神父と聖杯戦争   作:サイトー

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31.Alter Ego

 体は剣で出来ている(I am the bone of my sword.)

 

 血潮は鉄で心は硝子(Steel is my body,and fire is my blood.)

 

 幾たびの戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades.)

 

 ただの一度も敗走はなく(Unknown to Death.)

 

 ただの一度も理解されない(Nor known to Life.)

 

 彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う(Have withstood pain to create many weapons.)

 

 故に生涯に意味はなく(Yet those hand will never hold anything.)

 

 その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray,unlimited blade works.)

 

 

 

 ―――唱えられし錬鉄の呪文、守護者の魂は剣で満ちる。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ―――朝焼けは灰色だった。

 陽射しは雲に遮られ、黎明は輝きを封じられている。頭上は一面の曇天だ。黒と言うよりも灰と言える空模様。

 そんな天気の中、白く聳え立つ聖なる建物が、ここは神聖なる領域だと訴えている。そこは冬木の街に一つだけある教会。しかし、場に満ちているのは濃密な魔の気配だけだ。その教会の入口から礼拝堂への扉の間にある広い石造りの道に、五人の人物が剣呑な雰囲気を醸しながら立っている。

 

「久しぶりね、元サーヴァント………随分とやつれた顔をしてるわね?」

 

「……やれやれ。会って早々の言葉がそれかね、元マスター」

 

 門番の如く道に立ち塞がるアーチャーへ凛が睨みつけながら皮肉を投げつけた。それを受けながらも彼は自然な態度崩す事も無く、アーチャーが浮かべた笑顔は彼女とパートナーを組んでいた時と然程も差が無かった。

 

「それで、お仲間を何人も連れて、この様な場所に何をしに来た?」

 

 皮肉気に顔を歪め、笑う、哂う、嗤う。

 彼の笑顔の向き先は、二人並んで此方を睨む遠坂凛と衛宮士郎。そして、その視線を受けている自分自身であった。

 

 

「―――勿論、全部まとめてぶっ飛ばしに来たのよ」

 

 

 殺気だった赤い二人の言霊に空間が確かに軋む。色濃い敵意の重圧が教会の広場に集束していく。

 

「なるほど。実に君“らしい”セリフだよ。

 それに君の事だ、やられっぱなしでいられる性分ではあるまい。必ず来るとは思っていた」

 

 濁った乳色の空。曇っていながら雨上がりの匂いを含んだ空の下で、その男は涼しげに凛を見つめる。

 

「しかし、なんだ。……何の手だても無しに勝負を挑みはしないだろうと考えてはいたが、まさか後ろの二人を策として用意するとは私も驚きだ」

 

 その言葉を受け、しかしバゼットとアヴァンジャーは無言を貫く。相変わらず彼の顔は黒いフードで隠されており、彼女も鉄の如き無表情。

 

「ふん。何に驚いたのよ、あんたは。サーヴァントと戦うのはサーヴァント、こんなの常識でしょう?」

 

「そう言う事だ、アーチャー。お前の相手は俺がする」

 

 凛と士郎より前へ、アヴェンジャーは言葉と共に前進する。フードの影で表情は解からないが、雰囲気で周りの者に理解させる。

 アヴェンジャーの殺気は透明だ。煮え滾る熱さも無ければ、凍え死にそうな冷たさも無い。まるで燃え尽きた死灰のような、感情も狂気も冷徹さすら無い空っぽの殺意を放つ。

 特に士郎はそれが恐ろしかった。機械がインプットされた命令に従うかの如く、人間味が欠片も無い殺気。

 

「さぁ、もう行くが良い。

 キャスターもお前達の到着を、首を長くして持っているだろう」

 

 黒衣の男はそれだけ言うと、目の前の敵に殺意を集中させていく。隙を見せれば即座に殺しに掛る合図であり、遠坂凛と衛宮士郎に対するサインでも合った。

 

「ええ、ここは頼むわね」

 

「任せたぞ」

 

 そう言い放った後、凛と士郎が弓兵の横を通り過ぎていく。サーヴァント同士の殺気が充満し、息をするだけで苦しいが、二人の後ろ姿は変わらぬ速さで遠ざかっていく。

 この場に残されるのは、番人役に徹する弓兵と狩り()りに来た復讐者。そして、マスターたるバゼットの三人のみであった。

 

 

 

 

 

 2月13日 『Alter Ego ―分身―』

 

 

 

 

 

 遠坂凛と衛宮士郎が教会の扉を開き、キャスターの根城へと姿が完全に消える。

 その姿を見送った後、アヴェンジャーは真っ黒い僧衣のフードを外し、その素顔をアーチャーに見せていた。そして、黒衣のサーヴァントが目の前のアーチャーに笑い掛ける。その表情は親しげでありながらも、隠すつもりもないのか愉悦の現れが出ている。

 

「随分と摩耗したな、兄弟。運命に喰い殺されたか」

 

「……友よ。そう言う貴様も、堕ちる所まで零落した様に見えるがね」

 

 ―――殺し合いを挑みに立ち寄ったは、黒い法衣を纏う復讐者。

 ―――教会の番人として立ち塞がるは、赤き外套を纏いし弓兵。

 

「お前がアレを裏切ってまで事を成そうとするとは、な。……まあ、そう思うのも、正義の味方落第生なら仕方があるまい。

 そこまで思い詰めるほど守護者に嫌気が差したか?

 価値も無く繰り返される殺戮はうんざりか? 

