神父と聖杯戦争   作:サイトー

33 / 116
 宇宙最強のエンジニアとかサーヴァントにしてみたいこの頃。作者は小学一年の時からバイオハザードで時間を潰し、エイリアンも結構見ていたので、デッドスペース3が楽し過ぎてヤバいです。人それぞれに色々な評価は有りますが、個人的にゲームとしては十分満足可能な水準にある作品だと思うのです。


26.サムライ&プリンス

 生物が見当たらない不毛な荒野が続いている。緑はなく水もない乾いた土地。…………そして血と硝煙。辺りに立ち籠もるのは鉄の臭い。

 ―――ここは地獄だった。人が死に続ける戦地だった。

 銃弾が飛び交い、砲弾が地面を抉り、血が何もかもを染め尽くすヒトが生み出す地獄絵図。既にお互いが殺さた分を殺し返す無限螺旋と化し、人々はもうこの戦いの先に終戦が見えない暗黒。もはや、この場で殺戮が行われている戦場は悲惨を極めていると言って良かった。ここは既に末期、人が人を嬉々として殺している。

 

 ―――笑いながら殺している―――

 ―――怒りながら殺している―――

 ―――狂いながら殺している―――

 ―――泣きながら殺している―――

 ―――叫びながら殺している―――

 ―――惑いながら殺している―――

 

 さらに最悪な事に、ここの戦場には魔術協会の協定から離反する狂った封印指定も戦場に介入していた。いや、戦場がここまで悪化したのは魔術師が姦計した策略の為だった。

 賢者と呼ぶに相応しい能力と逸脱した精神構造を持つ最高位の魔術師は、同時に死徒と呼ばれる吸血種でもあり、狂気の権化と言える存在。目的は戦場の力場を利用した大儀式魔術、それにより人の想念から産み出される人造の真性悪魔の創生。戦火と言う人工の地獄で固有結界を再現しようと考え、ヒトの思念に染まった大地から魔を生み出そうと画策。その為の魔術による情報操作と大規模呪法と秘密工作、それによる戦場の悪化と拡大。魔術師に感情を加速させられた兵はさらに血を滾らせながら地獄を造る。

 彼らの計画は最終段階に入り、達成される寸前となるほど戦場は手遅れと化す。そして、目的である太古に生存していた真性悪魔の模倣。地獄より生じる人工の固有結界にカタチを与え、魔として生み出す儀式。それは成就する寸前“だった”。

 ……だった、と言う様にその心配はもう無く、それはつい先程までの過去のコト。戦場ではまだ人が人を殺しているが、魔術師による危機はもう去っていた。

 理由は簡単、その魔術師が殺されたから。その魔術師の配下で“あった”生き残りも命からがら実験場から逃げ去っていた。

 

「大分参ってるみたいね、平気かい?」

 

「……見たままの状態だよ。

 血が足りない、体力が足りない、生命力が足りない、何より魔力が足りない。踏んだり蹴ったりとは正にこのコト」

 

「ふ~ん。…………ま、私の魔力は上げないからね。残りも少ないし」

 

「それは残念。魔力を得るには、魔術師であるお前に協力して貰うのが手っ取り早いのだが」

 

 瓦礫の中、黒い法衣を着た男は壁に背中を掛け座り込んでいた。黒衣の魔術師を見下ろすのは、赤焦げたオレンジ色に見える赤茶色のオーバーコートを着た東洋系の女性。片手には橙色の薙刀を持ち肩で担いでいる様子。美しいと言える顔立ちであるが、不自然な橙色の光彩を放つ右目部分を通るよう、そこには痛々しい刀傷が真っ直ぐ顔に刻まれている。左目は茶色の色彩を放つ瞳であるのでオッドアイでもあり、彼女は何処かカラっとした印象を残す美人であった。

 対して男は黒ずんだ灰色の髪に東洋系か西洋系か見分けがつき難い肌の色をした無国籍な風貌。絶世の美男子とは言えないが、中々整った顔に魅力がない訳ではない。

 

「悪辣なのは昔から変わんないよ、アンタはさ……………っと――――」

 

 そう言った女は倒れ込む男に手を出す。男はその手を掴み、血塗れになった自分の体を無理して起き上がらせる。

 

