神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 今年はFate関連の情報が多いです。プリヤ二期や、ホロウの声付き、新作アニメF/SNが出ますから楽しみです。
 そして、アポカリファの三巻読みました。可愛いキャラが多くて面白いです。


54.殺し屋の殺し方

 狂戦士(バーサーカー)のマスター、アデルバート・ダンは森の中でも一際大きい木の上へ登っていた。太い枝の上に立ち、そこからある一点を常に見続けている。魔力で強化した目で視ているのだが、目標を視認出来ずにいた。

 

「――――っち。見えんな」

 

 彼は怪物専用に改良された狩猟銃、ウェザビーMkVを両手で構えている。巧い具合に隠れられていたので、護衛として控えていたバーサーカーまで投入したが、それも無駄になってしまっていた。

 

「げひゃははははははは! 鬼畜過ぎないかい、アデルバート!

 あの状態でバーサーカーまで嗾けるなんて、性根が腐ってて最高にも程があんぜ。ああ、だけど、その所為で対抗手段を持ち出されたとなっちゃ、こっちに都合が悪い」

 

 オヤジ臭い笑い声を上げるのは子犬。種類としては大きな耳が特徴的なバゼットハウンド。名はフレディと言う。子犬はダンと同じ様に木の枝に上り、そこで猫のように安定した体勢で座りこんでいた。

 

「しかし、即席の遮断結界とは頭が良いぜ。あれじゃ、俺っちでも臭いが嗅ぎ取り難くて仕方が無い」

 

「だが、あれじゃあ、結局はどん詰まり。所詮、その場凌ぎの悪足掻きだ」

 

 彼の使い魔フレディが、脅威的な索敵能力で標的を見付ける。その情報を狙撃手であるアデルバート・ダンに送信し、リンクさせた感覚を視覚情報に変換。そして、間接的に使い魔をスコープにし、超長距離から銃弾を発射する。

 犬が嗅ぎ取っているのは―――魔力の匂い。

 しかし、強い魔力流が場を無理に掻き回す。更に結界によって外部に漏れないよう隠蔽されてしまった。あの場所に結界が引かれているのは簡単に分かるが、それなりの規模で括られた結界の中の何処に居るかは分からない。分かるのは、バーサーカーと戦っているアーチャーのみ。

 

「よぉよぉ、アデルバート。あの真っ黒弓兵女、撃たねぇの?

 戦場が結界に隠されててもよ、大体の位置はわかってるじゃねぇか。精度は千里眼以上だと自負してるぜ。透視能力者にも負けはしねぇ。

 まぁ、内部は魔力が渦になってて、かなり気配が曖昧なってんのは気に入らんがよぉ」

 

「遠坂凛に観察されているからな。多分、後数回で狙撃のタネがあれに暴かれる。あの魔術師は、そう言う危険な女だ。アーチャーも曲者っぽい感じがする。

 それに、実際に此方の索敵方法も暴かれただろ?

 お前の能力に対する隠蔽手段も、見事に弱点を突かれてこの様だ。まぁ、それも時間が解決してくれるけどよ」

 

「へー、そうかい―――燻り出すのか?」

 

「無論。はっ、出てきたところを撃ち殺してやらぁな。それにキャスターの魔物共も、あの目立ち過ぎな結界にうまい感じに寄っていきゃ、万々歳って事さね」

 

 銃弾には魔術へ対する術式が刻まれている。弾丸自体も特別製。結界に何発もぶち当てれば、穴を開けるのも時間の問題である。言わば、結界殺し。魔力による障壁なども貫通し、防ぐには弾丸を諸共しない膨大な魔力量か、物理的に防ぐしかない。

 

「ひゃっはー、悪辣っすなぁ」

 

 犬の邪笑。子犬である故、表情は今一人間では分からぬが、声だけは十分に悪意が満ちているとあっさりと感じ取れる。

 ダンはダンでフレディの方を向きもせず、常に遠坂凛とアーチャーと、そしてバーサーカーがいる結界を監視していた。自分達にもキャスターの刺客が向けられる可能性は高いが、あの計算高いサーヴァントが、そもそも今の自分達に手を出してくるとは思えない。何故なら、苦労せずにこのままならばアーチャーを殺せるからだ。自分達バーサーカー組を殺すとなれば、それはアーチャーとそのマスターが勝手に始末された後にすれば良い。

 自分がキャスターの立場ならば、その手段を取るだろうとアデルバートは判断した。

 よって、今は目標の一組である遠坂凛とアーチャーの狙撃に専念する。バーサーカーを視界を借りて結界内を除いても、戦況は自分のサーヴァントが有利。それに遠坂凛の気配ははっきりと掴めず、まだ結界内に居ると分かる。

 ―――好機。実に良い展開。

 遠坂凛がのこのこと一人で出てくれば、魔力を殺して気配を遮っていても、数手で狙撃を命中させられる確信がある。バーサーカーを嗾けて、魔力散布と遮断結界が張れられる前も、奴らには手際よく隠れられて殺し切れなかったが―――既にフレディが“匂い”を十分に嗅ぎ取れた。居場所を把握するには十分だ。

