神父と聖杯戦争   作:サイトー

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13.呪刻探し

2月4日

 

 

 

 夜の話。

 美綴綾子が教会から去った後、言峰士人は工房に入り魔術鍛錬を始めていた。言峰士人は床に座り込み、魔術行使に集中し精神を際限無く加速させている。

 

循環(バース)始動(セット)

 

 言峰士人は回路を開き魔力が流していく。そして自分自身を感覚し、己を把握する。

 

循環(バース)完成(アウト)

 

 呪文と共に魔術が完成する。言峰士人が行っていた魔術は強化魔術。概念が高まり、存在が強化されることで肉体機能が上昇する。生身で並の死徒を撲殺するような魔人が強化魔術を掛けることで、一応はサーヴァントと何とか戦いはできるようになるのだ。

 

「ふぅ」

 

 彼は深呼吸をし、魔力の回転を加速し始める。肉体の機能は上昇し続け、存在の規模が上がっていく。体は硬くなり、より耐久性を上げていく。そして、次に肉体の部分強化を始める。拳を強化し、足を強化し、目を強化し、次々と強化箇所を変更して魔術を使っていった。

 強化魔術で各部分を強化すれば、その部分の概念が高まっていく。例えるなら、全身を強化してのパンチなら運動性能の上昇で破壊が増すのだが、拳を強化してのパンチなら「拳」が持つ概念が高まり破壊力が増す。神父は自分が使う強化魔術の使い分けを鍛錬し続けていた。

 それに、士人が強化できるのは自分だけではなく、「物」にも強化魔術が使えるので強化魔術は使いどころも多く、均等に鍛えるのが難しかった。

 つまるところ、言峰士人にとって強化魔術は極め甲斐のある魔術であった。極めるためにまず、一定の強化における消費魔力を節減していき燃費を良くする。そうして、段々と少ない魔力での強化の効果を上げていく様に鍛えていた。そして強化可能な限界点を引き上げる。

 彼は黙々と魔術を使い、呪文を唱え続けた。時間が過ぎ士人は強化魔術の鍛錬を終える。その後に投影魔術の鍛錬を始めた。

 

投影(バース)始動(セット)

 

 手のひらを開けて、何かを握るようにしていた。

 

投影(バース)完成(アウト)

 

 呪文を唱え手に現れたのは、ライダーとの戦いで双剣として使っていた漆黒の刃をした一本の剣。

 この剣は無銘だったが士人が「悪罪(ツイン)」と名前を付けた投影武装である。これにはオリジナルは存在していない投影品、言峰士人が投影魔術を使い始めてから何故か投影できた。その正体は、士人の魂が持つ呪いが武器と化した概念武装である。二本同時に投影をして、主に双剣として使っている。

 その後にも、得意とするもの以外の魔術も修練をし、今晩の魔術鍛錬を言峰士人は終了させた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月5日

 

 

 

 神父は学校へ登校して行った。聖杯戦争監督役としての忙しい日々が既に日常となった忙しい朝であったが、学校には遅刻にならないように教会を出て行った。

 学校に着いたが相も変わらず血生臭い結界が張られている。そのまま校舎へと足を運んで行くが、後ろから声を掛けられた。

 

「よ、言峰」

 

 昨日に教会から家へ帰って行った美綴綾子がいた。さすがに、今日にあった部活の早朝練習には出ていなかったようだ。彼女は士人と同じ時間に学校に登校してきた。美綴綾子の視点から見てみると、彼の顔は普段とは違っていて少しだけ意外そうな顔に見えた。

 

「……本当に登校してくるとは。まったく、(きも)が座っているとは正にこの事だな」

 

「女は度胸ってね、アハハハ……」

 

 昨日言っていたように、綾子が来たことが予想通りとは言え、命の危機より自分の意思を選べる程の強さを持っていることを再認識した。と言うよりも、自分の友人である遠坂と一応は自分を信用していると言ったところだろう、と考えた。