「――――おっと。すまない、助かった」

 

 ここらは結界が張られており、戦場の爆音は聞こえど人は寄ってきていない。ここは魔力を持つ魔術師でなければ正常な精神を維持できない空間。

 

「……しかし、アレの死に急ぎ方は見ていて飽きないな。傷付いた体では魔術師の残党処理も一苦労だろうに」

 

「本当、休む暇も無くとっととあの鉄火場に突っ込んで行ったさ。

 まあそれも仕方ない、アイツは何せ正義の味方だからね。目の前で殺し合いを繰り広げてる連中の原因を見て見ぬふりは出来んでしょ。ここで逃したりしたら悲劇が繰り返される危険が十分にあるんだから」

 

 そう言った彼女は握っていた薙刀を虚空へと消滅させた。戦場での二人の再会は偶然であったが、敵とする者が同じならばと共闘したわけであった。もう一人共闘していた赤い外套の魔術師もいたのだが、その人物は先ほど二人に一声掛けた後そうそうにこの場を去っている。

 数十分前に三人は敵本拠地に突入。黒法衣の男と因縁のある死徒の魔術師が自身の肉体人形を媒体にし、彼の目的である存在を誕生させたのは良いが、成り損なってしまった真性悪魔となり、黒法衣の男が死徒の悪魔を撃破。

 逃走した魔術師連中の抹殺は今この場にいない男が成している最中、それに加え戦火を抑える為に奮闘中。女は二人に協力し、連中を始末しながらも研究所からお宝を頂戴していた訳である。

 如何でも良いが一番の貧乏籤を引いたのは先程まで倒れ込んでいたこの男である。何せ人造の出来損ないとは言え固有結界持ちの真性悪魔が襲ってきたのだ、殺されて当然であり、血塗れだが大した傷も無いのは二人の援護があったおかげ。

 

「なるほど、道理だな。

 …………それでお前は如何する、このまま帰るか?」

 

「さて、ね。……目的のモノは手に入れたし、今はする事も無いけど」

 

「流石は盗賊。バゼットさんが怒りを抱いている事だろうな」

 

「あ~‥‥‥確かに大激怒、かな。封印指定執行者の獲物を横から掻っ攫ちゃった訳だからね」

 

 アッハッハ、と無駄に男気な笑いをする橙色の魔女。それを見ている黒法衣の男は苦笑いを浮かべながらも火の手があがる戦場の方へ目を向ける。

 

「これも縁だ。俺はあいつの加勢にでも赴くが、お前はこの状況で何がしたい?」

 

「知らない仲じゃないんだ、助けてやるのが義理人情ってね。

 ……………それに“正義の味方”の“味方”なんてのも、結構面白そうじゃない?」

 

 ――――煤と血に汚れた二人が笑い合う。それはもう絵になるように美しく、心に焼き付くくらい凄惨に。

 

「言う様になったな」

 

「お互い様でしょ」

 

 阿鼻叫喚な戦場、ここで場面は途切れた。

 …………どうやら悪夢はここまでな様子。今からこの光景を見ていた者は現実へと意識を浮上させていった。

 アヴェンジャーのマスター、魔術師バゼット・フラガ・マクレミッツは眠りから目を覚ます。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月11日

 

 

 第五次聖杯戦争も佳境。何処の勢力も終盤となった今、力を入れて敵対サーヴァントの殲滅を目指し活発に活動しているコトだろう。

 キャスター勢はセイバーを取り込み、教会を占拠。衛宮士郎は事実上マスターの権利を消失。バゼット・フラガ・マクレミッツとアヴェンジャーの二人組は不気味に潜伏中。遠坂凛とアーチャーはキャスターを探索に専念。イリヤスフィールとバーサーカーはアインツベルンの城で冬木の戦いを観戦。

 そして、神父と英雄王のグループに新しく加わったアサシンが如何なったかと言えば………

 

「おお、これが現世の食事と言うものなのか」

 

「ああ。………それと飯は逃げん。ゆっくり食べれば良いからな」

 

「――………そうだな。

 いや、余りにこの馳走が美味だった故、気を急ぎ過ぎたわ」

 

