神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 FGO鯖で一番好きなのはアルテラでしたが、もうエクステラなので違うなぁと思うこの頃。リリィも居ますし。やっぱりアルテラ・ザ・サン(タ)こそ至高。
 欲しい星5鯖は結局、アヴァロン級に召喚率が遮断されていましたので。マーリンとか理想郷に住んでるので仕方なし。フォーリナ―は降臨者なのにカルデアには降臨してくれませんでしたし。アビーがヨーグルトソースで、葛飾先生が春画で有名な蛸なので、後残す有名な迷信の神もそこそこ。ニャル様とか黄の王みたいな神格も降臨するのかどうか、Ⅱ部が楽しみです。


七つ夜の里

 ここは日本の何処かだった。嘗て、村人全員が一人だけ残して虐殺された隠れ里だった。最強を誇った父も、自分を身を呈して守った母も、強かった親戚の退魔師も死に尽くした。

 今の彼は娘と二人で生活していた。義理の妹が住んでいる屋敷の実家に居候するのも良かったが、流石の彼でも今更そんな生活を送るほど厚かましくなかった。しかし、断っても経済援助は止まらず、数カ月に一度はこの森にも訪れて来る死人に優しい家族だった。

 それに、そもそも彼は娘を引き取るつもりは欠片もなかった。

 神父の手を借りて情報を隠蔽し、自分が死んだ後の事を託した一人娘である。あの神父の仕事は完璧であり、実家の屋敷にしかと届けられ、普遍的な生活する事が出来ていたのを確認した。よって自分みたいな死人と一緒に暮らそうとさせる訳もなく、赤の他人として一度だけ会えれば良かった。

 ―――寒い冬の夜。

 闇深い森の中にポツンと立てられた屋敷。

 古い日本建築の家に相応しい囲炉裏と、上に置かれた鍋。その温かい炭の炎と、ほかほかの料理を囲み、数人の男女が談話を続けていた。そして、男の傍には黒猫が一匹。猫は囲炉裏の熱気を浴びて身を丸め、静かにまどろんでいる。

 居るのは四人。一人は黒い男、殺人貴。いや、今は遠野志貴と呼ぶべき家主の死人。もう一人は求道僧、臥籐門司。若い女はそんな臥籐の勢いに負けて付いて来てしまった魔術師、間桐亜璃紗。そして最後の一人は女性であり、黒髪に朱眼の人形みたいな幼子だった。

 

「うぉおおおおおおおおお―――神、サイコー!!」

 

「はぁ……そうか。あ、もう一杯お代わり貰うよ。しかし、この五穀粥、凄く美味いな。うーん、生前も死後も含めて、この永劫に堕ちた人生で一番ウマい御粥だな。旨い、美味い。数日前、実家に顔出した時に食べた梅サンドが浄化される程に(うま)い。酒にも合うし。

 ……ああ、話と食事に夢中になってた。

 臥籐、アンタが作った御馳走だ。盛ってやるから御椀を貸してくれ」

 

「粥、サイコー!」

 

「かゆ、さいこー!」

 

 声を上げる臥籐門司を真似て、男の脚の上に座っていた幼い娘が楽しそうに笑った。

 

「こら。止めなさい、未貴(マキ)。この求道僧の真似をすると、ミラクルがうつるよ」

 

「はーい、父さん……」

 

 しょんぼりと俯く少女。自分だった生前の遠野志貴の、その愛娘の頭を撫で、両目を包帯で覆う志貴はうっすらと優しく笑った。

 

「―――どうして。どうして、こうなったの……?」

 

 亜璃紗は、もう何が何やら訳が分からなくなってしまった。最初はまだ良かった。しかし、原初の神性を急に探し始めた門司に引っ張られ、旅の途中で出会った死徒二十七祖候補と、同じく祖候補の錬金術師と、その護衛の元聖堂騎士の本拠地と言う街まで来た。と言うよりも、冬木に負けぬ魔都に来てしまった。ついでにこのアヴェンジャーのサーヴァント、殺人貴―――ではなかったと、亜璃紗は思い直す。

