神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 今回は外伝です。第五次聖杯戦争以前の主人公過去話です。全部で三話予定。


外伝3.Einnashe forest

 ここは太陽の光が届かない森の中。暗い暗い闇そのものが蠢いていた。いや、真実その森は脈動し生物を喰らおうと蠢いている。森の木々は既に木ではなくなっていた。根や蔦が触手の如き動きを見せ、蛸や烏賊の様に生物を捕食している。そして木々は獲物の血を啜っている。獲物は生きたまま血を吸われ、森の養分に変わっていく。

 正体は死徒二十七祖が七位、腑海林アインナッシュ。

 死徒二十七祖が展開する固有結界と噂される森であり、アインナッシュの森は思考林とも呼ばれ半径数十kmもある領域を支配している。そして腑海林の中心には森の王である吸血鬼が君臨し、そこには不老不死の実が宿る木があるとも言われていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 言峰士人は森の中を走っていた。多数の代行者とアインナッシュ討伐の任務を実行中であったが、木々に襲撃を受け部隊は壊滅してしまった。同僚が皆殺しにされていく中、士人は危険地帯を単身で脱出しているところだ。

 

「…………(しつこい木だ、全く)」

 

 言峰士人は両手に持った二本の剣を振るい、襲いかかってくる根や蔦を裂きながら安全地帯を目指して逃げていた。

 士人が持つ漆黒の剣は名前を持たない無銘の剣で、「悪罪(ツイン)」と勝手に名前を付けている。初めから言峰士人が投影できた元の無い剣であり、完璧なオリジナルである。そして、その正体は呪いの泥が武器として現れた概念武装であった。姿は殺害を行うためだけに存在しているカタチをしており、悪魔が変化した様な剣である。また剣というより鉈みたいな鈍重な刃で、刀身は約二尺といったもの。魔術師になった時から日々、愛用している投影品だ。

 言峰士人が森の中を全力で疾走する。魔力を使うことなく生身で木々の間を走っていった。

その速さは自動車に並ぶ程のスピードであるにも関わらず、木にぶつかることも足元の障害物に転ぶこともなく走りながら、襲いかかって来る木々を斬撃で粉砕して進んでいく。

 

「……――――――(血生臭い厭な空気が常に漂っている。大源の魔力が空では、魔術師にとっては真空状態と大して変わらんな)」

 

 この森は大源を木が独占している。魔術の行使には小源のみで発動しなければならない。魔術回路の魔力の回復も自身の生命力頼りになってしまう。無駄な魔力消費は避けなければならない。

 ……神父は独り、森を走り抜けていく。

 

 

◆◇◆

 

 

 聖堂教会に召集され、言峰士人は本部に呼ばれイタリアへ飛行機で飛んで行った。本部には数十人の代行者たちが集められており、中には埋葬機関員のシエルの姿もある。

 部屋に集められた代行者らは作戦を聞くために埋葬機関の長の命令を待つ。そして機関長であるナルバレックから今回の任務の目的を告げられた。

 

「代行者諸君。今回の任務は死徒二十七祖七位、アインナッシュの討伐だ」

 

 それはあまりにも危険な任務であった。

 

「再び活動を開始した腑海林が確認された。既にいくつかの村が壊滅されている」

 

 数十年に一回、アインナッシュは活動する。そして森そのものが移動し、森の中の生命体を木々が捕食する。

 

「魔術協会と死徒らにも何らかの動きがある。

 ――――諸君らには、これらに先んじて死徒アインナッシュの討伐を命じる」

 

 そうして代行者らは命令を受け、現地へと向かって行った。

 現地に着いた言峰士人は、今回の任務のために組まれた部隊の一員となり腑海林へと入って行く。集められた代行者で複数の部隊を組まれており、代行者らはいくつかのグループに別けられていた。代行者らが森へと侵入していくが、森の中には一切の生物の気配がない。無音の森であり、そして何よりも木々からは禍々しいまでの生命力が発せられていた。

 言峰士人が所属している部隊もアインナッシュの森を進んで行く。代行者らは部隊として集まり、集団で腑海林の中を進行する。

 いつ死徒に気付かれるのか判らない。いつ襲撃があるか判らない。部隊は足音を立てず、無言で森を歩む。呼吸音さえ聞こえない。

 ……ザワザワ、と突然、森から音が静かになり始める。

 無音だった森が騒がしくなった。森には風が流れていなかった。そして部隊の周辺の木々が、段々と強くざわつき始める。

 

