神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 H×Hのアニメでそろそろゴンさんが覚醒する! 凄く楽しみだ。
 後、今期だと棺姫のチャイカに嵌まっています。まさか、片言眉毛っ娘があんなに凄まじいとは思いませんでした。あの眉毛は良い眉毛だ。表情も凝っていて見応えがあります。それに久方ぶりに異世界ファンタジー世界観を楽しみながら、見ていても面白いアニメでした。戦闘場面も良いですし、美味そうに食べる食事シーンがあるアニメは個人的に好きです。
 スレイヤーズ好きな自分としては、ああ言う雰囲気に浸れるアニメは好きです。久しぶりにスレイヤーズも見てみたいですね、ドラ股とか、残虐な魔剣士とか懐かしい(懐古中)


58.This life is mine

 空白の世界。まるで世界と世界の隙間に紛れこんだような、何もない真っ白な世界。

 

「―――あん?」

 

 アーチャーは刹那、少しだけ身構えた。彼女の特殊な“眼力”でやっと分かる程度だが、槍使いの鬼兵が自分の背後の地面に石のような何かを落とした。一瞬の細かい動作であって、自分の体を影にして行った何かしらの神秘の準備。敵の“真後ろ”を視界に収められるアーチャーだからこそ、その異変に気が付けた。

 数は五つ。獣の牙に見える骨に似ていて、恐竜の化石が一番近い見た目。

 

“式神の札みたいな使い魔の元に見えるけど―――おぅ? だったら、鬼の憑依元になった英霊が持っている使い魔型の宝具を、擬似的に再現した……のかな? 

 あー、あー、駄目だな。分かんねぇ。あの陰陽師様が考える事はさっぱりだ”

 

 一瞬で思考して考察を終えるが、アーチャーは正体が分からなかった。それに行動を阻止する為に突っ込んでも、援護に弓使いと剣使いの鬼兵が回るであろう。無暗に切り込めば、自分の後ろに居るマスターも危険に陥るだろう。それに、そもそもな話、アーチャーが気が付いた時には既に歯は撒かれた後であり、気が付けただけでも彼女の眼力は英霊としても狂っているのだが。

 

“―――ん……?”

 

 そして、少しだけ自分の知識に掠った事実があった。それに気が付いた。地面に落ちた獣の歯は、それ自体が膨大な魔力を内蔵している。恐竜の牙の化石に見える歯型の石は、何かしらの魔獣の牙ではないかと考えた。そこで地面に落とすことで神秘を発露する獣の牙と考えると、彼女は一つだけ思い付いた伝承があった。

 

「―――竜牙兵の複製品(レプリカ)か、あれ?」

 

 アインツベルンは人造人間(ホムンクルス)製造に特化した錬金術の魔術師大家。聖杯戦争の大元の魔術理論も、ラインの黄金に関する北欧神話系統の願いを叶える魔法の釜。日本生まれのキャスターはそもそも論外であるが、アインツベルンもギリシャ神話関連の魔術は詳しいと考えられず、使い魔である竜牙兵の使役をする位ならばホムンクルスの方がまだ自然。

 そうなれば、とアーチャーは脳裏に冷気が張り込む。考えたくも無いことを、敵がしているのではないかと気が付いてしまった。

 

「竜牙兵……? けど、それって確か、前回のキャスターがしてた使い魔の魔術だったわよね?」

 

「私もそれは記憶にある……が、アレがあのキャスターの再現とは考えられんぞ」

 

 思わず呟いたアーチャーの独り言に反応して、凛と士郎が返答する。事前にアーチャーの視線と気配で槍の鬼兵が何かしているのに気が付き、二人は思考を巡らせて―――ハッ、と気が付いてしまった。

 

「……もしかして、魔術じゃなくて―――」

 

「―――元になった宝具の複製品……!?」

 

 他の三人よりも魔術に疎いセイバーであっても、それが宝具とさなると話は別。そも竜牙兵とは、軍神アレスに仕えていた大蛇の歯を地面に蒔き、そこから生まれた人間の事を指す。神獣の守護竜から生み出された者であり、ある意味では竜の子とも呼べる生物。

 彼らは蒔かれた者、スパルトイと呼ばれた。蒔かれた歯からは多くの者が誕生したが、五人に減るまで殺し合った。そして、残ったたった五人の竜牙兵が一番最初のスパルトイとなり、その竜殺しを行った王に仕えたのだ。つまり、その宝具を使用可能な英霊はただ一人。