 座に登録された真名が死神、殺人貴(DEATH)と言うだけで名は違うらしい。

 心を読めば、生まれの本名は七夜志貴であり、養子先での別名で遠野志貴と言うのだとか。しかも、何故か白い猫を連れた七夜志貴と名乗る殺人鬼も存在し、その一人と一匹にも旅の途中で出会い、その街に行くまで付いてくる始末。最初あの蒼い眼の詩人っぽい言葉回しの殺人鬼に会った時は、アヴェンジャーだと思って変な声が出てしまい、心を読んで同一人物の別存在だと分かって安心し、実はアヴェンジャー以上の危険人物だと分かって安心感が吹き飛んだ。同一人物の別存在だとか、一体それは何なんだろうと思った。心を読めば理屈は分かるも、同時に殺人鬼が生まれたこの三咲町が凄まじい地獄だと言うことも理解してしまった。

 ―――タタリ、である。

 聖杯戦争が終わってある程度は平穏な土地になった冬木と違い、この三咲町はずっと魔境のままだった。そして、そんな街中を彷徨い、何時も通りに求道活動を行う門司と、その背後で目が死んでいる亜璃紗の二人組。更にこんな魔境で騒がしくすれば、挨拶として管理人の混血が様子を見に来るのも当たり前であり、騒動が引き起こるのもまた必然。死徒の祖やら、その候補やら、真性悪魔化した使い魔やら、固有結界から生み出た魔物やら、うじゃうじゃ馬鹿騒ぎの原因が潜んでいるのだから。

 亜璃紗は、その時点で分かっていた。心を読める彼女は、ここはあの殺人貴の故郷である事を悟り、尚且つこの街に殺人貴が偶に訪れると言う事実を。

 更に両目を腐らせた亜璃紗が、子連れで実家の遠野邸に帰って来た殺人貴とばったり会うのも運命だったのだ。

 

「うぅむ。話だけ聞けば、お主の嫁は正に小生が求めし―――神!!

 人間の理想と欲望が混ざらぬ―――原初の女神!!

 生まれに人間の意識に関わらぬ神など迷信にしか存在せんと思ったが、純粋な星の化身が世に存在する事が分かって良かった。

 しかし、それさえも、小生の夢想にして妄想。空想に過ぎぬ罰当たりな理想の神性であったようだ」

 

 ……とのことで、七夜の里跡地に建てた殺人貴(アヴェンジャー)の家に誘われたのも、門司による手腕だったのだ。探し求めていた原初の神性の、その残滓を悟り、この地に門司が求めるモノが“存在していた”ことを知ってしまった。

 後は簡単。様子が可笑しい亜璃紗を簡単に察知し、彼は心を情熱で滾り燃やして聞き出した。心が読める彼女からすれば、勢い任せの説法のダブルパンチで口を割れてしまったのも当然だった。

 

「生まれが霊長と無関係であろうとも、この星に生まれたからには人間と関わり合うのも道理!!

 ―――成る程。

 この星に、人を知らぬ神はなし!!」

 

 絶望感を門司は味わうも、それを一秒で払拭する。慣れた痛みであり、如何でも良い苦しみだった。

 

「ははははははははは!! 後少し早く、後数年早く亜璃紗と出会っておれば、その原初の神性に辿り着けたやも知れんな。

 ……うむ。

 我が事ながら―――間が、悪かったか」

 

 何でも無いように求道僧は笑って、自分が作った粥をスプーンで掬い、口に運ぶ。誰もが何時も通りのミラクル求道僧だと思うのだろうが、亜璃紗だけは彼の内心を理解していた。

 これは地獄だ。

 心が生み出す煉獄だった。

 ―――痛いのだ。呼吸をするだけで、虚しさが胸を支配する。なのに、男はそれを飲み干し、ただの日常で味わう程度の感情として処理してしまう。

 

「……そうだね。昔のアイツを俺は知らないけど、俺が知ってる彼女は女神なんて柄じゃないのは確かだった」

 

「うむうむ。それに人の(ヨメ)を取るのは小生の趣味ではない。聖書に記された偉大なるダビデ王も、人々が理想と求む神から、その理想通りに在り方を全うした神罰を下されたからな!

