【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩少佐
「さて──縁?」
「昨日のことについて」
『しっかり説明してくれる(の)よね?』
3年前の9月30日に戻った翌日。
つまり10月1日。
俺は登校して教室に着いてから早々に、親愛なる2人に教室の隅まで追い詰められていた。
理由はもちろん、俺が前日の午後4時過ぎ……つまり俺がこの時代に飛んだ直後にやらかした行為に他ならない。つまりその……抱きしめたり気障な事言ったりだな。
もちろん俺なりに理由はあるとは言え……あるとは言えだ。高校2年生よりもっと多感で思春期最高潮な感じの2人相手にそれをするのは、大いなる過ちだったと認めざるを得ない。
金曜日なので朝から浮足立ってるクラスメイト達が、野次馬感覚で俺たちを見てる。
俺と悠はこの当時、教室で派手なプロレスをして先生にこってり叱られた事があるので、また何かやらかすんじゃないかと期待してる奴もいるんだろうが、今回はただ俺がなじられるばかりだぞ。
もっとも、2人ともみんなが見てる前で暴力的な行為はしないはずだから、うまく言葉を尽くせば誤魔化せる──、
「縁、君の言い訳次第では僕は殴る事も辞さない」
駄目だコイツ、3年分物事の判断が幼い。
え、高2と中2ってこんなに判断力が違うものだっけ? そりゃ俺も本来はこの頃だいぶガキンチョで、小学生と変わらない精神年齢だったかもしれないけどさ、悠もそうなの? お前綾小路家の人間じゃん?
金持ちのご令息がそんな直接的な思考で良いと思って──あぁそうだ、コイツあの咲夜の従兄だったわ。
「……実は似た者同士だったかぁ」
「似た者同士?」
「あー、何でもない」
恐らく、この先何度も咲夜と会ってあの我が儘な姿を見ていくうちに、悠の性格はマイルドな方向へ矯正されたんだろう。
そういや、この頃は悠が転校したばっかの年だし、なんか頻繁にヤンチャしたっけなぁ。
懐かしいなあ、『今の時代の話』なんだけど。
「まず先に言うが悠、暴力は良くない。話し合おう。特に最近の俺はその手の痛い想いをかなりしてきて、だいぶ参ってるんだ」
「……そんな事ここ最近の君にあったっけ?」
「一昨日のクラス別のドッジボールで顔面に当たった事?」
そんな事あったっけ俺。
いや、あった気がする。確か俺が最後の1人になってピンチだったけど、顔面セーフのルールでボール確保してから、外野と協力して逆転したんだっけ。
あの時はヒーロー扱いされたっけなぁ。懐かしいな、『一昨日の話』なんだけど。
「そう、それ。実は言わなかったけどあの後首を痛めてる事に気づいてね。お陰で夜もぐっすり眠れなくって」
「それ本当? 昨日は貴方、全然そんな素振りじゃなかったのに」
「強がりだよ強がり。しかも昨日なんて眠気も凄くってさぁ、放課後まで我慢してたけど、つい中庭で悠と合流するの待つ間に寝ちゃって……」
「……じゃあ昨日君が変だったのは」
「眠気と寝ぼけから来る奇行だったと思ってほしい。正直すまなかった」
両手を合わせて謝る。話の9割は嘘っぱちだが、謝意は本物だ。
とは言っても、だいぶ無理がある言説だけど、この頃の2人には何とか通用したみたいだ。
みるみるうちに、剣幕が薄らいでいくのが分かる。
「……まぁ、そういう事なら」
「ちょっと納得できない所もあるけど、そういう事にしてあげる」
「んー! ありがとう2人とも! 優しくて大好きだ!」
『そういう所(だ)よ!』
息の合った突っ込みを披露してくれる2人。
3年前の2人といえど、未来の2人と変わらない──いやむしろ、幼さを残してる分未来よりノリが良い姿を目の当たりにできて、またまた嬉しくなっちゃうな。
「あははは、悪い悪い、今のはわざと」
