神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 自分、今日から浮世絵師葛飾応為のファンになります! 栄ちゃん蛸可愛い!!
 しかし、元々北斎の絵も応為の絵も有名な画は知ってましたが、知ってる人物がサーヴァントになると引きたくなる誘惑。


行商人の手

 都市を構成する何でもないビルの中、この地獄は生み出されていた。気が狂う程の、真性悪魔の胎の中に変わっていた。既に異界であり、もはや魔界である。

 吐気で胃が震える。

 怖気で心が震える。

 しかし、あの女も元は人間だったのだ。誰もが気付かぬ内に人間を辞めていたが、それでも魔人ではなかったのだ。此処は、そんな悪魔の残り香が漂う地獄であった。

 ―――テスタメント・ビル。

 そう呼ばれるようになった理由を本当は誰も知らない。そして、綾子がそのビルに赴く事になった原因は、本当に些細なことだった。彼女は第六次聖杯戦争後、間桐桜を連れて失踪した遠坂凛と、冬木から逃走した間桐亜璃紗を追うことに決めた後、とある情報を手に入れた。

 数年前、殺生院祈荒と名乗る僧侶が真性悪魔となった場所らしい。

 そんな曰くのあるビル。裏側に言峰士人の気配を察し、あのポトニアテローンと呼ばれる人食い女神も関わっている聞き、綾子は食虫植物のような罠の気配を感じながらも其処へ行くことに決めた。

 

“―――ッチ。ド外道が”

 

 真性悪魔に化すのに必要なのは―――異界常識である。彼らはそれぞれが一つの異世界であり、個別の神秘を宿す超常存在。そして、その異界常識を扱う魔術理論を世界卵と呼び、魔術師は固有結界と呼んでいる。師匠と友人が固有結界の使い手だからか、彼女も固有結界についてはそこそこ知識を蓄えていた。高い空間認知力を持つ彼女は、このビルの歪みを簡単に肌で感じ取れていた。

 綾子が予想するにこのビルでの魔術実験は、言峰が案を提供し、殺生院の協力者である沙条が実行した外法転生だろうと考えた。言ってしまえば逆説だった。真性悪魔が固有結界を持つならば、真性悪魔を生み出す固有結界を造り上げれば良い。今はもう消去されているが、このビルには悪魔化に必要な言峰の投影道具が昔は組み込まれていた。沙条が描いた魔法陣が曼荼羅のように刻まれ、ビルそのものが巨大な転生炉心となる為に魔術式が彫り込まれていた。即ち、このビルは子宮であり、殺生院の為だけの揺り籠だった。

 後に必要なモノは―――地獄。

 魔性菩薩に誘い込まれた生贄達は儀式を行った。連日、女が男を犯し喜び、男は女を犯し尊ぶ。ただ只管に乱交を続けるだけでは無く、ありとあらゆる性の叡智の限りを尽くした“愉しみ”が行われ続けた。やがて、異性を陵辱するだけでは物足りなくなり、猟奇的な魔術儀式も愉しまれた。外から連れ込んだ幼子を男も女も関係無く犯した後、生きたまま解剖し、術式の一部にと内臓と血液で魔力を継ぎ足した。まだ男の肌を知らない清らかな処女を嬲り、犯し、内臓をまるごと刳り抜き、剝製に変えて壁に飾った。好きな女を目の前で犯され、殺され、装飾品に変えられる場面を見せ付けられた男を椅子に拘束し、その後はずっと撮影した惨劇を見せ続けて心を壊した。

 正しく地獄。このビルは、地獄と言う異界と成り果てた。

 そして、殺生院祈荒はその一切合切を喰らい―――自分の心象風景に作り変えた。

 沙条が編み出した術式は一秒も掛からず、ビル内に居た獣を融かし、全て地獄誕生の材料にしてしまった。魔術儀式後に残ったのは、ヒトだった(モノ)が二名のみ。キアラの体は地獄に相応しい肉の悪魔と成り果て、その魂の内側には酒池肉林を愉しみ尽くす自分の為だけの極楽浄土が広がっている。

 人造の真性悪魔―――随喜自在第三外法快楽天。

 誰からも聖人と崇められる魔性菩薩、殺生院祈荒が再誕した地獄(ビル)であり、美綴綾子の目的地であった。

 

“……悪魔の残り香か。胸糞悪いね”

 

 神父が関わっていたのは、最初の構想段階だけだろうと綾子は予想した。事実、そうであった。彼は転生子宮炉を作る為に必要な神代の道具を投影し、魔術式作成に必要と言った沙条に渡しただけだ。後は世界を旅しながら、見守っていただけだった。綾子も少しだけ士人から沙条と殺生院の事は聞いたことがあり、詳細を聞きだした訳ではないが、この場所で起きた大体の出来事は理解していた。

 そして、キアラもマナカも既に退去している。誰もいない筈の建物だった。しかし、神父以外には誰にも気付かれず悪魔が生まれた後、このビルは何時からかテスタメントビルと裏社会では呼ばれるようになっていた。 

 

“表側は人身売買と臓器売買の非合法商会。表側でその二つを主な商売にしてる辺り、相当腐ってるけど”

 

 日本に来た海外マフィアとの貿易拠点。あるいは、暴力団の人身営業に対する仲卸企業。こんな島国にここまで大規模で、且つ安全性に優れた違法組織など有り得なかったが、国家機関では手が出せないように巧妙な隠蔽が施されていた。

 このビルがテスタメントビルと呼ばれ始めたのは、その頃以降なのは確かだった。

 そして、そう呼称されるのは人身売買と臓器売買が原因ではなかった。ここに集められるのは借金で売りに出された者、誘拐と拉致で連れ去られた者、親に売られた者と、色んな人種と年齢の人間以外にも“コレクション”として集められていた。