「―――…………がはっ」

 

 そして、辺りを監視していた代行者の一人が突如として口から血が湧き出て、次第に大量の吐血をする。その代行者は突如として地面から現れた木の根に腹を串刺しにされていた。木の根に持ち上げられ空中に浮かんでいる。

 

「グぎゃぁぁァアああああアアあああ!!?」

 

 ―――悲鳴を上げた次の瞬間、代行者は一瞬で干からびた。

 血を吸い取られミイラのような姿に変わり果てた代行者の男は、何も分からぬまま息絶える。そして、グシャ、と音が響く。

 音と共に代行者の体は森の中に投げ飛ばされ木にぶつかった後、地面に落ちた。静かだった森は変貌を始める。ついに捕食者としての姿を代行者たちに見せたのだった。そして獲物を狙う狂喜を剥き出しにし、吸血鬼の木が部隊に襲いかかる。

 

「うガァァぁぁぁアアあアアアアア!??」

 

「ぎィィィいいいいいああああああ!!?」

 

「ひああぁァアアああああああああ!!!」

 

 辺りには人が串刺しにされる音と、骨が砕かれる音が響き渡る。そして苦痛を刻まれる代行者らの悲鳴が森で轟いた。

 代行者たちは集まっていた所を木々に一網打尽にされ木々の根で檻のように囲まれてしまう。そして串刺しにされるか、根や蔦で束縛され骨を砕かれる。代行者らは木々に惨殺され死んでいった。それらの吸血は凄まじい激痛であり、痛みだけでショック死しかねない。殺された後は、蠢き獲物を喰らう木によって血を飲み干され枯れていった。

 幾人かの代行者はその包囲網を突破し生き残ったが、バラバラになったところを一人づつ殺さていく。

 

「―――――――(吸血鬼ならぬ、吸血樹だな)」

 

 襲撃された時、言峰士人は壮絶な死の危機を感じ取った。これのどこが死徒狩りだ、と思ったが今は生き残ることが何よりも先決される。木々から飛び出てくる根た蔦を避け、避け切れない場合は迎撃しキルゾーンから脱出していた。

 ……そうして代行者は森の中を走り抜けていく。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ……森を彷徨って何十時間か。

 流石に百時間は超えていないが、それでも人外の体力を持つ神父は塵が積もり山を成すかの如く、体には疲労が溜まっていく。

 彼は動き出した森から膨大な魔力の流れを魔術師の感覚で感じ取れていた。これまで生きてきた中、アインナッシュの森は何百年という時間で何千人、もしかすると何万人、何十万人という生血を啜って生きた。そして、木々の一本一本が意思を待った様に、動物の如き動きを見せる魔の森。魔術師である言峰士人にとっては、アインナッシュから強烈な魔の気配が漂ってきている。色濃い血の臭いだ。森からは無尽蔵に思える程なまでに蓄積された“魔”の気配が魔術師の感覚を通して言峰士人に伝わる。

 言峰士人は魔術師であるため、魔術師の類が持つある種の超感覚を持っている。魔術師たちは魔力の流れを読み、空間に張られた歪みを感じ取り、世界から外れた魔を感知する。士人にはそれらが肌で感じ取るように違和感として感知でき、感知能力が触覚として現れた。

 つまり言峰士人は、周辺に存在する「モノ」を違和感として触覚で感じ取れる異能を魔術師としての異能力として持っていた。目を瞑っていても、自分の周辺にある存在の姿形が触覚として自分の感覚に伝わってくる。そして、それに宿る魔力量やそれが持つ存在規模が感知でき、一定範囲内でのモノの存在を読み取れる。異能力の副作用としてか達人が持つ戦士特有の感覚、視線や殺気、気配や脅威も鍛えれば鍛える程、かなり精密に感知ができるようになっていった。戦う者として「死」を感じ取り、遠距離攻撃や奇襲にも対応できる力である。

 …言ってしまえば、士人には身に迫る脅威を容易く認識する事が可能になる素質を魔術師として持っているのだ。それは戦闘では非常に有効利用できる能力。

 言峰士人は化け物が持つ人から外れた強さや、何かを極めた存在の脅威が感じ取れ易い。この森の様な強大な存在ならば、それが動く際に出てくる「違和感」も大きくなり、身に迫る余りにも濃すぎる死の危機を予測し易くなるのだった。