 ……となれば、小生が求めた人を救う神は存在せんのか。

 いや、求める事そのものが罪であり、この指の間から零れ堕ちる実感が罰なのだろう。例え、人間以外から生み出た神性であろうとも、その者にも想いが在る。魂が有れば意識があり、精神が在れば人格が宿る。

 理想の偶像だと小生の欲望で決めつける行いは―――正に邪悪!

 ―――神が神として小生を罰するのも道理よ!!」

 

「あー……うん、そうだね」

 

「となれば必然、神でなく、女神でもない。愛の果て、原初の神性を捨て、愛情を尊んだとなれば、崇めべき理想ではない。それは我らの同胞となり得る魂の持主よ」

 

「うんうん、分かるよ。何となく凄く分かるよ、で―――呑む?」

 

「―――呑む」

 

 冷える夜に染み渡る熱燗(あつかん)を志貴から注がれ、門司は一気呑み。

 

「どれどれ、そっちも呑むが良い。破戒僧から注がれる酒など、有り難みが無さ過ぎて珍しい一品だぞ」

 

「成る程。確かに、有り難みはないけど珍しい」

 

 その粥とその他諸々を肴に熱燗を呑み、凄く酒臭いおっさん二人をジトーと見る高校中退した元JKが一人。手に持つ杯にはなみなみと溢れそうなほど注いだ酒。もう何杯目か分からず記憶はアルコールの彼方だが、まだまだイケると肝臓が訴え居ている。

 

「…………ん、ごく――――――」

 

 一気である。酒を飲み合うおっさん二人組を見ながら、死んだ魚のような目を、もっと暗く胡乱気にしながら亜璃紗は酒を飲んだ。飲酒は二十歳からとか知らぬ。酒、呑まずにはいられねぇ―――と、亜璃紗は何度も一気呑みしていた。志貴と門司が呑んでいる二人分以上のアルコールを流し込んでいた。俗に言う蟒蛇(うわばみ)である。

 

「のむー? お姉さん、これのむー?」

 

「―――ぅん……」

 

 そして、隣に幼女が一人。何時の間にか、自分の傍にまで近づいていた。美形の自負を持つ亜璃紗からして、将来自分以上に美人になりそうな子供だ。そして、何故かそんな子供からキラキラした目で酒を勧められていた。

 

「……呑みます」

 

「のめー」

 

 幼女から更になみなみと酒をおかわりされ、それさえも一気に呑んだ。ゲップが出そうになるのを根性で抑え、ふひーと十代女子がしてはいけないおっさん臭い溜め息を一つ。アルコール摂取で小腹が好き、臥籐作ノーマル五穀粥ではなく、梅干し五穀粥を食べた。美味かった。隣にある玉子五穀粥も食べた。涙が出そうになるのを我慢出来なかった。

 

「お姉さん、泣き虫? わたしも泣き虫だよ? おなかがくぅくぅすると悲しいね」

 

「あぁ―――悲しいね」

 

「…………」

 

 幼女に慰められている胡乱気な目付きな少女を、呆れた視線で黒猫は見るが、見なかった事にした。あの求道僧と一緒に此処まで来たとなれば、あの程度の心的疲労で済んでいるのであれば問題ないと、そう思い込む事にした。にゃあ、と鳴くことさえせず、黒猫は再び瞼を閉じて火で温まりながら眠る。沈黙は美徳なのだ。

 物静かな黒猫――レンは、心穏やかに寝るだけだ。

 この二人が屋敷に来た時は驚いたが、主人の志貴が居るならば心配はいらない。レンが張った敵意感知の結界にも反応もなく、屋敷外の森の中にも野生の獣しか感じ取れない。

 

「んー……ぅ、ぅ。すぅ、すぅ……―――」

 

 と、気が付けば、亜璃紗の膝の上で幼子が眠っていた。酒を鱈腹呑む続け、粥を食べ続けたので分からなかったが、透明で清らかで脳に心地よい心を持つ子供は、安心した様子で亜璃紗に寄り添っていた。子供に好かれる事など一度もなく、亜璃紗は不思議な気分だった。

 今までの彼女は、男からは欲望丸出しで好かれるような、しかし同性の女からは嫌われる女性だった。自分の美貌を自慢することはないが、自分が美人で在る事に一切の疑念を抱かないような人物で、子供に愛着などない冷たい女だ。しかし、殺人貴から未貴と呼ばれた子は、まるで子猫みたいに亜璃紗にくっ付いている。

