神父と聖杯戦争   作:サイトー

11 / 116
9.蛇の暗躍

「……ん」

 

 

 美綴綾子は目を覚ます。石畳の部屋のベッドから身を上げる。ボサボサになった頭を両手で掻くが、脳みそがすっきりしない。

 眠気で細めた目で部屋を見回す。そして、ふぅわぁあ、と欠伸をして一言―――

 

「あれ、私の部屋じゃない?」

 

 今の時刻は午後一時。太陽は既に空高くに上がっていた。

 

 

 

 昨日の夜は中々眠る事が出来ず遅くまで起きていた美綴綾子は疲れも重なって思いっきり寝坊をした。

 頭を覚醒させしっかりと現状を確認する。ここは言峰の教会だ。部屋を出た美綴綾子はまず台所に向かうため教会の中庭に出る。教会の中からでも行けるが此方の方が近道だ。美綴は他に服がないのでパジャマ(言峰士人の投影品)のままであった。廊下を歩き、物珍しさからか広い中庭を見る。

 

「……あれ?」

 

 美綴綾子は思わず声を上げてしまう。中庭にはあって欲しくないものが存在していた。それは物差しに干されている洗濯物。男モノ(士人とギルガメッシュの衣類)の中に混ざる女モノ。

 

「――言峰殺す、絶対殺す」

 

 殺意が籠もった呟き。その姿が怒気を纏っているのが見えそうな程美綴綾子は怒っていた。美綴綾子は言峰士人のマイペースさに沸々と殴りたい気持ちが湧いてくる。そしてそのまま台所へと向かって行った。

 台所の隣にある食卓には料理が置かれていた。料理には置手紙が付いている。美綴はその置手紙を読む。

 

『美綴へ

 朝食は台所にある。昼食にこれを作っておいた。温めて食べるように。夕飯には戻る』

    

 そこには女子高生が食べるにしては多いチャーハンが置かれていた。しかし、腹が減っている美綴にはちょうどいい量だ。朝食と昼食を二つとも食べきれないので、朝食の卵焼きのおかずと温め直した味噌汁にレンジでチンしたチャーハンをテーブルに用意する。

 

「いただきます」

 

 ピリリとした味のチャーハンはとても美味しかった。そうして、飯を食べ終え食休みをとる。

 冷蔵庫の中にあるウーロン茶を飲みながら考え事をしていた。今後どうするのか、学校を休んでしまった、とかと綾子は色々と考えている。そしてある事に美綴綾子は気付いた。

 

「―――あ、家に連絡してない」

 

 

 

 

 

 ちょうどこの頃、家と学校では美綴綾子は行方不明の扱いになっていた。

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 言峰士人は教室でまったりしながら戦いが終わるのを待っていた。こことは違う教室に遠坂凛が結界を張ったのを魔力の流れで感じ取る。衛宮士郎を完膚なきまでにボコボコにするためだろう。朝の様子から遠坂凛が衛宮士郎にかなりの怒りを感じていたのは明らかであり、死なない程度にしか加減はされないと見える。

 そして、逃走劇の騒音が鎮まる。だが、しかし―――

 

 

 ―――きゃあああああ、と女性の声が下の階から響いてくる。

 言峰士人は教室で衛宮士郎(逃亡者)と遠坂凛(追跡者)による命懸けの鬼ごっこの終了を待っていると、女性の悲鳴が耳に聞こえてきた。士人(ジンド)は悲鳴のした所へ向かう。取り敢えず様子を見に行くことにした。悲鳴の主が高い確率で民間人であり、監督役の仕事に聖杯戦争に関わった民間人の対処も加わっているのが様子を見に行った理由であった。

 

 言峰士人は歩いて目的地に向かう。階段を下り、声が聞こえた廊下にへと出る。

そこには廊下に倒れ伏した女生徒とその女子生徒を治療しようとする遠坂凛と、右手に杭を貫通させた衛宮士郎がいた。

 衛宮士郎はそのまま開いたままの非常口から飛び出して行く。

 言峰士人は最初から感じ取っていた気配から、衛宮士郎の右腕に刺さっている見覚えのある武器を使うサーヴァントがいるのは分かっていた。街ではマンハントを行い学校に結界を張るサーヴァント、その眼帯の女が女生徒を囮にして師匠を始末しようとしたが衛宮が防いだのだろう、と士人は状況からそう読んだ。言峰士人は治療を続ける遠坂凛に近づきながら声を掛ける。

 

「ついにヤッてしまったか、師匠」

 

「なにもヤッってないわよ! バカ弟子!」

 

 女子生徒の治療を遠坂凛は数秒で終わらせていた。言峰が声を掛けた時点で治療をある程度は施し、死亡の危険性はもうなかった。宝石魔術はその即効性が強みなのだ、金は消えていくが。

 

「て、こんな事してる場合じゃない。

 あのバカ、一人でサーヴァントに挑むなんて正気?」

 

「衛宮士郎の事か?