「知ってるよ、でも悪乗りはこれっきりで最後にしなよ?」
「うん、分かってる。……あーでも、朝からホント楽しいなぁ」
ほんのちょっとまで灰色だった日々が、急に多彩になったみたいだ。
こんなに柔らかくて、暖かくて、優しい気持ちになるんだったら──、
「もう、今死んじゃっても良いなぁ」
「──え?」
「……ん、あ、えぇっと」
衝動的に出た言葉だった。
なんというか、心の底から今一瞬、そう思った。
2人とも、俺が満面の笑みで不穏な事を言い出すものだから、少し顔がこわばってしまう。
「死んじゃっても良いくらい……面白かったってだけだよ! そんなマジに受け取るなって、もう!」
「んー……本当? 貴方昨日からやっぱりなんか変よ?」
「そんな事ないって。いや少しはテンション変かもだけど、気圧のせいさ気圧の!」
「何か怖い夢とか見てない? 嫌な事があったら、ちゃんと言わなきゃだめよ?」
「……大丈夫だって、本当に」
悪夢より怖い現実を見たし、それはもう無くなったから。
「あぁそれよりほら! もうすぐHR始まるよ、準備しよう」
そう言って教室の時計を指さすと、タイミングを合わせたかのようにHR開始5分前の予鈴が鳴った。
こうなっては追及もしようがない。綾瀬は渋々と言った様子だが納得して自分のクラスに戻っていった。
残るは同じクラス……というか隣の席の悠だが。
「…………」
「悠? そんなじっと見たって俺は照れもしないぞ?」
急に静かになって、じ~~っと俺を見るばかりだった。
コイツは俺の周りの中でもいちばん、ずば抜けて察しが良い奴だからな。3年後でも俺の中に頸城縁の人格が混ざってるのに、何となく気づきそうだったし。
とは言え、とは言えだ、俺が未来から意識だけ戻ってきた状態だ。なんて発想が出てくるワケも無い。その辺は安心だ。
……それにしたって、さっきのは軽い失言だったなぁ。
“死んでもいい”なんて言葉、この頃の俺は言わないしな。2人が違和感を抱くのも無理はないって言うか、当たり前だ。
それでも、気が付いたらそう口から出てきたワケで。……今後もこの手のぽろっと出る言葉には注意しないとな。
前世の記憶を思い出した当時に似た、独特の緊張感を感じつつ、俺は3年ぶりの中学ライフに身を投じるのだった。
タイムスリップした場合、知識で無双できるのか問題。
俺の中の結論。
そうでも無い。
厳密に言えば、教科による。
例えば国語とかは、正直高校とやってる事はあんま変わらないって言うか、古典が無い分だいぶ楽だ。
でも、教科書の内容なんてあんま覚えてないから『この時のこいつは何を想ったか』なんて問いで先生から指名されても、ちょっと考えたりする。
数学は高校数学の地盤が中学数学なワケだし、出来ないわけが無いんだが、所々でこの当時の単元でしかやらない考え方や解き方があるので、そこで躓く。
理科や社会も似たようなもの。とにかくどれについても共通して言えるのが、分かる部分もあんまりやりすぎると、急に頭良くなったみたいになるから危ないという事。
それと、分からなかったり答え思いつくのに若干時間かかった所あるのが地味に恥ずかしかったりもする。
ここ、中高一貫とは言えちゃんと試験はあって、俺それを受かったハズなのに……。
まぁ、学力については夢見に監禁されてた数週間のうちに、尊厳や血液と共に落ちていたと思う事にしよう。
問題は、授業中でもお昼の時間帯でも、とにかく悠が隙あらば俺を怪しげに見てる事があった、という1点に尽きる。
朝の一瞬の発言がそんなに引っ掛かるものか? というくらい、もう露骨にコイツ俺に何か変化が起きたと思ってる。ヤバい。
高校生の悠ならアレで流してくれたりするのに、何で中学生ってだけで──、
あ、いや、待て。中学生?
