほど、そんなに見られたら困るものを自由帳に書き込んだのだろう、と予想が出来たから。
おそらく、最近クラスで流行ってるポエムというか詩というか、そういう類のものを書いたのだろうなと内心で結論付け、その日はそれぞれの家に帰った。
──そして、問題は少年が帰宅して自室でランドセルの中身を出した時に起こった。
「アレ!? なんで自由帳2つもあるの?」
ランドセルの中には、同じ表紙の自由帳が2冊入っていた。
1つは自分の名前が書いてあるもの。そしてもう1つは──名前が書いてないが、おそらく少女の物で間違いなかった。
少年が間違えたり、わざと入れたのを忘れてたわけでは無い。恐らくは落ちてた自由帳を拾ったクラスの誰かが、少年の自由帳の表紙を知っていて、親切心で机の上に置いたのだろう。
それを自分が気づかないままランドセルにしまい、現状に至るのだ。と、百点満点の推理を脳内で披露した後、急いで少女に渡さなきゃ行けないと、自由帳を取り部屋を出ようとした。しかし、
「うわ、ちょっ、っとと」
急に動いたのが祟ったのか、右足首を軽く捻らせてしまった。痛みは一瞬だったが、バランスを崩したせいで自由帳を手から落としてしまう。
重力に歯向かう事なく自由落下する自由帳は、部屋の床に不時着する直前に、僅かに生じた風でパラパラと中身を開いていき、完全に中が丸見えな状態で落ちてしまった。
「うげ、中は見るなって散々言われたのに」
思いもしない理由で少女との約束を破ってしまいそうになり、急いで目を逸らそうとしたが、
「──えっ」
ページの右端に、うっすらと書かれた落書きが視界に入り、思わずそれに目線を向けてしまった。
そこに描かれていたのは──、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「──んぁ」
授業が終わったチャイムを聴いて、唐突に意識が目覚めた。
4時限目は数学だったが、担任が急な体調不良で休みになり、授業は自習になった。
始めは真面目に自習してたが、段々と眠気が襲ってきて、気がついたらガッツリ寝てしまったらしい。
「……懐かしい夢を見たな」
小学校5年生頃の夢を、見ていた。
内容は、俺の綾瀬に対する見方が大きく変わるきっかけとなった出来事だった。
あの時の事は、今の俺と綾瀬の関係にも、きっと深く関係しているに違いない。
何故そんな出来事を、綾瀬との距離感がぐらついてる今になって夢として見たのか、引っ掛かるところではあるが、それだけに何もかも集中するのも嫌なので、一旦は頭の隅に置いておく事にした。
夢は夢、過去は過去。今は目の前の事に意識を集中しなきゃいけない。何故ならば、
「さて、席も確保できたな、良かった」
「季節の変わり目で寒くなってきたから、外で食べようとする人が減ってきたね」
「食欲の秋って言うけど、そろそろ冬だものね」
昼休みに、今日も綾瀬と悠とで昼食を共にしようと中庭のテーブルに集まる事になっていたからだ。
眠い頭に喝を入れて目を覚まし、今日も、以前の様に一緒にお昼を食べる。既に中庭のテーブル席は悠が確保していた。
「悪いな、今度は俺が早めに席取るから」
「なら、さっきみたいに自習で寝たりしないようにね」
「えっ、あなた寝てたの?」
「あー、まぁラスト10分前位で」
「開始10分の間違いじゃないか?」
「やめろ、言うな!」
「……まったく、しょうがないんだから」
こうして自然に会話を交わし、昼を共にできるのを見ると徐々にではあるが、綾瀬との距離感が戻りつつあるのを感じて、自然と頬が綻ぶ。
それだけでは無い、今日はこの前話に出た通り、普段の3人に加えてもう1人来る事になっている。
「おーい、こっちこっち」
綾瀬が手を振りながら呼び込む。
すると、校舎から出て辺りをうろちょろ見てた人物──園子が駆け寄ってきた。
「すみません、遅くなりました」
「大丈夫大丈夫、全然遅く無いから」
授業が長引いたらしく、急いで来た様子の園子を安心させようと笑顔で答える綾瀬。
2人の関係性も、最近は特に良好に見える。
快活で活発。明るく朗らか。誰にでも基本分け隔てなく接する綾瀬。