 そもそもあの男に正気などない。特にこのような人が死ぬ場面ではな」

 

遠坂凛は自分の弟子を見る。その言葉に困惑した様子であった。

 

「―――……へ、それってどういう……?」

 

「さて、な。俺は見たままの様子を言っただけだ。

 衛宮士郎にとっては自分の命より、他人の命の方が重いように見えたのだが」

 

遠坂凛は言峰士人の言葉に惑わされる。言峰士人は悩んだ様子の遠坂凛に喋り掛ける。

 

「で、このままでいいのか」

 

「―――あ、この子任せた!」

 

「………別にそれは構わんが」

 

 遠坂凛は女子生徒を言峰士人に任せた。遠坂凛はそのまま、衛宮士郎を追いかけて行く。

 取り敢えず言峰士人は倒れている生徒を保健室に運ぶ事にするだがその前に、言峰士人はここに来た仕事をする。

 

宣告(セット)

 

 魔術回路を開き呪文を唱える。そして、右手で女子生徒の頭を鷲掴みにする。

 

範囲限定(ポイント)記憶消去(メモリーデリート)

 

 

 普段は魔眼で行う記憶改竄を直接、魔術を唱え脳髄に叩き込む。ここ一時間の記憶を消し去った。その後に暗示も掛け、封印された記憶を思い出しても夢と錯覚する様、保険をかける。

 魔眼の方が燃費が良く、魔力の消費を抑えられるのであるが仕方がなかった。魔眼は意識のある者にしかかけられない。直接的な接触による精神干渉より魔眼を通した間接的な精神干渉の方が言峰士人はやりやすいという性質を持った魔術師である。というよりも、記憶改竄や暗示などは魔眼でやった方が効果が高かった。もっとも意識がない相手なら直接的なモノは魔眼でやるのと同じくらいとなるのだが、燃費は魔眼の方がいい(実際はそこまで大きな燃費の差はない)。

 しかし、魔眼では魔術をかけるだけで対象の記憶を読み取る事はできないのであるが、直接的に干渉すれば記憶も盗み見ることができる。よって細かい内容で精密な記憶改竄や暗示をするためには、相手の記憶を知る必要が出てくるので、そういう場合は言峰士人の魔眼は向いておらず直接的に魔術で対象に干渉する。

 暗示や記憶改竄などの精神干渉魔術は便利なので才能はなかったが、鍛えていき一般人の精神くらいなら効くようになっている。

 そうして言峰士人は、女子生徒を担いでせっせとすぐ近くにある保健室に運んで行った。保健室に足を運んだ後、マスターらがいる林に向かう。取り敢えず状況を伝えに行く為だ。そこには怪我をした衛宮士郎を治療する遠坂凛を発見する。女子生徒の事を報告するために近づいて行った。

 

「師匠、先程の女子は処置を施した上で保健室に運んでおいた」

 

「そう、それは助かったわ」

 

 遠坂凛が言峰士人に礼を述べる。それを聞いた衛宮士郎は安堵の溜め息をもらす。その後に悩んだ顔を言峰士人に向け口を開いた。

 

「なんで言峰はここにいるんだ?」

 

 怪訝そうな顔の衛宮士郎が言峰士人に質問した。純粋に疑問に思ったのであろう。言峰士人はその質問に答える。

 

「教室で寝ていた。監督役の仕事で疲れが溜まっていたのでな」

 

「……ああ、うん。そう言えば朝からずっと寝てたな、おまえ」

 

 呆れた様に答えを返した言峰士人に衛宮士郎は言い放った。遠坂凛も呆れた顔を弟子に向けていた。その後に言峰士人は「大変なのだ」と呟く。

 そして弟子は昨晩にあった師匠に伝えておかなければならない要件を言う事にした。

 

「それと、師匠。美綴は教会で保護されてるから安心して良いぞ」

 

「「は?」」

 

 遠坂凛と衛宮士郎は二人同時に声を上げた。

 

「なんで綾子が教会にいるのよ!」

 

「美綴は行方不明じゃないのかよ!」

 

 同時に声を荒げるマスター二人に監督役は昨晩の説明を始める。いつもの様にヘラヘラとした笑顔のまま口を開く。

 

「美綴は何故か俺の精神干渉を無効化したのだ。仕方がないから教会で保護をした」

 

「どういう事だ、言峰?」

 

 昨晩の事情を知らない士郎は士人にそう質問をした。

 

「昨日の事だが、新都で美綴が杭を持ったサーヴァントに襲われた所を保護したのだがな。助けたのはいいが、魔術の秘匿のために美綴の記憶を消そうとしたがそれを無効化されたのだ」