 文字通り、人間以外の者を収集するコレクターがビルの持ち主だった。

 あるいは、人間を人外に転生させる媒体や装置を使ってコレクションを増やしていた。

 魔術的な整形手術によって貌の造形を好みに変え、体系さえ薬物と手術で細々とした箇所まで改竄し尽くす。人造人間製造にまで手を出している始末。加え、コレクターはバイセクシャルであり、幼児や大人も関係無く欲情する異常性欲者だった。相手が年老いていたとしても、若返らせ、陵辱する変態だった。時には女を男に転性させ、男を女に転性させる程の狂人だった。不必要になった者、魂が壊れた者、生命活動を停止させた者を、表側の人身売買や臓器売買の商品としていた。無論、買い取りもちゃんと行っていた。

 そして、元々ビルのオーナーだったキアラは僧侶であり、自分の教えを広める啓蒙家。このコレクターはキアラの自己啓発セラピー(快楽洗脳)を受け、獣の啓蒙が脳の中で花開き、グツグツと煮え滾った欲望でこの世を汚染する為に解き放たれた魔性菩薩の尖兵。このように自分の支配下にある人間を世に解き放つことは今までなかったが、それをした理由がキアラにはあった。

 ―――言峰神父である。

 あの男の言葉が殺生院祈荒の身の裡に沈んでいた。奴の説法はあらゆる善性とあらゆる悪性を認めた上で、祈荒の在り方を全肯定する教えだった。

 この地上において、人は自分唯一人。

 それは今も変わっていない魔性の女。

 しかして、自分以外に初めて聖職者と思えた破綻者と、自分にはない恋の感情を尊ぶ全能者がいた。この二人は明らかに人間以外のおぞましい獣で在ったが故に、自然と人間(ムシ)として扱うことはなかった。

 そんな神父は、自分の手で同類をこの世へ放っていた。

 キアラはそれを見て、幼い子供がそう思う様に、自分もまた似たような事業を行いたくなった。

 そんな産物が数多に洗脳された殺生院僧侶の宣教師であり、世界各国に存在する放浪信者共。その一人が成したのが、テスタメント・ビルで起こった目を背けたくなる惨劇だった。

 

“噂通り―――悪徳を喜ぶ道楽者の娯楽施設だな。醜い”

 

 結界に覆われていようともテスタメント・ビルに入るのは容易かった。右腕には神父が投影し、自分の霊体の一部となって魔術回路と連結した黄金偽鍵がある。非常に強力な空間魔術の触媒となり、相手にバレることなく結界に門として孔を開けることが可能だった。加えて念動力(サイコキネシス)を扱う超能力者として持つ物体操作能力と、その超能力を魔力で以って強化作用させる左の義手がある。またその義手は機械魔具でもあり、得意とする念力魔術を使う為の触媒礼装でもあり、機械制御で閉ざされた扉を悟られずに開けるのも実に簡単だった。

 ……廊下は静かだった。

 綾子は一振りの日本刀を持ちながら、ビルの中を突き進む。

 一番信頼する魔術礼装である愛薙刀は使うまでも無いと心象風景の門内に仕舞ったままであり、そもそもビル内の狭い廊下で長物は扱い難い。後は腰のホルダーに愛用自動拳銃を一丁下げているだけだった。とは言え装備品はそれだけではなく、英霊化した自分を参考に改良した礼装の軍用外套と、密室での毒対策に魔術防護を施したガスマスクも装着済み。左目の義眼によって周囲を監視し、仕込んだ術式による解析魔術によって、魔術的トラップも、工作的トラップも、全て見抜きながら歩いている。

 魔術師の魔術工房を攻める際、これが彼女のお決まりの格好だった。見た目は不審者そのものであり、気配遮断に似た武芸の一つとして存在感を薄めているが、人間の視覚情報に影響を与える程ではない。狭い廊下なら尚更であり―――

 

「ッ――――――……」

 

 ―――見付かった即座、彼女は敵を抹殺した。声一つ上げさせない早技だった。

 油断している()ならば、刀を振うまでも無い。超能力者として持つ異能を、魔力で行使する念力魔術。通常の超能力者を遥かに上回る出力を誇る綾子の念動力は、人間の首を一瞬で高速回転させる力を持つ。

 侵入したこの魔女を見てしまった者はあっさりと、零秒で頸の中を引き千切られていた。

 そして、砕かれたのは首だけではない。心臓を握り潰し、脳内をミキサーに掛けたようにシェイクする。ここまでされれば、魔術刻印で再生能力を持つ魔術師だろうと死に絶える。相手が魔術師ならば、魔術回路で力場に抵抗されることで念動力は簡単に崩されるが、戦士や兵士としての心得がない魔術師ならば抵抗される前の段階で一気に殺せた。

 加えて今殺した相手は魔術師ではなく、日本独特の種族である鬼種などの魔獣との混血。血の色濃い混血が相手ならば念力での干渉は異能であっさり弾き返され、混血も混血で魔術師の魔術回路とはまた別の神秘に対する防御機構がある。しかし、念動力に対する抵抗力を持たなければ、異能者と言えど殺すのは簡単だった。

 

“屑が。そうやって死んでろ”

 

 言葉にせず、黙ったまま屍を罵倒する。死ねば仏、などと言う潔い思想を荒んだ今のミツヅリは持たない。生きる価値のない屑は、屍になろうとも屑である。ならば、生きていようが、死んでいようが、関係無く不愉快な塵屑はそれ相応に扱うだけだった。

 そしてまた、彼女は娯楽部屋の一つへ潜み入った。

 

「はぁ……はぁ、はぁはぁはぁハぁハァハァハァ!!」

 

「あぁ、美しい。狂おしい。天使じゃぁあ!!」

 

 獣共の喘ぎ声。この部屋には前の部屋と違って女よりも男が多く……いや、薄汚い獣欲に満ちた雄共がおり、犯す為の玩具や拷問器具の鑑賞物にされた少女が数人。誰の趣味趣向か分からぬが江戸時代の役所、中世の魔女狩り、ローマ帝国などで使われいた拷問具が揃えらていた。三角木馬に乗せられて足に重石を乗せられた者、水車に縛られて水責めにあっている者、鞭を打たれ続けている者、熱した鉄の棒で肌を焼かれている者、切り傷に塩を塗り込まれている者。拷問を受けている少女は誰もが美貌を誇り、麗しいスタイルを持ち、そうビルのオーナーに改造された生きた玩具であった。そんな風に拷問用のアンティークとして飾れている少女らの真ん中で、一人の少女が大勢から玩具みたいに犯され続けている。

