神父と聖杯戦争   作:サイトー

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27.The Oldest King

 まだ言峰士人が遠坂凛に魔術の教えを受けて間も無い頃。まだまだ二人が幼く、子供としか言えなかった頃。

 遠坂凛は言峰士人に、自分の弟子になるからには絶対に守らなければならない事を幾つか教えていた。魔術を学ぶ上で守らなければならない鉄則が、魔術師にはあった。

 

「良い士人。魔術師だったら己の魂を持ちなさい。魂の尊厳だけは、絶対に守りなさい」

 

「分かった。死んでも師匠の言葉は守り通す。自分の魂だけは死なないって、そう誓おう」

 

 

 ―――これは神父が師である魔術師から学んだ、魔術師としての最初の教えである。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2月12日

 

 

 

 その日、その朝。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは嫌な予感を感じた。

 不意に思い出すのは公園で一回だけ遇った神父―――言峰士人の姿。複雑な感情を抱く衛宮士郎では無く、最悪な感情しかない代行者を思い出してしまった。

 

「――――最悪。………物凄く最悪、最高に最悪」

 

 唯の独り言、と言うには凄まじい嫌悪が込められている。

 

「あー、本当アイツって何なのかしら? ……きっと害虫の類ね」

 

 如何にも金持ちが使ってそうな天蓋付きのベットからパジャマ姿のイリヤが下りる。アインツベルン城の冷暖房は完璧であるので冬の寒さを感じることは無い。彼女は欠伸を一回した後、う~ん、と声を漏らしながら背伸びをした。

 

「……………(今日の夜は、久しぶりに何処か襲撃してみようかな?)」

 

 バサバサ、とパジャマを脱ぎながらいつもの服に着替える。

 頭の中で神父を血祭りに上げながら、今日一日の予定を考える。物騒な事を計画する彼女は、取り敢えずお兄ちゃんでも攫っちゃおうかしら、と思い一人笑顔を浮かべた。

 軽快な音を立たせながら部屋のカーテンを思いっ切り開ける。日の光に当たり、今日が始まったのだと実感し意識をハッキリと覚醒。外の風景は清々しく、森が日の光に当たり緑に輝いている。空気が済み、遠くまで見渡す事が出来る眺め。そして、この時間ならば既に自分の朝食は作られているだろうと思い、まずは腹ごしらえと決めたイリヤであった。

 きぃ、と言う木が軋む音。彼女は背後から気配を感じる。誰かがドアを開き、イリヤの部屋に入ってきたようだ。

 

「おはようございます、イリヤ様。朝食の準備ができました」

 

 ドイツの山奥から付いてきた彼女専属のメイド、名前をセラと言う。メイドが部屋に入り、朝一番の挨拶をする。

 

「わかった。今から降りるわ」

 

 アインツベルン城の朝。

 

「―――(なんだか、とても悪い予感がする)」

 

 森を満たす空気。

 

「…………はぁ。私には最強のサーヴァントであるバーサーカー、ヘラクレスがいる。そもそも予感だなんて、私の柄じゃないわ」

 

 溜め息をついたイリヤスフィールは自分を励ます様に独り言を話す。魑魅魍魎溢れる冬木の夜に備え、太陽が出ている今この時は大人しく街の方向を遠目に眺める事に決めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 太陽が昇り夜が明け数時間。朝を迎えた人々は眠気に耐えながら動き出し、外へと出掛け日常の始まりを淡々と過ごしている。

 

 

――ブロロロロロロロロッッッ!!!――

 

 

 本来ならば学校に通っている筈の言峰士人は自作バイクに乗り、冬木の街から離れてた場所を目指していた。化け物機関から発せられる灼熱の爆音が道路の冷たい空気を轟かせる。

 

「アインツベルンのサーヴァントは確かバーサーカーだったか、士人?」

 

「そうだぞ。アサシン曰く、複数の命を持っていたらしいからな。正体も解かり切っている」

 

 寺で門番をしていたアサシン。彼はほぼ全てのサーヴァントと戦闘を行っており、士人とギルガメッシュはアサシンからサーヴァントの戦闘情報を得られていた。

 ギルガメシュが操縦するオートバイは猛スピードで公道を駆け抜けていく。

 本来ならば臣下である士人が運転しているべきなのであるが、そこはギルガメッシュ、幼かった士人を昔そうしていたように二人乗りさせていた。本来ならサイドカーを付けても良かったが、教会はキャスターが占拠してしまったのでそのサイドカー自体が手元にない。英雄王は中々アグレッシブなのだ。また、配下の者の後ろに付いてバイクに乗るのは、英雄王的に余りカッコ良くない。