 ―――絶望するのさえ、もう既に疲れたのか、エミヤ?」

 

 それを聞き、耐えきれずと言った雰囲気で失笑を漏らす。そのアーチャーの笑みには暗い感情しか無く、絶望と苦痛が色濃く映し出されている。

 

「何を今更。貴様なら既に知っている事だろう。

 ………私はもう、何もかもが苦しい、消えて無くなりたい。理想も、感情も、何もかもをだ」

 

「なるほど。故に過去の自分を、自分自身の手で終わりにする訳か」

 

「―――当然だ。

 全ての過去を終わりにする為、オレはここまで還って来た」

 

 冬木教会。今この時この場所は、命を奪い合う戦場と化していた。

 紅い外套の弓兵が黒衣の復讐者を迎え討つべく、その両手に陰陽の双剣を具現させる。魔力が固まり質量を持って神秘をカタチとする魔術。それは投影と呼ばれるアーチャーが得意とする魔術にして戦術の根本であり、目的遂行の為に障害を排除する際に現れる敵意である。

 それに対して、アヴェンジャーは禍々しい刀剣を二本両手に出現させる。その二つは完璧な類似品で違いなど何一つとて存在しない。そしてまた、彼が使った神秘も投影と呼ばれる魔術。

 

「如何やらお互い、生前の記録は復元されてきた様だな」

 

「……そうだな。

 この様な再会をするとは思いもよらなかったよ」

 

 霊長の守護者。それが二人の正体だ。彼らは言うなれば、人類の無意識である阿頼耶識と契約を結んだ全ての同一存在の集合体。無限に広がる平行世界には、やはり同じ個体が無制限に存在する。違う世界に住む者では在れど、やはり魂を構成する情報は同じなのだ。同じ起源を持ち、同じ親から誕生した。

 故に、守護者の座にある情報は膨大極まる。複数に分岐するが同じ結末を辿る生前の記録を保有し、死後に行われ行い続ける活動記録も上限が存在しない。二人とも生前の記憶など、守護者となった今では既に霞んで摩耗しきっている。座へと記録された記憶を思い返そうとしなければ、何も思い返せやしないだろう。それこそ現世に降り立ち、自分の記録を刺激するようなイレギュラーな事が無ければ、ヒトとして生きていた過去の記憶を振り返ることも早々ないのだ。アーチャーとアヴェンジャーはこの世界の現世に召喚され、時間を暫らくおいてから記憶を再現していった。座に記録された、その平行世界軸に位置する自分の記憶を魂に再生させた。

 

「この世界はそう在るようだ。不運なお前には珍しく幸運な事だったな」

 

「………戯け、幸運であるものか。

 本来ならば殺すだけで早々に目的を達成出来たモノを、紆余曲折を経なければならない今の状況。そして宛ら餌を前に尻尾を振る番犬の真似事さえしている、この始末。

 毎度毎度、自分の事ながら呆れて涙が出てくるわ。挙げ句の果てに何の因縁か、貴様も私と同じく召喚されていると来たものだ」

 

 それを聞いたアヴェンジャーは笑みを深める。如何やらこの男、アーチャーとの会話を愉しんでいるみたいだ。

 

「それはまた、始末に負えない現実だ。

 ……もっとも、生前の(しがらみ)に死後も囚われ続ける姿はお前らしいとも言えるが」

 

「まったく、身に染みる悪辣な言葉だ」

 

 顔を心底嫌そうに歪めるアーチャーであるが、そこには僅かながらに親しみがある。どんなに目を逸らそうにも、目の前の英霊は彼の同類であり、同時に地獄の底の更なる底辺の理解者でもあり、自分にとってのアレがそうで在る様に、アレにとっての自分もまた、そうでしか在りえないのだ。

 ……つまるところ、彼ら二人の問答は何処か遠い世界で既に何度も行われたモノ。ただ生前と言う、その不確かな事象を再度なぞっているだけに過ぎない。話している内容は違えども、目の前の怪物(エイユウ)が何を考えているかなど想像がついている。

 そんな彼らにとって、お互いの人格を自然と解かってしまう事が如何でも良い奇跡であり、理解される事を許容出来てしまうのもまた信じ難い奇跡なのである。

 

「それはそうとコトミネ神父。私の目的は兎も角、貴様が凛とアレと共にこの教会へ来たのは、やはり私を殺す事が目的なのかね?」

 

 コトミネ神父とアヴェンジャーは、溜め息を吐く。

 

「……さて。バゼット・フラガ・マクレミッツに召喚されたサーヴァントとして、敵対者全てを殺害するのは当然の事だが、お前を殺す事は別段そこまで特別な目的ではないさ。

 だがな、ここで決着を付けられるのならば付けてしまおうとは考えている。聖杯以外にも愉しみは多々あるが、死んで座に戻ってしまえば娯楽もそれまでだからな」

 

「サーヴァントとサーヴァントが殺し合うのは覆る事のない運命(サダメ)な訳か。サーヴァントとして貴様と殺し合うとは嫌味なまでに因果を感じるよ」

 

「だが仕方が無い。願望を抱いてこそサーヴァント。この様な舞台劇に上げられてしまえば、殺し合ってしまうのは必然だ。

 亡霊となれば誰であろうとも、現世で果したくなる“何か”を抱く」

 

「……確かに。死後、我々が抱いた願望は、言わば亡者の怨念に等しい衝動だ。この想いは何度も何度も現世で死に果てようが魂から解放されないモノであった。

 聖杯戦争と言う死者の想いを果たさせてくれる楽園では、我々は目的を共存する等と言うことは決して出来ない、……特に私と貴様はな」

 

