神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 すいません。少しだけ設定を変えました。でも、物語的には別に変化は無いので、気にしなくても大丈夫です。


23.拳で語る

 ここは柳洞寺の一室。寺に相応しく畳が詰められた和風の部屋、その場所に妙齢の女性が籠もっている。何か拘りがあるのか、部屋の中だと言うのに全身を覆うローブを着てフードを被っている姿。長い古風な杖を片手に透明な、しかし中に何かしらの映像が映る水晶を覗いている。

 

「………(なるほど、ね)」

 

 女は人ならざる存在、現世での仮の名をキャスターと言う。彼女は自分が呼び出された茶番劇を思考する。

 七人のマスターによる英霊の召喚。現世での殻を与え運営するサーヴァントシステム。魔術師が持つ令呪の存在。願いを叶える器、聖杯の降霊。聖杯戦争を始めた魔術師の一族と監督役。

 

「………(そう、そういうこと。予測が合っている確率はとても高い)」

 

 そもそも現世の魔術師が英霊の願いを態々叶える時点で辻褄が合わない。

 根源への道の邪魔者でさえある我々英霊に慈悲を与えるなど魔術師らしからぬ思考、外道を良しとする魔術師たちが造り上げたこの聖杯戦争は怪しいにも程がある。

 

「―――――(まず私が最初にすべき事、……やはり聖杯の確保が一番かしら)」

 

 水晶玉に一人の人間が映る。その人の名前は言峰士人。今回の聖杯戦争において監督役を務めることとなった少年、代行者にして魔術師の神父である。

 

「―――……?」

 

 キャスターがこの人物を遠見の魔術で覗いていると神父が水晶越しに此方を見てきた。何かの間違いとキャスターは思い、神父がたまたまこっちを見ただけと考えたがどうやらそれは勘違いだったと一瞬で気が付く。あの監督役はどんな感覚をしているのか、どうやら自分の視線に気が付いているみたいだ。

 

「――――――(……厭な眼。あんなに濁っている瞳は見たことないわね)」

 

 気付かれた様なのでそうそうに魔術を切った。

 さて、と彼女は今後は如何行動するのかと思考する。動くにしても、そもそも魔術師である自分は戦士である他のサーヴァントどもと比べるとかなり分が悪い。そう、自分には手足となって戦う手駒が必要だ。候補はもう見つかっている。門番のアサシンと戦ったあの可愛らしい女剣士。美少女が自分の奴隷になるなら、戦力としても玩具としても一石二鳥。

 マスターは仕事へと朝からお出かけ中。万が一などあってはならない為、ここの寺から離れている時は見守っているがいつ何時襲われるか分からない。とても心配だ。

 

 

「―――さあ、戦争を始めましょう」

 

 

 決意と共に魔女が呟く。ここからは山に籠もってばかりではいられない。全てのサーヴァントを下し聖杯を我がものとせんが為、敵対者を攻め落とす時が来た。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月8日

 

 

 言峰士人が学校へと登校する。今日も晴れ渡り戦争中だと言うのに、天気だけは清々しいと思える程の快晴だ。

 彼はコンクリートで舗装された街の道を歩いて行く。そして僅かにだが歩いていると、探る様な深く観察する気配を身に感じた。しかし周りには誰いない。

 

「―――……?」

 

 確かに視線を感じた。僅かだったがネットリとした暗い殺意が宿った視線。その殺気だったそれを辿ってみれば何も無い青空だ。

 しかし大源に隠れる様に魔力の乱れを違和感程度だがほんの少しだけ感じ取った。先程の視線から考えるに誰かに魔術で遠隔で観察されていたと考えるべきだろう。

 

「………(全く。ここまで監督役というのは巻き込まれるものなのだろうか)」

 

 ライダーの時もそうだったが、どうも自分は聖杯戦争では色々と災難な目に合うようだと彼は考えた。神父は最近、心休まる時が全くない。

 それに娯楽と言えば、美綴綾子をからかった事くらい。あれはとても面白い女だ。見た目も整っているが、内面構造が並の人間とは異なっている。士人は雰囲気的に近い人物を一人知っていた。

 だが、今はそんな時に非ず。監督役の業務で疲労が脳髄に溜まっていく為か、思考が曇り動きが鈍る。最近は慣れてきた部下が勝手にやる様になって来たが、総合的な指示は自分が出さなくてはならない

 

「――――――(…………あー、マーボーが食べたい)」

 

 無性に泰山の麻婆豆腐が食べたくなってきた。魔術鍛錬や武術修行、それら二つの苦行を超えるマーボーは実に士人の好みである。あれは精神修行と言うよりも精神煉獄燃え盛りとも言える一種の拷問だ。頭の中が全部真っ白に変わって逝く。

 

「……あ、言峰」

 

 と、校門でバッタリ、言峰士人は衛宮士郎に出会った。

 

「衛宮か。……ふむ、相変わらず危機感皆無な奴だ」

 

「……いきなり何さ?」

 

 衛宮が言峰に反論する。唐突に、危機感皆無、と言われれば誰だって言い返したくもなる。

 

「サーヴァントも連れずに何を言っている。俺が悪意有る敵マスターなら確実に死んでるぞ」

 

「あのな言峰。こんな時間で、さらに人目もあるここでそんな暴挙に出る奴がいるか」

 

 そんな内容を士人に話す。しかし、呆れた感じで神父は魔術師未満の半人前マスターを視線で射る。そんな視線に晒された士郎は、そこはかとなく不安な気分にさせられた。

 

「手段など腐る程ある。魔眼などは良い例だ。精神を掌握して連れ去って殺してしまえばいい。それに間桐慎二の様な考え無しもいる。

 …全く、こうも無様だと監督役の俺でさえ口に出したくなる。お人好しな師匠もお前をほっとけない訳だ」

 

 やれやれ、とポーズを取る目の前の友人。相変わらずイラっと来る。

 ……が、どうやら此方を心配して言葉を掛けたみたいだ。そこまで悪い気はしないがムカつくモノはムカつく。

 

「ふん、こっちはこっちでちゃんと考えているんだ。言峰の心配なんて無用だぞ」

 

 だがしかし、士郎は素直になるのは癪だった。中学以来からの友人だが、なんと言うか例えると、気が合っても反りが合わないのだ。

 

「負けん気が強いのは良いが、男が拗ねても気色が悪いだけだぞ」

 

