神父と聖杯戦争   作:サイトー

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17.笑い神父

 突然、体の力が抜ける。力が入らず椅子から床へと落ちてしまった。

 

「……(これが言峰の言ってた結界かぁ)」

 

 美綴綾子は鮮血に染まった世界で身動きが取れなくなっていた。綾子は意識を保っていたが周りの人は意識を失っている様だった。もっとも、この状況で意識を保てることが良い事なのかと思えば疑問だが。

 

「……(こりゃ、生き地獄だわ)」

 

 それもそのはず、生きながら生命力を抜き取っていくのが結界の能力だ。

 本来なら一瞬でただの人間など融解する結界であるが、今は不完全な結界のためじわじわと溶かしているようなもの。苦しくない訳がない。しかし美綴綾子は持って生まれた異端の才からか、周りの人間に比べればかなり軽い症状だ。昼休みだったこの教室にいる生徒たちは生きているだけの様で殆んど死人状態だが、綾子は体に力が入らず脱力したといった状態だ。

 

「(やっぱ家にいれば良かった。……なんてことは今更思わないが、これはかなりきついぞ。早くしてくれよな、遠坂)」

 

 無理をすれば動けるが、正直動きたくない。何よりも教室の外からは凶悪なまでの寒気を感じる。あの眼帯女と同種の圧迫感だった。

 

「(そう言えば、後の話は全てが終わってから、って遠坂から電話で言われてたな。……今は関係ないけど)」

 

 そして、今日は教室では物凄く心配そうな、というよりも不安げな目で見られたが普段通りに接していた。殺し合いなんてしていれば、人のストレスは半端なく巨大なものとなる。彼女は友人の負担にワザワザなるつもりはなかったので結界のコトは知らない振りをした。

 

「(………言峰は、まあ、やると言ったコトは必ずやるヤツだから。うん、大丈夫だろ)」

 

 実はサーヴァントも連れていないので結構危険な立場に士人はいた。綾子はあの眼帯女から逃げ切れるくらいには彼が強いと知っているので、心配ではあるのだが、実際あまり心配ではなかった。やる事もなにも、身動きが出来ないので綾子は床に伏せたまま時を過ごす。

 

「――――って、あれ。終わった、のか………?」

 

 赤い世界は十分もしない内に消えた。

 

「ほい、っと」

 

 声を掛け、綾子は立ち上がる。周りの生徒たちは気を失っているのか、転がったままである。

 

「取り敢えず、言峰と連ら、く…………って、そうだった。携帯失くしたんだっけ」

 

 鞄から携帯電話を出そうとするが裏路地での事を思い出した。携帯電話は落とし紛失中であった。一応、神父から連絡先が書かれたメモを貰っておいたが、そのメモを活用する道具が手元になかった。

 

「外からの悪寒ももうないし、……う~ん」

 

 考えをまとめるために口に出して、これからのコトを考える。数分間悩むが、自分が余計なことをすればいい迷惑だ。

 

「やっぱり、探すことにしよ―――っ!!」

 

 ガラリ、という音。この場所は本来ならば無音でなければいけない。

 言葉の途中。綾子がいる教室の扉が開かれた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 言峰士人の足元には骸が一つ。間桐慎二だったモノが横たわっている。

 

 

「お前はつまらない人間であったが、道化師としては一流だったぞ」

 

 

 死者への冒涜。神父としてあるまじきその行い。だがそれは、間桐慎二という外道の手向けには相応しい言葉だった。

 未遂と言えど、大量殺人を笑いながら出来る人間の死を悼むべきことなのか、と言えば違うのだろう。その悪党の死を悲しめるのは、その人間の身内くらいだ。犠牲とは尊くも、他人の幸せを喜べる者にとっては、それこそ反吐が出る醜い行いだ。間桐慎二は自分の為だけに犠牲を強要した悪人だった。まあ、彼を殺した言峰士人も悪人に違いはないのだが。

 間桐慎二が抱いていた欲望の犠牲となった人が今も学校で苦しんでおり、この教室も被害者たちで満ちている。そして、彼らは死んで当たり前のことを強制的に味わされた。このまま結界が消えてくれるなら、幸いにも死者は出ないと考えられる。が、それは早々に間桐慎二とライダーのサーヴァントが呆気なく死んでくれたおかげなのだ。

 くくく、と言峰は声を上げる。

 

 ―――――赤い世界で神父は人の死に様を笑っていた。

 

 

「しかし、死体の処分が面倒だ。……まったく。死んでも手間が掛かるのだな、お前は」

 

 倒れている生徒たちと違い、間桐慎二は脳を破壊され、ライダーは首を抉り切られ死んでいる。士人は後の処理の事を考え、慎二を綺麗な形で殺したのであった。脳のみを破壊された慎二は生前と何も変わらない姿であり、今も生きているようだった。周りの生徒たちも慎二と同じように倒れ伏しているが、この教室で死んでいるのは彼と彼のサーヴァントだけだ。

