神父と聖杯戦争   作:サイトー

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3.戦争前夜

 これは私が神父に引き取られた頃の出来事。

 

「士人、お前に会わせたい者がいる」

 

 その日の朝、養父は私にそう話しかけてきた。私が視線を養父に向けると養父は言葉を続ける。

 

「以前に説明した通り、お前には魔術の才能がある。よって、お前の魔術の師となる人物を紹介したい。私もお前に魔術、武術、戦術を教えていくが実践的なモノとなる。代行者(エクスキューター)や魔術使いとしてならいいが、魔術師としてならばしっかりとした環境が必要だからな。

 今日は泥で覚醒し、半端な状態の回路を調整する。その後は魔術属性と魔術特性、最後に起源の判定となる予定だ」

 

 養父は前置きを長々と話していく。ようやく入る本題のため少し時間を空ける。

 

「これから行くところでその予定を消化する。…………つまりは今日、お前の魔術の師となる人物へ会いに行くのだ」

 

 以前の説明で養父となった人物の仕事や居候の正体等々は聞いていた。なかなかにファンタジーで血生臭い話であったのは覚えている。特に居候が昔、世界を我が物とした王様だったのは印象的だった。

 それでギルと呼ぶようになる前は王様とギルガメッシュのことを呼んでいたし、今も王様と呼ぶ事がある。私は淡々と養父に答えた。

 

「分かった。それで場所は何処?」

 

「なに、すぐ隣町だよ」

 

 昼になる前に行くそうで朝食を食べた後、オヤジのハーレーに乗って目的地に向かった。

 今思えば、神父服を着てハーレーをとばしながら法衣をたなびかせ道路を滑走していく姿はかなり派手で、コスプレもどきに見える神父との二人乗りはなかなか滑稽だったと思う。

 着いたところは洋館で教会程ではないが、大きい家であった。家というより、館と呼んだ方がいい位の大きさである。

 自分は前を歩いていく養父に付いていく。館の前で綺礼(オヤジ)は呼び鈴を鳴らした。

 

 

―――ピンポーン―――

 

 

 洋館であったが呼びリンは一般の物と変わらない様だ。しばらくして中から人の声が聞こえてきた。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 声の主は、当時の自分と同じ程度の歳の少女のものだった。養父はその声に応える。

 

「私だ、凛。連絡した通り用事を果たしに来たぞ」

 

「なによ、綺礼じゃない。今、開けるから待ってなさい」

 

 声の主は少しだけ不機嫌そうにそう言って、玄関を開いた。

 出てきたのでは、声で予想出来ていた通りの歳位な女の子だった。その女の子は養父に口を開く。

 

「それじゃ二人とも上がって頂戴」

 

 そう言って玄関を開いたら、すぐに家の中に戻っていく。オヤジもリンと呼んでいた女の子に続いて館の中に入っていくため、自分もついて行った。

 リビングに案内されたオヤジは出された紅茶を飲みながら要件を凛に伝えると、「自分は邪魔になるだろう。

 詳しい自己紹介なども部屋でするといい」、と言って、リビングに残る。当時の私は凛に案内されて、魔術の道具がある部屋へと向かった。

 その部屋には自分のために用意されたであろう、如何にもっぽい物がたくさんあった。部屋に着くとその女の子は自分に自己紹介をしてくる。

 

「改めまして。私は遠坂家六代目当主、遠坂凛。これからは、あなたの魔術の師となるのでよろしくね」

 

オヤジから私の事情を聞いていたのだろう、今にしてみれば凛としては、やわらかい声であった。その後、私も自己紹介をする。

 

「俺の名前は言峰士人。世話になるのでよろしく」

 

 自己紹介を済ませた後は、今日の用事を済ませる事となった。実に無愛想に挨拶をしたものだ。

 回路の開発は簡単に終了した。私という存在はあのときに、泥によって再構成されている。魂、霊体にあるべき回路が肉体にも現れるような変異的な回路で魔術師の探究心を擽るような造りだったが、とりあえずは33本のメイン回路は自然と機能するようになった。