「―――気しょ…ッ!」

 

 中々に心を抉る言葉だ、神父の言葉は半人前魔術師にかなり効く。打ち抜く様な顔面ストレートな厭味。そして、ガビーン、と形容したくなる表情を浮かべる士郎。

 

「ず、随分と言うじゃないか言峰。それ以上言われたら俺も黙っていられないぞ」

 

 ピクピク顔を引き攣らせる。絞り出す様に声を出す。ついでに握り拳をつくっており、彼の手は震えている。

 ……簡単に言えば、頭にキている雰囲気だ。

 

「落ち着け衛宮。監督役に手を出すのは色々と拙いのではないか?」

 

 卑怯者だった。実に邪悪な男である。

 

「……うわあ。

 ここでそんなこと言うかよ、外道神父め」

 

「―――ふ。代行者は外道でないと務まらんさ」

 

 意味も無くニヒルに笑う外道神父。

 正義の味方として外道を良しと笑うこの神父、やはり無視できない巨悪である。もっとも、それは衛宮士郎個人の宿敵としての話だが。聖杯戦争が続く今日この頃。今はとても物騒な冬木、しかし朝の天気はとても清々しかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

――キンコンカンコーン――

 

 

 放送で鐘の音が校舎に響く。それは生徒と先生の憩いの時間を告げる音響、お昼休みの合図である。ガラガラワラワラと生徒たちが思い思いに騒いでいる。

 

「ヨウヨウ、コトミー。ヨウヨウ、コヨミー。弁当issyoに食べようZE!」

 

「凄まじいな、色々と」

 

 この後藤劾以、ラッパーになった様だ。実に度し難い。それと、キュッキュキュッキュ、とレコードを動かしている様な手の動きは非常に煩わしかった。果たしてどの様なテレビ番組を見て来たのか。…………まあ正直な話、直ぐに幾つかの予想が出来る口調だ。

 

「しかし、今日は弁当がないから学食だ。すまないな後藤」

 

「構わない構わない。キニスルナ、フゥ~?」

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 ……シ~ン、と固まる学生二人。そこには珍しく反応に困る士人と、反応され無いと反応しようが無い後藤がいた。

 

「――――――…………もう、学食に行くからな」

 

「OK、OK。アイムオーケー、髭剃ーりー」

 

「いや、何と言えば良いかアレだな、…お祭り好きはそこはかと無く精神が疲労する」

 

「ヒャッハ~」

 

「……―――(本当に何をテレビで見たのやら。……漫画も混ざっているのか? 前に借りたゲームの物真似も後藤はしていた事があったからな)」

 

 むむ、と何かと自分に懐いている目の前の友人の観察をする神父。昔の話、不良に絡まれている所を助けたと言うありがちな出来事があるのだが、とうの士人はさっぱり覚えていない。彼にとって人助けは殆んど習性になっており特に記憶に残るモノで無い。だがまあ、助けられた後藤は覚えており気分的には親分に懐く弟分だったりするが、是如何に。

 ついでに言峰士人は人助けと聖職者として完璧な態度で、若いのに頑張る人格者の神父として周囲の人々に知られたりする。

 その後、廊下を歩いて行き学食へと向かった。何を選んでも何となく肉の味がする大雑把な料理が出てくる穂群原学園の食堂に言峰士人はいた。

 食堂は混みまくっている。言峰は四人掛けのテーブルの端がたまたま空いていたのでそこに座ったところだった。だが同じテーブルに居た人も飯を食べ終えそうそうに席を立ち去って行ったので、今は広々と使う事が出来る。そして彼は今、日替わり定食とミニマーボー丼を食べている。勿論、麻婆豆腐には香辛料がたっぷり掛っているのだ。

 

「―――げ。空いてるのここだけなの。……座ってもいい、言峰?」

 

「沙条か。座りたいなら構わないぞ」

 

 嫌々に訊いてきた女生徒の名前は沙条綾香。見た目の印象は文学系メガネ少女、そして冬木市在住の魔女である。彼女は食事が乗ったトレーを運びながら、知り合いの神父と話をする為に対面の席を取った。

 

「……しかし、顔色が良くないね。神父さんの言峰じゃ、今の物騒な冬木は大変でしょうね」

 

 確かに疲労が溜まっていた。それなりに付き合いが有れば気付く変化だが、つまりそれに気付くと言う事はそれなりに付き合いがあるという訳だ。士人の肌の色は元々白く健康そうではないが、いつもより少し不健康そうになってる。

 メガネをキラリと輝かせた感じで、フッ、と魔女は神父を見て笑った。彼は飯を飲み込んだ後、溜め息をした後に彼女の方に口を開いた。

 

「まったく。分かっていて言うのだからお前も性格が悪い」

 

「はは。性格が悪いなんて、悪徳神父に言われると思わなかったわよ」

 

 お互い皮肉気に笑みを浮かべる。実は過去に付き合っていたりするが、周りの人間からは男女の関係だと誰にも気付かれてなかった。もっとも、それはとある人物を一人除いた場合であるが。それこそ噂も立つ事が無く、気が付けたのは一人だけだった。

 二人とも今はもう既に別れているが、どちらも余り気にしていない。別れても態度に変化無い当たり、割り切れているのが見て分かる。

 

「ほう、振った男の傷心に塩を平気で塗り込めるとは。相変わらず実に恐ろしい魔女だ」

 

「……あんたの胸で泣いたのは人生最大の恥ね」

 

 いやはや、全く以って消したい恥ずかしい記憶。それを見ながら士人は、ククク、と相変わらずな感じで笑っている。

 彼女も彼女で今も大事にしている記憶であるのだが、神父に自分を愛させられないと魔女が悟るのに時間が掛かってしまった。言わば好ましい人物で在る者の、それは結局過去の男であるのだ。

 

「そうだな。あれ程までに可愛らしい生き物がいるとは思わなかったぞ」

 

「―――――――……」

 

 ムスリとした顔で目の前の言峰を睨む沙条。

 

「そう拗ねるな。お前は俺の師匠と違ってまだまだ可愛げが残っている」

 

 魔女と神父、思えば中々に歪な関係でアンバランスだ。それに魔女の方は大窯でグツグツ煮込む系の魔術を使う魔術師であり、神父は現役代行者活動中の異端審問官で魔女狩り大好き組織のエリートだ。神父と魔女はお昼ご飯の学食を淡々と食べながらも会話を続けていった。

