神父と聖杯戦争   作:サイトー

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4.聖杯戦争が始まる日

 最強で在る事に興味はない。

 

 誰よりも力がある。

 誰よりも速さがある。

 誰よりも技術がある。

 誰よりも魔力がある。

 誰よりも才能がある。

 誰よりも経験がある。

 

 そんなことに実感など有りはしない。

 

 人より優れていることに優越感など欠片もなく。

 人より劣っていることに劣等感など欠片もなく。

 

 自分は自分でしかないのだ。

 他人と自分を比べもそもそも強さなど相対的だ。何事にも相性やその時の流れがある。勝てないのなら勝てない。負けないなら負けないのだ。しかし、他人と比べれば自分がどのような位置にいるのかだいたいは理解できた。

 自分に戦いの才能はない、自分は凡人だ。達人にはなれない。

 

 しかし、最初から達人になる事に関心などなかった。

 

 私が目指したの己が至れる究極。

 自分にとっては、存在しない到達点。

 

 目標など最初から不必要だった。

 鍛えるために、鍛え続けた。

 ただ只管に、究めて、窮めて、極め尽くす。

 前より強く、前より巧く。

 戦いの中を生き残る。

 

 達人の技を盗み身に付け、人の業(ワザ)を己の業(ワザ)へと鍛えて極める。そうやって、自分の技術、自分の戦術、自分の戦略を創造しては鍛えていって新しく作り上げては極めていった。感覚を鋭く、思考を迅く、精神を加速させる。

 

 限界など目に映ることはない。

 才能など障害ですらない。

 

 自分が凡人という位置にいるのなら、それでいいのだ。

 自分に才能がなく非才であるならば、それでいいのだ。

 

 やる事は変わらない。

 出すべき結果は、戦いに勝ち、戦場で生き残る。

 経験を次に紡いでいく。

 自分を鍛え、また己の戦場へと身を投げる。

 

 それが自分にとって戦いにおける「強さ」としての目指していく何か。

 

 極めた業(ワザ)を理解する。そこで何が手に入るのかは分らなかった。そこに何が秘められるのかは分らなかった。

 

 

 故に私は―――

 

 ―――鍛えるために、ただただ鍛えたのだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

2月2日

 

 

「―――………………………ねむい」

 

 

 監督役の仕事が本格的となって来た。

 昨日も戦闘があったようで記録をするのが面倒で書類仕事は大変なのだ。まぁ分別のある魔術師とサーヴァントであったので後片付けの処理自体はなく楽なものだったが。それに報告で凛も戦争を始めたのが分かった。

 そんなこんなで、神父は短い睡眠から起床した。……魔術を使って肉体と精神の休息を睡眠時にしてもサッパリしなかった。

 

「…………………(まぁ、寝たのが、朝の三時で起きたのが四時位じゃ仕方ないか)」

 

 通常の睡眠の数倍は回復効果は見込めるのだが、数週間も続く書類地獄に連絡地獄が肉体に疲労を溜めていく。そもそも学校へ登校し、鍛錬も続けて聖杯戦争監督役も粗のなくこなすこの男の性能(スペック)がおかしいのだ。

 ――――――もっとも、元々おかしい存在であるが。

 

「……ふぁ~」

 

 眠気を飛ばすように盛大に欠伸をすると、朝の準備を始めた。

 

 

◆◇◆

 

 

 神父は教会の庭に作られた鍛錬場にいる。基礎を終えた神父は、イメージトレーニングを開始した。武器を持たず、身一つで体を動かす。

 点と線と円の動きを肉体で再現する。

 下段蹴り、中断蹴り、上段蹴り。

 正拳突き、掌底、肘打ち。

 穿ち、撃ち、受け、逸らして回る。

 回す、回す、回す。

 際限なく狂い高まり、回転する。

 肉体の全てを動かし己の業とする。

 精神を加速させ続け己の業とする。

 魂に深く刻み込ませ己の業とする。

 オヤジの套路の複製品。太古から模倣され続けられた技術を覚え、更に自分なりに模倣した技術。そして、鍛えて、戦い、極めて、生き残り、気が付けば我流の套路となっていた。

 ウォーミングアップはここまでとする。刹那の休みもなく全力で動かし続けて筋肉も神経も最高潮。このまま武器を使った鍛錬へと移りかえる。

 

 ―――そうして時間も経ち、鍛錬を終える。

 

 自身が愛剣とする得物と、一通りの武装の修練をした。朝の鍛錬の後、本格的になってきた監督役の仕事の書類まとめをする。

 

 今日も今日とて、聖杯戦争監督役の一日は始まった。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 朝食をギルガメッシュと済ませた言峰士人は、学校へと登校する。今日は時間に余裕を持ちながら、席へと向かえそうだ。

 校門に到着すると知人の魔術師に出会った。言峰士人の魔術の師である遠坂凛である。師匠を無視する弟子というのもアレなため言峰士人は目の前を歩く遠坂凛あの後ろから声をかける。それに周りの会話の声が聞こえる範囲に人の気配は皆無だ。短い間なら、裏側の話も問題ないだろう。

 

「おはよう、師匠」

 

 声に反応して、アーチャーがマスターに念話をする。

 

「――――(……奴は誰かね? 君程ではないが、そこそこの魔力反応があるぞ)」

 