 その後に、道具を使っての魔術属性と魔術特性を測り、起源を調べた。五大属性以外も詳しく測れるような道具などもあらかじめ準備していた事もあり、測定してから結果がでるまで、一時間程度であった。

結果が判る度に凛は顔を顰めていく。自分の師となった女の子は私に話しかける。

 

「―――……………士人(ジンド)。これから結果を言うわ」

 

「分かった、師匠」

 

 このときから、凛が呼び捨てだったのは確か、「弟子になるということは、遠坂の身内も同じ。これからは士人と呼ばせてもらうわ。歳も同じでしょうから、士人も敬語はいらないわよ」と言った感じであった。

 自分が凛の事を「師匠」と呼ぶのは安直に魔術師としての師匠であったからである。そして、当時の私が凛に対して師匠と言うと恥ずかしそうであったが嬉しそうであり、この時の私も輝きのあるこの人を師と敬うことには異論はなかった。

 ある程度の間があってから凛は言葉を紡いだ。自分の測定結果である現れた起源の相を告げていく。

 

 ――魔術属性「物」――

 ――魔術特性「物」――

 

 そして、魔術の大別と詳細の後に、混沌衝動の結果を最後に告げる。

 

 ――――起源「物」――――

 

 (サムライ)の意味を名に持つ言峰(コトミネ)士人(ジンド)の魂は、起源を「物」としていた。そして、それは根本的な士人の起源であり、より正確に示せば「存在すること」とでも言うべき力の流れだった。

 この時の凛は私の異端な魔術の才能に師匠として困っていたことだろう。測定結果をオヤジに凛は告げる。その後は、遠坂邸で昼食をとり、話をして解散となった。

 

 

 これは遠坂凛と出会った日の古い記憶である。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

二月一日。

 

 

 今日の朝も昨日と変わらず、日課となっている鍛錬を消化し本格的になってきた監督役の仕事を済ませる。朝食をとっていると、士人は昨日の事を思い出していた。

 泰山では、言峰士人とバゼット・フラガ・マクレミッツは麻婆豆腐を食べ終えた後、言峰綺礼の事を話題として話をした。言峰士人はバゼット・フラガ・マクレミッツからサーヴァントの存在を感じ取っていたが気にせずに話をしていた。

 そして、如何してか、このサーヴァントがどうしようもなく気になった。言峰士人はこんなに気になる自分自身に違和感を覚えた。

 二人は泰山の前で別れる。魔術師は隠れ家へ、代行者は教会へと帰っていく。教会に帰った後は仕事と鍛錬を済ませ、家事や風呂のあと就寝となった。

 

 ギルガメッシュと朝食を済ませた後、毎朝の時刻とかわらずに登校する。今日は教室に着いたのは、時間ギリギリであった。監督役の仕事で時間に余裕がないのである。着席時間一分前のほぼ遅刻状態であった。

 

「…………(あの人より低いが、遠坂の馬鹿みたいに巨大な魔力反応も気配も学校にはない。どうやら召喚したようだな、…………うっかりで失敗してなければの話だが)」

 

 言峰士人が教室の席につき、一息ついてから思ったことであった。自分の師匠に対して凄まじく失礼な考えであるが、土壇場でのうっかりを遠坂凛ならばやりかねないのだ。あらゆる意味であなどれない女であるのが遠坂凛という存在だ。ついでに、「あの人」とは教会の代行者であり、言峰士人の先輩でもある埋葬機関員のことだ。

 

 ―――言峰士人は当たり前の日常を過ごしていく。

 

 裏側では、冬木市は数十年に一度のお祭り騒ぎであるが、表側の日常はそのままで聖杯戦争の影響で事件もあり、平穏とは言えないが言峰士人の学校生活に変わりはなかった。

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 特に何もなく学校は終わりを迎える。結局、遠坂凛は登校しなかった。時間は放課後。言峰は仕事時間に間ができており、鍛錬の時間という訳でもなく、監督役としてのペースもあり鍛錬のペースも合わせないといけないので時間が余った。