おとなしくて理知的。交友関係こそ狭いがその分深く、心にブレない芯を持っている園子。
“ヤンデレCD”では互いを嫌悪し合い、殺し合う関係だった2人も、今では良き友人同士だ。
「皆さんはちゃんとお弁当を持って来てるんですね。私は学食から買って来たお弁当だから、少し恥ずかしいです」
俺と綾瀬は自炊で、悠は使用人が作った弁当をそれぞれ持って来ている。最低でも悠と食べる機会が多いから感覚が麻痺してるが、両親が家にいて小遣いで月のお金をやりくりしてる学生は、だいたいがお昼は学校で売ってる弁当や惣菜パンを買ってる。
園子もその大多数のパターンだったらしく、俺らが弁当を持参してるのが気になったんだろう。
「弁当って言ってもさ、俺や渚は親があちこち飛んでるから2人で生活するだろ? そしたらどうしても生活費は自分らで工面する必要があるんだよ。それで毎回学食に頼るよりも、作り置きした物を持って来た方が良いって結論になっただけだよ」
「僕は……まぁ色々ひっくるめて言えば『体裁』だね。天下の綾小路家の人間が、庶民と同じグレードの物を食べるわけにはなんてくだらない理由。……わざわざお弁当を持ってくる明確な理由は無いよ」
「私は……特に無いかな。うん、料理するのは嫌いじゃ無いし、よく家でも私が作る事多いから、お弁当もその延長線みたいな感じかな」
三者三様の理由を述べる。別に大した事はないと伝えたかったが、どうも園子的には皆と違うと言う事実そのものに不満があるみたいだ。
「……今度、私もお昼のお弁当作ってみます」
「おー、そりゃ楽しみ。園子はどのジャンルが得意なんだ?」
「得意、と胸を張って言える物は、無いんです。恥ずかしい話ですが、掃除や洗濯はしますけど料理だけはほとんど手を出してないので……初心者におすすめのジャンルがあれば、教えて欲しいです」
「うーん、オススメってなるとあまりパッと出てこないな。取り敢えず、俺が参考にしてる料理アプリ教えるから、そこから気に入ったのを作ってみると良いよ」
「そういうアプリがあるんですね、是非お願いします」
俺の提案に快く乗った園子は、俺が教えたアプリをすぐに検索して、その場でスマートフォンにインストールした。
「わぁ、たくさん料理が紹介されてるんですね……これなら間違いも起こさずに済みそうです」
「便利だろ? 何買えば良いか、実際にどう包丁切ったり具材を煮込んだりとか、文と映像で分かりやすい紹介してるんだ」
「はい、とても分かりやすくて便利です! 食材だけで検索も出来るんですね」
俺が初めて料理アプリを使った時以上の興奮と喜び具合を見て、教えて良かったと心から思った。
園子は何を作ろうか考え込み始めたので、俺は会話に入らなかった綾瀬と悠に意識を向けた。
「──とと、ごめんごめん。俺と園子だけの会話になっちゃって」
「別に構わないよ、僕も今初めてそのアプリの存在を知ったからね」
「私も平気──でも、ねぇ縁」
そこで一旦言葉を止めて、綾瀬は少しの間だけ黙った後で俺を見ながら言った。
「どうせなら、直接教えた方が良いと思うけど?」
発言の意図がイマイチわからず、ポカンと口を開いたまま数瞬固まっていたが、すぐに綾瀬は説明を続ける。
「私もたまにそれ見るから便利なのは分かるけど、やっぱり隣に立って教えるのが1番だと思わない?」
「それは、まぁそうだけど」
それをしたら、渚や綾瀬の中でいつ地雷が炸裂するか分からない。あり得ない選択肢だ。そう思ってたのだが──、
「だから、縁が隣に立って教えてあげたら?」
「……え?」
綾瀬の口からそんな言葉が出て来た事に、驚きを隠せなかった。
「何よ、私そんな変な事言った?」
「いや、言ってないけどさ」
だって、それはつまり俺と園子の2人だけで時間を過ごす事に──いや、悠とか渚や咲夜を誘えば良いだけだが、とにかく、綾瀬が俺に“自分以外の女の子と一緒に居ろ”と言って来た事になる。
そんな事あるか? 少なくとも『ヤンデレCDの河本綾瀬』なら絶対にあり得ない。この世界の、俺が今まで接して来た綾瀬にしたってそんな提案する人間じゃないのは明白だ。