「………………(心配しないで、アーチャー。彼の名前は言峰士人。私の魔術師としての弟子で聖杯戦争監督役の神父よ)」

 

 まぁ裏でどんなことをしていてもまったく不思議じゃないけど、と心の中で凛は呟いた。この神父は養父に似てしまって悪い神父なのだ。師としては悲しい限り。

 そうして士人に声を掛けられた遠坂凛は返答する。声色は疲れていた。身内にしか見せない遠坂凛の素の声である。

  

「………おはよう、士人」

 

 疲れたような遠坂凛の声と昨日の報告書から、なんとなく事情を察した言峰士人である。

 初めてのサーヴァント戦はそれなりに精神的な負荷にはなるのだろう。一昨日のサーヴァント召喚の魔力消費と前日の戦闘での魔力消費も流石の遠坂凛をしても消耗は避けられない。

 

「昨日は大変だったようだな、師匠。

 ………ふむ、どうやらしっかりと召喚はできたみたいだな。いや、良かった」

 

 遠坂凛の隣からはサーヴァントの鋭利な気配が感じ取れる。それはいつでもこちらを殺せるような、殺気が籠る警戒混じりの気配だった。

 

「――………え、えぇ、勿論よ! キッチリバッチリ召喚してやったわ」

 

 遠坂凛は少しだけ言葉が詰まる。その言葉を聞いたアーチャーは一言、自分のマスターに言いたくなった。

 

「…………(――――凛。あの召喚のどこが、キッチリバッチリだったのかね?)」

 

「…………(う、う、うるさいわね。“召喚”は、できたじゃない!)」

 

「…………(それは詭弁だぞ。結果を見れば、召喚自体は成功したが過程に問題があり過ぎだ。そもそも私の記憶は、――――――)」

 

「…………(そそ、それは、――――――)」

 

「…………(――――――――。だいたいだな、―――――――)」

 

 遠坂凛は自分のサーヴァントと言い争っているのだが、傍からみると見つめ合っている遠坂と言峰である。言峰士人も、遠坂凛が何かしらの相談をサーヴァントとしているのは察していたので、しばらく黙っていることにした。

 

「――………………」

 

 赤い主従が念話で口論が白熱しているところを神父は観察していた。

 師匠であり幼馴染である遠坂凛とは付き合いが長く、人となりは理解している。様子からだいたいのことは予想できる。

 

「―――――(……やはり、いつも通りにうっかりでもやらかしたか?)」

 

 士人は鋭かった。

 

 ―――数十秒が経過する。

 ずっと黙っていては、校門から脱出できないので自分から言峰は話す事にした。

 

「そうか、バッチリ召喚を決めたか。

 いやはや、いつものうっかりで召喚にミスでもしていたら、この聖杯戦争では大変な事だからな」

 

 遠坂凛は思う、失敗したことを悟られてはいけない。動揺は厳禁だ。もしもサーヴァントにスカイダイビングさせて召喚させたなんて知られたら最悪な事態になる。知られてしまえばまた新しく弱みをこの似非神父二世に握られることになるのだ。

 ただでさえ、バカ杖変身事件や、宝石昇天事変、ウッカリ事件シリーズ、その他諸々のトラウマを知られている。特に魔法少女は最悪な災厄だった。故にこれ以上、ネタを増やされてはたまらないのだ。

 ―――それにもう、ウッカ凛とは、呼ばれはしない!!

 

「――――――とと、当然じゃない。私は遠坂の魔術師なんだから」

 

「………(――――――遠坂だからだよ、凛)」

「………(――――――遠坂だからだろ、師匠)」

 

 弓兵と神父は同じ事を思った。そうやって、一人、言峰士人は校門を潜る。

 

 ―――瞬間、世界は一変した。鮮血の空間。

 

 言峰士人は外からでも学校の空間に違和感は感じられた。しかし、中に入って実際に感じてみれば異世界だった。

 後ろで遠坂凛は固まっている。仕方ないな、と思いながら足を進める。いつも通りに言峰は教室に向かった。

 師弟のコミュニケーションを終えた言峰士人は自分の教室に入る。

 そこはいつも通りの日常風景。しかし、昨日と違うのは間桐慎二の気配であった。間桐慎二に感じる違和感。本人からではないが僅かの魔力を感じ取れる。おそらくは魔術品だ。十中八九、サーヴァントに関する品物で聖杯戦争絡みなのは間違いないだろう。

 まぁどうでもいいことだ、と言峰士人は思考する。

 間桐の一族が何を考えていようとも、関わることではない。それにもし関わることがあるのならそのような時期が来るだろうし、それは聖杯戦争関連だろうと思ったからだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 時間が淡々と過ぎる。授業も終わり学校は放課後となった。

 ―――言峰士人は思う。

 結界のサーヴァントは、喧嘩を売っているのだ。冬木の管理者である魔術師・遠坂凛に。戦争を誘っている。それに学校の生徒と教員を人質にしているようなものだ。つまりは地獄を造ろうとしている。学校を戦いの舞台にしようとしている。

 ―――言峰士人は愉快に思った。

 この結界の魔力の感触は、間桐慎二から感知出来た魔力(モノ)にそっくりだった。知り合い同士が殺し合いを始める。つくづくこの聖杯戦争というモノは業が深いと一人、言峰士人は誰にも気づかれないよう壊れた笑顔を浮かべた。

 今日も一仕事ありそうだと、神父は教会へと帰って行った。


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