 美綴綾子という女は、友人を見捨てることができないのだろう。他人のために自分の命を掛けて行動できる人間は滅多にいない。いや、命を掛けると言うよりも、命を預けると言った方が良いのかもしれない。

 

「しかし、今日はいい朝だ。言峰を驚かせたんだからな」

 

 彼女はそう笑って、バン、と隣を歩く士人の背中を叩く。隣を歩く美綴の方を向いて少しの間見た後、士人は綾子に眠そうな死んだ魚の目で笑いながら言い返す。

 

「……まあ、構わないか。死んでも恨むなよ」

 

「でも私が死んでる状況だと、アンタも死んでるんじゃない?」

 

 確かに学校内で士人は術者を相手どった場合、美綴綾子が死ぬ未来なら高確率で言峰士人や遠坂凛、綾子は知らないが衛宮士郎も術者に敗れていることになっているだろう。元々の直感も優れているのもあり、聡明である彼女はそう言った事を得られた情報を元に言われることなく理解していた。

 

「それもそうだな。溶け切るまでの時間に勝負は着くだろう、戦場が狭い学校内なら尚更だ」

 

「そういうこと。もし死んで恨みを抱くなら犯人に、ってことさ」

 

 そう言って笑った。神父はやれやれと肩を揺らしている。

 

「勇ましいものだ」

 

「いやいや」

 

 

 そして会話をその後も続けていく。二人は校舎の玄関まで歩いて行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

――キンコンカンコン、カンコンキンコーン――

 

 

 時は昼休み。衛宮士郎は悩んでいた。言峰士人によって士郎は父である衛宮切嗣が過去にマスターとして聖杯戦争に参加していることを知った。自分はオヤジのことを正義の味方として憧れている。その衛宮切嗣が何故、聖杯戦争に参加し何を聖杯に祈ろうとしていたのか悩んでいる。

 そして、彼は教室で自分の席に座りながら衛宮邸での出来事を思い出していた。

 

 

◇◆◇

 

 

「どうしました、シロウ?」

 

 士郎のサーヴァントであるセイバーが、己のマスターである衛宮士郎に声を掛けた。

 

「何か悩み事でもあるみたいですが?」

 

 セイバーは判り易いマスターの表情を観察し、ドンピシャリと一言で士郎が悩んでいることを見抜いた。 

 

「……良く分かったな、セイバー」

 

「ええ。シロウは判り易いですから」

 

 士郎は人差し指で鼻の頭を掻きながら、はは、と言いながら苦笑いをする。

 

「わたしに聞ける事でしたら、話してみてはどうでしょう。モノによりますが悩みごとは一人で悩んでいますと、そのまま泥沼に嵌まり出られなくなってしまうのが大抵ですよ」

 

 セイバーが、逆らい難いカリスマ王気(オーラ)を出しながら士郎に助言をする。リンとした表情は可憐であると同時に威厳に満ちていた。彼はキョトンとした顔を向けた後、セイバーに笑顔を向ける。

 

「ありがとうセイバー。じゃあ、話を聞いて貰ってもいいか?」

 

「はい。勿論です」

 

 衛宮士郎は彼女に教会での出来事を相談することを決めた。彼は教会での出来事をセイバーに説明をする。

 

「教会で監督役、まぁ友人の言峰に聞いたんだが、切嗣(オヤジ)が前回の聖杯戦争に参加したって聞いたんだ。

 それで、オヤジはどんな魔術師で一体聖杯に何を求めたんだろうと気になってな」

 

「――――………オヤジとは、衛宮切嗣のことですか?」

 

 士郎の話を聞いたセイバーは苦虫を数匹まとめて噛んだような苦渋の表情を浮かべる。僅かながら怒気も漂っている。士郎はセイバーの態度に驚いたが彼女が自身の養父知っていることを疑問に思い、問い掛けることにした。

