神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 原作の説明分が殆んどですので、サクッとした雰囲気で読んで頂けると、面倒が嫌いな人には良いかもしれません。


14.Magus murder

 衛宮切嗣の義理の息子、衛宮士郎によって召喚されたセイバーのサーヴァント―――アルトリア・ペンドラゴンは前回の聖杯戦争をマスターとの話で思い出していた。

 第四次聖杯戦争は苛烈を極めた戦であった。

 強大な英霊たちによる聖杯の争奪戦。生き残った者が勝者となるサバイバルゲーム。衛宮切嗣のサーヴァントとして召喚されたのが運命の始まりだったのだろうか。いや、これを運命と呼ぶならばこうなったことは、アルトリアが選定の剣を抜いた時から決まった事だったのかもしれない。

 セイバーである自分。そして、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、最後にバーサーカー。七人の英霊による殺し合い。ただ只管に凄惨だった聖杯戦争と言う名の生存闘争。その中でセイバーは、子供を目の前で殺され、王であることを否定され、騎士道を汚され、己の臣下一人救う事もできず、悲願と成り果てた聖杯は己の手で消す事になった。

 ―――彼女は今回のマスターの言葉を思い出す。

 マスターである衛宮士郎に、あの地獄はセイバーが自分で望んでやったことではないだろ、と許して貰えた。自分が意図して起こした訳ではないとは言えあのマスターは本気でそう言って、おまえは悪くない、と許してくれたのであった。そしてそんな強い心を持った自分のマスターを見て、地獄の元凶の一人であるセイバーはよりいっそう、自分を許す事が出来なくなっていた。

 彼の言葉は全て、罰となって心を突き刺す。途方も無い罪悪感は確かに英霊の尊厳を削げ落としていた。恨まれた方が正直、心がなれると感じてしまった。

 セイバーの頭に思い浮かぶのは、カムランの丘。アーサー王が至った最期の戦場。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ここは神父行きつけの中華料理店、宴歳館・泰山。マスターと監督役は話をするためここまでやって来たのだった。

 

「言峰。……なんで、俺は、ここはいるんだ?」

 

「何故も何も、話を聞くためだろう」

 

 衛宮士郎は言峰士人に連れられてここにやって来た。話をするのにちょうどいい場所があると士郎は連れてこられたのだった。

 席に着いた士人はマーボーを既に注文し、既に例の一品は店長によって地獄風味に調理されていることだろう。。

 

「それでだ、衛宮。俺から衛宮切嗣の何が知りたいのだ?」

 

 彼はテーブルの対面に座る士郎に問い掛けた。

 士郎はあのマーボーを辛口で頼んでいた神父を、まるで地獄で悪人を痛めつける鬼を見るかの如く呆れた目で視線を送っていたのだが、その言葉で表情が真剣なものに戻る。

 

「おまえが知っていること限りだ。切嗣(オヤジ)がどんな魔術師で、なんで聖杯を求めたのか知りたい。

 俺より知識のある言峰から話を聞けばヒントくらいは判るんじゃないかと思ったんだ」

 

 士人はそれを聞き、思案するように眼を瞑る。

 

「知っていることは資料からの情報と、綺礼(オヤジ)からの話だけだ。

 それに説明となると内容の補完のために俺自身の考察も幾分か入ってしまう。それで構わないなら話をしても良いが。」 

 

「ああ。話してくれ」

 

 士郎は彼の言葉にそう答えた。神父は古い過去と監督役として読み漁った聖杯戦争の記録を思い出す。

 それは昔の士人が聖杯戦争のことを綺礼から聞いた時に気紛れに話された戦争と宿敵の話。そして読んで知ることとなった過去の出来事。

 

「魔術師、衛宮切嗣。元々は聖杯戦争とは無関係な魔術師であった。そして己が望みの成就のための手段として聖杯に辿りついた魔術師。

 己では叶う事のない奇跡。人間では不可能な理想。そう言った現実に潰されていくであろう願望を求めたが故に、《願望機》である聖杯に己を賭けたのだと、資料を見る限りではそう予想できる。そして彼は、とある魔術師の血族にマスターとして雇われることとなった。

 アインツベルン。おまえはもう会っているが、その家系は聖杯戦争の大元の原因となった魔術の名門だ」

 

「アインツベルン……?」

 

 士郎はバーサーカーを従えた少女を思い出す。確かイリヤと名乗ったマスターの名前は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった筈だ。

 

「判らないか? 確か、お前らが爆破した墓地で戦っていただろう。

 バーサーカーだと思われるサーヴァントの主である少女の形(なり)をしたマスター。遠目から見てもわかる人間のものではない存在感は、正しくアインツベルン製のホムンクルスだったと思うのだが」