 竜牙兵(ドラゴントゥースウォーリアー)の伝承の始まりであり、五人の蒔かれた者(スパルトイ)の主となる竜殺しの王。

 其の真名を―――カドモス。

 泉の番人であった軍神の守護竜を殺した大蛇王。

 

「竜牙兵の主君、竜殺しのカドモス王――――――」

 

 今はっきりとセイバーは、これが自分を殺す為のキャスターが用意した駒だと理解する。竜の属性を持つ自分を殺害する為には、竜殺しの武器を準備するのが一番。

 嫌な気配が消えなかった敵の鉄槍は、竜殺しの擬似複製(レプリカ)であった。

 あの槍は本物と能力の差異があるのだろうが、どちらにせよ弱まっていても当たれば致死に近い損傷を受ける。それは間違いないと直感で彼女は判断した。

 

「あー、もう良いんすかね? カドモスさん、こっちの元ネタもろバレっすよ」

 

「―――不服か?」

 

「いーえー、別に特には。でもさ、この竜牙兵を模したオレの鎧、もう脱いでも良いっすか? なんか熱いんすよ、蒸れるし。戦闘するとさらに面倒臭くてタマンネーのなんの」

 

「駄目だ。許さん」

 

「へーへー、残念っす。蛇の王様は怖いっすね」

 

 急に喋り出した弓騎士の鬼兵。死神に似た髑髏鎧を着込む彼は、その鎧姿に似合わずとても軽薄に場を白けさせた。自分の迂闊な性格を知っているので、つい漏らして真名がバレ無いようにしてたが、その必要も無くなってしまった。

 

「やはり、人格が無いもどきのサーヴァントか。ハッ、偽物の我らの擬似宝具に相応しい結果よな……」

 

 地面から現れた戦士。本当の英霊カドモス王ならば持つ宝具・竜牙の五兵(スパルトイ)は、嘗て自分の元に居た五人の臣下(蒔かれた者)を召喚して使役する神秘。地面に蒔く事で発動するサーヴァント召喚が本質。

 召喚された臣下も宝具扱いとなるが、正確に言えば宝具の核は牙の方で、これらが臣下達の霊核となる。言ってしまえば、臣下を召喚すると言う現象そのものが宝具であり、牙はその為の原因になる道具で、竜牙兵の臣下は宝具を使った結果だ。

 ……だが、偽物に過ぎない鬼兵の擬似カドモスでは不可能。

 何故なら―――彼はカドモスではない。

 そもそも主君では無い彼では蛇竜の牙歯(ドラゴントゥース)を使う事も不可能で、さらに擬似宝具も似せただけの竜の歯に過ぎない。

 故に出現した五人の戦士は始まりの竜牙兵(スパルトイ)ではなく、限り無く近しいだけの竜牙兵(ドラゴントゥースウォーリアー)となる。肉の無い骨の戦士にしかならぬのは、道理なのかもしれない。人間の形で呼び込む事も出来なかった骨人形では、本当の蒔かれた者には足り得ない。

 

「ハッハッハ! そう気にする事じゃないさ。この肉も器も魂も、創造者の製作物なるのなら、たかが宝具で自分を貶める必要など有りはしない。

 オレのこの盾だって、そもそもオリジナル元の物でさえ無い他の英霊の宝具を、安倍さんマジックでこの左腕の上で間借りしてる訳だしな」

 

 バケツ兜の騎士が快活な笑い声で、憂鬱に悩むカドモス(もどき)を励ます。様子からだけだが、彼の大元にある憑依させた英霊は、余り深刻に物事を考えない性質なのだろう。

 

「そーっすよぉ。安倍っちのスーパーマジカルなんですから、そんなに下卑するもんじゃないっすからね。本物に勝ってる部分もありますしさぁ」

 

 弓兵の声は軽く、同じ立場の自分達に何の悲観もなかった。憑依させた英霊の気質が良く分かる光景だ。

 

「そうか。ああ、本当……仲間と言うのも有り難いな」

 

「照れるッすよ、ホント」

 

「気にするな。どうせ、オレらにはそんな程度しか慰めがないしな」

 

 そして、五体の骸骨戦士が完成した。戦士達は確かに蒔かれた者ではない。カドモス王が持つ宝具の神秘を再現した擬似宝具・牙骨の偽兵(フェイク・スパルトイ)から、偽者な槍の鬼兵だけの竜牙兵が生み出された。

 

「さて。では―――往くぞ。

 この命は自分自身のもの。ならば……せめて、我らの刹那しかない今生を、貴殿らとの戦いで彩って下され」

 

 

◇◇◇

 

 