 

「セイバー。………おまえは切嗣を、俺の親父を知っているのか?」

 

 衛宮士郎は驚いていた。英霊であるセイバーが、現代の人間でさらには故人である衛宮切嗣を知れる訳がない。故に彼女は己のマスターに返答する、居心地の悪さを十分に感じながら。

 

「………ええ、まあ」

 

 そして、セイバーは悩んだ表情を浮かべる。

 

「そうですね、シロウには伝えておきましょう」

 

 そう言った後、セイバーは何処かしら懺悔を述べる罪人の様な雰囲気を纏う。その表情はまるで鉄みたいに固かった。

 

「私は前回の聖杯戦争において、切嗣のサーヴァントです。衛宮切嗣は、マスターの一人として参戦してました。

 私は彼と契約して聖杯戦争に挑み、最後まで勝ち残りました」

 

「――――――――――――――」

 

 つまるところセイバーは士郎に、自分と衛宮切嗣が地獄を巻き起こした元凶であると言っていた。

 

「……待て。切嗣(オヤジ)は前回の勝者で……セイバーがそのサーヴァント?」

 

「――――はい。

 ……あ、いえ、しかし、厳密に言えば勝者ではありません。聖杯は切嗣の令呪で私が破壊しました。前回の聖杯戦争に勝者はいなかった」

 

 セイバーの話だと、聖杯は衛宮切嗣とセイバーの目の前に現れたがそれを切嗣が破壊した様だった。

 

切嗣(オヤジ)が聖杯を破壊っ……?!

 でも話を聞く限りじゃあ、切嗣(オヤジ)は聖杯を得るために冬木に来たんだろ?」

 

 士郎は疑念を深める。魔術師、衛宮切嗣は聖杯を得るために冬木に訪れ、殺し合いである聖杯戦争に参戦したのだと思われる。それなのに衛宮切嗣は目的そのものである聖杯を否定しているのだ。

 

「それは私の知るところではありません。そして、切嗣が何を考え聖杯を破壊したのかも判りません。

 そもそも切嗣を私を避けていました。それに彼に掛けられた言葉は三回だけですし、その言葉も令呪越しの命令だった。結局、己のマスターを理解することは最後までできなかった。しかし、聖杯は彼と私にとっては悲願なのは同じだった筈なのです。

 ――――――それを、それなのに、あの男は最後の瞬間、己のサーヴァントである私を裏切り、聖杯を私自身の手で破壊させました」

 

 

 その時のセイバーの表情は衛宮切嗣への怒りと、何よりも衛宮士郎に対する重い懺悔で歪んでいた。

 

 

◆◇◆

 

 

 衛宮士郎はセイバーとの会話を思い出す。士郎は養父である衛宮切嗣がどのような過去を持っているのか知りたかった。そして、おそらく言峰士人は正義の味方が歩んできた道を資料を見て知っているのだろう。聖杯戦争のことなら監督役に聞くのが一番早い。確証はないが、監督役である士人は前回のマスターの情報を持っていると思われる。

 

「言峰、聞きたい事があるんだ」

 

 学校の教室で、弁当箱を取り出し机の上に置いた士人に士郎は声をかける。

 

「…………ふむ、放課後で構わないか?」

 

 神父は真面目な、それこそ真剣そのものな衛宮士郎の顔を見て、その話が聖杯戦争絡みでありお昼休みの教室でできることではないと思った。それにどうしても裏側の話は色々と長くなるため、短い昼休みの時間に話し込むと飯を食べる時間が消えてしまう。

 

「放課後かぁ。……遠坂と約束があるから遅くなりそうだぞ」

 

 士郎は凛との会話を思い出した。放課後では学校に張られた結界での対処があるのだった。

 

「なるほど、別に構わんぞ。それに今回は俺も手伝ってやろう。あれとの約束もあるのでな」

 

