神父と聖杯戦争   作:サイトー

112 / 116
 人理継続保障機関フィニス・カルデアって名前の時点で、カルデアが第二部の最終ステージになりそう。


天細工の杯

 初めて自己を認識した時、彼女は全てを把握していた。培養器の中で眼を醒ました彼女―――エルナスフィール・フォン・アインツベルンは、存在理由を真っ向から肯定した。死ぬ為に誕生し、獲得する為に死に殉ずる。

 枯れ果てた妄執は綺麗だ。単純で、純粋で、惨酷だった。

 ―――覚醒。

 ―――反転。

 ―――死骸。

 ―――英霊。

 ―――意識。

 ―――聖杯。

 身動きを試みてみた。生まれて初めて体を動かした。

 ……左腕が無い。左眼が無い。

 人間には四肢と両目が揃っているらしいが、自分の肉体には足りない部分があるらしい。

 

「―――エルナスフィール様。義腕と義眼は、ワタシが準備しております」

 

 透明な壁の先。声の主が其処に居た。

 ―――赤い目と銀髪。服装は知識から把握するに、アインツベルン製の特別な魔術礼装である給仕服。白色を基調にした清潔感溢れる服は、彼女が俗にメイドと呼ばれる種類の人だと一目で理解出来た。凍り付いた表情は無を体現していたが、メイドからは微かに喜びの気配が溢れていた。

 

「…………―――っ!」

 

 邪魔だった。目の前に広がる透明な壁が、意識がチリチリと焼けるほど煩わしいと感じた。だから、エルナスフィールは壁を蹴り抜いた。耳障りな硝子の破壊音が研究室内で響き渡るが、この場所に居るのはメイドの彼女だけ。なので、そんな彼女の暴挙を誰も咎めなかった。

 ―――飛び出した地の先。エルナスフィールは両足で立った。

 そして彼女は、初めて自分の口をゆっくりと開いた。だから、これから話す言葉が生まれて初めて喋る内容だった。

 

「じゃ、ソレ、宜しく」

 

「ええ。では、部屋まで案内致します」

 

 植え付けられた知識によると、目の前の人造人間(ホムンクルス)は自分専用のメイドらしい。彼女はエルナスフィールの為に準備しておいた白く清潔な布で、自分の主を丁寧に寒くない様に包み込んだ。

 

「おまえ、私専用のお手伝いさん何だってな。……名前は?」

 

「ありません。生まれた時はアルマスフィールと命名されたのですが、気に入らなかったので捨てました。ワタシは聖杯の運用や、聖杯戦争の主軸となる人造人間ではありませんので、スフィールの系統を辞退したのです。

 故に、今は唯のアインツベルンのホムンクルス。貴女にだけ仕えるメイドです」

 

 名前など不必要。逆に彼女はアルマスフィールと言う名前が心底不愉快であった。自分は確かに聖杯の能力を持っているが、聖杯戦争で運用される聖杯では無い。それは目の前の主であるエルナスフィールも同じであるが、それでもスフィールの意味合いには適合しているのだろう……欠陥品の自分とは違って。

 

「じゃあ……ええ、と。そうだ、ツェツィーリエとかどう? ドイツ系の女性名で何となく直感で思い浮かんだんだけど」

 

「いいですね。ツェツィーリエ……ですか。成る程、良い響きです。決めました、ワタシは今からツェツィーリエ・フォン・アインツベルンと名乗りましょう」

 

「んじゃツェリ、道案内宜しく。私の事はエルナとでも呼んでくれ。一々エルナスフィールって呼ぶのは面倒だろ。

 その代わり、私はツェリって呼ぶからさ」

 

「―――有り難う御座います。

 これからは我が主、エルナスフィール・フォン・アインツベルン様の事をエルナ様と呼ばせて頂きます」

 

「ああ、わかった」

 

 人生で初めて地に立ち、人生で初めて声を発し、人生で初めて服を着て、人生で初めて両足で歩いた。エルナは存分に生を実感し、自分が生まれた事を運命に感謝した。

 歪な人造人間として誕生した今生とは言え、生である事に違いは無い。

 全てが当然の如く進む様に、まるで双六を単調に進める様に、死ぬまで生きられる事に違いは無い。

 

「―――ああ。そうか、これが世界か」

 

 広い。とても広い。封じられていた五感が、ありとあらゆる情報と化して、エルナの脳に神経を通して世界を伝達していた。だから、その表情も生まれて初めて浮かべるモノ。

 爆笑。苦笑。失笑。冷笑。微笑。空笑。嘲笑。憫笑。どの笑顔にも彼女の表情を例えるのは適していなかった。

 強いて言うのであれば―――赤子の如き泣き笑い。

 涙が出そうな程、心の底から感動する。これからの人生が素晴しい、人生が始まるのが喜ばしい。 

 

「ツェリ。あのさ、今更何だけど――――これから宜しく頼むぜ」

 

 ……と、そんな思い出もまた遠い過去でありながら、今の自分にはこの記録を二つの主観で覚えていた。魂も肉体も精神も、混ざり、溶け、三種の存在が一個体に新生した故に当然と言えば当然だった。

