神父と聖杯戦争   作:サイトー

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8.寝不足

「(………ダインスレフ、だと?)」

 

 

 アーチャーは目の前でマスターと話をする学生を見た。

 

 ――ダインスレフ。

 ニーベルンゲンの魔剣。持ち主に破滅をもたらす呪いの宝具。

 

 北欧の英雄シグルドを殺した一族に伝わる魔剣で、元はファフニール竜が収集していた宝具である。また、デンマーク王ホグニの持っていた魔剣でもあり、一度鞘から抜き放つと人を殺すまで戻らない、という恐ろしい力を持っている。強力な“報復”の呪詛を持つが、同時に持ち主の運命さえも破滅に追い落とす。魔剣、聖剣は栄光と破滅を両立させるが、これは破滅のみを所有者に与えると言われる。

 この魔剣は伝承にある様に、本当に『魔剣』なのだ。抜いたら最後、殺すまで止まらない。その魔剣を持ちながら正気でいるなど人にはできない。宝具である固有結界『無限の剣製』の中にも複製品である報復の魔剣は存在する。オリジナルを見た事がある。しかしこれは違う。呪詛の濃さが段違いだ。

 宝具能力に大差はないが、この魔剣はオリジナルと違った。斬られたら死ぬ。『視た』だけでそう実感できた。

 

 ―――極限の怨念。

 剣として生きた自分だからこそ分かる、“魔”剣であるが故の“魔剣”。

 

 何せ、敵を殺し尽くすまで際限なく狂化していくのだ。そして斬れば相手の命を吸い取り、さらに『魔』は濃度を増し狂っていく。

 この剣を使いこなせるこの男だからこそ狂わずに敵を倒せる。さらに敵対した場合も厄介極まりない。おそらく剣が体を掠っただけでごっそり魔力を奪われ、魔剣の呪詛で斬られた傷は癒やせない。そして相手である魔剣の担い手は奪った魔力でさらに強くなっていく。

 機会(チャンス)があればこの男が先程のサーヴァントを倒していたかもしれない。

 

 それにこの男、自分と同じ異端の投影魔術師だ。そこを疑念に思う。自分以外の投影使い、正体は何なのだろうか。生前の記憶が殆んどないので何も分からないが、自分は守護者化した全てのエミヤシロウだ。無尽蔵にある平行世界のエミヤシロウの生前の記憶は膨大であり、全てが霞んでしまっている。

 

「(……………仕方ない、様子を見よう)」

 

 アーチャーはマスターと共に街を歩いて行った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月4日。

 

「…………あさ、か」

 

 神父の朝の一言。

 

 それは昨晩の事。

 サーヴァントとの戦闘が終わった教会への帰り道、何故かそこには美綴綾子がいた。

 

「っ―――――無事だったのか言峰っ!」

 

「どうしたんだ美綴、遠坂は?」

 

「―――……あ、いや、その、あのまま言峰を放って置けなかったから遠坂に着いて行ったんだ、遠坂だけだと危ないと思って。

 ……それに警察に連絡するんじゃ間に合わないし、そもそも携帯落としちゃったからな」

 

「(…結界を破って来たのか、魔術師(こちら側)の才能があるのだろうか?)」

 

 士人が張った結界は中から外へは大丈夫だが、外からだと魔術師以外は注意が外れる人払いの結界であった。それを、また外から中へと入って来た。

 

「だけど遠坂がもう見当たらなかったから、言峰がいた所へ近道して向かった。そしたら、裏路地から出て来た所を見たと言う感じだったんだ」

 

 それを聞いた彼は思案する。取り敢えず、自分の師匠が混乱しているだろうから連絡を取る事にした。

 

「……なるほど。

 それは仕方ないな、少し待ってくれ」

 

 士人はそう言って携帯電話を取り出す。そして携帯電話を操作して凛へと電話を掛ける。神父が電話をしてから十数秒して遠坂凛の携帯電話へ繋がった。

 

「――――――もしもし」

 

「…………すいませんが、そちらは遠坂凛さんの携帯電話だと思うのですが、そちらはどちら様でしょうか?」

 

 もしもし、と出て来た声は何故か男の声だった。言峰士人は口調を変えて対応した。そして、電話口の向こう側が騒がしい。

 

「ア、アーチャー、電話繋がったの!? よかった。この携帯電話っての意味が分からないのよね」

 

「そもそも何故私が電話にでないといけない。まさかサーヴァントに対して、自分の携帯電話を代わりに出ろと命令するとは。

 ……まったく、現代人としてどうなのだ、凛」

 

