神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 第五次聖杯戦争完全終了です。なので、後日談的なエピローグとなります。


40.業

 教会は静寂さを保っていた。神聖な雰囲気で満ちているが、行き過ぎた清らかさは消毒にも似た人工的な聖なる浄化であった。余りにも濃い神の気配が溢れ返っており、その場にいるだけで息苦しくなる。

 ―――そして、ここ冬木教会の支配者であり、この度の聖杯戦争を無事終わらせた監督の代行者となるのが、言峰士人と言う魔術師。

 彼は聖堂にて連絡が有った人物を祈りを捧げて待っていた。実に珍しい者からの知らせでも有り、内容も予測し切れないので平静であるように見えつつも、実際は楽しみに到来を期待していた。

 

「―――――」

 

 バタン、という音と共に待ち人来たる。

 神父は笑顔を作り、振りかえった。気配からも来た人物が自分の待ち人であると分かっている。

 

「お久しぶりです、言峰先輩。蟲蔵以来ですね」

 

「ああ。久しいな、間桐桜。聖杯戦争以来の再会だ」

 

 

 

 

 

 3月13日『業 ―karman―』

 

 

 

 

 

 

「取引しましょう、代行者。

 ―――わたしの中にある異物の核を取り除いて下さい。その代わりとして、自分が可能な限り、貴方がわたしに求める望みに協力します」

 

 教会に、正確に言えば言峰神父に用事があると間桐桜は喋った。そして、その要件の内容がこれであった。

 彼女は自身の目的を果たす為、自分の身を危険に晒してでも神父を利用する魂胆であった。彼女はそれを隠す気も無く、また彼もそれに気が付いている。

 

「……ほう」

 

「そして、この地を管理する代行者へ報告があります」

 

「ふむ。それは何だ?」

 

「我が魔術の師―――間桐臓硯は人食いを行っています。この地を治める教会の司祭として、彼の討伐をお願い致します。そして、間桐家はこの間桐桜が引き継ぎます。

 ―――わたしが当主になるよう言峰士人司祭、力をどうか貸して下さい。お願いします」

 

 間桐桜は言峰士人と言う人物を理解していた。彼を初めて見た時感じたのは、お爺様様を遥かに超える恐怖と、何故か良く分からない共感であった。桜は自分との共通点なんて見当たらないのに、この人ならば理解し合えると分かってしまった。

 過去を思い浮かべれば、もう死んでしまった兄さんと先輩が仲良くなるのと同時期に、言峰先輩は兄さんと先輩と友人関係になっていた。初めて会ったのは恐らく、兄さんが先輩と一緒に連れて来た時だった。初めて見た時は、いつもなら怖くて仕方が無い地下室に逃げ込みたくなる程、恐慌してしまって動きが氷りついてしまった。

 そこから始まった交友関係は今でもそれなりに続いている。正直に言えば、衛宮士郎よりも言峰士人の方が彼女の事を深く理解していた。彼女もこの神父の性質については理解があり、見ていて嫌いに成れなかった。

 故に、この神父の行動原理は分かり易い。

 今までの関わり合いから、自分が助けて欲しいと願い出た場合、どうなるかは答えを聞く前からわかっていた。

 

「―――良かろう。お前の思惑に乗ってやる」

 

 そして、神父は間桐桜の策に答えを出した。

 

「ありがとうございます、神父様」

 

「礼には及ばない。それ相応のものをお前は提供してくれた」

 

「………」

 

 彼の言う相応の物が何なのか分からず、桜は首を傾げる。そして、士人が何を考えているのか分かろうと、注意深く観察する。

 

「まぁ、気にするな」

 

「……そう、ですか」

 

「それと此処では都合が悪い。場所を移すぞ」

 

「はい。わかりました」

 

 歩き出す士人に送れぬよう、桜は背を向ける彼の後を付いて行く。礼拝堂を抜け、教会の中を一歩一歩歩いて進む。目的地には直ぐに着き、広い教会と言えども、体感時間で言えば一分も掛かっていない。そこはもう一つの礼拝堂へ進む道。