 

 神父は教会のすぐ近くの墓地で派手にドンパチしている光景を見ていた。その時に、遠坂凛とアーチャー、衛宮士郎とセイバー、アインツベルンとバーサーカーが引き起こしていた戦いを教会から見学していたのだった。

 

「イリヤスフィールは人間じゃないのか?」 

 

「おそらくな。アレは人間ではなく人造の存在、ホムンクルスだと感じられたが」

 

 それにアレらは見た目が判りやすいからな、と士人は呟く。彼にとって同じ人型でも造り出された人形と産み出された人間の区別をするのは容易いことだった。魔のものを見抜く眼力は職業上肥えているのだ。そして士郎はその言葉に驚いていた。自分から見たら人間の少女にしか見えなかったイリヤスフィールがホムンクルスだったのは中々に衝撃である。その後に士人は一呼吸置いてから、話の続きを進めた。

 

「では、話を進める。

 アインツベルンは三度に渡る聖杯戦争を敗退し、より戦闘に特化した魔術師を求めたのだろう。

 戦闘向きではないアインツベルンの魔術師は当時、魔術協会に属さず、『魔術師殺し(メイガスマーダー)』と異名を付けられていた程までに戦闘に長けていたお前の親父に目を付け、アインツベルンのマスターの役目を託した。そして魔術師にとって異端である魔術使いだった男に聖杯の知識とマスターとしての力を与えた。情報によれば、アインツベルンの血と交わり戦闘に特出した後継者も産み出しているそうだ。

 そしてお前の父は第四次聖杯戦争ではアインツベルンの期待に応えていたのが記録から良く判る。

 ――魔術師殺し(メイガスマーダー)、そう呼ばれていた男は、強く、何よりも人殺しが巧みだった。過去の資料を見る限りでは衛宮切嗣からは情というものが俺には感じられない。何よりも衛宮切嗣は的確で周到、そしてその手段は悪辣だ。資料を読んだだけで魔術師殺しが機械の様に淡々と聖杯に近づいていった様子がよく想像できる。

 そうして最後まで生き残り、衛宮切嗣は俺の養父であった言峰綺礼と聖杯を賭けて殺し合ったのだ。

 しかし、―――――――――――」

 

「――――切嗣(オヤジ)が聖杯を壊してしまった、と」

 

 士郎が士人の話の結末を先に喋った。士郎はセイバーから聞いていた話をそのまま言葉にしたのであった。

 

「……なんだ、知っていたのか」

 

 士人はどうでも良さそうな声でそんな言葉を喋った。

 

「まあ色々あってな。

 ……メイガスマーダーとか、アインツベルンの辺りは知らないけど」

 

「ふむ。まあ、俺が知っているだいたいその様なこと位だ。他に知っているといってもだ、資料に乗っていた衛宮切嗣(メイガスマーダー)の過去の活動記録や、お前にも関わってくる魔術一門アインツベルンの監督役として知りえた情報くらいだな。

 詳しく知りたいなら、衛宮にその情報を話してもいいぞ」

 

 彼が口を開き、ただで情報を与えてやる、と一人のマスターに対してそう言っていた。意外だ、と顔を見てそんな事を考えているのが一目で判断できる表情を士郎はしていた。

 

「肩入れはしないんじゃなかったか?」

 

 士人は彼の言葉に即答する。当たり前のことを話す様に、神父は話す。

 

「肩入れではない。これは仕事だよ。

 聖杯戦争の監督が自分の役目でね、ある程度の情報提供なら求められたら応えなければなるまい。それも相手は素人同然な魔術師がマスターとなった参加者なのだ。公平、と言う意味なら飛び入り参加のマスターの前条件くらい整えてやるべきだろうよ」

 

 ム、と士郎はその言葉を聞いて唸った。今まで毎日と魔術を鍛錬してきたのだから、一般人と大差がないと言われているのと同じ事を言われれば、その事を士郎は理解できようとも納得いくものではなかった。

 

「……素人で悪かったな」

 

 不機嫌そうに彼が言う。その声は目の前にいる士人には聞こえないように呟いたのだが、人外な代行者の耳にはしっかり聞こえていた。

 

「話してくれるなら早く話してくれ」

 

「ならば何から訊きたいのだ?」

 

 士人は士郎に質問をする。口を歪めた不吉な笑顔で話していた。凛がいれば、綺礼にそっくりと思っていただろう。

 

「じゃあ、切嗣(オヤジ)のことから頼む」

 

