神父と聖杯戦争   作:サイトー

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5.因果な運命

2月2日

 

 

 

 教会に帰った言峰士人は、神父服に着替え監督役の仕事をこなしていた。学校での戦闘による後始末のことを考えながら、既に日課と化した書類整備をしている。

 

 時間は深夜。教会の外は、もう暗い。

 

 言峰士人は一人、煙草を吸いながら休憩をとっていた。

 

 学校での戦闘はどうなったのだろうか?

 とりあえず戦闘が終わり次第、戦闘の跡を整理するよう教会の人員に手配をしといたが、戦闘の結果はまだ届いてない。

 それに教会の礼装で、先程に最後のサーヴァントであるセイバーの召喚が確認できた。それに凛(師匠)とバゼット(オヤジの友人)はどうなったのだろうか。

 

 勝ったのか?

 負けたのか?

 生きているのか?

 死んでいるのか?

 

 色々と気になっていた言峰士人はそのようなことを考えながら一服していた。

 

 煙草を楽しんでいると、言峰士人が教会に張った結界に反応が出る。というよりも、これほど強大な存在感ならば教会の外だろうが気配を感じ取れるほどだ。

 

 ―――結界が、四体の存在を探知する。

 

 一人は身内。もう一人は友人でクラスメイト。そして、人外が二体。片方は何故か実体化しているようだ。結界には新しい用途にと、聖杯戦争用にサーヴァントも探知できるようにしている。

 

 夜の教会に訪れた実に意外な来客。いや、その人物と言峰士人との過去を考えればこの戦争で関わり合いができるのは、何かしらの必然なのかもしれない。

 言峰士人は、この聖杯戦争もようやく面白くおもしろくなってきた思い、笑みを浮かべる。さてお仕事お仕事、と呟いた後、煙草を吸い終えて灰皿に煙草を捨てる。夜分のお客人を迎えるために神父が法衣を纏った後、彼は礼拝堂に足を向けた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 遠坂凛が教会の扉を開き、礼拝堂の中に入っていく。後ろからは、セイバーのマスターである衛宮士郎が続いている。

 

―――バタン―――

 

 礼拝堂の扉が閉まる音が聞こえる。広い礼拝堂の中、衛宮士郎と遠坂凛の二人っきりとなる。衛宮士郎は遠坂凛に疑問に思ったことを質問をすることにした。

 

「遠坂。ここの神父さんっていうのはどんな人なんだ」

 

「……そういえば説明してなかったわね」

 

 遠坂凛は手品の種明かしをするマジシャンのように、ニヤリと人の悪い笑顔をする。

 

「ここの教会の名前は言峰教会っていうの」

 

「―――コトミネって………言峰!?

 それって言峰士人(コトミネジンド)のことか!!」

 

 そう言えば、と。言峰士人が見習い神父で教会に住んでる、と中学校くらいの昔に聞いていた事を衛宮士郎は遠坂凛に言われて思い出した。

 

「そうよ。ついでにいうと故人だけど、わたしの後見人の養子で、わたしの弟子よ」

 

「え、弟子って、魔術師としての弟子……っ!?」

 

「そうだけど。驚きすぎじゃない」

 

「だって、言峰が神父なのに魔術師で遠坂の弟子!? それに神父が魔術なんて、そんなの御法度じゃないか!」

 

 衛宮士郎が驚くのはわからないことでなかった。

 教会と魔術師は相容れないものだ。魔術師が所属する大規模組織を魔術協会と言い、倫敦に本部を持つ。

 逆に一大宗教の裏側であり、普通に生きていれば一生見ないであろうそれを、仮に聖堂教会と言い、ローマに本部を持つのだ。

 この二つは似て非なる者。形の上では手を結んではいるが、隙あればいつでも殺し合いをずっと続けているのだ。

 

 ―――教会は異端を嫌う。

 人ではないヒトを徹底的に排除する彼らの標的には勿論、魔術を扱う人間も含まれている。教会において、奇跡は選ばれた聖人だけが学ぶもの。それ以外の人間が扱う奇跡は全て異端なのだ。そして、その対象は教会に属する人間であろうと関係はない。教会では位が高くなればなるほど魔術の汚れを禁じている。

 教会を任されている信徒ならば言うまでもなく、神の加護が厚ければ厚いほど魔術からは遠ざかっていくものである。

 しかし――――

 

「………いや、そもそも言峰はこっち側の人だったのか」

 

「ええ。聖杯戦争の監督役として教会から派遣されているの。つまり、バリッバリの代行者なのよ。

 ……ま、もっとも神の加護があるかどうかは微妙だけど」

 

 凛はカツン、カツンと足音をたてながら祭壇へと歩いていく。士郎もそれに続いて歩く。

 

「―――微妙だとは酷い言われようだな。それで、その様な珍客を連れてどんな用なんだ」

 

 かつん、という足音。言峰士人は祭壇の裏側からゆっくりと二人の前に現れた。衛宮士郎の視界に神父が映る。

 

「……言峰」

 

「―――……なるほど、衛宮が七人目という訳か」

 

「そう。一応魔術師だけど、中身はてんで素人だから見てられなくなって。

 ……たしかマスターになった者はここに届けを出すのが決まりだったわよね。アンタたちが勝手に決めたルールだけど、気が向いたから守ってあげるわ」

 

「ふむ、それは結構。ではさっそくだが、衛宮には聖杯戦争について教えるとしよう」

 