「育ちが見えますよ、アサシン。

 それとですね、童姿とは言え仮にも王と共に飯を食すのです。少しは礼儀を弁えてください」

 

「はっはっは。それは済まぬ事をしたな、英雄王」

 

 ……そんな感じで、神父と英雄王(小)と一緒にのんびりと食事を取っていた。

 飯が置かれたテーブルを囲む三人組の内の一人、目をキラキラと輝かせる青年―――アサシンのサーヴァント、彼の真名を佐々木小次郎と言う。アサシンは山門に囚われていたが、そこは投影魔術師であり英雄王の従者である士人にとって大した困難ではない。ゲート・オブ・バビロンが保有する契約破りを投影した概念武装を使って解放し、改めてアサシンは神父とサーヴァント契約を結んだ訳であった。キャスターには小次郎が山門から消えたと勘付いているだろうが、それは消滅したものと勘違いをしているコトだろう。

 アサシンは勿論のこと、他二人も神父が作った料理を食している。士人とギルからすれば、アサシンの食べっぷりは見ていて清々しい程だ。

 

「ふむ。そこまで喜んで貰えれば、作った甲斐が生まれると言うもの。食べたければ、食べたいだけ食べて良いぞアサシン、折角の現世生活なのだからな。

 それにサーヴァントは本来ならばいる筈の無い死人。今を如何に満喫して愉しむか、それが出来なくては復活した価値がない」

 

「正しくお主が言う通りよ、神父。

 そう言う訳でお代わりをお願いしたい。この食卓は生前では想像も出来ない程の馳走の山だからな、我慢するのが酷く難しい」

 

 笑顔で皿にある料理に箸を伸ばす。その動きは雅なまで素早い。

 

「―――あ、アサシン!

 それは僕が狙っていたおかずですよ…………っ!」

 

「ギルガメッシュ…………。

 飯とは、死合いなのだ。貴殿の甘い思想では我が佐々木家の食事には到底追いつけまい」

 

 やれやれ、と小次郎が溜め息を漏らす。そしてパクリと美味そうに、自分の箸で掴んだおかずを遠慮なく頬張った。無駄に雅な食べ方だった。

 彼は先ほど佐々木家と言ったが佐々木小次郎とはアサシンの本名ではないので、彼が生前に家族と共に住んでいた家は別に佐々木家でも何でもない。それはアサシン風の冗談だった。もっとも、アサシンが生きていた時代の日本の農民は現代人のボンボンでは考えられない生活。特権階級などの例外を除けば、生きようと決意しなければ生き抜けない世界、そんな当たり前の事だが今の日本の平凡な一般人では想像出来ない日々だったのは間違いない。飯を食べる事が現代の様な娯楽でも何でもなく、生きる為の要素であった時代の話。そんな時代の農村で田畑を耕す傍ら、ただ生きるのが暇だったので刀を極めた百姓からすれば、目の前に出てきた言峰家の食事は“有り得ない”御馳走だったのだ。

 そして、彼にとって食事とは死合いと言って良いモノだ。なにせ何時でも飯を食べられる訳でも無く、明日から何も無い日などざらであり、何日も口に何も入れないコトなど多分にあった。故に喰える時に喰っておく、それが彼の生き方だ。毎日毎日、食糧の残りを計算して農民生活を過ごす。アサシンにとって、と言うよりもその時代の人々にとっては、人生の大半は食べ物との戦いだったと言って良い。明日の事も気にせず遠慮なく食事にありつけるなど、それこそお天道様からの贈り物。

 サーヴァントの身に食事は必要ないのだが、この何とも言えない腹に満ちる幸福感は実に心地良い。佐々木小次郎は言峰士人に心の中でとても感謝していた。

 

「昨日の夜と今日の朝だけで二人は随分と打ち解けた様だな、いや良かった」

 

 いつも通り死んだ魚の眼で表情を作る神父が、そんな二人を揄うように声を掛けた。二人ではなく三人で囲む食卓。美綴綾子が来て以来のコトであり、綺礼が死んでからは早々ない出来事。

 

「………士人。綺礼の元へ送ってあげましょうか?」

 

「怖い怖い。しかし今は食事中、喧嘩は食べ終わってからが礼儀だろう」

 