それって、つまり……。
納得する。あぁなんだそう言う事か。
それならそれで、ちょっと対策も見えてきた。
精神のリストカットみたいな事をしなくちゃだが、下手に怪しまれる時間が増える余暇マシだ。
俺はさっそく、この天才的ひらめきのもと思いついたプランを、放課後に実行しようと考えた。
「ぅあー、やっと休みが来るー」
昨日とは違い、今日は悠と綾瀬の3人で下校。
明日は土曜なので、まっすぐ家に帰るのではなく途中の駄菓子屋(3年後の時点で閉店した)に寄る。
その途中、俺は早速行動に移した。
「ところで、2人とも。聞きたい事があるんだが」
「なに?」
「……」
素直に反応する綾瀬(可愛い)と、無言ながらも首を傾げて反応する悠(女子ウケしそうな仕草)。
そんな両者の反応を見てから、俺は出来るだけドヤ顔ってのを意識しつつ、言い放った。
「昨日からの俺……どうだった?」
「……へ?」
「どう、とは?」
へんてこな質問に困惑する2人。
良いぞ、その反応が欲しかった!
「なんていうか、こう……普段よりミステリアスって言うか、雰囲気違ってカッコいい~みたいな所感じなかった?」
「……え、もしかしてそれ」
「昨日から、君の様子がおかしかったのって」
「あーそうそう!? やっぱり不思議なオーラ醸し出せてた俺? イメチェン出来てるっぽいかな!?」
『……はぁ』
1人はしゃぎながら言う俺と、呆れてため息をこぼしたり、首を振る2人。
そう──まさにこの感じ! これが欲しかったんだよ俺は! 俺だけが盛り上がって、他2人が冷めた目で見てくる状況をな!
今、2人には俺がへんてこな発想で奇行をしてた痛々しい奴に見えているだろう。
そう、つまり俺が演じているのは──厨2病!
中学生男子の多くが発症する、薬の無い病。あり得ない想像や妄想を現実に起こりえると思い違ったり、カッコいいの意味を履き違えた愚かな行動に自ら手を染める、黒歴史生産シーズン!
本来、自分の首を絞める恥ずかしい言動ではあるが、俺の変化を全て厨2病のせいにしてしまおうという発想に至れたのは流石俺。伊達にヤンデレの地雷から逃げてきただけはある。
そして、この思惑は見事に功を奏したのだと、2人の──特に悠の反応から分かる。
「縁、友人としてこれは敢えて言わせてもらうけど……だいぶ! 痛々しいよ!」
「なん──だと……?」
「アタシも同じ意見。なんか普段より少し大人だなって思ったけど……今すぐにやめるべきね」
「……そんな」
あからさまにショックを受けたふりをする。
内心は某少年漫画の主役よろしく『計画通り』と邪悪な笑みを浮かべているのだが。
「はぁ……僕の考えすぎだったか」
そうポツリとつぶやく悠の言葉を俺は聞き逃さない。
やっぱりな。悠もこの頃はお年頃、俺に厨2病的理由で人格に変化が起きてるのではないかと、少し疑っていたようだ。
例えば、第二の人格が目覚めたとか、前世の記憶を思い出したとか、未来からタイムリープしたとか。その手のこっ恥ずかしい想像だ。
まぁ、その内2つが正解なんだけどな! 本当にどうなってんだ俺の人生、フィクションじみた出来事は1つだけでお腹いっぱいだよ。
「お前らがそういうなら、ちょっと気をつけるわ……」
あくまでもショックを受けた体裁で、俺は肩を落としつつ言って、この問題に決着をつけた。
多少の恥ずかしさは残るものの、今後起こりうる面倒な展開を回避出来たと思えばまあ、安いもんだ。
「ねえ縁、明日は空いてる?」
引き続き駄菓子屋に向かう途中、綾瀬がそんな事を聞いてきた。
「ん、どうして?」
この手の質問にはすぐ答えるより、理由を先に聞きたくなる。
尋ねると綾瀬は『えっと……』とやや口ごもりつつ、カバンから2枚の細長い紙、チケットを取り出した。
「今日、クラスの子から押し付けられちゃって……何かデートの約束してたっぽいけど、予定合わなくなったからあげるって」
見ると、駅前のビルでやってるスイパラのチケットだ。
土日限定で学生がただで楽しめるもの、らしい。