 彼の言葉から、士人は師匠との約束が学校に張られた結界絡みだと予測した。その結界は自分も消したいと考えており、遠坂凛にも言峰士人は美綴綾子の事を伝えたかった。

 

「手伝うのか? 俺達に、おまえが?」

 

 士郎の顔には意外だと、ハッキリと心情が浮かんでいた。

 

「そういうな。俺にも(しがらみ)があるのだ。そもそもこれをそのまま放っておく事は、自分の仕事内容を考えると職務怠慢になってしまう。……それに約束もしてしまったしな」

 

 やれやれ、と監督役は首を振る。

 

「話はそれらが終わった後にしよう」

 

「…………わかった」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「―――――――って、なんでアンタがいるのよ?」

 

 遠坂凛の第一声。師匠は弟子にキツイお言葉を言い放つ。

 

「相も変わらずつれない言葉だな、師匠」

 

 ―――時は放課後。学校の授業も終了し凛は士郎と協力して結界潰しをするために廊下で待っていたら、何故か自分の弟子もそこにいたのだ。偏屈な弟子がいれば、遠坂凛も疑問に思う。

 

「まったく、この状況で俺がここいる理由など一つしかあるまい」

 

 彼は凛にそう言った。神父は魔術師に、学校に張られた結界は監督役として見逃せない、と告げていた。

 

「……でも、特定のマスターへの肩入れになるんじゃない?」

 

 凛は士人にこの行動は違反にならないのかと疑問に思った。凛の表情も困惑したものであり、あの言峰士人が師匠と言えど今は一人のマスターでしかない自分に協力することが疑わしく思えたのだ。

 

「詳しい話は後だ。今は目的である呪刻の発見と除去を急ぐべきだろう」

 

 士人は放課後となり人一人見当たらない淋しくなった廊下を足早に進んでいく。

 

「それもそうだな」

 

 士郎は士人に着いて行った。そうして遠坂凛は一人廊下に置いて行かれる。

 

「―――って、待ちなさいよ!」

 

 トコトコ、と勝手に進んでいく男二人に凛はそう叫ぶ。どうやらこの二人のマイペースっぷりは、自分にとって鬼門みたいなのだと凛は悟るコトが出来た。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「………ふぅ」

 

 遠坂凛が左腕の魔術刻印を輝かせ、屋上に隠された呪刻を消去する。しかし、呪刻は消してもその度に新しい呪刻を作られたり、再度消した呪刻が浮かび上がったりとイタチごっこになってしまうのが現状だ。そのため完全に結界を消すことはできない。

 彼女は士郎に対して「結界自体はもう張られちゃってるから。わたしがやってる事は効力を弱めているだけよ。それでもやらないよりはマシだし、不完全なうちは相手だって結界を発動させないでしょ?」と、説明していた。

 士郎は呪刻の除去を一段落させた凛を見た。

 

「遠坂。訊きたい事があるんだけど、いいか」

 

 呪刻を除去した凛に士郎は声をかける。

 

「え、なに? まだ屋上に違和感を感じるの?」

 

「あ――――――いや、それとは別件。ここはもうおかしなところはない。俺の方はここで打ち止めだ」

 

「そう、なら生きている呪刻はほとんど消せたかな。

 衛宮くん、魔力感知はできないクセに場所の異常には敏感なんだもの。まさかこんなに早く、校舎内の呪刻を消せるとは思わなかった。

 ………士人もそう思わない?」

 

 凛は屋上で煙草を吸っている士人にそう話掛けた。それに士郎の予想外な才能に加え、作業には士人も参加していたため彼女が予想していたより、かなり早く終わってしまった。

 そしてこの男は屋上に出た途端に魔術で煙草に火を付け、凛が作業の最後となる屋上に刻まれた呪刻の除去をしている様子を煙草を吹かしながら見ていたのだ。

 

