神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 DOD3の発売が楽しみなこの頃です。でも、主人公とその仲間のキャラ設定が相変わらずのDODっぷりに安心すると同時に、どんな物語になるのか全く分からないのが実に面白そうだと思いました。しかし、あれって全年齢に出来るのか如何か。
 そして、デッドスペース3のダウンロード版をやってみたいです。


44.開幕の火蓋

 その日、その晩―――全てのサーヴァントが召喚された。

 選ばれたマスターに、願望を果たす為に現世に甦ったサーヴァント。イレギュラーを知っている者は、監督役と当事者にのみであったが、参戦者が冬木市に集まり切ったのは事実であった。

 

「腹が減っては戦が出来ぬ、とはこの国も良い格言が残されています」

 

「君は、その……昔も何となく分かってはいたのだが―――食事が好きなのか?」

 

「はい。シロウが作る料理は素晴しく美味です。

 あの時代、私と共に戦った円卓の騎士たちもシロウの料理を食べれば、涙を流して感動する事でしょう」

 

 まるで、聖杯で望みを叶えたサーヴァントのように満たされた表情を浮かべている。そんな少女がこの度の聖杯戦争における衛宮士郎の相棒、剣の英霊であるセイバーだ。

 警戒心は無くなっていないのでピリピリと痺れる威圧感を発しているが、上機嫌な姿は街歩きを楽しみにしている年頃の少女そのもの。

 

「……そうか。君が現世を満喫してくれるのであれば、それはそれで私は嬉しいよ」

 

 まさか、それが召喚された望みではないだろうな、と少しだけ疑ってしまった事を反省する。士郎は自分の手料理を食べて彼女が喜んでくれれば、それだけの理由で朝昼晩の三食をかなり張り切ってしまうのだ。

 隣にはセイバーが居る。横を見れば昔と同じ姿で彼女が歩いている。そのセイバーが自分の言葉を聞いて、安らかな表情で微笑んでいた。

 

「ふふふ。やはり貴方は私にとって最高のマスターだ」

 

 片手にはビニール袋。もう片手には肉まん。寒い季節に入った日本の地方都市において、コンビニの前で良く視界に入る光景だ。勿論、これを買った場所もコンビニからだ。

 

「なに。最優のサーヴァントである君には負けるさ」

 

 皮肉が虚しい。だが、それで良い。今はまだ。

 欲望に忠実になった彼女は生き生きと現世を楽しんでいる空気を持ち、どうも士郎はセイバーに引っ張られて束の間の日常を楽しんでいる。

 ―――時は夜。

 士郎がセイバーを召喚した翌日の深夜に、主従は街へ敵を探索に繰り出していた。

 

「シロウ。私はこれで良かったのですが、貴方はこの作戦で宜しかったのですか?」

 

 ビニールも空となり、偶々近場にあったごみ箱へ捨てた。

 セイバーは今夜の行動について再度の確認作業をする。マスターとの意思疎通を確かにし、互いのコンビネーションを高める為、重要な戦闘準備を怠らなかった。

 

「構わんさ。情報が足りない今の段階では、これが最優の一手だろう」

 

 衛宮士郎にとって遠距離からの狙撃は常套手段だった。彼の千里眼と投影魔術は奇妙なほど適応し合い、戦場における死神として猛威を振るう。彼が開発した矢型宝具は数知れず、研究と鍛錬を重ね、実戦で更なる投影武装へ昇華させ続けた。

 ……が、この度の聖杯戦争では話は別。

 バトルロワイアルにおいてパートナーと離れた作戦は危険。令呪があれば空間転移でセイバーを呼べるが、その前に単騎撃破される可能性もある。サーヴァントと別行動を取る作戦も考えているが今はまだ良い。セイバーや他のサーヴァントを囮にし、戦場へ狙撃を敢行しようにも相手がサーヴァントでは失敗に終わる可能性が高く、殺害が出来ねば単独行動を取る自分が一斉に周りから狙われる。

 

「私が囮になるのが、狙撃を得意とする貴方にとって一番戦い易いと思うのですが?」

 

 だが、それよりも、マスターがサーヴァントと戦闘を行う方が危険度は高くなろう。セイバーと共に戦場を彷徨うのであれば、敵サーヴァントと斬り合う場面と出てくる可能性は高く、それが衛宮士郎となれば確実に命を天秤に賭けてセイバーを援護する。