「そうだぞ、英雄王。食事の“まぅなぁー”を守るのも、犠牲になった食材に対する感謝の表れよ」

 

「……貴方たちは如何やら、本当に躾けがなっていないようだ」

 

 ニコ、と笑顔を浮かべる少年の名はギルガメッシュ。ここにいる英雄王はいつものギルではなかった。と言うか見た目からして激変していた、主に身長的に。

 彼が小さくなった真相は単純なもの。王様(大)は宝具の薬を使い、聖杯戦争前を過ごしていた時の幼年体の王様(小)へ体を変化させていたのだった。戦争を仕掛けると言ってもまだ今日の予定ではなく、この退屈極まる暇な一日を昔の自分とバトンタッチしたのが変身した主な理由だった。

 

「―――でだ、ギル。

 昼飯時にも関わらずその姿と言う事は、暇な一日をのんびりと潰すのだろう」

 

「話を急に変えないでください、士人」

 

「…………なんだ、今日はまだ戦わぬのか?」

 

 アサシンが残念そうに声を漏らす。その声を聞いた神父は、顔をサーヴァントの方へ向ける。何気にギルの扱いがヒドイ二人。

 

「ああ。それなりに作戦があるからな、全力で戦いたいなら後数日は待って欲しい」

 

「……なるほど。マスターの命には逆らえんからな、仕方が無い」

 

「お前にはすまないと思っているよ。

 しかしまぁ、今の冬木は戦場となっている。戦闘の機会は確実に訪れるのだから、焦らずに待つと良い」

 

「そうよなぁ。……餌に喰らいつく姿は、あまり雅では無い」

 

 アレ…いつの間にか自分、からかわれてるよ。そんな事を思ったギルは重い溜め息を吐きたくなった。

 士人は綺礼に似て育ってしまい、捻くれた正直者になってしまった。子供の頃の士人は兎も角、今の士人は青年体の自分さえも丸め込む図太さと詐欺師じみた話術を平然と使ってくる。それに加え、綺礼以上に悪辣な生粋の策略家。もはや手の施しようが無い。

 更に新しく連れてきたアサシンのサーヴァントは人を揄う事を愉しむ侍だ。神父とは似た者同士らしく、仲は悪くないようで、我の強烈な青年体の自分とも衝突が無かったのが驚きだ。言ってしまえば二人とも人の機敏や精神的な境界線を簡単に見切れるタイプの人間らしい。

 三人とも衝突すべき意見が皆無なのだ。中々に上手く噛み合った三人組。全員が全員、聖杯戦争を楽しむ為に参加している。全員に不利益がないのも大きい点だろう、感情的にもぶつかり合う点がない。

 

「…………はぁ(個性が強いのも考えモノですね)。

 士人。今日は出掛けますから。夕飯が必要か如何かは、まぁ、後で携帯電話に連絡します」

 

「そうか、連絡は忘れないようにな」

 

 家で一番の苦労人であるギルガメッシュの幼年体に神父は返事を返す。養父の言峰綺礼が言っていた様に、誇り高い人は揶揄するのは実に面白い、と士人は思った。話をしていると揄わなくてはならない、とついつい思考が偏るのは綺礼の影響で間違いないだろう。

 彼は良い意味でも悪い意味でも『言峰』であるのであった。言峰家の神父は実に業が深い。ついでだが、アサシンのサーヴァントである佐々木小次郎も、人が悪いと言う意味では同じ人種だ。士人に話にのって会話をした。

 

「出掛けるとは街にか、英雄王?」

 

 侍が飯を食べるのを中断し、声を出して訊いてきた。話をするギルガメッシュにアサシンが興味深そうに聞いている。目が玩具を手に入れた童の様に輝いている。

 

「そうですよ、暇ですし」

 

 聖杯戦争中とは思えない台詞だが、基本的に言峰家はこのノリだ。言峰士人も特に思う事はないのだろう、それが当たり前な言葉の様に受け止めて食事を進めている。

 

「……そうか。ならば私も外に出てみよう。

 生前より数百年経った町の変化を見て楽しむのもまた、中々に愉快な暇潰しになるだろう」

 

 唐突にアサシンが呟いた。それを聞いた神父がボンヤリと訊き返す。

 

「お前も出掛けるのか?」

 