 もはや彼女はエルナスフィールでも、ツェツェーリエでも、クノッヘンでもない。

 反魂の理によって転生し、魂が星幽界に戻ることなく生まれ変わってしまった。正しく、冥府の神の権能であろう絶対の理論であった。

 ―――魂を物質化させた人造人間をアインツベルンは手に入れた。

 新たなる当主を迎えた錬金術師は聖杯戦争から脱却し、だが第六次聖杯戦争後、大聖杯製造の秘匿情報が漏洩した。限定的だが第三法の成功例を入手し、もはや不要となった技術に錬金術師は興味を見せず。しかし、先代当主だけは責務としてドイツ・ベルリンで起きた聖杯戦争へ単身回収に向かったが、それは失敗に終わった。ドイツで完成した聖杯は魔法使いが手に入れ、アハト翁は自分の使命に従い死に、古いアインツベルンは消え去った。新たな家系として、魂が物質化された人造人間(ホムンクルス)を量産し、術式を継承していく事が使命となった。そして、やがて真に魔法へ至る為、只管に人造の魂を生み出し続ける錬金術師の家と成り果てた。

 ……こうして、アインツベルンとマキリと遠坂が始めた英霊召喚と聖杯儀式は魔術世界に広がった。地獄のような都市を贄とする儀式が溢れ返った。

 

“ふぅ……けれども、我らに事は無し”

 

 彼女に名は無かった。強いて言えば、アインツベルンのホムンクルスとだけ名乗れる女。

 

“泰山府君の権能―――……我が反魂の死。ふ、ふふふ!

 ああ。しかし、まさか、アインツベルンの錬金術ではなく、陰陽道の呪術で第三法の魔術理論に辿り着くとは、皮肉よなぁ”

 

 カレン・オルテンシアとイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに宝具が仕込まれていたのと同じく、エルナスフィールにも、ツェツェーリエにも、安倍晴明(キャスター)の宝具が仕込まれていたのは至極当然の対策だった。

 カレンの中には、安倍晴明(キャスター)の因子がある。

 イリヤの中には、言峰士人(アヴェンジャー)の因子がある。

 エルナとツェリに英霊の霊基を符術で憑依させる予定はなかったが、それでも念には念を入れるのが陰陽師の心得だ。

 宝具「大悲胎蔵泰山府君祭(たいひたいぞうたいざんふくんさい)」の奥義たる力。

 反魂の死によって、魂と魂を融合し、全く別の魂に転生させる地獄に逆らう術理である。新生するのは魂だけではなく、肉体も、精神も、元のカタチを消失してより高次元の生命体へ進化してしまう許されざる邪法であった。宿敵の陰陽師だった男さえ吐き気がすると嫌悪したかもしれない人間そのものを否定する神秘であるが、清明からすれば陰陽道とは最初からそう言う呪われた理に過ぎなかった。

 だが、それだけではなかった。

 安倍晴明(キャスター)は魂を式神として自在と可能なのは、何も英霊だけではない。あの冬木で死んだ者は無論、まだ魂があの地に残っている魔術師が存在していた。

 至高の錬金術師。大聖杯として分解された人体宇宙。

 魔歩使いの弟子が鋳造せし最高傑作(ホムンクルス)――ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。そもそも大聖杯とは、彼女の魔術回路を魔術式に置換した巨大魔法陣。未だに身体が納められており、アンリ・マユに汚染されて悪神の揺り籠になっても本質に変化はない。その身体と回路さえあれば、清明にとって触媒には十分だった。最初から、第三魔法を使用可能な術者がそもそも冬木市には眠っていることは理解していた。

 つまり晴明はユスティーツァが魔法を使う際、その魔力消費のコストが最悪だったことを知っていた。聖杯戦争などと言う儀式をアインツベルンの錬金術師(ホムンクルス)が行ったのも、魔力源を確保する為であり、根源の孔を空けるのも魔法に至る為だけだ。

 ―――ならば、話は簡単。

 ユスティーツァそのものから必要な因子を宝具へ写し取り、エルナとツェリに複製した術式と擬似回路を移植すれば良い。

 それがキャスターの保険だった。

 そして、カレンとイリヤは自分が死んだ後、もし彼女達が死んだ場合における保険だった。

 カレン・オルテンシアが持つ被虐霊媒体質は、式神との相性が非常に高く、自分の因子を憑依させるのは最適だった。その事を理解したキャスターは、聖杯転生の反魂儀式をカレンにさせる為の契約を令呪もどきで施し、エルナとカレンが死んだ後にその保険が使われた訳だった。更にその儀式成功を保証させる為に、カレンは聖杯のイリヤスフィールにも協力させ、クノッヘンの魂を生贄にすることで今の完全体の蘇生を成功させたのであった。

 

“結局のところ、あの陰陽師を召喚して冬木へ赴いた時点で、アインツベルンはそもそも聖杯戦争なんて必要では無くなったと言うこと。

 それでも戦っていたのは、キャスターの願望と、私の我が儘だけが理由だった訳だ”

 

 竜種を超えた無尽蔵の魔力炉心。

 物理的な損害を無効化する不死性。 

 英霊と同じ神秘無き干渉が効かぬ体。

 三者の魂が混じることで名前を失うことになったが、彼女は永劫の時間さえ取るに足りぬ地獄にしか感じられない程に凶悪な自我を持つ破目になった。魂と精神が、そもそも永遠に耐えられる異次元の領域に至った者共であり、遂にその肉体も永遠を飲み干す何かへと変貌することになっただけだった。