 かつんかつん、と暗闇の中で地下へ降りて行く。

 神父の背後から桜が見たのは広々とした暗い闇に沈む地下礼拝堂。その場所から更に進む穴蔵からは、濃厚な魔の気配に満ちている。

 

「まずは手術から始めよう。お前に巣食っている蟲の摘出から始める」

 

 礼拝堂を進みながら、神父は振り向くこと無く桜へ告げる。

 

「……出来るのですか?」

 

「無論、死亡するリスクも存在する。しかし、成功する可能性もある」

 

「では、それもお願いします。……それで、その対価に何を望みますか?」

 

「―――俺の協力者となれ。

 遠坂凛と衛宮士郎は恐らく、大聖杯の存在を知った場合、第六次聖杯戦争を潰そうと画策すると予想出来る。故に、彼らがこの儀式を潰さぬよう流れを作り、今まで通りに戦争を再来させる」

 

「了解しました。宜しくお願いします」

 

 そして、その手術をするべく、彼の魔術工房へ辿り着いた。

 桜がいる場所には様々な道具が置かれている。作った物を保管している倉庫とは別の、作業をする為の実験室ではあるが、それでも多種多様な物が倉庫のように安置されている。

 

「ふむ。では間桐桜。上半身の服を全て脱ぎ、あの台で仰向けに寝てくれ。……ああ、それと、出来れば靴とスカートも頼む」

 

「……………わかりました」

 

 それって全部脱げって言った方が早いと思ったが、桜は黙っておいた。言ったら言ったで、また何か言われて悩ませられるのが目に見えている。そして、既にこの男に羞恥心など湧きはしないが、それでも何か釈然としない思いがあった。

 彼女は言われた通りに衣服を脱ぎ、台に寝そべった。視線の先は石作りの冷たい天井。自分が蟲の群れに犯されて見上げている時の視界に映る風景と何も変わらない。

 

「この手術、お前に麻酔の類は使えない。苦痛が凄まじいと思うが、決して意識だけは失うな。

 ―――気絶は手術の失敗を意味する。

 成功するか否か、その二択はお前の精神次第となる。生き残りたくば、常に自分の生を渇望し続けろ」

 

「心配いりません。苦痛には慣れています」

 

「なるほど。それは朗報だ」

 

 その後、数分間だけ桜に背を向けながら何かの作業していた彼が振り向く。どうやら必要な道具の準備が完了したらしい。

 

「暴れるのを防ぐ為、身を拘束するぞ」

 

「―――……はい」

 

 台の上に縛り付けられた間桐桜。上半身を裸にし、下着も取り外されている。

 士人が子供の時から何故か教会にあった人の拘束が可能な台には、革の拘束具が取り付けられている。両手を広げる様に縛り、両足も台に固定された。

 実はこれ、悪魔祓いようの教会の特殊な礼装となる装置である。人外の力で暴れられても拘束可能な程、頑丈な作り。幾ら少女の力で暴れようとも、抜け出す事は不可能だ。

 

「準備は良いか?」

 

「覚悟は既に出来てます」

 

「宜しい」

 

 神父の視点である上から桜を見れば、彼女まるで大の字を模すように縛られている。彼女のように少女の身からすれば不安にしかならない状況であるが、もはやこの程度では精神が欠片も揺るがない。

 

「―――宣告(セット)

 

 呪文と共に、士人の右腕が心臓の上に置かれた。彼の手は心の臓腑を鷲掴みにするよう、大きく手を広げている。

 そして、その手が少しづつ内部へ入り込む。

 神父の手は溶けるように肉体を通り抜け、目的の箇所へと難無く手を進める。場所は心臓。

 

「…………っ」

 

 間桐桜に寄生する蟲の中でも、心臓の蟲は特別だ。何せこの蟲は、聖杯の泥から作り出されている。間桐桜の心臓はこの蟲が寄生することにより、呪いに適応して精神耐性も上がっている。士人も桜の心臓にいる蟲の呪いの気配には最初から気が付いており、それが何かしらの特別な仕様を持つ蟲であると推測していた。

