神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 プリズマが終了しました。二期が楽しみです。あると良いな。
 進撃も終わりましたし……さて、今度は何を見ようかと悩みます。


50.侵食汚染

 同時―――マスターらが白熱し始めると共にサーヴァント二人も死線を合わせていた。

 刹那―――キャスターが符を放ってライダーに閃光が襲い掛かった。

 マスターとサーヴァントで戦場が分断された直後、魔術師の英霊は騎兵に向かって即死級の魔術で襲っていた。

 ―――摂氏5000度を超過する灼熱の光源。

 火属性は生き物を殺す事に長けている。故に複雑に高度化した魔術理論を運用するよりも、魔力を込めて純粋に火力を上げればあっさり人を殺し得る。それを単純に高めた結果が、このキャスターの魔術となる。既に赤色では無く白色に輝いており、現世の魔術師が操る炎を何段階も上回っているのが簡単に察せられた。熱を持ち過ぎ、物質がプラズマ状態に変化していると思える様な、魔術の領域から外れた火力。生き物を殺す炎では無く、兵器を溶解させるようなモノであり、既に装甲車をグズグズにする程。人を殺す武器と言うよりも、むしろ大げさに物を壊す工具と言えた。

 だが、それは些細なこと。何よりも、異常な事は―――

 

「……っ!」

 

 ―――ライダーが魔術の炎から熱気を感じたコトであった。

 熱さの余り、思わず皮膚表面が焦げて、離れているのに眼を瞑りたくなる。それが異常なのだ。

 何故なら、ライダーには対魔力がある。

 魔術に対する強い守護があるのだ。それをただ其処に在るだけで突破する程の熱量を持つとなれば、もはや宝具に匹敵する神秘性がある魔術となる。あるいは、それが対魔力では防げない神秘であると言うこと。だが、ライダーからすればどちらでも構わない。

 つまり―――当たれば死ぬ。

 それだけが事実。

 よって、彼がすべき行動は決まっていた。そう思考して行動を決定するまで、僅か刹那の間であった。

 

「おやおや。これは意外です……」

 

 キャスターが態とらしい驚愕の表情を作った。込められているのは嫌味と皮肉と、僅かばかりの悔しさか。

 

「……対魔力持ちのサーヴァントでしたら、油断を誘えると思ったのですがねぇ。いや、残念」

 

 ―――片刃の軍刀が二本。

 ライダーは魔力を爆発させ、斬撃でキャスターの術を葬り去った。実体を持たぬ白炎を裂くとは、もはや人間業では無かった。無論、ライダーはサーヴァント故、別段英霊の中では珍しくも無い絶技であったが。

 

「―――っち。厄介な」

 

 忌々しさが思わずライダーの口から出てしまった。軍刀は完全に溶けて消えていた。

 弱まった炎塊寸前で避けたが、服が焦げ付いてしまった。とは言え、魔力によって直ぐに復元し直し、いつも通りの綺麗な状態に戻したが。

 ……両手には、柄だけ残して溶け壊れた軍刀二つ。

 それをあっさりと地面に捨てる。そして何処から補充したのか、ライダーは新たに同種の刀剣を両手に装備する。

 

「……面白いカラクリですね、それ」

 

 揶揄するようなキャスターの台詞。彼は呪文を音にせず唱えながらも、敵の精神を乱すように言葉を喋る―――否、実際に彼の言霊には悪質な精神錯乱が作用されている。“呪”を込めて話す事で言霊に重みを加え、心を狂わせる催眠染みた心理操作が行えた。

 ―――不安。

 ―――未知。

 ―――脅威。

 ―――恐怖。

 ライダーに襲い掛かる様々な心理圧迫。

 キャスターから面白いカラクリ、と言われた。もしや、既に自身の宝具の仕組みがたった一目で露見されたのかと不安に陥りそうになる。段々と先の事を考え過ぎて、何も見えなくなり始める―――筈であった。

 ……ライダーが唯のサーヴァントならば、何かしらの影響はあっただろう。しかし、ライダーはもはやその程度の重圧では欠片も揺るがない。揺るぐことなど出来ない。

 

「――――――我輩(ワシ)を甞めるか? まぁ、それも良かろう」

 

 甘い認識のまま殺してやろう。と、言わずともライダーは、眼と気配でキャスターに死を悟らせた。

 

「……フフ」

 