 聖杯戦争という時期でもありいろいろと思うことがあるのだろう、自分が神父と王に命を救われた所で時間を潰すことにしたのは。

 

 …………今ではそこは荒れ放題な地面の公園になっていた。士人は公園の奥の方のベンチに腰を掛ける。

 人っ子一人いない公園の奥は外の視線から遮られている。ベンチに座りながら懐から箱を取り出す。木製の箱で大きさは煙草の箱くらいである。士人はその箱をパコという効果音とともに蓋を開く。

 中に詰っているのは、紙煙草であった。この煙草は言峰士人の自作であり教会で栽培されている魔術的な薬草が混ぜられている。煙草の原料と薬草をブレンドした特別品なのだ。それに薬草は当然として原料も魔術の加工がされている。そうやって煙草へ加工され、また魔術で加工されている、手間をかけた一品である。教会の薬草畑の世話は日々の日課もどき。朝の鍛錬の前に朝に体をほぐすのに丁度いいくらいで、そうやって鍛錬に臨んでいる。また煙草造りも魔術鍛錬の一環である。経験は力となるのだ。

 それに畑は結界やら霊脈やら魔術式やら使役霊で魔の庭園になっている。そんな念入りにしなくとも薬草達はスクスク育っていくので士人もできる時間があれば世話をしている位。実際、勝手に育ち整理されていく。基本は鍛錬が優先で鍛錬に時間を使っても意味がない余った時間を有効利用している。手入れは週に0~4日程度の頻度である。

 …………ついでに煙草はかなり生産されており、ギルガメッシュもたまに吸っている。

 

 この言峰士人印の煙草は、煙を肺に吸い込む事で大源(マナ)を自身の小源(オド)へと変換し、体内の魔力の流れを整える効果がある。

 

 ―――魔術師に一日一本、といえるような魔術品である。

 

 そして、この煙草は濃い癖に極力、人体に悪影響がでないようになっている。それでも悪影響があるのだが、霊媒治療を修練した言峰士人は毒素の浄化など余裕である。そんな世の喫煙者をなめた吸い方で煙草を吸っているので、ヘビースモーカーのクセに健康そのものなのだ。後、自分用に作った煙草が自分にとって一番合うのでそれしか吸わないし、他の煙草を吸ったとしても毒素の浄化は習慣であり、士人の体は毒素に異常に強いので浄化は簡単である。

 ベンチに座っている士人は、自分以外には聞こえない程小さい声でボソッと呪文を唱える。すると、片手に持っていた煙草の先端に火が灯る。発火の魔術で初歩中の初歩魔術である。

 士人はこの煙草を吸うときは魔術の炎と決めており、ライターなどの雑貨用品は使わない。しかし、言峰士人は日常で魔術を滅多に使用しない。日常は日常でしかなく、日常以外ではないからだ。

 つまりところ、言峰士人にとって、その煙草を吸うのは儀式なのだ。

 

 

―――赤い炎、灰色の煙、黒ずんだ燃え滓―――

 

 

 ここで起きた地獄を連想させる。己の始まりを思い出す。

 言峰士人にとって、煙草は特別なモノであり、考え事には最適であった。

 

 物思いに耽りながら一本目を吸い終え、二本目に入る。吸う事を愉しむというより、燃えて崩れて灰になる様子を見ている様であった。中ごろまで吸い終わった所で、彼は公園内で人の気配を感じとる。この公園に来客とは珍しく、その気配に士人は覚えがあった。

 その人物から視線を向けられる。向こうもこの公園に人がいることが珍しいと思っているだろうし、公園にいる人物が知人なら興味がでるだろう。その人は言峰士人に近寄って来た。その人物は士人に話掛ける。

 

「………何してるんだ、言峰?」

 

 その人物は衛宮士郎。中学からの友人であり、間桐慎二と共に友好がある仲だ。慎二の男友達は基本的に、衛宮と言峰の二人くらいである。よって、間桐慎二とも中学から付き合いであった。ついでに言峰が昔から煙草を吸ってる事を衛宮は知っている。

 

「何って、煙草だよ」

 