「良く理解しているではないか、正義の味方。

 その殺し合いこそ聖杯戦争成立の前条件。我々が世界に呼ばれ、本来ならば無関係であったこの世界のマスターを利用し、用意された戦場で命を取り合い、死後で至ったこの望みを果たしてこそ、浮かばれぬ魂に救いが存在し得る。

 ―――奪わなければ救われない。

 その循環し続ける業こそが、私にとって見応えが十分に有る娯楽となるのだ」

 

 その言葉は呪いだ。英霊にとって、特に守護者にとって、人の命を奪う事さえ別段特別な悪事では無い。人殺しこそ彼らの所業の本質にて基本。殺し合って勝ち得た名誉こそ、世界に誇る輝かしい伝説だ。しかし、社会(ヒト)の倫理に反する行いである事は確かなのだ。

 彼らは怪物を殺す本物の超越者であり、反英霊から見れば十分に自らと同等以上の化け物。そして、人間から見れば、その力は化け物の悪性と同類の恐怖そのもの。

 ……だとしても、守護者とて人間だ。人間を超越していようが、その心は人としての痛みを有する。奪う事を良しと出来る人間には快楽に成り得ようが、そうで無い者にとってはどんなモノなのか。それも、戦いそのものを憎む様な、敵から殺し取る正義では無く争いの無い平和を望む様な人間にとって、アヴェンジャーの話は脳髄を汚す呪詛となる。特にアーチャーにとっては、その言葉は特別神経を逆撫でする。

 

「相変わらず悪趣味な神父だ」

 

「それには同意しよう。馬鹿は死んだ程度では治らないからな、特に正義バカは」

 

「―――ク、そうだな。特に外道神父の悪癖なんてものは、死んで治るモノじゃない」

 

 目で語るとはこの事だろう。二人の両目は凄みを増し、お互いに相手の事を馬鹿にしている。何と言えば良いのか、物凄く子供っぽかった。

 

「……ふん、まぁいい。

 それで貴様は一体何の奸計を働かせて、凛とアレを連れて教会に来たんだ? まさか、自分が育った教会を懐かしみにでも来たのかね?」

 

「それこそ、まさかとでも言うべき感傷だ。俺にその様な人間らしさが僅かでも残っておれば、英霊になど成り果てる必要も無かった」

 

「だろうな。そんな言葉を貴様から聞いた日には、全身の皮膚に蕁麻疹が出来てしまう。

 ―――………では、何故来た。

 ここに貴様の目的が存在するとは思えん。それとも、この私に会いに来たとでも言うのかね?」

 

 見た相手の神経を苛立たせる笑顔で皮肉を吐くが、それを見る復讐者は更に愉快げに顔を歪めた。

 

「……エミヤシロウ、お前は疑問に浮かばなかったのか。

 ビルの屋上でお前と戦っておきながら何故あの時、校舎の屋上で再びお前と戦闘を開始したのか。何故、この俺が衛宮士郎の心臓を態々串刺しにしたのか。何故、屋敷にまで殺しに掛りセイバーと戦う様なリスクを背負ったのか―――」

 

「……………まさか。コトミネジンド、貴様―――」

 

「―――ああ、そのまさかだよ。

 初めにお前と戦闘を行った後、摩耗して半ば消えかかっている記憶もある程度再生してな、自分の人生の成り行きと同時にお前の事も思い出したのだ。お前のこと以外にも、数多の世界軸での出来事の記録も、己の魂の記憶野から無理矢理掘り返した。

 故にだ、自分がすべき事、自分が行いたい事、見てみたい事、全て思い出した。今この展開、この状況、これは私にとって実に理想的なモノであるのだ」

 

 邪悪な笑みを浮かべるアヴェンジャー―――コトミネジンドからは不吉さしか感じられない。

 

「…てめぇ――――!」

 

 怒りの余り、昔の言葉使いに戻る。彼は自分を戦士に装う事が出来ない。何故なら、何よりも、よりにもよってこの男が、自分の復讐を娯楽として愉しんでいる。許せるなんてモノではない、感情の許容範囲を一撃で砕き破る壮絶な悪意だ。

 

「―――――っ」

 

 しかし、一呼吸の間に精神をアーチャーは落ち着かせた。この男の前で想いを剥き出しにするコトは、自分の人格を奥底まで解体される事となる。アレの手で心をバラバラにされれば、隠してきた心の内を言葉にされれば、戦闘時の精神状態が乱れてしまう。致命的な隙を本当に晒してしまうなど、エミヤシロウにとっては下らぬ笑い話にしかならない。

 精神を整え、目の前の怨敵を視る。心の底から湧き出る敵意と、自分の傷に触れられた事で止まらない殺意を視線に乗せる。憎しみを嘲りに変え、アーチャーはアヴェンジャーを哂った。そして、アヴェンジャーもアーチャーを嗤う。

 

「―――……能力上絶対的な天敵である私に、貴様は勝てると考えているのかね?」

 

「いやはや全く。お前にしては実にく下らない質問だ。

 ……逆に問う事となるが、今のお前のような敗残兵に負ける要素が何処に存在する」

 

「無様に散ったのはお互い様だろう。敗残兵であるのは貴様も同じことだ」

 

 目を黒く輝かせながら、復讐者は弓兵を見る。毒を互いに吐きながらも、どちらも挑発に乗らなかった。時間稼ぎをしたいのはお互い様であり、勝ち負けを優先する戦闘でもないからだ。

 