 笑みが零れてしまった。キャスターは綺麗に透き通る微笑みを、あるいは底がまるで見えない幻影のような笑顔で敵と対峙した。

 焼き払うのも手だが、この場は少々都合が悪い。キャスターは本気を出せば、それこそ恒星の如き灼熱の塊を生み出し、辺り一帯を焦土に返させる。地面を溶解させ、コンクリートは異臭を放ち、地獄と同等の悲劇を作り出せる。

 ……しかし、今は居る場所は昼間の住宅街。

 そのような場所で、そんな埒外の惨劇を行えば一瞬で全サーヴァントとマスター達から標的にされる。流石に其処までの考えなしでも無くば、倫理観が無い非道無道とは違った。敵ならば兎も角、関係の無い無辜の民が生贄に捧げられるのは正直、吐き気がする。

 ―――瞬間、ライダーが動きだした。

 だが、同じタイミングでキャスターが符を上に投げ放った。

 宙には紋様。過剰なまで加熱する魔力は暴れ、竜巻の塊が乱雑にライダーが居る周辺を抉り出し―――それをあっさりと騎兵は踏破した。魔力を見抜き、軌道を見抜き、手札を見抜き、見切って見切って見切って、全てを縫う合わせるような無骨な動作で敵の眼前に君臨した。

 そして―――キャスターもまた同じ。

 ライダーが自分の前に来る事も、何時来るのかも知っていたかのような動きで身構えた。右手は太刀紐で吊るしていた直刀の柄を握り、左手は太刀を収めている鞘を抑えている。

 

「――――――」

 

 無音の一閃だった。居合と呼ばれる剣技。

 技量は特別な部分も無く、別段優れている箇所は無かった。しかし、技を放つタイミングと速さの二つだけは異常なまで巧み。強化された肉体は有らん限りの殺意を示す。

 ―――だが、受け流される。

 ライダーは左手の軍刀で捌いて踏み込む。同時に切り込む右手の軍刀。完璧なタイミングであった。その筈なのに、キャスターはゆらりと避けてしまう。そればかりか、何時の間にか右手の人差し指と中指で符を挟み、眼にも止まらぬ速さで射出した。

 ライダーが取った策は前進だった。キャスターは攻撃を察知して自動展開する防護障壁を纏っているが、それを突破するには近接戦しかない。また、キャスターが自分自身やマスターを巻き込む様な広範囲に殺傷力がある術を使わないだろうと、敵の保身的な術の使い道もライダーは考慮していた。

 キィン、と死が鳴る。音が鳴る。

 交差する死線。錯綜する刃と術。

 禍々しく、殺人の為の英霊の凶器が舞い踊った。乱れ狂うような、爆音と金属音の行進曲。

 ライダーの軍刀は余りにも的確過ぎた。

 敵の術の核は符で在るのならば、そもそも発動される前に切り裂けばいい。攻撃が最大の防御では無く、攻撃こそが最善の戦術であった。防御に徹する事と、切り裂く事は同義と化した。

 キャスターの術は尋常では無かった。

 敵の凶刃を紙一重で防ぎ、自身を護る鉄壁を成す。放たれる符も、一撃必殺を体現する凶悪な神秘を宿している。低い物でBランクの魔術程度、通常のモノでAランクに匹敵し、それ以上の桁外れな宝具にも並ぶ魔術が炸裂する。

 

「―――死ぬが良い」

 

「―――消えなさい」

 

 故に―――殺意が漏れた。

 二人とも、殺すべき敵へ送る言霊を叩き付けた。

 キャスターもライダーも、先が見える様だった。

 殺し合いとは何処か共同作業に似ており、敵が何処を如何に攻撃し、自分がどんな様で死にそうになるか肌で実感する。五感が猛り、第六感が共鳴する。

 ザン、と裂く。

 キン、と守る。

 符が術を炸裂する前に切り捨てるも、ライダーの行動を読み切ったキャスターは障壁で剣戟を防ぐ。が、ライダーは回り込み、障壁が脆い部分を見出して刃を突き入れた。その死をキャスターは見えていたのか、いっそ優雅と言える仕草で着物を翻して回避した。

 

「ライダー、貴方は怖いお化けです。生前さぞかし恨まれたのでしょうね」

 

 距離が離れた所為か、キャスターが言霊を吐き出す。相も変わらず悪趣味な催眠効果が付随しているのだが、ライダーは構わず問答に答えた。

 

