神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 近所のインド料理屋で夕飯を食べてきました。ナンが食べ放題でしたので、食べ忘れた昼飯の分の食べられたので良かったです。そして、何故あそこまでナンとインドカレーのセットは美味いのか、不思議です。インドがあだ名な代行者さんも、本場のモノを食べたのなら目覚めても仕方なかったのかもしれない。


28.再死合

 助けた他人から嫌悪された分、助けなかった他人から憎悪される。殺した他人から憎悪された分、殺さなかった他人から嫌悪される。

 ……ならば、自分を助けない人間は、自分自身に呪われるのだろう。

 彼の人生は円環に似た螺旋であった。運命が悪夢を成す程に、人の営みは醜悪を極めた。夢見た正義は何処にも無かった、求めた理想は何処にも無かった、世界にも自分の内にも。

 ―――何故、殺す。

 人を殺さないと人が殺されていた。殺さないと何も救えない。

 ―――何故、救う。

 命を救わないと人は救われない。命を救えても人は救われない。

 ―――何故、戦う。

 綺麗だと憧れた。その理想が綺麗だった。

 彼はもう終わりを迎えている、もう救われる事もない。英霊が人を救う存在ならば、英霊となった彼を一体誰が救えるのだろうか。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 魔術の到達地点―――魔法。

 それを手に入れた者を魔術師は魔法使いと呼ぶ。魔術師が存在の全てを掛け、人格を変質させるまで渇望する魔術基盤。今の人類では到達不可能な境地。

 魔術師が求める魔法は五つ世界に存在し、その中でも第二魔法は『平行世界の運営』が正体である。何でも個人個人の運命は複数に分岐されており、ヒトが選んだ道で世界はカタチを変容させていく。世界は人によって分岐する、それも無限にだ。魔法使いに観測された世界、同じ人間が違う道を選んだこことは違う世界。“もしかしたら”の世界がこの世界の外側へ無尽蔵に存在する、まるで合せ鏡の様に際限無く。

 

「―――――(確か……ここが主に言われた場所であったな)」

 

 涼しい気配を纏う侍、彼の正体はサーヴァント・アサシンである。もっとも今は実体化しておらず、それなりに霊感を持つ異能者にしか目視は叶わないだろう。

 そして、このアサシンは魔法と言う幻想に剣術で到達した侍でもある。今の現世での名前は佐々木小次郎、生前とは全く関係ない名を背負わされた故人なのだ。歴史に刻むべき名前などない百姓が亡霊の正体、英霊の中身。

 

「―――――(何処か陰鬱な気配、負の思念を感じさせる剣気………アーチャーか?)」

 

 霊体化したまま街中を通り抜けていき、アサシンのサーヴァント――佐々木小次郎が辿り着いたのは冬木教会。彼はマスターの命に従い戦場へと足を運ぶ為に、嘗てのマスターが潜伏する教会を訪れた。

 

「……………」

 

 教会の敷地に少し入る。人目が無いそこで彼は霊体化を解除した。既に刀を鞘から抜いており、アサシンは悠々と刀身の峰を肩で担ぎながら歩いていく。

 ―――草鞋が石造りの地面と擦れる音。

 暗殺者として呼ばれたサーヴァントであるが、もとより風の噂で聞いた事がある忍びの如く闇に隠れて敵を抹殺する気など初めから彼には存在しない。一つに纏められた長い髪を風に揺らしながら、真正面から堂々とアサシンは敵陣へ歩んで行く。

 そんな時、風を切る音を聞く。いや、もはや風よりも迅く、此方に迫る脅威。それは眉間を狙う一矢。

 アサシン目掛け、鉄矢が唐突に迫りくる。おそらくは教会に潜伏するサーヴァントが放ったであろう、その不意打ち。だが、しかし―――――――

 

「温い温い、気合いがまるで足らん」

 