 セイバーとアーチャーの同盟陣営が鬼兵を相手に激戦を繰り広げている中、他の組も地獄の真っ只中に放り込まれていた。

 デメトリオ・メランドリとライダーは、殺しに殺して―――鬼兵を延々と無暗矢鱈に虐殺した。

 それもこれも、キャスターの居城へ戦場を移したマクレミッツとランサー、ダンとバーサーカーを追った末の事態。剣一振りで彼は斬りに斬り、サーヴァントのライダーが自軍の兵士でキャスターの領土を塗り潰す。英霊を模していたサーヴァントもどきの鬼も、彼らは淡々と殺していたのだ。

 

「追い詰めたか」

 

「そのようだな。全く、背中から殺したい放題で楽な筈の追撃が、こうも手間取るとは実に面倒よな。

 我輩(ワシ)としては、このまま殺し合いを演じるのも一興かの」

 

 居城の中、広い空間に四組の陣営が閉じ込められていた。メランドリとライダーは戦意を滾らせるも、四つ巴状態故に手を出せずにいた。

 何もない一辺約2kmもの広大な立方体空間。光源が一つも無い完全な暗闇。

 メランドリが魔術で灯りを作り出していなければ、1cm先も見えなかった。彼らが嵌まった中でも最悪だった先程の罠のような、空気ごと吸引して敵を招き入れる真空状態が保たれていた部屋に比べればマシだが、それでも辛いものは辛い。

 

「笑わせてくれるな。そう言うお前らも、閉じ込められた口じゃないかよ」

 

「……――――」

 

 アデルバート・ダンは遠坂凛と衛宮士郎の同盟を崩す為に、ここまでやって来た。しかし、鉢合わせした敵陣営との戦闘により、城の中へ入りキャスターの居城を利用しようとしたが……まさか、これ程の異界であるとは想像も出来ていなかった。 

 主の背後にいる狂戦士は黙ったまま、少しでも敵に動きが有れば身構えている。それ故に、主であるダンは戦力的な余裕を前にして平然な態度を保っている。本音を言えば、脱出手段もあるのだが、こうも他に敵がいると行動に移せないでいた。

 

「全員、同じ境遇と言うことですね」

 

「そうみてぇだな。こうなっちまうと、場が白けて戦場の空気じゃなくなっちまうぜ……ったくよ」

 

 バゼットとランサーに変化はない。彼女は平時の殺し合いと同じ様に、その場でおける自身の最善を行うのみ。逆にランサーはマスターの意思を尊重しながらも、こんな上等な死闘相手を前に黙っているのが辛い。この聖杯戦争で召喚された願望が、目の前に吊るされてお行儀良く待つのは自分らしくないと感じていた。

 

「この状況でこの始末。とばっちりも良い所じゃないか、マスター。こんな事態に陥るのって、そうとう星の巡りが悪いんじゃないか?」

 

「うるさいな、アヴェンジャー。こっちだって、この巻き込まれ体質は直したいんだ」

 

 そんなこんなで、少しだけ場違いな主従。綾子は溜め息を吐き出し、アヴェンジャーは愉快であると目隠しをした顔で口元のみで笑みを作った。

 森で魔物を殺し、探索を進めていたのは良い。けれども、ライダーの綿密な奇襲と、バーサーカーの狂化による強襲が最悪のタイミングで合わさり、まるで導かれるように居城まで来てしまった。むしろ、あの不自然さを考えれば、キャスターの誘導に騙されて此処まで来た可能性が高い。アヴァンジャーと自分が城に入らざる負えない状況を作り、まんまと招き入れるのだろう。そして、確信であるがライダーはその不自然さを知った上で、キャスターが用意した今の戦場で敵を積極的に殺しに来ており、ある意味ではキャスター以上にこの場では最悪の怨敵でもあった。

 

「―――フム。大事である。ここは休戦にするべきぞ」

 

 ……なのだが、狂戦士なバーサーカーは、この場の誰よりも理性的な判断を下した。

 残虐な策士である戦略家と、剣に生きる斬殺狂い。骨の髄まで戦闘狂な大英雄と、封印指定執行者の撲殺魔。化け物を衝動的に殺戮する死神と、戦場を住処にする腹黒い盗賊。加えて、自分のマスターは殺人を日常的に生業とする常識が欠けた殺し屋だ。

 そんな連中を相手に、一番狂ってそうなバーサーカーがその提案をする。永遠の狂気を飲み乾した報復王が、こう言う場面で一番頼り甲斐が有った。そんな事実を前に、一同全員が唖然とした表情でポカーンと一時停止した。

 