「そうだな。俺も並よりは鋭い方だが、場の歪みを見つけ世界の異常を感知する能力は衛宮の方が俺よりも上だろう」

 

 言峰士人の感知能力は平均よりかなり高い能力を持っていた。しかし、衛宮士郎の世界の歪みへの感知はそれ以上の能力であった。

 

「そうなのか、言峰?」

 

「ああ。羨ましい限りだ」

 

 士人は、ぷはぁ~、と口から煙を出す。煙草の煙が輪っかを描いて吐き出されるが、屋上に吹く風に形を崩されすぐに消えていく。

 

「思ったんだが、言峰はその煙草を良く公園で吸ってるよな」

 

 士郎は誰もいない公園に訪れる時、士人が先客としていたことが少ない頻度だが何度かあった。中学以来の友人だが、その時から煙草を吸っていたような気がする。注意するものの止める気配は無いので、禁煙させるのは既に諦めている。

 

「数少ない俺の趣味だ。正確に言えば、これは煙草ではなく魔薬になるがな」

 

「ま、麻薬!? バカか! そんなもん吸うな!!」

 

 士郎は士人の言葉を聞き怒鳴りつけた。正義の味方志望な少年は、友人が麻薬常習者になっていることを許す事はできないのだろう。それを見ていた凛が士郎へと声をかける。

 

「違うわよ、衛宮くん。それは衛宮くんが思っているような品物じゃない。

 士人が吸っているのは違法薬物(ドラッグ)じゃなくて、魔術薬品(ミスティック・メディシン)とでも言った物なのよ。それを無理矢理略して魔薬って態と言ったの。正確に言えばお店で売っているような煙草ではなく、紙の中身も自作した魔術的な薬草よ」

 

 士郎は凛の話を聞き、取り敢えず落ち着きを取り戻す。士人は相変わらずな表情でニヤニヤと笑っていた。

 

「……そ、そうなのか?」

 

 そう呟いた士郎はその後に士人の方を見た。

 

「………っ(こいつ、笑ってやがる)」

 

 結構イラッとした。

 

「おい、言峰。さっきのはワザなんだろ?」

 

 士郎はそう言って士人を睨んだ。彼は、やれやれ、と肩を揺らしてから返答する。

 

「ワザとも何も、そのままの事を言っただけだ。

 それよりも衛宮は師匠に聞きたいことがあったように見えたのだが、聞かなくて良いのか?」

 

「っ――――――!」

 

 士郎は身の内から湧き出る何かを抑えながら凛から聞こうと思っていたことを思い出す。ふぅ、と溜め息を吐いて士郎は凛の方を向くと思い士人を視界から外す。そして、その時の士人は相変わらずな笑顔であった。

衛宮士郎は何となく神父をボコボコにしたい衝動に襲われるが気を取り直す。そして士郎が凛の方に向くと彼女は上機嫌であった。予想より断然早く呪刻の除去が終わり、結界の妨害ができたためだと思われた。

 

「なあ遠坂。マスターってのはマスターが判るのか。その、サーヴァントは隠していても、ただいるだけで気配が変わるとか」

 

 士郎が質問をする。彼はライダーへと森で戦いに行く時に知人を見かけていた。その事が気になったが故の問いであった。

 

「え、別にそんな事はないけど………そうね、何も細工をしなければ、マスターの認識はできるでしょうね」

 

 凛は士郎へと質問に答える。…ついでであるが、士人は先程また新しく煙草を懐から取り出し、煙草を吸い始めていたのであった。

 

「マスターはもともと魔術師がなる物だから、魔力を探っていけば魔術師を見つけられる。加えてサーヴァントなんていう破格の使い魔と契約しているんだから、隠したって魔力は漏れるわ。

 衛宮くんは鈍感だから気が付かないけど、わたしだって魔力を残して歩いてる。魔術師が見たら一目でわたしが魔術師だって判るだろうし、わたしだってマスターを見れば認識できるんじゃないかな」