 

「否定はしない。

 だが、この方法の方が君は戦い易いだろう?」

 

「否定しません。

 しかし、シロウの狙撃能力を有効に使う為には下策になりますよ」

 

 セイバーにとって、確かに背後から敵を撃つ作戦は好きではない。とは言え、それはマスターの身の安全と、衛宮士郎が瀕する危険と比べてしまえば、戦法に対する執着など思考から外して仕舞える。

 

「違うな。今の段階で私の得意分野を主軸にすれば、その方が総合的な戦力を低める下策となる。勝率を考慮するとなると、君と共に戦う方が今は好ましい。

 セイバーの情報が敵側へ露見し始めるまで、君の能力を軸に戦争を進めよう」

 

 一番効率的且つ生存率が高い戦略は、セイバーと衛宮士郎が共同して戦うサーヴァントの速効撃破。セイバーが真正面から敵と斬り合い、対魔力で以って壁の役割も果たし、衛宮士郎がその背後から敵を撃つ。あるいは衛宮士郎が盾と機能している間に、セイバーが敵のマスターを殺してしまうか。

 はっきり言おう、衛宮士郎は対暗殺用のカウンターを練っていた。自分のようにサーヴァントと共に戦っているマスターを殺す策を何通りも考察し、その対抗手段を予め準備している。逆に言えば、士郎はそれだけ殺し手を保有している訳でもある。そして、敵が今の衛宮士郎のように手段を選ばぬ相手であるほど、彼の策は鋭さが大いに増す。

 また、敵が正面から戦う相手であれば衛宮士郎とセイバーの主従を倒すのはかなり至難であり、逃げ延びる事さえ殆んど不可能だ。士郎に背後を見せるなんて隙を見せた瞬間、脳漿を地面へ撒き散らす事となろう。

 つまり、今の二人は最強の破壊鎚。

 互いの相性を組み合わせた結果、二人一組で行う共同戦闘が一番強いのだ。士郎が魔術師の域を脱した尋常ならぬ使い手であるから選べた一手。下手に士郎が狙撃や暗殺を弄するよりも、現段階ではこれが最良の策となる―――今はまだ。

 

「……シロウ――――――っ」

 

 ―――気配が一新された。

 先程まで有った穏やかな空気が完全に凍り、二人の間に緊張が奔った。

 

「―――セイバー、敵だ」

 

「ええ。この禍々しさは恐らく、バーサーカーでしょうか」

 

「断定は危うい……が、この気配はその可能性が高い。ここまで濃厚な狂気は中々にないだろう」

 

 膨大な気配、無視出来ない存在感。第六感に訴え掛ける色濃い戦場の血生臭さが、段々と距離を詰めるごとにきつく成っていった。

 

「―――行きましょう。私の後ろから付いて来て下さい、シロウ」

 

「君は……いや、何でも無い。頼んだぞ、セイバー」

 

 正々堂々と戦い抜くのがもっとも悪辣な戦法。士郎はそれでけの理由で彼女と共に立っている。嘗ての感傷が無いと断言出来ないが、別行動に出ないのは本当にそれだけだ。

 敵にアサシンが居る限り、危険性を加味して先手は中々に取れず、敵対者の拠点を確かめなければ狙撃も有効では無い。一番有利で安全なのがセイバーと共に戦う事。一組だけを殺せば良いのならば暗殺でお終いだが、長期戦を考えた場合、短絡的な手段は選べない為に堅実な手段を取った。数が減れば色々と使える策は増えるものの後を考えれば、敵対グループに正々堂々戦う事を好む組であると油断させるのも丁度良い。

 

「はい。お任せを」

 

「……――――」

 

 色々と戦況を推し量り、聖杯戦争の今後を推測している士郎であったが、セイバーは前回から変わっていなかった。彼女は自分を疑うことなく―――否、衛宮士郎の考えを見抜いた上で策謀を許容した。昔より遥かに強くなった自分を、昔と変わらずマスターとして気遣う彼女を見ていると、封じ込めた筈の感情が騒いでしまった。