 つまり、ここでアーチャー達の殺害に成功すれば、遠坂凛と衛宮士郎の同盟を崩せる。

 アデルバート・ダンは自分の殺し屋としての腕前を絶対視しているが、同様に衛宮や遠坂の強さも同程度だと実感している。同等の怪物がサーヴァントを連れているとなれば、自分一人ではどうにもならない。バーサーカーがセイバーとアーチャーを足止めしても、衛宮士郎と遠坂凛の二人を相手にするのは絶対に避けたい。そもそも敵は二人だけではなく、教会の悪魔よりも悪魔じみて強い聖騎士、元同僚の天性の撲殺魔である封印指定執行者、何度の裏を掻かれている人でなしの盗賊。それと確認できていないが故に、何か絶対に企んでいるあの代行者。

 

「加えて、ここのアインツベルンのマスターも曲者過ぎるぜ……ったくさ」

 

「ぼやくなって、御主人(マイマスター)。だから、あの代行者の誘いに乗っちまったんだろうが。

 退屈せず、常に臨死の危機が蔓延る地獄。

 こんな生きてんのか死んでんのか分からない、生死を錯覚するような修羅場はさ、とてもとても良い仕事に熱中できる。労働の後に飲む美味い酒だけで、それだけで報酬は十分だぜ」

 

「犬の癖に大酒のみだからな、オマエ」

 

「ひひひ、アル中ですんでなぁ……――――あん?」

 

 と、フレディが鼻をひくつかせた。嫌な香りが鼻腔に侵入して、鼻の奥がツンとした刺激で反応する。

 

「まさか、キャスターの使い魔どもか?」

 

 候補の一つとしてはある。可能性も低くは無い。遠坂凛とアーチャーを狙い撃つまで、何匹も撃ち殺して此処まで来ている。護衛にしていたバーサーカーも、魔剣の餌に丁度良いと楽しみながら斬り、殴り、踏み、潰し、抉り、砕き、千切りは千切って惨殺の限りをしていた。キャスター陣営にとって侵入者同士が殺し合うのは都合が良いとは言え、先走って自分達バーサーカーグループの即時殺害を狙うのもも有り得ないと言えないのだ。

 

「いんや違うな。こいつはぁ、まさか、あれか、え、マジで、嘘だろオイオイ……」

 

「……んで、誰だ?」

 

 うぬぬぬぬ、と首を傾ける愛犬兼使い魔の魔獣の奇行。行動そのものは可愛らしいが、中身を知っている身としては気味が悪い。いや、正直な話をすれば気持ちが悪かった。オヤジ臭い奴がそんな真似をしても、寒気しかしない。

 銃から顔を離し、使い魔の方を向く。こう言う場合、基本的に嫌な方向にしか物事が進まないとアデルバートは経験していた。殺し屋としての直感である。

 

「―――フラガの姐御」

 

「あ……今来られたら死ぬぞ」

 

 護衛のバーサーカーを突撃させた現状、バゼットとランサーを相手に生き延びれる確率は無い。僅かばかりの可能性も無いとアデルバートは断言出来る。よって、最善は会わない内に戦線離脱すること。

 

「俺っちも死にたくはねぇ。あのサーヴァントと姐御が一緒にゃ、勝てる訳もねぇし……

 ……あ―――待て。待て待て待て!

 こりゃ本当にベリベリラッキーだぜ。ひゃー、拾う神いりゃ笑う神。ツキが回ってきたんかな」

 

「それで、何が幸運なんだよ?」

 

「ライダーと聖堂騎士に鉢合わせしやがった、それもキャスター共の魔物もうじゃうじゃで三つ巴になってやがる!

 げひゃひゃひゃ!

 でもよ、奴らこっちに気がついてる」

 

「気配と銃声を消した程度じゃ、居場所がばれるって事かい。ホント厄介な。けど、逃げる暇を得るのは十分だぜ」

 

「いんや、そこまでバレちゃいねぇよぉ。ただあの結界とバーサーカーの突撃の所為で、大凡の方向が分かって程度さ。

 けれど、ライダーの方は完璧に背後の俺っち達を警戒してるぜ。奴ら、マジで侮れん」

 

 取り敢えず、バーサーカーに此方の現状を伝えた後、現状維持を支持する。まずは遠坂凛を狩り殺す為、気配を殺してながら戦線離脱をした後に近距離狙撃を敢行する。結界内に入った後であれば、フレディの能力で居場所を探るのは容易いだろう。そして、直ぐ様身を隠し、獲物を捜しながらキャスターを狩る。あるいは、キャスターの本拠地に挑むマスターとサーヴァントを利用して、戦闘中の隙を狙ってアインツベルンを含めた敵陣営の暗殺を狙う。

 

「―――ったく。バーサーカーを狩りに出させた途端、この始末か」

 

 嘗て、自分が師匠を殺して奪い取った愛銃を手に握る。計画通り進まないが、策とは幾つも用意してこそ殺人計画は達成される。この程度は苦境でも何でもない。

 

「うぃうぃ。どうもあの変な騎兵、手持ちの斥侯がいるみだいだ」

 

「あー……あの、キャスターの魔物には見えなかった敵兵か。あれはライダーの手駒なのか」

 

「おう。今確認出来たぜぇ。比べたら匂いがそっくりだわ」

 

「ほぉ、そうきたか」

 

 フレディの嗅覚は鋭い。彼は魔力の匂いを精密に感知可能だが、嗅げるのは魔力だけではない。体臭は勿論、つけている香水、薬品の刺激臭、血臭、服に染み付いた固有の匂い、そして曖昧だが大まかな気配も嗅覚と合わさった超感覚で嗅げる。