 ……許されないのだ。

 女子供を楽しみながら蟲で犯して、桜さんと一緒に黒い聖杯へ転生させた。

 聖杯化に使えない男を蟲を作る為の材料に殺し、生きたまま使い魔の餌にした。

 犬や猫などの小動物を実験に使い潰し、散々に虐待死させ、魔獣の餌にも使った。

 だが何故か、そんな邪悪を尊ぶ自分の事ながら、驚くほど素直にこの子供が可愛いと亜璃紗は感じた。

 

「―――可愛い」

 

 思わず、口にしてしまっていた。

 

「可愛いだろう、そうだろう。君も未貴の素晴しさに気が付いてしまったか」

 

「―――……え。え、ちょっと殺人貴さん?」

 

 心を読むまでも無かった。この男、重度の親バカだった。酒に酔っているのもあって、娘愛に歯止めが効かない暴走具合であった。

 しかし、解せなかった。元々は第六次聖杯戦争では敵対していた怨敵同士。敵意がない事は示し、臥籐門司の同行者として扱うようにさせたものの、こんな気安く接するような相手ではない筈。あの無慈悲な死神が冷徹な思考をせず、敵味方の関係に頓着しないで亜璃紗が家に来る事を認めたのが、そもそも可笑しな話である。

 

「まぁまぁまぁまぁまぁ、逃げるなって。気にするなって、間桐亜璃紗。なんと此処に、妹が記念に撮っていた未貴成長アルバムがあるんだけど?」

 

 ―――出口などない。ようこそ、素晴しき愛娘空間へ。

 心を読めば読めでこれである。聖杯戦争の時に戦った冷徹な死神はどうやら、ここ数カ月の間に死んでしまったようだ。

 

「あの、その……―――酔ってます?」

 

「酔ってないが?」

 

「嘘だ! だったら何でそんなに目が蒼く輝いてるの!?」

 

 両目を隠している包帯を取り、眼をまるで青色の空みたいに輝かせる殺人貴に戦慄する亜璃紗。彼の目は死を連想させる程に冷たく綺麗で、見ていると自分が屍になったと錯覚してしまう。

 

「やれやれ。まだ分からないか。

 良いかい―――十七分割されて死ぬか、五体無事に生きるか……今選べ」

 

「わぁ。未貴ちゃん可愛いなぁ……!」

 

「だろう」

 

「はっはっはっはっは、愉快! 随分と素直になったものよ、亜璃紗! 愉快愉快!!」

 

 ガトー後でぶっ殺す、と表情に出さずに亜璃紗は憤慨。アルバムを見せられ、確かに可愛いのは可愛いが、はっきり言って他人の家の子供の思い出アルバムなど一切興味など湧かない。そんなモノに価値を感じるのは、実際に子供を育てた親だけだ。

 ……と言うよりも、神も魔も殺す本物の死神が、その蒼い眼を爛々と隣で輝かせていると生きた心地がしない。

 志貴の心を読める亜璃紗は、まだこの殺人貴が自分を全く、本当に一欠片も信用していないのが分かっていた。信頼に値する人間性を持っていないと断じているのも分かっていた。

 簡単な話、見張りなのだ。この地で悪さをした瞬間、命を奪い絶つ惨殺思考が今も脳内で展開されている。

 

「―――グゥー……」

 

 そう警戒しているのに、門司はそんなの関係無いと爆睡し始めた。志貴から勧められた無理なアルコール摂取により、許容範囲を軽くオーバーしてしまった。

 

「寝た。酒が回ったのね」

 

「随分とアルコールが強い男だ。受肉した俺と同等だな。まぁ、君には負けるみたいだけど」

 

「私はそこそこよ。直ぐに酔うけど、そのまま延々と呑み続けられるだけだし」

 

「そうか……―――で、此処での目的は何だい?」

 

 悪さをしに来た訳ではないからか、彼は殺そうとは思わなかった。そもそも、戦争が終わったのにまだ殺し合うのに価値はない。殺し合う為に必要な理由――大聖杯も、既に何処にもなく、アヴァンジャーは願いを叶えている。もし殺害するとなれば自衛の為だけであり、今の彼は誰かの為に誰かの命を奪おうとは一欠片も考えていない。

