神父と聖杯戦争   作:サイトー

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外伝5.Immortal nut

 腑海林での死闘。いや、死闘と呼ぶには相応しくない結末だったろうか。―――魔術師と死神の戦闘は呆気なく決着が着いた。

 魔術師が使う風の魔術。空気の振動による剣戟は確かに強いが、殺人貴にとっては微風に等しい。視覚化された死を愛用のナイフで捌いてお終いだ。何度も何度も協会の執行者が風を放とうとも、殺人貴の服を揺らす事さえ出来ない。

 全てが殺される。何もかもが無駄。それもそう、殺人貴が持つ異能は七夜の淨眼が死を認識する事で目覚めた眼は『直死の魔眼』。非常識に生きる者にとって、この目の力は本物の死神の鎌。これを使う超能力者は真実、死神足りえる存在だ。

 魔術師、フォルテとしては悪夢の中に居る気分だろう。自分が長年の修練で極めた業が濡れた紙を千切るが如く破られる。

 死神が魔術師の前に辿り着く。彼女は自身の完全な敗北を悟り、戦意を失くして負けを認めた。

 

「――――名前を、教えて欲しい」

 

 木の陰に隠れるフォルテはせめて死神の名が知りたかった。魔術師はそう思い、自身を負かした死神、自身の業を完全に殺し尽くした東洋人の名前を聞いた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ―――戦いは終わる。

 魔術師と死神の戦闘はあっさりと決着が着いた。勝者は死神。相手に一切の傷を与えることなく敵の戦意を完殺した。敵の魔術はその悉くが藁が燃やされるように呆気なく殺し尽くされた。

 

「……(しかし、あの死神の動きは参考になるな。四足獣ならば誰でも可能な体術。武術を鍛える者にとって良い材料となる。ふむ、あのナイフは念入りに視ておこう)」

 

 魔眼の能力も桁外れの神秘だが、それを完全に扱う事が可能なのは独特な暗殺技術のおかげであろう。ゼロからトップスピードに至る技術は自分自身の戦闘技術を造り上げている途中の士人にとって最高の材料であった。自分では使いこなす事は出来ないだろうが、それでも殺人貴が持つ技術は大変良い動きの参考となる。

 彼は技術開発の為、彼は他人の武術、戦術を盗み身に付け、自分に適合する様に鍛えている。発展途上の彼にとって殺人貴との戦いは成長の糧となる。暗殺技術が詰め込まれた仕込み小刀の情報を保管出来たのも僥倖だ。

 

「……まったく、先客万来だ。この腑海林でこうも人と会うとは、な」

 

 先程から魔術師と殺人貴の戦いを見ていた者の気配が動く。神父は脳内に投影をストックさせ魔術回路を起動させておいて、戦いを自身の勝利で終わらせた死神の方へ向かって行った。殺人貴が歩み寄って来た神父の方を向く。

 

「見事な手腕だ。

 相手を無傷で撃退させるとは、そうそう出来る事ではない。俺ではこう、スマートに戦いを終わらせられないな」

 

「褒めても何も出さないよ」

 

「それは残念だ。お前の両目を貰えるなら、武器開発の材料に使えると思ったのにな」

 

「やるかバカ」

 

 彼の魔神と同じ死を担う魔眼。それを材料に武器を造るならば如何程の概念武装が創造できるのか、と士人は考えた。しかし、この魔眼はこの死神にこそ相応しいモノなのだろう。異能力とはそういうモノなのだ。

 もし偶然にも殺人貴の死に目に会えたなら、こっそり貰っておくか、と神父は密かに思っていた。まあ実際は内心少し考えただけで、そんな事をする気はさらさら無いのであるが。

 

「魔術師ってヤツは、まったく。どうしてそう非道無道に堕ちているんだか……」

 

「さあ? まあ先程の言葉は価値の無い冗談だ。それと魔術師云々は、そこいらの魔法使いにでも訊いてくれ」

 

「―――魔法使い、ねえ……」

 

 殺人貴の頭に浮かぶのは二人の人物。自分にとって救いを与えてくれた唯一人の先生と、“世界”を旅する色々とハッスルな爺さんだ。確かにどちらもまともでは無い。

 

「……はぁ」

 

 彼は溜め息をつき、包帯を巻き直す。魔術師は襲撃してきた時と同じ様、とうの前に風の如く去って行った。

そして、戦闘後の一休み、とそうなれば嬉しい所であったのだが。

 

「なるほど。貴方が護衛であったのなら、ネロでさえ消滅させられますか」

 

 森から出て来たのは、司祭、とでも呼べばいい格好をした一人の男性。

 その神父が殺人貴に声を掛けた。殺人貴はとうに気が付いており、隣の神父とは違い西洋系に見える司祭に拙い英語で声を掛けた。

 そして、士人も教会の何処かで見覚えのある司祭を見て、特に如何こう思う事無く観察している。

 確か埋葬機関員の一人であったか。昔、代行者になり暫らくたった時に見た事があったが、何故か違和感を感じさせる人である。そして後で、彼が埋葬機関の第五位で死徒二十七祖の二十位と知った。初めて視た時は何となく人間じゃないのは分かったが、士人はそれ以外にも何か違和感がある様に感じた。

 だがそれも仕方の無いコト。士人は知らないがこの司祭はメレム・ソロモンの右腕、文字通り吸血鬼の右腕を成す悪魔なのだ。ただ彼は悪魔と言う存在だが戦闘能力は無く、そこまで強大な幻想でも無く、魔力が膨大と言う訳でも無く、そこいらの半人前魔術師見習いに負ける、というか一般人以下の鼠が正体だ。アイドルネズミが持つ悪魔の異能力は変身能力だけである。

 

「言峰神父。彼と少し話がしたいので構いませんか?」

 

「………ああ。了解した」

 

 士人は短い言葉で了承した。見た事ある人物なので、まあ自分の様な木端代行者の名前を埋葬機関の死徒に知られているのか疑問に思ったが、特に司祭を不審に思う事は無かった。勿論、いざと言うことがある。士人は魔術師と死神の戦いを観戦していた司祭を警戒するのを止める事はしない。もっともそこまで不躾で、あからさまな雰囲気を出している訳ではないが。

 

「初めまして殺人貴。いずれ会うつもりでしたが、それが今日とは思いませんでした。

 それで、このような山奥に何の用です。聞いた話では、貴方は死徒狩りに賛同していないと話ですが」

 

 殺人貴が初対面の司祭から挨拶を受ける。彼はそれの質問に対して、ただ単なる成り行きだ、とそんな内容の事を答えとして言い返す。

 

