神父と聖杯戦争   作:サイトー

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10.Sin of the evil

第五回聖杯戦争の数カ月前の話。

 

◇◇◇

 

「言峰くん、お久しぶりです」

 

「シエルさんか、確かに久しいな」

 

 埋葬機関第七位であり弓の名を冠する代行者であり、代行者である言峰士人の先輩の代行者でもあるシエルは後輩の言峰士人に声をかける。

 

「アレ以来ですから、数ヵ月ぶりですね」

 

「ああ、死徒狩り以来の再開だ」

 

 言峰士人とシスター・シエルは日本語で会話をしている。シエルが日本語で喋りかけた為だ。士人が先輩であるシエルに敬語を使っていないのは、シエルが気にする必要がないと士人に言った過去があるからだった。

 士人はシエルに、代行者の技術を教えられた事もあれば、同じ任務にもついた事がある。そして何よりも、後輩である士人にシエルはあまり気を使われたくなかったのだろう。それも当時十代前半の少年に殺し屋の先輩として敬われるのは中々にキツイものがある。

 

「今回は只の吸血鬼ではなく、死徒化した魔術師が浄化対象のようだ」

 

「はい。同僚が既に魔術師に何人も殺害されてます。今回の浄化対象は強力みたいですね」

 

「そうなのか。シエルさんはもう不死性が無いのだから、体には気を付けなよ」

 

「ええ、分かっています」

 

「そうか」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 言峰士人の言葉を聞いたシエルは忌々しかった不死を失うことのできた三咲町での出来事を思い出す。遠野志貴との出会い、真祖の姫君との再会、ロアの完全消滅、タタリの襲来、訪れる真祖の限界、そして殺人貴の誕生。毎日が濃厚だった日々が消えたあの日。自分は古巣に戻った。

 ……だからであろうか。楽しかったと言える昔を思い出したシエルが普段ならしない質問を、言峰士人に喋ったのは。

 

「―――………言峰くんは魔術師をどう思いますか?」

 

「魔術師か? 突然だな」

 

「自分でもそう思いますが、質問したのは何というか気紛れです」

 

「ほう、気紛れね」

 

「―――――……」

 

 言峰士人はニヤリと笑顔を浮かべてシエルに問い直した。

 

「……本音を言えばですね、私と同じ魔術師でありながら、代行者もしている人の内心を聞いてみたい思いもありましたよ。ええ」

 

 少し怒ったようにシエルは答えた。それを聞いた言峰士人はククと笑う。

 

「つまりは、俺の本音を聞いてみたいと。……ふむ、そうだな、―――――」

 

 士人はシエルの突然の質問に考える仕草をする。そうして言葉を告げるため口を開く。

 

「――――面白い存在かな、愚かだとも思うが」

 

「……面白い、ですか?」

 

 シエルは士人の言葉に困惑する。予想外な答えだった。

 

「ああ、そうだ」

 

「…それは、どうして?」

 

 話を始めた言峰士人は、養父にそっくりな不吉な笑顔を浮かべた。そして、長くなるが構わないか、と聞く言峰士人にシエルは了承する。

 

「―――――魔術師たちは根源を求める集団だ。報われないと知っていながら根源を目指す。

 その姿のなんと滑稽なことか。

 今のところ分かっている魔法の魔術理論開発成功者は五人だけだ。魔術師はその魔法を目指し、己の魔術を鍛える。自身の魔術には魔法使いの才能がないと理解した上で根源を信じ続ける。

 自分が届かないならと自分の子孫に魔術を残し続ける、まるで延々と受け継がれる呪いの様にな。見る事も感じる事もできないモノが己の答えなのだと求め続けている」

 

「………」

 

 シエルは士人の言葉を聞いている。士人はシエルの目を、その奈落の様に黒い目で直視しながら話を続ける。

 

「それは何て滑稽な姿だろうか。

 根源を目指す魔術師は、人類の進化を否定し過去に心を向き続ける。今の人類は片手で容易く火を灯し、兵器は音の速度を凌駕し、天空には鉄塊を飛ばし、人間はもうこの星の外へも飛んで行けるのだ。思うに、今この時代に魔術師と並ぶ愚か者は存在しないだろう。

 ……いや、例外が一つあったな。我々代行者もそういう意味では魔術師と同じだ。神を唄い、魔術を消し続ける。我々も本質は魔術師と同じ、神を答えとして、ヒトを殺し続けているのが代行者の正体だろう。自分には、根源が神の代わりであり、魔術が神の教えに変わっているだけにしか見えない。盲目なのはどちらも同じ事なのだろう」