 その思考を分かっているからか、亜璃紗は冷徹な蟲の魔女として殺人貴(アヴェンジャー)と対峙出来ている。この男が殺人貴と名乗る死神の守護者ではなく、殺戮を楽しむ普通の殺人鬼ならば、とっととこんな街から出て行っていた。

 その為、亜璃紗にとって白い猫を連れる七夜志貴は大分危険だったが、どうも燃え尽き症候群に陥っているようだったので刺激せずにしておいた。むしろ危険だったのは、死徒を軽く撲殺する領域で拳法を極めた女子高生とかだった。

 

「んー……いや、普通にガトーさんの付き添いかなぁ。暇だし。研究テーマを達する為の実験方法がちゃんと決まるまでは放浪の旅をするつもりで、この街は寄り道の一つ。

 それに此処は悪性情報の坩堝が残滓として残ってる魔都だったから。テーマにしてる魔術理論・世界卵の研究材料にも良いから、読み込んだ術式の情報収集にはぴったりで私からしても理想都市なの」

 

「……嘘は言ってないか。隠し事はしてるみたいだけど、こっちに敵対する予定はないのは確かだね」

 

「うん。あの錬金術師みたいに、タタリ復活祭再びとかもしないから安心して」

 

「まぁ、シオンだし。俺が死んだ後も、相変わらずだろうね……本当、うん」

 

「私の異能はこう言う情報を集めるのに滅茶苦茶便利だからね。それに他の魔術師が行った実験データも一緒に苦労せず手に入る。錬金術師さんのエーテライトみたいな万能性は皆無だけど、読み取る事にのみ我が魂は特出してるから」

 

 なので、この三咲町は門司にとっても、亜璃紗にとっても、最高の寄り道だった。求道僧からすれば原初の神性を知る機会であり、覚りの魔女からすれば無限転生者と飲血鬼の実験結果を盗み取る事が出来てしまえた。

 願わくば――人類に遠き第六法を。

 第三法のシステムを成す魔術回路は学習した。第二法の現象も観測した。後は根源に潜るだけ。

 

「けれど、それは目的じゃない。手段だろう。君は何を果たそうとしているんだい?」

 

「――――――根源到達。

 最終的に魔術師はそこを渇望して死に方を尊ぶ。言ってしまえば、私達は神秘を道具とした哲学者に過ぎないから。少し血生臭いし、利益が自分へ還らない貧乏学者だけど、止められない。

 魔術回路を持つ遺伝子がさ―――もっと深淵をって、疼き続けるの」

 

「ふーん。そうか。じゃ、普通の魔術師だ。この町に害がないんだったら、好きにすれば良いさ」

 

「淡白だね」

 

「心の底から興味がない。どうせ、いざとなれば抑止の守護者がどうとでもする。俺の本体は今も尚、この直死の目でなければ救えない脅威に対し、呼び出されては大量虐殺を行っていることだろうしな。

 何よりも、この現世で悪さをするとしても、誰かが君を止めようとする。

 もしも、誰かが君を殺すのだとしても、俺は君の死ではない。

 自分が生み出した罪業の形を知っている間桐亜璃紗ならば、何時かは憎悪が罰となって逃げ続ける君に追い付くことだろうね」

 

「……それって、私の聖杯ちゃん達のこと」

 

「君がそう思ったのならば、それが罪で在ると言うことだ」

 

「そっか。でも、それは別に悪い未来じゃない。けれど、貴方があの聖杯の味方をするって言うんなら―――」

 

「―――しないさ。

 俺はもう、あの戦争と関わり合いがない身。頼まれなければ、他人の復讐劇に横槍をするつもりはない」

 

「だよね。態々、危険な目に遭う訳がないしね」

 

 欠伸を一つして、亜璃紗は全てを把握していた。殺人貴に脅威はなく、この場で一番危険なのは彼の娘―――遠野未貴。

 間桐亜璃紗が見て来た人間と人外の中で、一番有り得てはいけない存在。

 生命体としての存在規格で言うなら、サーヴァントの霊格さえ凌駕している化け物だった。それも今直ぐにでも衝動のまま、隠れ里から出れば住人を虐殺し尽くしても可笑しくなかった。とは言え、心を読む限り、人間には無害な様子。亜璃紗からすれば、可愛らしい小さな竜の子供と言ったところか。