 ……もう、人殺しなんて慣れている筈なのに、セイバーの前では人を殺す衛宮士郎を見せたくはない。

 後悔だった。

 未練だった。

 いっそのこと、別行動の囮作戦で敵を殺し回る方が個人的には楽なのだろう。だが、衛宮士郎が理想を目指す限り、そんな効率を無視した私情は有り得ない。

 戦場を生き抜いた彼は手段は選ばぬ兵士。しかし、衛宮士郎にとって手段はもっとも場に適した戦法であり、勝つ為に構築する戦略の要素に過ぎない。要は好き勝手に単独行動をするよりも、セイバーが共に戦ってくれるのであれば、其方の方が断然頭の良い戦い方。セイバーと共にサーヴァントと戦闘を行える魔術師である衛宮士郎であるからこそ、一番効率が良いと言える手段がコレである。そもそも狙いはマスターとサーヴァントの皆殺しでは無く、最後まで生き残り聖杯を破壊する事であるのだから当然とも言える。

 

「もう一度聞きますが、シロウ……貴方は本当にサーヴァントと戦うのですか?」

 

「二人掛かりで一気に仕留める。マスターも共に居るのであれば其方も狙う。今の段階では、それが一番効率が良い。

 それにまだ、積極的なマスター殺害を狙うには早い。警戒される行動を取るのであれば、数が減ってからだ」

 

 最初の一段階目。まず士郎は敵の姿を全て知らねばならない。

 マスターの暗殺に成功すれば戦争を終わらせるのは簡単だが、今回の戦いは英霊を交えた聖杯戦争。何が起きても可笑しくは無く、重要なのは取るべき手段では無く敵対者との組み合わせ。敵に合わせて戦法を選ぶ事。中には自分の様に、対暗殺や近代兵器対策をするマスターも居るかもしれない。

 そして、今回の聖杯戦争前で集められた情報だけでは時計塔からの参加者、バゼット・フラガ・マクレミッツしか参加者は知らない。もし御三家の一人である凛も参加しているのであれば、同盟を組めるであろう相手が二組増えるも、今は時期尚早。間桐家の方はまだ分からず、言峰士人が関わっているか否かは、恐らく教会に行かねば分からない。

 故に、これから出会う相手は、話し合いの余地が無い敵対者と想定する。聖杯の中身を知らない者であり、第五次聖杯戦争の生き残りでは無いと予測。そして、態々この戦争に参加する魔術師が相手では、聖杯の真実を話したところで殺し合いは止められない。

 

「分かりました。……油断なきように」

 

「―――当然だ」

 

 セイバーは、衛宮邸にて借りた普段着である第五次聖杯戦争の時に使っていた凛の服を着たまま、マスターを先導していった。士郎の方は赤い外套を上から羽織り、対魔術戦準備を完成させていた。既に魔術行使の為の工程を組み上げており、例えサーヴァントが奇襲をしてきても即座に反応可能である。

 ―――結界だ。歩いた先に、人避けの結界が張られていた。

 場所は第四次聖杯戦争の決着が行われた公園。衛宮士郎にとって因縁の地となる決戦場。索敵と挑発を兼ねた街の捜査活動であったが、どうやら今夜の釣りは成功したようだ。

 

「セイバー。奇襲の気配はあるか?」

 

「ありません。断言は出来ませんが、相手の二人は自分達を待ち構えているかと」

 

 セイバーの第六感が敵の気配を二つ捉えた様に、士郎もまた二つの気配を感じ取っていた。

 

「……そうか。それは拙いな」

 

「何故です? その方が都合が良いと思うのですが」

 

「敵もまた、此方と同じ考えと言う訳だ。だが、そうで在る程、他の組に対する作戦も考え易くなる」

 

 決闘でも良い。暗殺でも良い。まずは誘い出し、セイバーと自分の前に引き摺り出す。出て来ないのであれば、情報戦の末に拠点を見付けて叩き、敵ごと陣地を殲滅する。また、時期を見計らって潜伏する事も思考に入れてある。

 そして、士郎とセイバーであればどの様な相手であれ、撤退は可能だろう。とは言え、それはサーヴァントが一体であればの話。向こう側のマスターも規格外であれば話は違い、士郎は十分にセイバーを援護が不可能となる。バゼットのような怪物が出てくれば猶の事、撤退を選ぶ必要が出る可能性は高くなろう。勿論その後、敵の居場所を捜して狙撃するのが手っ取り早い殺害方法となる。

 

「―――成る程。

 聖杯戦争は情報戦が胆ですので、敵の情報を違う敵に見せる事で殺し合わせる訳ですか」

 