「ア、アタシもたまたま休みだし、やる事無かったから……他に行く人も居ないから、あなたが暇してるならどうかなーって……」
あぁ……なるほど。
こんな事、俺の記憶にあったっけ、いや多分ないな。
でも、似たような誘いは今まで何度も綾瀬からあったのは、思い出した。
当時は普通に誘ってるだけって認識だったけど、今の俺なら分かる。普通にこれデートのお誘いじゃん。
全然意識して無かったな……日によっては男友達と遊ぶから無理って断る事も多かった気するし。
「え、えっと……どう、かな?」
顔が赤いのは夕焼けのせいだけじゃない。
照れ隠しなのか、頬を人差し指で軽く掻きながらこちらを見る綾瀬は、とてもいじらしい。
ん〜〜〜〜可愛い。滅茶苦茶可愛い、3年前の俺の彼女本当に可愛い。
もう本当、ヤンデレ属性あるの分かってても本当たまんない。好き。
そもそもヤンデレって病まなきゃ凄く可愛いし、何なら病んでも可愛らしい所があるんだって事、今の綾瀬を見て思い出したかもしれない。
夢見という怪物と一緒にいる事が多過ぎたせいで、感覚が世間ズレした事を認める他ないな。
とは言っても、抱きしめて愛を囁くような馬鹿な真似はしない……そんな事3年後の綾瀬にだってしないけど。
この綾瀬はまだ幼馴染であって彼女では無い上に、3年前の姿だから、今俺の心に吹き荒れてる気持ちはなんかこう……姪っ子とか後輩を愛でるような気持ちに近い。
この頃からしっかり『野々原縁』に好意を示してくれてたんだな……そりゃこんな健気なのに、全く振り向かないどころか他の女のために頑張ってたりしたら、ヤンデレになるのも仕方ない気がする。
結局、ヤンデレがヤンデレになるのは男側のせいって事になるのか。
いや待て、それで言ったらやっぱり夢見って異常過ぎねえか? 本当なんなんだアイツ。恐いよマジで。
──っとと、いけないいけない。久しぶりに長々と余計な事を考えてしまった。綾瀬も返事を待ってるし、早く答えないと。
という所で、問題となるのが、俺明日予定入れてるんだよね。
さっそく夢見が住んでる場所に行って、迷わないように現地調査をしようと思っていた。そのために渚からの遊びの誘いも断って、昨日は涙目の渚を慰める(病ませない)ために一緒のベッドで寝たんだから。可愛かったなあ。
という事で、渚を振ったのに綾瀬といるわけにもいかない。
ハッキリ言って物凄く口惜しいし、何なら偵察は明後日にズラそうかと思った位だけど、心を鬼にしよう。
「ごめん綾瀬、実は明日──」
──いや待て!?
瞬間、頭の中で警告が鳴り響く。
渚を病ませないために、俺は昨日一緒に寝た。それで最低限のケアはした。だからってわけじゃないが、渚についてはまだ心配は無い。
だが、綾瀬の誘いを断ったら、綾瀬の中に蓄積されるだろう病みゲージの処置はどうすればいい?
ここで綾瀬の誘いを断るのは簡単では無いが不可能でもない、だけどアフターフォローになる行動は無いって言うなら、それは綾瀬のヤンデレ化を闇雲に促進させるだけじゃないか?
父さんが以前、こんな事を話した事がある。
『いいか縁。クレジットカードやPayPayは便利だし、支払いはその場その場では些細な物に感じるだろう。でもそうやって“些細な額”が積み重なって、最後には馬鹿にならない結果をもたらす。俺はそうやってウン百万も借金をする奴を、若い頃たくさん見てきた』
俺が今やろうとしてるのも、その“些細な支払い”では無いのか?
何か理由が必要だ、俺が今この場で綾瀬を完全に納得させるだけの、完璧な理由が……だけどもう俺は口を開いてしまった、言葉を発してしまった、もうこのまま話を続ける他ない!
というか何だか懐かしいなこの葛藤! もう2度と味わいたくなかったよ!
「……ダメなの? もしかして、他に誰かと行く予定でもあるの……?」
ああほらやっぱり、そういう方向に考えが向き始めてるよ綾瀬!
駄目だ、最悪の場合このまま断っても『じゃあ何処に行くの』『何のために行くの』『誰と会いに行くの』と根掘り葉掘り聞かれる事になる可能性が高い!