 

 シエルは言峰士人の話を淡々と聞いている。内心に何を抱えているのか、悟ることのできない無表情であった。

 

「まったくもって愉快極まりない。何処までも何処までも、根源に至らんと足掻き続ける。そのために魔術師は、己の生涯に報いも幸せも根源に至るためには不必要だと捨て去るのだ。その時に失ったモノに未練も後悔もないと、魔術師は前に進み続ける。……そうやって何度も何度も、魔術師はこの世界に業を積み重ね続ける。

 ―――それはなんて、無価値な存在か。

 何もかも捨てて、結局何も手に入らない。成果も何もなく死んでいく。そう死ぬことが当たり前で、根源に至れず志半ばに死ぬことに大した後悔もなく消えていく。自分が魔術師を選んだことに未練もなく、魔術師は最期を迎える」

 

 愉快だと笑う顔。シエルは初めて士人のその笑顔を見た。何故だか判らないが、シエルはその時の士人の顔が、殺人貴が殺人を犯している時の顔と重なって見えた。

 

「その姿はひどく愚かだ。しかし、哀れでは無い。

 何故なら魔術師としての彼らには絶望も希望も価値がないのだ。何も得られず、何もかもを失っても、魔術師には関係がない。求め続けるからこその魔術師だ。

 ――――故に、魔術師を愚かだと断じると同時に、面白い存在だと感じたのだ」

 

 シエルは言峰士人の話を聞き終えた。気紛れに聞いた質問に答えてくれた士人に、シエルは視線を向けた。

 

「なるほど。言峰くんにとって、魔術師は娯楽用品ですか」

 

「……娯楽用品か。成程、確かにそうなるだろうな」

 

「相変わらず内面が邪悪の権化ですね。…まったく、初めて会った時は礼儀正しい良い子でしたのに。私は色々と残念です。

 何だか今の言峰くんを見ていると綺礼神父を思い出します」

 

「む、そうか?」

 

「ええ。彼は古参の代行者で、私や言峰くんと同じで魔術師でもありますからね。本来なら会うコトも無かったのでしょうが、色々と因縁が言峰家と私はあるみたいですね。仕事が向いているという事で、綺礼神父とは死徒化した魔術師の討伐任務を一緒に参加した事もあります。その後も、何度か彼と同じ魔術師狩りの任務を担当しました。

 ……それに彼にはトラウマを抉られたことがあるのです、フフ」

 

 シエルは遠坂凛にそっくりなあくまの笑顔でそう言った。綺麗な笑顔が逆に恐怖を煽るのだ。

 

「あ~、何かすまんな」

 

「いいですよ、似た者親子ですからね。

 それと忠告ですけど、先ほどの話は他の代行者にはしないほうがいいです。厄介なことになりますからね」

 

「残念だがもうなったな」

 

「……あ、アハハハ」

 

 あくまの笑いが苦笑いになった。

 

「そろそろ時間ですね、言峰くん」

 

「ああ、仕事の時間だ」

 

 そう言った二人は淡々と魔物が犇めく街へと歩き出す。その後、代行者たちは死都へと入り吸血鬼化していた魔術師を浄化したのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……それで出て来たらどうだ、ライダー」

 

 言峰士人がそう声を発したあと、何もない空間から人型が突然現れた。

 

「何故、私がライダーだと?」

 

 現れた人型、ライダーのサーヴァントは監督役の士人に話しかけた。

 

「見た目と武器だよ。三騎士には条件が合わず、魔術を使わず、狂っておらず、暗殺者としてはお粗末だからな。

 俺がお前をライダーと判断したのは消去法だ」

 

 サーヴァントと監督役。彼が今話をしている場所は新都にある公園であった。言峰士人は陰湿な殺気をライダーに学校を出た直後から送られ続け、人眼が無いこの公園に向かったのがここにいる理由。つまりは、ライダーに士人は誘い込まれたのだった。

 それに教会を戦場にされると色々と不都合が士人にはあった。マスターの戦争の避難場所を戦場にする訳にもいかず、今は保護対象の民間人もいる。如何でも良いが、気難しい王様もいるのだ。

 

 

 太陽が沈む。仄暗い夕暮れは、闇色の夜へと変わる。暗闇が満ちる刻、サーヴァントと監督役が夜の公園で対峙していた。

 

 

「今回はマスターが、『貴方』を始末しろとの命令です。

 貴方は優しく殺してあげません。可愛がった後に、その血を飲み干してあげましょう」

 