「理解が早い。何も積極的に全員と殺し合う必要は無いのでね。倒せる時に倒せる相手を、殺せる手段で狙うのが効率的だろう」

 

 この作戦で利点となるのは、敵の情報を暴いてそれを違う組にも露見させる事。バトルロワイヤルにおいて、手の内がばれた相手が狙いを定められるのは必定であり、その敵を後ろを狙って影から殺す事も士郎は視野に入れていた。

 そして、セイバーの情報も露見すれば、それはそれで良かった。敵に情報が渡ってしまったのであれば、それを利用して奇襲戦に持ち込む予定だ。本格的な潜伏を開始し、いざと言う決戦以外は隙を見せた殺せる相手から順に殺していく。それこそ手段は問わず、マスター殺しだけ狙う腹積もり。狙撃による超長遠距離からの奇襲戦法は、後の展開を考慮してまだ隠す予定だった。得意分野はこの作戦が失敗した次善策の戦術として、戦略に組み込んだ。

 

「シロウ、貴方は――――……いえ、今は辞めておきましょう」

 

 彼女は自分と契約した嘗てのマスター、衛宮切嗣の面影を士郎から見てしまった。だけど、それを今問うのは間違いだ。それを責めるのもお門違いだ。

 衛宮士郎は理想を目指し、戦い続けて変わってしまった、衛宮切嗣に近い兵士に成っていた。

 彼と違う点の一つに、切嗣と違って士郎は自分自身が敵と真正面から戦闘を苦にしない強さがあり、真っ向からの殺し合いに才能があった。戦争を効率的に進ませる為、セイバーと共に戦える方法を選べる程に強かった。

 故に、切嗣と違って士郎はセイバーを否定しない。彼は切嗣とは違い、騎士王を肯定する。もっとも良い結果を出す為に手段を選ばないが、その為の手段がこれであるとセイバーは気が付いていた。

 彼女は現状を、今の自分とマスターである衛宮士郎の関係を把握していた。だからこそ戦闘を前に気持ちを一新させ、彼女は戦意を自分の内側に充たさせた。

 

「此処から先は敵地―――死が隣り合わせの戦場です。覚悟は良いですね?」

 

「無論だとも。君こそ抜かり無く、戦いに集中してくれ」

 

「―――フ。良い心意気です」

 

 士郎とセイバーが到着して一歩を踏み出した瞬間―――場に殺気が満ちる。セイバーを待ち構えていた如くサーヴァントは殺気を吹き出し、衛宮士郎の到着を喜ぶ様にマスターは禍々しい魔力を顕わにした。

 

「……来たか。

 此方の誘いに乗るとは、実に面白いマスターとサーヴァントだ」

 

 セイバーが鎧姿になると同じタイミングで敵が声を上げた。まるで期待していなかった珍客が来た事を喜ぶように、言葉には愉快な雰囲気が込められている。

 公園には暗い影が二体―――マスターとサーヴァント。

 衛宮士郎が直ぐ様考察を開始する。声を上げたのはマスターと思われる現代的なスーツを着た方の男である。もう片方はあからさまに現代には合わない時代の服装だ。

 

「……ふむ―――」

 

 士郎が皮肉気に唸った。あれは恐らく、自分達と同じ策を選んだ組だ。士郎と、そしてセイバーの二人がそれを察し、敵側も二人の内心を読み取っていた。

 表情は兎も角、士郎は忌々しい思いがあった。あの敵は一筋縄ではいかないと経験則が導き出している。何せ、魔術師の方が纏っている気配もサーヴァントと同様、殺し合いを行わんと願う思考が漏れ出ている。これは後方支援に徹する者が持つものではなく、自分の手で敵を討つと決めた者のものだ。自惚れが無く、油断も慢心も無い戦場の空気は、難敵としての格があっさりと分かった。

 マスターとマスター、そしてサーヴァントとサーヴァントの視線が交差。今直ぐにでも戦闘を開始せんと殺気が空間を破壊するも二対二である故、初手を如何するか思考の読み合いに陥った。どうも気配から察するに、お互いに迎撃を狙った一点殺害を狙っていると気が付いてしまう。

 覗き見をしている相手を炙り出す為の挑発行為だったが、好戦的な相手同士とぶつかった。これは構わないが、目の前の敵を倒しても情報が他の組に漏れてしまうと面倒だ。

 