「………いや、マスターが許さないのなら、私も諦めるが。先程の言葉は気紛れみたいなものだ、見て回れたら面白いと思ったまでよ」

 

「なるほど」

 

 聖杯戦争中とは思えない仄々風景。緊張感と言うものが存在しない三人組。

 それぞれが違う目的を持ちながら反する事無く、協調してグループを形成していた。アサシンは強者との果し合いを、ギルガメッシュはアーサー王の受肉と婚儀を、そして言峰士人は聖杯を識る為に戦いの渦中へと入り込んで行く。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 冬木の街にある公園。ここには神父服を来た青年と金髪紅眼の子どもがいる。

 太陽も空の真上を過ぎ去って、午後5時を幾分か過ぎた時間であろう。やや赤みを増した日の光が公園を照らしている。

 

「今のお主があの様に成長する事になるとは。……真、この世は摩訶不思議よ」

 

「ええ、自分もなんであんな風になっちゃうのか…本当に残念です。……友人も作れないですし」

 

 神父服の青年、彼の正体はアサシンである。ポニーテールプリーストと化したサァムラーイが居た。言うなれば南蛮風侍と言うべきか、そのまんまな神父服でありながら雰囲気を壊すことなく着こなしていた。色々と可笑しかったが本人たちは気にしていない。

 彼がこの服を着ているのは士人に原因があった。霊体化して街を回るのでは味気ないと思っていたところ、そこは彼の新しいマスターが解決。余りの神父服をアサシンに変装用に貸したのだった。ついでに金銭もアサシンへ貸している、返済は戦場での働きで返せとの事。

 

「しかし、本当に童であるのだな。童心にかえるとは正しくおぬしのことを言うのであろう」

 

「そうですよ。貴方が初めに会ったボクは、ボクでありボクではない別人だと思ってくださいね、お願いします」

 

 アサシンが冬木の街を当て所なく出歩き続けて数時間。神父に旨い飯が出る店と言われた大陸料理店(アサシンは店名が地獄風味な所で厭な予感がした)で小腹を満たしたり、大判焼きなる甘味を衝動的に食してみたり、久方ぶりに大海原を眺めてみたり、街に溢れた乱雑な人の群れに驚いたりと、色々と目新しい現世の世界を楽しんでいた。

 それで時間も余りふらついていれば、広々とした大きい公園へ辿り着いた。そこで見知った男が子供らに混じって遊んでいたの目撃した訳である。その時にギルも公園で此方を見るアサシンを発見し、遊んでいる集団から抜けて彼の方へ近づいて行ったのだった。

 そんな中、公園へと入ってくる女性がいた。彼女は子供たちの集団を見かけて寄って来たが、公園の端にいるギルと視線が合った時に進行方向を二人がいる方へ変える。

 柔らかい雰囲気を持った十代の少女。彼女がギルガメッシュへと親しそうに声を掛ける。

 

「久しぶり、ギル君」

 

「確かに久しぶりですね、由紀香」

 

 話をしているギルガメッシュとアサシンに近づく人物、三枝由紀香が声を掛けてきた。

 

「……知り合いか?」

 

 アサシンの問い。ほにゃら、と柔らかい笑顔を浮かべる女性が気になり、アサシンは隣の英雄王子に訊く。

 

「遊び相手のお姉さんですよ。

 ……まぁ、それよりも由紀香、如何してこんな所に?」

 

「最近は冬木の街も物騒だから。暗くなる前に弟を家に連れて帰らないといけないからね」

 

 アサシンの問いにサックリと素早く答え、ギルは由紀香と話を進める。彼女が公園に来た理由は簡単な話で、一般社会の裏で行われている聖杯戦争で治安が悪化した冬木の街は危険な為だ。弟を暗くならない内に家に連れ戻すためだった。冬木では殺人事件や通り魔の犯行として聖杯戦争の被害者を言峰士人が偽装している為、世間一般的に夜の外出は控える傾向にある。

 

「なるほど、弟のためにわざわざ公園まで迎えに来たわけですか。

 ――――貴女は本当に可愛らしい女性だ」

 