「成り行き、ですか。そういった所はシエルに似ていますね。まあアナタの場合、その行動は全て姫君に起因する。

 となると――――なるほど、貴方もアインナッシュの実が目当てですね。それはいい、確かにあの実なら姫君の吸血衝動を大幅に抑えられる」

 

 それを聞いた殺人貴は最愛の女性の名を言った目の前の男を警戒する。教会の代行者と思われる眼前の司祭、吸血鬼の姫を守る自分の敵か否かは考えるまでも無い。戦闘になると考慮し、彼は巻き直したばかりの包帯に手をかける。

 

「―――お止めなさい。貴方と戦うつもりはありません。

 何故なら絶望的なまでに、貴方には私に勝つ手段がない。そのような無駄は良くないでしょう。そもそも、貴方の力はアインナッシュにこそ向けるべきだ」

 

 殺人貴の手が止まった。神父は彼らの問答を黙って見ている。

 

「素晴しい。シエルと違って貴方は素直だ。聞いた話では感情の無い殺人鬼を想像していましたが、中々に見所がある。

 両極端の用途、完全に別物としての二つの思考回路。そうでもしなければ存在出来ぬ矛盾と言うのは美しいな。私、不器用な人間が好きなものでして」

 

 くっくっ、という笑い声。そこで漸く殺人貴は気付く。森の闇に潜みながら目の前にいるこの男、こいつはおそらく声の主ではない。話している本体はここにはいない。

 

「さて、それではアインナッシュの棲家には私が案内してあげましょう。

 …………と、その前に一つお聞かせ願いますか。八百年前、確かに姫君はアインナッシュを滅ぼしました。その彼が、なぜ未だに生きているのかという事を」

 

 

◆◆◆

 

 

 司祭だった者の案内で森を進む殺人貴と神父。そして二人の目の前には、道案内する王冠を被りマントを羽織った白いネズミが一匹。実にシュールだ。

 彼が人型から本来のネズミの姿に変えたのは、動き易かった為。それにアインナッシュの攻撃対象に鼠は入っていないからだ。魔樹に突然奇襲されれば戦闘能力のないネズミの王様は死ぬだけであり、森の案内は果たせない。

 

「しかし、死徒二十七祖で埋葬機関第五位の正体がネズミだったとは。代行者としては中々に複雑な気分だ」

 

「いえ、それは違います。私はまあ、彼から産み出された悪魔ですよ」

 

「ほう。教会の異端審問官が、吸血鬼に悪魔。中々にパンチが効いた真実だな」

 

 移動する森。喋るネズミの後をついて行くにつれ、禍々しさが増加していく。士人の感知能力では今はまだ修行不足故出来ぬことだが、死徒の感覚では常に移動し続けるアインナッシュの中心点を目指せる様だ。

 

「そうか、おまえはメレム・ソロモンの悪魔なのか。シエル先輩が来てるって聞いたけど、もしかして一緒にいるのかい?」

 

「ええ、殺人貴。主は今のところ、シエルと一緒にいます。暫らくすれば主とシエルも、此方の方へ向かって来ると思いますが……」

 

 と、今は何故か静かになっている森を進む二人と一匹。今のところ、この腑海林は止まっている。流石に四六時中、活動をし続けると言う訳では無いみたいだ。神父は隣に歩く死神に声を掛ける。先程聞いた話で言いたいことが出来たのだった。

 

「しかし死神、話に聞いた吸血鬼も随分と間の抜けた真祖みたいだな。目当ての死徒を殺したが、その血を植物に受け継がせる様なヘマをするとは。……正直な話、間が抜けている」

 

 真祖たち吸血鬼を処刑する為に産み出した殺戮人形、アルクェイド・ブリュンスタッド。殺人貴が守護する真祖であり、生涯愛すると誓った女性の名前である。

 それを聞いた彼は苦笑いを浮かべ、ポリポリ、と頬を指で掻く。殺人貴にも思う所が多々あるのだ。

 

「あー、うん。否定は出来ないかな。アホッぽいところ、かなりあるし」

 

「………アホっぽい真祖、か。何と言えば良いか……うむ、想像しづらいな」

 

 代行者である言峰士人の知識としては、真祖と言うのは死徒を産み出した諸悪の根源みたいな存在だ。地獄の底で高笑いする大魔王と大差ないイメージを抱く。あるいは銀河を超えた宇宙の果てに君臨する狂気の魔神。しかし殺人貴を見る限り、如何やら自分のイメージと本物はかなりの差があるようだ。

 

「だがお前の話を聞く限りでは、随分と皮肉なことになっているようだ。

 嘗ての自分が取り逃した死徒の血。それにより自身が延命する為の良薬、不老不死の実がその死徒から手に入るのだからな」

 

 腑海林の瘴気は益々濃くなるばかり。こうして話をしている間も色濃い血の臭いはさらに濃く、空気を染めていく。そして殺人貴は七夜の退魔衝動が騒ぎ、言峰士人は感覚から強大な魔の気配を感じ取れた。

 

 ―――――それは突然の轟音。音源は背後だった。

 

「……ほう。これはまた――――」

 

 ―――壮観だな、と神父が後ろを振り向いて呟いた。

 

「……」

 

 殺人貴は黙ってその光景を見届け。

 

「―――陸の王者が瞬き程で始末されるとは。……中々なモノです」

 

 ネズミが最後に喋る。

 ――例えるなら、神の獣と呼べばいいだろうか。鯨と犬を掛け合わせたような姿、その巨大な獣が森によって一瞬で喰い殺される地獄絵図だ。

 

「……拙いぞ、これ」

 

「同感だな。誰だか知らんが、余計な事をしてくれた」

 

 蠢く森。尖る根が地中から現れる。どうやらあの獣によって、本格的に此方を殺す気になった様だ。感じられる魔の気配は今ででの比ではない。

 これが正真証明の腑海林アインナッシュ。どうやら今までの姿はお遊びだったようだ。

 

「申し訳ない。案内はここまでの様です」

 

「大丈夫だ。ここまで来れば、気配を辿れるよ」

 

 白いネズミに黒い死神が答えた。神父もここまで近づけば、中心にいるだろう森の親玉を見逃す様な事もない。距離は1km程も離れていない。

 

「取り敢えずは共闘といこうか、死神。

 自分の任務は死徒の討伐。俺としてはアインナッシュの始末が出来れば、それで良い」

 

「構わないさ。邪魔さえしないなら、俺もとやかく言うつもりはない」

 

 これは殺人貴と言峰士人の最終確認。

 死徒二十七祖七位、腑海林アインナッシュの討伐もそろそろ終盤だ。何日も潜っていたこの森ともオサラバ出来る。

 

「そうか。では、俺の背中はお前に任せる。

 ―――もっともお前が、俺に追い付く事が可能ならばの話だが」

 