 言峰士人が衛宮士郎に視線を向ける。どうしてか、衛宮士郎は言峰士人に違和感を覚えた。

 学校にいる時と変わらない表情。しかし、言峰士人のいつもの死んだ魚のような目は豹変していた。

敵意や害意、ましては殺意など欠片も感じ取れない。しかし、何処か愉しそうに見えるいつも通りのカタチをした笑顔にある二つの目。

 

 ―――奈落のような黒色の双眼は、

 ―――心臓を凍結させるような威圧感をもつ眼光へと変わっていた。

 

 衛宮士郎は、その違和感がどうしようもなく不吉に感じた。

 言峰が祭壇へと歩み寄る。遠坂凛は退屈そうな雰囲気で衛宮士郎の横まで下がっていく。言峰士人は衛宮士郎に問い掛けた。

 

「それでは衛宮、お前は七人目のマスターで間違いないな?」

 

「………いや。それは間違ってるぞ、言峰。

 俺はまだマスターなんて物になった覚えはないからな」

 

「しかし、令呪を持ちサーヴァントを従えているのだろう。セイバーのマスターになったのに違いはないと思うが」

 

「それは違う。確かに俺はセイバーと契約した。けどマスターとか聖杯戦争とか、そんな事を言われても俺にはてんで判らない。

 マスターってのが、ちゃんとした魔術師がなるモノなら、他にマスターを選び直したほうがいい」

 

「―――…………なるほど、これは重症だ。衛宮は本当に何も知らないようだな、師匠」

 

「だから素人だって言ったじゃない。そのあたりからしてあげて。…………そういう追い込みは得意でしょ、士人」

 

 遠坂凛は気が乗らない素振りで自分の弟子である神父を促す。

 

「――――――ク。これはこれは、そういう話か。

 いいだろう、師の頼みを叶えるのも弟子である俺の役目だ。……………まったく、衛宮には感謝をしてもし足りないぞ」

 

 ククク、と愉快そうに笑顔を浮かべる言峰神父。この師弟の会話は、衛宮士郎にとってますます不安にさせるモノだった。

 

「まずはその勘違いを正そう。

 いいか、衛宮。マスターという物は他人に譲れるような物ではない、なってしまった以上辞められる物ではないのだ。

 その腕に令呪を刻まれた者は、誰であろうともマスターは辞める事はできない。まずはその事実を受け入れろ」

 

 衛宮士郎は監督役が話す聖杯戦争の規則(ルール)を聞く。

 

「っ――――――――。辞める事はできないって、どうしてだよ」

 

「令呪とは聖痕でもある。マスターとは与えられた試練だ。都合が悪いからといって放棄する事はできん。

 その痛みからは、聖杯を手に入れるまでは解放されない」

 

 声は響き、神父は語る。

 

「お前がマスターを辞めたいと言うのであれば、聖杯を手に入れ己が望み叶える以外には解放されない。

そうなれば、何もかもが元通りとなるのだ、衛宮士郎。

 お前の望み、その心の裡(うち)に溜まり積もった泥を全て掻きだし、消す事ができるのだ。

 ――――業を背負うのは苦しかろう。

 ――――そうだ、初めからやり直す事とて可能だろう」

 

 衛宮士郎は言峰士人の声を聞き、訳も判らないまま戦慄する。

 

 ―――この男の声が心を侵食する―――

 

「故に望むのだ。もしその時が来るのなら、お前はマスターに選ばれた幸運に感謝するだろう。

 お前がその()に刻まれた目に入らぬ火傷を消したいのなら、その聖痕を受け入れるだけでいい」

 

「な――――――――――」

 

 ―――眼が眩む。

 神父の言葉は具体的な要領が得られない。聞けば聞くほど、衛宮士郎は頭が混乱する。それにも関らずどうして胸がざわつくのか。不吉な言葉が浸透する。

 ……………それは、まるで、どろりと粘り付く、変色した血のようで、―――――

 

「士人、回りくどい真似はしないで。わたしは彼にルールを説明してあげてって言ったのよ。誰も傷を開けなんて言ってない」

 

「――――と、遠坂?」

 

 その声を聞き、士郎は頭をハッキリとさせる。

 

「そうかね。衛宮みたいな頑固な手合いは、何を言っても始まらないし、無駄だからな。せめてと思い勘違いをしたまま、生き残る為に不必要な道徳をぬぐい去ってやろうと思ったのだが。

 ……ク、なるほどなるほど。情けは人の為ならず、とはよく言ったモノだ。ついつい、自分自身も愉しんでしまった」

 

 フ、と自身を神父は笑った。

 

「……なによ。彼を助けるといい事あるっていうの、アンタに?」

 

 師は弟子に問い掛けた。

 

「勿論。人を助けるという事は、いずれは自身を救うという事なんだ。……なんて、今更師匠に説いたところで始まらないか。

 では本題に戻ろう、衛宮。お前が巻き込まれたこの戦いは『聖杯戦争』と呼ばれるものだ。

 七人のマスターが七人のサーヴァントを用いて繰り広げられる争奪戦。……という事位は師匠から聞いているな?」

 

「……聞いてる。七人のマスターで殺し合うって言う、ふざけた話だろ」

 

「そうだ、そのふざけた話だ。

 だが我々とて好き好んでこのような非道を行っている訳ではない。全ては聖杯を得るに相応しい者を選抜する為の魔術儀式。

 ……なにしろ物が物だ、所有者の選定にはいくつかの試練が必要なのだろうな」

 

 衛宮士郎はクククと笑う言峰士人を見て思う。

 

 ……何が試練だ。

 賭けてもいいが、この友人は聖杯戦争とやらをこれっぽちも『試練』だなんて思っていない。せいぜい娯楽用品程度だ。

 