「し、仕方ないじゃない、全然分からないんだから。それに士人みたいな事言わないでよ。

 それはともかく良くやったわ、アーチャー。もう電話代わっていいわよ」

 

「――――――――――…ハァ」

 

 そんな喧騒が向こうから士人に伝わって来た。

 昔の事だが、言峰士人は遠坂凛に携帯電話の使い方をみっちり教えた事がある。連絡方法として携帯電話はかなり優秀な物だ。そもそも一人暮らしで携帯電話なしで現代に生きるのは不便だったので、携帯電話を買った遠坂に言峰は使い方を教えたのだ。

 そして、それがこのザマであった。教えて時間が経つと機械音痴が発動する。

 言峰は師匠はそういう存在なのだと諦めた。

 

「もしもし、士人」

 

「やっと出たか、師匠」

 

 一応ではあるが弟子は師匠にツッコミを入れておいた。その後に弟子は要件を言った。

 

「要件を言うと美綴綾子は教会が保護した。心配は無用だ」

 

「―――はぁ、良かった。士人が保護しておいたのね。取り敢えず綾子は任せるわ」

 

 遠坂凛は安堵の溜め息を吐く。親友の姿が消えていたのだ、中々にその不安は心身に堪えるものがあったのであろう。

 

「了解した、師匠。伝えることは伝えたからな、では切るぞ」

 

「うん、さよなら」

 

「あぁ、ではまた」

 

 

 師弟は要件を伝えたらそうそうに会話をやめ、別れの挨拶をする。

 ピッと電話は音を鳴らし通信が切れる。言峰士人は、「アーチャー、これどうやって切」と師匠の声が途中まで聞こえていたが師匠に対して既に諦観を得ている弟子はとっとと電話を切る。

 …その間、綾子は電話の様子をずっと不思議そうに見ていた。

 

「――――――――――――」

 

 士人は場所を確認する。ここはまだ裏路地。一目は無く、魔術の行使が十分可能だ。監督役の役目として魔術の秘匿を行う。言峰士人は美綴の方を向き、その目を見た。

 

「……ど、どうした、言峰?」

 

 彼女は顔を赤らめてそう質問した。それなりに至近距離から見つめ合っているのだ、異性に興味が出てくるこの年代で、交際経験零な美綴なら仕方がないのだろう。

 

 ―――数秒後。

 

「――………魔眼が効かん」

 

 

 言峰士人は、そう独り言を呟いた。魔眼で記憶操作の魔術を美綴綾子に掛けていたのであるが、元々の霊的ポテンシャルが高い為か、そういった精神干渉を防ぐ異能持ちなのか、魔眼の魔術が効かなかった。

 魔術師が相手ならともかく、一般人なら有効なレベルの言峰の記憶操作が無効化された。ついでに言峰はこの事を夢と錯覚するよう暗示もかけたがそちらも無効化されてしまった。二つとも美綴にかけたはいいのだが、一瞬で魔術を弾かれてしまった。

 言峰士人は監督役として美綴に対する対処の仕方を悩む。

 

「ふむ、どうしたものか」

 

「…?」

 

「仕方がないか」

 

「……??」

 

 悩む様に士人は綾子を見つめる。美綴綾子は何も理解できない状況に疑問だらけになった。混乱している美綴に対して、言峰は唐突に口を重々しく開ける。

 

「美綴、今夜は教会に泊まって行け」

 

「――――ハァッ! なんでよ!?」

 

 混乱する美綴綾子をさらに混乱させる爆弾を言峰士人は落とした。それに綾子は絶叫する。状況についていけず、頭の中が更に混沌としていく。

 

「状況を説明したい。街中では危険だからな、教会で話をしよう」

 

「………む」

 

 真剣な言峰士人に美綴綾子は話を聞く事にした。泊まるかどうかは別であったが。

 それに状況が気になって仕方がなかった。あの女は明らかに普通ではなかったし、言峰は吐き気でどうにかなってしまいそうな剣を持っていたし、言峰の右手から剣がいきなり現れてきた。さらに街が危険と言うのは先程ので理解している。

 しぶしぶとだが、巻き込まれた綾子は神父について行く事を決めた。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 教会までの道のりを言峰士人と美綴綾子は歩いていく。

 

「ねぇ言峰、それにしてもあの眼帯女はなんだ?」

 

「それもまとめて教会で説明するが、簡単に言えばアレは人間ではない」

 