 その使い魔が言うのであれば、所属不明な斥侯がライダーのモノだと言うのも事実。今この場所にランサー陣営とライダー陣営が来れば、キャスター陣営も含め五つ巴に成る可能性がある。それは避けたい。本職が殺し屋の為、アデルバートは不確定要素が殺人計画を狂わせることをしっかりと経験していた。混戦になろうとも、それはそれで楽しめるが、今は遠坂凛討伐をじっくりと成功させる方が魅力的。

 

「……だと、色々と危ないな。

 フラガの奴はオレを率先して殺したい。ここに来たのも、目的はそれだろう。しかし、ライダーらはオレ達を助けて漁夫の利を得る心算。キャスターはキャスターで、侵入者同士を消耗させる気満々か。

 けっ、気に入らない……気に入らねぇが、利用すると言うなら利用させてやる」

 

「じゃ、あの結界に突っ込むのかよぉ?」

 

「ああ。ここまで切羽詰まるとな、可及的速やかに出来る限り慎重な手順で仕事を全うしないと死ぬ。死なないように殺すなら、危機と好機を乗りこなさいと意味が無い」

 

 背後の乱戦を疎み、彼は疾走する。犬のフレディも遅れずに追随。バーサーカーに指示を送っているので、後は即興だが変更させた作戦を全うするのみ。自分達の戦場まで後一歩。背中に狩猟銃ウェザビーを背負い、愛銃のリボルバーを構えて突入を開始。

 そして、結界を潜り抜けた刹那―――ダンの脳裏に死の悪寒が奔った。

 呪詛の弾丸の圧倒的弾幕密度。機関銃よりも性質が悪い面包囲の散弾性と連射効率。指先から一発づつでは無く、同時に幾つも掃射されていた。

 

「―――見ー付けた。

 ボッコボコのズッタズタにして上げる……!」

 

 呪いによる物理攻撃と言う馬鹿げた魔力の使い方。一発一発が鉄を砕き、コンクリートを穿つ破壊力を持たせた上で、散弾と連射を繰り返す。鍛えに鍛え、発射速度、魔力効率、弾丸威力を上昇させた魔術―――ガンド。遠坂凛の得意魔術の一つであり、戦闘の要になる十八番。

 凛は賭けではあったが、敵が侵入して来るかもしれない位置に待ち伏せをしていた。敵の索敵に気付かれない様にじっと待ち、一秒が一時間になるほど集中し、侵入者の魔術師を待った。ある程度の位置は掴んでいたが、正確な位置は分からずじまい。しかし、ある程度の敵がいる方向は把握している。よって、ガンドの放射範囲内に位置する場所を陣どり、大まかに攻撃出来る箇所で敵を撃つ準備をした。彼女は自分のガンドの精度と射程は兎も角、攻撃範囲には自信があった、ばら撒くだけなら容易いと。

 

「―――んじゃ、頑張れよ御主人!」

 

 結界内に入れば魔力索敵が存分に使えるが、戦闘では戦力にならないフレディ。彼は結界に潜入した後、戦闘区域から離れアデルバートに位置を念話で教える役目。よって、早々に木々の陰に離脱した。

 そして、戦いを続けるサーヴァント二人の気配が更に爆発する。

 アーチャーもバーサーカーも、自分達のマスターが戦闘状態になったのを感じたのだ。

 

「……久しぶりね、ダン! 態々こっちのテリトリーまで来てくれて御苦労様!」

 

 皮肉である。凛はアデルバートが狙撃を諦め直接殺しに来たと考えている。だが、実際は早目に殺す理由が出来たので彼は凛を殺し来たのだが、それでも皮肉は皮肉として十分に伝わっている。凛は外部の情報が遮断されるのでこの結界を使いたくなく、実際その所為でランサー達とライダー達とキャスターの魔物共の乱戦に気が付いていない。それはアーチャーも同じで、外の危機的状況を結界内で知るのは殺し屋と子犬と狂戦士だけ。

 だが、アデルバート・ダンは焦らない。

 殺したいが、今直ぐにでも遠坂凛を殺したいと焦心しているが、結界越しの後ろの敵陣営に向ける感情は無かった。目の前の極上品以外―――今は興味が無い。

 

「―――」

 

 言葉は不要。二度目の会話をする気は無い。今は死の感覚を楽しむ以外にアデルバートの脳神経が働かない。

 まず、散弾銃を試し撃つ。

 茶色のコートの裏には数々の銃火器を隠し持ち、その一つを使う。ソードオフとは言え、ショットガンを片手でホルスターから抜き撃ち、連射で早撃ちするなど曲芸を越えた狂気。アデルバートは視界一杯に広がるガンドを一掃させ、撃ち落とせない呪詛は回避する。そのまま銃弾の群れが凛を襲う!