 それに神父のバイクはかなりの大型。元々が二人乗り仕様でもあったので、座るスペースはとても大きく取られており、二人乗りをしてもくっ付く事が全く無いので窮屈さは欠片も無い。後ろに乗る神父も背もたれにぐったりと腰かけており、王様の運転を胡乱気に視ているだけ。

 

「蘇生能力となると少しばかり厄介だ。殺し切るまで油断は出来ない相手となる」

 

 神父が強風の中で喋る。バイクを運転するギルガメッシュと後ろに座っている士人が会話をしていた。アインツベルン襲撃作戦の内容は既に話し終わっているが、移動時間の暇潰しには丁度良い話題だ。

 

「……フ、まぁ良い。久方ぶりの殺し合いだ。

 (オレ)が相手をするだけの価値が有る英霊ならば興もそそるのだが、相手が犬畜生(バーサーカー)なら期待は余り出来んな」

 

「そもそも理性無き者など、ギルにして見れば只の的でしかないからな。

 ……もっとも、幼い少女を決死に守る騎士としてならば、死に役の道化に相応しい最期を飾ってくれるだろう」

 

「―――…………ハッ。その配役ならば少しは期待出来るやもな」

 

 そんなこんなでギルガメッシュがバイクを運転すること数十分、彼ら主従二人は深い森の前に到着した。

 森は日の出ている昼の間でさえ暗く、木々の枝が陽光を遮っていおり、魔術師が縄張りを広げるに相応しい陰りのある空気が身を覆ってくる。霊感が強い者であれば、その魔的な雰囲気に体を震わせている程だ。

 

「ここも久しいな。あの(いくさ)から彼是十年、か」

 

 パチン、とギルガメッシュが指を鳴らす。すると空間がグニャリと歪み、二人が今し方下りたバイクが虚空へと消え去った。その怪奇現象を前に神父は当たり前のモノを見るかのように自然な雰囲気を保ち、驚く気配さえ欠片も漏らさない。

 

「なんだ、ここに来た事があるのか?」

 

 何かを懐かしむような英雄王を珍しく思い、神父はその物珍しさが気になり声を掛けた。紅血色の目を瞑りながら過去を脳裏に浮かべるギルガメッシュは、自分と王道を問答した二人の王を思い出す。

 

「ああ、ここで(オレ)は征服王主催の酒宴に参加したのだ」

 

「………そうか」

 

 簡潔過ぎて何て答えるべきか悩み、すぐに無難な返事をする神父が一人。二人は会話を続けながら森の方へと足を進めていく。

 

「前回の聖杯戦争は、我が参加するに値した価値ある英傑がいたからな。征服王に騎士王、中々に飽きさせない輩であった」

 

 思い出話を臣下にするギルガメッシュは何も無い筈の虚空から何かを取り出した。そして、その物体に魔力を流し込む。すると、アインツベルンの森に張り巡らされていた結界を二人は素通りして歩いて行った。森はアインツベルンの結界が張られている魔術師のテリトリー、本来ならば森との境界で作動する結界がギルガメッシュの財宝により無効させる。彼が使った道具は認識阻害の宝具であり、英雄王の所有物であるそれは最高の性能を持つ一品だ。

 

「征服王に騎士王となると、アレキサンダー大王とアーサー王か…? セイバーの方は兎も角、征服王の話は初めて聞く話題だな」

 

 アレキサンダー、またの名をイスカンダルならばライダーのサーヴァントだろうかと、心中で呟く士人。昔を懐かしむ仕草をあのギルガメッシュにさせるあたり、征服王はかなりの英傑だったのだろうと彼は考えた。英雄王の心象に残るとは、彼の財宝に匹敵、あるいは凌駕する存在でなければならない。

 

「十年ぶりに聞く実に懐かしい名前だ。

 ―――征服王は我の財宝を狙う賊であったが、道化ではない本物の英雄でありながら我を笑わせる事が出来る漢であった。

 ―――騎士王は王として只の偶像でしかない雑種であるが、女としては犯し尽くし蹂躙し甲斐のある極上の道化であった」

 