 

「まあ、色々と俺は助けられたからな。教会の庭園は最たるもの。あれはかなり最初がシビアだった」

 

「内の家業は世知辛いからねぇ。……あー、ホント面倒くさいよ」

 

 一度、冬木の魔導に関わる家を全てまわった事が言峰士人にはあった。それは土地管理の告知云々が目的の挨拶回り。沙条綾香としては教会の戦闘集団、それも化け物どもに殺し屋と畏怖される異端審問官が突然訪れたらパニックとなる。それもその代行者が学校の知り合いなら猶更だった。

 二人が初めて出会ったのは小学生の頃。色々あって付き合い始めた中学時代。恋人関係が破局したのが高校2年になる少し前。若気の至りはとても恐ろしい。

 言峰士人が製造している愛用の煙草、それの原料は彼女のモノが大元になっていたりする。魔術薬品、略して魔薬は士人が綾香のワザを盗んで造っていたのだ。葡萄酒などの魔術品もそれらに当たる。そして、勿論の事だが魔術師の基本は等価交換。言峰士人も沙条綾香から実にイロイロと絞り取られてたりするのだが。

 

「お前の飯は山菜の蕎麦か。今も昔も好物は変わらないモノだな」

 

「そういう言峰はゲテモノマーボー。そのうち血液が麻婆豆腐になるんじゃないかしら。まあ、脳みそは当の昔に全部泰山製に変わってそうだけどね」

 

 久方ぶり、とまでは言わないが二人が会話をするのは数日ぶりだ。そしてこのトゲトゲしい感じがいつも通りの雰囲気である。

 数分間、特に如何こうある訳でもなく話をしながら食を進める沙条と言峰。だがそこに一つの影が入った。

 

「沙条さんに士人じゃない。二人ともなんで揃ってるの?」

 

「「偶々よ/偶然だ」」

 

 遠坂凛が学食に来ていた。噂をすれば影をさす、とはこの事だろう。学校のマスターを捜しており、その序で昼飯目当てにここに訪れただけだった。ここの学食では余り食べには来ないし、パンを買いに来るくらいだが知人の二人がそこに居た為、声を掛けたという訳だ。

 

「なんで座るのよ、遠坂凛」

 

 隣の席に座った凛に綾香が声を掛けた。テーブルの上には彼女が買って持って来たのであろうパンと紅茶のペットボトルが置かれている。

 

「まあいいじゃない、沙条さん。……それよりも、とっとと腕見せなさい」

 

「……………疑ってるの?」

 

「ええ、勿論」

 

 沙条の目の前にはイライラが溜まりに溜まった遠坂スマイルがある。“怖ッ!”とそれを見て思い、声に出しそうになるが何とか抑える。

 笑う遠坂凛を見て彼女は内心かなり引いているが、魔女は面倒はとっとと終わらせたいので、さっさと袖を捲って見せることにする。

 

「はいはい。ほら、良く確認して」

 

「無いわね。うん、ありがと」

 

 令呪の気配もゼロ、それに加え肉眼でも確認出来ず。これで結論は一つ、凛は彼女を候補から外した。

 

「でも、何でこんな所に来てるの。三枝さんにご飯、誘われてじゃない?」

 

「――――……何。師匠は三枝さんの誘いを反故にしてここに来ていたのか」

 

 綾香は凛が教室で三枝由紀香に昼時間に誘われているのを見ていた。言峰士人と三枝由紀香、接点が無い様に見えるが実は結構な知り合いだったりする。彼女には強力な霊視能力があり、彼は偶々その相談をボランティアで受けていたことがあったのだ。

 ……もしかしたらだが、彼女は街でピョンピョン飛んだり跳ねたりする霊体化したサーヴァントを見ているかもしれない。実にホラーだ、トラウマになる。

 

「ええ。馴れ合い過ぎるのもアレだから断ってきたのだけど……――――なによ、その目?」

 

 しら~、とした目で遠坂を見る魔女と神父。

 

「―――………………可哀想に、三枝さん。

 こんなレッドデビルと仲良くなりたいなんて、ホント健気ね。遠坂とじゃ比べモノにならない良い娘‥…………っ」

 

 胡散臭く両目を抑える魔女。メガネを態々取り外して、クッ、とでも言いたげな感じだ。

 

「――良いか、沙条。この野良悪魔と三枝さんを比べるなど、そもそもあってはならない事だぞ。

 だが話を聞くと本当に健気だな。このあくまに根気良く誘いを掛けてやるなどそうそう出来る事ではない。今度、弟子として俺が礼を言いに行くとしようか……‥」

 

 同じ様、胡散臭く両手を合わせて祈りのポーズを取る神父。黒い両目が、悔い改めよ、と語っている。

 

「―――へぇえ、そう。二人揃ってそう言うんだ、ふぅん。じゃあさ、今から言う三つの事はアナタたちの未来に起こる唯の現実。

 ―――苦しみ悶えて呪殺されるか、凍え震えて凍死するか、業火に灯されて焼殺されるのか。

 わたしはとても慈悲深いの、アナタたちには死に方くらい選ばせて上げるわ。うふふふふふふ………フフッ…………」

 

 そして最後には、怖いくらい朗らかな笑いを浮かべる“あかいあくま”がいた。

 

 

◆◆◆

 

 

 時間は放課後も過ぎた夜。言峰士人は教会で監督役として職務を果たしている頃合だろうか。遠坂凛と衛宮士郎、そして彼のサーヴァントであるセイバーは闇討ちを決行しようと、道路でとある男性教員を待ち伏せていた。此処一帯には防音結界が張られており、銃撃戦が起きようともミサイルが落ちようとも周りからは見られない限り気付かれない。

 凛のサーヴァントであるアーチャーは連れて来られてなく、いるサーヴァントはセイバーだけ。

 

「―――遅いわね」

 

「いや、遠坂が葛木先生の残業を仕組んだんだろ」

 

「~~~~~~~」

 

「……凛。殺気が漏れています。つまりバレます。取り敢えず、落ち着いてください」

 

 それを聞いた凛は恨めし気にセイバーを見る。

 

「セイバーの裏切り者。今宵は我が魔剣が血に飢えておるわ、って感じだったのに」

 

「何処の人斬りですか、何処の。………って、私の宝具は魔剣じゃありませんよ!」

 

「………落ち着け、な。分かるか? 二人とも」

 

