神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 今回は短いです。とても短いですので、おまけを付けてみました。


15.器のホムンクルス

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは昼間が暇で暇で退屈だった。城での毎日に変化はない。メイドのセラとリズがいるが、暇潰しにはならない。なにより折角、退屈で精神が病みそうなアインツベルンの外に出たのなら楽しまないと損である。

 そんな訳でイリヤは城から街へと高級車をブイブイさせて遊びにくり出して行った。

 

「~~~~~~~~~~♪」

 

 彼女はドライブをしながらご機嫌に歌を口ずさんでいた。ラジオを聞き、そこから流れてくる曲を歌っている。

 歌を歌いながら、前に戦ったマスターとサーヴァントの主従を思い出していた。

 

 門番の侍とキャスターのコンビ、アーチャーと遠坂のマスター、セイバーと復讐の相手である衛宮士郎、そしてフードを被った真っ黒いコートのサーヴァントとおそらく協会所属と思われる魔術師。

 戦ったサーヴァントらヘラクレスに比べれば格下の英霊であったが、全員が全員、危険な強敵。そして戦闘を見れば、バーサーカーは全てのサーヴァントを下し聖杯へと至れると信じられる結果でもあった。

 

「―――♪!! ~~~~♪」

 

 しかし、取るに足らないサーヴァントを倒せなかったのも事実。見逃した部分もあったが、思い通りに行かなければそれなりにイラつきが溜まっていくのだ。

 

「~~~~~~~~~♪♪」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはラジオ局から流れてくる曲に熱を入れて歌いながら、車を運転する。こんな風に歌っているところをお付きのメイドに見られたら赤面モノであるが、車内には自分一人なため気にする必要はない。ラジオなど初めて聞き、海外の歌も初めて歌っているのでテンションもそれなりに上がって行き、それに比例するように車も加速していく。

 

 

「~~~~♪―――――――――」

 

 

 イリヤは冬木の街へと車をさらに加速させ飛ばして行った。気分は上々。聖杯戦争を送るマスターの日々にしては、とても良い日になりそうだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「………………………………うわぁ、最悪」

 

「これはまた御挨拶だな、アインツベルン」

 

 嘗て焼け野原であった公園。夕暮れもそろそろ終わり日が沈みそうな時、アインツベルンの聖杯と聖杯戦争の監督役は会った。

 言峰士人が泰山からの帰り道、一服してから帰ろうと公園によると、そこにはこの公園には相応しくない色を持つ白銀の少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが先客として椅子に座っていた。彼女は実に気分が悪い。

 

「なんで言峰の人間がここに来るのよ?」

 

 わたし不機嫌です、とありありに伝わってくる表情をイリヤはしていた。士人は攻撃的な、そして相手をイラつかせる笑顔をしながら彼女に答える。

 余談だが彼女が士人のことを言峰だと分かったのは、アインツベルンのマスターとして聖杯戦争の前情報くらいは入手していたからである。勿論、士人も綺礼から引き継いだ監督役のため、ある程度の前情報を持っていた。

 

「ここは特等席でな。それとこの公園は、何処かの誰かさんが俺の家族を焼き殺した場所でもあるのだよ」

 

「………ふ~ん、それは御愁傷様ね」

 

「でだ、前回の聖杯がその末路を辿った場所でもある」

 

 神父は笑顔だった。そして、哀れだ、とその目がイリヤに語っていた。イリヤはさらに不機嫌そうな、それこそ殺気が混ざった雰囲気を纏う。

 

「貴方、ここで死にたい?」

 

 殺意が籠もった言葉。少女とは思えない、大の大人でも聞いたら震えあがる程の威圧的な声だ。

 

「それは勘弁して貰おうか。自身の死を願った事など一度もないから、な」

 

 士人はそう言った後、イリヤが座っているベンチの端に腰を下ろす。

 

「…なんで同じ所に座るのよ?」

 

「特等席だと言っただろう」

 

 士人は懐から煙草を出し口に運ぶ。イリヤはさらに不機嫌になり、心底嫌そうな顔で煙草を睨む。

 

「―――宣告(セット)―――」

 

 呪文と共に煙草の先端に火が灯る。

 

「………………はぁ~」

 

 溜め息と共に口から煙が出た。言峰神父は気が緩んだ目で口から吐かれる煙を見ていた。

 