 ―――眉間を穿たんと迫る鉄矢を、アサシンは首を逸らすだけで回避する。

 彼はサーヴァントとして“心眼(偽)”のスキルがステータスに付けられる程の技量の持ち主。そもそも不意打ちなど頂きに至ってしまった侍に効きはしない。あらゆる危機を予知し回避する侍は、他のサーヴァントと速度の質が異質であり、アサシンが体感する時間の動きは他の人間と比べると全く違うモノ。

 

「――――――………」

 

 教会の屋根から弓を構えアサシンを見下ろすアーチャー。無言のまま鋼の様な無表情で下にいる男を睨む弓兵は、何故アサシンがここに居るのか解せなかった。

 

「……ふむ」

 

 ボソリと声を漏らす弓兵―――そこからは何一つとて感情が窺えない鋼の音。

 

「何故貴様がここにいる?」

 

 彼が訊く、その僅かな戸惑いと確かな敵意が込められた問い。それを聞いたアサシンは浅く笑顔を作る。口元を鋭く歪ませて笑みを作る。

 

「何故、貴様が何故と、そう私に訊くのか弓兵」

 

 眼下を歩く侍の声を聞き取り、アーチャーも皮肉気に苦笑する。そんな事も悟れぬのか、と侍の視線が教会の上で弓を引く男を貫いているからだ。

 

「…我々はサーヴァント同士だったな。理由を訊く行為に、大した価値は無いのは此方も認めるところだ」

 

 暗殺者のサーヴァントはアーチャーに矢を狙われていながらも、まるでそれを気にした素振りを見せずに足を進めた。

 そしてアーチャーは、自分の矢を気にせずに教会へと歩き続ける侍へ重々しく自らの口を開いた。

 

「―――立ち去れ……などと、無粋な事は流石の私も言わしないさ。

 だがな、それでもここを通ると言うのならば、精々安らかな臨終を迎えるよう、仏にでも祈るのだな」

 

 黒一色の弓を消したアーチャーが石畳の地面へと跳び下りた。

 彼が得意とする遠距離戦ではなく近距離戦に戦場を変えたのは単純な事で、門番として立たされている教会を守護することが出来ないからだ。長刀で戦う暗殺者のサーヴァントとして異色なアサシンの敏捷性は、英霊と言う超人魔人の集団から見ても怪物的なスピードである。このままでは幾ら矢を放とうとも悉くを回避され、本当に一瞬の間で接近を許し、彼は弓から双剣に武器を切り替える時間も無く斬殺される。

 そもそも只の矢では射れるイメージが浮かばないのも事実。大して距離が離れていないこの状況では狙撃が成功しそうにない。奴を討てる宝具クラスの概念武装を使おうにも、今の距離では魔力を充填する間に近づかれて終いになる可能性が高いと経験で判断する。

 

「くっくっく。何時ぞやと立場が逆になったな」

 

 屋根から降りて来た紅い弓兵に、蒼い侍が面白そう声を上げる。アサシンは何処となく、目の前の再死合相手に対して揶揄した雰囲気を纏っている。

 

「嫌味かね、それは」

 

「まさか。見たままを言ったまでよ」

 

「……それを嫌味と言うのだよ、アサシン」

 

「そうなのか…くく、それは失礼を申した」

 

 アサシンがダラリと脱力しながら、片手で長刀を悠々と構えている。

 一見すれば隙だらけであるが、それは隙であって隙ではない。彼の剣術には元々これと言った構えは無く、そもそも斬り合いに不必要なのだ。我流ゆえに邪道、強いて言えば唯一つ鍛え上げ修得した秘剣にのみ型が存在する。

 

「…………………」

 

 ゆらり、ゆらり、と侍が間合いを詰める。後一歩、そこはアサシンの必殺圏。二歩踏み込めば、アーチャーの双剣が唸りを上げよう。

 

「おぬしの剣技は確かに良く鍛えられていた」

 

 薄っすらと笑みを浮かべる侍。

 