 ライダーが士人に口を開く。その声は重苦しい重圧のあるモノ。前回のライダーは言峰士人を相手に手加減をしていた。その声の威圧感からか、今回は違うみたいだと彼は悟れた。

 

「それはまた、浅慮なことだな。監督役を相手にするなど百害あって一利なしだぞ」

 

 言峰士人は呆れた顔でそうライダーに喋る。面倒だと顔が語っている。

 

「何はともあれ、今回は逃げられませんよ。前回のマスターとサーヴァントはここらの周辺にいないのは確認済みです。貴方を助けにはきませんからね。

 他のサーヴァントの気配も皆無ですから、邪魔も入らないでしょう」

 

「まったく、仕方がないな。………む、これは結界か」

 

 言峰士人と自分がいる公園に、ライダーは人除けの結界を張った。魔に属する者以外、公園には誰も侵入できない。

 

「魔術を使えるのか。ライダーと決め付けたのは早計だったかな」

 

 士人は困った様にそのような事を喋った。ライダーはそんな言峰が面白かったのか笑いながら話かける。

 

「ふふ、そうですね。あのような推理で簡単に決め付けるのは良くないですよ、私はライダーではなくキャスターかもしれませんからね」

 

 眼帯で目は見えないが口が笑みの形を作っている。ライダーは、今までの鬱積を晴らすかのように士人に言葉を喋った。

 

「クク、実を言えばキャスターが寺を根城にしているのは知っているのだ。悪いな、ライダー」

 

 神父が邪悪に笑う。それはもう、莫迦にした声だった。

 

「………」

 

 無言になったライダーは杭の形をした凶器を士人に向けて構えた。

 

「お喋りはここまでです。――――そろそろ終わりにしましょう」

 

 ライダーは苛ついた声で士人に言った。眼帯で隠れていても感じ取れる程鋭い視線が、殺意と共に士人を貫く。

 

「全く、我慢強くない女だ。面倒だが仕様がない、久々に全力で戦うことにするか。…俺も死にたくないからな」

 

 ライダーと言峰士人が言葉を交わす。二人の殺気が公園の空気をざわめかせる。

 

「フフ、戦うのですか。

 ならば精々足掻きなさい、監督役。でないと血袋が弾ける様に死んでしまいますよ」

 

「ほう、良かろう。

 無様に油断でもして足元を掬われているがいい、サーヴァント。愉快な様で死に果てろ」

 

 ライダーのサーヴァントは、いつかの路地裏での決着を決めるため、言峰士人に斬りかかっていった。

 

 

◆◇◆

 

 

 ライダーは杭を構えて間合いへと入り込むために、地面を蛇が動くかの如く近づいて行った。その動きは素早く、移動速度は言峰士人が戦ってきた化け物の中でも圧倒的な速度であった。蛇の動きを連想させる疾走の軌道は予測しづらく実に厄介。

 ライダーが士人に接近戦を挑んでいったのは、武器の投擲戦では単純に勝ち目がないからだ。投擲の速度自体はほぼ同等といえるもので、ライダーが僅かに速い程度でありお互い銃弾に匹敵、または凌駕する。つまり、ライダーの力任せの投擲は言峰士人の黒鍵の投擲技術の前では、サーヴァントとしての人間に対する有利性は殆ど存在しないモノなのだ。

 そして、速度以外の他の要素は言峰士人による黒鍵の投擲の方がライダーの投擲を上回って行った。投擲の破壊力に一度に投げられる武器の数、連射性も負けていた。それにライダーは中距離攻撃は出来るだけで、そこまで得意な攻撃手段では無い。

 何より速攻を選んだのは、あの怖気が壮絶に襲いかかってくる魔剣を構えさせないためでもあった。路地裏でこの監督役は、【ダインスレフ】と呪文を唱えて剣の能力を発動させていた。おそらくは魔力の禍々しさから視ても、かの魔剣の本物ないし、それに匹敵する概念武装であろう。人間を狂気に陥れる剣を平然と使っていたこの男の精神はどんな構造をしているのか、とライダーは甚だ疑問であったが、何よりも恐ろしいのはその効果であった。

 サーヴァントである己に追いつく速度を出し、剣の破壊力はただの人間が出せる領域ではなかった。それにあれは殺すまで強くなり続ける魔剣だ。限界があるかどうかは解らないが、こちらを殺せる力を持っていた。

今は何も武装をしていないがこの男はどんな不可思議があるかわからないのだ。ライダーは言峰士人を「敵」として戦いを挑んでいた、油断は最初からない。……が、しかし、偽りのマスターでは本領の何割が出せるのか、ライダー本人も弱体化は非常に厳しい。