 舌打ちをする間も無い。凛は蜂の巣にされ、死ぬ。魔術師ならば屈辱である射殺が死因。無論、避ける時間は無かった。更に言えば、散弾銃の連射など避ける隙間さえなかった。

 ならば―――遠坂凛が生きているのは可笑しな話。

 アデルバート・ダンは奇跡を垣間見る。最初から準備していたとしか思えぬ障壁を作り、銃弾が砕かれる前に彼女は散弾から逃れていた。障壁が壊れるのは一秒の十分の一以下しか無い殆んど素通りしたも同然な時間差なのに、彼女は風となって散弾を避け切っていた。

 

「……ああ、もう頭にくるわねぇ―――!」

 

 予想通り、敵の弾丸は一定の魔術を無効化する術式破壊(スペルブレイク)の特性品。

 節理の鍵のような“魔術殺し(アンチマジック)”では無く、衝撃越しに伝わって来た感触から、魔術的に対魔術加工がされた弾丸のようだと理解する。魔術師専門の殺し屋らしい武器のチョイス。腕の立つ魔術師の癖に好んで銃火器を愛用し、封印指定に選ばれる程の魔術師なのに魔術師の天敵過ぎて腹が立つ。

 

Ein KÖrper(灰は灰に) ist ein(塵は) KÖrper(塵に)―――!」

 

 凛は手の平サイズの光る魔力塊を一瞬で生成。手首だけを軽く振るフォームで、攻撃を回避と同時に行っていた。しかし、ダンは一瞬で空中に浮かぶ光源を拳銃で撃ち抜き、二人の中間で爆発が起こった。即席ボムが火炎を発するも二人は無傷。

 

「……ク―――」

 

 その台詞は自分が言いたいとダンは凶笑を顔に刻む。頭が痺れるのは此方の言い分。敵の動きは明らかに人間を辞めている。魔術で強化された弾丸に対応出来る時点で、化け物の領域だと認識するのは至極当然の判断。

 また、彼の現装備は持ち運びが不便な大型火器を除き、結構な火器を揃えている。が、それでも魔術師・遠坂凛の総合的火力は自分をあっさりと上回る。限定的とはいえ魔法を習得したと高名にも程がある元時計塔の魔術師が相手、死ぬ気で挑まないと殺させるのが目に見えていた。お得意の宝石魔術もまだ使用していない。

 ―――爆炎を陰に、狩猟銃を構えた。

 銃口は遠坂凛を狙った方向では無く、彼女の足元を狙っている。これでは当たらず、意味もない威嚇射撃。そんな無様な格好のまま引き金を引く殺し屋を目視した凛は一瞬―――背筋に奔った悪寒の冷たさに決死を覚悟した。

 

「―――Anfang(セット)

 

 瞬間詠唱。圧倒的呪文展開。発するのはスペル一つ。思考速度で遠坂凛の全身を魔術が支配した―――と、同時。弾丸は有り得ぬ軌道を描いて彼女の胴体に迫る……!

 それが狙撃位置を定めさせない魔弾の秘密。

 ある程度の狙撃の方向性しか相手に悟らせなかったのは、銃弾が発射時の射手の思考で弾道を操作可能なため。まるでボクサーのボディブローの如きエグい動きで、音速超過の致死の銃弾が死を咆える。一旦軌道を下げて視覚外に潜り、死角から撃った後で奇襲した!

 ならば―――その奇襲を回避する遠坂凛こそ狂気の沙汰。

 身を捻り、宙を横回転しながら銃弾の下を掻い潜る。音速を越える銃弾が生み出すソニックウェーブは空気の塊を叩きつけるも、切り裂くような身軽さで旋回―――直後、小さな宝石を纏めて数個投げ放つ。狂った概念密度で強化魔術が施された肉体が魔力を放ち輝く宝石を、それこそ散弾銃と似た軌道で投擲。更に放たれた直ぐ後に、石は刻まれた術式通りに魔術と化して加速する―――!

 

「―――Cor(Break)Percute(Open)

 

 アデルバート・ダンの魔力のイメージは、脈から吹き出る赤い水。回路を開くは、自分の心臓を握り潰す激痛。

 奥の手の一つである魔術礼装、術式改造狙撃銃(ウェザビーMKⅤ)の歪曲軌道は見切られた。ならば、更なる秘術で以って鉄火を散らすのみ。元封印指定執行者にして、現封印指定たる彼は豊富過ぎる戦闘経験と殺人回数を誇る。その成果を遠坂凛に披露させた。

 

「……え―――」

 

 遠坂凛が死ななかったのは、ただの偶然だろう。目前を奔った巨大な魔力が宝石魔術を一切消し去り、敵の攻撃が掠ってもいないのに空気から伝わって来た衝撃のみで木に叩きつけられた。 

 

「―――な……っ!」

 

 額に迫った銃弾を回避する。直後、背を預けていた樹木が折れ、吹き飛ぶ。遠坂はダンの攻撃に対する手段を思考しながらも観察をし、ガンドをばら撒きながら上空へ“宝石”を投げる。そして、敵が持つ銃を視て、殺し屋の本気を察した。

 余りにも巨大な銃口。五装填回転式拳銃。

 長さは50cm近く、敵を威圧する狂気に溢れた異様な巨銃。

 それはキャスターの魔力砲火に対する為、バゼットと綾子の前で出した武器と同じ銃。銃口から漏れ出す白煙には濃厚な魔力が満ち、先程の二連射の正体を容易く敵に教えていた。

 

「もう最悪―――!」

 

 凛は殺し屋が魔術師である事を知っている。この魔術師が常に本気だが、それでも自分の真髄を見せる時は正真正銘の全力で在ると言うこと。

 あの銃は、見た事があった。一撃で巨体を誇る魔獣を木端にしたのを覚えていた。それも、本気の一撃では無く通常攻撃による無造作な一発でだ。今のもその時のモノに近い脅威を感じている。

 彼は呪文により、巨銃を解放したのだ。右手で巨銃で狙い、左手の愛用魔銃で凛の動きを牽制する。

 

Fixierung(狙え),Fallende Bomben(急降下爆雷)――――!」

 

 ならば、視覚外から爆破攻撃を決行する。凛は上空に投げていた宝石の術式を解放し、巨大な魔法陣を展開。その巨大砲台で以って、殺し屋の抹殺を決死した。魔術が自分に当たらない様配慮したが、それでも凛がいる場所は爆撃範囲内!