「―――待てよ。さっきから聖杯戦争って繰り返しているけど、それって一体なんなんだ。まさか本当にあの聖杯だって言うんじゃないだろうな」

 

 ―――聖杯。

 聖者の血を受けたとされる杯。数ある聖遺物の中で最高位とされるソレは、様々な奇蹟を行うという。その中でも広く伝わるのが、聖杯を持つ者は世界を手にする、というものである。

 ……もっとも、そんなのは眉唾だ。なにしろ聖杯の存在自体が『有るが無い物』に近い。

 

 確かに、『望みを叶える聖なる杯』は世界各国に散らばる伝説・伝承に顔を出す。

 だがそれだけだ。実在したとも、再現したとも聞かない架空の技術、それが聖杯なのだから。

 

「どうなんだ言峰。その聖杯は、本当に聖杯なのか」

 

「無論だとも。この町に現れる聖杯は本物だ。その証拠の一つとして、サーヴァントなどという法外な奇蹟が起きているだろう。

 過去の英霊を呼び出し使役する。否、既に死者の蘇生に近いこの奇蹟は魔法と言える。これだけの力を持つ聖杯ならば、持ち主のあらゆる望みに答えるだろう。物の真贋など、無価値だ」

 

 つまりは、偽物も本物以上の能力(チカラ)があるならば、真偽など問わないと言っている。

 

「……いいぜ。仮に聖杯があるとする。

 けど、ならなんだって聖杯戦争なんてものをさせるんだ。聖杯があるんなら殺し合う事なんてない。それだけ凄い物なら、みんなで分ければいい」

 

 監督役は衛宮士郎(マスター)の疑問に答える。

 

「まったく、判っていないようだな。確かにその考えはもっともなのだが、そんな自由は我々にはない。

 聖杯を手にする者はただ一人。それはな、我らが決めたのではない。聖杯そのものが決めた事なのだ」

 

 話を続け、その声は五臓六腑に染み込むかのような重圧を持つ。

 

「七人のマスターを選ぶのも、七人のサーヴァントを呼び出すのも、全ては聖杯自体が行っている。

 

 ―――これは儀式だ。

 

 聖杯はな、自らを持つに相応しい人間を選び、戦場で争わせる。そして、生き残った最後の一人を持ち主として選定する。

 それ故に、これは聖杯戦争と呼ばれる――――聖杯に選ばれ、持ち主を決める為に殺し合う降霊儀式だ」

 

 彼は淡々と語った。衛宮士郎は反論する事なく、左手に視線を落とす。そこにあるのは令呪という刻印。マスターの証。

 

「………納得いかないな。一人だけしか選ばれないにしたって、他のマスターを殺すしかないっていうのは、気にくわない」

 

 士郎はこんな話は納得できなかった。しかし、その話を聞いていた遠坂凛は口を開く。

 

「………? ちょっと待って。殺すしかない、っていうのは誤解よ衛宮くん。別にマスターを殺す必要なんてないんだから」

 

 遠坂凛は、ぽん、と衛宮士郎の肩を叩く。そして衛宮士郎にとって意外なつっこみを入れた。

 

「はぁ? だって殺し合いだって言ったじゃないか。言峰もそう言ってたぞ」

 

「殺し合いだ」

 

「士人、黙れ」

 

 言峰士人は、ヤレヤレと肩を竦める。

 

「あのね、衛宮くん。この町に伝わる聖杯って霊体なの。だから物として有る訳じゃなくて、特別な儀式で呼び出す――――つまりは降霊するしかないって訳」

 

 凛は、素人の見習い以下の魔術師もどきにも理解できるよう説明する。

 

「で、呼び出す事はわたしたち魔術師だけでもできるんだけど、これが霊体である以上わたしたちには触れられない。

 この意味、分かる?」

 

「分かる。霊体には霊体しか触れられないんだろ。

 ―――ああ、だからサーヴァントが必要なのか……………ッ!」

 

「そういう事。ぶっちゃけた話、聖杯戦争っていうのは自分のサーヴァント以外を撤去させるってコトよ。だからマスターを殺さなければならない、という決まりはないの」

 

 士郎は話を理解し、安心を得る。聖杯戦争に参加しても凛を殺すことはないのだ、と。

 

「なるほどな、そういう考えも有りといえば有りだな。

 安心そうな顔をしてるとこ悪いが一つ訊ねるぞ、衛宮。自分は自分のサーヴァントを倒せると思うか?」

 

「…?」

 

 そんなのは無理に決まっている。衛宮士郎はセイバーを倒すイメージさえ湧かないし、それは当然のことだろう。

 

「ふむ、判らないか。ではもうひとつ訊ねる。

 つまらない問いであるが、自分がサーヴァントより優れていると思えるか?」

 

「―――――あ」

 

 そこで理解に及ぶ。この男の言いたい事は当然で当たり前なことだった。それは実に単純な事。

 

「判ったみたいだな。

 サーヴァントはサーヴァントをもってしてでも破りがたい。では、どうするか。

 ……簡単な話だ。

 サーヴァントはマスターなくして存在できない。いかに強力無比なサーヴァントであろうとマスターが潰されれば、そのサーヴァントも消滅だ。

 ならば、――――――――」

 

 ―――マスターを殺すのが、サーヴァントを殺すもっとも効率的な手段。確実に聖杯を手に入れたいならサーヴァントではなく、マスターを殺すだろう。

 

「…ああ、サーヴァントを消す為にはマスターを倒した方が早いってのは解った。けど、それじゃあ逆にサーヴァントが先にやられたら、マスターはマスターでなくなるのか?