 結論として、宝具に匹敵する魔剣の能力は使わせない。そう考えたライダーは無手の士人の心臓を刺さんと、杭を突き出した。そうして、ライダーが迫りくるその瞬間に言峰士人は強化を完了させ、自分が愛用する本来の剣を投影し両手に装備する。

 

 ――その剣は例えるなら、まるで悪魔がカタチを変えた姿をしていた。

 

 刃はただ純粋に黒い色をしていた。刀身の長さは約二尺といったところである。片刃で分厚く、そして刀身の幅が広い。

 それは殺すためだけに存在する剣であった。一切に装飾がない。日本刀なら鍔と柄頭にあたるでろう箇所の部分は灰色で血管が走っているような赤い線の模様がランダムにあり、手で握る柄の部分は刀身と同じで黒色なだけであった。

 

 

「シィ―――ッ!」

 

 

――ガキィンっ!!!――

 

 

「っ――――――」

 

 神父は両手に剣を一本づつ構えライダーを迎撃する。士人は迫りくるライダーの突きが心臓を串刺しになる前に二本の剣を交差させ、剣の腹で受け止めた。彼は突きの威力を態と逸らすことなく真正面から剣で受けた。力を受けた士人は逆らうことぜず、逆にライダーの突きを利用して背後へと後退する。

 

――ザザッ……!――

 

 数十メートルも吹き飛んでいく。トラックの事故と対して変わらない威力であった。吹き飛ばされながらも、神父は呪文も唱え、工程を完了させておいた魔術を発動させる。

 

「―――投影(バース)始動(セット)

 

 空中に数十本の黒鍵が出現する。まるで目には見えない弓に装填されているようにライダーに標準を狙いつけている。ギリギリと限界まで弓の弦が引かれている様で威圧感を出し続ける。

 

「――――――っ!」

 

 自分が吹き飛ばした神父を追撃するために走っていたライダーは唐突に姿を現した剣軍に速度が急激に減速する。何せライダーから見た場合、正面とそれの斜め右と左に斜め上空から囲まれるように剣が中に浮いているのだ。ライダーは串刺しにされたら堪らないので方向を転換するために足に力を思いっきり込める。言峰士人はその隙に地面へと着陸し、魔術を使うために口を開く。

 

 

「―――投影(バース)完成(アウト)

 

 

――ダダダダダダダダダダダンンンッッッ!!!――

 

 

 ―――その呪文と共に、ライダーを囲うように虚空へと固定させた黒鍵を一斉に射出。

 ライダーの前後左右に逃げ場はなかった。逃走ルートを縫うように黒鍵が射出されている。しかしライダーは、足に込めた力を解放する。

 

 

――ドォオンッ!!――

 

 

 その刹那、ライダーは上空へと高く舞い上がった。彼はそれを好機と見る。敵は身動きができない。士人はライダーを空中へとわざと逃がしたのだった。身動きが取れないであろうライダーに向けて、両手の剣をブーメランの様に投擲する。剣が宙を進む姿は悪魔の翼に良く似ていた。

 ―――ビュンビュン、と刃が風を切り裂く音。ライダーに死神の鎌が迫った。

 しかしライダーは慌てなかった。その顔には余裕さえ見える。そして彼女は逆に、この展開を読んでいたように行動する。

 

――ガキキィン!――

 

 彼女は瞬時に二本の剣に杭を投擲した。金属が出す高い音とともに双剣を撃ち落とす。そうしてお返しにと、複数の鎖付きの杭を連続で投擲した。数多の杭が士人に襲いかかる。つまり、士人の攻撃は失敗に終わった。

 

「―――――――――」

 

 無詠唱による双剣の投影。彼は、己を穿たん、と迫るライダーの杭を新しく投影した剣で迎撃する。そして、それらに紛れて一本の杭が言峰士人の上空に飛んでいった。士人はその杭に気が付いていたが、どうすることもできない。

 

――ダン……っ!――

 

 ライダーが投げたその一本が地面に突き刺さり、杭の魔力によるものか地面ごと固定化された。士人がライダーから延びる鎖に注意を払い、動きを観察する。戦術思考を頭の中で展開しながら、未だ上空にいるライダーを仕留めるために武器を準備しようとする。同時に鎖の迎撃方法を準備する。

 …しかし、それはできなかった。何故かライダーは身動きできない筈の空の中、砲弾の如く地面に向けて弾け飛ぶ。言峰士人の頭上を過ぎていった。多数の杭に紛らわした一本の杭をライダーは怪力をもって引っ張ったのである。

