神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 ―――ジークvsシロウ、燃えた。





覚り人の心

 惨状と言えば惨劇なのだろう。この場所は狂った淫獄であった。ただその場に居るだけで情欲が湧き、息を吸う度に熱が猛り、嗅覚は強烈なまで熟された性の猛毒が脳味噌を痺れさせる。

 

「……あー、あー。ホントにかったるい」

 

 蟲惑の女王が一人。その他諸々の脱力した雄と雌の椅子。周りには本能のまま欲を満たす獣の群れ。彼女が座るは、肉の玉座と化している欲得の虜達。

 

「喜ばしい。久方ぶりに会ったが、変わらず壮健で何よりだ」

 

 そんな場所で場違いな男が一人。神父服を着込んだ彼の名前は言峰士人。神父は笑みを浮かべながら、気が狂った乱交劇場を見ても特に何も思っていない。ただ、理性を溶かされて性欲に支配された人間と言う生き物が、こんな生き物になるのだと言う事実を見て、知って、覚えて、それで終わりだった。

 

「この状況で壮健とは言っちゃう当たり、相変わらず狂ってますね。うん、下には下が居るって言うこの感じは悪くない」

 

 全裸のまま肉の頂きに座る魔女―――間桐亜璃紗は、とても嬉しそうな笑みで士人へ微笑んだ。手に持った棒状の物を口元に運び、淫靡な仕草で唇に挟んだ。

 少女の吐息は甘く、故に毒々しく、堪らなく熱かった。

 

「―――はぁー。ホント、良い運動をした後に吸う煙草は実に美味しい」

 

 白い煙が暗闇に溶けた。ここは空気が澱んだ個室であり、紫煙の匂いは籠もるのだが、そんなものを上回る性の臭いが部屋には充満していた。誰も気にしてはいない。

 

「ふむ。俺も吸って構わないか?」

 

「どうぞどうぞ。気にしないで」

 

 肯定する仕草も一々艶めかしい。彼女は大股を開いて隠すべき所も隠さず、美し過ぎてドン引いてしまう程の性器も、まるで天才芸術家が悩み苦しんだ果てに出来あがったような完璧な胸も、羞恥心無く曝け出している。

 亜璃紗は一切その美貌を翳させることなく、実に淫乱だ。淫乱、と言う言葉が褒め言葉に成る程、彼女は雌として完璧だった。

 ―――肉体の全てが、本当に究極的なまで美しい。

 神に勝る程の美貌はどんな表情も麗しく、見ただけで畏怖を覚えてしまう。裸体に映える黒髪は危険なまで胸に迫る感動を与え、頭の先から手足の指先まで完全な黄金律を誇る。特に女性の象徴的部分を見ると発狂する領域で本能を刺激し、実際にこの場で喘いでいる人型の獣らは気が狂わされているのだ。

 

「それで亜璃紗、全て順調なのか?」

 

 だが、そんな彼女を見ても士人は変わらなかった。大胆に股を開いて、男を狂わせる程の雌の姿を見せているのに、神父は此処が神聖な礼拝堂であるかのように振る舞える。そして、手に持つ煙草に火を付け、ゆっくりと口から煙を肺へ送り込む。彼は先程までの聖職者然とした姿のまま、神聖な仕草で煙を吐き出した。

 

「それは桜さんにでも聞いて下さい。ま、私から言えるのは自分の事だけ」

 

 トントン、と煙草を叩いて灰を落とす。勿論、彼女の下には淫肉の椅子があるので、それなりの熱量を持った煙草の灰が落ちている事になる。声も無く肉と化したヒトは震動し、座る亜璃紗を揺らしていた。その震動具合が面白いのか、彼女はフラフラと綺麗な顔を揺らして笑みを浮かべている。

 

「構わない。むしろ、お前の事を俺は知りたい。アレの事はアレから直接聞くと決めている」

 

「成る程。貴方らしい」

 

 椅子の尻を叩きながら、亜璃紗は煙を吸う。そして、置いておいた小さい酒瓶から直接、アルコール度数の高い酒を飲み込む。吸っている煙草は魔術薬物の特注品で、飲んでいる酒は自分の家でボトルに入れてきた薬酒。最近はこんな風に愉悦に浸るのが楽しく、男も女も自分の虜にして玩具にしていた。パーティ会場は自分の目に叶う者たちだけ。

 ―――酒と煙草に女と男。

 快楽を極めていた。亜璃紗は喫煙家であり、飲酒家であり、両性愛者だ。特に性癖が拗れている。加虐趣味で、被虐趣味で、倒錯的な快楽を喜んでいる。

 

「……あぎぃ―――!」

 

 無造作に火が灯る煙草の先端を、自分が座っていた椅子の肉に押し合えた。名前も知らない玩具の一人だが、声には心当たりがあった。確か快楽漬けにした少女の一人で、良い音色で嬌声を上げてくれた。可愛らしい仕草で悶えるものだから、男や女と愉しんでいた所を自分が直接参加して遊んだのだった。

 

「あらあら、すまんね。ほら、これ、消毒」

 

「んーーーー!」

 