「しかし、おぬしの剣からは尊厳が感じられぬ。自己を鍛えた者として抱くべき魂が摩耗し、負の澱に囚われた淀んだ剣筋。

 さながら心が挫け、魂に誇りを失った――――負け狗の剣術よ」

 

「――――――――――なに」

 

「故に残念だ、弓兵よ。

 本来のおぬしならば心から死合いを愉しめそうであるが、心ここに有らずと言った姿では、此方も斬り甲斐が薄れてしまう」

 

「――――――――――――っ」

 

 ……挑発だ。アーチャーもそんな事は理解している。

 しかし、アサシンが図らずとも、その言葉は全て事実だった。もはや成り果ててしまったアーチャーには何も無い、摩耗した彼の魂に尊厳など何処にも無い。余りにも醜悪な人の営みが、魂の尊厳など失わせてしまった。エミヤシロウが正義の味方の何に誇りを抱いていたのか、そんな事も如何でも良くなってしまった。

 ――――だからこそ、それは彼にとって発火剤となる。

 背負ったモノは絶望のみ。味わうモノは苦痛のみ。理想に裏切られ、信念は汚れ果て、後は泥沼の中で溺死するだけだった。

 

「何とでも言え、結果は直ぐにわかる」

 

「―――…………く。おぬしならそう言うと思ったぞ。

 確かにこれから死合う相手に要らぬ挑発をするのは無粋よなぁ。そもそも戦いの前に声を交わす事自体、我々にとっては贅沢にも程があろう」

 

 如何やら、それなりに本気になったアーチャーを見てアサシンは笑う。

 

「さて、死合おうか。

 どのみち私はこの先の魔女の首に用がある。おぬしはここで斃れ、屍となるが良い」

 

「ああ、そうしよう。

 私にも目的があるのでね。貴様が生きていると、後々何かと邪魔になりそうだ」

 

 互いの宣告。―――そして次の瞬間、長刀が弓兵の首に伸びる。

 目視不可の初動、初速にて最速の動き。千里眼を持つ彼にとっても神掛かったその(はや)さ。

 ―――カキィン、と鉄と鉄が擦れる音。

 双剣の片割れが刃を防ぐ。首に向かう進行方向の間に白の中華刀が割り込んだ。そしてアーチャーはそれと同時にもう片方の黒い剣で侍を両断しようと踏み込もうと考えるも、しかし出来ない。

 そして、またしても鉄と鉄が擦れる音。ほぼ同時に襲い掛かってきた二連斬。アサシンからの斬撃、その一撃を彼は黒き剣で防いだ。

 

「っ――――――――」

 

 化け物だ、アーチャーは内心で苦悶の声を呟いた。

 自分が防いだ瞬間、返し刀にもう一撃を繰り出す侍の剣術は神速を超えている。速さを超えた迅さ、それは天賦の才が可能とする剣の業。瞬間、瞬間、零から最大まで加速する魔人の魔剣。五尺もある刀から伝わる剣気が相手に絶望を与える程の技量を知らしめる。その殺意が敵の心を死に至らしめる。

 ――それでも、アーチャーは後退しない。

 迫り来る剣戟を防ぐ、防ぐ、防ぐ。首を狙い切り迫る刃の先を読み、陰陽の双剣で迎撃する。双剣の刃と刃の合間を差し、防御を抜けて首狩りを行わんと殺しに掛る長刀。風を斬り唸りを上げる剣気からアーチャーは生きていた。

 止めど無く襲い掛かる侍の斬撃の群れに隙間は無い。

 彼が一代で創り上げた剣術に隙は無い。

 アーチャーの目でさえも、刀の真っ先は既に影も形も無く、動きの初動も視切れない。…しかし、防ぐ。彼は侍の刃を先読みし、双剣で弾き続ける。此方が敵の攻撃箇所を誘導する為に作る隙さえアサシンは無視し、ただ只管に必殺の一撃を求める侍の剣気、アーチャーの戦術ごと斬り捨てる彼の剣戟は苛烈であった。だが、そうであろうとも、弓兵は必殺の群れを凌いでいる。