 ――ズガン、と轟音を立てる。

 地面に刺さった杭に付く鎖をなぞるように、彼女は杭の刺さった地面に着陸した。神父の方を向きながら、四肢を使って獣のようにライダーは構えている。彼女の顔にはニィと、獲物を仕留める瞬間の肉食獣に良く似た笑顔が刻まれている。

 

「っ―――――――」

 

 頭上を飛んで行ったライダーに、士人は後ろを取られた。言峰士人が背後へと首を振り返り、横目で彼女を見る。ライダーは着陸した時の力の反動を利用するように四肢を伸縮させ、踏み込む直前である。士人は強烈な殺気を回られた背後から察知する。ライダーを迎撃するために自分の体を全力で振り向かせた。

 ―――ライダーが今までの戦いの中で最高速を出し一直線で士人に接近する。

 

「――――シッッ!!」

 

 振り上げられていた杭をライダーは士人へとその怪力を持って振り下ろした。振り向いてはいるが、体勢が不安定な士人はライダーの振り下ろしを逸らすことはできなかった。士人はなんとか両手の二刀で杭を受け止めるが、怪力で体が軋む。

 

 

――ドゴォオンン…ッ!――

 

「っ―――――!」

 

 

 ―――その一撃で、地面にクレーターが出現する。

 士人は黒鍵の徹甲作用を複数同時に食らった威力と同等な破壊力を前に、肉体が悲鳴を上げているのに耐えていた。

 容易く人間の体を粉々にする、そのライダーの怪力。とある理由で彼女は弱体化しているとは言え、怪物の怪力は人間からすれば尋常ではない膂力を誇る。言峰士人は肉体に強化をかけ、力の大部分を地面へと全身を使い逃してはいるのもあり、体だけは無事であった。しかし、やはりと言うべきか人間が相手をするのにサーヴァントは荷が重過ぎる。

 ……神父の体勢が崩れる。

 そして、ライダーは言峰士人にできた隙を狙い、杭を突き放つ。だがその危機に対して彼は、してやったり、と言いたげな態とらしい笑みを浮かべていた。彼女はその笑顔を見て寒気を感じた。例えるならそう、知らず知らず大蛇の口の中に入り込んでしまった様な―――――

 

「ぁ――――――」

 

 ―――そして、悪寒で凍ったライダーの小さく短い呟き。極限まで圧縮された二人の精神が感じ取れる刹那の間。本当に僅かながら洩れた息の音。

 そもそも神父は、ライダーが自分にできた隙を狙ってくるのは十分承知であり、そして相手が隙を攻撃することでできる致命的な隙を狙わない理由はなかった。何よりも、士人はライダーを必殺できる距離へと詰められるこの機会を、戦いが始まった一番最初の段階から待っていた。

 ――死角より襲来する蹴り。

 ライダーが突きを体めがけて放つと同時に、士人はライダーの杭を握る手を目がけて蹴りを放つ。速度を重視した高速の蹴り。死角から狙われたライダーの手が脚で、トンと蹴り上げられた。杭が明後日の方向へ飛んで行った。

 ――瞬間。士人は一歩、前へと詰める。

 士人は両手の剣を離し、そのまま振り上げた足の勢いを利用した踏み込みでライダーの間合いを侵食していた。ライダーの腹に言峰士人の拳が添えられる。

 

 

「―――はっっ!!!」

 

 

 その瞬間と同時に、言峰士人の掛け声が暗い公園に響き渡る。

 

――ズガンッッッ!!!――

 

 只の打撃音とは思えない爆音。それは言峰士人が養父から盗んだ格闘技術によるもの。それは寸勁と呼ばれる、彼が養父より伝授された中国拳法が誇る技の一つ。轟音を鳴らし、ライダーは後方へ吹き飛ばされた。

 

「―――がはっっ!! ・・・・ごほ! ・・ごほ」

 

 ライダーは士人の重い一撃を腹部に、受け内臓をズタズタされてしまう。咳き込むと同時に吐血していまった。口からは血が流れ出ていき、地面を紅に染める。

 そもそもライダーがダメージを受けた寸勁は、ただの寸勁ではない。腕だけでは無く、全身のバネを使い物を壊すのが寸勁であり、この時の士人は全身を強化されており、技の破壊力は大幅に増加される。それに加え、拳も「拳」として概念が強化されているため概念の重みが拳を重くする。そして、魔術師なら誰でも使える魔力を使用した魔術ではない魔力をそのまま使う技術。士人はライダーとの拳が接触する面に魔力そのものを凝縮させ、その魔力をライダーに向けて寸勁の衝撃と重ねて解放させた。