 火傷の上から酒を垂らした。良い声で鳴いてくれる。ぐりぐりと指で撫でつけた後、その“肉”を椅子から取り外した。重さを感じないような力強さで持ち上げ、肉を椅子の上に座らせる。ぐったりとしているが気にせずに、亜璃紗は相手の髪を掴んで顔を持ち上げ、その唇を貪った。

 

「その、なんだ……痴態を見せられても困るのだが?」

 

「プハァ! もう、良いところなんですから、邪魔しない」

 

 グチュグチュと弄んでいた唇を離し、神父をつまらなそうに見詰めた。

 

「それは困る。話が出来んからな」

 

「困るのはこっち。人の愉しみに横槍だなんて、神父さんとしてどう?」

 

「ふむ。言語道断の行いである。しかし、そうとは分かっていても、俺もそれなりに趣向を重んじる。お前は何を望んで痴態を晒す?」

 

「―――趣味です。

 こう言う皆で愉しめる乱交パーティ、偶に開くと良いストレス発散になるんですよね」

 

 魔術の研究で、気が狂うような快楽を味わい、そして溶けてしまう程の快楽地獄を地下で作り上げている。しかし、今ここでしているのは、そう言った魔術の研究からは離れている。性魔術や精神干渉系統魔術の鍛錬、あるいは精液や愛液による魔力の吸収と言う魔術師としての利点もある。が、これは純粋に彼女は行っている娯楽活動だ。

 ―――そう、これは娯楽だ。ただ快楽を愉しむ為だけの悦である。

 実験材料は実験材料として人間を拉致監禁しているが、これは違った。そも、彼女の家が飼う蟲は男である時点で喰い殺し、肉として増殖するだけの餌に過ぎない。こうやって男も快楽の渦に巻き込まれている時点で、それは間桐家の研究とは異なっていると言うコトだ。

 

「実益を備えた遊興と言った所か。実に悪趣味だ」

 

「まぁ、私は貴方が知っての通り、精神に関する分野が得意なのです。なので、娯楽だけって訳じゃなくて、魔術を実践出来る良い機会なのもの本当です」

 

 話をしている間もパーティは続いていた。この場にいる獣達は全て間桐亜璃紗によって精神を解放され、本能のまま交り合い続けている。彼女の魔術で避妊対策もされ、記憶の改竄も完璧である。この事を覚えている男も女も明日の朝には一人も居ないが、肉体に快楽は刻まれる。この場の者全員が亜璃紗の性奴隷であり、快楽の虜に成り果てている。

 こんな生活が第六次聖杯戦争が始まる前の、間桐亜璃紗の当たり前な日常だった。

 

 

◆◆◆

 

 

 魔獣を育成する為の巨大施設。仄暗い地下室の床に作られた隠し扉の奥の、更に底へ作られた魔術工房。広大な工房は実際に掘り拡げられたのもあるが、工房を霊脈内へ取り込むことで魔術的にも拡大されていた。僻地や辺境ならば、あるいは異界化した森の中であれば、外に結界を作って巨体を誇る魔獣を飼うこともできたが、この場所は都市部から僅かに離れた場所。霊脈の関係で森林地帯の奥地に工房を作れず、こうして態々人口密集地帯の近場に地下工房を作っていた。

 

「おう、亜璃紗。ペットの使い魔のお手伝い、すまんな」

 

 そう笑い、子犬の撫でていた亜璃紗に一人の魔術師が声を発した。

 

「良いよ、別に。居候だし」

 

 第六次聖杯戦争後、間桐亜璃紗はとある魔術師の元に身を寄せていた。正体は日本在住の封印指定。元々は魔術師ではなく呪術師であり、高い法力を持つ祈祷師でもあり、西洋の魔術基盤になど興味がない男。しかし、とある理由で魔術に手を出し、魔術協会時計塔に入学し、そこで魔術を極めた末に日本へ帰国した怪物。後に封印指定を受け、もう百年以上経っていた。

 とは言え、風貌は疲れた顔立ちの中年男性。

 そんな血生臭い経歴を感じさせないスーツ姿の(THE)日本人。

 

「貴方、結構な年齢だけど、まだ表側で職に付くの辞めないんだ」

 

「当然。おっさんは魔術師も呪術師も止めんし、帰って来てから開業したこの仕事も続けてくよ」

 

「会社経営のペットショップでしょ。私も動物好きだけど、就職すると時間の拘束が長いからね」

 

「安心しな。今のおっさんは経営に成功した(シー)(イー)(オー)

 ……じゃなくて。それももう辞めて、経営から身を引いた総株主の会長だ。偶に会議に出るだけなので、今は研究に専念してるのさ」

 

「良い御身分ね」

 

「いやぁ、それもこれも全て亜璃紗のおかげだけど。あの死灰の男……えーと、名前は言峰士人だったか。そいつに遊び半分で狩り殺されそうになってたところを、君が助けてくれたからな」

 

「貴方、性根は義理堅そうだったし、報酬として研究結果を分けてくれた。そのおかげでマキリの杯も量産できたので文句なし。

 幻獣クラスの―――遺伝子改竄魔術式。

 封印指定に選ばれる程の技術力、とても有意義だったよ。桜さんも笑いながら絶賛しました」

 

「そー言われるとおっさんも照れるね。封印指定にされちゃった事件の後始末も亜璃紗のおかげで助かったし、良い事尽くしだ」

 