「―――ク、言ってくれる。

 じゃあさ、お前も気張ってくれよ。出来るのなら、俺の惨殺空間について来い」

 

 そしてその二人に、アインナッシュの魔樹が襲い掛って来る。しかし、サラリと一瞬で木々は二人に斬り払われた。乱舞するのは三刃の嵐、死神の鎌と悪魔の牙に爪。

 

「―――ふん。実際、薪割りをしている気分だ」

 

 神父の武器は一見すると鉈に見えなくもない片刃剣。鈍重な刃は片手で扱っているとは思えない程、バカげた破壊力を宿している。

 

「いやはや、これはどうも。もう少しは目新しいモノを見せて貰わないと、いい加減飽きてくる」

 

 殺人貴のナイフは当り前の様に木を切り裂いている。魔眼殺しを外した彼にとって、もはや脅威ではない。殺すだけの唯そこにある獲物。

 疾走する二つの影。森の木と魔樹の根の間を縫う様に走り抜ける。

 何十時間も見てきた、同じ攻撃、同じパターンの戦法。二人はもう、これらの脅威にはかなりの対応力を森を歩き続けて身に付けていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 腑海林を走る二人。移動速度はどちらも常識外のモノ。生身の足、それも障害物が多い森の中だと言うのに高速道を滑走する自動車に劣らぬ速さを見せる。

 

「大分走った。気配も濃厚、そろそろ親玉の登場だろう」

 

「判ってる。一応は俺も退魔一族の出身、これ程の『魔』を見逃せるわけがないよ」

 

 森を走り辿り着いたところは実に奇妙な場所であった。何故だか、魔樹共が密集していない空き地となっていた。一本の木を中心に木々はまるで怖れ慄く様、離れた位置にある。

 

「―――――ここだ」

 

 殺人貴が呟く。それに士人は無言で肯定する。

 その木は大樹とでも呼べばいいのか。その木は悠々と森の中心に君臨していた。樹齢1000年を超える霊樹の如く存在している。しかし長く生きた大樹が見せる神聖さなど、そこには欠片も無い。

 ――――――そして大樹に付いている実は、鮮血に染まった様に紅い実だった。

 

「――――アレが不老不死、アインナッシュの果実、か。……あまり食欲が湧くモノではないな」

 

「言ってる場合か。あの木も俺たちに気がつい――――っと」

 

 ズダン、地面から根が殺人貴を貫こうと出現する。今までのモノとは、太さも速さも段違いだ。それこそ銃弾の如き刺突。喰らっていれば、胴体に風穴が出来ていただろう。

 

「良く避けられたな」

 

「―――……いや、さっきのは俺も死ぬかと思った」

 

 空気の壁を突破する奇襲、それも地面から突然現れるそれはかなり危険だ。根が文字通り、地表を下から粉砕して穿ち来る。

 

「ここはまるで地雷原だな」

 

 神父の言葉に死神は頷く。地面を爆散して襲いかかってくる根は、人類が開発した兵器に良く似ていた。地面からの本来なら不可避の襲撃、この不意打ちはかなり悪辣だ。今までも同じ様なモノはあったが、速度も範囲も殺傷能力も桁外れ。それも囲む様にし、連続して炸裂する殺意の顕現。一度当たれば、見れた姿では無くなるだろう、と簡単に予想出来る。

 如何するか、と悩む殺人貴。言峰士人はそれ見た後、アインナッシュを見ながら声を掛ける。

 

「では、先に行っているぞ。俺が先に着いたら、あの果実は俺の物だ」

 

「―――――――――」

 

 揄う様なそれを聞いて、蒼い眼を瞠目させて此方を見る殺人貴。言峰士人は殺人貴をその場に置いて、アインナッシュ本体へと向かい走って行った。

 ズダダダダ、と地中から現れるのは無数の根。それは文字通りの一撃必殺。喰らえば捕まり、苦痛の中で吸血され干からび死に絶える。

 ――――だが、神父には当たらない。

 魔力の流れ、大樹の気配、地面から伝わる根の存在感。その全てを把握し、動きを予測し、この神父は当たり前の様にアインナッシュの攻撃を避け、手に持つ愛用の双剣で迎撃している。

 

「―――は。狂ってるぞ、おまえ」

 

 負けてやれないな、と殺人貴は呟いた。そして彼は思う。この程度の死地を恐れてどうする。目の前で踊る代行者に後れを取るなど許せるものか。それも、たかだか根で出来た地雷原くらい走破出来なくて、何が“殺人貴”だ。

 

「―――アインナッシュ。モノを殺すってことがどういうモノなのか、教えてやる」

 

 それは死神の宣告。黒い影が二つの蒼い光を輝かせながら疾走する。殺人貴の神経は最高潮に高ぶっていた。自身が持つ退魔衝動も際限なく、身の内から轟き揺さぶる。迫り来る根を避ける、殺す。さらには襲いかかって来た根を足場に、蜘蛛は縦横無尽に木製の針地獄を駆け抜けて行く。

 

「遅いじゃないか、神父。先に行ってるよ」

 

「……何とまあ、出鱈目にも程がある」

 

 殺人貴が士人にあっさりと追い付く。針地獄と化した地面を疾走している代行者は唯物ではない。ならば、根を足場に疾走する死神蜘蛛は一体なんなのだろうか。

 ……その時、背後からガコンと言う金属音が響く。まるで巨大な機械が稼働している様な轟音。

 

「「―――――ッ!?」」

 

 背後の森からの気配で後ろに振り返る二人。アインナッシュの攻撃に集中し爆音で周りの音が聞こえないこの状況、近づかれるまで気配を察知できなかった。音も偶々聞こえただけ。そもそもの話、アレが自分たちに対して攻撃体勢をとっていなかったのも原因だろう。

 見た目からして戦争の具現に見えるアレから直接脅威を向けられれば、いやでも気が付く。そして二人の後ろから、彼らの上を通り越して光が通過して行った。発光体の速度は音を超え、ロケットが飛ぶ様に進みアインナッシュに突撃した。

 次の瞬間、炸裂音が鳴る。まるでミサイルが着弾したかの如き爆音。いや、真実それはミサイルだった。

 近代兵器の結晶、今の人類が想像する戦争の具現。死神と神父はその光景を見ながらも、根を捌いている。

そして、ザザァッ、と森からまた人が一人、飛び出してきた。

 

「久しぶりですね、遠野くん」

 

「先輩……っ!」

 

 その人物はシスター・シエル。埋葬機関第七位に位置する代行者だ。

 二人が通ってきた針地獄の道を、スラスラと彼女も走り抜けて行く。殺人貴と似た様に根さえも足場としながら地面を疾走した。彼女は同僚兼後輩代行者の神父、言峰士人に声を掛ける。