 だからこそ、その心臓を片手で掴む。傷つけない様、死なない様、静かにゆっくりと目的の蟲を探る。

 

「――――――――――ぐ」

 

 心臓を握られた違和感からか、桜から苦悶が漏れ出てしまった。

 人間は爪の間に針が刺さっただけで壮絶な違和感を感じる。それは体内の異物に対する拒絶反応だ。針程度であれ程の苦痛を出すと言うのであれば、片手を胸部内に入れている桜の苦痛は計り知れない。

 

「―――令呪(コマンド)再装填(リセット)

 

 令呪により、霊媒術を補助。そして、見つけた蟲を掴み、即座に体外へ引き抜く。出来る限り、心臓を傷つけないように高速で事を運ぶ。

 

「グゥ、ぁあ――――――――――――――」

 

 ―――心臓を霊媒術で抉った次の瞬間、彼は霊媒術で心臓の蘇生をする。

 体感時間が停止するほど集中した作業により、摘出と蘇生の合間は極々僅か。令呪まで使用する事で蘇生の治療をするも、心臓を完治する事は不可能。それは間桐桜の余命を数分間伸ばした程度となる。

 しかし、その程度の事は理解していた。分かって上で、士人は無茶な霊媒術の摘出手術を実行した。

 ―――故に、保有令呪全てで治癒を補完する。

 心臓の肉は蘇生され、人の臓器としての形を取り戻す。だが、そこまでした所で、彼では他人の心臓の蘇生など、今の技量では不可能であった。まだ完全に機能を取り戻せていない。

 

「―――貴様、言峰士人! 何を考えている!?」

 

 神父が間桐桜から取り出した蟲が言葉を発した。口では無く、全身を動かし空気を震動させる事で、言葉を蟲の身で絶叫させた。

 

「蟲が喋るな。せめて人型になってから言葉を発しろ」

 

 神父はその蟲を潰した。見るに堪え無い程ぐちゃぐちゃに素手で磨り潰し、もはやカタチを保てぬ肉にする。その上で魔力を全力で流し込み、黒い泥に変容させた。自分自身の心象風景の一部になっている呪いの黒泥を、一切の加減無く打ち込んだ。

 

「さて。本番はここからか」

 

 間桐桜は仮死状態に成っている。血は流れていないが、心臓も今は殆んど停止している。故に素早く蘇生させなくはならない。令呪で補助までして霊媒術を使い治癒に挑んだが、弱った間桐桜の心臓では後何分持つのか分からない。

 彼は泥に変った蟲を用意した容器の上に置く。その上に左腕を移動させ、右手に持った刃物で手首を切り裂いた。大量に溢れ出る血は泥に混ざり、段々と禍々しいなにかに変貌していく。そして、何よりも、言峰士人から流れ出る血の色は黒く、まるで泥のように濁っていた。彼は自分の中に有る呪いを魔力として血液に溶かし込み、それで元々凶悪な呪詛を持っている聖杯の泥を、さらに濃い呪詛になるようにした。

 これは魔女から教えられた調合法。一緒に開発・発展させていった魔術理論の応用となる魔術の一つ。それによって呪詛を混ぜ込んだ血を泥を完全に融合させた。

 

「―――――」

 

 十分に血と混ぜた泥を見て、彼は頃合いだと判断する。霊媒術で素早く左手首の傷を治し、呪詛が溜まった容器を持って桜の方へ向かって行った。

 この泥は特別製だ。ただの聖杯の泥では無い。それは間桐臓硯が長い間寄り代にし、彼の魂と精神が霊体として刻まれている。さらに言峰士人の心象風景の中でアンリマユとはまた違う呪いと化した、この世全ての悪を体現する呪詛。

 

「飲めるか?」

 

 無理矢理心臓の蟲を取り除かれ、心停止をしつつも魔力でまだ強引に生きている桜は意識を保っている。しかし、喋るほど彼女の生命は無事では無く、首を動かす体力も無い。神父は単純に、これから起きる苦しみを告げているだけ。―――これを飲めば全てが終わり、そして始まるのだと。