 

「――――――……っ!!」

 

「ふ……――――――――!」

 

 ……鳴り響く剣戟の連続音。高鳴るは、刃と刃が奏でる鉄の音色。

 アサシンが感じ取るは、弓兵の殺気により形成させる剣気の群れだ。先の先の先の先を、更にその先さえ読み取る戦術は死神の如く侍へ脅威を与える。

 

「――――――(ほう、これを相手に引かぬかアーチャー。……ならば少々、趣向を変えるか)」

 

 アサシンの動きが止まる。不動にて不敵。掛って来いと、彼はそう微笑みかけた。

 

「っ――――――――――!!!」

 

 好機を見て弓兵が踏み込む。攻守は反転する。アサシンが見せたのはアーチャーがそうする様、自ら攻撃を誘う為に隙を作る行為。だがそれでも、アーチャーは踏み込み、敵の策ごと斬り殺すと目で語っている。

 ―――そして、アサシンはアーチャーの剣撃を受け“止”めた。

 完全な脱力により衝撃を殺し切り、受け流すこと無く、彼の双剣を停止させ鍔迫り合いに持ち込む。だが、そんな事は本来ならば有り得ないのだ。

 

「――――――……っ!」

 

「くくく、実に不思議そうな顔を浮かべたな」

 

 双剣を攻撃を受け、侍の刀に異常は何処にも無かった。そう、異常が無いことが何よりもの異常。神秘もない只の日本刀で、干将莫邪の一撃を正面から受け耐えられる道理は無い。

 

「―――――――(そういうことか……っ!)」

 

 ギジギジギジ、と鍔迫り合いに持ち込まれる。そしてアサシンの絶妙な力加減で抑え込まれ身動きが出来ない彼は、得意の魔術で長刀を解析した。無理に押し返せば間合いを取られて輪切りにされ、力を弱め過ぎれば押し返され輪切りにされるこの状況で、アーチャーはこの不可思議を理解する。

 

「…………(何処の誰かは知らないが、アサシンの新しいマスターが刀に強化魔術を掛けたのが理由だな。本当に余計なことをしてくれる。

 ―――っち。先入観に囚われ解析を行わなかった私のミスか……っ)」

 

 名刀であるが只の日本刀でしかなかったアサシンの刀。彼の愛刀は魔術師により生まれ変わり、神秘と殺し合える武装へと新生した。

 宝具とも斬り合える長刀は群青の侍が振るうことで、英霊の魔剣に匹敵する妖刀となったのだ。

 ―――ギジギジ、と刃と刃が弾けぶつかり花火が散る。侍の刀が怪しく光った。

 アーチャーは山門に訪れた時、アサシンと戦闘を繰り広げている。その時のアサシンと今のアサシンを同一と視たのがそもそもの間違い。他と比べ元々燃費が非常に良いサーヴァント、マスターからの魔力補給も万全な彼は一味も二味も違う。サーヴァントの宝具相手に役者不足だった刀も入念に強化され再誕し、階段と言う剣士には戦い難い地形からも解放された侍の剣技の冴えは光り輝いていた。

 鉄と鉄がお互いを削り合う不協和音。精神に負荷を与える音響の中、アーチャーはそれならばと不敵に笑みを浮かべた。相手に腹立と不安を与える策士の笑顔、それが相手の精神に隙を作らせる。

アーチャーは自身の表情さえも武器と使う英雄だ。ハッタリであれ真実であれ、それは敵の精神に干渉する悪辣な罠なのだ。

 

「っ―――――――――――!」

 