 聖杯に触れられるのはサーヴァントだけなんだろ。なら、サーヴァントを失ったマスターには価値がない」

 

「いや、令呪がある限りマスターの権利は残る。マスターとはサーヴァントと契約できる魔術師のことだ。令呪がある内は幾らでもサーヴァントと契約できる。

 マスターを失ったサーヴァントはすぐに消える訳ではない。彼らは体内の魔力が尽きなければ現世に存在できる。そういった、『マスターを失ったサーヴァント』がいれば、『サーヴァントを失ったマスター』と再契約が可能となる。ようは、戦線復帰ができる訳だ。

 故に、マスターはマスターを殺す。下手に生かしておけば、障害として立ち上がる可能性があるのだからな」

 

「……じゃあ令呪を使い切ったら?

 そうすれば他のサーヴァントと契約できないし、自由になったサーヴァントも他のマスターとくっつくだろ」

 

 衛宮士郎は何を考えたか、そのような事を言う。そもそもマスターだった者をマスターは放ってはおかない。

 今は、第三者である凛も口をとっさに挟んでしまう。

 

「待って、それは―――――――」

 

「ふむ、確かにその通りだ。令呪さえ使い切ってしまえば、マスターの責務からは解放されるな。

 ……まぁ、強力な魔術そのものである令呪を無駄に使う、なんて魔術師がいるとは思えないが。いたとしたらそいつは半人前なんて存在(モノ)ではない。ただの臆病なヘタレだろうよ」

 

 フフフ、と神父はマスターを見透かした目で笑いながら見る。

 

「……………ッ」

 

 衛宮士郎は癪に感じた。どうみても、挑発しているように小馬鹿にしてきた。

 ―――………………ついでに、『令呪を無駄に使う』というフレーズで反応してしまった遠坂凛に対して士人は目敏く勘付いた。

 

「では納得はいったな。ルール説明は以上だ。

 ―――――――話を戻すぞ、衛宮。

 お前はマスターになったつもりはないと言ったが、それは今も同じなのか」

 

 言峰は衛宮に問う。

 聖杯戦争に参戦するか、否か。

 ここでの決断は、大きなモノだ。

 

「マスターを放棄するのもいいだろう。

 そうしたいなら先程考えた通りにすれば、契約は断たれる。その場合、聖杯戦争が終わるまでの安全は保障しよう」

 

「…………? ちょっと待った。なんだって言峰に安全を保障されなくちゃならないんだ。自分の身ぐらい自分で守る」 

 

 その言葉に言峰士人は溜め息を吐いてから喋る。はぁ~、なんて重い溜め息だった。

 

「俺もな、お前に構うほど暇ではない。だが決まりは決まりだ。自分は繰り返されるこの戦争を監督するために派遣された。故にだ、聖杯戦争の犠牲は最小限にするのが仕事だ。マスターでなくなった魔術師を保護するのは、監督役として最優先事項なのだ」

 

 その話には切り捨てられない言葉があった、衛宮士郎には決して無視できない話。

 

「―――繰り返される聖杯戦争…………?

 それ、どういう事だよ。聖杯戦争っていうのは今に始まった事じゃないのか?」

 

「勿論。そもそも監督役が派遣されているのだぞ。この教会は聖遺物を回収する任を帯びる、特殊局の末端だ。本来なら正十字の調査、回収だが、ここは『聖杯』の査定の任を帯びる。

 極東の地に観測された第七百二十六聖杯を調査し、これが正しいモノなら回収しろ、違うなら否定しろ。そんな具合だな」

 

「七百二十六って……聖杯ってのはそんなに沢山あるのか」

 

「さて? まぁ、らしき物はあるのでは」

 

 とりあえずは、ここの聖杯について説明する。

 

「そして、その中の一つがこの町で観測される聖杯であり、それが聖杯戦争だ。記録では二百年程前が一度目の戦いになっている。以後五十年周期でマスターたちの争いは繰り返されている。

 聖杯戦争はこれで五度目。前回が十年前だから、最短のサイクルだな」

 

「な―――――正気かおまえら、こんな事を今まで四度も繰り返してきたって………!?」

 

 衛宮士郎(マスター)はそう、監督役に問い叫ぶ。

 

「それは同感だ、正気ではない。このような事を、連中は繰り返した。そうだ、これは繰り返されているのだ。

 過去の聖杯戦争はどれもが苛烈を極めている。マスターらは己が欲望の成就のためならば、魔術師としての教えを捨て去り、ただただ無差別に殺し合いを行った。

 魔術師ならば知っているとは思うが、魔術師とって魔術を一般社会で使用する事は第一の罪悪とされている。正体を人々には知られてはならないからな。

 だが、過去のマスターたちはそれを破った。魔術協会は彼らを戒めるために監督役を派遣した。まぁ、間にあったのは三度目の聖杯戦争だったが。その時に派遣されたのが、顔も見たことないが義理の祖父だった訳なのだが、納得したか」

 

 衛宮士郎の叫びに言峰士人は、黙々と答えた。教会の必要性も監督役の役目も一応の理解をした。

 

「……ああ、監督役が必要な理由は分かった。

 けど今の話からすると、この聖杯戦争っていうのはとんでもなく性質(タチ)が悪いモノじゃないのか」

 

「まぁ、なんだ、殺し合いにイイもワルイもないと思うが。

 ……それで、衛宮から見ると性質(タチ)が悪いとはどのあたりなんだ」

 