「――――――……」

 

 ―――その時、足音が鳴った。沈黙したまま殺気を増幅させたサーヴァントが、耐えられんと言わんばかりに剣を構えた。一歩踏み出しただけで、場の空気が激変した。

 姿は襤褸と化した太古の王族衣装。壊れかけの王冠を被り、所々擦り切れた戦士の防具は、嘗ては一国の王に相応しい意匠が輝いていたのが見て分かる。極められた繁栄が朽ち、高まった王の権力が失墜した末の姿は、哀れみと儚さと滅びが同居していた。

 そして―――異常まで禍々しい殺意と戦意。

 可視化されているのではと錯覚してしまう殺気は、第六感を通じて視覚にまで影響を及ぼしている。あのサーヴァントから漏れ出す魔力は憎悪に満ち塗れ、見ているだけで気が狂いそうな圧迫感を存在する。常人ならば今直ぐにでも両手を着いて這い蹲り、吐き気のまま嘔吐を繰り返しているだろう。

 ―――剣が震えている。血塗れた刃が殺したいと恍惚としている。

 サーヴァントが持つ唯一の武器は、呪詛が刻まれているあの剣。魔術師であれば一目で英霊の宝具と分かる神秘と魔力が唸っている。その魔剣は、辺り一帯の大源(マナ)を吸い尽くし、吸い尽くしているのに更に飲み乾そうと飢えていた。つまり、目の前の敵の命を喰らいたいと懇願しているのだ、自身の担い手に。そして、そのサーヴァントもまた、魔剣を振って血を浴びたいと無表情のまま獲物を見ている。

 

「……何だ、衛宮士郎じゃないか」

 

 その怪物を従えていた魔術師が、気安い声で士郎に声を掛けた。しかし、その言葉には極大まで濃度が高めれた意思が込めれている。その意思とは、敵の息の根を止めると思考する殺意の現れ。隣に居るサーヴァントに負けず劣らず、ただその場に在るだけで相手に死を示してくる。

 

「だが、敵としてオマエが出てくるか……成る程な」

 

 シャツの第一ボタンを外し、黒いネクタイを適度に緩め、黒いリーマンスーツを着こなしている。その上から茶色のコートを羽織り、頭には茶色の帽子を被っている。。

 そして、ギラついた両目は明らかに人殺しを嗜む殺し屋の眼。顔は若々しい働き盛りの男性だが、その目がまるで血に飢えた野獣の如き狂気を孕んでいた。

 一見やり手のクールなサラリーマンだが、纏っている気配が暴力に満ちている。争いごとを本業にしない魔術師と言うよりかは、まるでマフィアの若頭みたいであった。人の死の上で成り立った職を持ち、殺人と暴力を躊躇う様な人間では無いと分かってしまう。

 

「オレが殺し屋として、初めて()り逃した獲物と聖杯戦争で殺し合えるとは―――実に僥倖だ」

 

 重々しい声と共に笑みを浮かべた。これから殺そうとする相手に微笑みかける精神性は人でなしに似合っており、余りにも濃い死を表現している。

 

「―――は。君の噂で聞いたぞ、アデルバート・ダン。封印指定執行者を何年か前に辞めたらしいな」

 

 士郎は侮蔑に表す嘲笑で敵を見る。嘗て殺し合った怨敵であり、自分を必要に狙い続けた執行者とも成れば、思う所は多々有った。

 

「あぁ。煩わしい協会の一派を皆殺しにしてな、それ以来オレも封印指定にされてしまった」

 

 この男はアデルバート・ダンと言う。嘗ては魔術協会所属の封印指定執行者として腕を振い、封印指定に認定された魔術師に対して暴力の限りを尽くした最凶の魔術師。それも、実際はそこまで率先して殺害しなくとも良い封印指定にまで手を出していた異端の執行者であった。バゼットの元同僚であるように、戦闘特化にした魔術師だ。

 だが、今では元執行者兼封印指定。この男は邪魔者を殺し尽くさないと我慢出来ない。

 気が短いのではなく、理性的に殺人に生活していた。腹が減ったら飯を食べ、眠くなったらベットで寝て、性欲が湧いたら女を抱く様に、生活費を稼ぐ為の社会活動として人を殺している。