 ―――死徒二十七祖であるアインナッシュは数百年を生き抜いた本物の『魔』である。高められた幻想は人間の領域にいる言峰士人にとっては凄まじい概念が蓄積された魔物だった。

 今の士人は魔力の流れを感じ、木々が宿す血の気配が薄い所を目指して走り抜けていた。森の核があると思える中心に向かいたいがこの森は、森自体が常に移動している。闇雲に動いたところで辿りつけはしない。今はこの危険区域を脱出しなければ何れ殺される。それに気配を探ろうにも森全体が血臭のする魔樹共の気配で正直、何が何やら、と言えるこの状況。森を巡る血の魔力の流れも迷路みたいに入り組みながら全体をクルクルと回っている。

 吸い取られた血は森の中心に向かっている筈なので木々の気配から辿れると神父は思っていたが、森そのものが動いていたので結局は辿り着けない。それに彼自身の気配察知技術はまだまだ発展途上であり未熟な能力だ。索敵の範囲や精度も鍛え足りない。

 走っている今も、木の根が言峰士人を突き刺すため突如として出現し、周りの空間の前後左右と上空から襲いかかって来る。全方位360度から迫る死の嵐に言峰士人はそれらを生身で避け、邪魔な物は両手の双剣で迎撃していく。逃走していると、ゴソゴソ、と周りの木々が蠢く。言峰士人の感覚が数十m前方に気配を察知した。

 そこには巨大な樹が君臨していた。今までの木の比ではない魔力を保持した存在の規模を持っていた。そして周囲を木々が、根や蔦を展開しており言峰士人は囲われてしまう。

神父は一切の躊躇いは無かった。

 大目の魔力で投影しておいた両手の双剣に魔力を込め、概念を肥大させる。そしてそのまま、神秘が膨れ上がった双剣を自分の前方に投擲した。

 二本の剣が大樹に突き刺さり深く刃が抉り込む。ザクリ、と魔樹へ深く突き刺さる。そして、その次の瞬間………

 

宣告(セット)―――消え逝く存在(デッド・エグジステンス)

 

 ………言峰士人が呪文を唱えた。そして双剣の幻想が爆発し、呪文と共に剣は轟音と爆風を炸裂させる。

 木々が弾け飛ぶ。

 地面が抉れクレーターがつくられる。投影武装の爆破により言峰士人を囲んでいた包囲網に穴が出来上がった。士人はそこに走り込み、キルゾーンから脱出する。

 言峰士人は新たに悪罪(ツイン)を二本投影し、両手に握りしめる。木々の魔力の流れを辿り血の臭いが薄い場所を目指して逃走し続ける。士人は数分間走り続け、漸く木々の襲撃が収まって来た。周りの木々の魔力は脈動しているが、動きは静かになり攻撃は無くなった。生き残った代行者は静まり返った森を見渡す。森からの脅威が薄れていた。

 

「………(これが死徒二十七祖、アインナッシュの固有結界か。しかし、この感触はどうも固有結界にしては変だな)」

 

 士人は腑海林と呼ばれるこの森が死徒の固有結界だと聞いていたが、どうもそれには違和感がある。固有結界は魔術理論・世界卵を魔術基盤とする魔術だ。元々は悪魔や妖精の異界常識だが、強力な死徒は能力として持っている場合もある。そして固有結界の基本は魂にある心象風景を具現化する魔術。世界を侵食する大禁呪だ。

 

「―――…………(固有結界を数十kmに常時展開する、か。

 いくら死徒二十七祖と言えど無尽蔵の魔力がある訳でもあるまい。そもそも喰らった人間の数と固有結界での消費魔力の採算が取れん。

 昔聞いた事のある死徒二十七祖十三位タタリは固有結界で街一つを覆うらしいが、それも一日で夜の間だけだ)」

 

 同じ固有結界の使い手である言峰士人は、世界卵の魔術基盤を使用している。己の魂を魔術の要とし、己の魂自体を基盤として神秘を成す魔術。故にそれがどれだけ世界から外れた所業なのか理解していた。

 

「……………(そもそも腑海林からは、固有結界ならば感じ取れる世界の歪みがない)」

 