「それもそうだが、……とりあえず、以前のマスターたちは魔術師のルールを破るような奴らだったんだろ。

 なら、聖杯が仮にあるとして、最後まで勝ち残ったヤツが、聖杯を私利私欲で使うようなヤツだったらどうする。平気に人を殺すようなヤツにそんなモノが渡ったらまずいだろう。

 魔術師を監視するのが協会の仕事なら、言峰はそういうヤツを罰するべきじゃないか」

 

 衛宮士郎は僅かな期待を込めてそう問いた。

 しかし、それを聞いた言峰士人は、神父らしい仕草で神父らしく笑った。おかしそうな声で、ハハハ、と衛宮士郎を見た。

 それが、長年友人だった衛宮士郎にとっては予想通りで、言峰らしいからかった返答をするのだろうと思った。

 

「無茶を言うな、相手はサーヴァントを持っているのだ。

 そもそも私利私欲で動かぬ魔術師などおるまいて。管理するのは決まりのみ。その後は知らん。どのような人格が聖杯を手に入れようが、教会は関与しない」

 

「バカげてるっ………!

 じゃあ、聖杯を手に入れたマスターが最悪なヤツだったらどうするんだ?」

 

「それは困る……が、どうしようもない事だ。それにだ、聖杯が持ち主を選ぶ。選ばれたマスターを止める力など我々にはない。なにしろ望みを叶える聖なる杯だ。持ち主はやりたい放題さ。

 ―――――故にだ、それが嫌ならお前が勝ち残ればいい。他力本願よりかは、その方が確実だろう?」

 

 笑い声をかみ殺す言峰。それは、マスターである事を受け入れられずにいる衛宮を愉しんでいた。

 

「どうした衛宮、今のアイデアは気に入らないか?」

 

「………余計なお世話だ。第一、俺には戦う理由がない。聖杯なんて興味はないし、マスターなんて言われても実感が湧かない」

 

 言峰は笑みを深めた、もっと愉しむかのように。

 

「ならば、聖杯を手に入れた人間が何をするのか、それによって災害が起きたとしても興味はないのだな」

 

「それは――――――」

 

 言峰士人の言葉は反論を封じる。

 

 ……まるで暴力だ。

 

 衛宮士郎の心情など関係なく、ただ事実を一切の容赦もなく叩きつける。ただ、言葉がとても痛い。重い。辛い。そして苦しい。この男は視た現実を肯定した上で断罪する。

 衛宮士郎は、この男も遠坂のように裏表のある人間だと気付く。遠坂の様に性格や態度が大きく変化するモノではない。

 いままでの姿も、いまの姿も言峰だ。差など考えることが不毛だ。だが、言峰士人の素ではない。どうしてそう思ったのかは、判らなかった。

 多分、それが勘というヤツなのだろう。そして当たっていると確信に近いものを感じた。

 そして言峰士人は、渋る衛宮に過去の聖杯戦争の出来事を語ることにした。要は止めを刺す事としたのだ。

 

「理由がないという訳ではないのだ。

 ――――――――十年前の出来事、忘れはしまい?」

 

「――――――――十年、前…………?」

 

「あれはな、衛宮。なんの望みをどのように叶えたかは知らないが、聖杯によるものだ。

 ―――その災害が、あの結果だ」

 

「――――――――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――一瞬、脳裏に地獄が浮かぶ。

 

 

 

 

 

「――――待ってくれ。まさか、それは」

 

「ああ、俺とお前は良く知っている事だ。

 そして、この街に住む者なら誰でも記憶に残っている出来事。

 死傷者五百名、焼け落ちた建物は百三十四棟。未だに原因不明とされるあの火災は、聖杯戦争による爪痕だ」

 

「――――――――――――――――――――」

 

衛宮士郎は、狂いそうだった。

 

 ――吐き気がする。

 ――視界がぼやける。

 ――焦点が消える。

 ――視点が定まらない。

 

 ……ぐらりと、体が崩れ落ちる。

 しかし、その前に踏みとどまる。歯を噛みしめて意識を保っていた。士郎は倒れかねない吐き気を、ただただ、身の内から湧き立つ怒りだけで押し殺す。

 

「衛宮くん? どうしたのよ、いきなり顔面真っ白にしちゃって。・・・そりゃああんまり気持ちのいい話じゃなかったけど、その―――――――ほら、なんなら少し休んだりする?」

 

 蒼い顔の衛宮士郎を遠坂凛は心配していた。あれほど顔面蒼白なら、わからなくもないが。その光景を見て、言峰も衛宮もレア度が高い姿の遠坂だと思った。衛宮は衛宮で、衛宮士郎らしい返答をする。

 

「心配無用だ。遠坂のヘンな顔を見たら治った」

 

「……ちょっと。それ、どういう意味よ」

 

「いや、他意はないんだ。言葉通りの意味だから気にするな」

 

「ならいいけど…って、余計に悪いじゃないこの唐変朴ッ!」

 

 すかん、と遠坂凛は容赦なく頭を叩く。衛宮士郎の顔色も戻っていった。それを見ていた言峰士人は、ククク、ハハハと笑いながら遠坂凛に茶々を入れる。

 

「……フッ。師匠、ヘンな顔だとさ」

 

「士人、いいから黙れ」

 

 笑いながら凛はそう返した。出たな、あかいあくま、と言峰は思ったり思わなかったり。……この時、衛宮士郎は遠坂のオーラに少し震えた。

 

「とと、遠坂。悪かったと思うし助かったから、その笑顔はやめてくれ。

 ……今は、言峰に訊かなくちゃいけない事がある」

 

 ムッ、と不貞腐れたように場を凛は譲った。

 

「ほう、まだ質問があるようだな。疑問は晴らしていけ、戦いの邪魔になる」

 

 見透かした目で見られる衛宮士郎は、イラッ、とくる。愉快そうな神父を見て衛宮は思う。

 

 上等だ。衛宮士郎は、おまえには負けてなるものか、と。衛宮士郎は、尋常ではない位の気迫を込めて言峰士人を睨む。

 それは、隣の魔術師が息をのむ程の強さで。そして神父は顔に、ピキリ、と亀裂が入ったように笑みを刻む。

 

「じゃあ訊くけど、言峰はどうして監督役になった? 