 だから、この男は自分の命を狙う者は一人残らず殺した。殺害の上に殺害を重ね、虐殺を犯していた。

 だから、魔術協会で自分と敵対して来た派閥の者を皆殺しにして脱会した。生きる為に殺して逃げた。

 今ではもはや、生きる為に事殺すのか、殺す為に生きるのか、気にする事も無くなった。気にする様な迷いは捨て、救いを求める感情も失った。疑問を抱く事も無く、自分の理性を総動員して殺人を成し遂げる殺し屋と化した。

 

「君の経歴は此方も取り揃えている。

 なぁ―――殺し屋。

 人の死以外に興味を持たぬ貴様は何故、聖杯戦争に参加した?」

 

 衛宮士郎はその事を知っていた。昔の話だが、過去に自分を執拗に狙って来たこの男の過去を情報収集し、ある程度の人格考察を終えていた。故に、士郎に油断は無く、殺害する事に迷いはない。

 

「さぁ? ただ……望みは無いが、成したい事はあるぜ。何せほら、殺しはオレの天職である故にだ、殺し合う事に理由も要らなければ、大した成功報酬も要らん。

 なぁ―――正義の味方。

 下らぬ妄想を目指しているオマエは、この戦争でもまた人を殺すのか?」

 

 そして、アデルバートも士郎の事を理解していた。封印指定執行者として、難敵だったこの魔術師の考察は完成させている。彼が壊れた聖者だと知っていた。

 よって彼から見れば、衛宮士郎と言う魔術師は、この世の誰よりも気が狂った魔人。死徒なんて小悪党よりも理解不能な災厄。何故あんなにも強靭なカタチで正義を全う出来るのか、知りたいとは思うが実感はしたくはない。

 

「―――そうだ。立ち塞がるのであれば、誰であろうと容赦はせん」

 

 くく、と深く狂って笑った。ダンは右手に握る拳銃で右肩を叩き、笑みの次に呆れた表情を浮かべた。

 

「……ハ、理想に狂った狂人め。そんなにも正義を実践したいのか。何処まで行っても気味が悪い。

 ―――だが、許そう。

 そうでなければ殺し甲斐が湧かないからな……!」

 

 会話が成立するのがまず、可笑しな話。聖杯戦争に対話は要らないが、言葉一つで敵の精神を乱す事が出来れば御の字と互いに隙を窺った。

 

「―――ダン。話はそこまでよ。

 我は殺し合いをするべく、汝の求めに応じた奴隷なり。ならば、その本分を果たさせて貰おうか」

 

 一体のサーヴァントがマスターたちの会話を断ち切った。態とらしい苛立ちの気配が場を圧迫するも、彼のマスターである男は平然と言い返す。

 

「……バーサーカー。これから殺し合う相手と言葉を交わすなんて、普段はただ殺すだけのオレにとってはまたとない贅沢だ。

 道楽の邪魔は余り褒められない。人の楽しみを奪わないで欲しい」

 

 ―――バーサーカーのクラス、狂戦士の英霊。

 このクラスに選ばれたサーヴァントは狂化の恩恵によって、理性を持つ事が出来ない。ここまで発狂している気配を持つサーヴァントならば、言葉を十分に話せる訳が無い。

 ……しかし、この英霊は言葉を解した。十分な意思疎通を可能にしている。

 

「ほう。喋れる理性があるのですか、バーサーカー」

 

 セイバーは無表情を崩し、少しだけ好戦的に口元を歪めた。どれ程この目の前の男が理性を保っているのが異常な事が理解した上で、彼女は別段構う事無く剣を構え直した。辺り一帯が清浄な剣気に満ちるも、即座に禍々しい剣気が抑え込む。

 

「狂気を飲み干す英霊は信じられぬか?」

 

 バーサーカーに変化はない。変わらない表情と、乱れない口調と、衰えない殺気。

 

「まさか。そう言う英霊も中には存在するでしょう。貴方がイレギュラーであるだけで、別段不可思議はありません」

 

「ふむ……」

 

 右手で呪われた魔剣を持ち、それをセイバーに向けている。そして、悩む姿を示すかの如く左手で顎を撫で、思案するように口元を歪めた。

 

「……貴公は何処ぞの王族出身か。いや、女の身となるとある程度の真名候補が絞られるが、やはり余計な先入観は危険かの」

 