 固有結界は世界にとって異常の塊だ。

 魔術師にとっては異世界そのものであり、士人が持つ魔術師としての感覚なら否応もなくそこが異界なのだと実感できる。

 

「……………(ここは固有結界ではなく、幻想種と化した樹木の集合体だろう。おそらくは、司令塔の死徒が森にネットワークを巡らして命令を出している)」

 

 代行者は森の中心部を目指して進む。森になるべく気付かれないよう魔力を隠し、気配を殺し切って歩いて行った。代行者は腑海林の中を周囲を警戒しながら歩いて進んでいく。今や森に入って何時間経過したのか詳しく分からない。が、ここで如何しても認めたくはないが認めなくてはならない事実が士人の目の前に転がってきた。

 

「………(―――――――迷った…………)」

 

 

 ……代行者は迷子になった。

 逃げながらの戦闘で方向感覚に少々狂いが生じる。何となく位置は判るが、正直な話、結構入り組んでいるので、森の何処に居るのか正確には判らないのだ。

 深い森は木々が入り組み、中の者を惑わす。遠いところからは戦闘の気配が感じられた時もあったが、基本的に中に侵入している人は全員気配を消して進行していると思われるので遠い所にいる人の気配をはっきりと感じ取れることはない。そもそも感じ取れるほど士人に森への侵入者が近づくこともなかった。何となく何処に居るのか、方向くらいは感じられるのだが、精密な感知は死徒のテリトリー内では不可能だ。

 士人が森を進んでいく。そうすると、森の奥の方であったが確かに人影が目に映った。木々に隠れていて見え辛かったが確かに士人には見えた

 その人影を確認するために目に魔力を叩き込み視力を強化する。その姿は黒一色。日本人である言峰士人から見ると、忍者のような装束を思い浮かばされるイメージがある格好。なにより印象的なのは、目を全て覆っている真っ白な魔眼殺しであった。

 そして、それを認識した瞬間―――

 ―――言峰士人は強烈な「死」の気配を実感させられる。

 決して彼がその男に恐怖した訳ではない。ただ「死」としか形容できないモノをソレが持っていた。あまりにも濃く直接的な異常。死神が集団で体に纏わり付くみたいな違和感。ただただヒトに死を実感させるような異様な存在感。

 生命体として持つ本能が「危ない」と言峰士人に警戒する。

 その男が言峰士人の視線に気が付いたのか、こちらを向く。そして、その白い包帯のような魔眼殺しを外した。

 そこに在ったのは空の様な青い瞳であった。そして内には何もない虚無の双眼。

 

『死死死シシ死シ死死し死死屍屍死死死屍しし死死死死死死死死死屍死屍死屍』

 

 ―――その目は、『死』であった。

 言峰士人はそれと目が合った瞬間、眼に宿された死そのものとしか思えない強烈な眼光に貫かれる。その男を認識した時に感じられた死の気配は、魔眼殺しに隠されていた目を見れば間違いではないことが一瞬で分かった。

 ―――士人はあの男との戦闘を覚悟した。

 あの蒼い眼を見て、自分は逃げられないと感じ取ったのだ。

 

「……投影(バース)始動(セット)

 

 呪文を唱え投影魔術師として礼装とする弓を投影する。士人の顔から一切の表情がなくなる。士人からは、煮え滾るような熱さも凍え死にそうな冷たさもない、まるで死灰のような感情も狂気も冷徹さすらない空っぽの殺気を放たれる。それは混じるモノがない純粋な殺意により練り上げられた殺気であった。世界が切り裂かれると錯覚しそうな殺気が、士人の視線の先にいる男に向けられた。

 

「―――There(存在の) is nothing(因子は) in my heart(狂い混ざる)

 

 呪文と共に「矢」が弓へと装填される。

 その矢はまるで剣を無理やりカタチを変え、矢になったような幻想であった。

 そして、余りにも禍々しい呪詛の塊。呪いの権化と思える「矢」が黒装束の男へと向けられる。

 その男は片手に真っ黒い棒を握りしめている。次の瞬間には、カシャ、と棒から刃が飛び出てきた。その棒は仕込みナイフであり、その男の主な装備品はナイフ一本だけである。つまりはこの男、見た限りなんの変哲もない、それこそ唯のナイフのみでここまで森の中を進んできているのだ。士人にはその異常性が良く解かる。

 

「―――――――――――――――」

 