 その時、アサシンに寒気が奔る。明鏡止水に至った彼の精神が、その笑いを危険に感じる。

 自分が有利なこの状況で、相手の動き次第で如何とでも斬り殺せるこの状況で、未だ見えぬが襲い掛かるであろう脅威から自身の“死”を感覚した。

 ―――閃光と爆音。

 ドオォン、と言う死の音色の発生源は双剣から。突如として二振りの剣が炸裂する。爆発の前触れは無く、強いて言うのならアーチャーが小声で何かしら言葉を呟いていただけ。

 爆発して消え飛んだ双剣の主であったアーチャーは、吹っ飛ばされた後にゴロゴロと石造りの地面を転がりながらも生きてた。無傷とは言えない、しかし何処も軽傷である。肉体に強化魔術を施し、剣と化した四肢の強度が熱風の破壊力を上回った。

 

「―――――――ッ!」

 

 無言のまま、彼は煙の向こう側にいるであろう侍に新しく手に出現させた双剣を投げる。

 生きているのか、死んでいるのか、軽傷なのか重傷なのかは分からないが、今の内にトドメを刺すべく致死の一撃を見舞わせる。

 …そして、二つの金属音。アサシンは生きていた。

 ビュンと煙を引き裂いて、群青の侍は現れる。煤で着物は薄汚れているが、アーチャーと同じく重傷は一つも無い。

 

「……驚いたぞアーチャー。剣が破裂するとはな、流石にそれは予想出来ん」

 

「私の手品も中々だろう? 少しは驚いてくれて何よりだ」

 

 そうは言うものの、アーチャーは内心で苦い思いが少しも無い訳では無い。

 彼が行った捨て身の反攻、双剣の爆破は絶妙な手加減され自身に致命を与える事がないと解っていても危険である事に違いは無い。それ故に捨て身、それ故の必殺足りえる戦術。しかしそれは成功に成らず、失敗に終わった。

 アサシンとアーチャーはサーヴァントとして耐久性に違いがある。アーチャーにとっては軽傷で済む攻撃であろうとも、アサシンにとっては命に関わる重傷となる攻撃になる爆破であった筈。

 ―――だがアサシンは、持ち前の危機察知能力で脅威を悟り、アーチャーが双剣を爆破する前に後方へ退避した。

 彼は双剣が爆発する事は判らなかったが、ここにいれば自分は死ぬのだと、その脅威を感じ取る事は出来たのだ。

 ―――しかしその事も弓兵は可能性の一つとして読んでいた。だからこそ彼はアサシンがいる煙の向こう側へと双剣を投擲した。

 それなのに、その攻撃さえアサシンは弾き逸らした。目視出来ない奇襲も迎撃した。

 それが事の顛末。アサシンの戦術をアーチャーが戦術で破ろうとも、アサシンはそれを鍛えられた武芸者の技量で乗り越えた。

 

「――――――――(ほう、剣が弾けるのか……。奴の剣自体に脅威を感じたのはそれが理由であろうな、気を付けねば直ぐに此方が死に果てる。

 それに先程受け流した双剣にも不可思議な術が掛っておるのか如何か、少しばかり気に掛るのよな。面妖な術が他にもまだ有ると見るのが賢明か……―――――――)」

 

 アーチャーの戦術の一つに、斬り合いの中で態と剣を落としながら剣を新しく投影して斬り合う戦法がある。しかし、アサシンの剣術は首を撥ねる一撃必死の必殺の業。アーチャーが剣を落とすのは頭部が胴体と分離する直前、円で迫る刃が相手では剣を落とした瞬間そのまま長刀が首を狩る。

 だがその前に、そもそもアサシンの膂力にアーチャーの双剣を吹き飛ばす力は無い。そんな事をすれば侍が持つ心眼で不自然さを疑われ、投影魔術師として更に戦い難くなろう。異端の魔術で隙を突く戦術を戦いの要とする彼は、不用意に警戒を無駄に作りたくは無い。

 

「―――――――――(このタイプは感覚そのものが優れているからな、全く以って割に合わん。

 ……さてはて、漸く仕掛けた鶴翼三連の第一陣。奴の動きを読み取り、干将莫邪の使いどころを見極める必要が出てきたな)」

 