「わかった。……と言ってもだ、これが魔術師殺し(メイガスマーダー)の過去の記録の全てと言う訳でもない。

 中には間違いがあるかもしれない。オヤジは宿敵とお前の父を捉えていた節もあり理解を示していたが、記録を知るだけの俺は衛宮切嗣の人格をまったく知らない。

 故にだ、俺からは監督役として知りえた情報をそのまま伝えることとする」

 

 言峰士人が衛宮士郎に伝えたのは、教会に眠っていた資料の情報。言峰綺礼が保管していた物を彼が読み、得られた記録をそのまま言った。

 

 

 ――――――――「魔術師殺し」の衛宮。

 その正体は魔術師専門に特化した、フリーランスの暗殺者の様な者であった。自身が魔術師であるが故に、もっとも魔術師らしからぬ方法で魔術師を殺害する。狙撃や暗殺は序の口。公衆の面前での爆発や、乗り合わせた旅客機ごと墜落させて魔術師を葬った、などという報告もあった。

 過去に報道され世間を震撼させた無差別テロ事件の大惨事が、実はメイガスマーダーと悪名高き魔術師一人が魔術師をただ一人標的にして起こしたのではないか、という推測までもが資料には記されている。そして、それの信憑性も証拠もあり高いのである。

 魔術師同士の対立が殺し合いに発展するケースはままあることで、それらは往々にして魔術師として鍛え上げた己の神秘による純然たる魔術勝負となる。それは決闘の様に段取りを形式として行われるのが常なのだ。魔術師と言う生き物は世間から外れているからこそ、自らに課した法を厳格に尊守し、魔術師は魔術師としての誇りを持つ。

 衛宮切嗣は魔術師でありながら、術師として尋常な手段を使う事は無かった。故に衛宮切嗣は、魔術師たちに暗殺者として怖れられ、“魔術師殺し”と侮蔑され、その悪名を得るに至ったのだった。

 

 

魔術師殺し(メイガスマーダー)。その悪名は当時ではな、相当なものだったそうだ」

 

「………そうか」

 

 士郎が茫然と呟く。衛宮切嗣の過去。その事実は彼の想像を遥かに超えて重いモノだった。

 そして自分が憧れた|正義の味方(エミヤ・キリツグ)が最期に、正義の味方に憧れてた、とそう言った意味が士郎には理解できた。その話を聞いた士郎は理解した。

 ―――切嗣では、「|正義の味方(エミヤキリツグ)」では、人を救えなかったのだ。

 

 ……だから殺したのだろう。

 人の命を守るために、赤の他人を助けるために、命を賭けて命を消して生きてきたのだと、衛宮士郎は衛宮切嗣のことをそう思った。この世界は誰かが誰かの幸せを汚し、命を奪い、不幸を生み出していく。それを今すぐ止めたいなら、不幸の元凶をなくすしかない。人々の平穏を守るには戦うしかなく、その時の衛宮切嗣にはその手段しかない。そんな現実の中を生きたのだろう。

 大人になるとは現実に生きるという事だ。大人になると正義の味方を名乗るのが難しくなってしまうのは、現実では全てが救われることなど有り得ないからだ。そんな空想は子供時代が限定だ。そして空想では誰も救えない。

 

「だがそれも、アインツベルンに雇われてからはその蛮行もなくなった」

 

 何故、衛宮切嗣(セイギノミカタ)がその様な道を進んできたのか、と自分なりに考えていた士郎に士人は声をかけた。

 神父は不吉な笑顔を浮かべながら話を進める。

 

「そして、衛宮切嗣はアインツベルンのマスターとして十年前の第四次聖杯戦争に参戦した訳だ」

 

 言峰士人は話終える。

 

「―――で。納得いったか、衛宮」

 

 言峰士人は知りえた衛宮切嗣の情報を全て話した。そして、納得いかなそうな顔の士郎にそう問いを掛ける。

 数秒後、彼は士人に応えた。心では混乱の渦となっているが、今答えられることを言う。

 

「―――――いかない。……けど、おまえは嘘を言ってないだろ。

 ならこれは、俺が自分で考えた結論を出して決着を着けなきゃいけないコトだ」

 

「なるほど」

 

 士郎の言葉に士人は頷く。理想を目指す精密機械(エミヤシロウ)は一つの真実を知り、求道に生きる泥人形(コトミネジンド)は真実をそのまま伝えた。

 彼らはお互いがそうであるからこそ、二人はこの『友人』と言う関係でいるのだろう。衛宮士郎は言峰士人を信頼することはないだろうが、その男の言葉は信用していた。言峰士人は衛宮士郎の生き様が愉しいから、その男に助けを与えるのだろう。

 