 士人は男を見て判ったことは気を付けるべきはナイフではなく、あの桁外れなまでの、それこそ英雄王が持つ財宝と同等以上の存在感を放つ魔眼らしき蒼い目。一瞬で解かった異常な気配を持つ両目。魔眼だと予測できる目がこの男の何かしらの能力だと推測できた。それも士人が感じた事も無い、極限までの“死”を実感させる程の強大な異能だ。

 そもそも幻想種化している様に見える樹木を、何ら変哲も無いあのナイフで斬るのはかなり酷である。見た雰囲気、武術面においてもかなりの使い手だと解るが、蒼い目が放つ死の気配の方が濃厚だ。おそらく目の力と、魔に通じる領域の武術でここまで進んできたのだろう、それも大した怪我もせず。敵対者かどうかはまだ判断つかない。しかし、あのような異常の極地に感じられる魔眼を向けられて敵ではないと士人には思えなかった。

 故に必殺。投影魔術師としての研究成果。――――その絶殺の幻想を持って相手する。

 

「―――――歪・破滅剣(ダインスレフ)

 

 ―――そして、真名を解放した。

 弓からは黒い閃光。暗黒の光は不吉の輝き。

 それは見る者の心を闇に引きづり込む。

 原典のダインスレフを改造した愛剣、ダインスレフⅡのさらなる改造魔剣、ダインスレフⅢ。

 剣から矢へと幻想を改変された報復の魔剣の能力は単純明快。敵は皆殺し、射殺し刃が鮮血に染まり呪詛が命を啜るまで止まらず狙い続ける。それは報復の呪詛による追尾能力であった。

 真名解放の瞬間、黒装束の男が人外の動きで木々に隠れる。が、それも無駄な事だった。矢は弾道上にある邪魔な木を穿ち貫きながら迫り来る。さらに木々の生命力を喰らいながら、呪詛を巨大化させ幻想を膨らませ、矢はさらに強力な神秘となり、射殺さん、と追尾する。矢がその男が隠れていた木ごと貫こうと接近した。

 途中に在る木を連続で穿ち倒す音と空気が焼ける音。黒い男は死を感じた。それもここ数年感じた事も無い程、巨大な寒気だった。隠れた木の裏から迫る脅威。ここに居ては死ぬと実感する。

 ―――刹那。

 発射からそれこそコンマ数秒も掛らず、男の隠れた木に矢が到達する。

 時間が止まる程のスローモーションで男の時が進む。そのまま貫かんと矢が木を砕いて彼に迫った。

 ―――が、既に男は死の気配に従い、人間ではなく、例えるなら蜘蛛のような、そんな動きで矢を回避せんと横へブレる様にステップする。黒色の閃光はスレスレで彼の横を通り過ぎていった。

 ……回避を成功させる男。

 しかし、空間そのものを抉り歪曲しながら射たれた矢は壮絶な爆風を発している。矢は当たる事無く通り過ぎるが、彼は周りにある木の一本へと吹き飛ばされる。

 だがやはり、彼は只者ではなかった。樹木へとぶつかる短い時間で空中で、クルリ、と体勢を整える。本来なら木にぶつかり弾けた血袋の如き惨い姿になるのだが、完全に衝突の威力を殺し切り蜘蛛の様に木へと着地した。それも音が一切鳴る事も無い無音の着地。まるで木々がこの男の地面へと変わったみたいだ。

 

「―――――ちっ!」

 

 男の舌打ち。見たのは過去最悪と思える破壊の権化。

 呪詛の塊はだだ「お前を殺す」と盲目的に狂った脅威を撒き散らした。木から地面に降りた彼は、百メートル以上離れた魔弾の射手を睨む。視界に入っている弓兵は弓を下ろし何をするわけでもなく、此方を見ている。

 殺意に満ち、黒い太陽の如き弓兵の双眼が男を見る。弓兵は少年と青年の間の年齢だった。灰色の弓を片手に持ち法衣を纏っている。無造作に立ちながら何もせず、此方を観察する神父を疑問に思ったが答えはすぐに出た。

 回避を成功させた今この瞬間、―――――――背後から強烈な悪寒に男は襲われた。

 

「――――――っ!」

 