 一旦、煙草を口から離し、言峰は笑顔で答えた。その笑顔はヘラヘラしているように見えるが、苦笑に近いものだった。

 

「そういう衛宮こそ、こんな所にどの様な用だ?」

 

「バイトに行く途中だったけど、………目に入ったから寄っただけだ」

 

 いつも通りの無愛想な声で返してきたが、感情が籠った声であった。公園を見る衛宮の目は真剣そのものだ。

 

「……………………俺も、そんなところだ」

 

 言峰士人はどこか苦しそうな顔をした衛宮士郎にそう答えた。バイトまで時間があるのだろう、話を続けたいのか衛宮は言峰の隣に座る。同じベンチに離れて座り会話をする。

 

「どうした、衛宮?」

 

 言峰は疑問に思い質問する。衛宮は間を空けて言峰に言った。

 

「………ここで起きた火事も十年だ。

 この区域で生き残ったのは、俺とお前だけだった」

 

「―――そうだな。

 助かった時に、あの辺で助かった人が自分ともう1人だけと教えられて、その1人がお前だったのは正直、驚いた。しかも中学での同クラスだからな。………それにもう、十年か」

 

「あぁ、アレは俺も驚いたよ。

 中学で気が合った友人が、あの時の生存者だったんだ。………それでさ、ここには良く来るのか?」

 

衛宮は尋ねる。言峰の方ではなく、公園の方を見ながら尋ねた。

 

「どうだろう、暇な時間を考え事で潰す時に来るくらいか。なんというか、過去を振り返るには丁度良くてな、自分の事を考えるのにピッタリなのだ。火事以外の思い入れもあるからな。

 ………だからまぁ、公園が目に入った時に寄ってみることもあるし、年に数回位かな、訪れるのは」

 

「………そうか。

 俺も言峰と同じで偶に訪れる。新都に用事がある時に時間が余ってると、この公園を少しだけ覗いてしまう」

 

 衛宮はナニカを自分に刻み込むように、公園を凝視する。心の中では、あの地獄が渦巻いているようだった。

 言峰もまた、顔が無くなったような、無表情ですらない空白の顔で公園を見る。心象風景は衛宮と同じなのだろう、過去の景色を想い見る。

 

 ………時間が過ぎた。言峰は公園を見続ける衛宮に話し掛ける。

 

「それで、バイトの時間は大丈夫なのか?」

 

 衛宮はそう言われて、公園にある時計を見た。

 

「そろそろ危ないが、まだ大丈夫だ。

 ……それに、暇潰しには丁度良い位に時間は潰れた。それと、話、ありがとな」

 

 そう言って、立ち上がる。言峰は立った衛宮に別れの挨拶を告げる。

 

「いいってことだ。では、バイトしっかりな」

 

「おう、じゃあな」

 

 衛宮も別れの挨拶を言い立ち去る。公園には言峰士人が独りだけとなった。そうして、言峰は新しく煙草を出し火をつける。時間まで煙草を公園で吸っていた。

 言峰士人はその後、買い物でもしておくか、と内心呟く。神父は寄り道をして教会に帰っていった。

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 数時間後、新都のビルの屋上に男女の赤い二人組がいた。女はマスターであり、男はサーヴァントと呼ばれる存在だ。

 その女マスターは魔術師であり、昨日の夜(正確には今日なのだが)、サーヴァントを召喚した。サーヴァントの召喚は見事に失敗している。召喚そのものは成功であったが、肝心のサーヴァントは用意された魔法陣ではなく夜空からのスカイダイビングで召喚された。

 

 ―――スカイダイビング召喚。

 

 聖杯戦争有史以来の初めての出来事であろう。そんなダイナミック召喚されたサーヴァントは、当然、召喚者に嫌味の一つや二つ言いたくなる。しかし、哀れなそのサーヴァントを待っていたのは、自分の嫌味にブチギレになったマスターによる令呪での命令であった。

 

 ―――絶対服従。

 