 全く以って見る耐えない陵辱劇であり、綾子は何の感情も浮かばないまま扉の影から様子を見た。その一瞬で状況を把握し、耐えれないとばかりに行動へ出た。既に扉は閉め、防音処置が施された部屋から音が漏れることはない。監視室の職員は皆殺しにし、監視カメラに姿が映ろうとも問題はない。念力魔術で瞬殺する必要がない状況を綾子は整えたのだ。その気になれば、一秒後には皆殺しに出来るが、彼女は敢えてそうしなかった。

 ……性交に励んでいる男の、何と殺し易いことだ。

 しかも男共は丸裸であり、何処も彼処も斬り放題だった。

 首を撥ねて即死させる、何て生易しい殺し方など選ばない。片腕と片足を斬り、じわじわと出血多量で殺した。腹の上から肝臓を突刺し、捻り、手足の腱を斬った。両目を切り裂いた後、腹を裂いて小腸と大腸を掻っ捌いた。男性器に刃を突刺し、両肩を斬り落とした。様々な斬殺技術で、直ぐに死なぬ様に、だが確実に死ぬ様に、ミツヅリは皆殺しを開始した。

 

「男って生き物はさ、ベットの上じゃ自分を大きく見せたがる。肝の小さい奴でもそうさ。気が狂ったアンタらは子供を使って遊んでいても、そんな馬鹿さ加減が抜けてない瓢箪野郎さ。

 阿保が。性欲塗れで隙だらけだ、雑魚が。

 ――――死ね。

 ただただ死ね。

 豚の様な悲鳴を上げろ。家畜みたいに屠殺されろ、ケダモノが」

 

「や、やめ、やめろぉおおおおお――――グヒャ」

 

 グリャリ、とまるで地面に叩き付けられたスイカだった。倒れ伏した男の顔面を踏み潰した後、脳漿や血液が付いたブーツの底を床と擦り合わせてある程度は綺麗にした。

 そして、この部屋で残った最後の生きた男へ視線を向けた。

 木馬拷問を受けていた少女に鞭を振い、塩を傷痕に塗していた彼は当然のように裸体であり、ミツヅリの振った刀で無防備な肌を膾斬りにされていた。だが、斬った筈の傷が治り始めていた。

 

「ひぃ。ひぃ……ひぃひぃ!!」

 

 哀れにも生き残ってしまった男にとって、ミツヅリは死神であり、どう足掻いても勝てない化け物だった。確かに彼女は人間であり、人外の気配がしない唯の魔術師にしか感じ取れないが、その存在感が余りにもかけ離れている。男も男でそこそこの腕前を持ち、人間を嬲れる人外としての身体能力はあるが、逆らおうと思うことさえ出来なかった。

 

「アンタのその再生能力、混血か。屑め」

 

「ぐ、ぐひゃぁあぅがぁあああああああああああああ――――!!!」

 

 その男の左肩を刃で突き刺し、そのまま壁に固定した。目を見開き、血を吐き出すように叫ぶ男は実に哀れであったが、彼女は何も思わず更に刃を差し入れた。高まる叫びを気にせず、彼女は男を尋問する為に、直ぐに殺し易いように、混血の中年男性と目を合わせた。

 

「……凄く痛いでしょ。これは拷問術式を組み込んだ苦痛の概念武装でさ。昔、手に入れた刀を礼装にしたモノなんだ。高い再生能力で肉体が死に慣れてる吸血鬼が、涙を流して、殺して下さいって許しを乞う程よ。

 そして、これがアンタらみたいな人外の異能者や、魔術回路を持つ魔術師にもっと有効なヤツさ」

 

 右腕の鍵で門を開き、自分の内側から彼女は魔剣を取り出した。勿論、それをそのまま目の前で苦しんでいる悪人へ突き刺し、腹から入った刃が背中から飛び出る事になった。そして、更に妖刀を取り出し、同様に串刺しにした。

 

「どうだ。これは霊体に干渉して魔術回路を機能不全にする魔剣と妖刀だけど、アンタみたいな化生に使えば異能が使えなくなる」

 

「ぎ、ぎ、ぎ、ぎぎぎ、ぎぎぎぎぎぎいぎぎぎゃああああ!」

 

「まぁ、処刑刀で苦痛を与えるのはこんくらいで良いでしょう。心も折れた筈だ。尋問に素直になってくれると、アタシもアンタを楽に殺して上げることが出来るよ?」

 

 肩を刺していた古刀を抜き取り、男は腹に魔剣と妖刀が刺さっただけの状態になった。激痛を与えていた妖刀の刃もなくなり、喋るだけの余裕が与えられた。

 

「―――このビルのオーナーは何処に居る?」

 

「上です!! 最上階にいますから殺さないで下さいィィぃぃいいいいいい!!!」

 

「ふぅん、素直だね。良いさ、痛くしない様にして上げる」

 

「え、え? 本当ですか信じ……でグゲェ、ェ、ぇぇぇ―――」

 

「勿論さ。これでもう―――痛くないだろう?」

 

 苦痛の処刑刀で額を串刺しにし、脳味噌へ直接激痛を与えながら最期の一瞬を混血に下した。

 

「にしても、アンタも理解しがたい愚か者。アタシもアンタら屑と同類じゃないか、信じちゃダメさ。死体に聞いても仕様がないんだけど、アンタは自分に助けて欲しいと言った女子供を、一度でも救って上げた事があったのかな?