 

「メレムから聞いてしましたが、やっぱり生きてましたね」

 

「当然だ。この程度の死地で根を上げる程、自分はヤワではない」

 

 新しい参戦者は一体に一人。

 

「「――――――(しかし、……アレは何だ?)」」

 

 殺人貴と言峰士人の思考が重なる。先に出てきて爆撃してきた何か、それの姿は仮面を被った少女のカタチをしていた。全長10mをオーバーしており、ロボットみたいな人型だ。

 異常の極地、現実感が欠片も無く、あれはそういう幻想なのだろう。御伽の世界の空想、人類が考え形創る産物。つまりアレは、人の願いでカタチを成す悪魔(デーモン)

 

「―――悪魔、なのか……?」

 

「あれが、メレム・ソロモンの悪魔。……凄い趣味だね」

 

 神父と死神が、思わず、という感じで呟いた。

 

「まあ、そうなんでしょうけど。

 ………さ、敵は目前です。とっとと片付けちゃいましょう」

 

 既に隣まで来ていたシエル。彼女は歳下二人の男性勢に声を掛けた。

 

「シエルさん。何かドッと疲れた」

 

「言峰くん。泣き事は後で聞いて上げますから」

 

 少女型の巨像を見て疲れた感じの遠い眼で呟く神父。そしてシエルは彼に対して厳しかった。

 

「―――……仲、良いんだね先輩」

 

「ち、違いますよ! 誰がこんな外道神父とっ!!」

 

「ふむ。おしゃべりは良いが、しっかりしてくれないと困るぞ」

 

「「おまえ(貴方)が言うな!!」」

 

 元々気が合う者たちだ。何と言うか、戦いながらも和んでいた。

 

「しかし丁度良かった。シエルさんが来たのならば、後の憂いも無い。

 ―――全力だ。吸血植物を一掃する」

 

 言峰士人の魔術回路が灼熱と魔力で満ち、フルスロットルで回転を始める。

 ミサイルの直撃を受けたアインナッシュ本体は無傷。あれ程の物理攻撃を受けたのに、火が欠片も灯っていない。おそらく、そう言った系統は効かないのだろう。それでも大魔樹は警戒しているのか、自分の本体の周辺に根を幾重にも張り巡らし、鉄壁の防壁を造り上げていた。

 そして、三人に対して根の攻撃は止まっており、今の根は守り以外では仮面少女像の方へ攻撃を始めている。如何やらアインナッシュの動きを見るに、少女の像をより脅威とし、殺しに掛っている様だ。巨像の方も銃弾をぶっ放し、手から現れた剣で根を切り払っている。

 ――言峰士人は呪文を唱える。

 魔樹が此方に隙を見せている今が、必殺の好機である。

 

「―――投影(バース)始動(セット)

 

 ――存在因子、具現――

 ――誕生理念、鑑定――

 ――基礎骨子、想定――

 ――構成材質、複製――

 ――創造技術、模倣――

 ――内包経験、共感――

 ――蓄積年月、再現――

 

 ――因子固定、完了――

 

「―――投影(バース)完成(アウト)

 

 現れたのは、一本の西洋剣と対になる弓。大きさは一般的で、武器として優れているのが一目で分かる。士人はそれを弓に装填し、射出準備に取り掛かる。シエルと殺人貴の二人は自然と神父の後ろへと後退。

 一見しただけで判る脅威。剣気が刀身へと圧縮され、次々に集中していく。そして辺り一帯には、時間を掛けて集まり高まる魔力により、聖なる剣光が周りに吹き荒れる。

 

「――――(デュラン)不毀剣(ダル)――――!」

 

 ―――そして、剣は解放された。敵は彼方。だが聖剣は砲弾如き威力で発射され、軌道上の魔樹を障害物全て纏めて一刀に両断した。

 改造聖剣、聖閃天意(デュランダル)

 英雄王の蔵に眠る聖剣を改造し、それを更に矢として改良した投影宝具。雷の如く遥か遠方まで伸び飛ぶ斬撃攻撃が正体だ。空間ごと切り裂く聖剣の一撃は、何処までも鋭かった。

 ―――――そして残るのは伐採の跡。

 ドォオン、と言う木が倒れる破壊音。余りに激しい魔剣の破壊痕。

 言峰士人の一閃は、アインナッシュ本体だけではなく、その後ろに存在していた魔樹らも纏めて両断していた。魔樹は自身の体を支えるモノを失い、倒れるしかなかった。

 

「―――他愛無いな、吸血鬼」

 

 言峰士人が投影した灰色の弓が崩壊する。一回分の幻想射出にしか耐えられなかった様だ。しかしそれも当然、彼は真名解放が出来るだけのソレを投影しただけだ。魔力量が厳しい今の状態では、手を抜いていい部分は手を抜いて魔力を温存したい。完璧に造り上げ、能力分の魔力となると魔力コストが普段の投影より大変なのだ。

 

「出鱈目だなあ、神父。自分と戦った時の矢と言い、武器が豊富過ぎるよ」

 

「そうですね。相変わらず狂れた魔術です。………って、戦っていたのですか、二人とも!?」

 

「「ああ」」

 

「―――まったく。殺し合ったのに今は共闘しているなんて。一体何処の少年漫画ですか……」

 

 ああ頭痛い、と呟く彼女。日本暮らしがそれなりに長かったシエルは、彼の国のサブカルチャーにもある程度の理解があった。

 そして言峰士人はその時、何か異変でも感じたのか自分が切り倒した魔樹の方を振り返った。まあ、そもそも彼もそうだが、殺人貴もシエルもこれくらいで倒せるとは思っていなかったりした。少女型の像も根にはもう襲われていないが、銃身をアインナッシュの方へ向けている。そして機械少女の仮面は根に壊されたのか、自分で取ったのか判らないが素顔を晒していた。その少女の機械の両目は何と言えば良いのか―――少女像の目は死んでいた、覇気が感じられない。三人と一体は切り倒された大魔樹の方へ視線を固定させている。

 

「……ふむ。やはり真っ二つにしたくらいでは、死んでくれない様だな」

 

「―――生えてないか、あれ?」

 

「―――ええ、生えてますね。確実に」

 

 アインナッシュ本体の斬られた断面から木の根が、ニョキリ、という擬音が合う感じで生えてきている。

巨像の悪魔は相変わらずな無言無表情で殺戮兵器を魔樹に向ける

 ――ドォンドォンッ、スダダダダンッッ、と離れた所にいる巨像の武装が一斉掃射される。

 たった一体の砲撃だが、それは戦場の具現、そして現代の人類が行い続ける地獄だった。一切の抵抗を許さず圧殺する、正に虐殺行為。

 しかし木は身を削られながらも変形を止めない。いや、削られれば削られる程、さらなる再生で変形する。何より恐ろしいことに、辺り一帯の木が移動を開始し、実を宿すアインナッシュ本体に集合していることだ。