 これまた聖杯戦争有史以来の珍事であろう。

 そんな出鱈目な命令内容の癖、効果は哀れなサーヴァントに現れてしまう。ここまででも理不尽な上、さらにそのサーヴァントは朝までに散らかった部屋を掃除しろと命令される。その哀れなサーヴァント、略して、(あい)サバが地獄に落ちろと呟いたのはとても分かる話だ。

 その哀サバはマスターが朝、起きるまでに部屋を片付け、さらにそんな理不尽なマスターのために紅茶まで用意していた。…………哀サバこそがサーヴァントの中のサーヴァント、略してSABASABA(サバサバ)なのかもしれない。

 

 だいたいそのようなことを思った魔術師は自分のサーヴァントにちょっとだけ申し訳ないかもと感じ、性格は捻くれてそうだが人格は当りっぽいかも、とマスター・遠坂凛は思った。

 ……そんな自身の従者(サーヴァント)(マスター)は街に連れて行く。

 それはマスターが戦場の下見をサーヴァントにさせていくためだった。冬木の街を回り、ちょうど今はこのビルの屋上にいる。ここで、自分のサーヴァントの性能を見ている所であった。殺気立ちながらビルの屋上から下を覗いている女に、男が話かける。

 

「――――凛。敵を見つけたのか」

 

 殺気だっている女、遠坂凛は自分のサーヴァントであるアーチャーに答えた。

 

「……………別に。

 ただの知り合い。わたしたちには関係のない、ただの一般人よ」

 

 何故か苛立ちながら遠坂凛はそう答える。そして、その場所から立ち去るために屋上の扉に向かおうとしたが、動きを停止させた。

 その後、アーチャーは凛の動きを疑問に思ったが、立ち去るために凛と同じ扉の方に視線を向ける。そして、アーチャーも動きを止めた。

 

 ―――扉の前には影が一つ。気配など欠片もなく、亡霊のような存在感でこちらを見ている。そして、その影が口を開いた。

 

「ふむ。お二人さん、もうお帰りで」

 

 影はフードを被っていて顔は見えなかった。まるで闇そのものを被っているように顔を隠している。おそらくは、そういった隠蔽能力のあるフードだと思われる。その影は真っ黒な法衣のような外套を纏っている。黒い手袋に黒い靴。夜に溶け込む闇一色。それが影の姿であった。そして、その言葉の後、影によって屋上に人払いの結界が張られた。

 遠坂凛はその姿を見て戦慄する。闇の中でさらに濃く映える奈落の闇。その闇の声が脳髄を凍結させる様な恐怖を与えてくる。

 

「…………凛。下がれ」

 

 アーチャーが己のマスターに声をかける。遠坂凛はそれでようやく機能を再起動させ、アーチャーの後ろへ下がった。

 

「……アーチャー、あれは?」

 

「―――サーヴァントだ」

 

 短く、はっきりとした従者からの答え。その後ろ姿を見て悟る。戦争が始まったのだ。敵のサーヴァントが最初の挨拶と同じように、冷たさも熱さも感じられない異質な殺気を込めながら話しかける。

 

「そうか、準備はできたようだな」

 

 薄かった気配が禍々しいまでに濃厚となり、存在感が巨大なモノとなる。

 

「―――ではここで、戦争前に前哨戦でも始めるとしよう」

 

 黒いサーヴァントは赤き主従にそう宣告した。

 その宣言を聞いた遠坂凛は、己のサーヴァントの背中を見て、ようやく気付く。アーチャーは自分の言葉を待っている。すでに準備は整っているのだと。

 

「―――………アーチャー。あなたの力、見せてもらうわ」

 

「―――ク」

 

 マスターの言葉に短く笑い、アーチャーは敵のサーヴァントに疾風の如く突撃していった。

 紅い弓兵の武器は、中華風の鉈の形に似た二刀である。そのアーチャーと対峙するサーヴァントの武器は、鉈の形に似た悪魔の爪や牙のような二刀だった。

 広い屋上ではあるが、サーヴァントの戦いには狭いと思われる場所であった。

 

 しかし、この二人には十分である。

 

 素早く接近してくるアーチャーに対して、黒いサーヴァントは城壁のように疾風を迎え出る。

アーチャーによる助走と踏み込みによって加速された一撃が放たれる。

 