 

「うん、それじゃあ、御馳走様でした。こっちのお話に付き合って貰って感謝します」

 

 ならば―――実のある話はもう終わりだ。街から離れたこの隠れ里は、日本で一番危ない怪物が住まう場所。受肉した守護者の死神と、半ば真性悪魔と化した使い魔の黒猫と、魔を喰らう幼い半人半祖が生きている異界であった。

 

「ああ。こちらこそ、久方ぶりにアルクェイドの話が出来て良かったよ」

 

 しかし、もう夜も深い。今から森を抜けるのも出来るが、酒を飲んだ後だと身が凍える。殺人貴と雑談しながら朝を待ち、まだ眠る門司を叩き起した。その後、起床した遠野未貴にも挨拶をし、二人は七夜の森を出て行った。

 

 

◆◆◆

 

 

「それじゃ、アタシはここまでだ」

 

「ああ、ここまですまなかったな。俺を召喚してくれたのが君で助かったよ」

 

「良く言うよ。左目と左腕を、自分の前世で殺し奪った相手だったんだ。正直、気不味い相手だったでしょ?」

 

「……かもしれないね。けれど、俺は君にラッキーだと思ったよ。それにこうして、受肉するっていう召喚された時の願望を無事に叶えられた。

 今だから言うけど―――生前に、君と殺し合えて良かった」

 

「おぉぅ、今だからって、凄いことぶっちゃけるな。けど、まぁ、良いさ。結果的に、アンタはとても幸運だった。

 ある意味で、あの聖杯が呪われていた事がアンタからすれば、かなり運が良かったんだな」

 

「大声では言えないが、正解さ。勝たずとも呪われれば、それだけで良かったってことだ。泥を取り込んでも呪詛を殺せば精神も正常に戻り、英霊として第二の生をこうやって獲得できた」

 

「アンタは無事に、アタシに召喚されて英霊共と殺し合った苦労が報われたって訳だ。あの憎き殺人貴が幸せになるのはちょっと許し難いが、アンタはあの殺人貴の成れの果てで、魂は同じだろうけど厳密には別人だ。

 だから、一緒に死線を越えた奴が、普通の日常に戻れるのは喜ばしいと感じる。

 もうアンタはアタシのサーヴァントじゃないし、契約も切ったけど――――まぁ、お互い生き残れたんだ。精々、幸せになれば良い」

 

「ああ。そっちも悔いの無い人生を。守護者に成り果て、抑止力の走狗になるとなれば尚更だ。朝日が来ない明けぬ夜を彷徨うのは、永劫の暗黒に沈む為には、自分自分が灯火となる想いを抱き続けないと亡者となってしまう。

 死んだ後、心に残る澱は取り除けない。

 内に残留した苦悩は、魂を永遠に―――呪うからな」

 

「―――うん。死ぬまで生き足掻いて、自分で在る事を頑張ってみるさ。悔いのないように」

 

 そして美綴綾子は、アヴェンジャーとレンに別れの挨拶をさっぱりと行った。車で一人と一匹を三咲町に送り届けた後、直ぐ様未練も無く何処かへ過ぎ去って行った。

 ……と、そんな過去の記憶へと現実逃避をしたくなるような想いを今、アヴェンジャーはしていた。

 

「………………」

 

「………‥‥…」

 

「………―――――――」

 

「………………」

 

「――――で。兄さん、弁解は?」

 

「ありません」

 

 遠野家当主、遠野秋葉。既に志貴は琥珀とも翡翠とも会い、秋葉の部屋にまで案内された。再会を喜ぶも秋葉は琥珀と翡翠を部屋から退出させ、直ぐにでも伝えなければならないことを話すと決めていた。

 

「貴方がここを去り、彼是十年以上です。

 最後の届けは、言峰士人と名乗る胡散臭い神父から聞いた……あの、信じたくない死亡の知らせと、あの子だけ。私なりに姪をここまで育てましたが……はぁ、兄さんなら分かるでしょう?