 ――――――おまえも俺と同じであの火災の被害者だろ!」

 

「―――――――――――――え?」

 

 遠坂凛は予想外な衛宮士郎の言葉に息が止まった。師匠である遠坂凛は、弟子である言峰士人の過去を知っている。

 そして、衛宮士郎は弟子と自分の同胞であるのだ、何かを失ったという意味では。

 

 神父は笑い、答える。

 

「どうして、か。

 それは監督役になった、俺自身の理由を訊いたのか?」

 

「ああ、おまえの境遇は俺と同じだ。何もかもを失った元凶の監督役に、何故なったんだ?」

 

 士人は士郎を見て、話す事にした。全てではないが、嘘偽りのない自分の思いを語りだす。

 

「………そうだな、監督役を務める理由は降霊される聖杯に興味があるからだな。

 

 一体どのようなモノが、自分の家族を殺したのか?

 一体どのようなモノが、自分を焼いたのか?

 

 私はただ見てみようと思った。

 別に復讐だとかは考えてないぞ。物に当てても何も感じはしないし、八つ当たりにもならんからな。お前もそうだが、聖杯の災害は『今の自分』と言う存在の始まりだ。

 十年前、何もかもを無くしたその元凶。つまりは、なんだ、欲しくはないが、ただ知ってみようと思っただけだ」

 

 衛宮士郎はそれが、言峰士人が本心であると感じられた。全てではないと思うが、ここにいる理由。

 凛は複雑そうに、黙っている士郎を見た。弟子と同じ境遇で、なによりも自分と同じで聖杯戦争で家族を失っている。

 

「……ふん。実際、因果な運命だ。

 生き残りであるお前と俺が、マスターとなり、監督役になった」

 

 遠坂凛は、二人を見て思う。

 因果な運命だと皮肉った弟子のその言葉は、どうしようもなく的を射ている、と。この場の三人は全員、聖杯戦争で家族を失っている。

 嫌な話だ、巡り廻って殺し合いだ。

 人が死ぬ。

 誰を殺す。

 何を殺す。

 廻る日常。

 狂う日常。

 何を失う。

 何を得る。

 聖杯戦争。

 聖杯ってほんと、何なのかしらね、と魔術師は思った。

 

 ――沈黙する二人を見て、神父は言葉を告げる。

 

「…では、もう質問はないか、衛宮」

 

 そこで、ハッ、とする衛宮士郎。慌てて視線を士人に向ける。

 

「…まだある。言峰は聖杯戦争は今回で五度目だっていったな。なら、今まで聖杯を手に入れたヤツはいるのか」

 

「さぁ?」

 

「さぁ、っておまえな、――――――」

 

 しかし、彼は衛宮士郎の言葉を遮るよう続きを喋る。

 

「まぁ、待て。記録では聖杯の降霊自体は確認されている。

 聖杯自体は既に冬木にある。しかし、用意された聖杯の中身は空(から)なのだ。器だけの聖杯を触媒にし、願いを叶える杯とすることで聖杯は聖杯として完成する。

 聖杯は霊体とされるからな。

 ………そうだな、マスターやサーヴァントの関係に似ているだろう。それで、七人のマスターとサーヴァントが揃い、聖杯戦争を始めれば、いずれは冬木に聖杯は現れる。過去、完成された聖杯の降霊は失敗したらしい。

 しかし前回の聖杯戦争だと、聖杯の降霊は確認されたのだ」

 

「前回は聖杯が降霊したのか。じゃあ聖杯はどうなったんだ」

 

「完成しなかった。

 そして、お前の養父である衛宮切嗣と俺の養父の言峰綺礼が最後に殺し合ったが、その結果があれだったのだ」

 

「「――――――――――は?」」

 

 場が凍る。唐突に落とした爆弾発言に衛宮士郎と遠坂凛は固まった。

 

「ま、待て! 切嗣(じいさん)はマスターだったのか!?」

 

「ちょ、ちょっと! 綺礼が最後まで生き残ってたなんて知らないわよ!?」

 

 驚愕する二人を視界に入れる。神父は不思議そうな表情で、師の方を向く。

 

「綺礼(オヤジ)から聞いてないのか?」

 

「………聞いてないわよ。序盤でサーヴァントが敗北して保護されたって……あれ、でもまさか……何処でサーヴァントを……っ! ウソ、それじゃ、あいつ………―――――!!