 逃げられない死の気配。上空から迫る魔弾がそこには存在した。

 ――完全な死角。

 ――完璧な機会。

 視界の隙間と精神の隙間。まったくの別方向からの再度の強襲。僅かなタイムラグは獲物の油断を誘う。これは「死」に敏感であり、己の窮地を嗅ぎ取る感覚がある彼だからこそ予知出来たコト。逃げられない、と矢を見て男は認識した。全てがもう遅い。魔剣に狙われたら殺される、魔剣に殺されるまで狙われ続ける。呪詛に狙われ男は逃げられない。逃げ場などこの森には何処にもないのだ。

 ――上空から迫る不吉。

 余りにも濃い呪詛は物質化しても可笑しくない濃度を持っている。

 絶殺の魔剣が男に迫る。黒装束の男、殺人貴は余りにも濃厚な死の気配を、魔剣から嗅ぎ取る。

 最初に見た時、その黒い閃光には「死」が見えなかった。矢からは死を見つけられなかった。だが万物には必ず綻びが有る。滅びない存在など世界にはなく、死を内包しないものはない。

 ―――直死の魔眼。死を点と線で認識する目。

 死を内包するモノで自分に殺せないモノはない。見えないのなら、可視化させるのみ。迫り来る死から死を視る。魔眼をさらに開放させる。黒い呪詛から浮かび上がるのはさらに暗黒とした線と点。

 

「――――――――――ッ!」

 

 殺人貴が払った代償は脳が割れるばかりの頭痛。それこそ死の痛みの方が楽な程、現実感が欠片も無い死の苦痛。

 だが直前の死に比べれば安いもの。ナイフを一振り、それで全ての事が足りた。

 …静かなる一閃。

 殺人貴による魔速と化した腕。

 逆手に持たれたナイフの先が、(ダイン)破滅剣(スレフ)に突き刺された。ただのナイフに概念の極地とも言える幻想が穿たれたのだ。

 ―――ダインスレフが無に還る。

 仕込みナイフの一閃で消されるなど有り得なかった。しかし投影は形を崩され、サラサラ、と魔力の灰へと消滅した。

 

「――――――………………………………………………………あ?」

 

 神父が目にするのは幻想の結晶、それも概念の権化とも言える存在が仕込みナイフで消滅させられた幻想風景。

 ――驚愕さえ出来ない現実。理解が及ばない現象。

 士人の脳内が錯綜する。

 投影武装が消えた。何故? あのナイフが概念武装? いや、解析で「視た」ところあれはただのナイフだ。柄に七夜と銘が刻まれている。七夜、……七夜? 退魔四家の滅ぼされた七夜? 内包された経験を見れば担い手の動きは独特な体術だ。ではあの魔眼の正体は淨眼? やはりあの消滅は魔眼の能力か?

 ならば――――――、いや、まさか………?

 

「―――………直死の、魔眼……………だと?」

 

 神父はいつの間にか茫然と、その魔眼の名前を呟いていた。七夜一族の淨眼は本来ならば視えないモノ視る超能力だと聞いた事がある。

 …………ならば必然。奴が直視しているモノ、それはただ一つの概念。

 

「――――――――(バロールの眼、いや、アレより尚タチが悪そうだ)」

 

 神話の魔神、バロール。彼の神に睨まれた者は死を与えられ絶命する。しかし、あの魔眼はバロールの魔眼と同じで「死」という結果は似ているが、過程が違う。士人は己の魂の欠片とも言える投影を直接殺されたから感じ取れた。

 あれは存在そのものが発生した時に内包する死を、能動的に、強引に、引き摺り出してモノを殺している。

 

 ―――斬られたら死ぬ、触れられたら死ぬ―――

 

「…………ハッ―――――――――」

 

 無表情な顔で、笑い声を一声漏らす。

 

「―――これ程の怪物、実に久方ぶりだ」

 

 聞こえる筈の無い殺人貴の耳に聞かせるように、此方を睨む魔眼を見返しながら神父は笑った。悪夢として夢に出てくる様な悪魔の笑み。そして殺人貴も、ニタリ、とこの殺し合いを楽しむ様に笑い返した。それは死神に相応しい人殺しに酔い切った笑い。

 死徒が支配する森の中で殺し合いはさらに苛烈となり、二人は互いの命を奪い合う。暗殺蜘蛛が代行者へと疾走を開始する。凶刃が死へと輝く。

 

「……投影(バース)始動(セット)――――――」

 

 ―――そして魔術師は、呪文を唱えた。




 そんなこんなで原作の型月他作品の人と邂逅しました。

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