なのに、綾瀬はまるでコンビニに買い出しを頼む程度の軽さで、俺に園子と2人で過ごせと言ったんだ。
「……良いのか?」
「ふふっ、なんで私に断りを入れるの? それを聞くなら園子に対してでしょ?」
見当違いな発言をする子を揶揄うように、綾瀬は笑う。
確かにその通り。
その通りなんだが、だからこそおかしい。
前世と今の俺、両方の視点から見ても違和感しかない行動を綾瀬は取っている。
でも、会話の流れはあくまでも違和感なく、本当に自然としか言いようが無い。
だけど、問題提起する根拠が『お前はヤンデレCDでは俺(主人公)の事を好きだから、俺が他の女の子と仲良くする事を促すはずが無い』なんていう、あまりにも個人的かつ横暴かつ傲慢かつ、考えるだけでも気持ちと気色の悪いモノしかない。
だから、綾瀬に違和感は覚えても、それを言及するに足る理由も根拠も無くて、何も言えない。だから、
「園子は、良いのか? 自分で言うのも何だが、アプリの方が確実な事教えてくれるけど」
“会話の自然な流れ”に沿って、園子に問いかけるしかない。
園子はやや間を置いて、俺と綾瀬の顔を少しだけ見やってから、はにかみながら言った。
「えっと……はい。もし良ければ、お願いしたいです」
「決まりね! ちゃんと責任持って先生やるのよ? 園子がちゃんと料理できる様になるかは、あなた次第なんだから!」
挑発する様な言葉を言いながら笑みを浮かべる綾瀬。
「わぁ大変だ。縁の教え方ひとつで部長がメシマズ嫁になるかどうか決まるわけだね」
悠も綾瀬の挑発に乗じて、俺を試す様な発言をする。綾瀬の発言には何にも違和感を覚えていない様だ。
綾瀬が俺を揶揄い始めたら、悠も便乗する。いつも通りの流れ。
俺だけが、ただひたすらに悩んでいる。
「……メシマズ嫁は飛躍しすぎだろ、プレッシャー与えんな」
だから、もう俺はこれ以上考える事をやめた。
それで良いのかは分からないが、もうこれしか選択肢は無かったのだ。
「じゃあ早速、何を作るのか決めましょう?」
「いや、ご飯食べようぜ……」
先日、部室で生まれた違和感。
それと同じモノがまた、自分の中で頭をもたげるのが分かって嫌になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。4限前の休み時間。
「……いちー」
昨日の事がどうしても頭に引っかかり、朝から授業に集中出来なかった俺は、3限の体育で跳び箱をしてる時に右手を捻ってしまった。
幸い、大きな怪我にはならなかったものの、少し動かすだけで顔がひきつる程度には痛みがあるので、少しの間は安静にしなきゃならない。
保健室の先生に湿布を貼ってもらい、ついでにしっかりとテーピングを施してもらったので、今日これから派手に動かさなければ明日には治る。今日は俺がご飯作る日だったから、帰る前に渚に代わってもらう様にお願いしなきゃいけないな。
次の授業はまた家庭科で、体育と続いて移動教室。しかも昨日料理の話をした翌日に、調理実習だ。
本当はさっさと着替えて向かう必要があるけど、この利き手がこの状態では包丁もフライパンも鍋もろくに扱えない。残念だが諦める事にした。
それはそれで、先生に休む事を伝える必要があるので、一旦保健室を出て家庭科室に向かおうとした時。
「あ、縁君」
部屋を出てすぐ、園子と鉢合わせした。
何故、園子がここに? 仮に次の授業が俺みたいに移動教室のある科目だとしても、保健室前を通る必要は無いはず。その類の教室は全て2階以上にあって、保健室は1階にあるからだ。
「どうした? 園子も体調悪いのか?」
「いえ、その……あっ、本当に右手怪我したんですね」
園子が俺の右手を見て、我が事の様に痛々しそうな表情を浮かべた。
そうやって心配してくれるのは嬉しいけど、気になる事が1つある。
「ん、俺の右手の事、誰から聞いた?」
「綾瀬さんがさっき私の教室に来て、教えてくれたんです」
「綾瀬が?」
わざわざ、授業終わりに園子の教室まで行って俺の事を教えたって? 次にまた家庭科室に移動しなきゃいけなくて、更に着替える時間まで必要だってのに?