 ―――――士人。それ、ほんと?」

 

「ああ、そう言っていた」

 

 その言葉を聞き、顔を壮絶に歪める遠坂凛。

 目に見えそうな程の怒気を纏う。至ったそれは、最悪の結論。

 

 衛宮士郎は心配そうに声を掛ける。

 

「……どうしたんだ、遠坂?」

 

「なんでも。……ただ、父さんを殺した男が分かっただけ」

 

「―――――――――」

 

 衛宮は沈黙する。言峰はそれで、話を理解した。

 

「…なるほど。サーヴァントを奪われたのか」

 

「知ってたの、士人?」

 

「知らされていない。綺礼(オヤジ)からはただ、結末を語られただけだった」

 

「そう。まぁ、いいわよ。せいぜい地獄で哂っていればいいわ、綺礼。

 ―――それで衛宮くんは士人に訊かなくていいの?」

 

 遠坂凛は苦しそうに喋った。

 弟子の様子からみて、師の父親殺しの犯人が自身の養父だとは本当に知らなかったのだろう、と遠坂凛は思った。弟子の養父であり、兄弟子であった綺礼も隠し事はするが嘘はない男であった。言峰綺礼は嘘は言っていない。過去の自分にはただ保護されたと言っただけだった。

 だからこその矛盾。何故その後、弟子である綺礼がサーヴァントを得て敗者復活し、師である遠坂時臣が死んでいるのか。それは実に簡単な話だった。

 

 ―――歪んだ顔を下に伏せる遠坂凛は、溢れる怒りを抑えつけていた。

 

 ここにいない死者に罵倒をする事はできない、声が届く事もない。それに、大方そんなものだと、薄々は気付いていた。ただ、確証が得られただけ。

 そして、死んだ後も、ここまで人を虚仮(こけ)にするとは。

 

「(………………………綺礼!!!)」

 

 凛は史上かつてない程に、ブチ切れていた。そんな魔術の師、遠坂凛を、顔にも声にも出す事無く、言峰士人は愉しんでいた。

 

「………………」

 

 遠坂凛を心配そうに見ていたが、その声を聞き衛宮士郎は言峰士人に事情を訊く事にした。本当は遠坂を助けてやりたいのにが、何もできない、何も知らない自分を無力に感じながら。

 

「……衛宮切嗣がマスターだってのは確かなんだな?」

 

「確かだ。衛宮と同じセイバーのマスターだったと記録されている。綺礼(オヤジ)からも、衛宮切嗣と戦ったと聞いたぞ」

 

「……………はぁ。頭が追いつかない」

 

 衛宮士郎は両目を片手で覆いながら天井を見上げる。

 脳が焼けそうだ、と独りごとを言う。それもそうだろう、このような異常事態のオンパレードだ。いくら冷静さを保とうにも心の整理が追いつかない。

 遠坂凛も落ち着いたようだが、内心、葛藤に塗れているだろう。

 

「そうか。なら、この話はここまでにしよう。

 混乱しているならば、整理が必要だろう。それでまた訊きたい事ができたならば、改めて訊くといい」

 

 神父は、二人の様子を観察してそう言った。そのあと衛宮士郎に言葉を続ける。

 

「では衛宮、本題に戻る。

 聖杯の持ち主となる資格を持つのは七人のマスターのみ。勝ち残ったマスターが聖杯の所有者となる。

 その戦い―――――聖杯戦争に参加するか否かをここで決めよ」

 

 衛宮は神父を見た。神父の目がこちらを貫く。覚悟を決めろ、と語っている。

 ……言われるまでもない事だ。自分は、自分の意志で魔術師となった。魔術の修練に費やした時間は何のためか。

 衛宮切嗣(じいさん)はこの聖杯戦争に参加した。正義の味方が歩んだ道。

 

 ―――覚悟など、あの夜に決めている。

 

 衛宮士郎は魔術師だ。半人前だろうと関係はないんだ。

 憧れ続けた衛宮切嗣の後を追って、必ず正義の味方になると決めたのなら―――――

 

「―――――マスターとして戦う。

 十年前の火事の原因が聖杯戦争だっていうんなら、俺は、あんな出来事を二度も起させる訳にはいかない」

 

 神父は愉快げに微笑んだ。

 満足そうに、この瞬間にマスターとなった友人を見る。

 

「監督役としてその言葉、承諾する。七人目のマスターが認められたこの瞬間、聖杯戦争は受理された。

 ――――これよりマスターが残り一人となるまで、街での魔術戦を許可する。各々が望みの成就のため、自身の誇りに従い、存分に争うがいい」

 

 神父の声が空間を重圧する。

 その宣告が礼拝堂に響き、一瞬、異界に変わる。

 その言葉には、大した価値はない。聞き届けたマスターは二人のみ。

 ただ、聖杯戦争監督役の神父として、始まりの鐘を鳴らしただけ。

 

 ―――しかしその鐘の音は、深く重く、体の芯から響く音(声)だった。

 

 遠坂凛は、弟子である監督役の宣告を聞く。その様子を、士人らしいと思いながら言葉を掛ける。

 

「決まりね。それじゃ帰るけど、一つ確認してもいい、士人?」

 

「かまわんぞ。衛宮にも言ったが疑問は晴らしておけ。これが最後になっても不思議ではないしな」

 

「それじゃ遠慮なく。七騎揃ったみたいだけど結局、イレギュラーは一騎だけだったの?」

 

「そうだな、今回の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントでイレギュラーは一騎のみ確認された。ランサーが確認されなかった代わりに、クラスが正体不明のサーヴァントが一騎、参戦している」

 

「………なるほどね」

 

 遠坂凛の脳裏に浮かぶのは、一騎のサーヴァント。ビルの屋上と、学校の屋上であった、フードを被った黒いコートの男。近接戦闘を行い、魔術も行使した異常性。……ヘンなのは自分のアーチャーも同じだが。何を考えているかサッパリ読めない雰囲気のヤツ。悩んでも仕様がない、と思考を打ち切る。

 