 私では母親にはなれません。そもそも自分の子供さえ、まとめに愛せているかどうか、自信の持てない女です」

 

 既に、自分の人生へ秋葉は決着を付けている。何時までも兄を思い続け、愛に殉じた彼に囚われるのは少しだけ無様だ。

 混血の親戚から適当な男をお見合いし、結婚したが、その男はもう血に発狂して死んだ。琥珀も翡翠も一度は自分の人生の為に屋敷を出て行ったが、また戻って来てしまった。

 

「ここまで育てましたが、この場所はあの子にとって良くない場所です。

 私は母親として愛してはいませんし、勿論この娘の母親になることは永遠に在り得ません。だけど、一人の人間として強い愛着があり、一人の家族として愛してもいますが……―――もう、駄目なのです」

 

「何故?」

 

「良く聞いて下さい、兄さん」

 

 暗く沈んだ瞳で、秋葉を溜め息のように重く言葉を発した。

 

「言峰神父曰く――吸魔衝動症候群だそうです。

 今までに類にない物だそうで、霊媒医師でもある神父が命名した生まれつきの病状です」

 

「―――吸魔、衝動……?」

 

「……兄さん。血は引き継がれるモノです。私も混血として、少なからず殺人欲求と、吸血衝動や食人欲があります。生まれた時から身に宿り、何時かは人間ではなく、先祖返りした化け物として死ぬ運命です。特にこの遠野家は退魔一族が紅赤朱と呼ぶように、色濃い鬼の血統で確実に発狂します。

 未貴に宿っているのは混血が持つ反転衝動とは別物ですが、性質の悪さは私達以上です」

 

「反転衝動か。しかし、未貴のそれは普通の吸血衝動とは違うのか?」

 

「死徒が持つモノとは違うと神父は言ってました。常時劣化する遺伝子の維持に、他の遺伝子情報が必要と言う訳ではありません。真祖の詳しい生態は知りませんが、恐らくはそれとも異なるものとも。

 ……そうですね、退魔衝動を持つ兄さんも、自分の意識が削られ、人格が薄れる感覚に覚えがある筈です。あの子の、遠野未貴の中にも、似た物が幾つかが眠っています。だから、あの神父は症候群(シンドローム)と未貴の衝動に名付けました」

 

「人格を変異させる衝動が合わさった病状だから、症候群(シンドローム)か。あの神父は、厭らしく真実だけを残していくな」

 

「その通りです。簡単に言ってしまうと―――人外の命を食べたくなる吸血欲望です」

 

「ああ、そうか。だからか」

 

「はい。兄さんの血に宿る快楽欲求と果てた退魔衝動と、真祖が持つ快楽を求める吸血衝動が混ざったモノだろうと言ってました。

 西洋の鬼。吸血鬼……ではなく、確か死徒でしたか。あの化け物も、時間が経てば魔獣なども食べるようになるようですが、そもそも未貴は人外以外の血を求めません。人間を食べることを快楽とはしていません。

 衝動があるのは分かってましたが、それが顕著に出始めた切欠は些細なことでした」

 

「―――まさか……?」

 

「多分兄さんの予想通りです。あの子は当たり前な仕草で―――私に咬み付き、血を啜りました。彼女にとって、この屋敷で私が一番の御馳走なのでしょう。

 ……あれは、私の油断でもあります。

 普段と全く変わらない雰囲気のまま、急に首をやられました。その後はまた大人しくなりましたが、どうなんでしょうかね。シオンと琥珀が緊急で霊薬を作ってくれましたが、欲望を抑えるのも時間と共に難しくなります。

 しかし、分かる事があります。一度の吸血で歯止めは効き難くなることです。私達のような狂った衝動を持てば分かると思いますが、あの類の欲望は幼子が覚えるには過ぎた快楽です」

 

 首に巻いた包帯を撫でながら、彼女は淡々とまだ話を続ける。

 

「しかし、良い点も一つ。未貴はどうやらまだ人間寄りな様でして、調べたところ遺伝子上は人類です。これから衝動に呑み込まれれば分かりませんが、吸血鬼ではないようです。人外の血を求めるだけで、人外を自分の眷属に変える力はまだありません。私の体にも異常はありませんし、むしろ逆に鬼の血を抑え込め易くなりました。

