狂おしい程の、男の叫び。涙は無いが、声は震え、堪え切れない悲哀が空気を切り裂く。あらゆる不幸と悲劇を混ぜたかのような音であり、誰もが無視できない心の絶叫であった。
今の桜は、亡骸ではないが心を失くした抜殻であった。
士郎の腕の中にいる彼女は、既に人格を失い、精神を崩壊させ、植物と同じ状態であった。
「―――衛宮士郎。とても良い悲鳴、実に聞き心地の良い絶叫だった。
やはり人間は素晴しい。在りの儘に剥き出しなった悲哀こそ、我ら人間にとって最高の娯楽であろう」
神父の声が、大聖杯の有る空洞の中で響いた。
「―――言峰、綺礼」
腕で抱きしめている桜を優しく地面に置く。そして士郎の背後には、倒さねばならない“悪”が存在している。
大聖杯―――アンリ・マユ。
亡霊の神父―――言峰綺礼。
思えば、全ての元凶に等しい邪悪なのだろう。
士郎が綺礼と言葉を交わすのは、拘束されていた間桐邸の地下室以来だった。士人と良く似た、と言うよりも士人が綺礼に良く似ていると言った方が正しいのか。兎も角、士郎は綺礼が生粋の悪だと一目で分かったが同族に対する共感も確かにあった。
その共感とも言える違和感が今、再び自分の中から浮かび上がる。
「だが、安心しろ。おまえは確かに間桐桜を救った。あの女の魂にはな、マキリ・ゾルゲェンと言う魔術師の妄念がラベルとして張り“
それから解放するとなると非常に厳しい事態となる。それこそ死以外の手段となれば、心の中身を空にする他に手立てはない。そして見事に、おまえは間桐桜の霊体に止めの一閃を与えて零にした。
……無論、最初はその様な意図はなかったのだろうよ。
しかし時が経つにつれ、間桐桜は自分の現状に気が付き、そのまま強く自我を深化させた。士人の奴も後に気付いたが、あれは本人が頼めば助けるが、そのままが救いとなるなら放置する男だ」
何がそんなに楽しいのか、神父はニタリニタリと嬉しそうに惨劇を解説する。まるで腹を切開して内臓を取り出すように、綺礼は士郎の精神をじっくりと解剖している。いや、事実そうなのだろう。
綺礼は、この瞬間が楽しくて堪らないのだ。
図らずとも桜の精神を崩壊させてしまった士郎を前にして、綺礼が黙っていられる訳がなかった。
「―――救いだと?
あれが、あの姿が、心が壊れるのが救いだと!?」
「救い以外に何があると思うのかね? 終わりがなければ、永遠に止まれない事になるのは分かっている筈だ―――他ならぬ、衛宮士郎ならば尚更な。
……人はな、死ななくてはならん。
魂が輪廻するのだとしても、我らの人格は何処かで終わらなければ永久に苦しむのみ。終わりの無い地獄など、そも耐え切れない。
間桐桜はまだ生きているが、終わることが出来たのだ。
故に、囚われる前に終われた事が良かったと、おまえだけは間桐桜を祝福する資格がある。そうでなければあの男、祭り上げられた衛宮切嗣と同じ事になっていただろう。おまえの成れの果てと同様に止まる事が出来ず、ただただ憎み、苦しみ続けるだけだ」
「祭り上げられた衛宮切嗣……あぁ、そうか。爺さんのその気配―――ッチ、喰ったのか……?