 柔らかい笑みを浮かべる三枝由紀香にギルはニコリと綺麗な笑顔を浮かべる。透き通るような青少年そのものな笑い方だ。本当なら底で煮え滾っている腹の黒さが一切窺えない。

 

「………あ~、もぅ。

 そ、そういう顔でそんな事を年上の女性に言っちゃダメだよ、本当に」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめる三枝由紀香。

 小次郎は微笑ましそうに、内心では愉快に、二人をニヤニヤと眺めていた。そしてその時のアサシンは明鏡止水に至った武芸者として、何気に無駄に華麗な気配遮断で気配を消していた。場の空気を読んで瞬間的に空気へなったのは流石と言えよう。無念無想は伊達では無い。

 

「フフ、すいません。隠し事は得意じゃありませんので」

 

「~~~~~~~~」

 

「………(本当に子供と大人で別人に見える。昨日見た青年の方なら、自分の女になれ、と強引に話を進める雰囲気に感じたからな)」

 

 明鏡止水の精神で気配を絶ちながら仄々と思考に耽る暗殺者のサーヴァント。人が若返る妖術の世界の不可思議を愉快に思いつつ、目の前の色恋情景をつまみに風を感じる。

 それと佐々木小次郎的に言えば、三枝由紀香と少年体のギルガメッシュの恋愛は倫理的に許容範囲だ。幼さや年齢差を考えても小次郎に違和感は無い。生まれ育った時代背景を考えれば、十代前半で結婚出産は普通であり、男女の年齢差も十歳くらい離れていても否定的な感情も無い。

 

「ところでギルくん。隣の神父さんは言峰君の知り合いかな?」

 

「ええ、彼は士人の知人ですよ。今は同じ所で住んでますし………」

 

「――――むぅ?」

 

 由紀香なる名前の少女に見られたアサシンは唸りながら視線を下げる。彼の目の前には優しげな空気を纏う可憐な少女、小動物的雰囲気を持つ三枝由紀香を視界に入れた。

 彼は取り敢えず自己紹介の名乗りは現世での礼儀でだろうと考えたが、そこでフと、とある考え事をして開けていた口を止める。

 

「――………あ~~(佐々木小次郎、とそのまま名乗るのは拙いよな。アサシンとサーヴァントのクラス名を言うのはそもそも論外)。

 私の名前は…………そうだな、津田………津田小次郎だ。それでおぬしは――――――」

 

「――――あ。わたしの名前は三枝由紀香って言います、宜しくお願いしますね」

 

 溶ける様な笑顔。凄まじい癒し効果だった。侍の心に風が吹く。

 アサシンが初めてみる三枝由紀香の柔らかい表情は、身の内に何かこうズドドンとクる衝撃があった。それを見た彼はいつもの飄々とした笑顔ではなく、聖杯戦争中の侍には珍しい無警戒で優しげな表情を作る。

 

「………(あの魔女にこの娘の爪垢を煎じて飲ませたいものよ、真剣に)。

 ああ折角知り合ったのだ、こちらこそ宜しく頼む三枝殿」

 

 日はまだ落ちておらず話をするくらいの時間は三人にまだあった。三枝由紀香も時間に余裕を持って公園へ迎えに来ていたので、少しくらいならばと話し込んでしまった。それに今日の学校で遠坂凛が休みなのが気になり、友人と呼べるくらいには知り合いになった言峰士人に彼女の欠席の理由を隣のクラスに尋ねに訪れたのは良いが士人も休んでいた。彼女はギルが言峰士人と暮らしているのを知っているので、その理由を聞こうとも思い長話となってしまった。話題となる事も多いのでアサシンも混ぜることで会話が富んでいるわけであった。

 ……そして、そんな三人を遠目に見ている子供らがいた。

 ギルと遊んでいた内の数人が、ギルと友人の姉さんと新しくきた神父服の男の三人組を見ながら話し込む。

 

「ギルの奴、戻ってこないな」

 

「仕方無いんじゃない? 恋は人生の華なんだから」

 

「……子供っぽくないよな、おまえ。

 それにさぁ、好きな人がいるとかいないとか、そんなコトは純粋な子供時代でしか楽しめないぞ。そんな悟った感じなことを今から言ってると、ヒねた大人になっちゃうからな」

 