 そう言って笑みを深める黄金の王。ただそこに在るだけで強大な存在感を放つ彼であるが、今は宝具の効果もあり森の中では木の一つ同程度の気配。呪物の効果がなければ一瞬で結界の探知に引っ掛かっていたであろう。

 

「……第四次聖杯戦争、か。

 時間を潰す話題には丁度良い話の種。十年前の昔話、中々に面白そうだ」

 

 そう、呟いた神父。

 

「ほう、おまえが興味を持ったのか士人?」

 

「無論だとも。ギルから見た昔の親父の姿がどの様なモノだったのか、気にならないと言えば嘘になる。サーヴァントと魔術師たちの殺し合いは、聞くに値する娯楽となるだろう。

 …それに時間は腐る程ある、黙ったまま進むのも気が滅入る。会話を楽しむのも“散歩”の醍醐味ではないかと思うのだが?」

 

「……あぁ、それもそうだな」

 

 

 黄金と灰の主従。王と神父は暗い森を進んで行く。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 突然だった。アインツベルンの城に響く轟音。

 例えるなら、クレーン車の先に付いた鉄球をフルスイングしてビルを倒壊させたような、ダイナマイトで岩山を崩したような、壮大な破壊の音色。

 

「アインツベルン、気が向いたから壊しに来たぞ」

 

 ――イリヤスフィールが聞いた第一声。

 城のエントランスから突然の爆音。気配なき敵襲に驚き、イリヤはバーサーカーを伴い急行した。そして彼女が見たのは、炸裂し崩壊した城の玄関。やり方は不明であるが、原型を僅かに残す程度に破壊され尽くされていた。

 

「―――言峰……っ!」

 

 イリヤはそれを見て驚愕し、しかし、内心では何処か納得の出来る光景を見て一言口から声を漏らした。この魔術師ならばこの行動も不思議ではなく、血生臭い戦場が似合うこの代行者は殺し合いの場に相応しい気配を纏っていた。

 

「………そう、そういうこと。貴方、最初からこういうつもりだったのね」

 

 神父の隣に居る“ソレ”は一体何なのか、アインツベルンのマスターである彼女は疑問に思った。しかし、何よりもまず、この胸糞悪い男に悪態をつきたくなった。相変わらず見ただけで皮肉と嫌味を吐きたくなる存在感、この神父を見る度に心地良い嫌悪を感じてしまう。理由は分からないし、理解しようとも思わない。

 

「ああ、そういうコトだ。今回で五回目となる、この茶番劇が始まった最初の時からな」

 

「―――で、隣にいるのは何? 私が“解からない”だなんて、普通じゃないわね」

 

 神父と共にいる男。サーヴァントらしき気配はあると言えばあるが、今回召喚された七騎のサーヴァントでないのだ。この不可思議は不気味そのものであり、イリヤスフィールにとっては有ってはならないイレギュラーそのもの。

 

「見て解からずとも、この状況で大凡の察しはついているのであろう?」

 

 ニタリ、と良く似合う笑みを浮かべる神父が視界に入る。それが彼女の精神をこの上なく逆立出せる。実に嫌な感触を持つ笑顔だった。

 

「――っち、気に喰わないヤツ」

 

 イリヤは思わず、そう言葉を口から吐き出し、舌打ちをした。嫌悪を隠さないイリヤと壮絶に殺気だったバーサーカーを見ても士人は態度を一切崩していない。ギルガメッシュは呆れたように自分の臣下と聖杯の人形の会話を聞いていた。

 

「サーヴァントじゃない英霊だなんて違反行為も良いところじゃない。…貴方、それでも監督役の神父なの?」

 

「……さて。俺は両キョウカイから『やれ』と言われ、この監督役を引き受けただけだからな。

 魔術師とサーヴァントとの殺し合いに参加してはいけないとは言われておらず、況してや監督役の戦闘行為も禁止されていない」

 

「ふ~ん、そう。それで、そこのそいつは前回の生き残りか何かってこと?」

 

「想像に任せる、とだけ言っておこうか」

 

 かつん、と足音。一歩、黄金の覇気を纏うライダースーツの男が音を発てて前に出る。それだけでイリヤスフィールはバーサーカーに守られている今のこの状況で、全身に有り得ない筈の悪寒が走った。

 

「下らんお喋りはそこまでだ。

 ……そもそもだ、ここに態々この(オレ)が赴いた理由、それを一番理解しているのは貴様であろう、聖杯(にんぎょう)よ」

 

「―――――――」

 