そうなったら夢見の所に行くなんて言えないし、でも言わなきゃ絶対嘘だとバレるし、かと言って言えば綾瀬が一気にヤンデレ化して何し出すか分からない……。
「えっと……」
「答えて。ダメなの? どうなの?」
ヤバい、完全にやらかした。地雷思い切り踏んじゃった。
もうこうなったら、一か八か明日の予定を素直に話すしかない、そう覚悟を決めた直後。
「──ごめん、河本さん。僕と先約があるんだ」
救いの手は、隣の親友から差し伸べられた。
「え、そうだったの?」
綾瀬も直前までの剣幕が嘘のように雲散霧消し、驚きつつ悠に尋ねる。
「実は、母さんに贈り物をしたくてね。最近は仕事で海外に出てることも多くて、久々に帰国するから。……それで、縁に一緒に選んで貰おうってお願いしてたんだ」
「そっか……それなら仕方ないか。でも縁、それならそうとハッキリ言ってよ、口ごもる様な事でもないでしょう?」
「そ、そうだな、スマン……」
「お母さんに贈り物なんて、今どき恥ずかしいから、気を遣って隠そうとしてくれたんだよね。ありがとう縁」
「いや、礼はいいよ……ハハ」
こ、こいつ……純度100%の嘘をここまでスラスラ言えちゃって……!
助けられた立場でこんな事思うのは失礼だと百も承知の上で、あえて言わせてくれ、恐い。
っと、いけねえ。俺からもアクションかけないと。
「そゆことで、本当にごめん! 日曜なら空いてるから、それでダメか?」
「日曜は家族と出かける予定なの……」
「スイパラはそのチケットの店だけじゃ駄目かい? もし良かったら銀座に来週、父さんの会社の系列で新しく開く店が同じような催しをするから、僕の方で席を用意しておくけど?」
『え!』
またも予想外な援護射撃に、今度は俺と綾瀬の両方が驚きの声をあげる。
それを見てクスクスと笑いつつ、悠はなんて事もない様に返す。
「せっかく河本さんが勇気振り絞って誘ったのに、僕が彼を奪っちゃったからね。その穴埋めとしては当然さ」
「ゆ、勇気とか別にそういう訳じゃ無いけど……ありがとう」
「悠……お前」
「ふふっ」
微笑みつつ、俺だけに分かるようにウインクする悠。
今ほど悠が味方で良かったと思った事は無い。というか、悠が隣にいる事が久しぶりだから、こいつがこんなに気が利いて機転もいい奴だって忘れてた。頼り甲斐しかねぇよ……。
その後、悠が紹介するお店の凄さに興奮する綾瀬と当日どんなタイムスケジュールにするか決めつつ、俺たちは駄菓子屋で買ったリングドーナツとブタメンを食べて帰ったのだった。
その日の夜。
部屋で渚とゲームしつつお喋りしてたら、母さんが俺宛に電話来てると言ったので、一階のリビングに向かう。
俺にまだスマートフォンが無いから、電話のやり取りは家の固定電話でするしか無い。不便だがどことなく懐かしい気持ちで待機中の受話器を取る。
「はい、縁です」
『こんばんは縁』
電話の先は、本日俺を救ってくれた悠だった。
まあ、電話してくるだろうなと思っていたので、それ自体は驚かない。
電話の目的についても、当然察しついてる。
「今日はありがとう。正直どう言えばいいか困ってたから」
『気にしなくて良いよ、ああでも言わなきゃ河本さん、根に持つだろうと思ったからね』
「ホントすまん……」
綾瀬がヤンデレなのかはともかく、結構重いタイプなのはこの当時から悠も察してたらしい。
ますます、頭が上がらない。
「それで、電話してきたのは理由を聞くためだろ?」
『まあね。今日の狼狽え方はあまり見ない物だったし、何か特別な理由があるなら、また同じ場面になっても僕がフォロー出来るように把握したくてね。……女の子に会う約束だとしても、僕になら話せるだろう?』
「ははは……本当お前凄いな」
完全的中とまではいかずとも、俺がみんなに話しにくい事情を持ってる事までは言い当ててる。
だけど、どう説明したら良いのか問題は悠にも当てはまる。俺が未来から来たって話してすんなり収まるワケが無い。
一度厨二病を装った手前、逆に素直に話すのが難しくなってしまったからだ。
かと言って『夢見の住んでる家が何処にあるか確認しに行く』とだけ話したって、それはそれで悠にとっては違和感しか無い行動。
いっその事、今回も厨二病装って『自分探しの一人旅をしたい』なんて理由にしておこうか? ……案外その方が疑惑持たれずに済みそうだな、よし決定。
「実は……」
『あ、もしかして君の口調が変わったのと何か関係してるのかな』
「っ!?」
俺の言葉に被せて、悠がまた爆弾発言をしてきた。
思わず身体がビクッと動いてしまうが、出来る限り動揺を表に出さない事を意識しつつ、俺は悠の揺さぶりに平然を装い答える。
「口調? そんな変わってないと思うけどな、お前らに散々やめろって言われたし」
確かに未来の俺とこの頃の俺で3年の開きはあるが、その中で口調に露骨な変化が起こるなんて事はそう無いだろう。
悠達に厨二場の演技と誤魔化した部分以外で、何か大きく違和感や差異が見られる点は無いはず。
そう思っていたが──、
『確かに、君自身の口調は普段通りだよ。多少変わった所で、それが何処かなんて言い当てるのは無理だ。でも──僕に関わる変化を、僕自身が見逃すわけが無い』
「ゆ、悠に関わる変化?」
そんなのあったか?