 この女こそ、全ての死徒が望む永遠の存在。

 あらゆる魔術師が望んでやまない空の体現者。

 魔法使いが過ぎ去り、その弟子の魔術師も消え去り、アインツベルンに残されたのは人造人間の錬金術師だけだった。しかし、数百年の時を経て、ホムンクルス達はやっと遥か過去の目的に至ることが出来た。

 

「―――当主様。次世代躯体の鋳造設計図が完成致しました」

 

「ああ、御苦労。見せてくれ……―――ほぅほぅ。中々に尖った遺伝子構図と、魔術回路の設定だな。君、私よりも正直、人造人間製造に向いているよ。

 ここは思い切って、このような名を失くした錬金術師ではなく、才あるホムンクルスが当主にでもならないかね」

 

「御冗談にも程があります。このアインツベルン、ホムンクルスとゴーレムのみが生きる魔法使いとその弟子達の残骸でした。しかし、衛宮切嗣を招き入れたことで、イリヤスフィールが生まれ、人間の魔術師でもある聖杯がアインツベルンになりました。本来ならば有り得ざるアインツベルンの血統に連なる人間を、この家は取り戻せました。

 ……当主様は、そのイリヤスフィールの娘です。

 この家は遂に魔法使いの弟子が造った人工知能のからくり機構から脱し、魔法に向けて進化する錬金術師の家系に回帰することが出来ました」

 

「ほぉ。そう言う考えか、君は。確かに、この家で人間の魔術師は私だけだったな。しかし、それももう、エルナスフィールであった頃の話よなぁ。

 今はエルナであり、ツェリであり、クノッヘンでもある。

 人間の魂と遺伝子を持つが、割合で考えれば、この私もやはりアインツベルンのホムンクルスに過ぎんからな」

 

「―――だからこそ、です。何より、我らホムンクルス、例外なく全て当主様の眷属であり、使い魔でもあり、擬似的に第三法を施されたプロトタイプです」

 

「それは当然だ。そもそも私が体得したこの第三法は、現世へ生み出た生物を高次元に脱する魔術基盤。しかし、根源に赴いて体現した訳ではなく、まだまだ基盤を知り得ただけの状態。キャスターの置き土産に肖るだけの者。未熟な私では、魔法を使える生命体が限定される。適性のある生命体は、未だアインツベルンのホムンクルスのみだ。

 そして、この魔法は生まれた後の生命に施す魔術。

 私は人造人間の鋳造が優れている訳でも、第三法の人造人間を作れる訳でもない。 

 第三法を為そうとしても、この家の術者が創り上げたホムンクルスが存在しなければ無価値な神秘だよ」

 

「それは勿論で御座います。故、貴女以外は当主に相応しくないのです」

 

「肯定はしよう。だが、そう言う意味では、私はホムンクルスを更なる上位存在に昇華するだけの装置に過ぎん。自然の触媒に過ぎない私達を、高次元領域の端末体に……いや、星を不要とする独立体に変革することだけだ。今の我々はもはや太源(マナ)を必要とせず、呼吸の為の大気さえ無用であり、宇宙空間で生存可能な永久機関。

 しかし、そう言う高次元生命体には出来上がったが、その第三法もまだまだ未完成。不老ではあるが、肉体を完全に破壊されるとまだ死に、半端な不死性しか再現出来ていない。無尽蔵に魔力を生成するも回路に制限があり、魔法使いのように無制限の魔力行使が出来る訳ではない。そもそも人型で在り続けるには、まだ肉体の要素がなくてはならない。

 根源に眠る魔術基盤に対する接続度が私では足りず、死ぬことで根源は知ったが、あの境地に至った訳でもないからな。となれば今のアインツベルン、肉体要らずな情報生命体には程遠い。

 ホムンクルスを鋳造する錬金術師と言う観点だけで言えば、魔法使いの弟子が作り上げた人工知能(ゴーレム・ユーブスタクハイト)の方が優秀だろうて」

 

「しかし、八代目はあの神父に出会い、呪われ、人間性に目覚めてしまいました。人工知能として欠落し、だからこそ最高傑作たるエルナスフィール様の作成に成功しました。しかしその所為で、あの人造人間(ホムンクルス)を支配する人工知能(ゴーレム)は聖杯戦争へ赴き、殉死しました。

 ……本当の、アインツベルンの魔術師と呼べる御方は、もはや貴女様だけなのですから」

 

「そうか。変な話をしてすまなかったな。もう下がって良いぞ」

 

「はい。当主様」

 

 聖杯戦争から帰り、三名だった何かは、こうしてアインツベルンで変わらぬ生活を過ごしている。自分の手でも人造人間を造り上げることもあるが、あの死したゴーレムの弟子達のホムンクルスの方がより優れた素体を生み出す事が出来ていた。アインツベルンの研究を進める魔術師として優秀な者や、様々な分野の技術関連に優れた者を作れなかった。そして、何故か分からないが、自分が鋳造したホムンクルス達は例外なく戦闘機能に特化した個体しか造れなかった。宿った人間性も独特な個体が多く、全員が癖のある性格をしているのも解せない。製造遺伝子の元として自分の遺伝子情報を使って製造する為か、気が付けば当主が直接製造した当主直属近衛兵団なんてホムンクルスの管轄まで出来上がっている始末。これの所為で、自分が侵入者と暇潰しで殺し合う機会さえ失う惨事が起きている。