 ―――そして、遠坂凛は有り得ない奇跡を目撃した。

 彼女が魔術で生み出した爆風とは、肉を溶かす高熱と骨を砕く衝撃を兼ね揃えた破壊エネルギー。一撃一撃が広範囲の破壊を齎す光弾が、何発も何度も降り注ぐ。それを―――アデルバート・ダンは爆風の隙間を見切って走る。

 死とは、彼にとって当たり前な現実。

 その親しい実感(隣人)を肌で感じるのはとても楽な日常作業。常に、次に瞬きをして隙を晒した直後に死ぬかもしれない、何てイメージし続ける殺し屋にとって魔力空爆など取るに足らない戦術選択。爆風と爆風の間を錯綜し、殺し屋は魔術師の前に姿を現した―――!

 

「―――死にな」

 

 疾走と同時、彼は巨銃に弾丸を装填した後に懐へ仕舞った。今右手に持っているのは師から奪い取った愛銃一丁と、コートの裏から取り出したマチェット。その山刀を左手で逆手持ちにしている。

 ―――刃を一閃。

 凛の真横をダンが通り抜ける。擦れ違い様、首を落とす軌道でマチェットを振り抜いた。そして、逆手持ちにしていたマチェットをくるりと手の上で回転させ、上手持ちに握り直す。

 

「くぅ―――!」

 

 キィン、と甲高い金属音。いざと言う備えとして隠し持っていたアゾット剣が、彼女の命を拾った。荒事が多い今ではそれなりに重宝している近接戦闘用魔術礼装の一つであり、彼女が兄弟子から貰った大事な父の遺品。そして、遠坂凛はもう一つの魔術礼装を身に付けていた。

 ―――魔術礼装・強化宝石装具(パワード・アーマージェイル)

 簡単に説明をすれば、肉体強化型の礼装。宝石魔術による身体機能の上昇が主な機能だが、通常の強化魔術を遥かに超えた異常な効率を誇る。強化補助術式が刻まれた宝石には予め魔力が充填されており、魔力で肉体を強化すれば自然と身体機能がアップするだけではなく、肉体の強靭性も上昇する。更に言えば、彼女が今着ている衣服も戦闘用魔術礼装であり、強化宝石以外にも様々な術式が刻まれた宝石が仕込まれていた。

 結果、遠坂凛の近接対応能力は第五次聖戦争の比ではない。

 弾丸を撃たれた直後に回避し、戦場で培った魔術師特有の超感覚が殺意を見切る。

 いっそのこと悪魔的と称する事も出来る異常な戦闘能力は、果たしてどれ程の才能と鍛錬と経験が必要であったのか―――と、アデルバートは心地良い戦慄に身を震わせた。

 

「―――!」

 

 彼は敵の方へ振り向く。同時に銃弾を発射。山刀は回避されたが無論、それで殺せるとは最初から考えていない。退魔の淨丸を胴体の各所へほぼ同時六連射を撃ち―――彼女は宝石魔術によって障壁を作成。一発目の銃弾は何とか防げたが、敵の淨弾と相性が恐ろしく悪い。二発目には罅割れ、三発目で壁の役割は果たせなくなり……後の三発は地面を転がって回避した。そして、アゾット剣を右手で握ったまま、左手の人差し指からガンドを乱射。

 その時には既にダンは左手で山刀を握ったまま、器用な指先で拳銃に弾丸を装填し終えていた。

 彼が今持つ拳銃で呪詛を殴り、もう片方の腕で刃を振った。ガンドは彼に当たる軌道の物だけ消滅し、他の呪詛弾幕は後ろの木々を破壊するだけに終わった。

 直後、愛銃で()に標準を定める。しかし―――

 

「シィ―――っ……」

 

 ―――凛はダンに接敵していた。

 自分が放った敵の視界を覆い尽くすガンドの陰に隠れつつ、アゾット剣を心臓に向けて突き刺されと言わんばかりに気合いの入った震脚で繰り出した。口から漏れた唸り声は、敵の絶殺を狙う殺意の現れ。

 彼はその刺突を見切る。拳銃の銃把(グリップ)で叩き落とさんと振り抜いた!

 しかし―――余りに強い衝撃で右腕が弾き飛ばされる。意地でも拳銃は手放さなかったが、それでも体勢は仰け反って大きく崩れる。それは凛が接近戦の奥の手として鍛え上げた功夫。中でも数ある中国拳法にて屈指の破壊力を誇る八極拳の技術は、余す事無く破壊方向を分散させず一点へ集中。震脚より大地から膨大なエネルギーを踏み込みで生み出し、さながら破壊鎚の如き刺突であった。

 だがアデルバートは、ただ殺させるような殺し屋では無い。破壊力に負けて仰け反りながらもマチェットを振り抜き、敵の首を斬り落そうと刃を走らせた……が、凛の首はもうその場には無かった。刃は腰を屈めた事で避けていた。

 そして、回避と同時に両足と腰を捻り型を固定。桁外れの化勁を全身全霊で練り上げ―――拳を放つ!