悠の言ってる事が分からずにいると、楽しそうに声を転がしながら悠は答えた。
『そう、それだよ縁。君、昨日中庭で起きてからずーっと、一貫して僕を“悠”と呼んでるだろう?』
「それが何か──あっ!」
そこまでヒントを出されて、ようやく思い出す。
そして、自分が致命的な部分でミスを犯した事に気づいた。
しまった! この頃確か、俺は──、
『君は昨日の放課後まで、僕を“悠”では無く“ユーヤ”と呼ぶ事の方が多かったんだ。僕が別の名前で呼ぶようにお願いしたけど、“ユーヤ”と呼ぶ事にすっかり慣れてた君は、両方で僕の名前を呼んでいた』
そう、その通り。
今だからこそ俺は悠を“悠”としか呼ばないが、俺は中3の春頃までよく2つの呼び方を混ぜて使ってた。すっかり忘れていた……やらかした。
今回ばかりは流石に厨二病で押し切るのも難しいだろう。指摘される前に自分から言えばまだ弁解の余地はあったが、すっかり動揺した今では無理だ。
『……反論の余地はない様だね?』
「やるだけ無駄かも」
『となると、昨日からの変な行動も素かな?』
「それは演技」
『……そっか。まだ言えない事があるんだ』
「君の様な感のいいガキは──」
『好きだろ?』
「正直大好き、でも今は発揮して欲しくなかった」
『あはははは!』
観念する。せざるを得ない。
馬鹿正直に話すのは無理だけど、悠に何もかも隠したままってのは、どうやら無理な様だ。
「……明日、何処に行くのかは話すよ。でも、どうして行くのかは言えない」
『それは……』
「言っても信じて貰えない、とかじゃ無くて。言いたくない」
言ったら、まだ未確定の未来が、俺がこれから何をしたって確定されてしまう様な気がするから。
『……うん、分かった。君が何処に行くか聞けるだけで、良しとするよ。君の変化についてはこれ以上聞かないことにする』
「ありがとうな親友、助かるよ……いつも」
絶妙な距離感を尊重してくれる事に、心からの感謝を述べる。
すると悠は5秒くらい黙ってから、何か納得した様な口調で言った。
『親友、か……君にとっての僕はそうなれてるんだね、良かった』
「何言ってんのさ、今更」
『ふふ、そうだね』
「だろ?」
そう言って、お互いに笑い合ってから、改めて俺は明日の予定について簡潔に話すのだった。
ガタンゴトン、というオノマトペは電車に乗ってる時に使われる物だけど、最近の電車は言うほどガタンもゴトンもしない気がする。
少なくとも、俺が夢見の住む場所に向かう3時間50分弱の間、それらしい大きな揺れは無かった。……その分、途中で眠ってしまい危うく乗り換え駅を過ぎそうになったりしたけど。
「ふぁ〜……やっと着いたか」
変装用のキャップとマスクを付けながら、俺は電車からホームに降りる。その後ろから、トコトコと着いてくるのがもう1人。
「長かったね。わざわざ電車に拘らなくても良かったのに」
俺と同じく、変装用にサングラスと目深のパーカーのフードを被る悠。
普段のカジュアルな格好と違い、どっちかと言えばアウトロー寄りの服装だがよく似合ってる。
「元々、電車で行く予定だったからな……」
悠の姿を見てきゃーきゃー言ってる周りの黄色い声を聞きながら、俺は改めてキャップを深く被り直す。