 二段構えの奇襲をも防ぐ超感覚。脅威を先読みする第六感。アーチャーとは反対に位置する戦法。侍が刀を振り続け死の間際で至った究極、それは才能が欠しかったアーチャーが越えてやると足掻いた境地でもあった。

 彼とは反対に位置する業(ワザ)の極み。弓兵は侍の剣術を見て何を感じているのか、その美しさの何に魅せられるのか、それは理想の為に剣を鍛えた弓兵にしかわからない。

 

 

「さぁ。死合(シアイ)を再開しよう、アーチャーのサーヴァントよ」

 

「それは此方も望むところ。―――亡霊の秘剣、今日ここで潰えてしまえ」

 

 ―――ニィ、と侍は笑う。面白可笑しいと侍は壮絶な笑顔を顔に刻む。

 生涯を掛けて修得した秘剣を蔑ろにされようとも、そんなことは今自分が抱いている悦に比べるモノでは無い。

 なんと言っても自分の秘剣を破れると挑発出来る強敵なのだ、これが愉しく無いワケが無い。そんな相手と死合いを行い、何より殺し合いを自分と行える強者と会話をする、こんなに楽しい出来事は生前になかったのだ。

 ―――鉄が弾ける、剣戟の嵐。それは死の舞、剣の舞。

 

 

「――――――――――じゃ」

 

「ハッ――――――――――」

 

 

 しゃらん、と双剣の一撃を長刀で流し逸らされる。

 首を刎ねに斬り迫る長い刃。初動を見切れない斬撃は全てが必殺。アーチャーの『眼』を持ってして異常な迅さ。

 ―――――命を賭して戦場で鍛え上げられた戦術が、只一つの頂きだけを目指して鍛え上げられた剣術に押されている。

 経験とは、それだけで相手より有利な立場へ成れる。アーチャーはアサシンより数十数百倍の敵と戦ってきた、侍にそう悟らせる程の重みが刃に宿っている。彼が魅せる双剣は才能を感じさせないからこそ、それを見る者に鈍い輝きを幻視させる。アサシンが鋭く巧みな剣術ならば、アーチャーは巧く堅い剣術。両者の一番大きな違い、それは目的の為に剣を鍛えたのか、剣を極める為に剣を鍛えたのか、この二つである。

 蒼い侍は死合う敵に透き通った刀の業を魅せるが、紅い弓兵は血塗れで人肉の臭いが染み付いた双剣の業を敵に刻み込む。

 アーチャーとアサシンに存在する差は、命を殺した数と、命の危機に瀕した数だ。互いの業を視るだけで、お互いがどの様な人生を歩んで来たのか、今を殺し合う二人は理解出来た。

 この二人の剣士には、それだけ人生に違いがあった。それだけ、人を斬った回数に違いがある。それだけ、命を賭した回数に違いがある。

 

「―――――――ヌァッ!」

 

「ふ――――――――っ!」

 

 ………それでも、弓兵の双剣は、侍の刀に届かない。

 だからこそアーチャーは決意する。自分と言う敵に胸を躍らせる、この眼前のサーヴァントを打倒するべく思考を巡らす。一度目の偶発的な殺し合い、二度目の死闘。この因縁をここで決着とするべく弓兵は暗殺者を睨む、侍は笑う。

 アーチャーは斬り合いの最中、小さく口を開ける。彼は弓兵のサーヴァントであるがその正体は違った。彼が生前に生業としていたのは魔術師である。双剣を振う剣士では無く、弓で狙撃する弓兵でも無く、彼は呪文を唱える魔術師の英霊だ。

 故にアーチャーが魔術師で在るならば、すべきコトは唯一つ――――――

 

 

「―――――I am the bone(体は剣で) of my(出来ている) sword.」

 

 

 ―――そして、錬鉄の呪文が唱えられた。




 アサシンは一体何をしているのか、今回はそんな回でした。そして読んでいれば気付いたと思いますが、とある剣士さんに壮絶な死亡フラグを立ててみた回でもあります。
 読んで頂き、有り難う御座いました。

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