 今より百五十年以上前。封印指定に選ばれたのは幻獣を作り出す遺伝子改竄だったが、それが協会に露見してしまう事件があった。魔獣廻しと呼ばれるこの魔術師―――座戎(ざえびす)孝頼(たかより)が生み出した幻獣は高度な知性を持ち、あろうことか工房から海洋へ脱出した。その後、その幻獣は海の中で神獣へ深化し、とある辺境の漁村に漂着。そして神獣は悪魔の異界常識に至り、港町とは呼べない小さな漁村を固有結界の内側に取り込んだ。漁村は深い霧に覆われ、現世より隔離された異界に堕ちた。

 ―――地獄である。

 漁村に居座っていた死徒の情報さえ取り込み、吸血鬼の真性悪魔が誕生した。

 村人は悪魔の眷属となり、死徒ではない人食いの吸血鬼となった。神獣より生み出た新たな吸血種の眷属は獣に狂わされ、悪魔を神として崇める信徒に変貌。魔術協会が送り出した執行者と、聖堂教会が差し向けた代行者は、僅かな生き残り以外例外なく異端の神の眷属に成り果てた。その時代の高位執行者や埋葬機関員さえ殺害、あるいは撃退した。それにより、漁村の者は魔術や秘蹟の知識さえ収集してしまい、真に神秘を理解した邪教の宗教一派が作り上げられてしまった。そして生き残った者が何とか採取した神獣の血液と細胞と、この異界で生まれた吸血鬼の魔力。それを手掛かりに協会は元凶の魔術師を特定。座戎(ざえびす)孝頼(たかより)は封印指定に選ばれた。

 漁村に住まう者――獣血の眷属。死徒ならざる吸血鬼。

 奴らは元より、獣。日々が獣性の宴。日光を弱点とせず、教会の洗礼が効かず、水中を好む血吸い人獣。既存の魔物から外れた人造知性体。

 名付けるならば――カルヴァート獣血教会。

 神秘を学問として研鑽し、神に近づく為に血を尊ぶ学術教団。村長の名をそのまま付けられた漁村を支配する異端邪教。しかも、奴らは組織として活動し、戦闘部隊も作っていた。取り込んだ執行者や代行者が保有する戦闘技能を解明し、邪教の吸血鬼は惨殺技巧に優れた武闘派魔術結社でもあった。

 そして冷戦時代が終わろうとも、魔術結社「カルヴァート獣血教会」は滅んでいなかった。

 こう言う半ば特異点化した地域、あるいは異界常識で支配された領域は世界中に点在している。幻想種や魔術師の手で異界化した辺境の土地や孤島は、数が多い訳ではないが無い訳ではなかった。上級死徒が管理する土地や、殺人貴によって滅ぼされたアインナッシュの森なども例に含まれよう。

 とは言え、今はもうその魔術結社も滅ぼされた。

 数年前の話である。ふらりと唐突に訪れた聖堂騎士(パラディン)――デメトリオ・メランドリが単独で、漁村と結社を一晩で壊滅させてしまった。神獣は惨殺され、吸血鬼共も淡々と斬殺した。そして、聖騎士が殺し損ねた生き残りの残党が座戎の居場所を突き止め、襲撃してきたところを、魔術式の交渉をしに来ていた亜璃紗に皆殺しにされたのが顛末だった。

 

「カルヴァート獣血教会だっけ。あの連中、メランドリさんの玩具にされて葬られたんでしょ」

 

「ん、メランドリ? メランドリ……―――ああ! 教会の聖堂騎士(パラディン)か。そいつだったな、皆殺しにしたの。

 いや、あれ人間じゃないからな。昔、おっさん特製の幻獣が一撃で真っ二つにされたからね。本当、可笑しいからね。戦艦の機関砲を受けても無傷な筈の甲殻魔獣だったんだけど、すげぇ綺麗に切り開かれたかんなぁ……」

 

 戎とは、蛭子を変えた名。座とは、位である。幻獣には座戎家に伝わる御神体の遺伝子情報が使われていた。遥か神代、とある島にて採掘された真エーテルを彼らは遺伝子に保菌し、現代まで伝えていた。つまるところ、その遺伝子が使われた魔獣は神代回帰した神秘だ。それを剣一本であっさり両断した聖堂騎士は、座戎にとってあまりにインパクトが強かった。

 

「……だけど、死んだ奴はどうでもいいや。おっさん興味ないし。兎も角、亜璃紗は妙に動物が好きだな。ここのペットの餌やりも中々“愉”しんでるみたいだしね」

 

「まぁね。この餌場で保管されてるのは、貴方が経営してるペットショップで売れ残った子犬とか子猫とかでしょ。人慣れもそこそこしてるし、撫でてるだけで心が癒される」

 

 ふわりふわり、と彼女は子犬の頭を愛でる。

 

「貴方なら知ってるでしょ、ペットショップの動物は何も知らない生き物だ。与えられた餌だけを食べ生き、人間に無機質に管理され、自分の親さえも生まれた瞬間に引き離される。生きる為のモノを全て与えられる代わり、何もかもを奪い取られ、自身を忘却した精神性。まるで消毒液臭い真っ白な病室みたいに、この子たちの中身は綺麗で美しい形をしてる。