 ……でもまぁ、黒幕が最上階にいるのは知ってたけど。

 尋問して殺した奴、全員同じこと言ってるし。けれどこれで、クソオーナーの居場所は最上階で決まりでいっかな」

 

 無価値に嗤って、自分を哂って、死体を蹴り転がした。独り言はただのストレス発散であり、この惨劇を見てしまった苛立ちからモノに当たっただけ。

 そう様変わりした自分を可笑しく思い、心の中で意味を求めず独白する。

 

〝何よりアタシはさ、殺しても良い獲物を選んで罪業を積み重ねる人でなしだよ。行動の邪魔になるなら理論も理屈もゴミにしか感じないし、不都合は棚上げ上等。ウジウジするのは性に合わんのよ。

 感情のまま人を助けたいから、こうやって人を殺し回る悪鬼外道。

 悪党を虐殺することが“普通”の善行であり、殺人の罪が“普通”の悪行にしか感じられない。だけどさ、アタシみたいに手遅れな超能力者だと、どんな地獄の中でも、当たり前な日常でしかなくてさぁ……―――あらゆる善行と悪行が、極々普通の仕事であり、ただの普通のボランティアなんだ”

 

 そうして被害者を助けながらも、ミツヅリは殺し回りつつ、最上階を目指して進んだ。超能力を使い、刀を使い、魔術を使い、銃を使い、虐殺を止めずに幾人も地獄から救い上げた。

 だが―――地獄はそれだけではなかった。

 テスタメント・ビルには人間以外の娯楽商品があるのだから。つまるところ、人間が人外を犯して楽しむ惨劇である。

 ―――数多のヒトと、人間以外の人外が陵辱されている凄惨な風景。

 人間共が、自分の快楽の為に死徒を玩具にして拷問し、強姦する。半人半獣の少女を陵辱し、半人半魚の少年を生きたまま腹を切り開いてレイプする。首輪を付けられた狼耳の美女が、手足を引き千切られた羽を持つ美青年が、誰もがおぞましい所業の中で苦しんでいる。男も女も、大人も子供も関係無い。

 

「あっはっはっはっはははははははは!! 気持ち良いな、楽しいなぁ!!」

 

「それ、この聖なる十字架で魂を清めてやるぞ!! 後でマワして愉しむ為にな!!」

 

「凄いわ良いわ素晴しいわ!! 電気椅子並の電気を流してるのに死んでないわよ!!」

 

「すごーい、アツアツの鉄棒を穴に入れてるのに死なないでピクピクしてる!!」

 

「ひゅー! 首に縄を引っ掛けて空中強姦してるのに死なないなんて最高だぁ!!」

 

「もっともっともっとです!! 苦しんでお願いだからぁぁあははははははは!!」

 

 下の階層は少し大きい部屋か、小部屋が殆んどだった。幾つものグループに別れ、あるいは個人で、各々が好き勝手に少女や、少年や、美女や、美青年を苦しませ、犯して、愉しんでいた。

 だが、人外を愉しむ為の娯楽部屋はかなり広い場所だった。傷から零れた血が溝に沿って流れ、中心の小さいプールみたいな丸い穴に溜まっている。面倒だからか、途中で死んだ娯楽品はその穴に投げ入れられ、まるで血の池みたいな浴場になっていた。

 ……冷静に考えれば、遊んでいる人間も危険なのだ。

 そも人外は人間以上の化け物だ。この娯楽品が反抗すれば普通の人間はあっさり殺され、経営者からすれば密室で人外と客を会わせる訳にはいかない。客が死ぬ事態になり、それを防ぐために警備員と一緒に広場で愉しんで貰っている。何よりこのビルに集まった金持ち共は、ビルのオーナーに選ばれた極上の悪意を持つ人間であり、その悪徳の心を満たす為になら幾らでも浪費する。そして、オーナーが全身全霊で集めて改造した〝コレクション”を褒め称えてくれる大切な同好の輩であり、同じ邪悪を共有する大事な徒であった。

 

「…………っッ――――――!!!!」

 

 一目した刹那、ミツヅリは心の底から憤怒した。憎悪して、逆上して、殺戮を止める良心が無に消えた。有るのは肉体を際限なく稼動させる暗く熱い負の感情であり、理論的に技術を行使する冷徹な理性だけだった。しかし、その根本にあるのは(ヒト)に向けた憎悪。当たり前な筈の義憤は生臭く腐った正義感へ変わり、超能力も、魔術も、今は使いたくないと訴えていた。この人間種(鬼畜生)共を、簡単に殺したくないと憎しみが湧き出た。ならば、痛みなく斬殺する薙刀も、引き金一つで殺せる銃も、今は不必要。

 合理的に斬殺する為、門から刀を二つ取り出した。

 双刃の二刀流となり、近くにいた欲獣(人もどき)を瞬く間にブロック状に分解し、元の形が分からぬ肉片の死骸に変えた。刹那、違うケダモノを殺し、直ぐ様また違うケダモノを目にも映らぬ早技で殺戮する。

 ―――殺した。

 命乞いも、叫び声も、死を恐れる言葉も、生を求める願望も斬り捨て―――殺した。斬り殺した。ヒトの形をした獣を殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。

 ……三十七匹の獣を、ミツヅリアヤコは屠殺した。警備員も抹殺した。

 生きているのは自分と、娯楽品として弄ばれていた人外の化け物だけだった。

 

「―――ハァ、ハァ、ハァ。はぁ……はぁ、ぁははは。

 あっはっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

 血塗れで、肉片だらけになって、彼女は救いのない世界を哂っていた。おぞましい生態で繁栄する人間を嗤っていた。狂い果てた自分を笑っていた。

 衝動のまま―――扉を念動力で吹き飛ばす。

 だが憎悪は一欠片も晴れず、怨念は極まって増えてしまう。

 

「ははははははははははははははははははははは!!!

 あは、はははは……はは、はぁはぁ。ハァ、ハァハァ……ふぅ、グ、ン、んンン―――フゥ、フゥフゥ、ひひひ……あぁぁああああああああああああああああああああああ!!!

 糞が! 外道が!! 鬼畜生が!!!