 そんな感慨に耽っていると、唐突ではあるが、彼女はふとあることを考えた。

 

「―――……やはり、名無しでは周りが不便よなぁ。

 私は構わないが、この新生した魂にも何かしらの名前を記録させて上げるのも一興だ」

 

 後に、置き手紙一つで世界にまた飛び出した無銘の当主が消えたことでアインツベルンの工房要塞が大騒ぎになり、捜索部隊が徒党を組んで世界に飛び出る事になるのだが、如何でも良い話である。

 

 

◆◆◆

 

 

「―――で、ここまで暇潰しでやって来たと」

 

「ああ、その通りだよ。コトミネ」

 

「魔術師らしく、研究テーマがあるのならば、工房に引き籠っていれば良かっただろうが」

 

「暇なのよ。つまらん」

 

「当主がそれでは、アインツベルンはかなり苦労していると見えるな」

 

「良いのだ。何かなければずっと停滞し、そのまま精神が腐りそうな家柄だ。ちょっと昔はホムンクルスを作っては消費し、それを繰り返し、かなり血生臭かったが、それももう無くなり、人造人間の待遇も人並み程度に落ち着いている。となれば、この程度の変化があった方が良い。

 イベントも有ればあの家のホムンクルス達も生きている実感を得られるだろうし、私も楽しめる。いやはや、まこと良いこと尽くめよなぁ」

 

「ほう。何だかんだで当主を愉しんで見える」

 

「無論だとも、君。今の私はそもそも人造人間(ホムンクルス)が好きだからな。出来れば、生まれた事を誇って貰いたく、壊れる時も過去を思い出しながら満足して死んで欲しいのよ」

 

 何処ぞの封印指定を受けた賢者を圧殺し、占拠した魔術工房で武装開発をしていた言峰士人の元へ、とても珍しい来客が訪れていた。

 

「そうか。それは立派なことだ。職務は真面目にこなせば面白くない。しかし、エルナスフィ……いや、もう違ったな。ふむ、お前の事は何と呼ぶのが正解なんだ?」

 

 黒髪黒目のショートヘアは彼女の面影があり、アインツベルンのホムンクルスであるユスティーツァ系譜の造形でもあるも、人形以上に作り物めいたこの惑星の人間とは思えない美しさ。いや、美しいと言うよりも、幻のような例えようがない狂気を促す顔立ちであり、まるで雪のような、空のような、無の美貌であった。

 

「何でも良いぞ。名無しでも、名亡きでも、当主でも、アインツベルンでも」

 

「そうか。では、アインツベルンで良いな。まぁ、兎も角だ、お前が持っているその武器、中々に面白い工夫が施された概念武装だ。

 ―――興味深い。

 剣や銃の話をすると饒舌になる衛宮が興奮しそうな芸術品だ。無論、この俺も目から鱗が落ちそうだと驚く程の発想性だ」

 

「流石神父、お目が高い。暇過ぎて趣味に走り捲くり、歯止めが効かず、後戻りが出来なくなった我が礼装に着眼するとはね。

 私流に名付け――シェイプシフター・ノートゥングだ。

 勿論これは、魔術礼装の神秘を引き出す為の呪文詠唱でもあるからな。英霊の宝具のように必殺技を叫んで攻撃してみたいと魂が叫ぶので、適当な擬似宝具も勢い余って組み込んだ。まぁ、そこそこ腕に覚えがある魔術師なので、無詠唱でも自前の礼装程度なら起動出来るのだが、そこは戦場の雰囲気と気分で変わるものよ」

 

「ああ。気持ちは分かるぞ。真名解放は俺らのような狂魔術学者にとってロマンだからな。何より、一般人には通じない素晴しいネーミングセンスだ」

 

 士人も一人の魔術師だ。学生時代は友人の後藤から性格や口調が、少しだけ厨二病、若干ポエマーなどと言われて心外だったが、魔術師ならば誰もが通る道である。そもそも前日見たテレビの内容で口調が変わる変人に言われたくなかった。

 

「当然だ。唱える度に自分の精神を捻じ曲げる程、呪文の台詞に命を賭けるのが魔術師だ。その手のセンスがないと高速詠唱も儘ならない。

 だが狂魔術学者とはまた、身も蓋も無い。根源を目指す魔術師は皆、狂気に駆り立てられているよなぁ」

 

「良く言う。俺もそうだが、お前も本質は魔術使い。根源に興味を抱いていないだろうが。しかし、ふむ……」

 

 と言いつつも、士人は呼吸をするのと同じ様に魔眼化した解析を行う。

 ―――妖装変剣(シェイプシフター・ノートゥング)

 錬金術師の家に相応しい気が狂った魔術理論で運用された礼装であり、ノートゥングの名前に負けない概念武装でもあるようだ。

 