「――――――――――――――――――――――――――………」

 

 そして、こいつ何やってんだ、とそんな事を言いたげな目でイリヤは士人を見ている。

 

「それで、アインツベルンのマスターがサーヴァントも連れずに何をしていた?」

 

 士人がイリヤに問うた。イリヤが放つ強大な魔力反応は公園の外からでも伝わって来ていたが、そこにはあの規格外なサーヴァントの気配は皆無であった。

 

「………別に。

 貴方こそ、こんなところに煙草を吸いに来ただけなの?」

 

 イリヤはただ暇潰しに出かけていただけだった。一人で色々と見て回って、最後に来た場所がここだっただけの話。それに夜も深まり聖杯戦争の時間になるので、バーサーカーをここに呼び戦いを始めるか、もう城へと車で帰ろうかと悩んでいたところ。

 

「ああ。…それにな、そもそもここでは煙草を吸うくらいしかする事がないだろう」

 

 ぷはぁ~、と煙を吐く神父さん。

 

「……レディの隣で煙草を吸うなんて最低な神父ね」

 

 ふむ、と神父は頷く。

 

「……確かにな。お子様の前で煙草を吸うのはマナー違反だ。失礼したな、リトル・レディ」

 

「―――――――(ここ、ここまでムカつく人間、生まれてから会った事がないわ…ッ!)」

 

 憤怒の顔をして下を向きながら呟くイリヤスフィール。まあ、もっとも、少女の姿をした彼女がそんな表情を浮かべたところで愛くるしいだけだ。そしてこの神父にとっては、そもそもイリヤが怒ろうが笑おうがどうでもいい事だった。

 

「レディを自称するならば、歳をとってもう少しいい女になるのだな」

 

 ククク、と邪悪に笑う神父。この男、相手がおそらくもう成長することはないホムンクルスだろうと勘付いていながらそんな事言うのだ。正しく外道である。

 

「ふんだ。わたしは十分いい女だもん。そもそも貴方風情にレディの価値が解るとは思えないわ」

 

 別にイリヤスフィールはホムンクルスだから子供の姿と言う訳でもなく、アインツベルンのホムンクルスは不老であるがそれとイリヤが子供の姿というのも関係はない。

 確かに彼女は半人半人造人間というかなり特殊な生まれであったが、普通に成長して大人の姿になる存在。しかし、母胎にいた時から始まっていた聖杯戦争への調整の影響で成長が止まってしまったのだ。士人はそんなことは知らないが、その言葉がかなりの嫌味になっていることに違いはなかった。

 

「しかし、今この時、お前と会うとはな。噂をすれば影を刺すと言うが、それは本当だな」

 

 イリヤに構わず煙草を吸い続けながら士人は喋っていた。

 

「……なに。わたしの事でも話してたの?」

 

 こいつ気持ち悪い、とイリヤは嫌悪の表情を浮かべていた。普通の、それこそ特殊な性癖を持っていない男ならば心が砕けそうな声色と表情。このような少女に男がこんな風に接されれば精神が死ぬだろう。もっとも、士人は別に心がガラスで出来ている訳でもなく、どちらかと言うと金剛じみて図太いので特に問題はない。

 

「――――………そうだな。衛宮士郎が自分の養父のことを教えて欲しいと言ってきてな、その時にアインツベルンのことも教えてやった」

 

 士人は嘘や誤魔化しもなく本当の事を喋った。言峰士人は監督役としては公平なので、答えられる問いには素直に答えるのだ。神父としてはプライバシーの保護や、秘匿義務とかは一般的な神父として守る男だが、聖杯戦争の監督役としては別であった。ルールに触らない程度にはマスターと会話をするのだ、言峰士人が監督役である限りは。

 

「――――――へぇ、お兄ちゃんに」

 

 イリヤの表情が消える。能面みたいな、それこそ人形の様な顔をする。

 

「お兄ちゃん? 家族なのか、お前たちは?」

 

 士人が問い掛ける。そして彼はその言葉からは特別な感情が込もっているように感じられた。

 それに、士人はイリヤの言葉が自分より年上の年長者を呼称する言葉ではなく、イリヤスフィールと衛宮士郎が本当の兄妹だと考えたのは理由があった。状況を考えればアインツベルンの魔術師に衛宮切嗣の血が混ざったホムンクルスがいても不思議ではないし、その様な情報も嘘か本当か判らないが受け継いだ監督役の資料の中にあるにはあるのだ。