「綾瀬さん、早く着替えなきゃ行けないからって、そのまま更衣室に走って行ったんです」
「時間ねぇの分かってて、何でまたそんな事……」
「私も気になったんですけど、綾瀬さん、凄く心配した顔で自分は次の授業の用意しなきゃだから、代わりに見に行って様子教えて欲しいって言われて……」
そう言って、少しだけ考える素振りを見せた後、園子が恐る恐る言った。
「あの……最近の綾瀬さん、少し様子おかしく無いですか?」
それはまんま、俺の中で生まれては消え、消えては生まれてを繰り返した疑念だった。
俺が覚えていた違和感を、俺以外の人間も持っていた。それが分かっただけで、独りよがりな考えでは無かったと分かり、少しだけ安堵する。
だが、仮初の安堵に浸っているワケには当然行かない。
俺だけがおかしいと思ってたのでは無いなら、きっと間違いなく、今の綾瀬の行動は変なのだから。
「それは、俺も思ってた」
下手に言葉を脚色する事もなく、俺は園子の言葉を肯定する。
「やっぱり、そうですよね!」
俺と同じ様に我が意を得たり、という顔になった園子が、食い気味に前のめりの体制になって俺に詰め寄った。
左右の手を胸の前で握りしめて、ここしばらくの愚痴をこぼす様な勢いで、言葉を続ける。
「こういう時、まず初めに誰よりも貴方の具合を見に行くのが、今までの綾瀬さんだと思います。なのに、私に伝えるだけで自分は行かないって……絶対変だと思うんです」
「えっと……最初に綾瀬が来るかどうかは分からないけど、着替えと移動教室があるのに園子へ最優先に伝えるってのは変だと思うよ」
「それもそうですけど、やっぱり綾瀬さんが私を先に向かわせるというのが、変です」
「そこは譲らないんだ……」
ヤケにそこにこだわる園子だが、実のところ俺も、最初に様子を見に来るなら悠か綾瀬だと思っていた。その内悠は俺に保健室へ行く様伝えた……つまり、既に容態をある程度分かってる状態なので、見に来るなら綾瀬の方が早いと思ってたんだ。
ちょっと前までの簡単な会話もままならない関係だったら、そんな事は思いもしなかったが、最近はまた以前の様に会話が出来る様になってたから、そう思ってしまった。
だがしかし、今回の事の様に細かいところで違和感を覚える事は何度かあっても、やはり最終的には、ある考えに行き着いてしまう。
「でも綾瀬さん、全くと言っていいくらい普段はいつも通りですよね……。昨日だって、私や縁さん達と自然に会話してたから、ハッキリとおかしいって言えないんです」
どうやら、ここについてもまた、園子は同じ事を考えていたみたいだ。
その通り。綾瀬は何度も言うが、普段は全く変わらない、俺達がよく知る河本綾瀬そのものだ。今回の件だって言ってしまえば感情論から来る違和感でしか無い。
10分しか無い休憩時間の間に着替えと移動教室が待ってるが、仲の良い共通の友人に俺の事を教えたいと思ったから、伝えるだけ伝えた。そう考える事も出来るし、何ならその方が客観的に見れば特に違和感もなく当たり前の範疇に映る。
だから、『最近のお前少し変だぞ』なんて言えない。
言うだけの論理的な根拠が無いのだ。
この前のお昼と同じ。『自然な流れ』の範疇に、あくまでも綾瀬は留まっている。俺や園子の違和感こそが『不自然』で『少しおかしい』のだから。
だから、やはり、結局。
こうして俺と園子の間では『絶対におかしい』と思う綾瀬の行動についても、
「……取り敢えず、園子は教室に戻ろう? 俺も先生に調理実習出来ない事伝えなきゃだし」
「っ、はい……そうですよね。お大事にしてください」
「あぁ、ありがとう。園子も普通にこの後授業あるのに、わざわざ来てくれて嬉しかったよ」