「それじゃ士人、わたしはこれで」

 

「正式に聖杯戦争は開始された。師匠。聖杯戦争が終わるまでは、何も手伝うことはできないし、許されない。もし、この教会に訪れるとすれば、その時は―――――」

 

「―――――自分のサーヴァントを失って保護を願う場合のみ、でしょ。それ以外に士人を頼ったら減点ってコトね」

 

 それに師が弟子にそんな無様な姿を晒せないでしょ、と内心呟く。聖杯戦争は自分の戦争であり、監督役の弟子に手伝わせるのは遠坂凛らしくなく、弟子に保護されるなんて屈辱的過ぎる。

 

「そう言う事だ。師匠が勝つとは思うが、減点が付くとキョウカイがうるさい。

 連中のつまらん論議の末、聖杯が持ち主から奪われるなど興醒めだ。そのような最悪な展開だけはごめんこうむるぞ」

 

「この似非神父二世、教会の人間が魔術協会の肩を持つのね」

 

 凛は呆れ顔で弟子を見る。

 その弟子は、フ、と笑った後、口を開く。

 

「この身は神に仕えている。教会に仕えているのではないのだ」

 

「よく言うわ。…………いらんとこばっか似ちゃって、だからエセの二世なのよ」

 

「こちらも気付いたらこうだったのだ。どうしようもないな」

 

 その後、神父は魔術師に苦笑した。そんな神父に魔術師も苦笑する。

 じゃ、がんばりなさいよ、と遠坂凛は別れの挨拶をして出口に向かう。

 そちらもな、と返して言峰士人は見送る。

 そうして遠坂凛は「もう行くわよ、衛宮くん」と、衛宮士郎に声を掛けた後、礼拝堂を横切って出て行った。

 

 衛宮はそんな師弟のコミニケーションを見た後、遠坂凛の後ろに続いていく。その後、言峰に別れの挨拶をしようと、背後に振り返ようとする………と―――

 

「ッ――――――――――!?」

 

 ――――背後に気配を感じ、すぐに振り返った。

 いつのまにか、神父はマスターの背後に何を言うのでもなく見下ろす。

 

「……どうした、言峰。まだなんかあるのか?」

 

 神父は初めて学校で会った時の様に、何か喜ばしいモノに会った様に笑う。死んだ魚の目したいつもの言峰らしくない、心を震わせる様な、子供の様な人間的な笑顔。

 

「話がないなら帰るからな」

 

 初めて会い、衛宮士郎、と名を名乗った時以来の笑い方。この男と友人となり、今、始めて知った。この笑いは、良くないモノだ。

 空っぽな、いつもの死んだ魚のような目は、『ナニカ』に満たされている。形容しようのない『ナニカ』は自分にとって危険だ。そう感じた。……なにかが壊されそうだった。

 

 衛宮士郎は出口に向うため、体を振り返えようとする―――――その瞬間。

 

「――――――――喜べ衛宮。お前の願いは、ようやく叶う」

 

 そう、神託を告げる神父の様に言峰士人は断罪を下した。

 それは衛宮士郎の、本人さえ気付いていない、否、気付こうとしなかった本心を抉る言葉。体が硬直する。

 

「――――なにを、いきなり」

 

「判っているのだろう。いや、最初から気付いていた筈だ。

 お前の望みは明確な悪が必要となる。人を助けるには、人に害なす悪役がいる。たとえ、その存在が衛宮士郎にとって容認できないモノであろうとも、正義の味方には、倒すべき悪が必要だ」

 

 昔、神父に語った自分の原点。

 その原点でもあり、叶えなければならない衛宮士郎のただ一つの望み。

 

 ―――言峰士人は言った。衛宮士郎という人間が持つ最も崇高な願いと、最も醜悪な望みは同意であると。

 

 

 ――何かを守りたいという願いは、

 ――同時に、

 ――何かを犯そうとするモノを望む事に他ならない

 

 

「―――――――おま、え、は」

 

 衛宮士郎は哂う神父を睨みつける。

 そんな事を望む筈がない。望んだ覚えもない。その願望は不安定なだけだ。目指す理想が矛盾しているだけの話。

 それを言峰士人は嗤った。『敵が出来て良かった』と。そう、言葉で心臓を抉った。

 

 ―――――そして神父は正義の味方を見て、さらに言葉(ナイフ)を重ねる。

 

「別に取り繕う必要などない。矛盾を抱える願望なのだろう?

 ――――――お前の葛藤は、とても正しい」

 

 愉快だと、笑みを顔に刻む。

 

「っ――――――そうかよ、おまえにとってはこの戦いも、娯楽に過ぎないって言うんだな!」

 

 衛宮士郎は思い出す。この男も昔、自分が語ったように、己の事を語った事を。その内容を。

 

 衛宮士郎と言峰士人の二人。共に理解者など必要としないヒトであるが、しかし、二人は理解者同士であった。

 同じ過去を持ち、似通った異常者で。友情などないが、それでも友人であった、対等であったのだ。

 

 衛宮士郎は負けてなるものか、と睨みつけ、

 言峰士人は勝って見せろ、と笑い掛ける。

 

 ……そして衛宮士郎は、歩き出す。戦場へと、歩み出す。

 

「さらばだ衛宮。最後の忠告だ、帰り道には気を付けろ。

 これよりお前の世界は一変する。ヒトを殺し、ヒトに殺される側の人間になったのだ。自分がマスターであることを忘れるなよ。

 それと、友人としてお前の聖杯戦争を応援する」

 

 

 そうして、バタン、と教会の扉は閉まった。

 

 


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