 ――空気が一瞬で凝固した。

 イリヤの怒気に合わせ、バーサーカーから立ち昇る殺意と戦意は桁外れに禍々しさが増して行く。

 

「ふん、行儀のなっていない男ね。レディに対してその態度じゃ、貴方の底も直ぐに悟れるわ」

 

 気に入らない神父の前で自分の弱い姿を見せるのは虫唾が走る。そう思ったイリヤは呑まれそうになる精神を灼熱とさせ、目の前で宛ら君臨する様に立つ英雄王に啖呵をきった。

 

「クク、だとさギル。中々の物言い様だな」

 

「……」

 

 そのイリヤスフィールの姿が愉快だと笑う神父。そして、からかわれたギルガメッシュが神父を睨みつける。…バーサーカーではなく言峰士人から串刺しにしそうな雰囲気だ。

 

「やれやれ、ちゃちゃを入れては悪かったな」

 

「貴様と言う雑種は、本当に殺し甲斐のある臣下よな」

 

「全く、数年も仕えている配下に冷たい王様だ」

 

「……ハ。貴様がいつ、従順な配下らしく我に仕えていたのやら……」

 

「それはまた、何と酷い言い草だ。ギルが其処まで言うのであれば――――――この戦い、俺が手伝ってやろうか?」

 

 臣下の言葉、それを聞いた王様は更に一歩前に出た。

 

「―――要らん。そのような事をすれば本気で殺すぞ、雑種(ジンド)

 

 英雄王ギルガメッシュ。十年ぶりとなる英霊との殺し合い、そして彼は喜悦の笑みを顔へ刻んだ。

 

「ふん、貴方はイレギュラーみたいだけど、私のバーサーカーと戦って生きていられるかしら?」

 

「■◆■■、■◆…」

 

 主の言葉と高まる戦場の血の猛り、バーサーカーが低く重く呻き声を出す。

 

「全く以って不愉快極まる。

 ―――犬畜生と肉細工、つまらなければすぐに殺すぞ」

 

 下らない玩具を見る、そんな呆れた眼をするギルガメッシュ。

 

 

「ほざきなさい! やっちゃえ、バーサーカーっっ!!」

 

 

 イリヤスフィールの声に応えるは、彼女に仕える最強の大英雄。

 

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 余りにも強大な雄叫びがアインツベルンの城を揺らした。

 狂戦士の名に相応しい、いや、並の狂気など一薙ぎで消し飛ばす暴力そのものであるバーサーカーの凶星の如き眼光。その視線の先にいるのは、彼の主を狙う二人の賊。

 

 

「――――――ハ」

 

 

 狂う英雄を一笑するのは、臣下の神父を背後にして君臨する黄金の王。

 そして、バーサーカーにその声が耳に入る。理性の無い彼では言葉の意味を理解出来たのか如何か、それは誰にも解からないだろう。しかし、その言葉が自分と主を侮辱し尽くした哂いであったのは、その狂った心でもバーサーカーは感じ取ることが出来た。

 ――――震え、轟く、狂える雄叫び。

 狂戦士は狂気のまま眼前の男を叩き斬る為に前進した―――――その瞬間。

 

「え……?」

 

 ―――それは、刃の軍勢であった。

 イリヤに目掛け突如として虚空から武器が召喚され、数多の刃が瞬時に少女へと牙を立てんと襲い掛かった。

 

「■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 バーサーカーは突進を止めざる終えなくなる。叫び声を上げ、彼女を守る壁にならなくてはいけなかった。

 

「―――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 創生の力、貴様のような野獣にはちと勿体無いが、全身で味わってみると良い」 

 

 少女を守り体から武器を生やす狂戦士の姿。それを見てギルガメッシュは笑みを更に深め、パチンと慣れた動作で指を鳴らす。

 ―――鳴り響くのは空間を抉る発射音。そして、肉を串刺す不協和音。

 圧倒的な、一方的な、虐殺の光景。串刺し串刺し串刺し串刺し、只管に串刺しにされ続ける光景。それは戦いと呼べるものでは無く、処刑と呼ばれる強者からの罰であった。

 

「バ、バーサーカー…‥っ!」

 

 白い少女が叫ぶ。だがその声になんの価値がある?