 

 ―――ギィン………ッッ!!!―――

 

 

 突撃してきたアーチャーによる鋭く重い剣撃。それを黒いサーヴァントは剣で逸らしながら、もう一本の剣で迎え撃つ。アーチャーも黒いサーヴァントの剣撃を捌き、もう一本の剣で迎撃する。そして、そこから二体のサーヴァントによる剣戟が始まった。

 

 互いに斬撃を斬撃で迎え撃つ、アーチャーの一閃。

 敵の一閃を逸らすことで作り上げた隙にアーチャーは剣を叩き込む、弓兵によるカウンター。しかし、あらかじめ待っていたように闇色の剣が剣を弾く。

 

 ―――その剣速は、さながら魔速。

 

 初動を無くしたような動きは初速にて最高速へと加速する。

 剣を弾かれ、カウンターを防がれたアーチャーは、黒いサーヴァントに無防備な姿を晒す。

そこに、黒いサーヴァントが瞬時にもう片方の剣で襲撃する。刹那の時間差により、二刀による巧みな防御と攻撃。

 そこへ、空間を歪めるような速さで致死の一撃となる突きを黒いサーヴァントは撃ち放す。アーチャーがその突きを見る。確かに速い一撃だ。だが、その一撃は先読みの一つ。自身が誘導した場所に来た剣など致死には程遠い。

 わざと弾かれた剣を切り返す。白い夫婦剣の片割れは、闇色の双剣の片割れを迎え弾く。

 

 ―――その剣速は、さながら剛速。

 

 機械のような精密な動きは最高速を維持せんと加速する。

 目には目を、歯には歯を、反撃には反撃を。アーチャーは、突きの防衛と同時に致死の横薙ぎをその首落とさんと空間を切り裂くように一閃する。

 カウンターにより、隙ができた首に剣が迫る。黒いサーヴァントのカウンターをさらなるカウンターで迎撃をする巧みな戦術だった。

 黒いサーヴァントは首に迫る死を感じ取る。しかしこの程度の死、軽く凌駕してこその英霊。カウンターをカウンターで反撃してくるのは読んでいる。防衛のために準備した置いた、もう片方の双剣の片割れで受け止める。

 

 

―――ガキィィィンッッ!!―――

 

 

 黒色の剣と闇色の剣が交差し、停止する。

 そして、黒いサーヴァントは魔速と化し受け止めた剣でアーチャーの黒い剣の刃を滑らせながら、間合いを侵食する。

 幻影の如き踏み込み。そのまま、同じ速さで弾かれていた剣を切り返し、脳天へと斬り落とす。アーチャーは無表情のまま城壁のように迎え斬る。

 

 ―――――剣戟は、止まらない。

 

 

――ギギギギギギギギギギギギギィィィンッッッ!!!――

 

 

 鉄と鉄が奏でる鈍く重い不協和音。それは、連続してぶつかり合い、逸らし合う刃物の音。白黒の双剣と闇色の双剣が互いを捌き合う。一瞬にして、二体のサーヴァントによる斬撃の嵐による殺人空間が出来上がった。

 似た得物を使った同士の超人魔人の戦い。互いに武器のリーチが短く、狭い範囲での間合いの奪い合い。二刀による、近距離での斬り合いは壮絶であった。

 静動緩急の混じり合い、互いの虚と実が何度も一瞬で交差する戦術の競い合い。刹那の間に戦術で練り上げられた仮想の斬撃が互いに互いを必殺にせんとする。その刹那に仮想し造り上げられる戦術が、斬り合いの間、延々と続いていく精神の消耗戦。

 

 ………すでに数十、数百と剣戟が続く。

 ゆうにその十倍以上の先の読み合いによる架空の剣を交えたか、殺気と殺気が重なる。世界が鈍く崩れてしまいそうな重圧が高まっていく。剣と剣が交差し、フェイントとフェイントが交差する。双剣使い同士により間合いと間合いが、何度も鬩ぎ合う。