電話の中で俺が今日、夢見の住む町に行くと白状したら、まあ案の定反対された。
それでも行く必要があるから、と譲らないでいると、折れた代わりに出した条件が、今回の同行である。
「言ったろう? 君は彼女の事を単なる従妹だと思ってる様だけど、本当は危なっかしい所があるんだって」
「知ってるよ、ストーカーしてるし、盗撮もしてるんだろ」
「……それ、どうして知ってるんだい?」
サングラス越しにも、悠の目が驚きでまん丸に開いてるのが分かる。
知らないと思ってて当然だろう。悠は基本的にこの事を、死ぬまで誰にも言わなかったから。……夢見との約束を守って。
「聞いたんだよ、夢見から」
「いつ?」
「……ここに来る前に」
「そうだったんだ……話してたのか、彼女」
察しの良さが空回って、今回は都合のいい様に勘違いしてくれた。
「じゃあ行こう。会うつもりは無いから、さっさと家の場所だけ把握して帰るよ」
「了解、道は分かるの?」
「住所は知ってるから、あとは看板頼り」
「……スマホ、無いんだっけ」
「ないよ」
「……やっぱ僕来て正解じゃないか」
そう言ってポケットから悠が取り出したのは、俺には無い文明の機器。携帯用薄型液晶通信端末……まぁスマートフォンだな。
「地図アプリあるから、住所を入力しなよ。あ、使い方はわかる?」
「分かる分かる、ありがとうな」
そういえば中2で持ってないの俺くらいで、悠は普通に持ってたな。
来てくれたなら最初から頼めば良かった。抜けてるところ多いぞ俺、気をつけろ。
「──よし、これで迷わず行ける」
住所を入力して、駅から目的地周辺までの道行が明確になった。
これで右往左往して時間を浪費する心配も無くなった、いい感じに事が進んでて助かる。
スマートフォンに表示されてる時刻を見ると13:30。
帰りのことを考えると、1時間も居られない。
俺達は足早に駅を出て、夢見の住む家に向かった。
今更なことだが、俺の今回の目的は夢見に会う事では無い。
夢見の住む場所と俺の家まで、移動距離が何時間掛かるのか。
駅から家までの道はどうなってるのか。
家の作りはどうなってて、仮に侵入するなら何処から行けばいいのか。
これらを把握するのが目的だ。
なので、家にたどり着く事それ自体よりも、過程の道のりをしっかり覚える方が大事。
何処の看板がある道を右に曲がるとか、あの屋根の家を左にとか、次ここに来る時はもうスマートフォン無しで行けるように特徴を把握しつつ進んだ。
そのせいで──とは言わないが、地図アプリでは17分で辿り着くところを、大幅に過ぎた31分掛けて、俺達は夢見の家が見える所まで辿り着いた。
「あそこなの?」
悠が曲がり角から顔だけ出して、家を見つつ聞いてくる。
「そうらしい」
俺が答えると、悠はやや腑に落ちない様に言った。
「それにしては、随分と人が暮らしてる家って感じしないね……廃屋って程じゃないけど」
「それは、確かにな……」
俺も曲がり角から顔を出して家を見ると、同じ感想を抱いた。
ボロいとか、安っぽいとかじゃ無い。何となく暗い。よく見ると家の前に花壇とか置かれてるから、無人じゃ無いのは確かだが……生活感が無い。
夢見の話を思い出す限り、確かに華やかな暮らしとは程遠いが、それにしたって──ッ!