 もしこの人形が造り出された肉細工ではなく、しっかりと母から産み出された人間もどきの生肉人形なら、それは一体どれ程の運命なのか、と士人は心の内で呟いた。

 

「―――………貴方には関係ない事よ」

 

「……なるほど、図星か。しかしこれはまた、真(まこと)に因果な話だ。衛宮切嗣の実子と養子が戦い、家族同士殺し合う。

 神がもしこのような運命を用意したと言うのならば、一体何を考えているのだろうな」

 

 イリヤは膝の上に手を握りしめた。内心で葛藤しているイリヤを見ながら士人はそう言って嗤った。

 

「……本当、そう思うわ。貴方、神父なんだから聞いてみれば、神様に?」

 

「残念だがそれは難しい。

 ここ十年、神に祈りを捧げているが、俺の祈りに神が応えてくれたことはないのでね」

 

 神父の言葉を聞いたイリヤは、フン、と拗ねたように彼とは反対方向を向いた。士人は特に気にした素振りもなく、淡々と煙草を吸い煙を吐いていた。

 

 

 ―――――ポワポワと、輪っかの形をした煙が宙を漂っては消えていく。

 

 

 

「………………………それ、止めなさい。鬱陶しいわ」

 

「――――――――………」

 

 ヤレヤレと無言で煙草を携帯灰皿の中に捨てる。それに丁度、口に挟んでいた煙草も吸い終わっていた。

 

 

◆◇◆

 

 

 数分間、両者は無言でベンチに座っていた。物凄く気まずい雰囲気であったが、この二人はそんな雰囲気など気にしていなかった。後、数時間で夜も深まる。聖杯戦争の殺し合いに相応しい、魔が跋扈する魔都へと冬木が変貌する。

 

「―――さて、監督役の仕事もあるし俺は帰るか」

 

「そうね、わたしもそろそろ行くとするわ」

 

 二人はベンチから立ち、公園の出口を目指して歩いて行く。

 

「ねぇ言峰」

 

「なんだ、アインツベルン」

 

 その途中、イリヤが士人に話掛ける。子供とは思えない危険で妖艶な顔で、頭の上にある士人の目を見詰める。

 

「―――お兄ちゃんはわたしのだから。絶対に手を出さないでね」

 

「まったく。そもそも俺は監督役だぞ。事情がない限り、監督役が参加者に手を出す道理がないだろう」

 

「わたしは貴方のことがまったく信用できないの。

 そんな道理は欠片も信頼に値しないし、勿論だけど貴方を信じられる程わたしはお人好しじゃないわ」

 

 イリヤはバカにする様に士人に喋る。彼は、このホムンクルスは案外子供っぽいな、と考えていたが顔には出さなかった。

 

「……ではな、アインツベルンの聖杯。

 用事が出来たら聖杯を奪いに行ってやるから、サーヴァントが死んでもお前は壊れるなよ」

 

 公園の出口。神父は聖杯の器であるマスターに言い放った。

 

「―――ふん。楽しみにしてるわ。

 この聖杯戦争でわたしとバーサーカーが貴方を必ず潰して上げる」

 

 白銀の少女は、薄汚れた物を見下す様な目で見ながら士人に言った。お互いに「殺す」と宣言した二人は背を向けて反対の道を歩いて行く。

 イリヤは心底苛つき不機嫌なまま道を進み、士人は面白い見世物を見た後に似た愉快げな雰囲気で進んで行った。

 

 




おまけIF編。
ヘルシングのパロディver第六次聖杯戦争



黒い聖杯が輝いている。太陽の如く天上へ上がっている。
これの燃料は果たして何で、何故黒く燃えているのか、考えたくも無い邪悪な色。悪魔が住まう聖杯はただ黒く燃える。