 世界はまだ赤い。死体になっているライダーが消滅してないところを考えると、彼女が完全に消えないかぎり結界は消えないと予想出来る。

 

「――――む」

 

 教室の外から派手な破壊音が鳴り響いている。ゴーレムの破壊音が教室まで届いていた。どうやら士郎と凛が即席の相棒としてペアを組み、廊下で戦闘を行っているみたいだ。

 しばらくすると、凛が発する協力な魔力の反応がする。

 次の瞬間には廊下から白い光が教室に入って来た。士人はそれが師匠お得意の宝石魔術だと判り、さて、どうするか、と足元の骸を見た。

 

「行きましょう。あそこに慎二がいる筈よ」

 

 廊下から声が聞こえた。彼は自分が戦ってたゴーレムの残りが、師匠たちに破壊し尽くされたと分かる。彼女らしい派手な魔術で使い魔をまとめて撃退したのだった。

 教室の扉が開く。士人は教室に入って来た凛の方へと振り向く。

 彼女は足を震わせていた。教室を、ただ、凝視していた。

 カチカチと音がなる。

 遠坂凛は溢れる感情を抑えていた。その感情は恐れなのか、それとも怒りなのか。おそらくはその両方であり、この光景に恐怖しながらも、これを引き起こした下手人に対して憤怒を覚えていた。

 凛が机と机の間に立っている言峰を見る。震える足をあげて進んでいく。士郎は凛とは違い、落ち着いた様子で彼女に付いて行った。何が起きても守れるように士郎は周囲を警戒して進んでいく。

 

「―――士人っ! これはどういう事!」

 

 凛の怒声。

 士人は隣にやって来た自分の師を見下ろす。彼は養父譲りな不吉な笑顔をしていた。

 

「分からないのか? 足元を良く見てみろ」

 

 士郎と凛がその言葉を受ける。その後に二人は視線を下げた。

 

「――――……シン、…ジ………」

 

 士郎が呟く。そこには他の生徒と同じように死んだように倒れている慎二がいた。しかし彼にはわかった。間桐慎二は死んでいる。死者のようになっていたが、確かに生きていた生徒らとは違い、彼は完璧な死者だった。他の生徒たちと同じように倒れているが、間桐慎二からは一切の生気が感じられない。

 

「……あれ、慎二?」

 

 凛は混乱した。結界の下手人と思っていた彼が倒れこんでいるこの状況。弟子がいる時点でこうなっているのは半ば予想出来たが、この結果は拍子抜けだった。そして眠るように倒れている慎二を起こそうと思い、凛は彼に手を伸ばそうとし、そして手が止まる。凛は間桐慎二の姿に違和感を覚えた。

 

「―――――――――――死ん、で……る?」

 

 呼吸が止まる。

 

「ああ、死んでる。俺が殺した」

 

 ―――神父が二人に、そう告げた。

 

 士郎の視界が赤く染まる。怒りでさらに世界が赤くなっていくように士郎は感じた。

 言峰は殺したと言った。間桐慎二が死んでるのは、この男に殺されたからだ。命が消えた慎二が動くことはもうない。自分の目の前にある物は、間桐慎二だった骸。

 許せない、とそう思う。怒りの表情で士郎は士人に問い詰る。

 

「言峰、おまえは…!」

 

 怒鳴る士郎であったが、士人は嫌味な程冷静に対応する。

 

「落ち付け衛宮。間桐のサーヴァントもそこでくたばっている。結界の解除は時間の問題だ」

 

 神父が向けた視線の先。そこにいたのは、二人にも見覚えがあるサーヴァント。それは慎二と違い一目で完璧に死んでいると分かるライダーの姿だった。首から大量に血を流し息絶えている。怒声を上げた士郎が黙り、凛もその光景を見て沈黙した。

 

「士人。これはアンタがやったの?」

 

 沈黙していた凛が呟く。声には感情が込められていなかった。

 

「間桐は俺が始末したが、そこのサーヴァントは元々殺されていたな」

 

「―――――そ。まあ、いいわ。手間も省けたし」

 

 冷たい声。キレていた士郎は彼女の言葉を聞いて、怒りのまま詰め寄ろうとしたが出来なかった。凛の表情は強がっているのが丸わかりだ。

 揺らぐ目。

 震える足。

 凛はただ、悔しげに歯を噛んでいた。士郎から見た凛の表情はいつも通りである。しかし、膝は震えており、両目は今にも泣きだしそうであった。

 彼は、この少女が悔やんでいるのか、悲しんでいるのか判らなかった。だけど、今の凛を見て彼は気付いた事がある。

 強気で何でもできる一人前の魔術師、それが遠坂凛だ。だが、そんな魔術師の中身は、年相応な女の子なのだと、士郎はわかった。彼女を見た士郎は言峰の言葉に奪われていた冷静さを取り戻す。