“自然な流れ”に則って、それぞれが本来この後やるべき事に、行動を移すしか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一度でも疑念から確信に変わってしまった違和感は、どのまでも俺の意識を苛んでいく。
俺が手を負傷してから、部活動の時間で綾瀬は俺の手首を心配しての提案で『常に力仕事にならない事だけを行う』様に言った。
その提案に反対する人は当然居らず、その結果、メンバーの中で身体能力が高めの綾瀬は常に外で植え替えの作業を行い、俺は部室内の掃除や、部屋で育ててる植物の水やりなど、簡単な作業のみを行う様になった。
“俺が隠れて変な事をしない様に”と綾瀬は、渚を常に側に置かせて、日によって園子や咲夜を3人目のメンバーとして班分けさせた。
たまには綾瀬も部室内のメンバーになれば良い、という園子の提案には、『ずっと部屋にいるのは退屈しちゃうから』と笑顔で断った。
お昼の食事。園子が来るまでは3人で会話を弾ませるが、園子が来たら綾瀬は園子から話す様に会話を促して、自分は聞きに徹する様になった。
今まで園子を仲間外れにしてきた分、たくさん園子の話を聞きたいから、綾瀬はそう言った。その言葉に偽りの色は感じられず、本心から友人を想っての言葉だと思えた。
最近は、話の途中で先生に呼ばれて席を外す事や、クラスの女友達と食事をする事が増えて、俺と悠と園子の組み合わせで食事を進める事もある。
部活終わりに、また一緒に帰ろうと声をかけた。
綾瀬は少し困った顔をしながら、『また渚ちゃんに邪魔者扱いされるのは困る』と言った。
前みたいに、自分が間に立って渚のブレーキ役になるからと言ったら、『あなたを凄く大事に想ってる妹にそんな危険物扱いみたいな事、言ったらダメよ』と嗜められた。
“また今度、もう少し渚の機嫌が良い日に誘って? ”俺の額に指をつんと押し付けて、柔らかい笑みでそう言った彼女に、返す言葉を持たなかった。
綾瀬と一緒にいる時間を作るのに躍起になり過ぎて、確かに俺はその気が無くとも、渚を障害の様に扱う言葉遣いをしていた事は、事実だったからだ。反省して、その日は渚の好きな料理をひたすら振る舞った。
綾瀬の言葉は、行動は、どれもこれも、どうしたって自然で、当たり前の行動しか無かった。
「──ねぇ、お兄ちゃん」
渚の好物を披露した翌日、お返しにと渚は俺の好物をたくさん作った。
そんな豪勢な夕飯の並んだ食卓を2人で囲む中、渚がポツリと言った。
「何か、悩んでるでしょ」
「うん」
隠す今は無い。
隠す術も無い。
俺は素直に、そして即決で渚に言った。
「……やっぱり。何かもう、お兄ちゃんが困ってたり悩んでる時だけはすぐに分かる様になっちゃったかも」
咲夜と査問委員会の件で精神が限界寸前まで疲弊していた時、俺の異変を察知して助けてくれたのが、渚だった。
であれば、俺の様子がおかしい事くらい、気付くのはなんて事ないのだろう。
「何について悩んでるか、当てても良い?」
「いや、言うよ。綾瀬の事だ」
渚に、綾瀬との事について相談を持ちかける。
前世の記憶を思い出した直後なら、この時点で死が確定するレベルの愚行だった。
しかし、それはあくまでも『ヤンデレCDの野々原渚』しか知らない時の話である。
俺との兄妹喧嘩や、園芸部員として綾瀬や園子達と表面上以上の付き合いをせざる得ない環境の中で、病んだ俺を助ける位まで成長した今の渚が相手なら、まだ大丈夫だと思える。
「ふーん、やっぱりあの女の事で悩んでたんだ」
だ、大丈夫……だよな? 大丈夫なはずだ。
「何で綾瀬さんの事で悩んでたの? 最近、お兄ちゃんと綾瀬さん前みたいによく話す様に見えたけど」