 その心が―――愛おしい。

 工場で培養された純粋無垢ではなく、環境を剥奪された白痴無能。ただ生きることだけが許された動物もどき」

 

 そう亜璃紗は笑って、子犬の頭を撫で続けていた。とても優しい手つきで、滑らかな仕草だった。犬種としてはポメラニアンか、その犬は完全に安心し切った雰囲気で亜璃紗に抱きつかれていた。

 

「……ふふ。それに元よりペットは、私達人間を愉しませる為の生き物。その為に職人がオスを使ってメスを無理矢理孕ませ、工場で量産してる商品。

 人間社会で生きる彼らは娯楽商品としてのみ、この社会に存在価値を認められている」

 

「おうよ。なのでペットショップの動物は、旬の時期を過ぎれば処分しないといけない。魔獣を専門にしてる魔術師だからか、それが酷く勿体無く思えてね。と言うより、動物研究してる魔術師だから、表側でも好きな業種としてペット商売を始めてんだしな。

 ……なので、売れ残りをこっちで引き取ることにした。

 保健所やら専門業者やらで、手塩にかけたペット商品を殺す為にただ殺す。そういうのおっさん、好きじゃない。動物好きとして許せることじゃない」

 

「良い心掛け。命は無駄使いせず、しっかりと有り難まないと」

 

「魔獣使いとして当然だ、勿体無い。命は有限なんだぞ。あーあ、おっさんも国民として税金はちゃんと払ってるけど、その金の一部が殺処分代に消えてると思うと残念だ。この国で生きる為の必要経費として、そう言う納税とかの義務は怪しまれない為にも必要だし、国から良識ある人間として扱って貰う為の、ある種の契約でもある。魔術師としても契約は大切だしな。しっかし、おっさんが趣味で経営してるペットショップの利益が、そう言うことに国で使われてると思うと悲しいよ。

 殺すならよ、全部おっさんが貰いたいくらいだ!!

 ……まぁ、要らない物を処分する考えそのものには賛同するけどね」

 

「随分と穿った考え。でもそう考えると、この国で生きてる奴全員、殺処分にお金を支払ってる訳だし、動物が好きだなんて口裂けても言えないね。

 安楽死させて、死体は焼却。

 成る程、日本人の私が動物好きだなんて思うのはおこがましい」

 

「ないない。おっさん、そこまでは思ってないさ。亜璃紗が持っている子犬も殺処分は間逃れたけど、結局は早いから遅いかの違いだからな。生命の最期は死と決まっている。

 だからペットには、ちゃんと生きる為の餌やりは重要だ。此処はその為の餌場だし、食事ってのはエネルギーだ」

 

「ふぅん。そうなの……だってさ、ワンちゃん。それじゃバイバイ」

 

 そして、亜璃紗は手に持っていた子犬(エサ)を、使い魔の合成獣(ペット)がいる檻の中へ投げ捨てた。撫でられて安心しきっていた生餌は当然の事態に対応できず、わんわんと吠えることもなく墜落。高所から(ほう)り投げられた所為で、餌は着地が巧くいかずに片足が折れてしまった。

 その光景を座戎は歪んだ表情で見る。愉しい愉しい時間の開始である。

 

「だけどおっさん、本当に心の底から勿体無いと思ってるんだぜ。彼らをたった生後数カ月でおっさんら日本人は不必要な生ごみとして扱い、子犬や子猫を焼却炉に焚べて無かったことにする。本当に馬鹿げている。心を読み、魂を理解する亜璃紗ならば良く分かるだろう?

 ―――あいつらには心がある!

 生きたいと、死にたくないと希望する想いがある!

 ただただ殺すくらいなら―――煮え滾る憎悪を育てる為、その想いを魔獣の餌にするのさ」

 

 骨折した子犬の前に居座っていたのは、人間よりも遥かに巨大な犬の様な魔獣(ナニカ)だった。

 

「否定しないよ。普通の人にとっても動物の餌やりは楽しい娯楽だもの。餌になる生命が死んでるか、生きてるか、それだけの違いだし。

 何よりさ、草食動物の餌になる植物もちゃんとした生き物だし、彼らにも生きると言う遺伝子に刻まれた本能がある。その想いは決して、私達人間が生きたいって願う心に負けない気持ちなんだ。私はその心を読もうと思えば脳内チャンネルを変えて分かるし、けれど知らない奴らはそんな彼らの気持ちを踏み躙って生きている。肉食動物の餌やりも同じだ。上げる時は肉片になってるけど、その肉も生きて心を持っていた。

 勿論、人間が食べてる生物も同じこと。

 どんなに死骸を調理して美しくしていても、元々心を宿して生きていたんだ。主食にしてる穀物や、サラダにして生で食べてる野菜だって、人間以上に純粋な心を持つ生物だ。

 そして、人間は人間の命を食べて生きている。経済やら貿易やらと間接的にはだけど、人の命は社会って名前の、人類全員の胃袋の中で消化されてる。それがヒトと言う生命体の成り立ち。今この瞬間も、生きたいと願う誰かの為に、死にたくないと望む誰かが犠牲にされ、人間社会に消化されてる」

 