「……これまた脳が痺れる変態傑作。

 ノートゥングはお前の故郷のオペラ、ワーグナーのニーベルングの指輪で名前が出る剣。シェイプシフターは有名な変身妖怪の名前だな。成る程、コンセプトは名前通り剣型の変形武装。

 見た限りでは剣、槍、鞭、斧、鎌、鎚、銃の複合宝具魔剣……―――ふむ。やり過ぎだが、やる込むならこの位徹底する方が、引き籠り体質な我ら魔術師らしいな。

 七種の各武器を一つに纏め、融合させるとは正に悪趣味。俺好みの魔改造だ。嘗てのお前が使っていた魔剣とメイドの骨鎌を骨子に使い、そこへ手当たり次第収集した宝具や概念武装を組み込んだのか。天才宝具技師の超軍師が作った猛将の方天画戟とも似ているが、工学技術よりも錬金術寄りの造りだ。そして、核となる箇所に術式カッティングされた宝珠が使われいる。竜殺しのバルムンクと似た作りだな、興味深い。しかし、生成されるのは真エーテルではなく、虚数元素でもあるようだが、それと違う要素も混ぜ合わせた闇属性の何かだ。

 ……む。何故、この宝珠をお前が持っている?」

 

「ふふ、ふぅふふふふ。不思議だろう?

 だから君は素晴しい変態よ。アインツベルンだと誰もが私を理解不能な変態を見る目付きで距離を取り、苦笑いでうんうん頷いて肯定しかしてくれないのよなぁ……悲しいことだ」

 

「聞いている限り、随分とあの家のホムンクルスも人間性が備わって来たようだな。支配者であり、管理者でもある当主の意志に疑問を持ち、自分の感情と向き合って意思を持つ。お前の努力が報われているように見えるぞ」

 

「大変だった。人間らしさとてでも言うべき情緒だ。自分自身が人間でない故に、この方向性であっているかは分からないのが不安よなぁ」

 

「そうだな。しかし、それならば俺は失礼な事をお前に言ってしまったことになる。人間性などと、人の心が分からない俺が偉そうに告げられる物ではないのでな」

 

「良い良い。私も人間としては半端者だ。なので言峰、私の話を聞け。先程見せた礼装の、君が疑問に思った宝珠こそ素晴しいのだ。それのここ、この部分を見てくれないか?」

 

「むぅ……―――おぁ、うむ。これは現代の魔術式ではないな。魔術世界の伝承に残るものでもない。既存の術式でも概念でもなく、この体系は地球由来でない。まさか惑星外から流れて来た神秘を解析し、お前がアインツベルン流に外側のそれに改良したものか?」

 

「―――その通りだとも、君!

 少し前だが、カルヴァート獣血教会と言う魔術結社が支配する死都を観光した時、こちらの技術提供と交換条件で頂いた魔術礼装の宝玉だ。第三法のちょっとした応用術式と引き換えに、貰った物はこのスペア品だったのだが、虚数の暗黒霊子が霊体に響いて欲しくなってしまった。ついつい、術式位なら良いかもしれんと交換してしまった。

 鍵の魔剣と異本の術式を使って製造された礼装――輝くトラペゾヘドロンである。

 その眼で解析する君なら言わずとも勝手に理解するのだろうが、それでは自慢話を私が出来ずにつまらんからな。故、ちゃんと聞いてくれ給え」

 

「ああ、構わないさ。しかし、鍵と異本?

 獣血教会の、我が弟子(あの娘)の傑作品。いや、“血”作品だな。しかし、あの魔術結社が欲しがるアインツベルンの術式となると……ふむ、そう言うことか。面白くなるなら構わないが、残酷で、可哀想なことだ。果たして、どれ程の人間が生贄に捧げられ、獣血の眷属となることやら。

 となれば、あの学術教団も大忙しだろうて。このまま順調に肥大化すれば死徒の一大派閥と認識され始め、メンバーが激減した祖にも選定されるかもしれんな」

 

 正しく世間話であった。趣味の話に、研究の話に、今の自分の話。時間にして二時間以上も利益が全くない無駄話をしたが、互いに徒労感はなく、ただただ話しておきたいことを、自分の心情から吐き出し続けた。

 とは言え、アインツベルンが来たのはそれだけが目的ではない。士人はこの魔術師が面白いので話をするのも構わず、今の段階で用がある訳ではないのでこのまま会話を続けるのも良かったが、アインツベルンは無駄話を遮って本題を出した。

 

「―――で、聖杯戦争はどうであった、神父?」

 

「良い地獄であった。生き残り、受肉したのがそれぞれの都市で三柱いたぞ。冬木のセイバーも含まれば、受肉して生きているサーヴァントが四体も存在している」

 

「そうか。大分この世も狂って来たな。何より解せんのが、あの大聖杯、感じ取れた私達の魂が本物だった。アインツベルン城にいながらも伝わる程よ。しかし、それは有り得ない筈。大聖杯は一人のホムンクルスから誕生した唯一無二の魔術式。似たような機能を持つ魔術工芸品(アーティファクト)は作れる可能性はあるが、全く同じ物は生み出せない。この世界は、そもそも同じ魂を持つ者が同時期に誕生するのは抑止力が許さず、ユスティーツァはこの世でただ一人。

 ……―――遠坂か?」

 