渚が声の調子を普段通りに戻して(しかし若干の圧は残ってるが)話す言葉が、まさに俺の悩みそのものだった。
渚の言う通り、俺が感情論的に抱く違和感は、第三者からすれば全く気づかない物ばかり。
「それが、本当にその通りなら良かったんだけど、違うんだ」
「違う? 何が違うの? 本当は私の見ないところで喧嘩してたり?」
「そう言うのじゃないけど、なんて言うかこう、避けられてるんだ、明らかに」
「避けられてる? どういう事?」
俺の言葉に、いまいち要領を得ないと言った方を浮かべる渚に、俺は先程並び立てた違和感の事例を、大まかに伝えた。
それを渚は静かに聞いてたが、全部聞き終わった後に出た言葉は、アッサリとしたモノだった。
「うん、それがなんでお兄ちゃんを避けてる扱いになるの?」
「……そういう感想になるか」
「うん。聞いた話だけだと、綾瀬さん、比較的真っ当な事しか言って無いし、お兄ちゃんがネガティブに捉え過ぎとしか思えないかな」
やっぱり、そうなるのか。
やはり俺が抱いてた違和感は、単なる気のせいでしか無いのかもしれない。そう思い始めたところに、『だけど』と渚は言葉を続けた。
「綾瀬さんが、お兄ちゃんと柏木さんをヤケに一緒に居させようとしてる雰囲気はあると思う。それがどんな意図なのかは分からないし、それこそ私の気のせいかもしれないけど」
「それは、俺も少し思ってた。最近は特に、俺と園子に他1人って時間が増えてるから。今日のお昼も、綾瀬がいきなり参加出来ないってお昼に抜けてさ」
「ふーん? お兄ちゃん、最近はまた綾瀬さんとご飯食べてたんだ? 知らなかったなぁ私。そこに園子さんも居たのに、園芸部の部員の私は居ないんだ」
「こ、高等部と中等部で少し距離あったから、悪いと思って誘わなかったんだ。それこそ、綾瀬が渚や咲夜を呼ぶ事を提案してたくらいでさ」
相談に乗ってもらってる筈が、機雷を交わし続ける操舵手な様な気分になって来た。ワンクッション挟まないと出来ない会話が多すぎる!
「──そこで綾瀬さんが提案したの?」
幸いにも──幸いでは無いが、渚の関心はまた話の本質に向き直った。
「うん、やっぱり変だと思う。あの人、私に保健室でキツい事言われてから色々変わったんじゃないかな」
「──うん、キッカケは間違いなくそこだと思う」
渚の口からハッキリと保健室での事を言及されると、キュッと胸が苦しい気持ちになる。
あの時、査問委員会相手に何も出来なかった無力感を、俺は払拭させようとしたが、渚はそれを武器に綾瀬の心にトドメを刺した。
俺のためには何も出来ない、ただの幼なじみは、分を弁えろ。言葉は違うが渚の伝えたい事はそうだ。
あの時の渚の言葉が無ければ、今こうして悩む事も無かったに違いない。言うなれば、元凶とも言える。
そんな仄暗い気持ちが顔にも出てしまってたのか、渚は俺をマジマジと見つめてから、ハッキリと言った。
「私は、間違った事は言ってないし、綾瀬さんもそう思ったから、何も言い返せなかったんだよ、お兄ちゃん」
「──だろうな。その通りだ。けど、今の綾瀬は」
「ねえお兄ちゃん」
俺の言葉を遮って、渚は橋を食卓の箸置きに乗せてから、こんな事を聞いて来た。
「どうして、この前柏木さんと出かける事を私には事前に教えたのに、綾瀬さんには言わなかったの?」
今までの会話の流れとは、あまりにも時系列と脈絡が繋がらない発言。
しかし、それに対して何故か俺は、とっさにちゃんとした答えを用意する事が出来なかった。いや、ちゃんと答えになる言葉を考えようとしても、通信制限がかかったスマートフォンの様に、思考が遅々として進まず、何も思いつかない。
まるで、渚の言葉一つでスイッチが入った様に思考回路にデバフが掛かったみたいだ。
そんな俺に、渚は更に畳み掛ける。