おまえは、一体何が目的なんだ!?」
士郎は爺さんの姿を確認出来なかった。しかし、存在感が消えた訳ではない。確かに彼の気配を察知出来た。今も出来ている。
……何故か、この神父から切嗣と同じ気配を感じ取れている。
現状を考えれば単純に、養父が殺されてまた死んだのだと士郎に分かった。加えて、その気配を神父から把握出来てしまったと言う事は、恐らくは霊体を喰い殺されたのだと士郎には分かった。桜の虚数魔術や聖杯の呪泥と言う実例を加味すれば、人間の霊体を自分に取り込むのも難しいが不可能な事ではないのだろうと。
「目的か。さてはて……とは言え、だ。話をしている暇が今のおまえにはあるのかね。急いで私を殺さねば、大聖杯の復活は無論、黒騎使徒を止めている仲間が死に、遠坂凛も汚染によって完全に手遅れになろう。
それに……ほう、これは朗報だ。亜璃紗からの連絡でな、そちらのアサシンは完全に呪われたみたいだ。頼りのアヴェンジャーも瀕死であるようであるし、これでは向こう側から助けは来んぞ」
事実であった。凛の結界は機能しておらず、念話はもう通じている。
「たわけが。遠坂を倒した手で、私も楽に殺そうとでも考えたか?」
「ほう。流石に見抜かれるか。まぁ当然とも言えるが。怒り、焦り、精神が乱れ、隙を晒せば殺し易いからな」
「―――貴様は!?」
「貴様は、何かね?」
「……ああ、実に不愉快だよ。遠坂は―――もう、手遅れだ。魔力と霊子に変化はなく、既に意識を失い、眠っているだけだ。
おまえはそれを理解しておきながら、態々こちらを苛立たせる言葉を選ぶ……ッ」
「くくく、晴眼だな。見抜いた通り、凛は完全に終わっている。聖杯の使徒への転生は一瞬で完了したからな」
綺礼の言葉通り、凛はもう死んでいる。正確に言えば、その人格は生まれ変わっている。肉体、精神、魂は失われずとも、中身が泥と融け混ざっている。
泥沼に今も沈んでいるが、それも大聖杯がスペアを大事にしているだけだった。
桜は精神が崩壊しただけでまだ契約を続いており、黒騎使徒や亜璃紗との繋がりがまだある。聖杯にとっても重要な人柱である事に代わりないが―――遠坂凛も同じく、今やアンリ・マユの御使いとなった。桜が殺されようとも、同程度に頑強な凛で在れば生まれ出る為の母として十分だった。
「……ふむ。ならば、少し話に付き合え。
私も、おまえには言わなければならない事がある。何、時間は取らんよ。数分程度だ。向こうの戦局にも大して影響は出ないだろう。私を殺す準備を聞きならがしても良いし、聞く必要がないと思えば好きな時に斬り掛って来ると良い」
「―――何?」
「私も私で戸惑っているのだ。これも衛宮切嗣を喰い殺した弊害だろうな……―――成る程。あの時は世界を救うなど子供の戯言と嗤ってやったが、この諦観は中々に美味だ。
狂おしく、ヒトを貪る亡者の夢。正気を亡くし、理想を求める破綻者の成れの果て。つまるところ、理想の為の理想であり、求道の為の求道であり、己に還るものが何一つも無し。
生き迷っていたのは誰も彼も同じか。
……やはり、この世全てに意味はある。最期に無価値となって消え失せるだけであり、人はそれを無意味と錯覚するのだろう。世界へ人間の答えを求める者に、善も悪も無い訳だ」
紛れも無く外道を良しと笑う悪人で在り、しかし非道に没頭する悪党ではない。
「…………おまえは、本当は何者なんだ?」
不可解な怪人。自分と同じ破綻者でありながら、自分とは全くの逆の価値観を持つ神父。彼と衛宮切嗣の殺し合いが、聖杯を求める魔術師が、冬木を嘗て焼き払ったのを士郎は知っている。しかし、それも不可抗力のようなもの。確かに綺礼も加担してはおり、焼死した人間は良い娯楽品だったのだろうが、元凶は聖杯だ。
……果たして、何が言峰綺礼を聖杯を求めさせるのか。
士郎にはこの男の本性は分かるが、本当の目的が分からない。聖杯を求めているのは事実であり、人間を娯楽品として楽しむのも事実であるのだろうが、本心がそれだけではないのも確実だった。