「だろうな。造ったのか、あるいは……持って来たのか。考えるまでも無く、あれは何処ぞからこの世界に持って来たのだろう。魔術社会では、魔法使いが作った量産型などと言われているが、大聖杯の正体は生きたまま腑分けされた魔術師の内臓だ。

 小聖杯とされるのは礼装だが、根本の大聖杯は生命体。作ろうとして生まれる物でない。

 ……良かったな、アインツベルンの魔法使い。

 この世界でお前達の願望は叶えられ、他の世界のお前達の願望もこの世界で成就する。

 我が師匠は歴史干渉を避ける為、恐らくは聖杯戦争が終わった世界か、大聖杯が解体される事が決まった世界から、冬木の大聖杯をこの世界に持ち運んだのだろうさ」

 

「あの魔法使い、良い塩梅で狂ってるよなぁ。自分本人はこの世界の大聖杯を所持したまま、平行世界の大聖杯を霊脈に接続させたと言うことなのね。

 ――倫敦(ロンドン)

 ――羅馬(ローマ)

 ――伯林(ベルリン)

 大都市で行われた英霊同士の殺し合い。

 その果てに大聖杯は龍脈の太源を喰らい、覚醒した三つの大聖杯を所持したまま、あの魔法使いはまた何処かに消えた」

 

 アインツベルンもアインツベルンで、既に人間が当主の一人しかいないが、表社会や裏社会、そして魔術社会にそれなりの情報網がある。魔術協会や聖堂教会にもそこそこのパイプもあり、世界で起きている大規模魔術儀式程度の情報なら、ある程度は収集可能。

 彼女は父親である衛宮切嗣の名も借り、その手の情報収集をちゃんとシステム化しておいた。

 だから、その話が入って来た時は耳を疑ったものだ。魔術協会のあるロンドン、聖堂教会のあるローマ、そしてアインツベルンの霊脈と繋がっているベルリン。そこに誰かが“アインツベルン”の大聖杯を設置し、聖杯戦争を強制的に発動させた。

 

「それで生き延びたサーヴァントの真名、君ならもう把握しているのだろう?

 何も無い空白から財宝を生み出す聖杯の異界常識―――その悪魔の力を持つ君の目であれば、英霊が持つ宝具(ザイホウ)を解析するのも容易かろう。

 ―――教え給え。

 情報次第では、我々は恩人である君に協力する事を約束する」

 

「無論。特にベルリンでの戦争では、先代アインツベルンの当主もおしい所まで行っていたからな。協力しないで観賞していただけだが、良い闘志だった。アハト翁と契約したサーヴァントも、かなりの強者であったからな。

 ……とのことで、聖杯に到達した亜神は三柱。

 倫敦のライダー―――アシュヴァッターマン。

 羅馬のアーチャー――ニムロド。

 伯林のセイバー――ディートリッヒ・フォン・ベルン。

 どの英霊もアルトリア・ペンドラゴンに匹敵する化け物共だった。中でも伯林のセイバーはアハト翁と契約していたサーヴァントでもあってな、他六騎を下して最期まで戦い抜いた。だが、平行世界の大聖杯目前まで迫ったアハト翁を我が師が殴り、蹴り、潰して殺し、英霊の魂を喰らって完成した大聖杯をディートリッヒの目の前で持ち去った。

 いやはや―――とても良い声、心地の良い叫びであった。

 優勝したと言うのに契約者を無残に殺害された挙げ句、大聖杯の泥で魂を汚染された大英雄の雄叫びはな。何より、遠坂凛への復讐を誓った男の憎悪と殺意は、見ていただけで心が躍る程に感動してしまったさ」

 

 破壊の聖仙。あるいは、滅びの英雄。真名をアシュヴァッターマン。

 塔の涜神者。あるいは、狩猟王。真名をニムロド。

 巨人剣遣い。あるいは、奪還王。真名をディートリッヒ・フォン・ベルン。

 甦った三名は既に姿が確認されている。士人も同じく、全員の姿を聖杯戦争中に目視している。しかし、現在は全員が魔術協会からも聖堂教会からも潜伏しており、所在地も分からず、完全な行方不明になっていた。

 中でも伯林のセイバー、ディートリッヒ・フォン・ベルンはアインツベルンとも縁深い。アーサー・ペンドラゴンとシャルルマーニュと並ぶ三王の一人。単純な強さであれば、間違いなく英霊の座で上から数えた方が早い大英雄だ。士人もディ-トリッヒが持つ巨人剣エッケザックスを知っているが、あれの強さはそれだけでない。

 

「しかし、アレだ。国際ニュースになった三都市同時テロ工作の真相は、この聖杯戦争が原因だったからな。特にアシュヴァッターマンがブラフマーストラを放ったロンドンは大惨事だった。更に今の時代では、ここまで大規模な破壊行為が都市内で起きれば、まず神秘の秘匿は不可能な筈。だが、まぁ、魔術協会にも提供した演算基盤(アウターキューブ)が早速効果を示したか。

 ……いやはや、普及に間に合って良かったよ。

 衛星軌道上に浮かぶ全ての監視衛星の映像にハッキングし、都市内に点在する数千数万の監視カメラの映像記録を改竄する。インターネットに繋がるケイタイも無論、全ての映像媒体が対象となる。しかも、インターネットやテレビを媒体にした軽い暗示によって、これがテロではない別の何かだと疑問に思うことを抑止する。結果、画像一つ漏れ出なかったらしいがな。