「「あ、はい」」

 

 友人の一人に似ている士郎のデッドリィスマイル。それを見た遠坂凛とセイバーは謝る事にした。夜の街は音が良く響く、これでバレたらお笑い者だ。まあ、辺りの気配が零のため三人は会話をしている。そもそも結界もありバレる心配はないのだ。士郎が言いたいのは、気を抜くのも程々に、と言う感じだ。勿論、セイバーは凛のトバッチリである。

 ―――と、そんなこんなで数十分後。

 

「「「―――………………………」」」

 

 沈黙に包まれる三人。

 

「―――――遠坂」

 

「………なによ」

 

 士郎が残念そうな目で、凛を残念なモノを見る様に言う。

 

「もしかして、うっか――」

 

「――シャラップ。それ以上言ったら、命はないわよ」

 

「…………なんでさ」

 

 と、世の不条理を嘆く正義の味方。ああ―――今日も、月が綺麗だ。

 

「あ、葛木先生、来たみたい。道はここで当たってたようね。

 ………それと衛宮くん、空なんて見上げてないで集中してくださらない?」

 

 と、遠くから人の気配。凛は各感覚を強化しており、街頭の下に人影を確認する。そして、それを察知した後に彼女は、月を遠い眼で眺める士郎を見てそんな事を言った。衛宮士郎のサーヴァントであるセイバーは、そんな主と同盟者のやり取りを見ている。

 

「(―――凛。それは流石に私もどうかと思うのですが……)」

 

「――――わかった……」

 

 士郎がそう言って、隠れる為に体を壁際に寄せた。

 

「(―――士郎。貴方と言う人は………っ)」

 

 自分もそうだったが、マスターも苦労人な様だ。サーヴァントは召喚者と似た者が呼ばれると言われるが、こんな所が似ていなくても、と思わなくもないセイバーだった。

 

「――さ、お喋りはここまで。気合い入れて挑むわよ」

 

 お遊びもこれで一区切り。これからは命が掛かった戦場へと入り込む。そして、遠坂凛の一言で三人に流れる空気が変わった。そこには誰もいないと感じてしまう程の静寂。

 

「――遠坂、絶対に()るなよ。……主に、うっかりで」

 

 最後だけボソリを聞こえないように注意して呟く。普通の人間には絶対に聞き取れないほど、小さい音量であった。

 

「衛宮くん。ちゃんと聞こえていますから」

 

 気合いが入りまくっている遠坂凛に注意をした士郎だったが、思ってしまった事を最後に口に出してしまったのが仇となった。士郎にとって残念な事だが、凛の耳は魔術で強化されたままだ。小さい声でも聞こえていて当然だった。

 

「さあて、一仕事やりますか――――」

 

 固まっている衛宮を余所に遠坂凛は、指先を葛木宗一郎へと向ける。

 ―――ガンド。もっとも単純な魔術とされる呪い。

 本来のガンドは対象の身体活動を低下させる魔術だが、遠坂凛の魔術は呪いを掛けると同時に物理的破壊能力を持つ。彼女のソレは呪殺と銃殺を併せ持つ魔弾たる呪いで、人をものの一秒でハチの巣にする機関銃の様を見せる。

 つまるところ呪うより先に破壊するのだ。強力な呪詛が物理干渉を引き起こす。そして体に少しでも掠れば生命維持を阻害する。

 しかし、今回は手加減をしている。本気のガンドは暗黒ビームにしか見えないので、黒いモヤの様にスローで撃たれたガンドは全力で手加減されている事だろう。

 

「あ、やば」

 

 パキュン、と音を出して発射されたガンド。それは何の反応も見せない葛木の後頭部へと、そのまま向かい―――

 

「―――ほう」

 

 ―――寸前。突如中空の出現した布切れに無効化される。

 そして、呪いの直撃する筈だった男はそんな最初から分かっていた様な声を漏らして、襲撃してきた者たちを見る。

 

「遠坂……!」

 

 見覚えのあるソレ。衛宮士郎はアーチャーに斬られた夜を思い出す。

 

「忠告した筈ですよ宗一郎。このような事になるから、貴方は柳洞寺に留まるべきだと」

 

 空間転移。現代では純粋な転移(ソレ)は魔法とされる。神秘(ソレ)をいとも簡単に体現し、いつかの魔女が現れていた。

 

「そうでもない。実際に獲物は釣れた」

 

「そうね。あまり大きな魚ではなさそうだけど、大量である事は間違いないわ。――――さあ。そこから出てきなさい、莫迦な魔術師さん」

 

 ここまで来てしまえば逃げるのは非常に困難。もっとも、街の人間を喰らうキャスターとそのマスターがいるのなら、衛宮士郎は元より管理者である遠坂凛も戦うだけだ。それにここはキャスターの陣地である柳洞寺では無いので好機でもある。

 

「出てこないの? 残念ね、顔ぐらいが見ておきたかったのですけど」

 

 魔女が隠れている者たちを、臆病者、と蔑む。

 

「―――ちっ……なんて嫌味な狸、素性なんてもう判ってるクセに。良くああも口が開くわね」

 

 物陰に隠れている凛が毒ずく。それが聞こえているのか、キャスターは面白そうに口を開く。

 

「三秒あげるわお嬢さん。それで、貴女がした事をそのまましてあげましょう」

 

 そう言って手の平を向ける。しかし同じ事と言えど、同じ威力にするつもりなど欠片も無いのは見え見えだ。

 やるのならここら一帯を壊滅させる。あれはそう言う魔女だ。

 

「衛宮くん、合図と同時にヤるわよ。セイバー、準備はいい?」

 

 好戦的な目をする遠坂凛。それにセイバーは、コクン、と頷く。しかし―――

 

「……すまん。それは後にしてくれ、遠坂」

 

 ―――衛宮士郎はそう言って、木刀を下げたまま交差点へと出る。

 

「ちょっ、士郎――――――!」

 

 我慢出来ず凛も飛び出してしまう。彼女の性分は実に厄介で、彼の様な鉄砲玉は放っておけないのだ。

 

「あら。意外ね、少しは物分かりが良くなったのかしら、坊や」

 

「遠坂と衛宮か。間桐だけでなくおまえたちまでマスターとはな。魔術師とはいえ、因果な運命だ」

 