「――――ク。確かにその通りだ。

 だがな、お前の様に俺は生前にも死後にも後悔は存在しない。己の理想に心を破り棄てられ、自分自身の望みに魂を喰い殺されたお前は負け狗だ。

 過去の思いに敗北し、自身の誇りを下らぬ無価値なモノに変えた愚か者に敗れる程、私も誇りを失った訳ではないのでね」

 

 皮肉気に笑うアーチャーに、アヴェンジャーは心の底から嘲笑うかのようなに笑顔を浮かべた。

 それはアーチャーに対する最大限の侮蔑であった。心底面白そうに皮肉を吐く黒衣のサーヴァントは、黒い太陽に見える両目を灼熱と煮え滾らせるかの如く嗤っていた。

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 ―――弓兵の気配が、塗り替わる。

 射殺す眼光が眼前のサーヴァントを問答無用で串刺しにする。眉間を矢でブチ抜かれたと錯覚する程の殺気。この殺意から、アーチャーが本気で憤怒していることが簡単に伝わってきた。ドス黒い怒気がアヴェンジャーと、後ろにいたバゼットに襲いかかる。

 

「…………………………」

 

 その姿を愉快に見ている復讐者。敵の怒りを欠片も意識していないどころか、アーチャーから放たれる悪霊の瘴気染みた殺意を面白がるような雰囲気を纏っている。

 

 

「お前のような精密機械がな、幾億幾兆年思い煩ったところで答えなど出やせんよ」

 

 

 ――そして、アヴェンジャーは止めを刺した。

 その言葉は、アーチャーを相手に言って良い言葉ではなかった。ソレは相手の心を全て踏み砕いて唾棄する行い。

 

「――――良く咆えた、泥人形。

 しかしな、英雄ならざぬ守護者である我々は、生前の誇りは当に消え失せている。抱いていた思いも摩耗して失った。答えが決まり切った守護者同士の問答に、価値など存在しない」

 

「…………」

 

 言葉を受けても相変わらずな笑顔を作り続ける復讐者。それを見て、苦虫をかみつぶした様な表情を浮かべながらもアーチャーは言葉を続けた。

 

戦争(ソウジ)の時間にはもう頃合いだな、決着をつけてやる」

 

「同感だ。お互い愚者で在るコトを良しと笑った者同士、問答を今更行ったところで価値は無い」

 

 互いに互いの在り方を嘲る、侮蔑する。……自分自身を嘲笑する。ここからは、英霊同士の殺し合い。空間を侵食して壊れてしまいそうな程、高まる暴力的な“何か”が場を暴れ狂う。

 眼前のアヴェンジャーに対するアーチャーの憎しみは、衛宮士郎に向けるモノと似通った苛烈さ。もはや建前など不必要、今の自分に必要なのは敵を必ず仕留めると言う戦意のみ。

 

 

「求道に迷い死ね。

 ――――貴様には、冥府の底がお似合いだ」

 

 

 アーチャーの言葉。それにアヴェンジャーは笑顔を浮かべる。

 

 

「懺悔の時だ。

 ―――己の運命、全てを悔いて死ぬが良い」

 

 

 そうして、殺し合いの宣言は告げられた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 アヴェンジャーのマスター―――バゼット・フラガ・マクレミッツは、眼前で行われている戦闘風景を興味深く観察している。

 

「…………」

 

 彼女から見て、アヴェンジャーの戦闘論理はかなり独特だ。戦闘において一定の“型”と言うモノが存在しない。双剣を愛剣として使うが実際のところ、両手剣だろうが、片手剣と盾だろうが、槍だろうが、斧だろうが、彼は全く問題無く戦場で運用可能だろう。

 一切の隙が無い無形の構えを取る事もあれば、隙が出来ている構えを取ることもある。何より嫌らしいのは斬り合いの間で唐突に生まれる隙、相手に必殺の好機だと思わせる型の隙間である。

 もっとも、あれは全てが罠だ。見えてしまった隙に斬り込んだら最後、奴の戦術に引き摺り込まれる。防がれ防がれ、カウンターの餌食となる。そのカウンターを防いでもドロドロとした底なし沼に沈むように術に嵌まっていく。

 隙を攻撃しないならしないでその攻撃を流され斬り込まれる、または簡単に防がれる。何せ万全の準備をしている所に攻撃するのだ、当然の結果だろう。

 そして、アヴァンジャーの斬り込みも全て戦術で計算されたものなのだろう。一撃必殺の凶刃さえ次へ次へと、何十手も先へと繋げる布石。敵の誘いに態々乗って、そこから切り崩す嫌味な思考戦もかなり巧みだ。カウンターをカウンターで、そんな事を平然と何度も行う異常な精神構造。

 言うなればそう、あらゆるパワー、あらゆるスピードに対応する、その何よりも迅速な狂った精神が彼を最強足らしめる。

 何もかもを視切る目、何もかもを認識する感覚。相手より迅く、相手より先にと、常に加速する精神でもって思考の先手を打ちながらも、攻撃し、迎撃し、反撃する。そして全てを防ぎ切り、戦場で必ず生き残れる。

 殺し合いにおいて最悪の戦闘論理をこの英霊は持つ。故に彼を倒すにはありとあらゆる面で彼よりも優れなくてならない。幸運さえ与えてはならない。それかもしくは、彼の戦力、彼の戦術、彼の戦略、全てを出し抜ける“何か”が必要だ。

 だが宝具の専門家であるあの男に並大抵の宝具は効かない。そして守護者である彼の戦闘経験は無尽蔵、あらゆる対処法を持ち、あらゆる敵に対応可能。正味、全く隙がない。

 