 

「―――……(致命とはいかなかったか。

 それにしても、ライダーの動きには独特の鈍さを感じる。何らかの理由で弱まっているのか?)」

 

 ライダーが如何にサーヴァントと言えど、ダメージからは逃れられなかった。そして、もともと耐久性が低く、今はステータスの低下が深刻なライダーにとっては必殺の威力を持っていた。それに寸勁を心臓に当てられていたら、弱体化している今のライダーならそのまま死んでいただろう。

ライダーは本来なら心臓に拳を当てられていたが、その時にライダーが拳を避けようとして瞬時に膝を伸ばし腰を上げたことで如何にか腹に士人の拳を逸らす事ができた。そして避けられないと理解したライダーであったが、寸勁の衝撃と同時に自分から後方へ跳ぶ事が間に合ったのでダメージを軽減させることができたのであった。

 十秒にも満たない攻防。神父と戦った騎乗兵はこの結果を忌々しく思い、口から血を吐きだした。ライダーが士人を眼帯越しから睨みつける。

 

 

「なるほど、そういうことですか。私ではそもそも貴方を生け捕りにするなど無理だったのですね。残念ですが、血は諦めましょう」

 

「何だ、諦めるのか。随分と早い決断だな」

 

 相変わらず相手をイラつかせる表情を、士人は顔に浮かべている。

 

「いえ、昨日にも考えたことです。最初から血を飲んでから始末しようとするのが、そもそもの間違いでした。

 ――――――ここからは本気でいきましょう。気を抜けば一瞬で死にますよ」

 

 ライダーの殺気が上昇していく。言峰士人は雰囲気が変化したライダーを視ている。その挙動を見逃さず、周囲を警戒する。

 ―――次の瞬間、ライダーは眼帯を剥ぎ取った。紫色の眼が言峰士人の体を縛りつける。

 

「―――……む、これは石化か」

 

 距離が離れているのもあり、士人が見えていても何一つ反応できない早さで眼帯をライダーは取ったため注意をはらっていた士人は逆に魔眼の力に束縛されてしまった。四角の形をした瞳孔が士人を睨み縛る。

 

「―――つまり、お前は……」

 

「……ええ。ゴルゴン三姉妹のメデゥーサです」

 

その名前はあまりにも有名な神話の怪物。人を石に変える蛇の魔物。それが言峰士人の眼前にいる英霊だった。

 

「これは抜かったな。全く、生きた心地が欠片もしないぞ」

 

 魔眼で体を縛られている言峰士人の前で、ライダーは手に持った杭を自分の首に突き刺した。空中に血がばら撒かれる。そしてライダーの血が一つの術式を作り上げた。

 空中には召喚陣が浮いている。陣に描かれた文字が不気味に脈動していた。

 やがて、召喚陣にある禍々しい眼球が開けられていく。ライダーの流血が描いた魔法陣の輝きが、天空へと登っていく。

 

「――――なるほど。それがメドゥーサがライダーのサーヴァントになった訳か」

 

 そうして、身動きせず士人は視線を上空に上げる。そこには伝説の生き物がいた。

 ―――天馬・ペガサス。

 翼を羽ばたかせ神々しくペガサスは天空に光輝いていた。天馬の上には眼帯を外したメドゥーサが素顔を晒して乗馬している。

 ―――それは、心を奪われる光景だった。

 しかし、それを言峰士人は苦笑いで見ている。代行者であり化け物を狩り殺してきた士人だが、まさか伝説の魔物と伝説の幻想種を同時に相手をすることになるとは思いもよらなかった。監督役の言峰士人は聖杯戦争の非常識さをその身で味わうことになった。

 ライダーは天空から、美しい色を輝き放つ魔眼で言峰士人を封じている。

 

「せめて、何も感じさせず一撃で消してあげましょう」

 

 言峰士人は、ライダーの言葉を聞くと同時に状況の打開を考えていた。ライダーの攻撃は天馬による突進だと思われる。高速で体当たりをすると言ったところであろう。それもただの突撃ではなく、魔力によって形成されたエーテルの壁で圧殺するモノと考えられた。今も微量であるがエーテルにより周囲が守られている。

 

「それに貴方からは危険な気配がします。加減は無しです」

 

 ライダーの手に綱と鞭が出現する。そしてその綱が天馬(ペガサス)の首に巻き付く。士人はそれが宝具だと見ただけで戦闘者の感覚で感じ取った。そして、見ると同時に『視』ていた。この宝具で操られた天馬はリミッターをカットされ、能力がランクアップする。そして膨大な魔力の守りにより天馬の防御力はさらに向上するみたいであった。