明らかに危険な兆候が見て取れる。

 神父、死神、代行者の三人も早いところ本体の魔樹に辿りついて始末を着けたかった。

 しかし集まって行く魔樹に行く手を阻まれて辿り着けない。下手をしなくても木々に挟まれ圧殺されてミンチになるだろう。今は避けることに専念する。するしかない。命の賭け所を間違えれば一瞬で御陀仏だ。それより早く、今はこの場を出来る限り離れなければ危険だろう。

 巨大化する魔樹を背中に、巨像とは違い比較的アインナッシュの近くにいた三人は危険地帯を脱出する。

 

「――――――うそ」

 

 シエルが声を漏らしてしまうのは仕方が無かった。

 ―――何せ木の集合体の全長は50mにも届かんとする大樹へと一瞬で変貌。

 ―――さらに“両脚”で、魔樹が大地に君臨しているのだから。

 悪魔の巨像を遥かに超える巨体。神話の化け物、さながら世界樹ユグドラシル。今まで吸っていた血による影響か、人型へとカタチを変える吸血植物。人化とでも呼べば良いのだろうか、その姿。あまりにも圧倒的。

生まれ出るは樹の巨人。アインナッシュは再誕した。

 

 

―――ドォオオンンッッ!!―――

 

 

 一歩、たった一歩で地震が起こる。巨人が引き起こす大いなる災い。つまり変貌を遂げたアインナッシュは、自然災害クラスの化け物であると言う訳だった。三人とアインナッシュとの距離が大きく縮まる。

 

 

「■■◆■◆◆■■■■■◆■■■■■■■ーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 樹の巨人が二歩目を歩もうと足を上げる時、それは空から雄たけびを上げて到来した。巨大なエイのような姿、その趣はさながら空中要塞。鳥の様に羽ばたき空を舞うソレは実に美しい。

 ―――死徒二十七祖、メレム・ソロモンの悪魔。彼の左足でもある空の王者だ。

 陸には彼の右腕、機械令嬢。メレムはアインナッシュを討たんが為、陸には右腕の悪魔、空には左足の悪魔を送ったのだった。そして空に浮かぶ空中要塞の上、そこに千年を生きる大吸血鬼がいた。

 

「―――随分と様変わりしたね、アインナッシュ。だけどお祭りは、ここからさ」

 

 右足を砕かれている彼、正体は死徒メレム・ソロモン。

 宿す異能は悪魔使いの業。「デモニッション」とよばれる第一階位の降霊能力。人々の願望をモデルにして彼の憧憬で彩色し、その類似品を作る。ただし、具現化できるのは他人の願望のみで、メレム自身の願いを具現化することはできない。

 悪魔使いである彼は四大魔獣(フォーデーモン・ザ・グレイトビースト)という架空の魔獣を使役し、それぞれがメレム・ソロモンの四肢と化している。左手がネズミの王様、右腕が機巧令嬢、右脚が陸の王者、左足が空の王者のクラスの悪魔。殺人貴と言峰士人の前に現れたのがネズミの王様。陸の王者は早々に腑海林へと瞬殺された。左手の悪魔に戦闘力は無く、今のメレムの手駒となる悪魔は右腕と左足。

 エイに似た悪魔、そこにあるタイル状の皮膚から何かが射出される。それは一つ一つが動物の形をした物体。それが樹の巨人へと衝突し、アインナッシュを削っていく。下の機械令嬢も圧倒的な弾幕は健在で、弾切れ知らずの近代兵器が成す破壊の嵐はさらに激化していく。

 

―――ドォオオオオンン…!!―――

 

 樹の巨人の足が一歩後退した。前進しようと出していた足を、倒れそうになった身を支える為に一歩下げたのだ。もはやこれは、まともな死徒狩りではない。神と悪魔の大決戦、怪物ではなく怪獣どもの殺し合い。

 

「―――これは派手になってきた。遠慮手加減を考えている場合ではないな」

 

 言峰士人の顔から表情が消える。今の彼は目の前の怪物を殺すことしか考えていない。言うなれば、死力を尽くす、と覚悟を決めた目。黒い太陽の如く灼熱とした、戦意と殺意が混合し煮え滾る漆黒の眼。

 

「―――さて、久々に全力でいきますか」

 

 シエルはそれも同じコト。何時もなら忌み嫌う魔術を行使する為、魔術回路を手加減無く全力で開放させる。威圧感が何倍にも膨れ上がり、底なしの魔力が世界に顕現する。

 

「―――ホント、愉快なカタチだ。さあ殺し合おうじゃないか、アインナッシュ」

 

 内に眠る退魔衝動を完全に解放し、殺人貴の視界に死が濃く具現する。煌く蒼は一体なんの色なのか、空を思わせる虚無の眼は、魔物を無へ還さん、と光り輝く。不死と唄われる二十七祖を三体も葬った退魔一族の末裔、殺人貴の姿が凶蜘蛛へと裏側から切り替わる。

 

 

◆◆◆

 

 

 森は完全に壊滅していた。

 戦闘の余波で吹き飛ばされる地表。荒れに荒れ果てる腑海林はしかし、今や森ではなく樹の集合体たる巨人。

 シエルは地面に手を着き、回路を爆発的に回転させる。

 

「~~~~ッ!」

 

 ―――高速詠唱。

 人の耳では聞き取る事が不可能な詠唱速度。

 極められた術師が扱うそれは、正しく冥府魔導。巨大化したアインナッシュを中心に、魔法陣が出現する。それは幾重のも幾重にも重ねられ、巨大な魔法陣の中にも幾つもの陣が一瞬で作成される。

 

 

「―――――!」

 

 ――ドォォオオオオオオオオンッッッ!!!――

 

 仕上げのワンスペル。そして閃光。雷が発生する轟音が、地面の魔法陣から鳴り響く。落雷が何百mも先の空へと、巨人を覆う様に上り落ちて行った。ジュワア、と樹が焼け焦げる。全身を黒焦げにしながらもアインナッシュはまだ健在。しかし彼女の全魔力の三分の一以上を消費して使った魔術は無駄ではなかった。樹の巨人が雷を受け、その動きを停止させる。