 

「シィ――――――――――――――!!」

 

「――――――――――――――ハッ!!」

 

 

 声と共に解放される気合い。高ぶった精神が刀身に殺意を伝え、剣気が相手の精神を圧殺する。

 サーヴァント同士の殺し合いは、気合いだけで人間一人の心を崩壊されるには十分な殺気が場に満ち溢れる。戦意と殺意が込められた掛け声は、それだけで死をイメージさせる。

 だがそれは、お互いに諮り合ったような声。それさえもフェイクとして、戦術として利用するのがアーチャーとアヴェンジャーの戦い方だ。

 

 

「――――――――――――――――」

 

「――――――――――――ッッ!!」

 

 

 故にアーチャーが勝つ方法は唯一つ、耐えて耐えて耐え抜く事。精神が少しでも屈服すればすぐさま狩り殺される。

 そしてデッドレースを走り抜き、全てをブチ抜き砕いて潰す。

 つまりそれは奴の必殺を全て防ぎ切り、此方も何度必殺を防がれようが命ある限り必殺を繰り出し続ける事なのだ。

 殺し合いでやる事は、目の前の“凶敵(キョウテキ)”と何も変わらない。

 何十、何百と重ねられる架空の剣戟。彼らの様な修練によって自身の心眼を極め上げた者にとって、斬り合いとはイメージの喰い争いだ。視線を一度交えただけで、両者の間の空間には架空の刃が何十何百と瞬間的に重なり合う。先の展開を作り上げ、敵の思考の更なる先を思考しなければ必殺を成し得ず、逆に自身が致命傷を負う破目になる。

 殺意の刃が一度一度斬り合う度に、空想の刃が何度も何度も積み重なる。刃で形成された殺気が空間を塗り潰し、もっともっとと切り刻む。

 ―――そして、斬撃の嵐が戦場を剣の地獄へと変貌させた。

 二人が相手を必殺を成さんとする意志が、世界を斬り殺してしまう、とそんな錯覚を起こし程の重圧。

そこに在るモノのは全てが刃で消されていく。

 

 

 “I am the bone(体は剣で) of my(出来ている) sword”

 

 

 ―――瞬間、小さな声で呪文が唱えられた。

 赤い外套のサーヴァントから響き渡る言霊(じゅもん)。周囲に変化は無いが、それと相対するアヴェンジャーの雰囲気は一変する。

 

「――――っ」

 

 怨、と黒衣のサーヴァントの気配が桁違いに濃くなる。弓兵から感じ取れたのは致死に至る威圧、殺し手たる宝具の顕現の前兆。

 

 

 “There is nothing(心の中には) in my(何も無い) heart”

 

 

 故に、アヴェンジャーがすべき事は決まっていた。宝具には宝具で、サーヴァントとしての必定。彼は精神を固め、魔術回路を全力で回転させる。

 

 

 “Unknown to(ただの一度も) Death.(敗走はなく、)Nor known(ただの一度も) to Life(理解されない。)

 

 

 キィン、と互いの双剣が弾ける。弓兵の魔術師は斬り合いながらも内側で工程を組み上げ、呪文を高速で詠唱する。

 此方の斬撃を左の刃で封じながら右の刃で首を狩り取り迫るが、アーチャーは事前に用意していた逃げの手で回避する。隙を防衛の手段とするのがアーチャーの守りの剣。

 

 

 “Black sun(存在しない) burns(輝きは) the soul(灰のまま、).White sky(空は白く) erases the(晴れ渡る) emotion.”

 

 

 そんなコトは復讐者も理解していた。この度は三度目の殺し合い、そもそも生前の記憶でヤツの戦術は脳味噌で解かっていた。彼も小さな声で素早く詠唱しながらも、アーチャーと剣戟を繰り広げる。

 

「ハッ――――!」

 

「ヌォ――――!」

 

 そして二人は、交差した双剣を同時に振り落とした。ガギィン、と互いの双剣が金属音を鳴り響かせ、四本の剣が砕け散る。その衝撃でアーチャーとアヴェンジャーの間合いが大きく広がる。

 ―――その刹那、距離が離れたアーチャーが自分の左腕を上げる。

 その行為が何を意味するのか、静かに戦いを観察しているバゼットには解からなかったが、何かしらの暗示が掛けられているのは分かった。つまり、呪文の完成であり、宝具の顕現。

 

 

 “―――unlimited(その体はきっと) blade(剣で) works(出来ていた).”

 

 

 それと同時に、アヴァンジャーの呪文も完成する。

 世界が激震しながらも、二人は微動だにせず君臨していた。歌い上げられた言葉は、空間を深く深く侵食する。

 

 

 “―――empty(その心は、再び) creation(無から生まれ落ちた。).”

 

 

 明確に、宣告する様に二つの言霊を吐き出され、世界が変動した。

 炎を灯す赤い線が広がるが、反対から迫り来る死灰の世界に衝突し、二人の半ば辺りで空間の狭間が造られる。

 ―――世界が創造された。心が裏返り、二人の世界が現われる。

 ぶつかり合い、空間を侵食し合う双子の世界。瓦礫の王国と空虚な天地。錬鉄の火の粉が舞い、灰色の燃え滓が漂う。

 弓兵と復讐者の心象風景が拒絶し合い、二人の間で絶対の境界が引かれた。

 

「―――三度目の正直だ。今度こそ貴様を消し去ってやろう」

 