 ……いえ、これは悪い点でもありますね。

 未貴は私の命から血を通じ、人外の魔を吸収したのです。今の彼女は私の異能を学習し、その気になれば温度を奪い取ることが可能となる筈です」

 

「吸魔衝動ね。あの神父、最後に皮肉を残していったな」

 

 俺とアイツの悪い部分も引き継いでそのまま生まれてしまったんだな、と内心で彼は嘆息した。聖杯戦争で勝ち残った願望はこの子に会う為だけにあったが、どうやらまた聖杯でも使わなければ奇跡を起こして救う事が出来ない事態になってしまった。

 

「後、兄さん、最後に一つ。あの神父はこの衝動に耐え切れなくなれば、未貴は最もこの世で濃厚な味―――自分の血を吸い始めるかもしれないと言ってました」

 

「……そうか―――あぁ、そうなんだ」

 

 殺人貴は―――いや、志貴は自分がどんな表情を浮かべているのか分からなかった。今の彼は受肉した上で生き残ってしまい、聖杯を不要としたままサーヴァントとして召喚された理由である願望が果たされてしまった状態。

 しかし、それでも会わねばならない。

 確かに自分は、生前の遠野志貴ではない。契約により守護者に転生した殺人貴の、その死神の分霊だ。だが、自分の魂には記録が残っている。生前の記憶が刻まれている。

 長い間、アルクェイドは吸血衝動と戦い続けた。それも限界に達し、意志の力だけで只管に我慢し続け、抑え続けて―――しかし、決壊してしまう出来事が起きてしまった。

 彼女は、我が子に命を分け与える必要があった。

 普段は吸血衝動を抑える為の力を、子供が無事に生まれる為のエネルギーに変える必要があった。

 生まれた後はまだ平気だった。しかし、出産で損傷した精神は段々と磨り減り、限界を迎える時間が早まってしまった。

 何時かは終わりを向ける限りある魂。

 子供を諦めれば数年か、数十年は理性を保ち、魔王へ堕落することもなかっただろう。しかし、アルクェイドは自分の心と自分の子を比べ、迷わず後者を取った。

 ならばこそ―――言峰士人が祝福するのも当然なこと。

 神父として一度も間違わず生き抜いた彼は、殺人貴と真祖の姫が死んだ後、生まれた赤子の情報を完全隠蔽し、この三咲町へ無事送り届けた。

 届け先は遠野邸。当主である遠野秋葉に渡されたのは、赤目黒髪の幼子。

 それは真祖と人間の混血児。真祖と死徒の混血は確かに存在し、死徒と人間のダンピエールも世界を探せば生きているだろう。

 だが、真祖が人間の子を孕むことなど有り得てはならなかった。

 そして、厄介な事にその女児は不死であり、不老。肉体も完成すれば成長を止め、全盛期を死ぬまで維持し続ける半人半鬼―――否、永遠に生き続ける半人半祖。

 父の退魔衝動と母の吸血衝動を受け継いだ所為か、彼女は人外の血液を好む異端児として生まれ出ていた。

 

「ただいま」

 

「おじさん、だぁれ?」

 

「……ああ―――そうだったね。知らないのも無理はない」

 

 屋敷から離れた庭。翡翠に遊んで貰っていた子供は志貴に気が付き、翡翠は一礼して離れて行った。

 

「俺が未貴の―――父さんだ」

 

「とうさん……まきの、とうさん?」

 

「うん。突然だけどね。こんなおじさんが父さんになるのは、嫌かい?」

 

「やじゃない。とうさんいるの、うれしいよ」

 

「―――そうか。それは良かった。

 だったら突然だけど、これから君と家族になろうと思うんだ」

 

「う~ん……? かぞく?」

 

「うん、家族だ」

 

 こうして、アヴェンジャーは求めた願望に到達した。これから先の未来、どうなるかはもう聖杯とは関係がない事だった。














 とのことで、殺人貴の旅は終わりです。
 彼が士人から受けていた借りとは、アルクェイドとの娘を守り抜いていたことです。レンがこの神父に協力していたのも、彼が完璧に彼女を守って遠野邸にまで送り、魔術協会にも聖堂教会にも情報を漏洩させなかったからでした。

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