 

 衛宮士郎の真剣な問いに、ヤレヤレ、と苦笑しながら言峰士人は答えた。

 それによって言峰士人から衛宮士郎は事情を聞き、学校で調べていた美綴綾子行方不明の真相を知った。そしてその話を聞いていた遠坂凛は思いっきり言峰士人に詰め寄る。

 

「どういうことかしら、バカ弟子?」

 

 師匠は弟子の襟を掴んでガクガク揺らして質問、というより尋問をする。衛宮士郎は言峰士人の頭が残像によっていくつにも見えていた。そして遠坂凛は、フフフ、と笑いながら弟子を揺すり続ける。

 

「あの、遠坂? それじゃ言峰が話せないぞ」

 

「……そうね」

 

 弟子は友人の助けで師匠から解放された。基本的に弟子は師匠にされるがままである。弟子には拒否権がまるでなかった、そして言峰士人は遠坂凛に対して貸しが多すぎる。

 

「ゴホッ、ゴホッ。助かったぞ、衛宮。いつもみたいに殺されるところだった」

 

「アンタ、殺しても死にそうにないものね」

 

 遠坂凛は弟子の言峰士人に対しては遠慮手加減というものをしないことにしていた。人形みたいだったこの男が弟子になった時、遠坂凛はこの男の師匠になったのだから。

 

「……あ、ああ」

 

 衛宮士郎は取り合えず言峰士人に返事を返した。その後に、ゴホン、と遠坂凛と音を鳴らし二人の注意を引く。そして話を続ける。

 

「それじゃ、士人。綾子をどうするのよ」

 

「そうだな、一旦は家に帰すしかないだろう。行方不明の扱いだから連絡をしなくてはな。その後の処遇は聖杯戦争が終了してからとなる」

 

「そう。任せるけどもし綾子に―――」

 

「―――心配するな。無用なことはしない」

 

 言葉を切って言峰士人は遠坂凛の方を見る。

 

「まぁ、いざとなったら誰かの弟子にするしかないだろう。関係者なら問題がない」

 

「アンタっ……!」

 

「しかしそれも本人の意思次第といったところだ。

 だが無理矢理に美綴の精神をいじるとどうなるか解らないな。アレの精神防壁は素の状態で魔術師クラスだった。俺の魔眼がいとも簡単に弾かれたからな。

 師匠の魔術でも、眠らせて意識を無防備にさせたくらいではおそらく破れない。アレに精神干渉するにはそれこそ精神防壁を抉じ開ける必要がある。それでは心が破損して本末転倒だ。ショックで記憶を奪う手段もあるがうまくはいかないぞ」

 

「「………」」

 

 遠坂凛は黙り、衛宮士郎は状況を見守る。

 

「今は聖杯戦争に集中することだ。美綴の件は後に考えるしかないな。聖杯戦争中は俺が責任を背負う事とする」

 

 言峰士人はマスターの二人に美綴綾子の件は自分に任せろと言った。遠坂凛は監督役である言峰士人の言葉を聞いて頷いた。

 

「………そうね、そうしましょう。

 後、士人なら衛宮くんの腕くらい簡単………って、アンタは監督役だったわね」

 

「?」

 

 衛宮士郎は遠坂凛が途中で言葉を切ったのを疑問に思った。途中までだったが遠坂凛の言葉からおそらく治療を行えると予測できた。

 

「そうだな、衛宮がマスターを降りるなら無償で治してもいい。また、監督役としてマスター・衛宮士郎に借りがある訳ではないから、俺が参加者を治療することは許されない。監督役がマスターを贔屓するのは違反だからな」

 

 言峰は衛宮の腕の治療はできないと遠坂凛に伝えた。

 

「仕方ないわね。衛宮くん、わたしの家で腕の手当てをして上げる」

 

 遠坂凛は衛宮士郎を連れて家に帰っていった。借り云々なら言峰士人は遠坂凛に借りがあり、また逆も然り。だが、他人のために師弟間の貸し借りに第三者を入れるのを遠坂凛は嫌がったので、彼女はすぐに引き下がったのだった。それに言峰士人に貸しが増えるのは心の贅肉増加であり、避けたい所だった。そして、凛が士人に貸した借りが一つチャラになるのがイラっとしたのも理由である。そもそも衛宮士郎の傷程度なら遠坂凛は家で治すことができたので、わざわざ監督役に頼るのも魔術師として抵抗があるのだった。

 ……ついでであるが、昨日アーチャーが士人を助けたのであるが、士人は凛の友人の美綴綾子を助けていたので、これは遠坂凛にとっては貸し借り零である。

 そうして、言峰士人に衛宮士郎と遠坂凛は別れの挨拶をし、早々と遠坂邸に向かって行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。