「あー、まぁ……バーサーカーだってこう言っているんだ。だから皆さん、こんな所で殺し合ってもキャスターの思う壺だろ。

 だったらさ、せめて脱出するか、キャスターを討つまでは協力しないか?」

 

 誰もが思っていても、先に口を出す事を嫌がった提案を綾子は切り出す。

 

「……綾子。思い切った事を言いますね。しかし、この場での最善はそれなのかもしれません」

 

「オレは構わない。バーサーカーも反対する気はサラサラないしな」

 

 バゼットとダンの両者に反対は無かった。殺し合う為に必要ならば、戦争は敵同士で協力することもあるのを知っている。

 よって、根は殺戮者とは言え、表面上は温厚なアヴェンジャーは特に反対意見はない。ランサーも主人に反対するつもりは微塵もなく、バーサーカーはそも自分から提案した話なので了承も何も無い。

 

「……―――」

 

 だが、分かっていても敵を斬りたい。メランドリは単純にその為に、この場所で剣を振いたい。

 

「糞垂れな状態になった。拒否したくも、流石の我輩(ワシ)らでも三組を敵に回すのは骨ぞ」

 

 ライダーが視線だけで魂を握り潰しそうな悪鬼羅刹の顔になるが、それも一瞬。臨機応変な対応こそライダーの真骨頂とは言え、根本的な戦略を一時的に変更しなくてはならないのは屈辱の極み。

 蹂躙し、略奪する相手と肩を並べる。

 これ程の苦行が、略奪者に在る訳がない。奪い取られれば、奪い返せば良いが、僅かとは言えど情が湧く様な事はしたくはない。彼は自分の事を極悪人であると認識していたが、身内に対して甘い人間であると知っていた。それが弱点だと理解していた。

 

「言うじゃねぇか、ライダー? ハッ、そんなにオレ達と組むのが気に食わないのか?」

 

「余り舐めた台詞を吐くな、ランサー。敵であろうと、味方であろうと、戦力分析を見間違う我輩だと思うか?

 こちらは貴様らの案を了承する。

 ……それで構わんな、メランドリ?」

 

「――――――………………ああ」

 

「ははは。これはまた随分と嫌そうな態度だな、おい。聖騎士様は異端を殺せないと不服みたいだ」

 

「アデルバート・ダンか。貴様のことは知っている。その名とその銃、貰い物だろう?」

 

 茶々を入れたダンに対し、無表情だが以外にも好意的な態度でメランドリは接した。先程まで殺し合っていたが、そもそも二人にはその事さえどうでも良いらしい。

 気に入らない者は罪悪感なく殺せ、殺すべきなら誰でも殺す。

 共通点はそれだろう。そして、デメトリオ・メランドリはアデルバート・ダンと彼の銃の事を良く知っており、その人物の知人であることも共通する観点。

 

「へぇ、そうか―――気分が悪くなる。お前、あの男の知り合いか?」

 

「そうだ。其の名の元になったアデルバート・ダンの元同僚だ。奴を討ったのは―――貴様か?」

 

「ああ。殺してやったぞ、容易くな。オレにとって養父代わりの屑さ。ゴミのような男だった……だから、ゴミみたいに死なせたんだよ」

 

 メランドリには昔、殺し屋と同じ名前の同僚が居た。その人物は聖堂教会を抜けてしまい、それ以来連絡が一切無かった。しかし、何時の頃からか、魔術協会の封印指定執行者で銃を使う同名の男の噂を聞いた。その人物の名がアデルバート・ダンであり、このアデルバート・ダンの育ての親となった代行者と同名の男。

 そして、同名の人間が二人も居る不可思議。それは至極簡単な話だったが、この殺し屋が殺して名前を奪い取ったから。

 少しだけ知りたかった。殺しても死なないような奴とは思っていたが―――自分が育てた者に殺される何て、如何にもアレらしい結末でもあった。

 

「成る程。奴の子であるのか。ならば、まぁ……良かろう。

 ―――ライダー、ここから先は君の好きにしろ。(オレ)は口出しせん」

 

「……面倒事はサーヴァント任せか。だが、その手の雑務は我輩(ワシ)好みの作業。巧くあの憎たらしい術者を出し抜いてこそ、戦で命を奪った時に感動が得られる言うものよな」

 

 一か八かの単独行動よりか、生存率の高い群れによる攻略戦線。

 

「とは言え、我輩らが一致団結し、城の蹂躙する。このような事態になることを、あのキャスターが想定しておらぬ訳が存在せぬ。

 ……臭うのぉ。ここから先は誠悪しき策謀が待ち構えていると見て、間違いはないぞ」

 