 

「そうなのか……!? けど遠坂、俺が魔術師だって知らなかっただろ。それはどういう事だよ」

 

「なに? それ、言っていいの?」

 

 凛はいじわるそうな口調で言った。士郎はそれを聞いていやな予感がビシバシとした。

 

「いや、いい。だいたい想像ついた、今」

 

「賢明ね。ま、そう言う事よ。魔術師でなくても微弱な魔力を持つ人はいる。魔術師はね、一定以上の魔力を帯びた者しか魔術師って認めないの」

 

 士郎はいやな予感が思いっきり当った。つまりは、魔術師と呼べる程、魔力を持っていないと言われたのだった。

 

「はいはい、そんなコトだろうと思ったよ。

 ……あ、けどそれじゃあ、今の俺はどうなんだ?」

 

「う~ん、それがまるっきり変化なし。

 まぁ不完全な召喚だったって言うし、傷を治す以外の繋がりは薄いんでしょうね。ま、衛宮くんは特例みたいだからそういう事もあるんじゃない」

 

 士郎は林で間桐慎二を見かけていてマスターではないかと疑っていたが、凛の話からその可能性は薄いと結論が出た。

 魔術師である遠坂凛ならば漏れ出す魔力を見逃すこともないだろう、と士郎は考えた。余談であるが、士人は吸い終わった煙草を「宣告(セット)」と呟いて焼きつくした後、また魔術を使って新しい煙草に火をつけて吸い始めていた。

 

「なんだ。マスター捜しだなんて言うけど、その気になればすぐにでも見つけられるんじゃないか。強い魔力の残り香を辿っていけばいいんだから」

 

「そうでもないわよ。例えばの話、魔力を隠してしまう道具を待っていれば敵に悟られないの。

 ……まぁ、サーヴァントの出鱈目な魔力を隠せる道具なんて少ないから、そんなマスターはいないと思うけど」

 

「じゃあ、もし身近にいる人間がマスターでもそんな道具を持っていたら判らないってコトか?」

 

 士郎は間桐慎二がマスターではないか、とまた疑いが浮かんできた。

 

「どうかな。物によるけど、どんなにどんなに隠していても近くにいれば判ると思う。サーヴァント契約してる以上、どうしても世界との摩擦は避けられないからね。

 身近にいてもマスターかどうか判らないってことは、そのマスターがサーヴァントを使っていないってことよ。ま、例外はあるかもしれないけど、九割方そう考えて間違いないと思うわ」

 

 そう言い終わった凛は、さて、と呟く。

 

「呪刻も殆んど消したことだし。……士人、話してもらうわよ」

 

 凛は気侭に煙草を吸っていた士人の方を睨みつける。

 

「アンタがわたしたちに肩入れするなんて、どんな状況よ?」

 

「………ふむ」

 

 神父は吸っていた煙草を口から離し自分の師匠の方を向いた。

 

「状況が状況だからな。取り敢えず、監督役として結界のマスターは狩ることに決めたのだ。

 これを放置すれば、大多数の民間人が犠牲となると判っているのだ。そもそもな話であるが、代行者としてはこの所業を見逃すことはできない。故にこの討伐を決定した」

 

 士郎はその話を聞き、監督役に質問をする。

 

「―――……討伐って、殺すのか?」

 

 士人はいつもと変わらない表情で当たり前の事を言うように士郎へと告げる。

 

「無論だ」

 

 この男はなんでもない事の様に人を殺すと言っていた。

 

「―――――――なっ!」

 

 士郎が驚愕の声を漏らすが、士人は特に反応することもなく言葉を続けるために口を開く。凛は士人の話を黙って聞いていた。

 

「もっとも、それは結界が発動した場合だ。そこまで積極的なものではない」

 

 衛宮士郎は監督役の言葉を疑問に思う。彼は悩んだ表情で神父に疑問を問う。

 