 彼女の従者は殺され続ける。十二の命を宿す彼は淡々と、剣で、槍で、ありとあらゆる武器で、その身を抉り削られて逝く。眼前に立つ敵に、黄金の王に。

 飛び散る肉片、血潮を上げる彼の屈強な肉体、穴だらけの巨躯。

 血塗れで、傷がない部分を捜す方が難しく、神の呪いで修復されようとも次の瞬間には瞬く間に圧殺される。

 

「……温いな、全く」

 

 ボソリ、と神父が呟いた。黄金の王の後ろに立つ士人はいつもと変わらない雰囲気で佇んでいる。相変わらず死んだ魚のような目で、目の前で繰り広げられる戦場を何を思う訳でも無く淡々と観察しているのみ。

 

「……………(アサシンを連れて来ないで正解だったな。アレはおそらく、ギルガメッシュ以外には最狂となるサーヴァントだ。狂気による純粋な暴力、単純明確な脅威であるからこそのバーサーカー……か)」

 

 もしこの場にアサシンがいれば、ウズウズしながら残念そうに戦いを見学する事となっただろう。そして、そんな彼が残念に思うことは、この戦いに参加出来ないコトと参加したとしても自分の能力では役に立たないコトだ。

 アサシンの対人魔剣・燕返しは単純な剣技である故、バーサーカーの宝具が持つ対宝具耐性を考える必要もなく何回も殺すコトが出来る。世界法則を歪める斬撃の極地は空間を捻じ斬り、神の加護さえ切り裂けるであろう。しかし、バーサーカーは斬られながらも、殺されながらも、敵を粉砕する狂戦士。狂気のまま眼前の敵を殺し尽くすサーヴァントは単純で圧倒的な強さを持つ。アサシンでは負けない戦いは出来るかもしれないが、勝つ戦いは出来ないのだ。

 ……では、そのバーサーカーを一歩的に屠殺するサーヴァントは何なのか。

 

「■■■◆■◆◆■■ーーー!!」

 

 吹き荒れる旋風。岩で出来た斧剣の悉くが無力に弾かれ続け、無数の剣が宙を舞う。ギルガメッシュの背後から現れる武器は、その全てが必殺の“宝具”である。

 

「そんな、うそよ…」

 

 イリヤが驚愕の余り呟いた声は、二体のサーヴァントが奏でる戦争の音色に消し飛ばされる。

 ――貫く、貫く、貫く。無敵を誇る大英雄の五体が抉り削られていく。

 湯水の如く空間から溢れ出る必殺の軍勢、剣が巨人を蹂躙する。胴を引き裂き、頭部を撃ち砕き、心臓を貫き、腕を千切り、足を切り刻み、五臓六腑が炸裂する。

 ――だが、それでも、黒い巨人は死に至らなかった。

 バーサーカーは即死する度に蘇生する。そして死する度にギルガメッシュへ前進する。幾度も無惨に殺されながらも、彼は足を決して止めない。

 ――その姿を、黄金の王は愉快げに笑って迎えた。

 そして繰り返される解体劇場。無敵を誇る筈の大英雄は英雄王に近づく事も出来ず、その肉体を血塗れに染め上げた。

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 バーサーカーは見た目通り尋常な能力では無い。言峰士人が見てきた者の中で、間違いなく史上最強の戦士である。強力な怪物集団である死徒二十七祖でさえ、大部分がバーサーカーからすれば当たり前に殺せるそこいらの魔物でしかないだろう。神話の時代に大英雄が打ち立てた偉業は、果てしなく強大な伝説だ。

 鋼鉄の肉体と最狂の怪力。既に敵の脅威を感じ取ったイリヤスフィールにより狂化状態に突入したバーサーカーは、数多に存在する英霊の中で更に怪物と言える戦闘能力を増幅させている。幾ら殺されようが死する度その場で甦り、クラスにおける最速のランサーを凌駕する速度と最優のセイバーを凌駕する臂力を持つサーヴァントなんて、それこそ太刀打ち出来ないだろう。バーサーカーの真価とはつまるところ、どのサーヴァントよりも速く、強く、堅く、暴力を撒き散らす事にある。

 だがしかし、その怪物を眼前に一歩も引かず、魔剣、聖剣を繰り出し圧倒する英雄王は怪物以上に怪物だった。バーサーカーとはまた違う凶暴性、秩序なき暴力が当たり前の様に最強の一角を殺す、殺す、ただ殺す。

 

「――――フ。所詮は暗愚の輩(バーサーカー)、戦うだけのモノであったか。同じ半神として期待していたが、よもやそこまで阿呆とはな!」

 