―――そして言峰士人は半身を失い地面へ倒れ込んでいた。体は殆んど塵となり消滅していく。


「―――“おまえ”は“おれ”だ!!」


衛宮士郎が叫ぶ。魂を慟哭させ泣きそうな顔で叫んでいた。


「“おまえ”は“おれ”だ・・・・!
 おれもこの通りの有り様だった――――――俺もこの通りの様だったんだ!!!」


顔を手で隠し、彼はそう声を上げた。

「・・・かは。・・・かはっ、かははは、クハハ・・・・・・・」

笑い声。既に人型ですらない神父が笑う。


「英雄が泣くな。人でも殺してしまったのか」 


白く、空白へ成り果てた神父は、半分になった顔を自分を打ち倒した宿敵へ向ける。


「英雄が泣くな。泣きたくないから英雄になったのだろう。人は泣いて涙が枯れてしまうから、強くなり英雄になり、“成”って“果てる”のだ。
 ―――ならば笑え。いつもの様に皮肉気に不遜に笑え、いつもの様に」


―――彼は笑う彼に笑った。
正義の味方は求道に果てた神父に戦場で会ったいつかの様に、皮肉気に笑顔を浮かべた。


「私はいく。お前はいつまで戦い続ける。
 哀れなお前は一体いつまで戦いを続けなけらばならないのだ」


「理想に生きた俺の過去を、絶望が待つ俺の未来が粉砕するまでだ。
 ・・・・なに、直ぐさ。宿敵よ、いづれ輪廻の先で」


顔が消え、それでも神父は口だけで笑う。


「―――・・・・・ああ、声が聞こえる。これは誰の声・・・なんだ」
 

神父は崩れながらも手を虚空へと伸ばす。
黙っていた遠坂凛はただ何かを言う訳でもなく、弟子の最期を見届けていた。


「・・・・思い出した。・・・これは・・・父さんと母さんと・・・士郎の声だ。
 王様と親父に壊された、もう何も感じない・・・日常だ。・・・・・・ははは、最期にこれを、失くした心を、死に様に思い出されるなど。
 ・・・皆が向こうにいるのなら・・・・行かないと。
 ああ、こんな暗い闇が・・・くく、はははははは。では、お祈りをしなければ――――」


神父は笑っていた。体は朽ち果て、もう何にも残っていない。


「――――――――――――Amen.」

「・・・・・・・・・・・・Amen.」


神父が死ぬ。戦いに勝ったのは、正義の味方。


「――――――Amen♪」

――・・・ゴッ!!――


――――そうして。
間桐桜はそう笑い声を上げながら、言峰士人の亡骸を踏みつぶした。


――グシャグシャ・・・――


・・・・人を人が踏み砕く音。
出現した闇から現れた間桐桜は、笑顔を刻みながら神父だったソレを踏み砕く。


「―――桜・・・!
 サクラァアア、アンタは・・・・・・ッッ!!!!!」

「ゴミです。人は死ぬとゴミになるんです。
 ――――蟲以下のゴミに弔いは必要ありません。そうでしょう、姉さん」


言峰士人は完全にこの世から消え去った。ここにはもう神父は欠片も存在しない。

「――――桜」

「・・・桜。
 おまえは一体、どうしてっ・・・?」


「“おまえは一体どうして”・・・ですか。
 ―――ふふ、そうですね。
 蟲に凌辱され続け、
 お爺様に心を操られ、
 聖杯の泥に精神を狂わされ、
 哀れにも無理矢理愛しい先輩と大切な姉さんと戦っている―――――――」
 

深まる笑みが消える。完全な無表情、黒き聖杯はただ佇んでいる。


「―――とでも、
 わたしが言えば満足ですか先輩?」


彼女は既に人間ではなくなっていた。
衛宮士郎や言峰士人と同列の存在、英雄の対極―――怪物だった、生きた反英霊となっていた。


「わたしは何者にも束縛されずここに立っている。わたしはわたしとして立っています。
 
 ――――間桐桜として、ここに存在しています。
 
 間桐桜は間桐桜の殺意だけで、この夜明けに世界を滅ぼそうと思います」


断固として意志で、人間は皆殺しだ、と黒い聖杯―――間桐桜は断言する。
神父は死に、正義の味方の敵はあと一人。遠坂凛と今は共闘しているが、間桐桜を殺して世界を救ってしまえば、遠坂凛との戦いは間逃れない。
―――聖杯が何であれ、言峰士人も間桐桜も死んでしまえば、衛宮士郎も遠坂凛も決着を着けざる終えない。

聖杯戦争は今夜を持って終結する。


◆◆◆

登場人物

アラヤのゴミ処理係エミヤ、魔術師リン、死神サクラ、天使の塵コトミネ



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