 瓦礫の王様の宣言。

 それと同時に、墓標として眠っていた剣たちが宙に浮かび上がる。堂々と、威圧的に、何とも言えない異様な風景。

 無数の剣が虚空の弓に装填され、全て必殺の軌道を通りながら射出された。無限の剣製が造り出した剣軍、エミヤシロウが創造した必殺魔術。

 

「………………く」

 

 その絶望を直視し、彼は笑顔を浮かべた。真後ろに立つ自身のマスターを守護するかの如く、アヴェンジャーは世界に君臨する。彼の後ろに、彼の世界が展開される。復讐者の心象風景はただ白かった。それは空白の景色。何も無く、漂白された空虚しかない光景。

 アヴェンジャーに迫る死の軍勢。刃の一本一本に絶殺の殺意が込められた魔弾の群れ。無慈悲なまで真っ直ぐに、敵を貫かんと直進する。

 ……しかし、届かない。

 何故ならば、其処には同じ軍勢が剣軍を撃ち落としていたからだ。魔剣には魔剣を、聖剣には聖剣を、名刀には名刀を。槍、斧、槌、様々な武装が同じ武装とぶつかり潰れていった。

 ―――二人の中間で世界が裂けていた。

 固有結界で固有結界で削り合いながらも、数多の武具を世界に顕現させて射り合う。

 アーチャーとアヴェンジャーが展開した固有結界がお互いを潰す。同時に発動した固有結界は、世界を喰らいならがも、領地争いの如く空間を奪い合う。敵の精神を自身の精神で屈服させる。それと同じく、彼らは武器と武器をぶつけ合う。

 ―――彼らの戦いは正しく戦争だった。

 自身の兵士たちに殺し合いを演じさせながら、敵の心象風景を自身の心象風景で侵食して空間を略奪する。

 ガキィン、ガキィン、と削り合う武器。衝突すると同時に爆音を響かせ破壊される。

 アヴェンジャーの固有結界は情報の物質化を基本とする。アーチャーと違い、元々世界に保管されているのでは無く、無から有を創造しなければならない。固有結界を展開し合った投影戦において、アヴェンジャーはアーチャーと戦えば一歩遅れたカタチとなる。

 アヴェンジャーの宝具である『空白の創造』は、その心象風景に貯蔵される存在因子を利用して空間から物体を創造する。

 アーチャーの『無限の剣製』は剣が貯蔵されている心象風景を展開し、最初から剣が存在しているモノとして固有結界を一定空間に具現させる。しかし、破壊されたものを新しく創造する、また結界形成時に存在しなかったものを作る場合は激しく魔力を消費してしまう。

 つまり、アーチャーは剣軍を新しく装填する為には固有結界に再度魔力を充填させつつ、さらに結界維持の為に魔力が必要となる。しかし、アヴェンジャーの固有結界は創造する事そのものが能力であり、結界の維持さえすれば武器の再補充に魔力はそれほど掛らないのだ。

 

「―――グ、ァ……ッ」

 

「――――――ィ…っ」

 

 攻撃の先手は最初から武器を用意出来るアーチャーが優先的になるが、結界維持の燃費と結界稼働の持久力は確実にアヴェンジャーが上なのだ。故に彼らの固有結界の戦いは総じて魔力を消し合う我慢比べとなる。相手の隙を突いて宝具の解放を出来れば話も変わるが、そんな隙を見逃すアーチャーとアヴェンジャーでは無い。その為、武器の射撃戦で態と隙を造り、概念武装の使用が出来そうな戦術の隙間を作り攻撃を誘うが、相手の命をそれごと飽和攻撃で葬り去らんと仕留めに掛る。

 

「――――グ、……ヌゥ…っ!」

 

 そうして、平行線を辿ると思われる戦争に変化が唐突に生じた。アーチャーの攻撃テンポが明らかに減速してきている。アヴェンジャーより先手を撃てているが、それでも差が縮まり始めている。

 

「―――――――」

 

 好機を見抜く。アヴェンジャーはアーチャーの動きが演技か否か、刹那の間で判断し、それを演技では無いと見た。

 弓兵の固有結界が僅かながらに軋んだのを、彼は見逃さなかった。視覚情報では全く判断は付かないだろうが、魔術師としての感覚が敵の異変を細かく察知。

 

「…………っ」

 

 押されている。無限に至った剣の軍勢が、純粋な物量で粉砕される。

 アーチャーは傷付いた魔術回路で固有結界を無理矢理全力で回転させるが、投影速度に少しばかりロスが生まれている。

 そのロスさえ無理を通し、連続で複数個の投影を繰り返せば、歪みは更に大きくなるばかり。

 

「―――では死ね、エミヤ。

 全力を出し切れぬ不運を悔い、無念のまま滅びるが良い」

 

 止めの宣告。一本が二本に、二本が三本に、復讐者の武器が増殖する。彼の言葉が弓兵を強制的に“死”を覚悟させる。固有結界を支えるアーチャーの精神に、嫌な冷や汗が出て来る重圧を押し付ける。

 

「ッ…………!」

 

 ―――発熱するアーチャーの魔術回路。前回のアサシンとの戦闘で酷使した回路は、戦いの後で千切れ掛っていた。

 勿論、今のアーチャーは治癒されているので本気の魔術行使は十分に出せるが、全力を保てる時間は僅かながらも減ってしまう。固有結界を展開出来るのであろうが、剣軍の維持は魔力切れの消滅が早まる。