 とは言え、ネットから独立した記録媒体には効き難いのが難点ではあるが。後はアメリカであった聖杯戦争のように、生放送などで露見すれば改竄は不可能だが、電子社会における隠蔽は完璧だったな」

 

「ほぉ、何でもしているのだな。あの出鱈目電子演算機、君の発明品だったのか?」

 

「まさか。俺は魔術社会のニーズに応え、金儲けになりそうな商品設定を魔術結社へ提供しただけだ。神秘の隠匿は魔術協会も聖堂教会も第一条件であり、その独占こそ存在意義。同業者にさえばらすのを嫌うあの者らにとって、科学文明を良しとするこの現代社会に神秘の一片でも教えたがるものか。

 俺はただこういう魔術工芸品があれば、この魔術社会で権力を得られると提示したのみ。仮所属している結社の暇な術者連中を口車に乗せ、作らせたのがあの演算機械と言う訳さ。

 とは言え、自分の技術を他人に見せるのを嫌うのは誰もが同じくするところでな。まず最初に俺から技術提供し、協力者候補の知的欲求心を大いに刺激させ、ずるりずるりと引き込むのもまた良い娯楽になった」

 

「成る程。ならば今、資産に困る事もない訳か」

 

「元より金は腐らせる程に持っていたが、更に増加してしまった。貯蓄も個人で消費出来るレベルではないからな。なので……そうだな、最近は金を必要としている面白い人材に寄付しているよ」

 

「悪辣で、相変わらずエゲつないよなぁ、君。それでカルヴァート獣血教会と言う繋がりね」

 

「あれは良い組織だ。守護者の知識として異次元や外宇宙の存在、あるいは異界に住まう真性悪魔の類は知ってはいたが、こうして人間として生きている内に遭遇するとは思っていなかった。神秘生きるこの魔術社会の中においても、あの隠された伝承群は更なる奥底へ沈んだ未知の叡智であろう。

 ―――未知との遭遇は、冒険の醍醐味だ。

 この手の偶然を愉しめなくては、態々世界に飛び出て、求道の旅路になど没頭するものか」

 

「ふ……ふふ。ふふぅふふふふふ。確かに、世界は何でこんなにも愉しいのか、魔法使いならざる身で魔法に至ったが、それでも未だに私は理解出来ていない。

 一度死んで分かったが、生きるのは実に楽しい。英霊が第二の生を望むのも、今の我が身ならば大いに理解できるよなぁ」

 

「ああ、そうだとも。俺は出来る限り、一日の終わりに呑むワインとシメのマーボーを、美味しく楽しみたいだけだからな」

 

 ―――瞬間、爆音が鳴り響いた。

 死徒化していた人食いの封印指定を抹殺して手に入れた工房を我流で改造し、投影品も使って要塞化していた言峰の隠れ家であったが、屋敷に入る為の門が砕き壊された。

 

「言峰ぇぇえええー! 殺さないから出て来ぉーい!!」

 

「そうだ、神父! 今なら顔面を聖剣の腹で叩くだけで許してやる!!」

 

 神父にとって非常に聞き覚えのある声だった。陸海空交通機関の利用情報や、監視カメラの映像情報、人工衛星の監視さえ改竄して逃げ続け、世界の何処かに潜伏する神父をやっと見付けた故の、負の感情がとても籠もった叫び声だった。と言うよりも、弟子と知人だった。

 ミツヅリとアルトリアが、遂に言峰士人に追い付いたのだった。

 

「……お前か、アインツベルン。俺の情報を二人に売ったな」

 

「すまない。世界を旅して浪費生活を送るにしても、実家の資金を使い潰すのは一人の大人として如何なものかと思ってな。お前の情報が金に替わると知り、悩まず売却した。

 故に神父よ、私の暇潰しの為の生贄になってくれ」

 

「人間として成長したことは喜ばしいが、出来れば俺を巻き込まないで欲しかった」

 

「ふぅふふふ! 何時も他人を玩具にしている報いが来たと思い給え」

 

 士人とアインツベルンが居る場所は地下なので、まだ綾子とアルトリアの魔の手は伸びていない。しかし、それも時間の問題だった。

 

「何処だ、バカ神父!!? 出て来ないとイリヤさんに向けて焼き土下座させた後、キャメルクラッチしながら藤村先生に謝らせるぞ!!」

 

「私は怒っていない。だから、出て来い神父。今なら霊体内からエクスカリバーを真名解放するだけで許してやろう。

 例え十二の試練(ゴッド・ハンド)を持っていたとしても、一撃で命を全て奪い取る火力でな!!?」

 

「だそうだ、言峰。早く出て行き、謝った方が身の為だと思……―――早いな。もう逃げたのか」

 

 直ぐ真上から響いて来た叫び声を聞き、正に愉悦と言う表情で士人の方へ顔をアインツベルンは向けたが、既にあの男は綺麗さっぱり消えていた。どうやらこの工房を作った封印指定が、こんな事はあろうかとと言う精神で準備しておいた隠し通路で逃げたようだ。恐らく士人がこの工房を襲撃した時も、この通路で封印指定の魔術師は逃げようとしたのだろうが、解析の魔眼を持つ神父が相手では逃げきれなかったのだろう。