「それはまた、とても簡単な話だな。おまえにとって私は、冬木の火災で焼け死んだ両親の仇であり、養父を死なせた殺人犯であり―――生き残れたおまえの兄弟を、怪物に作り変えた張本人だとも。
……衛宮切嗣が、衛宮士郎を
奴の言葉に嘘はない。全て真実であり、言峰綺礼が愉しんだ娯楽の残骸であった。だが、士郎は怒りも迷いも浮かばなかった。
もう、分かっていた事だ。何もかもが偶然な訳がないのは分かっていた。
誰かが、あの悲劇を望んだから起きた。それは聖杯であり、大聖杯に眠る悪魔であり―――悪を祝福する神父であり。
「否定はしないがな。しかし、兄弟とは士人のことか?」
故に、士郎は平常心のままだった。
「そうだとも」
満足気に頷き、綺礼は薄ら笑いを浮かべて話を続けた。
「あれはおまえの兄弟だ。その証として
士郎と人志、それで
……聖杯で精神を失った
そして、ジンドと言うのは、人道と言う意味でもある。
人の道―――即ち、私の求道の後継者として育てると決めたが故に、少しばかり無理矢理な読み方を与えた」
―――楽しくない訳がなかった。
心臓を失くした自分は確実に死ぬ。早い期間で起こる第五次聖杯戦争まで生き残れるかさえ分からず、その聖杯戦争以降は生きられないのは理解していた。ならば、と思う綺礼に間違いはない。これ程までに愉快な人間をわざわざギルガメッシュの栄養源にする必要が全くない。
もし自分が死んだとしても―――この道は続いて行く。
言峰綺礼は他人の不幸を喜びとするが、自分の人生が無価値ではないこともまた喜びであった。
「そして、ジンドとはジンドウが欠けた者を指す銘である。神父である私の養子として、人道に生きながらも、人道に至れぬ後天的破綻者。
……まこと、アレに相応しい名とは思わんかね?」
「ああ、成る程。そうかよ。おまえが―――元凶か」
価値が無いなら無いで構わなかった。この求道が無意味ではない実感があった。しかし、それでも―――
「無論。言峰士人にとって言峰綺礼とは、衛宮士郎にとっての衛宮切嗣である」
―――意志は引き継がれてこそ、終わりに見る走馬燈のように尊く輝くのだろう。
「アレはな、育つ程に呪詛を喰らう魔物となった。生前の私は聖杯の呪泥で延命していた身だったからな、段々と自分の命をアレに喰い殺されていった。
無論、抵抗は出来た。だが、する必要が皆無でもあった。
……分かるか?
あの男は言った通り衛宮士郎、おまえの兄弟だ―――その、体と魂はな」
「貴様は、まさか……そこまで仕組んでいたのか―――?」
「ああ、当然だ。この命を私は息子に捧げたのだ。
言峰綺礼に許された唯一の求道。それを言峰士人が失った感情の全て―――その精神とする為だけにな」
「言峰には生きている実感がないと言っていた。それもおまえが細工をし、あんな衝動を植え付けた張本人立って言うのか?」
「―――まさか。
奴も呪いには気が付いていただろう。だが、アレの心の中には何も無い。幼い頃の士人にとって、自分の精神など無価値な存在だった。
故に、吸い込まれる呪いに―――私の意思を混ぜ込んだ。
養子であるが実子よりも尚、アレと私は同一の破綻者だ。真実、息子と呼べるのもアレだけだ。衛宮切嗣の理想をおまえが引き継いだように、言峰綺礼の求道を引き継ぎ―――無銘の亡者は、言峰士人と成り果てた」
だからこそ、人道を越えた後天的異常者となった。
その為にのみ与えられた
「つまるところ、言峰士人は人間の魔術師に非ず、聖杯の魔術師である。その正体は、聖杯によって生み出された伽藍堂の泥人形だ。
私はな―――士人に殺されたのだ。
その時、この命は引き継がれ―――今に至る」
「だから、言峰には感情がない。確かな意志だけが身の内に在って、貴様の意思が混じった求道を娯楽とするのか」
「その通りだ。あの男には自分自身が一つも存在していない。何もかもが貰い物であり、私やおまえ以上に壊れて狂った破綻者である」
第六次聖杯戦争の原因を士郎は知らない。しかし、その根底に言峰士人がいるのは悟っていた。第五次聖杯戦争を生き残った監督役の立場は重く、アインツベルンや両キョウカイにも顔が効く。