 血に飢えた狂戦士が、バーサーカーならざる思考によって、セイバーの出自に大凡の当たりをつける。

 

「加え、貴公は清涼な気配からして真っ当な純英霊と見える。

 それに……ふむ、成る程。この違和感は混ざり者特有の気配であろう。

 何処ぞの古臭い神霊の混血……では無いな。と、なれば――――――ほほう、これはドラゴンであるな。それも、それなりの神格持ちの竜種の血統か。先祖還りをしている英霊となれば、実に脅威である」

 

 バーサーカーの理性に翳りは皆無。蓄えられた神秘の知識量と、強烈なカリスマ性を持つ風格からして何処かの神話体系に属する王家出の者か、それか学問に通じる魔道の者か。

 あのサーヴァントは酷く危険。また、自身の脅威を敵に隠さぬ姿は、絶対的な自身の現れであると同時に、戦略的にも後の手を考えていると相手に分からせる。

 

「……セイバー、敵はバーサーカーだと思わない方が良い」

 

「同感です。あれは中々に侮れない知能の持ち主に見えます」

 

 もう敵を探るのは此処までに良いだろう、と士郎は敵対者との会話を切り捨てた。セイバーも同意し、既に直後には剣の間合いに踏む込める状態だ。

 衛宮士郎が投影を開始する。アデルバート・ダンが拳銃を構える。そして、セイバーとバーサーカーが強大な剣気をぶつけ合う。

 アデルバート・ダンは、宣告した。

 本来ならば殺しに不必要だが、命を()る為に殺意を言葉にした。

 

「前置きは終いだ。

 ―――さぁ、久方ぶりに殺し合おうか」

 

 死線が交差したこの瞬間―――第六次聖杯戦争の開幕となった。

 

 

◇◇◇

 

 

 間桐桜は自分の前に座っている一人の人物に対し、深く歪んだ笑みを浮かべていた。腹の底の探り合いと言うに相応しい陰鬱とした空気を互いに醸し出しているが、だからこそ楽しかったりするので桜は別に如何でも良かった。相手も相手で、この険悪な雰囲気を楽しんでいる気配を保っていた。

 また、協力者となるもう一人の人物は既に外に出ており、戦争の準備を始めている。戦場の観察だけならば蟲があれば十分であれど、この初戦で始末出来るのであれば殺害してしまおうと画策していた。そして、戦場を観察しているマスターとサーヴァントは多く、その隙だらけの後ろ姿を射殺す事も視野に入れている。

 

「―――ふむふむ。ほうほう。

 綺礼さん、どうやら切嗣さんの推理が当てっていた様ですよ」

 

 ニコニコ、と深く笑った。彼女は美しさと妖しさが同居する綺麗な笑みを作っている。

 

「それはそうだろうな。あの男が他者の裏を掻く事を失敗するなど、想像し難い顛末だ」

 

 桜に綺礼さんと呼ばれた男は、アヴェンジャーのクラスの皮を被る事で甦った死人―――言峰綺礼。

 正確に言えば、彼は英霊ならざるサーヴァントである。聖杯が英霊の座から呼び寄せたので無く、間桐桜が聖杯内部から引き寄せた死霊だ。アンリマユでは無く、アンリマユとしてのクラスたるアヴェンジャーを偽り、泥で受肉したサーヴァントとして現世に復活していた。故に言峰綺礼はサーヴァントとしてカウントされない間桐桜のサーヴァントであり、泥に染まった魂が聖杯内部から召喚に応えたのだ。

 

「初戦は先輩とセイバー、それと殺し屋さんとバーサーカーの組みのようです。……それに、どうやら二人は戦争前からの顔見知りですね」

 

「そのようだ。互いに相手の手の内を知り得ているのであれば、自分の引き出しから出す手段も多くなる。こうして監視している者にとっては、実に都合良く戦況が運んでくれるであろう」

 

「みたいですね。それでは、この戦を監視している使い魔、あるいはマスターとサーヴァントでも見つけましょうか。

 ……複数の使い魔の制御は大変ですけど、蟲使いである私の本領を見せてあげます」

 

「期待しているぞ。衛宮切嗣もおまえの手腕を買って、序盤から戦場に出ているのだからな」

 

「まぁ、彼の策が巧く働けば……ですけどね」

 