 心眼と心眼の潰し合いはつまるところ、先読みし切れなくなった方が敗北する。しかし、この戦いはアーチャーの不利であった。純粋な戦闘技能が黒いサーヴァントの方が上であるのだ。さらに、互いに経験と鍛錬による剣術の使い手であり、筋力、敏捷が黒いサーヴァントが上なのもあるだろう。

 なによりもアーチャーが武器とする心眼(真)のスキルも、黒いサーヴァントも持っているだろう心眼(真)のスキルに殺され続ける。

 相手より相手の先を読み続け、相手より先に先手を奪う。よって、戦術の選択ミスはお互い、確実な死を迎えることを意味する。アーチャーと黒いサーヴァントは互いに互いを翻弄し続け、騙し合いながら、剣を舞い続ける。

 

 

―――ジギギギギギギィギイイギギギギギィィンッッッッ!!!―――

 

 

 幾重にも双剣と双剣が衝突しあう音が屋上に響き轟く。二人の剣戟は続いていく。しかし、ゆっくりとだが確実にこの斬り合いは、アーチャーに限界が迫っていった。

 英霊二人の戦いは激化する。剣戟の苛烈さは時間と共に増していき、遠坂凛は英霊同士の戦いに目を奪われていた。しかし、優秀な精神を持つ魔術師である凛は、冷徹に戦場を観察する、魔術を眼の強化に集中する。綺礼や士人の影響もあり、武術が気付くと達人の領域だった凛は戦いの心得を持ち、この戦闘を見て戦術を練る。

 魔術による援護―――否。

 この戦闘で見るからに狡猾なサーヴァントと分かる。対魔術の装備の雰囲気もあるし、逆にその流れを利用される可能性が大きい。

 令呪による援護―――否。

 残り二つの令呪を使うのには早すぎる。まだ、機会ではない。

 宝石魔術による援護―――否。

 近距離による殺し合いだ、アーチャーも巻き添えになる。

 故に、ここは勝機を待つ。絶対に機会を逃さないよう強化した眼で見続ける。そして、「必殺の一撃」をアーチャーか自分が黒いサーヴァントに叩き込む。

 

「―――アーチャー……っ」

 

 魔術師は小さくそう呟いた。そして凛は、頑張れ、とアーチャーを心の中で応援した。サーヴァント同士による延々と続く斬り合い。しかし、極限にまで圧縮された戦闘による時間経過だ。実際は感じている時間より、短いものだろう。そんな斬り合いが続く中、流れが変わる。

 

 ……黒いサーヴァントはアーチャーの双剣を誘導し、自身の双剣で強引に弾き返す。

 その後、瞬時にアーチャーの隙だらけの腹に前蹴りを喰らわせる。隙とも言えない僅かな隙を突くだけの速さ重視の蹴撃。黒いサーヴァントの体勢が不安定なのも重なり、致死のダメージには程遠く、アーチャーを遠坂凛の前まで吹っ飛ばすのがやっとであった。

 アーチャーは「何故?」と怪訝に思う。無意味な攻撃であった。あの蹴りには攻撃力が足りない。

 自分に対して、隙も作れない吹っ飛ばすだけのもの。ここで自分に斬りかかる、もしくは遠距離系の攻撃でもどうとでもなる。逆に利用してみせよう。

 せっかく蹴りで体を空中に固定しても、あのバランスの悪い体勢と無理矢理な蹴りのせいで、瞬時にこちらには攻撃できないのだ。せいぜいが自分からの攻撃を守れるくらいだろう。

 

「――――――――っ!」

 

 そこでアーチャーは気付く。この蹴りは攻撃のための蹴りではなく、隙を作るための蹴りでもない。自分はマスターの前に飛ばされている。何のためにわざわざ、主を守りやすい位置に蹴り飛ばすのか。マスター狙いですらないのだ。

 つまり、その一撃は殺気に満ちた眼で勝機を窺っていた魔術師の牽制のためであり、牽制には十分に足りていたのだった。

 そして黒いサーヴァントはその刹那の隙の間を使い、反対側のビルの端に後退する。後退した後、黒いサーヴァントは赤いマスターとサーヴァントに言う。それは何処か、こちらをからかうような声色だった。