 先程までのアインナッシュは、メレムの悪魔から放たれた獣の弾丸を全身の樹皮で喰らっていた。

それにより、魔力を高め体を回復したアインナッシュは再び前進を開始しようとするも、その間にシエルは魔術を構築し、特大の一撃をブチ当てていた。

 ―――広域殲滅魔術。シエルの魔術は対軍、対城クラスの威力を持つ。

 彼女にとって忌々しいことであるが、自身を嘗て乗っ取った男、ミハイル・ロア・バルダムヨォンが得意とする術式。雷の属性を持つカバラ系に属する秘紋魔術は実に使い勝手が良かった。そして、その魔術を支えるシエルの魔術師としてのポテンシャルは異常に高い。それこそ現代の英雄を名乗れる程、彼女は強力な魔術師なのだ。

 

 

「――――殺せ、空の王者」

 

 

 その様子を見ていたメレムは簡単に言えば、心底ブチ切れていた。両足の悪魔は対アインナッシュにおいて相性が最悪なのは認めよう。しかし同じ二十七祖を相手にこうもやられっぱなしでは正直なトコロ、最高に虫の居所が悪かった。

 自分が造り上げた悪魔が二体、今のところ手も足も出ていない。有効なのは無機物の近代兵器が主力の機巧令嬢だけのようだ。彼女の砲撃で、ヤツの体は着々と抉れ削れているが、アインナッシュは片っ端から再生している。今では既に全長を50m以上に拡大されてしまっている。足から伸びる根の触手で辺りにいる自身の眷族を喰らって体を補っているのだ。有効打を与えるには、かなりの時間が掛かる。

 

 

「■■◆■◆◆■■◆■■■■■■■ーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!」

 

 

 空を舞う悪魔が滑空を始めた。

 メレムは自分が危険になると直感する。己がいれば悪魔も本気を出せない為、空から地表へと身を投げ避難していた。

 

 

―――ドァァァァアアアアアアアンンンッッ!!―――

 

 

 馬鹿げた衝突音。悪魔は巨人に対して特攻を仕掛けたのだ。

 

「―――まさか……っ!」

 

 しかし、今の光景は何と言えば良いのであろう。例えるならば、神話に出てくる神々、それも巨体を誇る巨神たちの戦だろうか。

 ―――アインナッシュは両腕で、悪魔を捕えていた。

 そしてそのまま、全身から木の根が出現する。それがエイの形に似た左足の悪魔に絡まっていく。

まさに地獄絵図。右足の悪魔がそうであったように喰われていく。しかし誰が予想出来るだろう。あれ程の質量を持った魔獣の突進の物理破壊力、それを真正面から抑えるなんて。

 

「―――大丈夫ですか、メレム?」

 

 空から落ち、隣にやって来た同僚にシエルは声を掛けた。何だかんだで、一応は心配している様であった。

そしてその時、パァンと彼のもう片方の足が破裂した。

 

「……結構、ヤバいかも」

 

 とてり、と尻餅を着くメレム・ソロモン。シエルとメレムの二人に殺人貴と言峰士人が近づいて行く。如何やら一度、体勢を整えるようだ。

 

「それで、如何する? このままではかなり危ないぞ」

 

 悪魔を食べながらも、再び動き出そうとする樹の巨人。概念を取り込んだ吸血樹は、もはや人間がどうこう出来る範疇では無くなっていた。もはや神話の怪物と同格か、それ以上。彼はソレを観察しながら、ここに居る三人に向かって発言する。それに対して、殺人貴が蒼い眼を輝かせながら声を出した。

 

「俺の眼なら問答無用で殺せるけど」

 

「……危険ですが、遠野くんの魔眼しかないみたいです」

 

 と、提案する殺人貴に苦々しく賛同するシエル。彼女としては、彼に余り危険なことをされるのは、とても辛い。

 

「分かった、援護する。殺人貴、お前の背中は任せておけ」

 

「…‥…了解したよ。精々、死なないようにね、トオノシキ。君に死なれると姫が悲しむ」

 

 話合いを早々に切り上げる。どうやらアインナッシュは悪魔を完食したみたいだ。今は“森”で出来ている手を、大きく振り上げようと体を構えている。あの巨体だ、拳の一撃で大クレーターが出来る破壊力だろう。

 

「―――機巧令嬢!」

 

 メレム・ソロモンが叫ぶ。近くに寄ってきていたメレムの悪魔は、その大きな金属で構成された手で彼を掴んだ。そして、ガッシャン、と開いた腹の中へと彼を入れる。

 三人はアレの一撃を避ける為、早々に遠くへと避難していった。機巧令嬢は、足と背中に付いているジェット・エンジンの炎で低空飛行を行い離れて行った。

 

 ―――そして数秒後に衝撃。樹の巨人はもう既に、一つの『魔』として完成された幻想種。

 戦いの中で文字通り、アインナッシュは進化しているのだろう。ただ生きる為だけの本能では無く、戦闘行為を行える程、魔樹の防衛本能は進化している。“森”の拳で、地面にクレーターが穿たれた。

 

「―――やるねぇ、トオノシキ。流石は死神(DEATH)と唄われる人間だよ」

 

 そして、巨大戦艦が飛行機を撃墜させる様子を思い浮かばせる程の轟音爆音。空を飛ぶ機械人形から今までの比ではない大火力掃射が行われた。重機関銃だけではなく、ミサイルもロケットも只管に撃ちこみ続けている。それはまるで、銃火器を一年中戦争が出来るくらい詰め込んだ要塞が造り出す、銃弾砲弾の雨嵐。

 メレム・ソロモンが搭乗し、魔力を一体に絞り悪魔を操作している。機動力も戦闘性能も先程のモノより向上しているのは当然だった。

 

「これはまた。……人間離れしていた動きだったが、ここまでのモノとは思わなかった」

 

「……同感ですね。彼が本当に頼りとする力は魔眼では無く、七夜一族が練り上げた暗殺技巧みたいです」

 

 士人とシエルの呟き。それも仕方が無い、目の前の現実を見ての事だった。

 ―――殺人貴、遠野志貴はアインナッシュの腕を走り上っていた。

 彼は振り下された“森”の腕を利用し、そこから一気に片まで駆け上がっていったのだ。さながら蜘蛛の如く、と言ったその動き。

 

「(アインナッシュの注意を引く必要があるな)」

 

 それを見た士人の思考。メレムが乗った悪魔もアインナッシュから殺人貴を注意を逸らす為、彼の邪魔にならない様、攻撃を加えている。戦争レベルの破壊活動によって、動きを阻害している。シエルも魔術を準備しているみたいだった。

 

「―――投影(バース)完成(アウト)

 

 彼の手に一つの武器が出現する。神々しく光輝くゴールドとダイヤモンド。まるで雷をカタチにした様な武具。それは正しく雷神が使うに相応しい法具である。

 