 彼らとの距離は十mと言ったところ。近づくよりキャスターの指先の方が如何考えても早い。

 士郎はそれを承知で姿を現した。理由は一つ、キャスターが守っている葛木宗一郎の正体を確かめる為であった。

 

「どうした衛宮。話があるのではないか」

 

「―――……葛木。あんた、キャスターに操られているのか?」

 

 いつもと変わらない態度。戦い抜く、という雰囲気は一切無い。

 彼はキャスターのマスターが、アーチャーが言っていた様に操られているだけと言う可能性がある。それを明らかにせぬ限り、彼は目の前の教師と戦えない。

 

「――――うるさい坊や。殺してしまおうかしら」

 

 殺気を帯びる魔女。脅しではない殺意が形を得た言葉。

 

「待て。その質問の出所はなんだ、衛宮。疑問には理由がある筈だ、言ってみるがいい」

 

 キャスターの暗い殺気が士郎へと向かい続けている。下手な事を言えば殺す、と簡単に判る威圧感。

 それを耐えて、声を出す。

 

「―――アンタがどうやってマスターになったかは知らない。けど、アンタはマトモな人間だろ。ならキャスターがやっている事を見逃している筈が無い。

 だっていうのに見逃しているってことは、アンタは知らないんじゃないかっておもっただけだ」

 

「キャスターがやっている事だと?」

 

「………ああ。そいつは柳洞寺に巣を張って、街中の人間から魔力を集めている。ここ最近連続している昏睡事件は全部そいつの仕業だ」

 

「―――――――」

 

「今までも、そしてこれからも犠牲者は増え続ける。キャスターが魔力を吸い続ける限り、いずれ死んでしまう人間だって出てくるだろう。

 …………そいつは、街の人間は生贄だって言った。取り返しのつかない事になるのは、そう先の事じゃない」

 

「なるほど、そういう事か。通常、善良な人間ならばキャスターを放置できない。

 にも拘わらず、マスターである私がキャスターを放置しているのは、彼女に操られているからだと考えた訳だな」

 

 士郎と葛木の会話。それを聞いていた凛は悪寒を感じた。葛木宗一郎、アレの声には何の感情も伝わってこない。自身のサーヴァントがやっていた事を知らないならば、それなりに反応して良い筈。知っているならば、人の傷みに興味が無いと言う事だ。

 

「……ああ。もしアンタがキャスターの行為を知っていて放っておいているなら、アンタはただの殺人鬼だ。俺も容赦はしない。けど操られているなら話は別だ。俺たちはキャスターだけを倒す」

 

「いや。今の話は初耳だ」

 

 そう確固たる意思で断言した。

 

「――――――ふぅ」

 

 安堵する士郎。しかし、凛とセイバーは敵を見る目で間合いを窺っている。

 

「だが衛宮。キャスターの行いは、そう悪い物なのか」

 

 ―――そんな言葉を、葛木宗一郎は声に出した。

 

「なん、だって……?」

 

「他人が何人死のうが私には関わりがない事だ。加えてキャスターは命までは取っていない。

 ……まったく、随分と半端な事をしているのだなキャスター。そこまでするなら、一息で根こそぎ奪った方がよいだろうに」

 

「な―――――――。

 無関係な人間を巻き込むつもりか・・・・!!」

 

「全ての人間は無関係だが。・・・まあ、私が何者であるかはそちらで言い当てただろう。私は魔術師などではない。

 ―――ただの、そこいらにいる朽ち果てた殺人鬼だよ」

 

 そして彼は下がった。キャスターの背後に位置を移動し、その陰から流し見る。

 

「キャスターの傀儡というのは当たっているがな。

 私は聖杯戦争など知らん。キャスターが殺し、おまえたちが殺し合うというのなら傍観するだけだ。もっとも――私も自分の命が一番可愛い。キャスターが何を企もうとも知らぬ。私はただ、私を阻むモノを殺すだけだ。

 ――――では好きにしろキャスター。生かすも殺すもお前の自由だ」

 

 

 

 ――――開戦。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 眼前で行われたモノは、果たして何だったのだろうか。

 

「そんな、ばかな」

 

 思わず、とそんな感じに呟くのは士郎だった。見たものは自分の常識がガラガラと音を立てて崩れ消える光景。

 ―――ソレは、セイバーを打破する鬼人の姿。

 セイバーの剣戟を手と足で固定し停止させる。そこからカウンターの打撃。そして、もうセイバーは術中に嵌まってしまった。

 葛木宗一郎からすれば、無策のまま斬り掛って来たセイバーは、口を空けた大蛇の胃袋に飛ぶ込む愚者に映った事だろう。

 マスターと、自分より弱い相手だと、そう侮り撃破された。それは亜神とさえ定義される英霊が、強化魔術を掛けただけの生身の人間に倒されると言う現実。

 最後には首を掴み抉られ、頭から地面へと“片手”で放り投げられた。バウンドを何度も繰り返し、壁へと衝突するセイバー。時速200kmを超える速度で、体中を打たれ続け――――

 

 ――――彼女の体は、活動停止を余儀なくされた。

 

「―――――――――」

 

 その光景を、茫然と見ていたのは衛宮士郎と遠坂凛だけでは無かった。本来勝ち誇るべきキャスターでさえ茫然と、セイバーのサーヴァントを圧倒しそのまま倒してしまった自らの主を凝視していた。

 

「マスターの役割は後方支援と決めつけるのはいいがな」

 

 振り返る痩躯―――葛木総一郎。彼の右手からは、セイバーの首から毟り取った紅い血が滴り落ちる。

 

「例外は常に存在する。私のように、前に出るしか能の無いマスターもいると言う事だ」

 

 後方支援(マスター)戦闘担当(サーヴァント)の役割が真逆なのだ。サーヴァントであるキャスターが後方で、マスターである葛木宗一郎が前方に出て戦闘を行うスタイル。

 

「何をしているキャスター。事前に言っておいただろう。後方支援をするなら、敵の飛び道具は始末しておけと」

 

 自身のマスターの言葉。魔術師であり戦士では無いキャスターから見てもその言葉は戦術的に正しい。しかし、考え込むように、セイバーを魔女は見続ける。

 

「どうしたキャスター。好きにしていい、と言ったが」

 

「――――いえ、セイバーは私が手を下します。宗一郎、貴方は残ったマスターを」

 

 それに無言で頷き、遠坂と衛宮の方へと足を向ける。背後に居るキャスターは倒れ伏したセイバーへと向き直した。

 