 

「……ハァア――――!」

 

 心臓を砕く左腕の縦拳による正拳突き。いや、彼女が身に修めた正式な名は金剛八式、衝捶(しょうすい)。中国武術を凛へ伝授した嘗ての師、言峰綺礼から習った技。その有り余る技巧には魔術による上乗せがされている。つまるところ、礼装による身体機能強化―――神経系統の加速、拳の硬化、全筋肉の瞬発力増幅。

 ―――激突。

 殺し屋は拳を避けられない。隙だらけ姿を晒した状態で避けられる訳がなかった―――が、それは凛もまた同じ。拳が激突した瞬間、ダンの右膝が胴を蹴り抜いていた。必殺を繰り出す攻撃時の隙間に、カウンターの膝蹴りを合わされた。相討ちによるエネルギーは凄まじく、両者とも背後の木まで吹き飛ぶ。それでも威力は殺し切れず、木は圧し折れてしまった。

 

「―――っ! ……ッ!!」

 

 衝突時、咄嗟にアデルバート・ダンは心肺を強化していた。同時に元々それなりに硬く、衝撃吸収性もある礼装の衣服を強化していた。そうでなければ問答無用で即死であり、相討ちの拳脚交差に持ち込むことも出来なかった。自分も攻撃する事で幾分か拳の破壊力を抑えることにも成功していた。

 とは言え、無傷には程遠い。呼吸が止まり、心臓が痙攣している。不整脈の所為で脳味噌に血流が十分に循環せず、視界がチカチカとぼやけて見えにくい。それならば、と彼は自分の心肺を強化魔術の応用で意識的に支配した。本来なら意識と関係なく動く生命活動たる心臓の鼓動と呼吸を、意識的に無理矢理動かした。その事で血は流れ、酸素が十分に全身へ配給された。しかし、心臓の一鼓動が、両肺の一呼吸が、電流に似た激痛でダンに傷の深さを訴えていた。

 

「……っち。しぶといわね」

 

 ダメージは凛の方が僅かに少ない。当たり所の違いであったが、殺し合いの勝敗とは些細なミスであっさりと傾くもの。彼女の方が損傷は小さいとは言え、通常ならば病院送りだ。内臓は破裂寸前で、少し動くだけで痛覚が鈍く震えた。治癒魔術で回復を促すが、戦闘中に完治する事はないだろう。敵の動向を警戒しつつも、今はまだ動かない方が良い。それに隙を晒しているとは言え、殺せると言う確信が無い。直感でしかないが、今自分が動くと銃撃戦に持ち込まれる予感があった。

 

畜生が(Fuck you)

 

 ……薄汚い罵倒。だが、それも当然の悪態。

 彼は時間切れを悟ってしまった。敵の魔術師を睨みつつ、弾丸を装填しておいた狩猟銃を天上に向けて発砲。

 

「―――? え、うそ……!」

 

 あの狙撃銃には弾道操作の能力がある。それもあるが、弾丸には魔力を可視化してしまう程のエネルギーが詰められている。今までの一撃よりも破壊力が高いのは魔力反応で簡単に分かるが、つまりそれは弾丸を見付けやすいと言うこと。軌道の変化も肌で実感出来る程だ。

 しかし、銃弾に警戒して辺り一帯を注意するも、弾は自分に襲い掛かって来ない。敵の動きに困惑しつつ次の瞬間、狩猟銃の一発で結界が破壊された事を理解した。彼は後一撃当てられれば結界が壊れるようにと、狩猟銃での銃撃時に結界に罅を入れていた。結界を壊す魔弾の真価が、この瞬間に発揮されたのだ。

 

「来てやったぞ、アデルバート」

 

 唐突だった。バーサーカーが、森の闇から現れていた。そして、全く同じタイミングでアーチャーも姿を現す。アーチャーに殺されながらで構わないと指示を送り、ダンは無理にでもバーサーカーをこの場所まで呼びこんでいた。アーチャーは背を向けたバーサーカーを何回か斬り刻んで殺すも、動きを止められないと悟って急いで自分のマスターの所まで戻って来ていた。

 バーサーカーの蘇生には魔力の消費が激しいが、命があればこそ。

 途中から結界外で辺り一帯を観察するようにダンはフレディに指示し、外部の情報を得ていた。どうも、森の中での情勢がキナ臭くなっている。一時体勢を整えた方が良いと彼の直感が訴えていた。

 

「マスター、ヤバいぞ。囲まれそうになってる」

 

 結界が無くなったことでアーチャーは周囲の探索を直ぐ様行った。結果として余り状況は好ましくない。リスクが多大となる狙撃対策であったと分かってはいたが、こうも悪い方向に進むとはついていないと苦笑してしまう。

 そして、凛はアーチャーと同じく警戒しつつ、近くまで来た従者と小言で会話する。

 

“で、囲まれそうって事は、実際どんな状況?”

 

“キャスターの魔物とライダーの駒と思われる兵隊共の大合戦。ランサーがその二陣を相手に大暴れ。後、あれはそうだね……ランサーとライダーのマスター同士が血泥の死闘をしてるって状況かな”

 

“……マズいわね。とてもヤバいわ”

 

 キョロキョロと橙色の左眼を動かしながら、アーチャーが返答。まるでリアルタイムで実際に観察しているような雰囲気であり、凛はそんな彼女の言葉を全面的に信用していた。そして、バーサーカーとダン、アーチャーと遠坂が二陣が睨み合う。ここから素直に撤退するか、敵が撤退する時に隙だらけな背中を討つか、あるいは戦闘を続行させるか。交差する視線で騙し合いのフェイントを何度も行う様に、敵意と殺意と剣気と狂気が混ざり合って混沌を生み出す。

 ―――ウォオン、と一瞬で世界が変色した。

 結界だ。だが、この結界はキャスターによる魔術では無い。明らかに―――宝具!