 二つの世界に鳴り響くのは、甲高い剣戟の悲鳴。空白の世界が瓦礫の世界を侵食していく。剣軍が押され始める。

 初めは拮抗していた潰し合いも、長期戦になれば弓兵の苦痛によって復讐者に傾く。精神の乱れは世界の乱れ。アーチャーの全身を焼きながらも痺れさせ、暴れる魔力が傷を炙るように回路内を蹂躙する。しかし、それでも彼は魔術回路を停止させない。世界は堅く、剣の刃の如き鋼鉄な強さを見せる。

 

「ぁ、ギ――――――」

 

 音も無く増殖する剣軍。無限の剣製を上回り、彼の剣の一本に対して同種の聖剣、魔剣、名剣が二本、三本と襲い掛かる。弓兵は固有結界をさらに拡大させ、剣の墓標を展開させる。アヴェンジャーの壮絶な飽和攻撃に対処すべく剣軍を投影する。しかし、それさえもアヴェンジャーは即座に写し取り、具現化し、射出する。

 それと同時に弓兵の固有結界を復讐者の固有結界が徐々に呑み込んで逝く。魔弾の撃ち合いだけでは無く、固有結界の潰し合いも同じく対処しなくてはならない。

 アヴェンジャーは言った、全力を出し切れぬ不運を悔いろ、と。アーチャーとアヴェンジャーの戦力の差は、本当にそれだけであった。後一日、彼が教会に来るのが遅かったら、後一日、アサシンと戦った日が早ければ、アーチャーはここまで追い詰められる事は無かった。そもそも固有結界での戦闘において、アーチャーの方がアヴェンジャーより潜在的な戦闘力は高いのだ。彼がアヴェンジャーの絶対的な天敵であるのは、固有結界の相性の巡り合わせに他ならない。

 

「――――――」

 

 ズダン、とアーチャーの左腕に槍が突き刺さる。頭を狙って迫り来る射撃を左腕を盾に防いだ。

 グチャ、と生々しい音を上げる。弓兵は腕の刃を瞬時に抜き取って放り棄てた。彼ら二人の共通認識、投影物体は高性能爆薬だ。

 実に嫌らしく、何よりも堅実に、そして確実に命を狩り迫る復讐者の戦術。本当の隙を見せれば即座に昇天し、隙が無ければ理と力でもって抉じ開ける。

 この場面、左腕で急所を守らなければ死んでいた。毒が染み込む様に王手を掛ける攻撃は、相対しているだけで怖気を誘った。

 

「――――グ、ァ………………っ!」

 

 

 ―――しかし、その瞬間、固有結界を維持していたアーチャーの魔力が突然消えた。ガクリ、とアーチャーの膝が地面に着き、世界の全てが一瞬で真っ白に変わっていった。

 ―――瓦礫の王国が飲み込まれる。剣の墓標は消え果てて、赤い弓兵は復讐者の心象風景へ完全に取り込まれた。

 天壌は白一色に塗り替わる。天の中心には奈落の孔に見える真っ黒な太陽が、爛々と暗く輝いている。そして、黒い太陽の周りには、陽の揺らぎの如く輪郭を造る死灰の炎。奈落の太陽が空から世界を見渡し、その世界は空白以外に何も無し。

 

「……これが、アヴェンジャーの世界――――――」

 

 バゼットが茫然と言葉を漏らしてしまったのも無理は無い。固有結界は術者の心象風景を具現化させると言うが、こんな心は余りにも空虚だ。死灰の火を纏う黒い太陽のみが天に存在し、色褪せた白い空と、何も無い白い大地が世界を構成する全てだ。宙に舞う灰はただ、この世界の持ち主の在り様を淋しく伝える。

 

「ククク、本当にお前はついていないな」

 

 事態を一瞬で把握した彼は自身の軍勢を無に還す。

 アーチャーが何故魔力切れを起こしたのか、正確に理解したアヴェンジャー。彼は心の底から愉快気に笑顔を浮かべる。逆にアーチャーが浮かべたモノは苦笑であった、先の無い者が浮かべる笑顔にそっくりな。

 

「ああ、実に素晴しい。

 人間の身で魔術師の英霊(キャスター)を斃したか、遠坂凛」

 

 復讐者が楽しそうに言葉を発した。アーチャーの魔力切れの原因はその一言に集約されよう。

 弓兵は、ここまでか、と望みを賭けた聖杯戦争を諦めかけていた。彼の心眼を持ってしても、今の状況では1%の勝率も見出せず、固有結界に囚われた時点で逃走は不可能。冷徹に未来を見出すアーチャーの思考は、自分が様々な武具で串刺しにされ、目的半ばで消え果てるビジョンしか浮かばない。

 

「……さて」

 

 ポツリ、とアヴェンジャーが一声を漏らすと世界が崩壊した。死灰が舞う黒い太陽の世界が消える。

 彼がアーチャーを始末するのに、もはや宝具などと言う武器は不必要になった。素手で霊核に繋がる首を粉砕し、あるいは心臓を潰し、復讐者は容易く弓兵を殺せるだろう。

 

「――――――――――――」

 

 無表情のまま無言を貫くアーチャー。鷹の目と形容出来るまで視線を尖らせ、両手を開いて双剣の投影の準備をする。何故か態々固有結界が解除されたが、アーチャーは悪辣な目の前の敵に対して更に身構える。

 もはや、魔力不足に陥った自分の戦力では逃走経路さえ戦術で創り出せないが、今の自分には明確な目的がある。生き残れるのならば、その確立が1%以下だろうが足掻いてみせよう。敵の神父は戦況全てを利用する悪魔だが、心が死んでしまえばそれまでだ。

 アーチャーは呪文を無音で唱え、少ない魔力を効率的に使い、最期の最期まで抵抗する決心した。敵の動きに反応して、素早く投影魔術の行使が可能だ。

 