 桜は視線だけ士人に向けた。その目は強く、そして凶悪なまで何かに染まった意思が込められている。

 

「では、覚悟だけはしておけ」

 

 そして、神父は呪いを手で掬った。そのまま直接呪いの泥を彼女の口へ流し込んだ。

 

「――――――――――――!」

 

 ―――覚醒。点滅。破壊。蘇生。

 間桐桜の内部が全て崩壊するほどの呪いの奔流。最小限の損傷で蟲を抉られていた心臓は本来の形を取り戻し、彼女の全身に血液が回り出す。それと共に新たに流れ込まれた呪いが、魂の内側から呪詛を塗り込み始めた。

 

「……ァア。グゥ、く……ぁぁぁあああああああああああああああ!!」

 

 ―――まるでミキサーに潜ってしまったような地獄。

 恐らく間桐臓硯の悪趣味な魔術鍛錬が無くては、彼女の肉体も精神もこの苦痛には耐えられなかっただろう。

 手術用に即興で仕立てた長机の上で、マキリの聖杯が暴れている。彼女が味わっている苦痛は想像を絶し、間桐臓硯の霊体と言峰士人の呪詛も、聖杯の泥と共に霊体へ取り込んでいる。肉体も僅かながら人外へと作り変えられている。聖杯として機能する筈だった心臓の核を取り外し、また肉体内に入れると言う行動を例えるなら、それは脊髄を一度出し入れするのと同じくらい無茶な事なのだ。

 彼女は核を取られた事で、聖杯から人間になり、人間から死体に成り掛け、今は死体から聖杯へとまた変貌しようとしていた。何もかもが塗り替えられていく。

 

「ああぁぁっぁあああああああ……! ギィ、ジ……ゥゥウウウウアアアアアアア!!」

 

 絶叫を上げ続けて一分。しかし、間桐桜が感じている体感時間は既に一時間を超える程、この苦痛を長く感じているだろう。

 治療台の上で暴れ、拘束されていなくては彼女は滑り落ち、床の上で激しく悶絶していた程、神父の目の前で苦しみ続けている。

 士人は桜を見続けていた。声を掛ける事も無く、触れる事もしない。

 何処までも透明な黒い目で観察している。呪いが肉体に侵し渡っていき、魂が染め上がっていくのを唯只管に見ている。

 

「――――――ん、くぅ。はぁ………ぁあ、あ、く………」

 

 ―――時間にして、およそ五分。悲鳴は消え、喘ぎ声だけが鳴る。

 

「はぁ……ハァ……。ん……ぁ――――」

 

 彼女既に疲れ果てている。心臓も呪いの後押しで完全に蘇生し、聖杯としてではなく、単一の生命体として生き長らえていた。呪いで心臓や肉体を補うのではなく神父と同様、完全に呪いも泥も蟲も自分自身に融かし取り込んだ。

 

「無事生存したな、間桐桜。実に喜ばしい」

 

 神父はいつもと何も変化しない笑顔のまま、彼女を縛る拘束具を外す。手術は成功し、桜は死の淵から生き延びた。

 

「……あなた…は、本当、正気じゃ……ありません、よ……っ」

 

 生気がごっそり抜けきった目で桜は士人の見た。息も絶え絶えだが、呪いを自分のモノにした事で完全に生気を取り戻していた。誰かの傀儡でも無く、呪いで生かされている歪な生き物でも無く、確固たる生命を持つ存在。本人は神父を親の敵の如く睨み付けたつもりだったが、消耗し切った今の彼女では、その視線は光を失くして神父を脅すには足りなかった。

 半裸になった少女に死んだ眼で睨めまれ続けるも、神父は愉しそうに改めて聖杯へ新生した魔術師を見た。聖杯戦争が終わった末に、この展開、この状況。これからの未来が面白いものになると簡単に想像できた。

 

「何を今更。お前も俺の同類だろう。

 ―――呪われた者同士、世界を愉しもうではないか」

 