 なんなんだこれは!! なんだんだよ、これはぁ………!!?」

 

 既に人間への失望は終えたと思っていた。憎悪も、絶望も、尽きたと思っていた。しかし、それでも彼女は人間を見縊っていた。まだまだ理想と希望を捨て切れずにいた。

 邪悪と混沌に―――底など、有りはしない。

 なのに、何故か分からないのに、ミツヅリはこの地獄を〝普通”の世界にしか感じられない。

 

「アタシの魂はどうなっているんだ、これが普通……ッ――――――!?」

 

 それは、超能力者にしか分からない苦悩だった。

 

「なんで、どうして、この心は何も変わらないんだ!!?

 ―――心的外傷(トラウマ)は何故刻まれないの!!

 この人格は何時までも変わらないで、傷も負わずに普通でいられるんだぁ……!!」

 

 美綴綾子の精神は、普通の人間とは違う在り方と感じ方をしている。見ているモノが違い過ぎる。脳のチャンネルが全く異なっていた。

 ―――常識が、違うのだ。

 まるで人間以外の化け物みたいに非常識だった。

 彼女はあらゆる状況下において、自分を含めた全てが普通にしか感じられない。哀れな罪人のように悲痛な叫び声を本心から出しているのに、その精神は平常心を揺らがず保ち続ける。どんな地獄の真っただ中であろうと、人間の営みに呪い犯されようと、精神状態が変わらない。それが超能力者に目覚めたことで、人類の普遍的意識から乖離してしまったミツヅリアヤコのみが所有する常識だった。

 糞が、外道が、鬼畜生がと周りに叫んだのではない。

 あれは彼女が自分自身へ向けて叫び上げ、心の底から漏れ出てしまった罵倒である。

 お前の心は、私以上に不死の怪物だ―――と、師匠の神父から告げられた言葉を綾子はずっと忘れないでいた。

 

「皆殺しにするには、後一人足りないな……―――」

 

 狂った殺意を、変わらない心で呟いた。

 

「―――――消すか」

 

 殺さねばならないと決意する。この所業は、死すら生温い。苦しんだ末に、死んで償う必要がある悪行。しかし、被害者でもない第三者である彼女に、この惨劇を起こした悪人を裁き、殺し、死を尊ぶ権利などない。だが、悪を為した人間を改心させる義務も全く有りはしない。

 言えるのは、誰かが地獄を止めないといけないことだけ。

 その為に皆殺しが必要だった。そして、殺したいから殺すだけだった。

 常に平常心を崩さない彼女は、今までの部屋と同じく玩具にされていた人を器具から解放し、楽な体勢で寝かせて上げた。

 やる事を済まし、彼女は確かな足取りで歩いた。

 目指す場所は一つ――テストメントビル・オーナーが居座る最上階の一室だ。

 

「ようこそ、我が家へ。可愛らしいお嬢さん」

 

 入って来た綾子を見て、最初の一言目がそれだった。この老いた男こそ、ビルのオーナーである惨劇の元凶。彼は丁寧にクリーニングされた礼装のスーツに、高級な雰囲気を纏う魔獣の毛皮のコートを身に付けていた。

 名は、佐藤(サトウ)剣三(ケンゾウ)。年老いた魔術師には珍しく、年齢が外見通り。反転衝動に飲まれて発狂し、その処理として綾子が嘗て殺害した天狗の混血と同じ血族であるらしい術者。彼女は今から斬殺する敵が、昔殺したその混血の親戚であり、サトウケンゾウと名乗る混血の魔術師であると言う情報程度しか知らなかった。

 

「ああ。だけど、もうさようならだ。客も職員が皆殺しになったことを、さっきまで気付かなかった阿保が。だからさ、無能なアンタはさっさと死ね。家畜みたいに殺すよ」

 

 しかし、この男は魔術師だ。サーヴァント程の強さとは言えないが、優れた神秘学者だった。先程まで虐殺していた低級異能者や一般人の類なら念動力で手に触れずとも容易く殺害可能だが、この男にその手は使えない。力場を生成しようとも回路から魔力を流することで崩され、念力魔術は打ち破られるだろう。

 とは言え、空間魔術は有効。尤も、その魔術も相手に直撃させることが出来ればの話だが。

 

「仕方ないだろう。先程まで、出来立てほやほやの美少女の肉体で遊んでいたのだ。娯楽に励んでいれば、他人の命など興味は湧かん。

 ……しかし、これは酷い。全員死んでいるではないか。

 全く以って最悪だ。最初から経営体制を立て直す必要がある。お前のような血気盛んな猪は直ぐ殺すに限ろう……―――む」

 

「……あ、何だよ。これから殺し合う相手だからって、不躾に見てさ」

 

 今から殺す、と殺意を練ろうとした瞬間に戦意を挫かれた。オーナーは素で驚いた表情で、綾子が持つ刀を凝視していた。

 

「その刀は良業物……いや、大業物か。素晴しい。それも、より優れた概念武装の処刑刀して完成されている」

 

「博識だな。この刀はそうさ、代々の山田浅右衛門が懐宝剣尺に記した刀の一つ。勿論、あの処刑人達が実際に首を斬り落とすのに使ったか、死体の試し切りに使ったのか分からないが、大昔にちゃんと人斬りに使われた概念武装だよ。

 銘は確か、一平安代‥…だったかな?」

 

「ああ、その名には覚えがある。あの島の民を楽し気に散々撃ち殺し、空を舞い回って焼き殺し、二つの都市を瓦礫の山に変えた国が、無様に負けたなと日本人を嘲笑った後、何処かへ奪い去った文化財産だったな。

 ……あの時代に消えた、我が国の財宝の一つであろう?」

 

「そうだよ。第二次世界大戦後、アメリカ軍が神社から押し入り強盗宜しく簒奪し、その後行方不明になってたのを偶々見付けてね。アタシが殺してやろうと思ってた敵がコレクションにして持ってたし、良い刀で欲しいと思ったから奪い取った」

 

「盗賊と門番の魔女か……ふん。悪名に相応しい浅ましさと収集癖だ。その強欲、正に俺と同じ魔術師だな」

 