「…ハァ、厄介なことになったもんだ」

 

 くく、言峰士人は面白そうに美綴綾子に笑いかけてそれに応える。

 

「ああ、それはもう厄介だぞ」

 

「――…………………ほんとに厄介だよ」

 

 綾子は力なく溜息を溢し士人について行き、二人は新都を抜け冬木教会へ到着した。教会に到着した言峰士人は美綴綾子に自分が今どんな状況に陥ったのか、簡単に纏め上げて説明した。

 魔術師、マスター、サーヴァント、監督役、そして聖杯戦争について。取り敢えず魔術を見てしまったので放置することができず教会にいる事となった。セカンドオーナーである遠坂凛と色々と話し合わないといけなくなってしまったので、弟子は師匠に後で連絡をする事にする。今日はまだ街に危険があると思ったのか、一応泊まっていく事にした美綴には空き部屋を使わせることになった。

 

「ここの部屋を使ってくれ、本来は脱落者用の部屋だが構わんだろう」

 

「………牢屋みたいな部屋ね」

 

「他の部屋は冷暖房なしでテレビもなしだ。それとここは凛もたまに使っていた部屋だ」

 

 この部屋に冷暖房もテレビも揃っていたのは、凛が使っていたので家電機器を揃えたからだ。誕生日などのイベントや、中国武術という名の殺人技術を習っていた時に使っていた部屋である。脱落者用の部屋といったのは遠坂凛が脱落した場合この部屋で生活することになっていたからだった。

 勿論、弟子の士人が師匠である凛のために脱落用の部屋を用意していた事がばれたら、彼はきっと殺された方が救いになる状況に士人は落ちるだろう。そしてもし、凛が脱落したらニコニコ顔で士人がこの部屋に案内する事になる。

 

 士人は綾子に説明をした後、そうそうに煙草を吸っていた。

 魔力の回復に便利なので良く戦闘が終わった後に言峰士人は特製の煙草を吸うのが習慣になっている(臭いがつかないように改造してあるので口は煙草臭くならない)。

 美綴綾子は今、風呂に入っていた。何でも気分を変えたかったそうで、なにより汗で気持ちが悪かったみたいだ。

 余談であるが、着替えは士人が投影して用意した。ついでにサイズはピッタリだ。

 

 そうして神父は一人で煙草を吸っていた。台所の換気扇を回して持ってきた椅子に座っている。

 士人が換気扇の下で煙草を吸っていると教会の居候が台所に入ってくる。何か飲み物か食べ物を取りに来たのだろう。居候の正体は前回の聖杯戦争の生き残ったサーヴァント、ギルガメッシュである。そしていつもの様子と違いかなり上機嫌であった。外に出かけていた昼間の間に何かがあったのだろうか。

 

 神父は王様が気になったので問い掛けた。

 

「どうした、ギル?」

 

「―――セイバーだ」

 

「……む、セイバーがどうした?」

 

「ふん、分からないなら教えてやろう。今回のセイバーは、前回のセイバーと同じ真名を持つアーサー王だ。

 ―――――前回より10年も待った我の妻よ、今回はセイバーを我(オレ)の物とする」

 

 ギルガメッシュは王のカリスマ性を結構無駄に発揮しながら臣下の神父にそう言った。それを聞いた神父は色々と頭の中が混乱するが結論を出す。

 

「――――………………………………………………………………ギルはホモだったのか」

 

 長い長い沈黙の後、そう言峰士人は言った。王様が遠い所の住民だと気付いたような声で言った。物凄く珍しいことだが、予想外過ぎて言峰士人は無表情になってしまった。表情そのものを作れなかった。

 

「…………ハ?」

 

 ギルガメッシュは珍しく茫然とする。そして茫然となったギルガメッシュに言峰士人は追い打ちを掛ける。

 言峰士人は感情が死んだような無表情のまま、自分の王であるギルガメッシュに嘘偽りない自分の本心を告げた。

 

「すまない。私は理解者にはなれない」

 

 ギルガメッシュはようやく事態を把握する。

 

「―――た、戯け! アーサー王は女だ!!」

 

「…………そう、か。あーさー王はおんなの子、なのだな」

 

 王様の言葉に対して絞り出すように神父は言葉を返した。

 

「……貴様、信じてなかろう?」

 

「一体、何処をどう信じたら良いと言うのだ?」

 