 

「すまんな、マスターが帰って来いとの事だ。前哨戦はここまでだな」

 

 そんな捨て台詞を放った後、外套を翻す。その黒いサーヴァントはそうそうにビルから飛び降り、夜の闇に完全に消えた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 遠坂凛は先ほどのサーヴァントを自分なりに解析する。

 去って行った、あの狡猾そうな気配のあるサーヴァントのことだ。アーチャーの千里眼などと言った探索スキルへの対策も考えてそうだし、逃げ切っているだろう。それに何処かしら、策略を得意とする策士のような、そんな雰囲気があった。

 凛はそんな雰囲気を持つを二人知っている。そして、それは自分の身内の二人のことだった。……………もっとも、既に一人は鬼籍に入っているのだが。

 赤い二人は慎重に黒いサーヴァントが去った反対側の屋上に近寄る。アーチャーは罠の事を気を付け、凛に注意を向けながらもビルの反対側に向かう。凛も不意打ちがあるかもしれないので、無言でアーチャーに付いていく。

 反対側に到着する。アーチャーは千里眼で、ビルの周囲を観察した。千里眼で索敵するが、アーチャーの視界にはそれらしきものは見当たらない。

 

 ………あの黒いサーヴァントは逃げ切っていた。

 

 そして、ようやく前哨戦はこれで終了した。十分も掛っていないが、遠坂凛にとっては長い戦いとなった。ある程度は安全も確認でき、遠坂凛は自分の相棒に声をかける。

 

「………………アーチャー、逃げられたわよ」

 

「そうだな、凛。しかし、あのサーヴァントも前哨戦と言っていたように聖杯戦争はこれからだぞ」

 

 アーチャーは己の主に、もっと苛烈な戦いになっていくと遠回しに伝える。これは、前哨戦にすぎないのだと。

 

「そんなことは分かってるわ。

 ………それにしてもあの黒コート、一体なんのサーヴァントかしら?」

 

 遠坂凛は先程のサーヴァントを思い出す。黒コートとは、直感でつけた名称である。見たまんまであった。

 

「私もいまいち解らなかった。………だが、人払いの結界は張れるようであったな」

 

「だとするとキャスターかしら。……けど、あれが魔術師?」

 

「凛。そのような早計は危ない。私が弓兵のクラスであるにも関わらず、剣を使うことができるようにな」

 

「――…アーチャー、あなた、真名は思い出せたの?」

 

 遠坂凛はサーヴァントの言葉を聞いて、疑問をぶつける。記憶は無くしたとっていたが、アーチャーのサーヴァントで在りながら双剣を完璧に使いこなしているあたり、何か思い出したかもしれないと凛は考えた。…………それとこいつ、そんな設定だったなぁ、と彼女は思い出した。

 

「いや、まったく」

 

 従者は主に短く答える。それは何処か、からかうような嫌味のある苦笑であった。アーチャーの答えを聞き、遠坂凛は黒いサーヴァントについてもう一度、思考する。

 

「しかし、魔術を使うサーヴァントねぇ。

 ――――………………うん、………ん。――――………は、……感………しら。………………の剣にかしら………投………術だとし……―――。―――…………、そん…………」

 

 双剣を使い魔術も使用可能な人物に思い当たる節があったのだろう、凛は思考に没頭する。彼女の悪い癖が出て、考え事があると自分の世界に没頭してしまう。アーチャーはため息を吐きながら、主に言葉を喋る。

 

「――――ハァ、全く、凛………凛!」

 

「ぅぇええ! ……んっん。何かしら、アーチャー?」

 

「で、これからどうするのだ。マスター」

 

 ジト目で弓兵は言った。マスターである遠坂凛は、答える。

 

「まぁ、家に戻りましょ。下見は十分したでしょうから」

 

「了解した、マスター」

 

 そうやって、今度こそ屋上を去っていく。赤い主従は、ビルの屋上入口の扉を過ぎる。バタン、と魔術師は扉を閉めた。


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