 士人は天馬の突進を防ぐことは不可能だと悟ることができた。攻撃方法や能力が推測できただけで防ぐことは無理である。

 

「さようなら、監督役。貴方は中々に強かったですよ」

 

 天馬の魔力が際限なく上がり続ける。ライダーは上空高くへと上がっていき、結界の頂上に辿り着く。

 

「―――騎英の手綱(ベルレフォーン)―――」

 

 ライダーは虫けらを潰すようにあっさりと真名を呟いた。

 

 

―――ゴォォオオオオオオオオオオオオッッ!!――

 

 

 それは全開の真名解放ではなかった。しかし、魔術師一人消すにはあまりにも強大な神秘である。そもそも過剰すぎる攻撃力だ。通常の突進でも直撃すれば、言峰士人は破裂した真っ赤な水風船になる。そしてこれを受ければ細胞が一つも残らず神父はこの世から消えることだろう。だが、神父は絶望など一欠けらも感じてなどいなかった。

 

 

「――――投影(バース)始動(セット)

 

 

 ライダーの宝具の真名が解放されたその瞬間、言峰士人は魔力が込められた紅い槍を一本投影する。士人は槍を投げるために、予め構えてから槍を手に装填した。魔眼で動けない筈の神父は当たり前のように、投影した槍を構えていた。

 ―――そして、真名解放により天馬が突撃落下を開始する。

 

「―――――ハァア!!」

 

 

 ―――赤い閃光が、天馬へと迫った。

 士人は光を纏い突撃を始めた天馬に向けて、その槍を投げつけていた。その一撃は鉄甲作用を使った全力の投擲。

 ライダーは魔眼の影響下で動ける神父に瞠目するが、もはやこの段階で動けたところで意味は無い。後はもう、殺すのみ。それよりもライダーは、何故だかこちらに迫る紅い槍を見て、どうしようもない程の悪寒が身に走った。紅い槍に込められた魔力は天馬に比べれば半分にも届かない。確かに槍は特級の概念武装であったが、ライダーにしてみれば苦し紛れに投げた槍にしか見えなかった。しかし、高速で接近する槍の威圧感はライダーの精神を圧迫する。神父が造り出した槍が、天馬により練り上げられていたエーテルの障壁に衝突する。

 ―――紅い魔槍はやすやすと、空を舞う天馬を串刺しにした。

 紅い槍はギルガメッシュの原典の一つ、伝承ではゲイ・ジャルグの名を冠する槍であった。宝具殺しの槍は魔力を切り裂く武器である。エーテルによる障壁など、ただの獲物で水で濡れた紙に過ぎない。

 ……だがしかし、必殺であった宝具殺しの魔槍は天馬の足に刺さっていた。

 ライダーは己の直感に従い、ほんの僅かであったが槍の軌道からずれることに成功していた。ゲイ・ジャルグはペガサスの前足に当たり前足を粉砕し、そのまま後ろの足を串刺しにしていた。そのまま進んでいれば、槍は天馬の首を粉砕しながら貫き、ライダーの頭を吹き飛ばしていただろう。

 天馬はバランスを失い、回転しながら地面へと墜落して行った。ライダーは地面へ投げ出される。

 

「――――ぐ ……あ、…………くっ!」

 

 ライダーは地面に伏せながら呻き声を出す。ペガサスはライダーから離れている所で美しかった姿を土で泥だらけとなっていた。翼は地面に落ちた衝撃で圧し折れている。天を飛んでいた姿が想像できない程、天馬は傷つき地面に横たわっている。身動き一つしていなかった。

 

「ふむ、逆転といったところだな」

 

 言峰士人はライダーへと歩み寄る。両手には拾い直した剣を握っている。すると神父は、背後で物音がするの聞き取った。

 モノが動く気配。墜落した天馬の意識が甦ったのだろう。

 

宣告(セット)存在破裂(ブレイク)

 

 神父は煩わしそうに、横たわるライダーを見たまま呪文を唱えた。そうして、バンと音が公園に響き渡る。天馬は四肢を抉り取られ、(はらわた)を撒き散らす。ズタズタにされ体の構成を維持できず、ペガサスは世界の裏側へ還って行った。

 

「――――――ぁ」

 

 ライダーの声。その音は確かに悲しみが帯びている。

 

――スタ…スタ…スタ…――

 

 宝具クラスの概念武装の爆破にしては低威力であったが、瀕死状態の天馬なら十分であった。低威力だったのは、即興で造ったのもあり能力分の幻想しかなかったためである。宝具の能力を解放し、さらに宝具級の爆破をすると投影武装に込めるのに必要な魔力の消費が大きいのだ。故に呪文は簡易的なスペルで唱えた。