 衛宮切嗣――――間桐桜が召喚したサーヴァントのもう一体。言峰綺礼と同じく座から呼び出した訳では無く、聖杯内から呼び出したため、サーヴァントとしてカウントされない例外の中の例外。

 彼は今、戦場に居る。間桐桜が偵察する隠密使い魔の情報を利用し、隙を晒す敵対者から暗殺していく策を軸に行動していた。そして、初戦を繰り広げているマスターとサーヴァントの四人もまた、彼にとって殺すべき敵として戦況を窺っていた。

 

「貴方は良いのですか? 折角の聖杯戦争、ここで最後まで引き籠るつもりでは無いですよね?」

 

「影で策謀を巡らせるのも私にとっては一興だ。しかし……」

 

 言峰綺礼は自身が巡り巡って、こうやって現世に甦った現実が愉快で堪らなかった。その喜びを隠す事無く、彼は桜に対して歪な価値観から来る笑みを浮かべて相対している。

 二人は戦況を見守る事に決めていた。

 間桐桜と言峰綺礼は、静かに敵となるマスターとサーヴァントを観察していた。

 

「……ク。十九年ぶりの聖杯戦争だ。まだ私が動くべき時では無いだけであり、マスターが命じればその通りに行動しよう。

 おまえ同様、存分に私も楽しませて貰うぞ―――間桐桜」

 

 ―――そして、時は同じく、この戦況を見守る魔術師と英霊が何組も存在している。

 ある代行者は、アサシンの視界を共有して戦況を監視し―――

 ある魔術師は、アーチャーと共に遠方から戦いを見守り―――

 ある執行者は、ランサーを横に近場で行われている初戦へ近づき―――

 ある人造人間は、森の奥深くからキャスターが使う遠見の術を利用して観察し―――

 ある聖堂騎士は、自身の礼装を使ってライダーと共に戦場を覗き見し―――

 

「それでマスター。俺たちはこれからどうするんだい?」

 

「黙ってろよ、アヴェンジャー。あたしだって面倒事は嫌なんだよ。

 クソ……ったく。毎回本当に厄介事の方があたしに襲い掛かって来やがる。今回の聖杯戦争なんて、特上級の馬鹿騒ぎじゃないか」

 

 ―――ある異端者は、アヴェンジャーと共に戦争最初の殺し合いを感じ取っていた。

 

「それじゃあ、この戦争……マスターは降りるのか?」

 

 彼女の横へ静かに佇む男―――アヴェンジャーのサーヴァントは口だけで強烈な笑みを作った。黒装束のサーヴァントは、血の匂いが染み込んだ気配を更に色濃くし、魔術師へ殺し合いの是非を問う。

 

「―――まさか。

 選ばれたからには、最後まで戦い抜くさ。逃げるのは趣味じゃない」

 

 だったらアンタを呼んじゃいねー、と言葉にしないで内心だけで言い捨てた。そんな自分のマスターの心を見透かしているかの如く、アヴェンジャーは声を出さずに笑っていた。

 

「なら、俺と共に戦うのだな」

 

「戦うさ、勿論。別に優勝賞品が欲しい訳じゃないけど、ご指名とあれば身を引く気は無い。

 それにアンタだって聖杯が欲しくて、こんな戦争に参加してるんだ。呼んだからには、召喚者としての責任もある訳だしね。

 ……これじゃ、マスターとして不十分かい?」

 

「―――いや、十分だ」

 

 戦いはここに。戦争は始まりを迎えた。殺し合うは幾人もの魔術師たちと、幾体も召喚されたサーヴァントたち。

 こうして、聖杯戦争開幕の火蓋は切られたのであった。




 新規マスターのアデルバート・ダンです。元執行者で現在は封印指定と言う厨二心を擽る設定にしてみました。サーヴァントのバーサーカーですけど、彼が理性を保っている理由も設定として作ってあり、宝具もこれから順次出していこうと思います。でも、バーサーカーの魔剣を見ている士郎は、既に敵の真名を看破してますので、この辺をどうしようかと悩みます。
 後、綺礼と切嗣の登場は劇的にしようかと思ったのですが、何時この二人が士郎達と対面するのかと言うドキドキ感を選びました。急に出て来られても結構困る人たちですし、彼らの暗躍をしっかり書きたいと言う気持ちを取りました。
 読んで頂き、ありがとうございました。


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