「―――上等。セイバーは油断して面食らったけど、あいつのタネは判っている。要は近づかれる前に倒せばいいんでしょ」

 

 魔術師と戦士の戦いは距離との戦いだ。どれほど格闘能力が強かろうと、葛木宗一郎には対魔力が存在しない。

 故に、放てば勝てる。近づかれる前に呪文を組み立てれば、遠坂凛の勝ちとなる。

 

 

 ―――そうであったのだが、体がブレた瞬間、その痩躯は遠坂凛の目の前にあった。

 

 

「―――――!?」

 

 驚愕するは衛宮士郎。遠坂の前に割って入ろうとした刹那の事。

 一瞬で間合いを詰める毒蛇は既に移動を完了させていた。そして魔術師、遠坂凛に迫る毒手。毒の如き連撃と一撃必殺の暗殺術が魔術師の眼前にくる。

 ――それを彼女は、トン、と手の甲で軌道を逸らした。

 唯の魔術師に出来る芸当では無い。素人ならば気付けば死んでいるだろう、そんな絶技たる暗殺術。

目の前の少女に防がれたのは驚愕すべきコト、しかしその程度で動揺する葛木宗一郎ではない。彼の技は初見必殺を可能とする暗殺の極み。そう、彼の拳法は初見にのみ強さを持つ暗殺拳なのだ。

 

「――――――」

 

 無言で繰り出されるは蛇の如く唸り狂う魔拳。セイバーを喰らった様に毒々しい禍々しさを持つ殺人の技。次々に打ち込まれていく暗殺者の拳。

 

「フッ、ハッ!」

 

 ―――しかし、遠坂凛は魔拳を捌いていた。

 片腕で繰り出される拳を強化した肉体で迎撃し続ける。先程の言葉はブラフだった。近づかれれば殺されるなどと、弟子と拳で何度も殺し合った凛にとって嘘もいいところ。

 一回二回三回四回―――――と段々と数を一瞬の内に積み重ねて行く、遠坂凛の二つの拳に葛木宗一郎の一つ拳。

 

「――――――」

 

「―――はっ、せいやっ!」

 

 発展途上である套路。

 今の彼女では拳は届かない。攻撃は叶わないだろう。

 限界まで強化した目でさえ霞んで見える、いや目視が叶わないソレは遠坂凛にとって死神の鎌であり、葛木宗一郎は死神だ。

 セイバーを撃破した時と同じ、暗殺者の拳法は“型”に嵌まった様なカタチを持っている。日本の独特な古流拳法に良く似たそれは、しかし彼女には届いていなかった。

 防戦一方ではある。だがセイバーがやられたのを目の前で見れた為、その経験が遠坂凛に幸いしていた。

 

「……良く粘る、遠坂。魔術師が拳で語るか」

 

 らしく無く、キャスターのマスターは戦闘中に言葉を発した。まるで敵を探る様に、隙を抉る様に、言葉さえ蛇の様に静かに凛の心の内に入り込む。

 

「ふん。―――アンタこそ、クンフーがまだまだね」

 

 ―――そして、無音で凛の目の前から相手が掻き消えた。

 その言葉が皮きりだったのか、一瞬で後退する魔拳の主。距離にして数mと言う所か。あまり長い距離では無いが、唯の達人が可能とする動きとは思えない魔速。それは一線を超える事が出来た魔人の動き。

 

「だが――――」

 

 ワンフレーズだけ声を発する。そして凛の視界から、魔人が消えた。

 毒蛇の速さはさらに加速していた。文字通り“目にも映らぬ”速さ。非常識に生きる魔術師である遠坂凛にとっても、息を飲んでしまう程。

 ―――そして、ガンと鈍く響く音。拳が抉り込まれた人の体が壊れた音。

 

「――――まだまだ未熟」

 

 一瞬で死角に潜り、接近する葛木宗一郎。力ませる様に溜められた右腕から、不可視の拳が放たれる。そして魔拳で凛の体を打ち込んだ後、毒蛇は魔術師にそんな言葉を投げ掛けた。まだまだ未熟、だと。

 

「――――…か、あぐ……っ!」

 

 ガン、と胸の中心を点欠され呼吸を止められる凛。これは二重の意味でピンチである。

 鍛えたのは中華拳法であり、魔術の詠唱をスムーズにする呼吸法も凛は我流であるが修得している。しかし、その呪文詠唱も封じられ、中国武術の基本である呼吸を止められた。魔拳から凛の全身を衝撃が走り抜け、体が硬直する。

 隙を見て撃とうとして準備していた魔力も、自分が魔術を放てなければ意味が無い。衝撃で固まる体では宝石を投げることも叶わない。

 

「ふん。距離を離した事に動揺したな、遠坂。どうして魔術師の領域に、とな」

 

 そのまま圧殺出来るだろう葛木が距離を離し、魔術を使うのに丁度良い距離となった。その事に動揺した凛は、ほんの一瞬だけだが隙を造ってしまった。その死角に入り込まれ、金剛と化した剛腕で体を穿たれてしまったのだった。

 しかしそれでも、凛は僅かばかり後退をし、必殺されるのを防いでいた。

 

「しっ――――――!」

 

 捨て台詞を放つ葛木、その隙だらけの姿。遠坂と毒蛇の間に士郎は入り込み、強化した木刀で殴り掛る。

 

「なっ……!?」

 

 だが、この暗殺者が戦場で隙を見せるなど有り得ない。遠坂凛を殺そうとすれば、その隙に衛宮士郎に殺されるかもしれない。ならばと、自分から隙を見せカウンターでコメカミを砕いてやろう、と蛇は考えていた。

 ―――衛宮士郎へ目視が叶わない魔拳が迫る。

 

「ッ――――、ぐ――――!」

 

 葛木の迎撃に、衛宮は木刀を合わせる。そして木刀は、バン、と破壊された。それなのに士郎の眼前には、次弾をもう放っている毒蛇の拳。余りにも、異常なまでに素早い拳の動き。

 ――――死ぬ。と、彼は直感する。

 木刀の強度は鉄と同等だ。それを容易く砕く拳が打ち込まれれば、自分の体は粉砕される。

 ――――止められない。と、彼は実感する。

 背後には苦しげに、しかし此方を見る遠坂の気配。蛇の拳は目に止まらず、唯一の武器を破壊された。的確に狙ってくるソレで、鉄槌で頭を砕かれた様に衛宮士郎は死ぬだろう。

 ――――止められないと、死ぬ。と、彼は思考する。

 武器だ。武器が有ればいい。余りにも離れている実力の溝を埋める為に、強い武器がいる。

 ――――止められなければ、死んでしまう。と、彼は結論する。

 武器。こいつに壊されない強い武器が要る。急造では無く鍛え抜かれた強力な武器。それも極上、分不相応な剣。あいつが持っていたような武器なら、きっと―――――

 

「―――投影(トレース)開始(オン)

 

 ならば作れ、と士郎は自分の魔術回路に撃鉄を振り下す!