「どういうことだ、言峰?」

 

「なに。衛宮が敵のマスターを死なせたくないのなら、お前のサーヴァントが敵のサーヴァントを倒せばいいのだ。

 俺も監督役であるからな、それ故に結界の主を見逃すことが出来ないと言っただけの話。別に好き好んで人を殺したいと言う訳ではない」

 

 士人の話を聞いていた凛が声を上げる。

 

「なるほど。まあ、それはどうでもいいわ。けどもし、わたしたちが結界のサーヴァントを撃退したら、あんたは監督役として何かしらの報酬があるんでしょうね。それが監督役としての決定なら、そいつらを倒したマスターに何かしらの褒美があってもいいんじゃない?」

 

 師匠は弟子に平然とそんな事を言った。

 

「流石は師匠。がめついな」

 

「がめつい言うな。殴ッ血KILLわよ」

 

 綺麗な笑顔で毒を吐く言峰士人と、とてもにこやかな微笑を浮かべる遠坂凛(あかいあくま)

 

「―――――ッッ(あ、悪魔だ。あかいあくまがここにいる……!)」

 

 それはその時、(ある意味)この世で一番恐ろしい笑顔見た衛宮士郎の心情であった。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 三人は教室に戻る。マスターの手がかりはなかったものの、大部分の呪刻を消すことができ、凛は満足そうであった。何よりも、結界のサーヴァントの討伐成功には監督役からの令呪の報酬をもぎ取れたのが嬉しかった。

 それもそうだろう、遠坂凛は無駄に令呪を一つ使用してしまっていた。それも聖杯戦争初日に。

 

「ま、これだけ派手にやれば向こうも黙っていられないでしょ。近い内にボロを出すと思うわ」

 

「気が長いな。近いうちといっても、どのくらい先か判らないだろ」

 

「そう? こんな結界を張るアホだもの、邪魔されて我慢できる性格じゃないわ。わたしの見立てでは明日よ。

 二度目は黙っていられない性格でしょ、こいつ」

 

「ふうん。そんなもんなのか」

 

「そんなもんよ、実際」

 

 凛と士郎の会話。士人は特に言うことはないのか黙って二人の様子を見ていた。

 

「そう言えば、士人。綾子の件は結局どうなったの。学校には来てたみたいで普段通りだったけど」

 

 士人は凛からその言葉を聞いて、綺礼に似た不吉に見える笑顔を浮かべる。

 

「なるほど、普段通りね。

 ―――なあ、師匠。アレはな、学校に結界が張られているのを知っているぞ」

 

「……どういうことよ、それ」

 

 この件の話のために色々と思い浮かべ、頭の中を整理していく。

 

「そうだな。美綴が俺の魔眼を弾くのは知っているな?」

 

「ええ」

 

「故にだ、俺ではアレに対する対処法がない。それこそ殺害以外では黙っているよう、口止めするしか手段がないのだ。それに状況が状況だったからな、美綴は俺や師匠、そして眼帯の女が裏側の存在だと知ってしまった。そして、今の状況も何かの縁だと思い、学校には結界が張られているからしばらくは行くなと忠告をしてな。そうしたらな、自分一人が逃げる訳にはいかないと言ったのだ。

 ……どうして美綴が学校に来れたのか、その理由が判ったか師匠?」

 

「――――嘘」

 

 凛はこうして綾子の心情を理解する。その姿はいつも通りだったが内心どれだけ不安であり、いつも通りであろうと凛に気を使って、綾子が裏側のことを一切現わさなかったのかを。

 

「美綴のためにも頑張らないとな」

 

 神父は二人の魔術師にそう言って、そして神父の顔は笑顔のままだ。その言葉で魔術師はハッキリと気付かされる。つまり美綴は、友人の遠坂凛が結界を阻止するだろうと信頼して学校に来ていたのだ。自分一人が家に籠もり、逃げるのは嫌だと考えたのだろう。そして、友人である凛にそれを悟られないようにしていたのは、友人にプレッシャーをかけるのが嫌だったのだろう。凛は女の子に言うことではないが、綾子がそういった男気溢れる女だと知っていた。