士人は公園の草で擦れた足音を上げながら、油断なくライダーへ近づいて行く。

 

「飛べない天馬はただの駄馬、とは先程消えたお前の子の事を言うのだろうな。そうは思わないか、ライダー」

 

 言峰士人が一定の間合いを取り、ライダーを視界に入れていた。ライダーも、士人を『視界』に入れている。

 

「―――………何故、魔眼が効かないのです」

 

 立ち上がったライダーはペガサスを向こう側に返されたことに怒っているのか、殺気だって質問をした。何よりも、自分の子を愚弄したこの男に怒りに抱いているのだろう。

 

「体質としか言えんな。

 それに加え、俺は化け物狩りを仕事としていている。備えあれば憂いなし、ということだ」

 

 代行者である言峰士人にとって、魔眼対策など当たり前のことであった。ましてや前回の戦闘で魔眼殺しを持っている事は解析済みである。代行者として魔眼に注意するのは当然の流れであった。故に、隠し持っている呪物の一つにライダーの石化を軽減するものがあっただけ。伝説にある魔眼の中で石化は有名どころの一つ。相手が魔眼殺しらしき物を付けている最初の時点で、神父は対策を考えていた。そして、言峰士人は呪いの類には滅法強い。魔眼から発せられる石化の呪いにより重圧を感じたが、それだけだ。

 

 

「……………………最悪ですね」

 

 

 愉快気な笑みを自分に向ける神父に、ライダーは言葉を吐き捨てる。そして何よりも、ライダーの脳髄をズキズキと刺激するこの苛々の正体は、人間に裏をかかれ敗北したからだ。弱体化し、本領を発揮出来ないとは言え、この屈辱は相当な傷だ。

 ライダーは化け物殺しの代行者を、この狂った強さを持つ魔術師の力量を見間違えていた。この“怪物”には、自分も万全でなくてはならない。油断や慢心をすれば、その精神の隙間から神父に喰い殺される。

 

 

――ザァ…ッ!――

 

 

 彼女はそう呟いた後、土を蹴る僅かな音のみを残して撤退していった。言峰士人に逃げに入ったライダーを追撃できる能力もなく、気配を消し隠れたサーヴァントを見つけ出すのは至難。今の士人で殺し切るのは不可能だ。サーヴァントの機動力を持って逃走された場合、単純に性能の差が出るので追い切れない。狙撃をしても良いが、警戒している今のライダーには勘付かれるだろうし、魔力量が不安定な今では遠距離用狙撃宝具も満足に使えない。

 そして、言峰士人にとっては、宝具殺しの槍による一撃で殺せなかったのが致命的であった。そもそもライダーが逃げに入らない内に討つため、士人は色々と工夫をしていたのだ。…ゲイ・ジャルグの一撃もそうだった。

 アレは宝具ではない。正確に言えば、世界の伝承により宝具としての側面を持っているだけの無銘の魔槍。紅き魔槍は宝具になる前の伝承なき幻想、ギルガメッシュの財宝の一つ。

 彼の倉の中に、真名解放能力を持つ武器もあるにはあるのだが、能力を使うのにそもそも真名の解放など必要としない概念武装が基本なのだ。ギルガメッシュが持つ原典は宝具になる前の名無しの概念武装、魔力を込め武器を使えば能力を使用できる。もっとも真名を解放した方が投影“魔術師”である言峰士人にとっては神秘を顕現すると言う意味で魔力消費の燃費が良くなる概念武装も中にはあり、貴き幻想として概念武装を宝具として能力を解放するために、真名の解放を行うこともある。

 エネルギー放出系の概念武装なら燃費の良さは能力の出力に直結するが、ゲイ・ジャルグのような宝具は発動する神秘を顕現し易くなるくらいだ。それに元々ゲイ・ジャルグは魔力による常時発動型の宝具である。

 故に今回、士人は相手に怪しまれない様、速攻で投擲したのだった。ライダーは槍を受けてようやく、この魔槍が破魔の紅薔薇だと気付くのである。

 ―――そうして、霊体化したライダーは言峰士人の前から完全に消え去っていった。公園での戦いが終わりを迎える。

 

「まったく、監督役の仕事は命が一つでは足りないな」

 

 神父はそう呟いた後、家の冷蔵庫が空であり、夕飯の材料が家に無くなっている事に気付いた。神父は近くのスーパーに寄った後、教会に帰るために重い足取りで帰って行った。


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