 

「ふむ。取り敢えず、あの二人に言峰を逃がしてしまったことを謝らなくては。実に無念よなぁ」

 

 

◆◆◆

 

 

 名前探しの旅に出て数カ月。アインツベルンの工房要塞に残した弟子のホムンクルスたちに追い駆け回せれながらも、悠々自適に彼女は世界を見て回っていた。だが結局、彼女は日本に戻ってしまった。だが冬木ではなく、京都。この地域の神秘機関に露見しておらず、そも基本は後手に回り行動がグダグダだ。

 監視網を簡単に抜け、アインツベルンは濃厚に神秘が残る魔都・京都の街中を歩き進んでいた。

 目的地は最後に訪れようと考え、色々な観光地を見て回った。剣豪将軍足利義輝が討たれた場所、征夷大将軍坂上田村麻呂に縁深い寺、見るべき面白い所が沢山あった。観光地になっていないが、魔術師などの神秘学者であれば有名な場所も多くあった。たかだか千年前、この都は妖怪と呼ばれる魔獣や、神の血が混じった混血や、鬼種と呼ばれる怪物が跋扈していた魔都だった。聖杯戦争の召喚魔法陣を描けば、場所そのものが召喚触媒になりそうな都市だった。中でもアインツベルンは、安倍晴明と蘆屋道満が陰陽術を競い合った場所も見てみたが、伝説をその身で味わった自分からすれば中々に感慨深かった。

 

「ふぅん。そうか、此処が君の墓か。キャスター、久方ぶりだな」

 

 悲しそうな眼で、それを彼女は見ていた。本当に遺体が入っているのか定かでなく、遺体があるとしても本物か如何かも分からないが、どうしてもこの場所に彼女は来たかった。 

 

「死から甦り、死を克服し、魂を理解した偉大なる陰陽師。なのに、君は死を選んだ。自分の魂が英霊の座に存在することを許した。そんな君ならば、異国の人間のふりをした人型の化け物に仕えるのは屈辱だった筈だ。そもそもサーヴァント何て言う、君からすれば使い魔の式神に過ぎない亜神になるなんて面白くなかっただろう。

 けれど―――私の呼び声に応えてくれた。

 研究者らしい欲望もあったのだろうが、最期は自分の為ではなく、私の為に泰山府君の祭を降臨させた」

 

 墓を見ながら、彼女は笑っていた。

 

「私は―――……いや、私達は今も生きているんだ。だから感謝を。また来るぜ」

 

 そう言って、アインツベルンは墓所から過ぎて行った。キャスターの気配など欠片もなく、感じ取れるモノも何も無かった。

 

“名前か。さて、如何したものか。安直に考えれば、あいつに縁のある名が良い。この命と、この魂は、あの男から授かったものだ。この今の私の精神も、キャスターがいなければ発生しなかった自我だ。とは言え、キャスターの真名は日本名だからな。ドイツ風とまで我が儘は言わないが、せめてヨーロッパ生まれの魔術師らしい偽名程度の韻が欲しい。

 ふむ……安倍晴明、アベノセイメイ、あべのはるあきら。

 アベノ。アベ。ノセイ。セイメー。イメイ。ハルアキ。キラ。ハルア―――ハルアか”

 

「―――ハルア。

 ハルア・フォン・アインツベルン。取り敢えず、我ら三人の魂の名はそれで良いか」

 

 嬉しそうにハルアは笑い、またこの場所に来ようと未来に誓った。寿命はまだ腐るほど有り余り、人類がこの星から消滅しても彼女とアインツベルンだけは生き延びる。第三魔法はあらゆる環境に適応する生命体を生み出す技術であり、人が星の海へ飛び出す時代になれば、宇宙で生きる為に必要となる文明技術の一つでもある。この平行世界の人類史がそこまで辿り着けるかは分からず、その世界線を選べるかも分からないが、ハルア・フォン・アインツベルンは全てを見届けるつもりだった。

 ―――大いなる未来に祝福を。

 ハルアは新生したこの魂で以って、生きられるだけ生き続ける決意をキャスターから貰っていた。







 とのことで、この平行世界のアインツベルンは二次創作では珍しくハッピーエンドでした。人工知能ゴーレム・ユーブスタクハイトは言峰士人の手で第五次聖杯戦争が終わった直後に呪われ、人間性を獲得し、システムが故障し、古きアインツベルン最期の使命を果たすべくベルリンで戦い、人間として死にました。
 ベルリンは平行世界からの侵略により、この世界とは別の並列存在のユスティーツァの遺体(汚染済み)が霊脈に穿たれ、封印されました。魔法使いの手でベルリンの霊脈と、平行世界のベルリンの霊脈が繋がり、一気に大聖杯へ魔力が溜まり、聖杯戦争が始まりました。マスターに選ばれた魔術師はアンリ・マユの逆流により呪われ、大聖杯の知識もインプットされ、何の躊躇いも無く英霊召喚を行い、殺し合い、勝ち残ったのがユーブスタクハイトです。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。