 

「へ、投影? うそ……!?」

 

 士郎の後ろに居る凛が声を上げる。衛宮士郎の両手には遠坂凛のサーヴァントが愛用する双剣の姿。暗殺者の拳を金属音と共に弾いた。

 ―――陽剣干将、陰剣莫耶が存在した。

 遠坂凛は有り得ないその光景、衛宮士郎と葛木宗一郎の戦いを見続ける。

 ぬっ、とくぐもった声を出すのは彼を殺そうとしていた葛木宗一郎。そして、それを防ぐ事に成功したのは陰陽の双剣を投影し両手に持つ衛宮士郎だった。

 毒手たる左腕と串し刺し針たる右腕。

 葛木から繰り出される左の魔拳は、どれもが目視されない独特な動きで衛宮を襲い――――直角に曲がり、婉曲し、直線を打つ。

 ―――しかし彼はその悉くを双剣で捌き切っていた。

 ガキィンガキィン、とまるで鉄槌と鉄槌を叩き合わせた様な音。打ったと思えば、既にまた打ち放っている蛇の拳。自ら意図的に隙を作り出し、拳を誘い迎撃し反撃せんとする双剣。

 

「―――――――っ!」

 

「―――――――――」

 

 嵐の如く交差し続ける三本の閃光。葛木宗一郎は元々の能力の高さに加え、キャスターから魔術で強化の加護を受けている。一つ一つが人間相手ならば必殺の拳であり、英霊にダメージを与える。

 ―――何度も何度も打ちあう双剣と毒手。

 双剣を握る士郎は普段とは段違いの身体能力だ。筋力も反射速度も上昇しており、進化した自分の肉体と投影した双剣で迎撃し、鉄拳と斬り合いをし続ける。拳が双剣と衝突する度に、投影した刃が軋む。

 如何してか、それを見て今にも壊れそうだと衛宮士郎は思ってしまった。その次の瞬間、鈍くけたたましい音でガギィンと剣が崩れ消える光景。想像が現実となり、士郎の背筋が凍りつく。

 轟音を立てて崩れ消える双剣、干将と莫耶。溜めに溜められたアンカーである右の拳が放たれ、双剣で防いだがソレごと粉砕される。

 

「ぐっ――――――!」

 

「―――――――――」

 

 衝撃と共に間合いが離れる。三十ものの殴り合い、斬り合った。しかし決着はつかず。

 

「…………」

 

 突如現れた双剣が予想外だったのか、初めて躊躇らしきものをみせる葛木宗一郎。

 ――と、その時。強い風が交差点で巻き起こった。

 

「セイバー……!」

 

 ランクAを誇る対魔力を持つセイバーを、キャスターでは倒せない。何かしらの策は有ったのかもしれないが、如何やら失策に終わったみたいだ。ここの戦場で勝ちを得るなら、キャスターはマスターたちを始末すれば良かった。

 

「――――――――」

 

 無言で退く葛木。復活したセイバーからキャスターを守るように庇い立ち、

 

「ここまでだ。退くぞキャスター」

 

 と、的確な判断を下す。

 

「マスター………!? いいえ、セイバーは手負いです、貴方なら先程のように――――――――」

 

「二度通じる相手ではない。侮ったのは私の方だったな。

 あと一芸、手を凝らすべきだった」

 

 彼の判断は正しい。セイバーを窮地に追い込む事が出来たのは、その技があまりにも奇異だった為。しかしセイバーはもう慣れてしまい、“初めて視る技”では無くなってしまっている。それにキャスターと葛木宗一郎にとって、今回の戦闘は絶対に勝たなくてはならない戦いでもない。

 戦法の極意とは形が無い事。強力ではあるがあまりに特殊な拳法であり、見切られやすい。

 ――初見、故に必殺。

 芸術にまで磨き上げられた“技”と、極限にまで鍛え上げられた“業”の違いが、そこにはあった。

 

「………分かりましたわ宗一郎。

 ええ、サーヴァントである以上、マスターの命令には従わないといけませんものね」

 

 当て付けの様なセリフ、キャスターは大きくローブを翻す。

 そして、その後には何も無い。紫紺のローブは彼らを包み込んだ後、それこそ魔法の如く消え去ってしまう。

 ―――そして街には、静か過ぎる静寂が戻って来たのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 交差点に残される三人、マスター二人にサーヴァント一体。学校に潜むマスターを特定出来たは良かったが、遠坂凛と衛宮士郎とセイバーの三人は絶好の機会を逃してしまう結果となった。。

 

「……やられた。いくらなんでも、こうなったら葛木は柳洞寺から下りて来ない」

 

 遠坂凛が心底悔しそうに、声を漏らした。襲撃は失敗に終わり、敵は籠城戦を選ぶであろう。戦において武装した砦に籠る敵を落すには相手より何倍の戦力が必要となり、そして優秀な門番もいる。実に厄介だ。

 ―――会話を続ける三人。

 しかし遠坂凛は、結構怖い顔で衛宮士郎に有る事を問い質す。

 

「衛宮くん。聞きたい事が、一つ、あるんだけど?」

 

「……な、なにさ」

 

 半目で睨みつけてくる凛は中々に迫力がある。そして、言葉を一つ一つ切らないで欲しい、と彼は思った。威圧感が増してさらに怖くなる。

 

「わたしが強化しか使えないって、聞いてたんだけどなあ~。なのにあんたは投影魔術、それも実践に使える宝具を造ちゃうんだもの。それもわたしのアーチャーの宝具だなんて、見た時は本当に驚いたわ~。

 ――――あんたはわたしを甞めてる訳? ねえ、わたしが言ったコト、ちゃんと聞いてるの?」

 

 炎獄を纏って笑う悪魔(あかいあくま)が、そこにいた。

 