「悠、隠れろ」
「え、何──うわっ」
俺は悠を無理やり曲がり角の奥へ、家が物理的に見えない位置まで引っ張った。
「危ないじゃないか、急にどうした……どうしたの?」
文句を言おうとした悠は、言い切る前に俺の様子を見て怪訝な表情になる。
それもそうだろう、だって、
「……っ」
俺は自分でも分かるくらい顔を青くして、体を震わせているのだから。
「……いた、夢見が」
「えっ、ホントかい?」
「あぁ。もう少しで多分家に入ると思う」
俺が曲がり角から家の雰囲気を見て不思議に思ってると、見てる方向の先から、見慣れた姿が視界に映った。
ピンク髪の、スカートを着た3年前の夢見。それが両手に袋を抱えて帰宅しようとしていた。
この時代の夢見は、まだ被害者。それは分かってる。
俺をストーキングしてた事はあったが、それはまだ人が死ぬとかって話では無いレベル。
むしろ、これから彼女は更に酷い目に会うわけで、あくまでも俺を監禁して恋敵全員を殺そうとした、あの狂気に塗れたヤンデレ女とは違う。
だから、姿を見ただけでこんなに身体が強張る必要も無い。
──全部分かってる!
分かった上で、それでも、身体は夢見への恐怖に染まった。ものの数瞬で。
「……無理だ、帰ろう」
家の作りとか、侵入経路とか、もうそんなのは後回しで良い。後日にしよう。
このまま此処に居続けたら、せっかく覚えた経路も全部忘れてしまいそうだ。
「……うん、そうしよう」
何か尋常では無い事が起きてると分かった悠も、深く尋ねる事はせず賛成してくれた。
「ちゃんと歩けるかい?」
「歩ける……歩く。大丈夫」
「よし、それじゃあ早く──」
悠が俺の背中を軽く支えつつ、2人で踵を返して帰ろうとした、その直後。
『遅いのよこの馬鹿女!! たかが買い物にいつまで掛かってんのよ!!』
そう怒鳴り散らす女の声が、遠くから耳朶に響く──なんて物じゃない、叩きつけられた。
思わず後ろを振り返る。しかし当然俺たちの背後には人なんていなくて──じゃあ何処から今の怒声は? そう思った矢先に、答えが分かった。
『ごめんなさい、ごめんなさい!』
聞き覚えのある──しかし、聞いたことも無い謝罪の声。
それは、紛れもなく夢見の声だった。
「よ、縁……あの声って」
「……あぁ。そうだろうな」
曲がり角からもう一度顔を出して、遠巻きに家を覗く勇気は無い。
だが、その必要も無いほど、2人の声は家から離れたここまで聞こえる。
「虐待……誰がどう見ても、アレは良くない会話だよ。縁……君はこれを知ってて今日ここまで──縁?」
悠が真剣な面持ち俺を見るが、俺はもう、何をどう思えば良いのか分からなくなっていた。
「……聞いた話と、少し違うぞ」
確かに酷い目に遭うとは聞いていた。
だが、実際に俺がこうして耳にしてるのと、夢見があの日々の中、まるで些細な事のように話した過去は、印象に大きな隔たりがあった。
納得する。せざるを得ない。
大きな悲劇が2つ、彼女を歪ませたのだと思ってた。
だけど違う、彼女は恒常的に追い詰められて、丁寧に歪んでいったのだ。
恐がってる場合じゃない。トラウマに屈してる猶予が無い。
とは言え、無策のまま今すぐあの家に駆け込んでも、事態が悪化するだけ。
助かる必要がある、助けなきゃいけない。
でも──苦しんでる夢見の声を聞いてると、胸がすくような気持ちになってる自分もいる。
苦しめられた、みんな殺された、ろくに仇も取れなかった。そんな夢見が今、母親に虐待されてると知った。
同情すべきか?
それとも、ざまあみろと歓喜すべきか?
分からない、自分の気持ちが分からない。
俺は、この事実を知って本当はどうしたいのか──、
「縁、帰るよ!」
混濁とした意識を、悠の声が現実に引き戻す。
「……あぁ、そうだな」
額に溜まった汗を拭いつつ、俺は今この瞬間に置いては、帰ること以外の思考を放棄した。
今度こそ踵を返して、帰る俺たちの背中には、延々と夢見の泣きながら謝る声が響いていた。
──to be continued
悠くんとの会話が楽しくて仕方ない奴いる?
A.作者です…
今週はあと一回更新できると思います。平和パート久々すぎてもっと書きたくなる自分との戦いですね
感想お待ちしてます〜