 王様の殺意が籠もった詰問に士人は即答した。

 確かにアーサー王が本当は女だなんて事を簡単に信じられる訳がない。そんな世迷言はアレキサンダー大王がアレキサンダー女帝だったとか、ゴルゴン三姉妹がゴルゴン三兄弟だとか、三蔵法師が尼さんで孫悟空、猪八戒、沙悟浄が雌猿、雌豚、雌河童(?)だったとかの次元だ。

 ギルガメッシュが嘘をつかない事を言峰士人は知っているが、それと同時にうっかりな所もあるのを知っていた。結構迂闊な王様なのだ。それにギルガメッシュの趣味は知らないが、彼が生きてた時代くらい昔なら男色も普通だったのかもしれない。

 女顔か中性的な顔立ちな不老の少年騎士王を女に間違えたとかそんなオチだったりするのではないか、そうなるとショタコンでロリコンにもなるのか、凄まじいカルマだな、流石(?)英雄王だ、ギルガメッシュの魂に憐みを、AMEN―――と、絶賛混乱中で無表情な顔で無理やり慈悲の笑顔を作っている神父の説得には天下のギルガメッシュ王も梃子摺った。

 

 ……そうして一悶着があった後、ギルガメッシュの誤解は一応解けた様だった。王様はアーサー王がまた聖杯戦争に参戦して来た運命がそれ程面白かったのか、誤解されたと言うのに上機嫌で自分の部屋に帰って行った。

 しかし、神父にはまだまだ試練(?)が待ち構えていた。

 

 風呂から出てきた美綴綾子が言峰士人がいる台所へ、バタン! と扉を開けて現れる。その姿は言峰が用意した服装で濃い灰色一色のパジャマである。

 そうして美綴は煙草を吸っている神父に対して重々しく言葉を話す。

 

「……………なァ、言峰。女物の服と、目を瞑りたくないが女物の下着があるのは目を瞑ってやる。

 ―――でもね、何でサイズが私にピッタリなのよ!?」

 

 今度は士人が誤解される番であった。神父は、ふむ、と頷いた後、向けられた視線を返す。そうして、女性の機敏に疎い神父は淡々と真実を告げた。

 

「魔術だ」

 

「なにが魔術だ!」

 

 神父は誤解を解くのに少々時間が掛ったとさ。

 

 ギルと綾子との寸劇の後、神父は水分などを補給しながら鍛錬前の休憩を取る。体内魔力を整えた言峰は魔術の鍛錬を始めようと思った。サーヴァント戦というアクシデントが合ったが、いつも通りの時間帯であった。つまり今は魔術行使がピークに使える時間帯である。

 そうしていざ言峰士人がそう思い魔術鍛練場兼工房へ向かおうとする。

 

 しかし―――――――――

 

 

――プルルルル、プルルルル、プルルルル-――

 

「…………………………」

 

 鳴り響く電話の音。

 

――プルルルル、プルルルル、プルルルル――

 

「…………言峰です」

 

 

 そして、言峰士人は徹夜が決定になった。散々だった。

 数時間掛け、キャスターの魂喰いの偽装を終えるが、その後最低限の魔術鍛練をする。そして新たにできた書類整備を行う。街での今後もライダーによる魂喰いも続いて行くと思われるので、ついでにそれの処理と対処も行った。

 士人はキャスターのねちっこさに呆れに似た諦観を監督役として考える様になった。キャスターと言う存在は、監督役の仕事の中では最悪の存在と決定する。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 そうして神父は窓を見る。朝焼けが暗闇を照らしていた。

 この二月三日は言峰士人に疲れが溜まる日であり、師匠の誕生日であったのだが弟子にとってそれなりに厄日となった。

 聖杯戦争があるからと事前に誕生日を祝うために、アノまるで似合わない服のプレゼントをしたのがいけなかったのだろうか。綺礼(オヤジ)からの遺品でもあるプレゼントであったのだが。それとも泰山で麻婆豆腐を奢ったのがいけなかったのか、それとも代行者として魔術師を狩りに行った時に殺した魔術師からくすねた宝石ら(一応言峰が確認した呪いも魔術も掛っていない普通の高級宝石)をプレゼントしたのがいけなかったのか。しっかりと自分が本気で全力を尽くした渾身の誕生日ケーキとかの普通のプレゼントもしたのだが。

 服に宿った綺礼(オヤジ)の残留思念が一番当たりに感じるな、と言峰士人は思考し、朝の礼拝堂でお祈りをした。

 