 鮮血色の魔力が空間をアメーバのように侵食し、その紅の呪詛に触れた魔力が段々と吸い取られている。空気に溶け込む大源が吸われ、キャスターが支配する結界の一区域の支配権が奪われていくのが分かる。それに魔術回路を開いていると吸収される量が増えているのをダンと遠坂は実感し、厭らしい効果を疎うように回路を閉じた。

 

「―――(クク)られた!

 士郎とも合流出来てないのに、これじゃあ最悪な展開ね」

 

 ギリギリと凛はアゾット剣を握った。隣のアーチャーは顔を思いっ切り顰めていた。しかし、彼女達二人と対するバーサーカーは笑みを深め、アデルバートは目付きを鋭く殺意で歪めた……と、緊迫した場面に空気が読めない奴が森からトコトコと歩いて来る。戦争の空気では無いと肌で感じているのか、どうも何処かしら緊張感が無い。

 

「この魔力、間違いなくライダーだぜ。よぉ、御主人? 短期決戦を狙ったのが裏目に出ちまったな!」

 

 凛には、このバセットハウンドの子犬に見覚えがある。昔、皆で時計塔での学生生活を満喫していた黄金時代、この使い魔とは知り合っていた。こう見えて、犬は魔術理論や神秘学には主人の殺し屋以上に精通しており、一般常識や科学知識にも通じている博学な頭脳を持つ。下卑だ表現に目瞑りさえすれば、自分と対等以上に会話が行える万能魔獣。

 

「フレディ……! やっぱりアンタが、私達の居場所を見付けてたって訳ね」

 

「正解っすよぉ。だって、あれだよ、美女の体臭って覚え易いんでね。ホントに嗅ぎ取るのが簡単過ぎて逆に困る位さ」

 

「体臭とか言うな! 本気で殺すわ」

 

「へっへっへっははっは! 当然さぁ、戦争なんだし殺し合わないと勿体無い!」

 

 しかし、そんな事は表面的な部分。この使い魔の一番厄介なところは、狙撃兵と組まれた時に発揮する索敵能力である。物影に隠れようとも、魔力を殺して気配を遮っても、あっさり標的を発見する。結界で辺り一帯を自分ごと隠さねば良い的に成り下がる。

 故に―――危険とは承知で結界を張った。だからこそ、今この様な危機的状況に陥っていた。

 

“ライダーだとマスター、どうする? 戦闘を続行するか、このまま四つ巴になるか、逃走して合流するか、大穴で誰かと共闘するか……まぁ、何を選択するかは任せるよ。

 それにこの結界は多分、真名は確か反逆封印・暴虐戦場(デバステイター・クリルタイ)……だったかな。主な効果は魔力吸収と敵対者の弱体化。監視していた時に見たキャスター達に使った時とは違って、今回はかなり本腰を入れて使ってるみたいだ”

 

 念話でアーチャーに迫られ、彼女は選択しなくてはならない局面に落ちる。それに余りにも詳しい説明に少々の不信感を抱き、アーチャーから漂う胡散臭さが癇に障った。

 

“合流が先よ。まず、士郎とセイバーと会わないと。その為に、とっとと城に乗り込むわ。

 ……後、その宝具を知っている訳とか色々と聞きたいから、覚悟しておきなさい。まぁ、それでも隠し事を続けるって言うならヒドいこと沢山するからね。わかった?”

 

“了解です、マイマスター”

 

 遠坂凛とアーチャーは念話にて、逃げる算段とタイミングを計っていた。あわよくば、此方に向かってくる敵をバーサーカーとそのマスターに押し付け、自分達はキャスター本陣に向かおうと計画する。更に欲を言えば、ランサー陣営を取り込みたい。それにバゼットを見捨てるのは、凛の矜持を些か傷付ける。

 

“―――だとさ、アデルバート。イヒヒヒヒッヒッヒ、中々に厄介みたいだよ”

 

“へぇ、ふぅん……?

 そりゃ確かに、今は中々ピンチだ。しかし、この聖杯戦争では中々に便利だな、オマエの念話盗聴”

 

 知られている能力と、誰にも露見していない能力がある。フレディはその便利さから、索敵能力は知人や敵対した者の多くに情報が漏れてしまっているが、その大元の能力が何かは隠し通している。念話の盗聴もその一つ。

 

“匂いで俺っちは人の感情とか思考を嗅ぎ取れるからな。ラインから漏れ出す魔力を嗅げば、まぁ、近くに居れば匂いを変換して聴覚で聞けるってこと。超簡単さ”

 

 人の心を嗅ぐ魔物。種別としてだとバーゲスト、あるいはブラックドッグに近いが、その手合いとはまた全く違う人工の魔獣。だが、魔術師視点から見る大まかな区別としては近い種族だ。

 能力の根本は魔力を嗅ぐ事。

 そこから派生し、彼は他者の感情や思考を嗅ぎ取る事が出来る。その嗅覚情報を聴覚や視覚に変換し、情報をマスターと共有する。彼本人はそこまで危険な魔獣ではないが、アデルバート・ダンと組むことで最大限自分の能力を生かす事が出来るのだ。だからこそ、フレディは殺し屋の相棒としてアデルバートが主人であると認めていた。

 

“ならば、どうするのだ? (ワレ)貴様(キサマ)に従うが、それも限度がある”

 

“ん? 何が言いたい、バーサーカー”

 

“まずはあの弓兵、我に斬り殺させろ”

 

“……構わなぇけど、嫌に拘るな。何故だ?”