「え………いや。俺が使えるのは強化だけって言ったのは、投影は実践じゃ全く役に立たなかったからなんだ。

 いつもだったら、投影したところで中身が空っぽになってて使い物にならないから―――」

 

 自分でも驚いてる、と彼は言った。そして彼は目の前の怒れる恐怖の大王(あかいあくま)を怯えが入った眼で見る。

 

「………ま、嘘は言ってないようね。虚言の罪は重いけど許してあげる」

 

 ああ許して貰えてよかった、と本気で思う半人前魔術師が一人。それはアーチャーを震え上がらせる程の悪魔オーラで、隣のサーヴァントも気の毒そうに自分のマスターを見ていた。サーヴァントさえビビらせるオーラなのだ、士郎が感じる圧迫感は押して測るべし。

 

「ふーん。でも、あんたの投影魔術は士人にそっくりね」

 

「言峰の?」

 

 士郎がそれに反射するよう聞いた。言峰士人の投影魔術と自分の投影魔術。果たしてソレの一致は偶然なのか、それとも必然か。

 

「ええ。彼も投影魔術を一番得意にしているの。だけどアイツの投影は、普通の投影魔術とは魔術理論が大本から違うん…だけ……ど………。

 ―――――――まさか。……そういうこと…………?」

 

 そこには顔を青くする魔術師―――遠坂凛がいた。信じられない何か、それも驚愕ではなく畏怖すべきモノを見詰めるような、そんな震える眼で衛宮士郎を見ていた。

 

「――……遠坂?」

 

「―――――――――」

 

 顔を手で隠し、心ここに有らずといった雰囲気。

 

「―――凛。大丈夫ですか?」

 

 セイバーが、ポン、と彼女の肩を叩く。

 

「……あ、うん、ごめんなさい。

 ――――………そうよ、ね。有り得ないことを考えても仕様がないし、もしそうだとしても如何しようもないコトだもの」

 

 良くない事でも思いついたのか、固まっていた凛だが元の状態に戻ったみたいだ。そんな遠坂を見ていた士郎も聞きたいコトがあり、興味も多分にあったので聞いてみることにした。

 

「遠坂、葛木と良く殴り合えたな。中国武術、それも絶招だなんて驚いたぞ」

 

 遠坂凛が見せたモノは、達人と呼べる領域。

 敵を砕く気迫がある遠坂凛の拳法。人を殺すには十分な能力を持つ本物の殺人拳だ。しかしそれでいて、武術の本道を外していない真っ直ぐな拳でもある。

 

「ええ、兄弟子の綺礼が使っていてね。それで習い始めたんだけど、弟子の士人も習い初めてお互いに鍛錬していたら何時の間にか、って感じ。もっとも、目標の綺礼の打倒は士人に先を越されちゃったけど。

 ―――て、そもそも士郎だって双剣の達人でしょ。あんなに錬度があるなんて、毎日休まず鍛えていたのね。投影もそうだけどソッチも驚いたわ」

 

 なんでかアーチャーにそっくりだったけど、と言う遠坂凛。

 双剣は中華拳法に通じる所があり、陽剣干将と陰剣莫耶は中華刀だ。凛としても、見ていた衛宮士郎の剣術にはかなり感心した。アーチャーと似た感じの我流の動きだったが、見惚れてしまう鈍い輝きが小さくともあったのだ。

 

「………え。双剣は今日、初めて振ったんだけど」

 

「―――え。初めて……………?」

 

「ああ、初めて」

 

「―――…………本気で解剖してやろうかしら?」

 

「聞こえてるぞ、遠坂。怖いから真剣な顔で悩まないでくれ」

 

 ボソリ、とそう呟き、それが衛宮士郎の耳に入る。

 そして剣士であるセイバーとしても先程のマスターの言葉は看過できないものがあった。自分のマスターでありながらアーチャーの双剣でアーチャーの剣術で、自分を倒した鬼神を撃退したようだ。それも初めて剣を振るって、だ。

 これは詳しく問い質さないと、とセイバーはマスターを見てそう考えた。ああ二重の意味で許し難い、この何とも言えぬ屈辱感。

 

「―――シロウ。帰ったら聞きたいことが沢山あります、主に道場で」

 

「え、あのセイバーさん………?」

 

 彼らは会話もそこそこ、夜の闇も深く帰るコトを決めた。

 聖杯戦争は進展を続ける。新たに明らかになる敵はサーヴァント・キャスター、そしてキャスターのマスター・葛木宗一郎。他にも敵は数多い。

 聖杯の降霊も時が進むにつれ、激戦の時も近づいていくのであった。




 ここの凛の総合的な強さは第四次聖杯戦争のケイネスさんより強いです。宝石の全力投球な魔力砲で即死しますし、彼の礼装を強化状態なら結構楽に避けます。関係ないこの作品だけの裏設定ですけど、宝石魔術であれば凛には衛宮切嗣の起源弾は効きません。令呪と同じで魔力源が違いますので、回路に干渉できない感じです。ですので相性もあり、本気で真正面から戦えばキリツグに凛は勝てる可能性があります。威力の弱い銃だと魔力障壁で防げますし。宝石強化だと銃弾避けれますし。
 遠坂凛は聖杯戦争の為に弟子と共に修練を重ね、平均的な執行者や代行者より強い、実践指向の才能豊かな魔術師なのです。
 士人に馬鹿にされて強くなった凛の格闘能力は、綺礼やバゼットや宗一郎などの化け物クラスたちと短時間なら殴り合える強さです(凛だけは身体強化有り。宝石では無い)。宝石での強化ならば勝てる可能性が出てきますが、相手も強化魔術を使ってくると負けます。魔術も道具も何でも有りな総合的な戦いだとまた話が変わってきますが、葛木さんの強さは凄まじいと思う作者です。
 それと凛が宗一郎と殴り合えたのは、セイバーがやられたのを見て、型を覚えられたからです。士人が鍛錬の時、実践では如何かと、試しで動きを変えるので、型の動きを見切るのはそれなりに慣れている感じで。まあ身体能力や戦法や技術が未熟なため、彼に勝てる道理はなかったのですが。

 それと、改訂前は沙条と主人公が付き合っている事を誰にも露見していないことにしましたが、少し設定に矛盾点が出てしまったので、一人だけ知っている事に成りました。すいません。

 では読んで頂き有り難う御座いました。

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