「良く喋る口である。お主こそ、生前はさぞかし魔物に憎まれたのだろうな、(まじな)い屋」

 

 キャスターはどうやら、キャスターらしからぬ戦闘も出来るようだ。ライダーは実際に眼前の男の不気味さが、生前で幾度も味わった死ぬ一歩手前の寒気に似ていると思った。年老い、肉体が衰え、死ぬ間際まで戦に挑み続けて来た人生が、ライダーを慎重で狡猾で残忍で思慮深い将校に仕立て上げていた。

 その戦場の勘が訴えていた、キャスターは特別危険だと。

 まず、対魔力が通じない。ライダーのクラススキルとして持つ対魔力が、魔術を唱えるキャスターに対して優位性を保てない。対魔力を信じず、自分の勘を信用して敵の術を武具を盾にしていなければ、最初の一手で痛手を負っていた。術の異様な気配から、どうも王道な手段で殺せるキャスターでは無いと確信した。

 

「良くぞお分かりで。ですが、私のような術使いは、貴方の国でも別段珍しくも無かったでしょう?」

 

「……フン。

 そも我輩(ワシ)は、お主のような(まじな)い屋は胡散臭くて信用出来んのでな。頼る事が無い事もなかったが、自分の人生は自分自身の血肉で切り開く信条だ。

 無意味とは言わんが、(まつりごと)に妖術師は無価値だ。

 所詮、そのような下らん手品では国を導けん。必要なのは絶対的な支配と圧倒的な武力、そして全てを握る君臨者の三つ―――そうだろう、キャスター?」

 

 冷徹。冷酷。冷静。非情、且つ下劣。非道であり、外道であり、何より無慈悲。言わば、骨髄まで染み込んだ現実主義の権化。

 ―――恐らく、ライダーは支配者だった。

 そしてキャスターは確信しているが、この騎兵は生まれながらの王では無い。自らの手で、自らの国を築き上げた建国の英霊だと考えている。あるいは、自分自身の手で他者から王権を奪い取った奪還の英霊。だからこそ独裁的、何て領域には収まらぬ余りに巨大な支配欲求を抱いている。出生の位が高い者が持つ気高さと言うよりも、慈悲無き弱肉強食の中で生き抜いた狼の誇り高さなのだ。

 

「……恐いですね。とても、とても、私は貴方が怖いですよ」

 

 人の化身。言わば、欲望の中心点。キャスターも生前はとある王朝に仕えていた身だから分かる。この男、ライダーは絶対者だ。ただ王であるだけでは我慢出来ず、支配するだけでは満たされず、君臨するだけでは収まらず、もっともっと奪い取らねば生きられない。自分が仕えていた者と比べると、直視出来ぬまでに苛烈な在り方だ。

 其処に在る感情は禍々しく歪んでいる。

 ライダーの過去を知らないキャスターでは仕方ないが、ライダーが抱く聖杯に対する願望は分からない。分からないが、その方向性は想定出来ていた。何となく察せる程、この騎兵は強烈な存在だった。

 

「ほぜけ。我輩(ワシ)の方がお主の事を不気味に感じてるぞ」

 

 この手合いは度し難い。ライダーも生前にキャスターのような人物とは何度か会っているが、その中でもこの魔術師の英霊は極まっている。

 底が見えぬ。心を惑わせる。人を読ませぬ。

 彼にとって人間とは、支配し易く、御せ安く、操る事も楽な群れる動物だ。群れの管理など簡単で、恐怖と絶望であっさりと屈する。

 だが、学者然とするキャスターは理解出来ない。ただの知識人ならば分かり易いが、このサーヴァントは全く違う。大抵の狂気や狂信、あるいは行き過ぎた信仰や正義と言った歪さならば分かり、ある程度の共感もある。復讐や憎悪、様々なヒトの感情ならば実感も出来よう。

 ―――ありとあらゆる人間性が到達する果ては、殺人と死骸であった。

 虐殺。殺戮。皆殺し。

 殺して、死んで、先には何も無い。心の中には何も残らない。

 だからこそ、キャスターを巧く良い表すモノが騎兵の哲学には無い。

 一目で大凡の人格を見抜ける眼力を持つ君臨者であるから、見抜けぬ者も存在している。ライダーはその事を良く理解していた。そう言う者に対し、ライダーが思考する事は生前から決まっていた。それが敵対者であれば猶の事。