 朝を迎えた言峰士人は眠かった。しかし眠気など何でもないように朝の修練のため鍛錬場へ向かう。

 雰囲気がいつものそれとはまるで違う。何せ表情がない。言峰が修練を開始するため精神を加速させる。神父の呼吸のリズムが変化する。閉じていた目をゆっくりと開いた。

 

 

 ―――言峰士人は朝の鍛練を始める。

 

 昔、師匠は弟子が持つ鍛練の入れようを習性と言った。

 昔、養父は養子が持つ鍛練の入れようを狂気と呼んだ。

 

 この神父は苦しむという事を実感出来なかった。文字通り限界まで毎日鍛練をしてしまった。

 

 師匠の魔術師はその姿に純粋さを見た。鍛えるために鍛えている様な神父は歪な透明さがあった。

 養父の代行者はその姿に愉悦を感じた。奈落に落ち続ける様な鍛練は神父に歪んだ強さを与えた。

 

 自分に対して手加減を必要としなかった神父は際限なく過酷さを増し強さを得ていった。他人から見ればその鍛錬の風景は拷問であろうか。

 毎日毎日己を追い詰める姿はまるで自分を殺し続けている様だった。

 

「―――――ふぅ」

 

 そうして、士人は何でもない日常のようにいつもの鍛練(苦行)を終える。

 

 朝の修行を終えた言峰士人は一息つく。洗濯機で洗っておいた服を庭に干した後、鍛錬をした言峰士人は汗を大量にかいているのもあり、学校に行く前に風呂で体を水で流す。

 睡眠不足は学校で補うか、と言峰士人は思った。眠気も無視できる位のもので支障はないが、眠いものは眠いのだ。体そのものが睡眠を欲している。塵も積もれば山となる、言峰士人は疲れは溜めず眠れる時に寝ることにした。

 

 

 風呂から出た士人は朝食作りのために台所へと向かった。

 言峰士人は十年近く続けている朝食作りをする。今日はなんとなく和食にした。見た目と味のシンプルさが和食の朝食の良い所だと神父は思っていた。

 

「(……今思えばだが、納豆をかき混ぜてご飯を食べる古代ウルクの王の姿というものは、実際目の前で見ると中々にシュールなものだな)」

 

 黙々と料理を作り、朝食の時間となる。

 昨日保護した綾子はまだ食卓には来ていない。しかし、ギルガメッシュは珍しい事であるが、既に席に着いていた。ギルは自分に素直な男で、嬉しいときは嬉しそうな行動をする。中々子供っぽい所がある居候なのだ。いつもより上機嫌なギルガメッシュが上機嫌に朝食を食べる。

 美味しそうに食べているなら構わないか、と言峰士人は納得する事にした。同じ物を食べる場合、不機嫌に食べるより楽しそうに食べた方が、料理を美味しく感じるのは普通の事だろう。

 ついでの事であったが、女アーサー王(アーサー女王?)がギルが気にいる程の女ならどれほどのモノなのだろうか、と神父は疑問に思った。それもそうだろう、あの天上天下唯我独尊の神嫌いの男が思いを寄せるのだ。美の女神を駄目女と振った過去を持つ王様が妻になれと言った女だ。

 セイバーがどんな人格(カタチ)をした人間なのか、神父に興味がないと言えば嘘になる。そうとう内面が屈折した女なのだろうな、と勝手にアーサー王を想像した。

 

 朝食までには美綴綾子は起きて来なかった。そうとう疲労が溜まっていたのだろうと士人は想像した。朝食を終えた言峰士人は、取り敢えずギルに綾子のことを伝える。昨日は色々あり伝えられなかった。

 

「ギル、教会に保護した民間人がいる。取り敢えず連絡をしておく」

 

「そうか」

 

 あっさりとした会話で話は終わる。そして言峰士人は、美綴用の朝食を台所に置き昼飯をテーブルの上に用意しておく。投影を応用して置手紙も一緒に置いておいた。

 準備を終え弁当を学生鞄に入れ、士人は教会を出て行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 言峰士人は学校へと時間に余裕を持って登校する。歩きで長い道のりをゆったりと進んで行った。いつもと変わらない景色でありながら、いつもと違い騒がしい様子の街が違和感を発している。

 

 暫くして学校の校門に到着する。

 相変わらず趣味の悪い結界が学校に張られており、血の様にべっとりとしたイメージを与える結界。前よりも濃くなって来ているのは気のせいではないだろう。そして、昨晩に遭遇したサーヴァントの魔力の気配がする鮮血の城だ、血のように紅く見える。