「いいじゃない別に。……それに悟ってるんじゃなくて、知らないだけだよ僕は。

 そもそも小学生な僕たちはさ、子供は風の子らしく公園で体を動かしましょうってコトが大事なんだ。恋愛なんてモノの良さが判らない今の内は友達と遊んでいようって感じ。

 ……ギルもギルでなんだかんだで大人びているけど、子供らしく自分に素直なのは僕らと変わらないさ」

 

「―――そうだな。

 結局どんなに背伸びしたって子供は子供なんだ、どんな大人も子供だったんだ。どうせ大人になるんなら今この時が大事な時間。オレはオレの時を楽しまないと」

 

「そうさ。だから今は沢山の人と沢山遊びましょうって事。

 ギルのカッコよさに妬いてしまうのは、何も知らない子供な僕たちには仕方が無いことなんだ。だから今は一杯遊んで、これから少しづつ大人になればいいんだよ。ギルみたいに早く大人になる必要はないんだ」

 

「……おまえもそうなのか」

 

「僕は最初から判ってたさ」

 

「ふふん、強がっちゃって」

 

「意地っ張りなのはお互い様だろ」

 

 ―――公園で時間が過ぎていく。

 今この時間を過ぎていくのは仄々とした平穏な日常風景。聖杯戦争には無関係で平和な儚い光景。

 

「ところでお嬢さん、私とお茶でも共にせぬかな?」

 

「………ぇ、ええぇえぇえええええ!?」

 

 なんかアサシンがナンパを始めた。そして、ピシリとギルとアサシンの間に亀裂が入るのを、三枝由紀香は聞こえそうになったそうな。

 

 

◆◆◆

 

 

 言峰士人はその頃、夕飯の材料を商店街から買い終わり聖杯戦争用の避難所のマンションへ帰宅するところだった。バイクに乗って買いに行っても良かったのだが、書類仕事や情報収集で鈍った体を解す為に歩きで買い物で出かけていた。サーヴァント共がいくら遊んでいようともマスター兼監督役は大変なのだ。学校も休む事になり、本腰を入れ始める。

 

「………あんた、何でここにいるんだい?」

 

「いや、此方の台詞だが。今はここで暮らしている」

 

 避難所のマンションへ入る士人に声を掛ける人物が一人。

 彼女の名前は美綴綾子。色々あって聖杯戦争のイザコザに巻き込まれた一般人もどきである。彼女が住まうこのマンションの名前を蝉菜マンションと言い、ギルガメッシュが資産の一つとして購入した物件の一つがここの一室だった。

 

「あれ、じゃあ教会は…………?」

 

「襲撃された。踏んだり蹴ったりとは正にこの事、監督役に聖杯戦争は優しくない」

 

 死んだ魚の目をさらに虚ろにさせて、神父が空虚に笑顔を浮かべる。虚しそうに可哀想なモノを見る目で彼女は眼前の神父を見る、それはもう慈愛たっぷりに。

 

「へぇえ、そりゃ大変だね?」

 

「…お前、俺を労わる気皆無だろう」

 

「はっはっは、まさかそんな」

 

「ヒドイ女だな、本当」

 

 言峰士人が弱っている所など滅多にないので、ここぞとばかりに攻勢に出る綾子。

 

「それじゃあ言峰とはさ、これからはお隣さんって訳かい?」

 

「さて、如何だろうな。このイザコザが終われば直ぐに出ていく予定だよ」

 

 それに我が家の方が暮らし易い、と呟きマンションの玄関へ足を向ける神父。落ち込んでいるのか如何かいまいち判断できないが、彼女から見れば疲れが溜まっているように見えた。

 

「いつか良い事があるさ、言峰!」

 

 バシン、と言う音。気合い一発、張り手の励まし。

 

「……お前と師匠の仲が良い理由を理解出来た気がするよ」

 

 疲れた顔で目を空ろにして歩く士人。はっはっは、と漢気に溢れた笑いをしながら彼の背をバシバシと叩く綾子。

 今日も今日とて一日が過ぎ去っていった。




 と言う雰囲気で、教会勢も人数が増えてきました。監督役であるのにマスター達に気付かれず、悪巧みをするのって面白そうですよね。主人公は何だかんだ結構楽しんでいます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。