 二人は改めて死んだサーヴァントを見る。

 凛と士郎の視線の先、そこには絶命したライダーがいた。

 サーヴァントを相手にただの一撃。首だけを狙われ、それを引き千切られて仕留められたライダーの遺体。それが一体どの様な過程で殺したのかイメージ出来ない程、異様なモノであった。いくら虚を突いたと言えど、首を一撃で断つその手腕。

 そして、「断つ」というよりも、まるで抉った様な首の傷跡。まるで万力か何かを首にセットして、押し潰す事で肉と骨を抉り取ったみたいだ。

 

 ――――そして、ライダーのサーヴァントは消滅した。

 

 同時に結界も消え去り、世界は元の色を取り戻す。

 赤い世界はライダーが元凶であり、これを保っていた術者も消えたので結界もカタチを維持出来なくなった。

 ライダーは三人の魔術師に看取られて現世を去って逝った。

 

「――――で。これをやったのは誰か教えてもらえるかしら、士人?」

 

「さあ? 来た時にはこうだったからな。サーヴァントを下したのは誰なのか、はっきりしないのだ」

 

「――――遠坂」

 

 冷静な士郎の声。二人の会話を中断させる。

 

「今はそんな事を聞いてる場合じゃない。一時も早く皆を助けないと」

 

「た、助けるって・・・? みんなは生きてるの?」

 

「勿論だ、師匠。

 今は死者同然な状態だが、彼らは立派な生者だぞ。良く見てみろ、息があるのがわかるだろう」

 

 その言葉に凛は冷静になる。そしてパン、と両手で頬を叩く。

 

「じゃ士人。後はよろしく」

 

 と、あっさり告げた。

 

「………遠坂?」

 

「分かっている。

 そうだな。俺達だけが学校で無事なのは面倒だから、取り敢えずは居なかったことにしたい。お前達は教室から荷物を持ってきて目立たぬように学校を出ろ。それと衛宮は俺の荷物と・・・そうだったな、間桐の荷物も頼む」

 

「‥……言峰?」

 

「わかったわ。

 みんなが心配だからなるべく迅速に行動しないと。後はそうね、校舎から出たら裏口を使って学校を出ましょう。士人もそこで衛宮くんから荷物を貰いなさい。

 ……ほら、衛宮くん。ぼさっとしないで、とっとと動く!」

 

「なんでさ」

 

 教室から出ていく凛の後ろ姿を見ながら士郎は呟いた。後ろにいる士人は携帯電話を片手に連絡を取っていた。

 士郎も凛に続き、教室から出て行った。

 

 

◇◆◇

 

 

 処理のための連絡をしながら士人は間桐慎二の遺体を担いで裏口に続く雑草林へと向かって行く。奥の方へと行き外からだと目立たない所まで進んで行った。監督役の仕事を終わらせ、人目が入らない所に着く。

 

「―――――」

 

 ドサリ、と音を上げる。士人が担いでいた間桐慎二の死体を地面へと放り投げた。目を見開いたままの死体は仰向けで倒れている。

 

投影(バース)始動(セット)

 

 ――存在因子、具現――

 ――誕生理念、鑑定――

 ――基礎骨子、想定――

 ――構成材質、複製――

 ――創造技術、模倣――

 ――内包経験、共感――

 ――蓄積年月、再現――

 

 ――因子固定、完了――

 

投影(バース)完成(アウト)

 

 呪文を唱え、投影魔術を発動する。手には黒鍵が一本。彼はそれを逆手に持ち、地面に突き立てるように振りかぶる。

 

 ―――グサリ―――

 

 肉が貫かれる音。心臓を穿つ剣。代行者に握られてる黒鍵が間桐慎二の遺体を串刺しにする。

 

宣告(セット)―――」

 

 代行者が呪文を呟く。

 

「―――穢れは灰へと還される(クレメイション・セレモニー)

 

 代行者が教会の魔術基盤を使い扱う秘蹟。とある代行者が愛用する魔術であり、先輩の代行者が後輩である言峰士人へと伝授した魔術。

 ―――黒鍵魔術、火葬式典。

 これは聖堂教会伝統の概念武装である『節理の鍵(黒鍵)』を媒介とした神秘だ。

 火葬式典、名前の通り能力は火による浄化である。この魔術は対象が概念干渉を受け、炎が燃え上がる事で灰へと変わり大地に還るのだ。まさしく殺し屋らしい代行者が使う、神に仕える者としては物騒な神秘であり、正しく『灰は灰に、塵は塵に』といった魔術なのだ。

 しかし彼が今、使っている火葬式典は違う。死体処理用に改造されており、遺体が灰へと浄化されるだけのモノになっている。代行者として死体処理用の魔術の一つくらいは持っていなければ、いざという時の神秘の秘匿が出来ない。

 実際、『間桐慎二』を対象として使われている魔力も少量だ。大した概念干渉能力はない。しかし、ただの人間の、それこそ魔術師でもない遺体を一つ灰へ返すのには十分だった。

 そうして間桐慎二が灰へ変わる。衣服ごと遺体は段々と、人の形を保つことが出来ずに崩れていく。

 

 ――――数秒後。彼は完全にこの世から消え去った。


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