 言峰士人は間桐桜の闇を知っていた。ギルガメッシュが綺礼を面白いと思っていたように、士人も桜のことを楽しんでいた。

 

「なん、で……すか、それは?」

 

 呼吸を整えながらも、憎しみに満ちた目で睨む。

 

「これでお前もあの泥を理解したと言う訳だ。自分の心を知れぬ程、鈍い女でもあるまい」

 

「………あ―――――」

 

「ふむ。やはり本質的に聡いのだな」

 

 心が重い。思いが黒い。

 桜は自分が何を喰らったのか理解して、それを全て理解した。

 

「―――ああ。これは……これがわたしの魂ですか」

 

 自分の中にあるのは、聖杯の悪意だけでは無かった。この世全ての悪に匹敵する程の、呪詛の塊が蠢いている。

 ―――心の中に存在するのはマキリ・ゾォルケンの残留思念。

 泥の大元になった蟲の中にある魔術師の意識と知識が、自分に取り込まれている。蟲になって聖杯を求めた理由も、自分が蟲に犯されてマキリの蟲になった訳も、マキリの蟲を支配する術も、全て知り得ていた。もはや自分に逆らえる蟲など居ない。あの魔術師を殺せる術も手に入れた。

 ―――そして、更に蠢くは言峰士人の心象風景。

 黒い太陽を彼女は幻視した。死人の泥では無く、更なる変異を遂げた生きた黒い太陽の泥。生きた死の呪詛。黒いのではなく、それは沈み続ける奈落の呪い。人を怪物にするのでは無く、人が怪物に成り果てるのだと理解させた。

 

「神父。―――わたしは誰ですか?」

 

「―――間桐桜だ。

 他の何者でも無い。お前は誰にも変わっていない」

 

 桜は自分を認識する。結局、何を思い、何を成そうが、その現実が自分である。

 過去の全てが自分と言うモノのカタチを作り、その過程の果てに結果、この在り様へ辿り着いた。だからこそ、救いは自分自身の心で手に入れよう。

 

「―――……ありがとうございます。

 ほんの少しだけ迷ってしまって、分からなくなってしまいました」

 

「礼には及ばない。神父として当然の人助けをしたまでだ。

 ……それにな、衛宮と同じくらい面白く、友人になれそうな女をそのままにするなど、言峰士人として見逃せないからな」

 

「友人……ですか。今なら、それも良いかもしれない。

 でも、それは何故?」

 

「お前と俺の間柄を表す言葉として、友人と表現するのは実に最適だと思うがね。

 それにほら、互いに似通った娯楽を共有し合う様な、まるで子供同士の馴れ合いをするお前を友と呼ぶ事は、別に不自然な考えではあるまい」

 

「………………」

 

 呆然と神父の言葉を聞く虫使い。彼の話を頭の中で咀嚼し、クスクスと静かな笑い声を上げた。

 ―――ふ、と桜はこれからする事を思い出す。

 そうだった。自分はこれから、蟲の怪物を殺す事を愉しむんだった。その道楽を一緒になって遊べるのであれば、それは友人と呼ぶに相応しい。そんな暗い行いを共有出来るのなら、自分の黒い部分を許して笑ってくれるなら、友人として娯楽を愉しもう。

 あれを甚振って、捻り潰して、殺して、殺して、気が済むまで殺す。

 ただ殺すだけでは無い。殺害と言う報復を成すまでの過程の中に、無駄な徒労を成して愉しむ。恨みを晴らすのを、憎悪を持って殺意を撒き散らすのを、精一杯愉しもう。

 

「えぇ、実に良いですね、それ。わたし、初めてお友達が出来ましたよ」

 

「そうか。それならば、自分としても喜ばしい」

 

 泥による所為か、彼女は体が凄く軽かった。そして、心には迷いも無ければ、苦しみも無い。何をすべきか決めてしまえば、歩くことを止まて悩む必要も失くしていた。

 ―――これならば、一人で歩き続けられる。

 桜は自分と言う存在を自覚した。自分の願望に価値を見出す事に躊躇いなど無い。

 