 

「―――故に、壊れろ。

 お主のような手合いは、早々に殺してしまうのが一番だ」

 

 奪い尽くす。僅かな命すら残さず、全てを略奪する。敵は獲物だ。蹂躙し、君臨する。強き者が弱き者を支配する。勝者のみが、生き延びる資格があるのだ。

 ―――高まる存在感。大狼が口を開けるような死の象徴。

 辺り一帯はキャスターの結界支配下に置かれている。その支配権が上書きされる。いや、正確に言えば侵食されていく。

 

「―――宝具とは、伝承の具現。

 この星も、面白い仕組みを作り上げたものですよ。英霊の座と言う機構自体が、宝具を確固たるカタチで定める要素なんでしょうね」

 

 宝具の性質から英霊の本質を感覚する。キャスターは卓越した手腕で周りの大源(マナ)を制御していたが、その支配権が奪われた。結界の隠匿作用は消えていないが、その使用権が奪い取れつつある。

 略奪の結界。境界によって外界と内界を隔てるモノでは無い。これは内界全てに作用する。まるで世界を侵食する領域そのもの。 

 

「……王の侵攻(メドウ・コープス)――――――!」

 

 ―――新たに、宝具の真名が解放された。

 ライダーは、独自の判断で勝負を決めに攻めた。

 そして、静かに、幽玄に、赤い幻影が浮き彫りになり始めた。赤黒い人の型をした人外のなにか。身に纏う装具は確かに物質として見て取れるが、それを身に付けるヒトの方は歪んでいる。血の色でぼやけている。

 

「まさか―――英霊、ですか?

 いや、それでは説明が……―――あぁ、そういう訳ですか」

 

 存在感、とでも言えば良いのか。ライダーの周りに出現した怪異は、サーヴァントと似通った気配を持っている。顔のパーツは黒い影で塗り潰れ、全身の皮膚は鮮血に染まっている。憎悪とか、怨念とか、人の負の感情で凝り固まった死霊のよう。

 ―――静かに、死する亡霊の群れが呼吸を始める。

 彼らが息を吸う度に、人が生きる為に必要なモノが取り込まれる。ただ同じ空間に存在しているだけで、生命力が削り取られる。魔力が吸収されていく。

 

「その手合いは私の専門分野でしたよ。ライダー、貴方は中々に狂った伝承を持っているみたいですね」

 

 キャスターの破邪の防御が発動する。だが、そもそも、その防御結界から兵士たちは魔力を奪っている。直接奪い取られて弱体化する事は無いが、魔力消費が大きい。恐らく、キャスターのように悪霊に対する専用の術式が無くばステータスは勿論、宝具の発動も魔力の略奪によって弱まってしまうだろう。

 

「英霊は例外無く全員が全員、狂気の虜だ。逸脱した狂いがなくば、人の世に語り継がれる事も無い」

 

 剣、槍、弓。数々の武装がキャスター一人に向けられる。数にして十数人。狭い路地ではこれが限界であり、これ以上集めれば魔術の良い的にしかならない。

 ―――そして、騎兵。

 ライダーのクラスと言う意味では無く、馬に乗った兵士が道を占拠している。馬も人と同じく赤黒い影であり、血の塊にしか見えない。だが、それでも十分に戦場を駆け回る騎馬に相応しき圧迫感を持つ。

 

「―――では、死ね」

 

 迅い。サーヴァントと比べれば見劣りするも、人間の規格からは外れていた。そして、騎馬は既に魔獣の領域に到達しており、蹄で駆ける度にコンクリートが粉砕される。狂った馬の脚力は人間を容易く砕き、突進されただけで交通事故以上に悲惨な屍を生み出す事となる。

 ―――槍が届き、矢も届く。

 そして―――炎の渦が魔術師の英霊の周りで焚けた。

 火の竜巻はキャスターが生み出したモノ。瞬間的に術を行使する手腕は現代の魔術師では不可能な素早さであり、火力もまた同じ。

 一瞬にして死地から生を掴み取るが……死者に恐怖などなかった。例え、炎に巻かれて苦しみ悶えて死ぬ事が分かっていても、それを恐れない。本来ならば臆病な騎馬も、亡霊共と同じであった。