 亜璃紗はただただ笑うだけ。座戎と、子犬と、魔獣を嘲笑うだけ。この三つの心は余りにかけ離れ、人の心も、他の心も、どうしようもなく歪んでいるだけ。

 しかし、彼女を助けた神父の教えが光となる。

 その神父に与えられた母親役の間桐桜が救いになる。

 自分は醜く、人間も醜いが、本能と欲望を宿すヒトの心とはそも醜い。そんな醜いものを綺麗に思うも、汚らわしく感じるも、また自由な心の儘なのだ。それを亜璃紗は楽しめる境地に至り、彼女が観察する「この世全ての心」が掛け替えのない娯楽品なのだ。

 ―――亜璃紗にとって、生まれた時から世界とはそれだった。そうだと認めてしまえば、後は堕ちてしまえば良かった。

 

「私達の命は、生きたいと願う心を食べて延命する。私にはその仕組みが良く分かる。だから、何時も思うんだ。

 最期の走馬燈を炸裂させる心は―――なんて、綺麗なんだろうって」

 

 ―――死の恐怖。

 ―――生の絶望。

 終わりを感じて震え上がる子犬の心を亜璃紗は読み取り、歓喜した。

 

「花火みたいに終わる心、流れ星みたいに消える心―――涙が出る程、美しいんだ。

 他の人にも見せて上げたい、聞かせて上げたい。出来れば、分かち合いたい……―――なんて、思う事さえ私には出来やしない。

 この感動は私だけの愛情(モノ)

 美しい天然の芸術作品を愛でるのは、この私だけで良い」

 

 魔獣はまず、鋭い爪で子犬を弄んだ。骨折した前足を爪一本で突き、徐々に突刺し、最後は砕いた。その後、足を一本ずつ砕いた。身動きが取れない所を蹴り転がし、腹に爪を更に刺した。そして、引く。むわりと血臭が漂い、子犬の小さい胴体に詰まった内臓が飛び出た。

 甲高い子犬特有の鳴声ではない。死を間際にした獣みたいな絶叫だった。

 そして、外に出た内臓を魔獣は牙で裂きながら喰い散らかす。野生動物とは違い、息の根を仕留めてから捕食するのではなく、愉しむ為に生きたまま喰い続けた。最後は子犬が出血性のショック死で死ぬ前に、しっかりと意識が残った状態で頭部を口の中に入れ、引き千切り、咀嚼し、胃袋の中へごくりと喉を鳴らして流し込んだ。

 

「良い子だね。たんとお食べ。ほら、この子猫も上げよう」

 

 口元を血で汚す魔獣を見て微笑む魔女が一人。亜璃紗は喰い殺された子犬が入っていたゲージの隣から、とても優しい動きで子猫をゲージからまた取り上げた。この一匹もペットショップの売れ残りであり、本当なら業者に頼んで屠殺されるだけの命。にゃーニャー、と健気に鳴く可愛らしい売れ残りの猫を腕に抱き、その背中を彼女は非常に滑らかな手付きで撫でた。気持ち良さそうに目を細める子猫の心を感じ、亜璃紗もまた同様に良い気分となって感情を楽しんだ。愉しんだ。

 よって―――生餌をまた愉しもうと思うのも必然だった。

 

「あは。あの魔獣、良い趣味してる。猫の頭部だけを口から出させて、体の方はじわじわかみかみだ。ガムみたい」

 

「ふぅむ、おっさんの遺伝子設計図通りの残虐性だ。喜ばしい。あの魔獣は食欲に、性欲をリンクさせた脳神経にしてるからな。ああやって生きた食べ物で遊ぶのも、人間で言ってしまえば自慰と同じさ。そして、弄ばれた動物を喰い殺し、発生した憎悪を宿す魂を内側に溜め、練磨し、成長する。

 犬神用の生贄として、そろそろあの魔獣も完成だな」

 

「えー、もう首ちょんぱする?」

 

「直ぐにはしないさ。首から下を埋めた後、あれの目の前に食べ物(売れ残り)を入れたゲージを置いて、餓死食前まで待たないとな。食欲と性欲を溜めさせ、気が狂い、発狂してもまだ殺さない。魂が壊れるまで数週間放置し、肉体が死ぬギリギリまで待ち続けて、最後に首を鋸でギコギコじっくり斬らんといけないから。

 最近は魔獣製の犬神作りに凝っててね。こうやって殺して生贄にすると、かなり良い使い魔になるんだよ」

 

「楽しみ~」

 

「おっさんもだ」

 

 これは協会最強の封印指定執行者、バゼット・フラガ・マクレミッツが襲来する数日前の出来事。工房を守る犬神と魔獣軍はルーンと拳で抹殺され、サーヴァントに匹敵する神秘を保有する数多の幻獣は容易く撲殺され、真エーテルを組み込んだ最高傑作である人型合成幻獣・鵺人(ヌエンド)も神剣フラガラックで封殺された。

 座戎も亜璃紗も脱出には成功したが、住処は崩壊。そして、亜璃紗はバゼットと遭遇することで居場所が協会にばれてしまい、彼女への復讐を望む聖杯の執行者たちが本格的な狩りを開始する。無論、教会の方に属する聖杯の代行者も活動を再開。フリーランスの魔術使いとなっていた聖杯の魔女らも同じく捜索に参加。

 彼女は再び拠点を得る為、座戎へ別れを告げて旅に出る事となった。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「南無阿弥陀仏―――?」

 

「ビャギャァァアアアアーーー!