「殺し合いの興も殺がれた。

 ……お前はこれから如何したい、アーチャー?」

 

 それは唐突な言葉だった。殺気は消え去り、復讐者に殺意は一切ない。

 

「―――なに?」

 

「実はな、既に俺はお前を殺す気は無いのだ。キャスターの討伐が成った時点でアレとの同盟も消え、もう我々はお前を優先的に殺害する理由も消えた」

 

「……だから、興が殺がれたと?」

 

「ああ、興が殺がれてしまった。

 今この段階で殺してしまっては、自分の道楽(がんぼう)を台無しにしてしまうのと同意義だ」

 

 それを聞いたアーチャーが苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべると、舌打ちを一つ。それは思わず出てしまったと言うもので、腹立たしさの余り自然とやってしまったのだろう。

 

「ふん……なるほど。

 ―――貴様は本当に最悪だ。心の底から実感したよ」

 

「はっはっは、何を今更」

 

 アーチャーとアヴェンジャーの戦いの決着は、弓兵が復讐者に殺されるか、復讐者が弓兵に殺されるか、もしくは地下聖堂で行われている戦いに決着を付きそうになるかの三点。アーチャーは元々衛宮士郎を自分の手で殺す為だけにキャスターの仲間となったので、彼がキャスター達に殺されそうになれば直ぐに今のマスターを裏切る予定であった。

 しかし、遠坂凛はキャスターを自分の手で仕留めてしまった。アーチャーとしては余計な手間が消えたので、計算外だが嬉しい誤算である。

 

「流石に“あの”凛と言ってもサーヴァントを倒せるとは思わなかった。だが、まさかキャスターを消滅させられるとはな。どうやら見事アレを下した様だ。

 いやはや、本当に予想外にも程がある。彼女の元サーヴァントとして、今の私は実に愉快な心持ちだよ」

 

「不思議な話ではあるまい。なにせ、ほら、あの魔術師こそ遠坂凛なのだぞ」

 

「成程、確かに」

 

 アーチャーは苦笑を漏らした後、アヴェンジャーとバゼットに背を向け、そのまま教会の方へ歩いて行こうとする。もはや、弓兵の前に立ち塞がる敵はいない。

 

「…………」

 

 しかし、彼の動きが静止する。此方に背を向けながら、アーチャーは歩みを止めた。

 

「……止めないのか、貴様は」

 

 今から自分を殺しに行く弓兵がアヴェンジャーに問い掛けた。少しだけ浮かんでしまった疑問を、黒衣を着こむ神父にそのまま叩き付けてみる。この男が今の自分を見て何を思うのか、足を止めるくらいには気になってしまった。

 自分と同じくアラヤに隷属させられているコトミネジンドは、過去殺しを何と思うのか、彼は気になった。それが足を止めてしまった理由。

 

「今のお前を、この私が、止められる訳が無いだろう。そもそも止める道理も無い。

 殺さなければならないと、そう決意したなら殺すしかあるまい。それも、その様な在り方に変貌してまで思い詰めるのならば尚更だ。自分の心がそう思ってしまったのならば、死後で感じ取れた在りの儘の己と化して願望を果たせ。

 報われたいのだろう?

 救われたいのだろう?

 ……それならば、成すべき事は限られよう」

 

 ニタニタと態とらしく笑うアヴェンジャーからは嫌悪しか感じ取れない。アーチャーは顔を歪ませ、瞳の色は敵意一色で染まっている。

 

「……何をほざくかと思えば。貴様に指図されるまでも無く、私は自分を理解している」

 

「それは実に喜ばしい、理解しているならば尚更だ。

 俺はお前の願望(ミライ)を心より祝福しているぞ、エミヤシロウ」

 

 カツンカツン、と石畳の道を進む。赤い弓兵の後ろ姿が遠ざかる。

 煤けた背中。腕には血の跡が残っているが、流血自体は止まっている様だ。腕から垂れる僅かな血が地面に落ち、彼の足跡の様に道に血痕が残っていく。

 …そして、アーチャーの姿が完全に消え去った。教会の礼拝堂に入り、自分の元マスターと衛宮士郎がいる場所に向かうのであろう。

 

「良いのですか、アヴェンジャー。アーチャーをこのまま見逃して?」

 

「構わない。そもそもアーチャーと衛宮士郎の闘争に入り込むのは、一人の人間として無粋極まる。

 それにアーチャーを今殺すのは、戦略的にも得策では無い。アレの目的は此方に知れているのだ、今後の行動も十分に予測可能だ。巧く利用出来れば、彼は我々の力になってくれるだろう」

 

 バゼットが己のサーヴァントに質問をするが、返事は相変わらず。

 彼の横に立って胡乱げな視線を相棒に当ててみるが、直ぐその後に溜め息を吐く。この元人間の英霊に何を言っても無駄に思える。

 

「やはり、アーチャーの真名はそういう訳なのですね」

 

「ああ、そう言うコトだ」

 

「………因果なモノですね、本当に」

 

 鈍色の空を見上げながら、バゼットは重く一呼吸する。

 命を狙い、命を狙われ、敵を殺して、敵に殺されて、最後の一組になるまで循環する殺し合いの混沌。

 彼らの戦争はまだ終わらない。聖杯は静かに蠢きながらも、この戦争を見守っているのだから。




 正体不明のサーヴァント・アヴェンジャーの正体が明かされました。次回は凛と士郎の戦いが書かれていく予定です。
 読んで頂き有り難う御座いました。

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