 そこで前方に言峰士人は遠坂凛と衛宮士郎を見えた。ちょうど衛宮士郎が遠坂凛に挨拶をしているところである。

 その様子に士人は驚いた。何せ、サーヴァントを持つマスターの前にサーヴァントを連れずに出て来ていた。それは、殺してくださいお願いします、と言っているのと同じ行動だ。言峰士人は衛宮士郎の事を直球で、あいつは馬鹿だな、と考えてしまった。丁度その時、神父は衛宮のサーヴァントであるセイバーが、ギルの言っていたアーサー王だったと思い出す。

 

「(……こんな魔術師ではないマスターを持って、噂のアーサー王も大変だろう)」

 

 言峰士人は結界のためにべっとりとした空気がする学校の中に入って行く。視線の先にいた衛宮士郎と遠坂凛は先に校舎に入って行った。

 

 

 

「………ん」

 

 教室に着いた言峰は眠いので寝た。それはもう全力で寝た。寝ないと魔力の回復が大きく捗らない。

肉体と回路が必要とする分は寝ておく事にした。朝のトラ先生の話をサクリと聞き流す。授業はピシッ、と姿勢を整えて眠り続けた。

 

 昼休み。言峰士人は教室で弁当を食べている。士人の弁当はうまいので、衛宮士郎と同じ様におかずを男子生徒らはハシをつついていたが今はもうそれはない。昔、士人の弁当のおかずを取って食べた男子生徒達が、床を涙を流しながらのたうちまくり死にかけた事があった。言峰士人の弁当は最高にうまいが、たまに激辛であった。

 女子からも衛宮士郎とこれまた同じ様に茶化されていた士人だが、その料理の腕前と知識に似非神父による毒舌で女どもは女としての誇り(プライド)をズタズタにされた事があった。面白半分で茶化した結果がこれだった。

 

 これによって言峰士人は静かなお昼タイムを手に入れた。クラスで神父の弁当は鬼門である。弁当を食べ終えた言峰士人は後ろから声をかけられる。

 

「言峰さんや、今日は眠そうでやんすな」

 

 士人は、ふわぁ、と欠伸をしていた。そんな神父に声を掛けて来たのはクラスメイトの後藤。観たテレビによっていちいち口調と人呼ぶ名称が日々変化し続ける男である。

 

「何だ後藤か。

 ……にしても、相も変わらず愉快な口調だな」

 

「ぐっひっひっひっひっひ、これはあっしの癖でやんす。そういう言峰さんは呼吸をするのが精一杯って感じげすな」

 

「徹夜が連続した。四日間くらいはどうと言う事はないが、寝ないと体に疲労がたまり効率が少しづつ下がってしまうからな。学校で寝ることにした」

 

「徹夜は辛いでやすから。自分の体なんでやすから労わってやるゲスよ」

 

 後藤は時代劇の咬ませ犬っぽい口調でそう喋る。

 

「そうした方がいいのは解っているのだがな、仕方がないことに中々休みがないのだよ」

 

 ぼちぼち後ろの後藤と会話した後、言峰は寝る。昼休みの時間はまだまだ余っていたので彼は睡眠に時間を充てて時間を過ごした。

 その後言峰士人は、体が欲するまま午後の授業を寝た。先生にばれないように眠り続けた。

 

 

 うつらうつらと放課後になる。

 同じ眠そうな柳洞一成に、喝ッ! と放課後に起こされたが少しだけ寝てから帰ると伝えた。

 数十分後。言峰士人は魔術回路に魔力が蓄えられ、肉体の疲労も回復しているのを確認した。仕事が教会で待っているぞ、と内心呟き帰ることにする。

 

 そうして神父は教室から出ようとする。しかし廊下から変というより、ヤバい音が言峰の耳に聞こえてきた。

 

 

 

――バンバンバン、ピチューン、ドドドドド、ズガガガガガガ………!!――

 

 

 

 後、衛宮の悲鳴と師匠の怒号が言峰士人の耳に聞こえてくる。

 

 

「……どうするか」

 

 

 彼の聖杯戦争に休みはなかった。

 

 監督役がこの戦い、かどうかは疑問だが、マスター同士の争いに首を突っ込むわけにもいかないので、教室で待機することにした。まだ衛宮士郎の悲鳴と遠坂凛の怒号が聞こえてくる。時間が経ち校舎が鎮まるまで、神父は椅子に座って戦いが終わるのを待った。

 

 


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