 ―――亡者の軍勢が、全身を燃やしながら死地を突破する。

 否、その魔による炎陣さえも侵略対象だと言わんばかりに魔力を吸い尽くした。突破では無く、呼吸をする様に彼らは侵略して強奪し尽くす。

 ……そして、騎兵の槍がキャスターの心臓を串刺しにした。

 騎馬を操る亡者の鋭い矛先が突き抜けた。血に染まった刃は日光を受け、赤い鮮血の色を反射させていた。

 

「―――! ■◆……―――!」

 

 音にならない亡者の雄叫び。彼らは声にせずとも感情を炸裂させる。キャスターを殺し、貫いたまま槍を高く掲げる。無論、矛先は胴体から飛び出ており、魔術師の英霊は宙に浮かばされていた。百舌鳥の速贄を連想させる姿は、串刺しの処刑と瓜二つ。

 見事、敵を討ち取った。

 ライダーは、そんな自分が勝利した光景を見ているにも関わらず、何処か不服そうだった。やり足りないのか、自分の手で殺したかったのか、他に理由があるのか分からないが、興味が無さそうに視線を切った。

 ライダーの手には弓と矢。

 構えは悠然とし、眼は鷹の如き鋭さ。装備を持っていた弓兵から武器を借り取り、狙いを自然な動作で付けていた。また、一度に何本も射る為か、指の間に一本ずつ矢を挟んでいる。

 鏃の先は、何も無い虚空。

 騎兵の英霊は、其処を目掛けて矢を射った。

 だが、突如として矢は眼に見えぬ何かに弾かれた。

 

「―――愚か者が……」

 

 言うなれば、それは影だ。キャスターは符を用いて分身を行った。余りにも高度な魔術理論で運用されている所為か、血や臓器まで再現されて魔力の波も本物そのもの。神霊の眼力でさえ偽れそうな巧みさだったが、ライダーには通じない。キャスターは囮によって油断したところを空中からの魔術で狙撃するつもりであったが、ライダーは敵の策を見破った。

 これは完璧過ぎるキャスターの分身を見破ったのでは無く、ライダーは勝った事に違和感を感じ、敵がもし生きていればと言う仮定から推測したキャスターの手を予測。もっとも怪しい箇所に射撃を行って奇襲を防いだ。

 

「……風穴だらけの蜂の巣よ!」

 

 弓兵から矢が射られる。槍兵も手元の槍を投擲。それは、眼前まで迫る死の群衆であった。

 ―――次は、囮は使えない。

 しかし、だからと言って手が無い訳ではない。

 今の時代、魔法は魔術に堕ちたとは言え、キャスターは現代で甦ったと言え自分が使っていた“魔法”の腕前が下がった訳で無い。今は魔術と呼ばれる神秘に成り下がったが、それでもキャスターがキャスターである事に変わりは無い。

 故に、彼が攻撃に当たる直前で消えても不可思議は無い。

 当たり前のようにキャスターは空中から地面に降り立っていた。いや、正確に言えば空間を歪めて転移したと言えるだろう。

 

「目敏いですね」

 

 内心のぼやきが口で出る。まさか、ここまであっさりと見破られるとは思わなかった。戦いの流れを奪われつつある。ならば、と少しだけ備えて置いた奥の手を使う事に決めた。

 

「~~~――――」

 

 常人では聞き取れぬ言霊の群れ。何を意味しているのか、欠片も理解出来ない。それはライダーも同じことであったが、その行動でどのような事が起きるのかは予測出来た。

 ―――術式が刻まれた符がバラ撒かれる。

 一度に数枚何て量では無い。何十枚と言う貴重な道具が、無造作に投げ捨てられた。

 

「……っ―――」

 

 ライダーの軍勢が停止した。彼が言葉にするまでも無く、ライダーに従う亡者の兵隊共は従がった。

 空気が先程と違う。ライダーは素直に、この危機感に身を任せた。死の危機と言う程では無かったが、積み上げて来た経験則から様子見に徹する事にする。

 ―――キャスターが投げた符から、赤黒い影が出現する。

 ―――その幻影共は確かなカタチを持ち、そして殺意と害意を抱いている。

 何かしらの自然干渉系統の魔術とは違うようだ。その類のモノであるとすれば、例え対魔力が効かぬ神秘であろうともライダーが従がえる魔の軍勢―――王の侵攻(メドウ・コープス)の敵とならぬ。キャスターは既に気が付いているが、この兵士達にはとある効果が宝具として備わっている。それがキャスターの結界を奪い取り、魔力を食う概念を生み出している。