しかし、士人がそう考えて行動するそもそもの元凶が目の前に居た。
切嗣の理想を受け継いで英霊にまで成り果てた正義の味方と同じく、綺礼の求道を受け継いでこの世全てを愉しもうと足掻く泥人形。
「とは言え、根底に在るものはおまえも私も、アレにとっても同じことなのだろう」
綺礼はギルガメッシュに捧げる贄だった孤児を思い出している。あの英雄王も結局は自分と同じ狢の化生。人の命を喰らって生きることに躊躇いはなく、星の輝きを食す者。
……その、今も喰われ続けている同胞を前にして、綺礼に士人は邪魔と言った。
師匠である凛から自分の工房を持つようにと言われて、地下に工房を作ろうとして、贄の祭壇場を見付けた士人は、偶々発見してしまった彼ら彼女らを何ら特別に思わなかった。
感情が無いと正にソレなのだ。
特別な何かが一つもなく、全てが無価値である故に、この世全てが平等だった。
そして、その化け物を見た綺礼は、今でもその時に味わった悪徳の味を思い出せる。何か決意をして見殺しにするならばつまらないだけだが―――真に、士人は何も思っていなかった。それなのに、宿った呪詛だけが衝動のまま、その邪悪が楽しいと嬉しいと暴れ、それさえも士人は何も思わない。呪詛を脳内で汲みとって感情を偽り、それを実感できるが、心の中には何も生まれない。結局、何も実感出来ていない。
素晴しい―――と、綺礼は面白くて堪らなかった。
奴は鏡となって綺礼をより濃厚に世界へ写し出し、彼は持つ価値観に意味を与えた。生きた末に死ぬであろう最期、綺礼自身が自分で見た走馬燈に価値が生まれてしまった。
「私は、おまえたちが幸福と感じる事が不幸にしか感じられなかった。それ故に聖杯を求め、生まれる価値がない者が存在する価値を知りたかった。
衛宮士郎、おまえは人の幸福を至福としながらも、自分の幸福を苦痛にしか感じられなかった。それに故に正義の味方を求め、無価値に死んでしまう人間を救う誰かを目指した」
「……っ――――――」
士郎は自分の感情を言葉にすることだけはしなかった。あれは自分の理解者であり、自分はあれの理解者だった。
……認めたくはないが、言峰綺礼のような人間が士郎は好きだった。
そして綺礼も、士郎を唯一無二の面白い同胞だと思っている。
恐らくは、もう二度と出会うことはない同類たち。同じだからこそ相反する意志を持ち、自分を曲げない為には相手を倒すしかない運命。殺し合うしかない聖杯戦争での宿業こそ、むしろ今の二人には相応しい関係なのだろう。
「……だがな、士人は違った。ギルガメッシュが与えた誇りは更にアレを歪に深化させ、私が与えた求道は呪詛の衝動を更に禍々しくした。
言峰士人は自分の幸福も不幸にも価値を感じず、人間そのものに価値を感じている」
人間こそ―――最高の、娯楽である。
「――――……その為か。だから、おまえは間桐桜を助けるのか」
「ああ。アンリ・マユの復活は確かに、私が求め続ける方程式を見出すだろう。無価値なモノがこの世に存在する価値を与え、私が生まれて来た意味を知り、自分の人生にも何かしらの価値を得られるだろう。正しく望外の祝福だ。
……何より、生まれる前の赤子に罪はない。
まだ言葉を知らず、感情に名前さえ持たない子供が、その魂に宿す衝動。生まれ出たい、と言う思いを私は誰が相手であろうと否定させるつもりはない。それはこの世で最も尊ぶべき人間の心であり、神であろうと人が最初に持つ原初の感情を間違いだというのならば、一切の躊躇いを持たずに問い殺そう。
断じて、人と反する言峰綺礼だけは―――許してはならない。
それを否定するとは即ち、この衝動から生み出た全ての人間を否定することに他ならない。私が持つ求道も、おまえが目指す理想も、全てがそれから生み出て始まった一つだけの道である。この聖杯戦争に参加した英霊共も、魔術師共にも、そもそも全ての元凶である聖杯でさえ例外ではない。
故にこそ、このアンリ・マユの誕生を否定するならば、自分自身を否定した者で在らねばならないだろう」