 

「……そう」

 

 凛は色々と悩んでいたが、今は聖杯戦争。それに学校の結界はできることをできる限りするしかないので凛は新しく気合いを入れ直した。

 

「―――――――さて、わたしは用事があるから先に帰るわ。明日の決戦に備えて色々と買わなくちゃいけないし」

 

 そう言って廊下を悠々と歩き出す。

 

「それじゃあまた明日。それと、今日は早めに帰りなさい。特に衛宮くんは寄り道なんてしたら駄目だからね」

 

「む? なんだ、心配してくれるんだ、遠坂」

 

 士郎は意外そうな顔で声を上げる。凛の顔が赤くなった。

 

「っ――――――! ち、違うわよ、協力関係になったんだから、かってに脱落されちゃ予定が狂うじゃないっ! 今のはそれだけの、ちょっとした確認事項っ!」

 

 があー、とまくし立てる遠坂凛。士郎は、はっはぁん、と言いたげな顔をしており、士人は微笑ましいモノを見る聖人っぽい笑顔で凛を見ていた。そして、士郎と士人は一回だけお互いを見た後、もう一度凛の方を見る。

 士郎と士人が二人同時に凛へと微笑んだ。…凛の顔がさらに赤くなる。

 

「ともかく! 衛宮くんは無防備すぎるんだから、あんまり軽率な行動はしない事! わたしは例外で、他の連中は即命を奪いにくるだからねっ」

 

 ふん、と顔を背けて立ち去ろうとする凛。そして、やはりというか、士人はそんな師匠にいらない事を言う。

 

「師匠! 衛宮だけでなく俺にも愛をくれっ」

 

 神父はそんな言葉を凛に言った。

 

「ああああ、愛!? 誰がやるかっ! このバカ弟子っっ!!」 

 

 遠坂凛の顔はそれはもう真っ赤であった。凛はそのまま、一足先に階段へと消えて行く。それを見ていた男二人。そして士人が師匠の姿を見て思い出したことがあり、士郎へと声を掛けたのであるが、まあ表情はお互い苦笑と言った感じである。

 

「なあ衛宮。確か後藤が言っていたと思うのだが、ああ言った態度を何と呼ぶのだったかな?」

 

「後藤が言ってた事? その時は俺もいたか?」

 

「いた筈だ。朝のホームルーム前だったな」

 

 ムムム、と士郎は悩む。

 

「何だっけ? 確か、ツ、つ、ツン……?」

 

 士郎は思い出しかかっているが、中々言葉が浮かんでこない。士人は腕を組んで無表情のまま眼を瞑っている。そして、ああ、と何かを思い出した様に口から声を漏らす。

 

「―――思い出した。ツンデレだ」

 

 士人は士郎の呟きを聞き、後藤の言葉を思い出した。

 

「――ああ、ツンデレね。確かにアレはツンデレだったなぁ……」

 

 士郎が先程の凛を思い出しながら、そんな事を言っていた。

 

「まあ、師匠がツンデレなのはこの際置いておこう。でだ、そもそも衛宮は俺に聞きたいことがあったのではなかったかな?」

 

 士人は、衛宮はそもそも何かを自分から聞きたかったのではないか、と思い出していたのでその事を彼に聞いた。士郎も昼間に士人に問い掛けようとした内容を思い出す。

 

「そうだ。おまえに聞かなくてはならない事があるんだ」

 

 衛宮士郎は、理想である正義の味方を目指す大元になった養父を思い浮かべる。憧れた正義の味方を知るために、彼は監督役に問い掛けた。

 

「俺の養父(オヤジ)、衛宮切嗣のことを知りたいんだ」


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