「では、次にアインツベルンの話をしよう。

 魔術師殺しの息子であるお前は、彼らの抹殺対象だろうからな」

 

 抹殺対象。確かにその話もアインツベルン側からの理屈なら判らぬことでもない。自分たちの望みを打ち砕いた魔術師の息子。それもその魔術師は、ワザワザ外から招いて自分たちの身内にした男であり、何よりも裏切り者なのだ。

 

「そうだ、その話は詳しく聞きたい。

 そもそもアインツベルンってなんだか判らないし、聖杯戦争の原因って言ってたけど、どういうことだ?」

 

 監督役は戦争の参加者に対して、丁寧に質問に答える。

 

「言葉通り、そのままの意味だよ。

 聖杯戦争は魔術儀式。ならば儀式を仕組んだ者がいるのは道理だろう。

 二百年前の話、この地に歪んだ霊脈があると知った魔術師たちがいた。彼らは互いに秘術を提供し合い、聖杯を起動させる陣を作った。

 それが聖杯戦争の発端だ。この起動式の作成に関わった三つの家系こそが、聖杯の正統な所有者でもある。聖杯を造り上げたもの。英霊を酷使する令呪を考案したもの。土地を提供し、世界に孔(みち)を穿つ秘術を提供したもの。

 アインツベルン、マキリ、遠坂。

 始まりの御三家と呼ばれる聖杯の原因であり、聖杯戦争の始まり。長い年月の間、聖杯を望みとして在り続けた魔術師たちだ」

 

「む。つまりアインツベルンってのは、聖杯戦争の一番偉いヤツって事か?」

 

「昔はな。しかし聖杯の召喚が失敗して以降、聖杯の所有者が曖昧になってしまってな。今ではただの一参加者になると言う体たらく振り。今となっては聖杯の器を作り上げるだけの役割だ。

 マキリと遠坂もアインツベルンと大差はなく、彼らはマスターに選ばれやすい、という権利があるだけの家系だな。

 ……と、言ってもだ。もともと聖杯はアインツベルン考案だ。彼の一族の歴史は一千年。分家も持たず、他と交わることもなく一千年の年月を重ねた家系は非常に稀だ。

 これがどういう意味を持っているのかお前は解るか、衛宮。アインツベルンは聖杯の成就だけを千年間、何も変わる事無く只管に追い求めてきた。

 一千年。それは聖地奪還などという使命を盾に殺して殺して殺して殺し尽くすという現代では異次元の蛮行が当たり前にまかり通った昔、中世より連綿と続くその意思は、人の領域など逸脱した狂気の沙汰だ。アインツベルンには、熱狂はなく、偏執はなく、狂信もなく、魂を砕く様な絶望の十字架のみを身に付け、その無価値な狂気を背負い通してきた。故にアインツベルンの魔術師は魔の領域さえ突破していると考えられている。数十年ももたない集団の意思を千年間も貫いた一族。その連中が自分たち以外の魔術師を招き入れる屈辱と挫折は、我々が想像ができない程までに壮絶な念であろう」

 

「それがアインツベルン、か」

 

 士郎は思わず呟いた。その言葉は何処か気が抜けた声であり、実感が湧かないと言ったところだろう。一千年を超える歴史とそれを貫く狂気など人間が対峙できる執念ではない。

 

「ああ、これが伝えられているアインツベルンの姿だな。

 そして彼らは文字通り、死ぬ思いで下賤の者たち(マキリと遠坂)と協力したのだろう。何せ八百年の積み重ねを売り出して同盟を組んだのだ。

 その結果が今の様だ。その屈辱に耐え、先祖から守り通してきた血の結束を破り外来の魔術師であるお前の父を招き入れたと言うのに、その魔術師も聖杯を裏切ってアインツベルンを捨て去った。

 これがお前の父と聖杯の一族との関係だ。衛宮とアインツベルンはこういった因縁の下にある」

 

「―――…………………」

 

 士郎は茫然とする。そしてイリヤスフィールが殺しに来た理由が分かった。もし裏切り者の息子がマスターになったのなら、そんな者はアインツベルンの魔術師なら許すことはできないだろう、と。

 

「理解出来たか、衛宮。マスターに選ばれる魔術師は皆何かしらの業を背負っているものだが、中でもマキリとアインツベルンの執念は言葉で表せる領域を超えている。

 マキリが五百年に、アインツベルンは一千年。彼らは願いを長い年月を掛け、挑み続けた。もしどちらも聖杯に至る事無く聖杯戦争が終わりを迎えるのならば、彼らは本当に救われない」

 

「…………―――」

 