「肯定するよ。だからアンタからも、財宝は根こそぎ奪い取ってやる」

 

「素晴しい。個人の財産とは、他人の財産から奪い取って肥え太るもの。全く以って道理だな」

 

 綾子は偶然にも手に入れた大業物の日本刀を使い、魔術師や、吸血鬼や、異能者を殺した。刀身に染み込んだ残留思念を固定させ、怨念と魔力で以って魔術式と呪詛を刻み込んだ。師匠の士人にも手伝わせ、魔術礼装として、概念武装として、その神秘の在り方を改竄させた。

 故に―――苦痛の概念武装。

 そして、山田浅右衛門は山田家当主が代々名乗る名前。彼らは徳川幕府に仕えた死刑執行人、あるいは罪人や死体で試し切りを行う御様御用だ。数多の人体切断の末、刀の切れ味を熟知した首切り役人が刀の良さを示したのが、懐宝剣尺と言う業物一覧。

 収集癖がある綾子は、こう言う人斬りの業物や、魔剣、妖刀の類が好きだった。

 

「その気狂い方、あの僧侶だけが原因じゃなく、もう反転済みでもあるみたいだな。軍部の将校だったとは思えない下劣さと邪悪さ。元はアンタ、大日本帝国軍の軍人だったって聞いたけど?」

 

「良く調べたな」

 

 だからか、この男は戦争で自分達に勝った相手に悪辣だった。綾子が持つ処刑刀を見る目が、まるで敗残兵みたいだったのはその所為だ。

 

「ついでだが、祖先に天狗を持つ混血の魔術師でもあるんだって?」

 

「今は魔術と錬金術も齧っているが、元は混血の陰陽師だ。神秘の知識は多い程、面白い」

 

 日本には鬼種などの混血がいるが、現代にも混血の陰陽師は少ないながらも存在している。昔の術者で有名な所を言えば、狐との混血である安倍晴明なども名が上がる。土御門の一族もそう言う意味では混血だ。このように陰陽師や呪術師、祈祷師などの日本の神秘学者だと混血の一族はそう奇異する人種ではなかった。

 

「錬金術か。其れは良いね。錬金術師だったら、良い開発品を蓄えてるからな。根こそぎ門に送り込んでやるさ」

 

「忌々しい盗賊め。しかし、あぁ思い出したぞ。そう言えば数年前、反転して狂った我が甥を殺したのはお前だったな。

 ……あの甥は、俺が錬金術を伝授した錬金術師でもあった。

 そして、甥でもあった我が弟子を殺し、あやつが作り上げた作品を収集したのはお前でもあったか」

 

「うん……? あぁ、そんなこともあったね。

 あの殺人現場はまだ覚えてる。十歳にも満たない幼い少女をレイプした後に、生きたまま喰い殺していた畜生混血の師匠だったんだな、アンタ。天狗の血筋は随分とまぁ、気色悪いほど業が深いね。

 でも、あの畜生の作品は素晴しい出来栄えだった。アタシのコレクションに相応しい物だった」

 

 そう蔑み、嘲笑い、綾子は心門(ゲート)から刀を取り出した。年月を蓄えた古い概念武装ではなく、魔術知識と工学技術で作成された比較的新しい傑作逸品だった。

 錬金術で作った特殊合金を研磨した刀。造りは日本刀。

 だが、その本質は如何に工学的な鋭さと丈夫さを極めるかと言う品物。

 天狗を祖に持つ混血の錬金術師が作った珍しい日本刀。そんな刀鍛冶の術者が製作したのもあって、綾子はこの戦利品をとても気に入っていた。人体切断、金属切断と言う観点から見て、この刃物が成す斬撃は余りにも美しい切断面を持ち主(ミツヅリ)に“()”せていた。アトラス院の錬金術師に匹敵する狂気と執念が宿っていた。

 

「アンタの甥は優れた錬金術師であり、且つ凄く良い腕前を誇る刀鍛冶みたいだったな。その才能と技術を快楽にし、混血の反転衝動と戦って生きていれば、もっそ素晴しい日本刀を錬鉄していたと思うと残念でならないさ。こんなにも良い宝を作れる職人が、気色悪い人喰い強姦魔だった所為で、アタシは貴重な人材を惨殺する破目になった。

 ……あーあぁ本当、勿体無い。

 せめて、世間体を保てる程度に正気があればね。勿論、これから殺すアンタもそれに当て嵌まるけど」

 

 右手で握る刀は、素晴しい理念を誇る日本刀であり、碌でもない狂気を宿す兵器であった。そして、ミツヅリアヤコが敵を殺して奪い取った盗賊の戦利品。

 無銘の刀であり、今も名を持たない。それでも強いて銘を付けるとなれば、無銘・対概念刀か。

 

「我が一族は天狗の血筋だが、何処ぞの鍛冶一派の血も混ざってるのでな。現代になって錬金術に手を出したのも、代々から続けている刀鍛冶の技術を高める為でもある。

 ……あぁ成る程。お前はその製作品集も目的か。

 外道を殺し他人から財産を奪い取るから、盗賊。

 魔術師から盗んだ財宝を貯え続けるから、門番。

 その右腕に植え付けている黄金の鍵が、お前と言う魔術師の神秘の根底にある概念か」

 

「御明察。鍵まで見抜くとは素晴しい観察眼。だけどさぁ、それが何?

 人道を失った殺戮者は死ねば良いよ、人権ないし。アンタみたいな化生はとっとと殺害して、これから人を殺せない様にしてから、被害に遭った人を速やかに助けるに限る。

 ついでの報酬として、アタシは殺して良い外道共の財宝を奪い取って、飽くなき強欲な収集癖を満たすだけ」

 

「―――残念だ。

 ならば、殺し合うしかない訳だ」

 

「そりゃそうさ。アンタは死んだ方がアタシの利益になる。殺生院キアラもこの場所に関わってるみたいだし、油断なく皆殺しにしなくちゃ安心出来ないのさ」

 

「……おおお。おぉおおお! ああぁぉおおおおお良い名だ!