「“―――金剛杵(ヴァジュラ)ッッ!!”」

 

 これは神、帝釈天が持つ雷の具現。嘗ての帝釈天、つまりインドラが悪龍ヴリトラとの決戦でこの武器を使用し、ヴリトラを倒したと伝えられている龍殺しの宝具。ジィィイイイイ、と空気を焼きながら、砲撃の如く撃ち出されたヴァジュラが直進する。そして着弾と共に炸裂音を鳴らす。

 

 

―――ダァァアアアアアアアンッッ!!――

 

 

 しかし、ヴァジュラが巨人に雷撃が命中するも、体が抉れただけ。今の言峰士人の投影では威力が落ちていたとは言え、一撃で軍隊を吹き飛ばす兵器でさえ傷を与えるだけで終了する。だがそれで、巨人の動きは少し止まった様だ。メレムの攻撃に加え、効いてきているのは間違いない。殺人貴へ対する根の攻撃も沈静化していく。

 

「――――カハ、ゴホゴホッ……(渦巻く轟嵐(トライデント)を使えば違うのだろうが、今は金剛杵(ヴァジュラ)が限界だな)」

 

 無理をさせ続けた彼の体は限界に来ている。魔術回路が焦げ、体を中から焼いているのだ。口から血が溢れ、吐血をし始める。鍛錬でこの程度の無茶は良くやっていたが、それは実戦でそうならない為の無茶である。生命力の限界が来ているのだと、彼は実感する。

 ――そして隣では、高速詠唱で魔術をカタチ造っていたシエル。

 

「………―――――」

 

 

 士人の生命を絞った一撃と同時にシエルも魔術を完成させる。その魔術は、キィイイイン、と甲高い音を立てながら魔力を集束していた。ロアの知識を引くシエルが得意とする雷の魔術。槍の様に棒状に形を形成した雷電が、アインナッシュへと向けられている。まるで弓を使っているような構えを取る彼女は、雷の矢を放とうと標準をつけ、狙いを定めているのだ。

 

 

「――――――ッッッ!!!!」

 

――ピィシャァァアアアンンンッッ!!――

 

 

 雷鳴を想像出来る音。魔術により圧縮された電気は迷う事無く直進する。シエルの雷は巨人の額に直撃し、突き刺さる。そして、放電。雷は問答無用でアインナッシュの樹を焼きながらも痺れさせる。巨人の内部の水分が一瞬で蒸発する。丁度、人だったら頭に位置する部分、要は脳みそが焼き切れているだろう箇所だ。もっとも、アインナッシュにそんな定義は意味が無いだろうが。

 ………そして三人が見るのは、アインナッシュにナイフを突き刺そうとする遠野志貴の姿。

 直死の魔眼持ち以外には理解できないことであるが、どうやら彼はアインナッシュの死の点にまで辿り着いたようだ。彼は蜘蛛の如き動きで根や蔦を利用し尽くし、本来なら断崖である巨人の心臓辺りにまで移動していた。

 ―――振り上げられていたナイフが、サクリと軽い音でアインナッシュへと穿たれる。

 

「―――終わりだ、アインナッシュ」

 

 殺人貴の捨てセリフと共に、死徒二十七祖、腑海林アインナッシュは崩壊を始めた。森は終わりをついに迎える事となる。数百年に長きに生きた幻想が消え、アインナッシュはここで、殺人貴によって終焉を与えられた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ―――プワァ、と神父の口から煙が吐き出されている。

 魔術薬品、『魔女の煙(ウィッチ・スモーク)』。これは本当に良い煙草であり、自家製魔薬の中で最高の品質を持つ。口に咥えられたそれに、淡い火が静かに灯っていた。

 

「―――――――――」

 

 仕事の後の一服、言峰士人は煙草を吸う。白い煙が口から吐き出される。煙草に灯る火が怪しく輝く。煙と火は神父にとって特別なモノだ。そして神父の視線の先では、紅い果実を片手で持つ殺人貴の姿。それと先輩の代行者であるシエルの姿。

 

「じゃあね、先輩。俺はこれで。会えて嬉しかったです」

 

「……はあ。遠野くんに何を言っても仕方ありませんね」

 

 別れの言葉。

 如何やら彼女の様子を見るに、シエルは殺人貴の事が好きみたいだ。士人は内心で、クク、と笑いながらも、後で揄ってやろうかと思考していた。両足が使えないメレムも、その光景を見て楽しんでいる。ああ、この二人は実に性悪だ。

 

「さよなら」

 

「ええ、それじゃあ」

 

 去ろうとする殺人貴。だが彼に、神父が声を掛けた。

 

「殺人貴、どうせまた何処かの戦場で会いそうだ。お前の事は覚えておこう」

 

「言ってろ。……まあ、お互い死ななきゃ、何処かで会うんじゃないか」

 

 笑い合う男二人。だから何処のバトル漫画なんですか、とそんな表情で歳下の男の子たちをシエルは見ていた。そして、身動きが取れないメレムも何か言う事があるのか、殺人貴の方へと声を掛ける。

 

「トオノシキ。出来たら姫に、宜しくって伝えておいて」

 

「……分かった分かった。伝えておくよ」

 

 顔を赤くしながらそう言う少年(しかし実年齢1000歳以上)と、それを聞く一人の青年。その光景から複雑な人間関係を、シエルと言峰士人は垣間見る事となった。シエルは色々あるから良いとして、まあ士人も男なのだ。彼も色恋沙汰が全く分からないと言う訳でもない。

 ――そして会話も終わる。じゃあ、と殺人貴はシエルに挨拶をしながら手を振り、腑海林跡地から去って行った。

 

「それで、シエルさん。思い人との再会は楽しめたか?」

 

「…………――――」

 

 去っていく殺人貴を見ていた彼女に言葉を遠慮無しにブチ掛ける神父、実に嫌な感じである。例えるなら、ボンッ、と言う効果音が似合うシエルの赤面っぷり。神父が見るシスターの新しい一面であった。クク、と笑う士人は本当に外道だ。それと同時に、クク、と笑っている死徒も外道の一人。

 ――アインナッシュは滅んだ。二十七祖がまた一つ消滅する。

 今は森の外。蒼い蒼い空が照らす太陽の下、帰り道を歩んで進んでいく代行者たち。

 

「それでさ、シエル。君、彼を見逃していいの。教会じゃ、重要参考人として捕まえろって令が出ているのに」

 

「そういう貴方こそ彼女を見逃しましたね。局長は見かけたら即座に仕留めろと指示を出している筈ですが」

 

 睨み合うこと数秒。

 

「ま、今回は見逃して上げます」

 

「そうだね。見逃がそう」

 