「それじゃ早く、蟲の元を浄化しに行きましょう。多分、まだ地下の蟲の中で核が潰されていても生きています。アレの魂は死んでいるのに生きていられる。本当に生き汚い。

 ……なので、生きていてもアレ、気持ち悪いだけですし。今日中に殺しておきたいです」

 

「そうだな。折角の友の頼みだ。叶えられるなら、直ぐに叶えてしまおう」

 

「……ふふ。貴方は本当に良い神父です。だから出来る限り、今回のわたしの我が儘を楽しんで下さい」

 

「ほう。実に楽しそうな顔だな」

 

「当然です。だって、わたしはこんなにも娯楽(フクシュウ)が楽しい。

 ……神父、貴方も復讐劇は面白いですよね。それもわたしみたいな哀れな道化だと、なおさら好きでしょう」

 

「ははは。それだけでは無いだろう? だが、生きる先に何かを見出せるのであれば、とても喜ばしいな」

 

 間桐桜は深く笑った。おぞましく恐ろしい笑顔は笑顔には見えないのに、彼女の表情は笑顔としか表現できない。

 

「隠し事が巧い貴方では、わたし程度の隠し事はお見通しですね。

 ―――見抜いた通り、勿論復讐だけじゃありません。

 マキリ・ゾォルケンなんて言う理想に生きた魔術師に、絶望させるのが良いんです。自分の恨みを晴らすより、彼の理想を踏み潰すのが良いです。

 外道を外道で苦しめるのは初めての体験で、胸に迫るものがあります。アレが根絶したかったこの世全ての悪を教えて上げましょう」

 

「―――乗った。

 お前を助けて正解だったぞ。この馬鹿騒ぎ、中々面白い顛末になりそうだ」

 

 間桐桜は言峰士人を連れ、自分の家に帰って行った。彼女は神父が運転するバイクの後ろに乗り、逃がす間も与えぬように直ぐさま帰って行った。

 ―――その日、間桐桜は間桐家最後の魔術師となる。

 勿論のこと、師であった蟲に止めを刺したのは間桐桜の魔術であった。影の闇の中に沈んで行く魔術師を、存分に苦しめ喰らって彼女は愉しんだ。彼女に強力した神父は凄惨な復讐から目を逸らす事無く、その光景を記憶する。

 ―――間桐桜は、マキリの蟲では無くなり、間桐の魔術師と成り果てた。

 完全に魔術師となった彼女は、一人だけしか住まう者が居ない家の中、報復を成し遂げた自分を存分に祝福したのであった。神父もまた、黒い聖杯の覚醒を祝福する。楽しみが未来に生まれ、これからまた生きていく事が喜ばしい。娯楽は多いほど喜ばしい。

 故にそれは、正義など一欠片も無い。彼女に訪れた救いは、邪悪による救いであった。

 だが、その神父の内側にある思いには、人の負の側面から成り立つ同情も無ければ哀れみも無い。ただ純粋なまでに透明な、余りにも真っ直ぐな救済だ。自分の為に、彼は人の人生を先の道に続くように紡いで見守る。

 ―――聖杯戦争は続く。

 ―――魔術師は求める。

 この先の未来はもう決まり切っている。だが、それを成す為には多くの障害と、達成する為に必要な事柄が多くある。代行者と魔術師は二人、聖杯戦争を望む。だからこそ、第六次聖杯戦争の到来は確実に成されてしまうのだろう。




 完全覚醒。これで桜さんが目覚めました。
 アンリマユの呪いに加え、地味に臓硯の無念と神父の衝動が呪詛として取り込まれています。そして、桜はそれを自分のモノにしてしまったので、ここから先はどうなるかは、桜次第となるでしょう。
 読んで頂きありがとうございました。次回で第五次聖杯戦争編は最終回になる予定です。
 後、最後に今期のアニメを見て、進撃のワンダとか言う妄想が浮かびました。巨像ではなく巨人に登ってじっくりと巨人を殺し回るワンダ無双な話。

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