 その名は、その名は、その名こそ、キアラ様こそ我ら信徒の希望なりぃいいい!」

 

「―――……何、アンタ? いきなり狂化したの?」

 

 彼女が不気味に思うのも無理はない。殺生院キアラと、その名前を言っただけで老人は突然狂った。先程まで理性的で、論理的な雰囲気を纏っていたが、今は見る影もなく終わっていた。思考回路がショートしたロボットみたいに壊れ始めた。

 

「―――我らが宗主様、キアラ様ぁぁ……あぁ、ああ、あああああ! キアラ様の為の、キアラ様に捧げる我が地獄だ!! あの美しき方を思うだけで魂が絶頂して昇天して死にそうだ!!

 美しい、艶やかしィ、素晴しイィィイイイイ!!!

 キ、キキ、キア、キアラ、ア、アラ、ラキアラ、キアラキア、キアラ、キアラ!!!

 キアラ様ぁ、キアラ様ぁ、キアラさまァ、キアラサマァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 最深度まで狂い果てた殺生院の信者の姿。あの邪悪な僧侶が持つ性欲の産物。魔性菩薩は佐藤剣三が持つ反転衝動を強制的に浮かび上がらせ、自分の術式で更に精神解剖した上で作り直し、発狂させたのだ。今の綾子は知らないが、この天狗もどきはあの僧侶の手で精神と肉体を汚染され、魂が可笑しくなった。

 人間から―――人外へ。

 言うなれば、快楽による転生儀式。

 殺生院祈荒と出会う前、彼は誠実な男だった。混血に生まれながら、鉄よりも堅く冷たい理性によって反転衝動から逃げずに向き合い、自分の力として天狗の血を鍛えていた鋼の求道者だった。振い続ける刀から、剣士として哲学の道を歩む強き武芸者だった。陰陽術、呪術、魔術、錬金術と様々な学問と習う万能の神秘学者として、優れた頭脳を持つ賢者だった。刀鍛冶として代々から続く伝統を守る職人だった。若い頃は戦争でこの国の民が死ぬのが許せず、単身で大日本帝国軍に入って国家を強くしようと足掻いた将兵だった。

 それら全て―――魔性菩薩の快楽に融けた。

 魂に宿っていた筈の尊厳は女の欲望に喰われてしまった。そして、人喰い天狗の血が覚醒し、先祖還りによって魔性へ生まれ変わり、人を完全に辞めたのだ。魔物としての自分を延々と深化させ続けた。男は邪悪と悪徳を最高の歓びにする魔人へ転生した。

 それがテスタメントビル・オーナー、佐藤剣三の正体だった。

 

「お前もコレクションの一匹にしてから犯して回して愉しんで! 我がテスタメントとして永遠に飾って遊んでやろう盗賊ぅぅうウウウウウ!!」

 

 涎を撒き散らしながら叫ぶ姿は人に非ず。人でなしの畜生である。そして、ここがテスタメント・ビルと呼ばれる理由がそれだった。

 テスタメントとは、聖なる契約の意。

 彼が集めたコレクションの一つ一つが魔性菩薩に捧げる贄であり、その叫びこそ聖句である。このビルそのものが、男が縋り続ける愛しき女へと捧げた魔性の聖書であった。

 

「キ、キキ、キアラ様ぁぁあああああああああああ!!!」

 

 天狗としての身体能力と、武者としての戦闘技術。今までの人生を注ぎ込み、魔人は魔女へと空間転移の領域に至った縮地で迫った。天狗の血が可能とする仙道の境地であり、まともな人間には出来ない武芸の極致であった。

 神秘が死んだ現世において、魔道を修めた混血だからこそ可能な業。素晴しき哉、人斬り奥義。

 

「―――間抜けが」

 

 尤も、全て無価値であったが。ミツヅリは手に持つ刀を、初速がない動きでもう振っていた。さも当たり前のように佐藤を斜め上から切り裂いた。その次に胴体を横へ斬り薙ぎ、頭上から股まで両断し、右肩を斬り落とし、左脚を刃で切除し、頭蓋を横から真っ二つに断ち―――斬った。切り続けた。

 相手の肉体が重力に負けて床へ落下するまでの間、刀を只管延々と振い続けた。

 ここまで量産してきた屍と同様に、人型としての形など残さずに、圧倒的なまで惨たらしく鏖殺した。最後は特殊な火葬礼装を門から取り出し、細胞一つ一つを残さず灰にして現世から抹消した。

 

「―――弱いな。アンタ、やっぱ雑魚だわ。

 記憶に全く残らない強さだね。あぁ、だけど、化け天狗の財宝の方はとても良いさ」

 

 堕ちていた混血の日本刀を拾い上げ、うっとりと彼女は笑って喜んだ。刃の紋様が妖しく光り、持っているだけで衝動的に誰かを斬り殺したくなる欲望が脳味噌まで昇ってきた。事実、この刀には惨殺された死者の残留思念が刀身に染み、呪いを宿すことで持ち主を斬殺衝動に汚染する妖刀だった。混血が持つ反転衝動に匹敵する狂気だった。

 しかし、彼女からすれば、そんな衝動も普通の感情でしかなかった。

 ご飯を食べた後に感じるちょっとした眠気や、三時になるとおやつ食べたくなる食欲と変わらない。普通ならば一般人を残虐無慈悲な殺人鬼に変貌させて大量殺人をさせる呪いだというのに、欠伸を我慢する程度の動力で呪いを抑え込めていた。

 

「良いな。良い日本刀だな。言峰か衛宮に今度、ちゃんと鑑定して貰おっと。アタシの眼が持つ術式の解析魔術じゃ、創造理念とかまで詳しく分からないし」

 

 左の義眼を橙色に妖しく輝かせながら、念入りに新しく手に入れた財宝を盗賊として愛でた。そして、このテスタメント・ビルにはまだまだ多くの概念武装(ロジックカンサー)と、魔術礼装(ミスティックコード)と、魔術工芸品(アーティファクト)が納められている。あるいは、金目の物である文化財産も多く有るだろう。