 睨み合いを終える二人。それを聞いていた士人は、プハァと口から煙を吐く。

 

「―――ふむ。では改造銃一丁と秘宝一つ。それで俺は手を打ってやろう」

 

 シーン、と固まる先輩たち。何を隠そうこの二人、シエルの趣味は銃火器の改造であり、メレム・ソロモンは重度の秘宝コレクターなのだ。この話は聖堂教会の中でも有名で、メレム・ソロモンはお宝欲しさに代行者になったと言う噂もある程。

 

「―――で、如何する?」

 

 物凄く葛藤した表情を浮かべるシエル。しかし、溜め息を吐きヤレヤレと頭を振る。

 

「……分かりました、分かりましたよ。一丁だけですからね」

 

「僕はやだよ。断固拒否する」

 

 と、シエルと違い、物凄く大人げ無い(しかし見た目は一番子供)感じでメレムは拒否する。そしてシエルと自分に支えられている吸血鬼に、言峰士人は譲歩の案を言うコトにした。と言うよりも此方が本命だったりした。

 

「仕方ないな。出来たら秘宝を見せてくれないか。俺もそう言うモノには興味がある」

 

「………興味?」

 

「ああ。概念武装は魔術師として好物だからな。世界中のソレを熟知している、と自分で自負している」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 何処となく嬉しそうなメレム。やはりコレクターとして、自分が得られた物を自慢できる相手がいるのは嬉しい事なのだろうか。それに見たところ、この代行者の魔術は秘宝コレクターのメレムにとって心惹かれるモノがあった。

 そして、士人の能力を正確に知る数少ない人物であるシエルは、胡乱気に神父の方を見ていた。

 並んで歩く三人は、トコトコ、と帰り道を進んで行く。真ん中にメレム、端にシエルと言峰が彼を支える様に位置している。何も話す事は無く、黙々と今は歩いている。しかし、不意に、吸血鬼は喋った。

 

「シエル。機会があるとしたら、今だよ」

 

 少年はそんな言葉を口にした。

 

「――――――――」

 

 シエルが足を止め、三人の足は止まる。真意は如何あれ、その言葉は真実だろう。彼女に付けられていた監督役は消え、その代わりである相手は両足が破壊されている。そして、ここにいる後輩の代行者も魔力が切れ、傷を負い、そもそも自分が教会を逃げるか否か、そんな事に頓着しない男だ。彼女が何処かに、ふいと、消えてしまうのなら、今この瞬間が好機と言えた。

 

「―――――――」

 

 シエルは大きく息を吸い込んだ後。

 

「止めときます。機会は貴方が言う通り一年前に過ぎちゃいましたから」

 

 そう言った彼女はメレムを抱えて歩きだした。足が壊れている彼は、強引に形だけは両足を再生している。手助けされている状態でも歩くにはやはりキツいのだった。

 

「限界でしょ、言峰くん。辛いのなら普通に歩いて構いませんよ」

 

「……助かる」

 

 他人を利用するのは良いが他人を求めることを良しとしない彼は、実際、シエルが救いの手を差し出す死ぬ一歩手前まで痩せ我慢する。意地っぱりな後輩の事は良く知っているので、彼は自分で出来る事は助けを求めない。この場合だと、自分が助けられる訳ではないので何となく許容範囲だ。

 そして、そんな言峰士人は新しく煙草を取り出し、それの先端に火を灯す。

 先輩たちの会話をBGMにして、迷惑にならない様に煙を吐いて久方ぶりの外の空気を思いっ切り吸いこんでいた。

 

「……む。やせ我慢だよね、それ」

 

 メレムがシエルを見上げて言う。

 

「そうですよ。けれど始めたからには、我慢できなくなるまで続けないと失礼でしょう。飽きたからやめる、では子供と変わりがありませんから」

 

「――――――(子供と変わりない、か。どうでも良いが、メレム・ソロモンに対する当て付けに聞こえる言葉だな。

 しかし、我慢が出来なくなるまで等、正しくそれは苦行と呼べる。自分から自分を地獄に落とし、罪を償い続ける悪夢。自身を延々と追い込み続ける輪の連鎖、であるのかな。

 それならば、いっそ私も―――――――――――――――)」

 

 後方へと足が下がっている言峰士人は、脈絡の無い思考を展開させている。そして、その言葉に考える所があったのか、メレム・ソロモンがシエルにへと言葉を返す。

 

「ふぅん。罪滅ぼしってヤツ? そういうところ半端に人間ぽくって笑っちゃうね」

 

 毒舌と呼べる辛辣な言葉。

 

「ええ。うらやましいですか、メレム」

 

「………んー、それなりに。僕がうらやむ程度には。けどさ死ぬまで続けるのが罰、だなんて考えていないだろうな」

 

「そう考えられたら楽ですね。……けど―――――――」

 

 会話を続けていく二人。しかし士人が聞いているこの会話に、最初から意味なんて含まれていない。

 二人とも、お互いに言いたい事は何となく察しがついている。それこそ延々とキャッチボールを続けるかの如く。

 

「……っ!」

 

 と、そこで言峰士人の体は限界が来た。煙草を吸っている口から血が吹き出てくる。大量の吐血でもなく命に危険はないのだろうが、辛いモノは辛いのだ。

 ――――カクリ、と神父は膝を地面に着ける。

 

「――――――」

 

 回路自体の暴走、固有結界の侵食。魔力が少ない今は、自然と鎮まるまで時間を持つしかないだろう。

 

「ほらほら、無茶はいけませんよ、言峰くん。貴方はいつまで経っても変わりませんね」

 

 メレムをその場に置いて、彼女は士人を助ける為に一旦、戻って来たみたいだった。シエルの背後に居る吸血鬼は地面へと座り込んで、何処か愉快そうに此方を見ている。そして彼女は自分と一緒に仕事をしてきた後輩、言峰士人へと手を差し伸べている。彼は、人に助けられるのも偶には良い経験だろう、と思いながらも彼女の手を掴む。

 

「シエルさん」

 

「ええ」

 

「―――本当は、この“世界”から出て行きたいのでは?」

 

 それは聞いてみたかったコト。前から言峰士人がシエルから感じ取っていたコト。

 

 

「―――ん、そうですね………それは秘密です。私も貴方と同じで、答えを捜してる途中ですから」

 

 

 今にも泣き出しそうな目で、彼女は笑いながらそう言った。




 アインナッツが巨神兵化したのは、士人が真っ二つにしたのが原因となります。殺人貴が普通に殺していれば、普通に死んでいたりします。生存本能のまま神話の体現を果たしてしまい、今まで吸い取ってきた遺伝子情報から人型の森に変貌してしまったと言う設定です。

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