 融ける熔ける解けるなんで、脳が溶けるなんで!?!?」

 

「南無阿弥陀仏……? え、なんで疑問形で唱えた念仏があんな凄いの」

 

 取り敢えず、彼は右手で目の前の吸血鬼の顔面をワンパン。間桐亜璃紗は白目になりそうだった。人助けの為に飛び出た男を止めるも余裕で無視され、亜璃紗はこの南無阿弥陀仏劇場を見せられることになった。序でに助けた女性もまだ傍におり、この光景をぽかーんと口を開けて見守っていた。

 

「そしてこれが最後の……アーメン!」

 

「ギャフゥ!」

 

 次に左拳でまた顔面ワンパン。

 

「ハレルヤ!」

 

「フゥグア!」

 

 もう一つおまけに右手でワンパン。

 

「ピーナッツバスターァァアアア―――!!」

 

「ぎゃぁぁあああああああああああああ!!」

 

 最後の一撃として、その求道僧は敵の顔面にドロップキックを炸裂させた。

 

「理不尽極まるよ。なんで最後はピーナッツバターじゃなくてピーナッツバスターなの? ドロップキックでバスターっぽいから? そして何故死徒にそんな適当な仏法の祈りが、私が魔術で施した洗礼以上に効くの?

 ―――……あ、駄目だ。これ駄目な奴だ。私、知ってる」

 

 さらり、と見事に死灰と成り果てた死徒。それを見て特に意味もなく高笑いをする求道僧。更にその二人を見て顔面の表情が息絶えている少女が一人。

 

「頭が可笑しくなりそう。糞ぅ、くそぅ、クソゥ、失敗した。面白そうな心をしてるのが居るからって話掛けるんじゃなかった。深層心理では阿闍梨の域へ至っているのに、神と教に葛藤して、未だ覚醒していない聖人だったから迷わせてやろうとか思うんじゃなかった。

 もうヤだ、やだやだヤダ……私のド間抜け。

 内面は聖人君子一色だったのに、まさかこんな色モノ破戒僧だったなんて……―――!」

 

「―――小生、大勝利哉!!」

 

 臥籐門司、否―――人呼んで、ミラクル求道僧は人外にもかなり寛容だが、人を喰い殺している怪物に容赦はしなかった。そもそもこの世に神は居ても、吸血鬼などいないと思っていた。なので、実は吸血鬼ではなく、何となく現世に迷い出た妖魔の類だと思い、潔く成仏せよと物理で祈っただけだった。

 そんな何となく殴っただけのモンジーパンチであったが、彼の内側で練磨された徳は本物だ。念仏を唱えるだけで拳に法力が宿り、一撃で相手の霊核を浄化したのであったとさ。

 

「霊山ヒマラヤに登り、神への答えを悟ることは出来ずとも開眼した我が心眼!

 インドの通信教育でバラモンより授かったカラリパヤット!!

 そして霊験有り難き小生の神域ヤコブ絶命拳!!!

 ―――正に無敵!

 ―――遂に究極!

 では亜璃紗よ、大丈夫であったか? おぬしは何となく麗しく無くも無い美少女であったからか、あのアヤカシに狙われていたからな。何処か呪われていたら遠慮なくこの小生に言うが良い。余り有り難くない我が神通力にて痛い痛いの飛んでいけぇい!!! と吹き飛ばしてやろう」

 

「ぁ、はい。無事です、ガトーさん」

 

「そうかそうか。それは良かった、あっはっはっはっはっは!!」

 

 臥籐門司がありとあらゆる宗教に絶望して数年、ふとした出来事で彼はヒマラヤ登山を制覇してみたものの、神と教に悟りを得ることは出来なかった。あれはあれで良い修行にはなったか、欲しいものは得られなかった。人を救う神は有り得ず、人間の悪性にまみれていない原始の神性など何処にも存在しなかった。しかしそれで止まれる程、門司は信仰に愚かではなく、我欲に賢くもなかった。どちらを選んでも神に絶望し、人に失望し、誰も救えない己を憎悪するのみなのだろうが、この両目で世界を見ることを止めなかった。

 葛藤に塗れ、徒労に果て、走り抜けた先にある虚無感。

 神を見捨て、世を見下げ、人に失意する飽くなき求道。

 だからこそ、人を救うと、業で足掻きながらも諦めた。

 ……と、臥籐門司のこう言う思想は実に亜璃紗好みな筈なのだ。この求道僧の心の中は、地獄で出来上がっていた筈なのだ。こんな絶望を抱えているなら、面白くない筈がないのに……興味津々で、話し掛けて、求道の旅路に無理矢理同伴してみればこれだった。

 ―――アレ一歩手前だった。

 これはないと嘆くも時既に遅し。亜璃紗は門司に内面を悟られ、せめて邪悪な精神を人並み程度の悪党に改心させてやろうと思われてしまった後だった。と言うよりも、門司が救うことが出来ないと納得してしまう程に亜璃紗が悪徳に狂っており、求道僧とすれば其処が妥協点だった。全知全能や魔性菩薩の領域で向こう側の住人になっていれば、魂がそうなのだと門司も諦めもつくが、亜璃紗はまだ何とか変われると思った。罪を償うことは出来ずとも、罪から逃げることが出来るだろうと考えていた。

 

「どうした、亜璃紗よ。

 そんな浮かない顔をすれば、あの死霊から陰気を背負わされてしまうぞ!?」

 

「そぅですね。あい。気を付けますぅ……」

 

「元気がない。

 折角小生のウルトラ説法かっこ物理が見れたのだ、もっと有り難ってもいいのだぞ!?」

 

「……わぁー、すごーいィ」

 

「なんと気の抜けた……!?