 ……ならば、話は早い。

 まだ隠し玉を出すには時期尚早とは言え、少しだけ奥の手を晒す。いや、今の危機を脱せられるならば、このタイミングこそ最適な頃合いと言えた。

 

「先程、良い雰囲気の悪霊を封じ込められたのですよ。ここから少々離れた場所ですが、言うなれば地獄の残り香の吹き溜まりとでも云いましょうか。

 ―――まるで、根の国の底の底。

 十年以上経過していても、浄化する事無く腐り続ける毒壺でした」

 

 キャスターは魔物を従えていた。その怪物らは人の姿をしているが、ヒトのカタチをしていない。人間ならば大切な生気と言うモノが存在していなかった。

 ―――赤黒いのは当然だ。

 彼らは黒い炎に焼かれている。

 皮膚は爛れ、眼玉が蒸発して消えている。

 死した今も尚、燃え続けている呪われた残留思念―――その具現。

 

「―――エルナ殿! ツェリ殿!

 そろそろ他の組や監督役が動いて拙いです。引きますよ!」

 

 偵察と言う意味では大成功と言えた。突発的であったが、本来の目的はソレだ。何より、此方は余り札を切らずにライダーの攻撃手段を、自分の“眼”で直接観察出来た。

 こう言った戦術眼は自分よりもマスターの方が上だ。キャスターは理によって戦略や方針を固め、マスターのエルナがキャスターの策を運用する。その方法によって、巧くここまで戦況を運んで来れたのだ。

 ―――何より、嫌な視線を感じた。

 その事はライダーもつい先ほどより察知出来たこと。

 完璧に気配を隠していようとも、それが一人二人と増えて行けば違和感を感じてしまうのだ。つまり、隠密行動において相当な技量を持つ監視者が、既に何人もこの戦闘を監視し始めたことを意味していた。

 キャスターとしては、余り自分の手を晒さずにライダーを衆目に去らせた時点で、既に本拠地に戻っても良い程の戦果と言えた。敵達が争って殺され易くなれば、そも自分の陣地そのものが必殺の武装であるキャスターにとって十分に素晴しい状況なのだ。だが、奥の手を出したライダーは本格的な対策を練られる前に、キャスターを殺害しなければ戦闘を始めた価値が亡くなる。戦略的な価値を広げる為に、ここでキャスターを討つか、あるいは損害を与える必要がある。

 絡まる戦略と戦術。

 詰まる戦局と戦況。

 キャスターのサーヴァントと、そのマスターであるエルナスフィールと従者のツェツィーリエ。ライダーのサーヴァントと、そのマスターであるデメトリオ・メランドリ。そして、詳細不明の監視者達。

 ……この戦場は、既に分水嶺を越えていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 キャスターが声を荒げる少し前、マスターたちの戦闘は、一時期膠着してしまっていた。

 ライダーが結界を乗っ取り、魔力を略奪し出した事でエルナとツェリはピンチに陥る……筈であった。それもその筈、本来ならば使用している魔力を段々と搾取されて減っていく為、能力の弱体化は間逃れぬ。

 しかし、その点はキャスターが居る事で解決していた。

 あの用心深く、更に敵を侮る事を一切しない男―――キャスターは念には念を入れて、いっそ過保護とも言える位に守護を固めていた。二人には呪詛などの概念に対する護りとして、自分が作成した過剰な符を身に付けさせている。召喚されたキャスターのサーヴァントとして持つ道具作成のクラススキルが、十分以上に生かした結果と言えよう。単純な硬化や魔術に対する護り以外にも、このような結界系の干渉にも強い守護であった。

 

「ライダー。此処で殺すのか……」

 

 無論、ライダーのマスターであるデメトリオは略奪対象から外されていた。

 

「……否。もう、止まる事など有り得なかったな」

 

 人の手で作り出された偽造の聖剣は、ライダーの結界内でも変わらない。デメトリオは愛剣を構え、変わらぬ剣気で以って、エルナとツェリを斬り殺したいと訴える様に間合いを詰めた。血塗れとは言え、彼の五体は健在だ。

 

「――――――っ……!」

 