神父として、赤子を祝福するのは当然だ。生まれ出たいと望んでいるなら尚更だ。何より、この衝動以上に尊い人間の望みなどこの世には有り得ない。神霊とて人間と同じく、その魂が生まれ出たいと叫んだから生まれたのだ。後に、その衝動を基に作り上がるのが、自分を自分と定義する人格や精神である。
そして、アンリ・マユは人間にとって無価値な存在だ。悪神の誕生は逃れれない人類の滅亡を意味する。数万年前から続く霊長は地上から抹殺され、この星は悪魔の住処と成り果てる。この聖杯は人類史に何の価値もない。
それでも綺礼は、生まれたいと希う悪魔の叫びを肯定する。
迷い、彷徨い、遂に出会った
「だが―――」
そして在りの儘に悪魔が生まれる姿は、綺礼が愉しみたい人間そのものでもあった。
「―――間桐桜は自分を否定して、人間全てを肯定しようと足掻いた。それこそが、この世全ての悪を廃絶する彼女の意志だった。これを祝福せずに、何が幸福か。何より、そもあの女はな、士人に与えた私の呪詛で自分の意志を取り戻した過去を持つ。因果は聖杯を中心にして周り、巡り、こうして私は再び現世に復活した。
無意味なモノなど、この世には一つ足りとてない。
無価値なモノであろうとも、この世に生まれ出たのは唯一つの衝動だ」
価値が無い自分自身に意味を見出す為に、言峰綺礼は存在している。結末を理解しながらも足掻き続ける衛宮士郎と同じく、彼はただただその為だけに呼吸している化け物だった。
「だからこそ、間桐桜は私にとって天啓に等しい奇跡である。士人に与えた呪詛が誰かの為に誰かを呪い、誰かを地獄から救い上げ、無価値なまま死ぬべき者に機会を授けた。その魔女も息子の友となり、私と同じモノを目指す同胞となっていた。
―――これを運命と呼ばず、果てして何が人生か。
彼女が生み出す地獄はアンリ・マユにさえ生まれた価値を与え、この世全てに意味を為す人類最後の答えとなった」
大聖杯を、自分の心象風景にする大偉業。この世全ての魂を蒐集し、鋼の大地に人類史を刻み込むこと。星を見届け、数多の世界を喰らい呑む解脱の外法。
アインツベルンの千年と、ゾルゲェンの五百年と、遠坂の二百年。
その全てが報われる桜の願望。
言峰綺礼が望む答えが今―――この眼前に。
勝利も敗北も、綺礼はどちらでも構わない。
この在り方が間違いではない実感がある。
得た生き方が無意味ではない確信がある。
生きて死んで今更、これまでの自分を曲げて戦いから逃げる理由など存在しない。大聖杯を守り抜く事が綺礼には当たり前な事実であり、その為に死ぬのもまた当然の結果に過ぎない。
今までそう思い生きてきたからこそ、今もまだ―――そう生きているだけだった。
「そんな事の為に、おまえは士人を作ったのか。
……その為だけに、桜に協力したのか―――!?」
「そうだ。そんな事の為だけに、死んだ私はこうして今も生きている」
士郎は理解出来てしまった。目の前の男はただ生きているだけなのだ。命を賭けることが何ら特別な事ではなく、当たり前に生きているだけ。
―――自分と同じだった。
正義の味方で在り続けることが生きる事であり、綺礼の思いもまた同様だった。
私はおまえたちが幸福だと思うものが、幸福だと感じられない。綺礼のこの長い求道の旅の始まりは、その想いに集約されている。
「ああ―――分かったよ。
それは確かに、今更諦める訳にはいかないか」
「すまないな、衛宮士郎。私は私の為に、全てを利用した。それを最後だからと、聖杯を前に切り捨てることは不可能だ」
―――最期の最後。
聖杯によって人生を狂わされた二人は、遂に出会った自分の宿敵と殺し合う。
読んで頂き、ありがとうございました。
長い伏線回収になりました。ハーメルン投稿の前、ジンドがジンドウの欠けた名前と当てた人が居ましたが、今も読んでいたら嬉しい限りですね。言峰家の名前は、理性と綺麗の漢字を変えた名前になってますので、だったら人道にしてみようと思いました。そこで攻殻機動隊のアンデルセン系キャラ、合田一人の名前から士人が思い浮かんだのが始まりです。