 年頃の娘っ子がこれでは覇気が足りないぞ。一緒に百式菩薩断食荒行でもするか?」

 

「やぁ……やだぁ……もう断食やだぁ……」

 

 目が死んでいる。亜璃紗も一度は彼に反論した事もあるが、逆に論破されて本気で気落ちした。説法の巧さで言えばあの狂った神父以上で、膨大な人生経験と徳の高い求道僧の精神性は臥籐門司が誇る武器である。嘗て出会ってしまった殺生院祈荒をマジへこみさせて絶望に追いやり、沙条愛歌から流石のモンジーちゃんと特別視される程の説得力を持つ。

 如何でも良いが、言峰士人もまた求道仲間の臥籐門司から一つの真理を学んだ。偶に求道活動を中断してニート生活を満喫し、武術修練や魔術鍛錬、あるいは概念武装や魔獣礼装の開発と研究に専念するのも門司の教えからだった。

 

「全く、これはいかん。亜璃紗は何故か魔性の者に狙われ易いようだからな。せめて小生並になんちゃってラマダン法力を身に付けた方が良いぞ。

 あの程度の死霊ならば、ハレルヤパンチとアーメンキックで南無阿弥陀仏できるようになり給え、若者よ!!」

 

「ひぃ。一日一万回のモンジーパンチはやりたくないよぉ」

 

「愚か者め、人の為に祈らなければ修行にならんぞ。

 さぁ! さぁ!! さぁ!!!

 ―――小生と共に修行をして、お主はせめて人の不幸をちょっぴりほくそ笑む程度の小悪党に改心せねばな」

 

「良いよ。もう私は其処ら辺の小悪党系美少女だよ」

 

「え? 美少女? お主が?」

 

「否定するのソコなの!?」

 

「小生はまだ悟りに至らぬ未熟者。女神のような豊満さを欲する心を否定出来ぬ。美とは顔立ちや体型だけで語れぬものではないのだ。やはり麗しき天女とは、細々とした綺麗さではなく、大雑把にでも美しいもの。

 後、これが一番だがおぬし、中身が美人からは程遠い。

 出来れば―――チェンジ・ザ・中の人!!」

 

「チェンジってなんなの、なんなの!? ああぁぁあああァァアアアアアアアアア!!?」

 

 こうして亜璃紗は、この世で出会ってしまってはならない天敵にロックオンされる事になっていた。

 

「うーむ。改心させるには、アガペー的キャラ崩壊が足りんか」

 

「クソぅ! 私じゃこいつに勝てないよ、桜お母さん!!」

 

「お、良い感じに人間性がお主から出て来たな。

 ―――しかし! だがしかし!? まだまだ聖母マリア度が足りん!? まるで足りん!!」

 

「絶対こいつ殺生院に押し付ける! 今そう決めたじゃないと私の心が死ぬ!?」

 

「流石の小生もあの魔性菩薩はちょっと……―――うむ、ないな。あれはない。ハルマゲドンっぽくマジでない。ラグナロクが起きようとも有り得んな!」

 

「あのー、すみませ~ん? もう良いですか?」

 

 とは言え、今は二人の漫才を止める者がいた。

 

「おお、どうしたそこの通りすがりの少女よ。あの悪霊は無事小生が成仏させたぞ!!」

 

 門司が死霊と勘違いした吸血鬼を滅したのも、実はこの通りすがりの少女が襲われていたからだった。亜璃紗が制止するのも効かずに突撃し、その死徒を背後から忍び寄ってまずチョークスリーパーを決め、勢いのままバックドロップ。そして、何とか立ち上がった死霊(実は吸血鬼)を前に、彼は迷い無く南無三ヘッドバットを叩き付けた。後の流れは南無阿弥陀仏でボコボコにし、最後にピーナッツバスターで仕留めたのであった。

 一連の流れを茫然と見ていた被害者らしき少女は、その後に繰り広げられた亜璃紗とのコントも苦笑いで見ながら、やっと臥籐門司に声を掛けることが出来たのであった。

 

「私、弓塚さつきって言います。この街で日本人に会うのは初めてで驚きましたが、この度は助けて貰ってありがとうございます」

 

「そう畏まるな、なんだか幸の薄そうな弓塚さつきちゃんよ。略して、さっちん」

 

「―――さっちん!? 

 ん? それなんか久しぶりな、あれ……化け猫ビレッジで、ニーソ&ストベリーパフェ、売れないピアニストがネロアで……うぅぅうぅ、頭がぁッ……これは、思い出してならないもう一夜のタタリフィーバー!!?」

 

 急にさっちんと呼ばれて頭を抱えるさつきに気付かず、門司はマイペースに話を続ける。そんな門司を胡乱気な瞳で亜璃紗は見るも、何かを喋る気力が失せていた。

 

「そして、バビロンもびっくりな提案があるのだが、これはどうだろうか?