 苦痛とは内側に溜まるもの。

 ツェリの肉体は欠けていた。

 聖騎士とは逆に、メイドは片腕は裂かれていた。とても綺麗に、芸術的で感動して涙が出そうな程、美しい切り口だ。本来ならば人体の断面など見るに堪えない生理的嫌悪を持つのであろうが、究められた業で作られた斬撃作品となれば違っていた。ある種の狂気も誘うのだろう。

 

「―――ツェリ?」

 

「心配無用です……いえ、まだ問題はありません」

 

 左腕一本で鎌を担ぐ。右腕は何故か、その手がメイドの服の布を握り、腰から提げられていた。

 

「ま、私もキツイから仕方ないか」

 

 血涙とは、如何なる状況ならば出るものなのか。そう疑問に思う程に、エルナは右目から血をダラダラと流し続けている。義手の左腕も傷だらけとなり、次に斬撃を受ければ折れてしまいそうな印象を受けた。だが―――

 

「ギャハハハハハハハハ!! イーネーイーネー、楽シイゾォ……ッ!!

 殺シ合イハコウデナクッチャネェ。モットモット俺ニ切リ裂カセテクレ、エルナスフィール―――!」

 

 ―――血に飢えて飢えて、漸く上物の獲物の血を啜れた魔剣からすれば如何でも良かった。

 重要なのは、自分が剣として本懐を遂げられるか、否か。それだけなのだ。意思を持つ魔剣クノッヘンはとても楽し気な声で、もっと殺し合えと笑い声を上げた。

 

「―――……」

 

 それが、その魔剣の声がデメトリオには不快だった。

 彼にとって剣とは斬る物だ。魔術的な物は勿論、むしろ概念的な想念さえ余分な付属物に感じられる。グラムやエクスカリバーを代表とする魔剣に聖剣、あるいは概念武装や魔術礼装と呼ばれる特殊な機能が付いた剣―――全て、剣として無駄だ。

 ただ、そう……剣とは、剣として在るが儘―――斬れれば良い。

 人を斬り殺す為の道具。

 剣技を極める為の武器。

 デメトリオ・メランドリにとって、それが己が業の全て。

 今の今まで、そして今この瞬間も剣で生きている。剣を振って生きてきた。

 現在自分が使っている剣も聖堂教会の概念武装。吸血鬼や魔術師を殺す為の概念が積もりに積もっている。剣として余分だが、聖剣としての機能を保有する。

 しかし、それでもデメトリオにとって、この剣は剣として完璧過ぎた。

 故に愛剣。不必要なソレに満ちていれば駄剣であり、振るうまでも無く握っただけで砕けてしまう。だが、この聖剣は余分な機能に“侵食”され、剣には要らぬ概念に“汚染”されても尚――――剣であった。その刃は斬り殺す為だけの存在だ。

 

「喋る剣など無価値だ。今、此処で斬り壊す」

 

「莫迦メ! 剣ニ価値ヲ論ズル時点デ、テメェハ阿保ナンダヨ。

 ―――斬ッテ、殺ス。

 ソレガアレバ、ソレガ全テダ。

 刃デ殺シテクレンダッタラ、ドンナ剣モ価値ガ生マレルンダゼ」

 

 とは言え、魔剣クノッヘンからすれば、見当違いも良い所。剣とは、剣である時点で剣でしかない。その刃で人を殺せれば、剣と言う人の為の道具なのだ。

 

「―――ならば、(オレ)を殺して証明してみせろ」

 

 故に、騎士が酷薄な笑みを浮かべたのは当然と言えた。その言葉もまた、真実しか込められていない。

 デメトリオは剣の間合いに踏み込み、斬る……その直前だった。キャスターから、悪寒が凝縮したような呪詛が撒き散らされた。

 

「―――エルナ殿! ツェリ殿!

 そろそろ他の組や監督役が動いて拙いです。引きますよ!」

 

 サーヴァントの声を聞いた二人の行動は迅速だ。高速と言うよりも、瞬間的と言えた。更に叫ぶ前、キャスターが張ったある種のジャミング効果によってライダーとデメトリオの念話を封じていた。

 ―――まず、目暗まし。

 斬撃に行動を移していたデメトリオは、ライダーと念話が通じない事態に身構えてしまった。向こうの方の状況を知りたかったが、それを封じられて目暗ましの発動を許してしまった。自分の身を守る為に一瞬でも追撃では無く、防御に出てしまったのが悪手。