「もしかして、後ろめたさがあったのかな」
「何で綾瀬さんにはあったの?」
「私には無かったのは、何で?」
今までに無かった形で詰問する渚に、俺は呻き声の様な返答を小さく返す位しか出来なかった。
前世でヤンデレCDを聴いた時に『ちゃんと言い返せよ』と思った場面が幾つかある。『返事しないからかえって怒らせてるじゃねえか』と。
しかし、今こうして渚の前に居ると、よく分かった。食卓越しにいる渚の発した言葉に、脳が答えを用意出来ないのだ。
答えないのでは無く、答えられない。
ただし、今回はCDの様に恐怖が原因では無く、俺自身、自分の心が分からないからだ。
確かに、渚の疑問はもっともだ。俺が綾瀬に言おうとしなかったのは、自然とそう決めたからだが、じゃあその理由は何だと掘り返そうとすると途端に、思考が固まってしまう。
「──ごめん、何故か、答えが思い浮かばない」
結果、こんな間抜けな答えを返すしか出来なかった。
それでも、渚は俺が返事をしただけで満足だったのか、コクンと頷くと、
「じゃあ、別の質問をするね? お兄ちゃんはどうして、今の綾瀬との距離感が嫌なの? 外から見たら、今も2人は充分仲が良い友人にしか見えない。特に、異性としてはね? それでもお兄ちゃんの中に違和感や不満が出てくるのは、どうして?」
「──分からない」
これもまた、同じ様に答えが出てこない……いや、答えの方から逃げていってるような、そんな感覚がある。
「……そっか。分かった、意地悪な質問ばかりしてごめんね?」
俺の情けない答えに何度か頷いて、ようやく渚は普段通りの笑顔を見せながら、そう言った。
「お兄ちゃんがあの日、ちゃんと私に正直に言ってくれた事は嬉しかったよ」
「……うん」
「ご飯、冷めちゃったね? 温め直す?」
「あぁ、いや、このままで良いよ。すぐ食べた終わるから」
そう言って、急いで残ったご飯を食べて、食器を空にした。
そのまま、シンクの前に2人並んで洗い物をする。
食器を割らない様にちゃんと目と頭と手は動かしていたが、その傍らでは、渚に言われた言葉がどこまでもどこまでも、それこそこの後ベッドに横になって眠る時まで、延々と頭の中にあった。
──それゆえに、
「綾瀬との関係が壊れる事はしたくないんだ……本当に、大事にしてるんだね、お兄ちゃんは
──渚の本質を突いた呟きは幸か不幸か、縁の耳には届かなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時は進み、翌日の放課後。
綾瀬は一足先に部室に到着していた。
「さて、と……今日はどんな班割りで行こうかな」
陽気に、綾瀬を知る誰もが思い浮かべる様な声のトーンで、綾瀬は言葉を発する。まるで、いつ誰が来てもすぐに、みんなの知る綾瀬を見せられる様に。
「昨日は縁と園子と咲夜だっから……うーん、流石にそろそろ縁を部屋に缶詰めさせるのも変だし……なら私が交代すれば良いか。最近ずっと力仕事で疲れたものね。うん」
誰もいない部屋で、自分自身に言い聞かせる。
「あの2人はここしばらくずっと内勤担当だったから、ここで2人揃って植え替えに回してもおかしくないわよね。うん、全然普通。当たり前──本当、何もおかしくない」
無意識に、笑顔は段々と真顔になっていくが、綾瀬はそれに気づかない。
「本当、あの2人、一緒に居て何もおかしくないなぁ。全然違和感無いし、自然と会話して、笑い合って、楽しそうにしてる……ははっ」
枯れた枝が折れる時の様な乾き切った笑い声が、静かに部室の中に鳴り響く。
「本当──ホントに、何やってるんだろ、私」
誰もいない空間で、誰にも聞かせてはいけない独白をする綾瀬。
だが、これは間違いなく不幸とジャンル分け出来てしまうが、生憎、