 士郎は黙っていた。自分が対峙するであろう相手の正体、それがこんなモノを背負い殺しにくるマスターならば思うことは沢山ある。

 士人は士郎の内心など構う事無くそのまま話続ける。

 

「まあ、お前が気にすることでもあるまい。お前の父は確かにアインツベルンを裏切ったが、それを非難するのもおかしな話だ。聖杯は誰かのモノ、という訳ではないからな。殺し合いに参加していたのは衛宮切嗣であり、聖杯の決定権は最後まで生き残った衛宮切嗣にあったのだ。

 なにがあったかは詳しく解らないが、彼はそれらを捨ててでも願望機を破壊した。お前が衛宮切嗣の息子ならば、それは誇るべきことだろう」

 

 衛宮士郎は考える。自分を迎え入れた者たち。一千年の歴史を向こうに回して張り通したもの。言峰の話を鵜呑みにする訳ではない。だけど、もし、それが本当にそうならば、―――――

 

―――俺が切嗣(オヤジ)の息子を名乗るなら、

   切嗣(オヤジ)と同じように、自分の信じる道を行かなくては―――

 

 と、|正義の味方|エミヤキリツグ|に正義の味方を受け継ぐと言った嘗ての子供は、そう思い決意を新たにした。

 

「どうした。悩んでいるみたいだが、まだ何か話があるのか?」

 

「ない。訊きたいことは全部聞いた」

 

「それは結構。もし話を聞いて戦意が削がれ戦いを下りるとでも言われたら、興醒めにも程があったからな」

 

 士人はその後に、ククク、と嫌味な笑顔で笑い声を上げた。士郎は、イラつきを覚えキツイ口調で言い返す。

 

「何も削がれてないし、戦いを下りる気は欠片もない。理由はどうあれ、俺は戦うと決めた。他のマスターが何を考えてようが関係無い。

 もう二度と、十年前のような出来事は起こさせない」

 

 衛宮士郎は教会で誓った決意をまた口にする。彼は、それだけだ、言い顔を上げて言峰を睨みつけ、神父は楽しそうに笑顔で頷いた。監督役とマスターの会話が一旦途切れる。

 

「お待たせしたアル~」

 

 そのタイミングで魃店長が料理を持ってきた。士人の前に麻婆豆腐が置かれる。ついでに士郎は餡かけチャーハンを頼んでいた。

 そして店長はそそくさと厨房へと戻っていった。

 

「ではマーボーも届いたことだ。話はここまでにしよう」

 

 そういった神父は、目の前の士郎には眼もくれずに麻婆豆腐を口に運んで行った。

 

「――………な、に?」

 

 衛宮士郎は麻婆豆腐を食べる士人を見た。そして驚愕する。

 

「……………(なんか、言峰がマーボー食ってる。いやマーボーを食べてるだけならおかしな点はないが、食べている物がヤバい。とにかくヤバい。だってあの麻婆豆腐は舌が溶ける。地獄では閻魔が舌を抜くと言うからきっとあの麻婆豆腐は地獄の料理だ。きっと店長は獄卒だ。言峰が頼んだ時はもしやと思ったがまさかあんな神速で食べるなんて。いや神でもあのマーボーはあんなに早く食べられないから魔速とでも言った方が正しいのか? うわ、喰ってるよ、本当になんだよこれ!)」

 

 士郎は目の前の惨状(?)に混乱していた。そしてその現実が信じられない。泰山の麻婆豆腐の凶悪さは身をもって体験している。甘口であの領域なのだ。それを士人は甘口を超えた魔のマーボーを食べていたのだ。

その、すでに麻婆豆腐というよりも魔婆豆腐と呼ぶべき料理(料理人、衛宮士郎はこんな香辛料お化けを料理とは認められない)を魔速で食す言峰を常識で認識出来なかった。

 

 その時、士人が顔を上げる。皿には蓮華で丁度一掬いの麻婆豆腐が残されている。

 

「――――――――――食うか?」

 

「――――――――――食うか!」

 

 士郎はそう言った後、頼んでいた辛くない餡かけチャーハンを食べる。餡かけチャーハンはとても美味しく自分では作れない技量の逸品だ。そして、それがなんとなく癪に触る。辛く無い料理なら普通に美味いのが、普通に納得いかない。

 四川料理を地獄料理と勘違いしているような麻婆豆腐を作る店長のチャーハンがなんでどうして何故ここまでうまいのか、と。料理人、衛宮士郎は敗北を悟った。

 

「――――店長。激辛でおかわり」

 

「おかわり!? それも激辛!!?」

 

 十分後。マスターと監督役は中華料理店宴歳館泰山を出て行った。


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