 煙幕が張られた。

 黒い煙のドームは光を遮断し、視界を機能させない。そして、死角から魔力の光弾がデメトリオを焼き穿ちに迫った。それを退魔の力を持つ聖剣の刃で掻き消し、体勢を一切崩さずに対処する。回避行動に出て動き回るよりも、弾くことで敵の動きに集中する事を選んだ。

 だが、この状況下でライダーと念話出来ないのは、かなりの痛手だった。声を出すのは危険だが、デメトリオは仕方が無いと諦めた。

 

「ライダー。敵は何処だ?」

 

 音も無く、光も無い。故に、小さな声も良く辺りに響いた。ライダーは自分のマスターの声を聞き、デメトリオが生きていた事と敵に逃げられた事を同時に察した。

 

「あやつら、恐らく音を遮断しておる。自動車なる機械にもその仕掛けを施していたとなれば、既に逃げられておるだろうて。

 ……あの派手な騒音は聞こえんかったが、微かに地面が擦れる音が聞こえたからの」

 

「やはり、か。手際が良い。追えるか?」

 

 デメトリオにも、確かに音は聞こえた。だが、それはコンクリートの上にあった小石がタイヤに弾かれ、音を遮断する結界の範囲外に出た時の微かなモノ。

 走った時に出る足音も、扉を閉める騒音も、エンジンを鳴らす轟音も、自動車が走行する爆音も、あの静かな空間の中では鳴り響かなかった。

 

「出来なくも無いが……目立つぞ?」

 

 敵三人を乗せた自動車は、既に視界から消えている。更に言えば、サーヴァントや魔術師の気配を完全に殺し、魔力も残留させていないので追跡も難しい。魔術師の英霊となれば、この程度の隠蔽は容易いのであろう。

 だが、ライダーならば可能だ。

 彼ならば自動車に追い付ける乗り物を呼び、追跡する事が出来る。高所に登って索敵し、視界で見付けた後に追い掛けられよう。

 

「追えん事も無いがな、確実に追われている事を察知させられる。この昼間の時間帯に騎馬戦とならば、一般社会に神秘が確実に露見するぞ」

 

「……次は、斬り殺す」

 

 しかし、今は違う。殺せない。騎士は殺意を一旦身の内に収め、剣を仕舞う。見た目だけでも傷を癒し、破れた衣服も修復した。取り敢えず、見た目だけは一通りに取り繕った。ボロボロのままでは街の風景に溶け込む事も出来ない。

 

「お主がそこまで思う相手か。マスターもマスターで強そうであったが、存分に斬り合えなかったか?」

 

 ライダーの笑みは凶器だ。表情一つで人間の精神を大きく重く圧迫する。向けられただけで呼吸が止まりそうなのに、それにある種の異常な狂気も張り込んでいるとなれば、その場から逃げたくなる程なのだ。マスターに向けるものではないが、デメトリオは表情一つ変える事は無かった。

 

「……お前も、な」

 

「―――ハ!

 まこと、相違無いの。殺し損ねたわ」

 

 マスターの反応を愉快愉快と高笑い。しかし、やるべき事は決まっているので、次の行動へ直ぐに移った。

 

「では、直ぐ帰還に移るぞ。戦争は、本拠地に戻るまで油断出来ん」

 

「ああ。当然だ」

 

 このままでは監督役の隠蔽部隊も来る。他の組にも捕捉される。デメトリオとライダーは細心の注意を払って敵の監視を掻い潜り、戦場を離脱しなければならない。戦争とは、それこそライダーが言った通り、息をつける場所まで気を抜かずに生きて帰らねば、休むことは許されないのだ。注意不足で居場所がばれ、体力を回復している所を襲われる危険を二人は重々承知していた。

 ……と言っても、歩く速度は実に緩やかだったが。

 流石に危険区域からの離脱は速かったが、人目のある街中で速度を出せば目立つ。二人はそれこそ、ただの一般人にまで気配を殺し、人ごみに紛れた。そうやって、夜が来るまで冬木の街に身を潜めて行った。




 そろそろ戦局を大幅に動かしたいと思いますが、次回はちょっとだけ小話になりそうです。結構意外な登場人物を出そうかな、と考えています。
 後、キャスターのアレはかなりのフラグかなぁ、と少しだけ後悔。これから起こる愉悦イベントが分かり易くなってしまったかと。しかし、突然やるよりも前準備がいると思いました。

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