 

“いや、なに……純粋な好奇心ぞ。あれは憎悪の虜である故、殺し甲斐がある”

 

“つまり……趣味か”

 

“うむ―――趣味ぞ”

 

“おお! 趣味か。じゃあ仕方がネェと思うぜ、俺っちは”

 

 サーヴァントの英霊の言葉に、使い魔の子犬が同乗する。正直、ダンもこの場で殺したいのは山々であるのだが、どうも展開がキナ臭い方向に進んでいる。

 

“まぁ、後でな。今は隠れるぞ”

 

 ライダーの宝具の結界内であると同時に、今この場所はキャスターの陣地。キャスターの結界内では太源を支配されている状態、その上で魔力の強制搾取と能力弱体化の枷が加えられる。もはや魔物の胃袋の中に等しい獄の極。

 

「―――っち。撤退するよ、マスター」

 

 右手に持っていた刀を左手に持ち替え、アーチャーは再び右手から刀を取り出した。

 

「オーケー。任せた!」

 

 二人は一気に戦線離脱。自分のサーヴァントの背後に、凛は疾走。出来ればバゼットとランサーとの共闘を視野に入れ、背後から広がる侵食結界から逃げ出した。

 その後ろ姿を、殺し屋は珍しく見逃した。

 銃弾を撃ち込むのも良いが、そうなると真正面からの戦闘となる。だが、横槍が入るこの場所で決闘をする気にはならない。乱戦で重要なのは、戦くのではなく一方的に殺す先手必勝。戦場に居続ける行為がそも愚かなのだ。真正面からの決闘をする場面とはつまり、第三陣営の邪魔が無い状況で在る事が大前提。今はまだ、その時ではないのだ。直ぐに殺せないと分かれば、また機会を待つ為に戦線を離脱するのが大事だとアデルバート・ダンは考えていた。

 

「のぅ、アデルバート。我は霊体化した方が良いかの?」

 

「やめとけ。ここはキャスターの陣地だ。多分、霊体化すれば肉の無い丸出しの魂に直接、何らかの術を掛けてくる可能性がある。対霊体用の罠も高確率であるだろうし、実体でなけりゃ直撃だ。結界の効果も、今一全部分からん。強制的な実体化なんて事も十分考えられるし、それに重要なのはキャスターでは無くライダーとランサーから隠れること。……ああ、後はアーチャーからもな。

 まぁ、バーサーカーのクラスに頼む事じゃねぇが、霊体化は避けろ。出来る限り、魔力と気配を隠してくれ」

 

 まだ、この森では致命的な効果を持つ重圧を結界は出していない。この広範囲に広がる森林の規模を考えれば、敵の位置を知覚するのと魔物の配置、それに太源の制御だけで恐ろしいレベルの能力。だが、キャスターが本腰を入れて作成した結界と考えると、それだけな訳が無いとアデルバートは予測していた。何時、何処で、どのような効果は分からないが、必ずここぞと言う戦局でキャスターが仕込んだ罠が発動するだろうと考えていた。

 これは全て、封印指定狩りで身に着いた経験則。

 少なくない修羅場を乗り越えてきた魔術師としての第六感が、キャスターの陣地全体から骨の髄から凍る悪寒を感じていた。それに殺し屋としての勘も、常に警戒しろと鐘を鳴らしっぱなしにしていた。

 

「そー言うーこった。ささ、とっとと逃げるぜ、お二人さん!」

 

 彼が尻尾を振りながら森の陰に向かって走り出す。

 

「ああ。んじゃあ、まぁ、道案内頼む」

 

「我からも頼むぞ、フレディ」

 

 魔犬の案内ならば信用出来ると、アデルバート・ダンとバーサーカーは彼に付いて行った。




 ダンの使い魔フレディの本編登場回でした。あの犬はサポート特化型の使い魔です。臭いを覚えるので、一度嗅がれると地の果てまで追い掛けてきます。彼の嗅覚は体や服の臭い以外にも、魔力を臭いとして感知します。その派生で、臭いの変化で他者の感情を察し出来ますし、ラインからの魔力を嗅ぎ、嗅覚を聴覚に変化させて念話も盗聴可能です。アデルバート・ダンが本気で魔術師を狩る時は、この使い魔とペアとなって暗殺を行う事になります。しかし、凛はフレディが魔力を嗅いでいるのではないか、と疑ったので魔力を遮断する結界をアーチャーと共に張り、目立つのを覚悟して誘い込んだって作戦でした。
 後、凛の宝石による肉体強化の魔術礼装の元ネタは格ゲーの。
 ダンの銃シリーズも色々ありまして、基本的に使っているのは師を殺して奪った教会の魔銃兼聖銃。自作の礼装である大型回転式拳銃である巨銃。鯨撃ちに使っているものを改造した狩猟銃。連続射撃が可能なソードオフの二連散弾銃。これら四つです。
 長い解説になってしまいました。読んで頂き、ありがとうございました。

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