「そんなのアタシが聞きたい位よ」
その独白を聞いてる人間がいた。
「っ!?」
急いで声のした方、部室の入り口を振り返ると、そこには呆れ切った顔をする金髪の少女──綾小路咲夜が居た。
「あ、綾小路さん? 来てたんだ」
「そりゃ来るわよ、部員なんだから」
そう淡白に返して、スタスタと部屋の中に入る。
先程の独白をどこまで聞かれてしまったのか、綾瀬は猛烈に鳴る心臓の鼓動に吐き気すら催し始めるが、それをグッと堪える。
こちらから何も言わなければ良い。さっさと、話を別の話題に移そう。
「今日から、縁にもまた力仕事任せようと思うんだけど──」
「ねぇ」
会話の流れを完全に断ち切って、咲夜は真っ正面から綾瀬に向かって言った。
「アンタ、いつまでその馬鹿みたいな事続けるつもりなの? いい加減にして」
「ぇ、え? 何のことかな、私別に何も──」
落ち着け。動揺するな。
そう必死に自分に言い聞かせる綾瀬を、金と権力と権謀術数をよく知る咲夜は更に追い詰める。
「最近はもう露骨過ぎてウンザリしてるのよ、何で柏木園子とアイツをくっ付かせようとしてるわけ? アンタ、縁が好きじゃなかったの?」
「──っ、なに、言ってるのよ」
平然を装うなんて事、綾瀬には不可能になっていた。
しかも、自分の恋愛感情を、よりにもよって1番精神の幼いはずの咲夜に見透かされるとは。もはや何を言っても誤魔化しが効く状態では無い。
──しかし、ここで一周回って思考が冷静さを取り戻す。
誤魔化しが効かないなら、逆に本当の事を伝えて、咲夜もこちら側に引き込めば良いだけ。
「あのね、2人は隠してるけど、付き合ってるの」
「はぁ? 縁と柏木園子がって事?」
「だから、私がさり気なく学園でも一緒の時間が増える様に、色々気を回してるって事。分かってくれた?」
これで取り敢えず納得はしてくれるはず。この後更にどうするかは、咲夜の出方次第。
そう考えていた綾瀬だが、それはあまりにも咲夜を知らな過ぎる人間の発想であると、直後に思い知る事となる。
「だから、何よ」
「……は?」
「2人が付き合ってるから何よ、どうしてアンタが2人を立てようするわけ? 馬鹿じゃ無いの?」
「えっと、ごめん。馬鹿はあなたの方じゃないかな……話、聞いてた?」
「聞いてるわよ、だから言ってるの。だって」
その後に咲夜が言った言葉で、完全に綾瀬の思考は破壊される。
「アタシが同じ立場なら、絶対にアイツは渡さない。自分の物にするわ。自分の物を横取りなんて、許せるはずないじゃ無い」
わけがわからない。
いや、分かる。
分かってはいけない、の間違いだ。
「……そんな事、出来るわけない」
「何でよ」
「だって、私には……私は、縁に何も──っ!!」
綾瀬が言葉を言い切ろうとする直前、部室の扉が開く音がした。
綾瀬は勢い強く、咲夜はゆったりと、扉の先を見る。
そこには──、
「……綾瀬?」
感情を剥き出したした自分を見て、目を大きく開かせる縁。
そしてその隣には、寄り添う様に立つ園子の姿があった。
「──はぁ、空気最悪。綾瀬アンタどうにかしなさいよ」
「っ!!!」
その言葉が、最後のダメ押しになったのか。
縁と園子を見て、唇を噛み締め、綾瀬は反対側の出入り口から部室を出て行った。
いつも、感想やお気に入り登録ありがとうございます。
気がつけばお気に入りが3000件超えて、驚きました。
あと最近ウマ娘にハマりました。最推しはダスカです。あとナイスネイチャ
トウカイテイオーが二次創作ではまさかのヤンデレ筆頭になるから、分からない物ですね。
このペースで更新を続けて行けたら、3章は6月中に終われそうです。引き続き頑張ります。
よければ感想お待ちしてます。ではでは