 小生が我流祈祷術で愛と勇気とアーメンを祈りまくり、お主に悪霊が寄ってこない様に、メソポタミアの萌え神とエジプトのマスコット神の加護を与えても良いのだぞ!!

 それが胡散臭いのであれば、如来の教えでも啓示の神の教えでも、お主の魂に刻んでやる!! 文字通りの神様流血大サービスと言うヤツよ」

 

「止めて下さい。死んでしまいます」

 

「はっはっはっはっは!! 死んでしまうほど小生の言葉が有り難いと言うことか、さっちん!! お主は求道僧を誉めるのが上手いな!!」

 

「いやぁ、ある意味間違ってる訳じゃないんだけど……あの、本当に止めて下さいね?」

 

「分かっている分かっている。嫌よ嫌よも好きの内と言う訳だな、伊邪那美(イザナミ)的に。では早速!

 ―――寿限無、寿限無。五劫の擦り切れ。海砂利水魚の、水行末、雲来末、風来末。食う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子。パイポ パイポ パイポのシューリンガン。シューリンガンのグーリンダイ。グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの、長久命の長助。

 寿限無、寿限無―――」

 

「なぁにこれぇ、こんな洗礼落語聞いたことない……でしょ、弓塚さつきさん?」

 

「ふぅわぁあああああああああ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、本当に私死んじゃうよぉおおお!??

 なんでそんな適当な祈りで浄化されそうになるのぉおおおお!?? 魂が清められちゃうよぉおおおおおお!!!」

 

「なるほど、弱点属性で効果は抜群だ。ビビるね」

 

 心を読める亜璃紗はさつきが死徒なのを察していたが、本当にあんな適当な聖句で浄化されてしまうことに色々と絶望した。彼女の内心を読み取った限り、かなり上位の祖クラスの死徒でありながら、この無様。そもそも死徒と言う吸血種は魔術世界でも有名な吸血鬼で、大元は月より地上へ降りた者より広まった血の呪い。一種の不治の疫病とも言え、宇宙人の血が流れ込んだ元人間が正体だった。そして、亜璃紗が見たのが真実ならば、彼女はあの番外位である転生者(アカシャ)のロアの子供。そのロアは更に真祖の直系死徒であり、さつきはあの姫君の孫とも言える化け物の筈。

 だがしかし、現実は非情。

 真祖やら二十七祖やらと全く関係無く、ガトーモンクの洗礼は有効だった。

 

「ガトーさん、その人あれだから。吸血鬼だから。本当に死んでしまうよ?」

 

「―――寿限無寿限無……む? 亜璃紗よ、何か言ったか?」

 

「ほぉえぁあああああああああああ、あ、あぁ……あれ? やっと終わったの?

 う、うぅぅ、死ぬよ。死んじゃうよ……!! なんでぇ、私ばっかりこんな目に……ッ―――」

 

 さつきの脳裏に走るのは今までの記憶の数々。それを読心で見てしまった亜璃紗は人生で初めてと言える程、凄まじく優しい気持ちになれてしまった。

 

「ああ、なんて無様。これは酷い、酷過ぎる……」

 

 他者の心を娯楽にする外道の筈の間桐亜璃紗は、自分より遥かに不運な人にこれまた初めて本心から同情した。

 

「助けてぇ、本当に助けてぇシオン、リーズバイフェさぁん。折角、ロアの血を狙って来た変態魔術師吸血鬼から助けて貰えたのに、私を助けてくれた本人から殺されちゃうよ」

 

「おおおお! どうしたのだ、さっちん!? まるで天魔(マーラ)のマーラを見てしまった乙女の如き悲嘆の叫び。

 小生、助けずにはいられない!!」

 

「十割貴方の所為だから、ガトーさん」

 

「何故だ!! ミラクル求道僧は間違えない!!」

 

 後に、元院長の錬金術師と元聖堂騎士の音楽家が旅の仲間に加わり、白猫の使い魔を連れた詩人風(ポエマーチック)な殺人鬼とも出会ってしまう。そして、死灰の神父や正義の味方と料理一番台所対決が始まり、盗賊の魔女や埋葬機関の殺し屋とヴァンデルシュタームのカジノで財産をザワザワしながら奪い合い、全知全能と魔性菩薩が女友達同士久しぶりに里帰りした実家の山でBBQして人生エンジョイ中にミラクル求道僧が乱入したりするのだが、それらは恐ろしい事にここ一年以内の話となる。











 この作品ですと、真祖の姫が殺人貴と一緒に居たので山頂でモンジーは会えませんでした。神、サイコー! やっぱ姫君は良い文明!
 亜璃紗が改心することはあり得ませんが、門司のおかげで人間性を手に入れることは出来るようになります。原初の神性とこの平行世界のモンジは永遠に出会えませんので、死ぬまで修行僧を続けて最後は菩薩の域を超えることが出来る可能性が全くない訳ではありません。なので、山から下りた後にアジアの何処かにある海賊共和国な港町で出会った亜璃紗を、ノリノリで改心させてやろうと旅に連れ回すようになりました。





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