 それら全てを心門内に蒐集すべく、また歩き始める。このビルで助けた者を救助するために人を呼ぶ必要があるが、救助隊が来れば盗賊活動が出来なくなってしまう。綾子はちょっとだけおぞましい邪笑を浮かべ、義眼でサーチした部屋へ向かって行った。

 

 

◆◆◆

 

 

 元々、被害者を助ける組織など有りはしない。目撃者の記憶は改竄するが、深く関わってしまえば殺すしかないのが基本。

 

“言峰が経営に一噛みしてる国際財団の、神秘被害者の保護機構か。最近だと紛争地域一帯で孤児院活動してるって聞いたアサシンの奴も手伝ってるって聞くし。魔術協会や聖堂教会に救援を求められない衛宮が助けた人間の多くも此処で保護されて、ちゃんと最後まで記憶を念入りに改竄して殺さず、しっかり社会復帰してるみたいだし。

 あの神父はド外道なのに、あいつがいないとヤバい程の人間が不幸になって死んでると思うとなぁ。いや、マジでやるせない”

 

 無論、この財団は魔術協会と聖堂教会とも関わり合いがある。人道支援を建前で語っているが、本質は今の社会構造だと、隠匿の為に人を殺すと逆に神秘漏洩の危険が増す。なので、なるべく殺さない様に記憶改竄の段階で手段を抑えつつ、最大効率で被害者をちゃんと社会復帰させる魔術結社の一つであった。何より電子社会であるので、様々な記録情報の隠蔽は霊子演算機で容易く可能。

 何より金なら腐る程。そして、今は更に財産を増殖させている神父は、その資産をこういった魔術結社に寄付していた。むしろ、衛宮みたいな神秘面に理解があり、且つ人道活動をする者を纏め、かなり特殊な国際財団兼魔術結社を作ってもいた。こんな事も暇潰しにしている所為か、魔術社会において結構な権力を持ち、あれはあれで協会にも教会にも高い発言力を持つ異端者だ。

 

「―――お疲れ様です。美綴綾子さん」

 

「ああ、アンタか。そっちもお疲れ様。今は日本にいるんだね」

 

「ええ、はい。元々アジア圏の保護担当ですが、今は特に日本担当すのでね。私達の結社は協会の下部組織でもあり、教会の人道支援団体でもありますので、こう言うのも金になる立派な仕事です」

 

「そうなんだ。あ、アタシは別に人助けで金は貰わないから。その余ったお金は被害者支援に回しておいてね」

 

「ありがとうございます。士郎さんと同じく助かります。現在は何故か、魔宴と名乗る魔術結社からも経済支援もあり、言峰神父からも膨大な寄付金もありまして資金に余裕はあるのですが、金は幾らあっても足りません。

 有り難く綾子さんが辞退した報酬は、人助けの為に消費させて頂きます」

 

「そうか。それじゃそうして頂戴ね。報告書は渡したし、アタシもう行くからさ。頑張ってね」

 

「ええ。いってらっしゃいませ、綾子さん」

 

 そうして、テスタメント・ビル攻略を綾子は無傷で終え、事後処理も財団に任せてまた旅に出る為に歩き出した。

 今回分かった事と言えば、殺生院祈荒の危険性だ。

 元はと言えば、佐藤剣三抹殺計画は行方不明の衛宮士郎がやり残した活動。第六次聖杯戦争もあって未だ討伐していなかった魔術結社単独撃滅作戦である。綾子は正義の味方が何処かに消えたので、あいつがしていなかった後始末として人食い天狗を今回は殺すことに決めていた。尤も、この情報自体は言峰神父から流れ出て来た話であったのだが。

 

〝真言立川詠天流僧侶、殺生院祈荒。

 魔性菩薩、殺生院キアラ。

 真性悪魔、随喜自在第三外法快楽天。

 しかも世間からは、破戒僧の癖して何故か立派に聖人認定されてる著名人。

 うーん、盛り過ぎだよなぁ……アレ、ヤバいし。現代で悪魔化可能なまで強靭な魂って、つまり言峰と同等以上のゲテモノってこと。守護者が倒すべき本物の魔王で、更にもう魔人の領域にいる真性悪魔だって聞いてる。アタシが見たことある真性悪魔だなんて、殺人貴が黒騎士シュトラウトごとブッ殺したニアダークしか知らないな。真性悪魔とか、ぶっちゃけ名前程度の知識量しかないし、詳しい生態や神秘体系は固有結界くらいしか知らないんだよ”

 

 はっきり言うと、綾子はキアラと絶対に会いたくなかった。人間ではないことは知っていたが、魔術社会ではそこまで重要な観点ではない。現代は神秘が弱まったなどと言われているが、それは全体での話であって、個人で見れば明らかに次元違いの化け物がかなり存在している。

 

“今度の相手は、確か……学術教団? カルヴァート獣血教会だったっけ。そう言えば、減った祖のメンバー補充候補になってる奴がボスしてる魔術結社の一つだったな。こいつらが良い財宝を沢山蓄えててくれると、アタシも人助けにやる気が出て、化け物を倒す殺る気にも溢れるんだけど。

 ……いや、まずその前に言峰見付けないと。

 あいつを拷問に掛けて、アルトリアに差し出さないと不義理だったね”

 

 第六次聖杯戦争が終わっても、すべき事は溢れている。消えた遠坂凛と、間桐桜と、間桐亜璃紗もどうにかしなければならない。

 ミツヅリアヤコは先が見えない今を楽しみながら、何時もと変わらず普通に生活を送っていた。











 とのことで、ミツヅリさんイベントでした。
 本当ならこのビルには衛宮が突入してまた人類に絶望する予定でしたが、違うところでキアラさんセラピーを受けてアル中になってますので、仕方ないなぁとミツヅリさんが正義の味方の代わりをしてました。




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