 バーサーカーから見ても規格外の敵。それでも尚、彼は最強であった。全身を貫かれ、斬られ、穿たれ、刻まれて、しかしバーサーカーは止まらない。豪雨の如く降り注ぎ続ける刃の滴で身が死に逝こうが、蘇生を繰り返し間合いを詰める。

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 ………それは、余りに愚直な前進だった。

 敵の攻撃への対抗策など考えもしない、只管前へ命ある限り進み続ける狂気の沙汰。敵を屠り殺す為の狂戦士の戦い。

 しかし、届かない。狂戦士は目の前で君臨する王に辿り着けない。ギルガメッシュはそれを理解し、あえて立ち止まり挑発する。愚かに前進するしかない的を嘲笑する。

 

「◆■◆◆■■」

 

 黒い巨人に勝機は無かった。今の方法では勝ち目は欠片も見当たらない。しかし、そうだとしても、彼は足を止める訳にはいかなかった。止める理由になどならなかった。

 

 巨人は、足を進める。

 後退も、回避も無く。

 それを、王は笑った。

 

 宝具が奔る。嘲う声を上げながら、空間を侵食する己の財宝に指令を宣告する。

 

 

「では、そろそろ引導を渡してやろう。これ以上近づかれては暑苦しい」

 

 

 ――そして、号令が下された。

 巨人は自分に襲い掛かる必殺の大部分を弾き返し、刃の群れが命の大部分を粉砕した。

 

「■■■■■■…」

 

 血に塗れた体が揺れる。ゆらり、と地へ沈み逝く鋼鉄の巨体。

 

 ――だが、違った。

 

 彼は踏みとどまった。今一度倒れ込む己が肉体を立ち上がらせ、全身に纏わり付く宝具を振り払う。

 

「な――――――に?」

 

 ギルガメッシュが顔に浮かべたそれは驚愕だった。狂戦士は宝具を打ち払い、必殺の攻撃を駆逐する。そしてギルガメッシュへと踏み込み続ける。

 

 …体は死に体。絶望的なまでに致命傷を背負いながらも、彼は前へ進む。

 

 それは、余りにも強い意志の現れだった。バーサーカーが身に纏う気迫は狂気では無かった。彼は確かな自分の心で意志を貫かんと、この絶望しかない戦場にいるのであった。

 

「フン、的でしかない犬畜生が。あれを喰らいそれでも尚、肉の形を留めるか…」

 

 ギルガメッシュは容赦無く魔弾を撃つ。それをバーサーカーは斧剣で弾き、肉が削がれ、腕を穿たれ、足を貫かれようとも、決して足を止めず追い詰めていった。

 

「――――――」

 

 其処までしても、幾ら宝具を斬り払おうとも、彼はきっと届かない。それを承知で挑むのは、譲れない何かが彼の肉体を動かし続けるからだった。

 

「■■■■■■◆■◆◆■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

 彼はイリヤスフィールのサーヴァント。前に進む理由はそれだけ。

 バーサーカーは我が主の為、その命を守る為に戦う。それ故に巨人には後退も回避もしなかった。背後にいる幼い主、怯える心を必死に抑えている少女を宝具の雨から守護せんと、盾となり前進するしかなかった。

 彼は主の為、その愚直な前進を繰り返す。主を守りながら敵を討つには攻撃を自身に集めるしかないと悟った故の前進。

 

 

「■■■■■■◆■◆◆■■◆■◆ーーーーッッ!!!」

 

 

 ―――咆哮が上がった。

 十度目の死を大英雄は乗り越え、眼前の敵へと駆け抜ける。瓦礫を巻き上げながら突進する姿は、余りの恐怖に脳髄が凍る程の脅威を見る者に与える。

 

「下郎――――っ!」

 

 ―――虚空より躍り出る無数の弾丸。

 狂戦士は必殺の矢を弾き返し撃墜させる。それは彼が見せる最後の猛りだったのか、ギルガメッシュへと肉薄した。

 ―――空間を抉り、斧剣が奔る。

 無骨な脅威が鎧も装備していない無防備なギルガメッシュへと向かう。今まで一度となく敵に振われなかった彼の剛斧が、主の敵を討たんと風を切り裂く唸りを轟かせる。

 そして、ついに一閃される彼の剣筋は、しかし―――――

 

 

「―――天の鎖よ……っ!」

 

 

 ―――無数の鎖によって、バーサーカーは捕えられてしまった。

 

 


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