 そんな簡単なことをキャスターが策に組み込んでいない訳がない。あれはキャスターのクラスや、魔術師云々と言う問題以前に、他人を自分の作戦に巻き込むのが巧い。加えて、失敗しても幾通りも次善策が有ると見て良かった。

 

「しかし、構わぬか。思考の読み取り合いは、嫌いではない」

 

 ライダーにはキャスターが如何に巧妙で、外道であろうとも根本的な部分で見抜いている。だが、此方が相手を見抜いていることに、相手が見抜いている事に気が付かれているのも、はっきりと察せられていた。

 ……問題は、其処よな。と、彼は楽しそうに惨酷な笑みを浮かべ、馬の毛のように力強く少しだけ長い顎鬚を撫でた。宝具の自軍は領地に仕舞っているが、直ぐにでも展開でき、今の装備も整えているので万全。ゆったりとした王威の衣の下は、実用一辺倒の皮鎧に、その他多数の武装を隠して身に付けている。接近戦も遠距離戦も集団戦も、宝具とスキルで対応可能。

 

「まずは、此処からの脱出でありますが―――アヴェンジャー。貴方であれば容易いですよね?」

 

 アヴェンジャーを知る者であれば、この質問は当然と言えば当然。バゼットは既に知っている事。彼からすれば、魔術の結界で作られた空間遮断など濡れた薄い藁半紙と同じだ。結界の境界を“殺”して、外部に出るなど出来て当たり前。

 

「出来ると言えば、出来るけど……対策が立てられてるよ。結界の境を切っても、次の瞬間にはまた違う境界で括られて、結界を維持されてるんだ。

 例えるなら、内側から卵の殻を破って外に出ても、出た瞬間にそれよりも大きな殻で囲まれてる。この世界は正真正銘、無限に続くループ現象。空間と因果を自動的が繰り返されてるし、その次の奴は今の境界を殺さないと生まれても居ないから、纏めて皆殺しに出来なくて出られないんだ」

 

「―――……あー、マジか?

 オレのマスターから聞いた話じゃあ、アヴェンジャー。オマエの眼はバロールの親戚に当たるんだろ? それでも破れないってことはだよ、この城は人造の異界ってことになるぜ」

 

 ランサーは出身から、死を司る魔眼にはある程度の知識がある。恐らくは、人類史上最も神殺しに近い神の眼であり、アヴェンジャーの魔眼はその領域に辿り着いている。いや、もはや魔眼などと呼べるモノでは無い程に、英霊の座の中でさえ頂上に位置する神秘と化していた。

 よって―――その宝具と渡り合える神秘を持つキャスターは、既に狂った神秘の塊であった。

 現代ではなく、神話の時代の中においても、更に特別な神秘の担い手であった。あの男の能力はもはや、そう言う異次元の領域に突入した神域と言うことだ。

 

「それで正解さ。キャスターの適性も持つアンタなら、ここの狂いっぷりが俺よりも分かる筈だ」

 

 確かに、その場凌ぎで罠を殺す位は出来る。真空部屋、猛毒の沼部屋、酸の滝部屋、諸々の脱出にアヴェンジャーの魔眼は最強の盾でもあり、脱出の為の鍵にもなった。

 しかし、根本的に結界を殺す事は不可能。理由は簡単、結界の境を殺しても、その境界が同時に上書きされる為。その結界の上書き機能を殺せれば楽なのだが、それをアヴェンジャーの視界に映らないように細工されていた。

 

「結論を言えば、結界を破壊し続けるしかない訳か。面倒ぞ。だが、故に、これ程まで確実な手段は他にあるまいて。

 まぁ、それに――――――」

 

 硝子の窓が割れたような高音。耳を切り裂く嫌な軋む音が空間全体を伝播し、遥か高い虚空に巨大な孔が穿たれていた。

 それを見たバゼットは九年前の既視感に襲われた。同じではないが、同じ様な物を見た錯覚を覚える。確か、あれは、聖杯によって世界に孔が出来た時だろうか。この孔は違うが、それと良く似ていて、とても嫌な予感に身を震わせてしまいそう。

 

「―――あの狂ったキャスター(ペテン師)が、我輩(ワシ)らの行動を容易く許す訳もないだろうがな」

 

 ライダーが言い終わると共に、何か巨大な存在感を持つ物が出現する。圧倒的な質量を誇り、絶望的なまでの魔力が視覚化する程の波動で伝わって来る。魔術師であれば優れた第六感でその生命体の規格外さに畏怖し、恐怖し、絶望し、死を覚悟する!

 それ程の魔獣―――いや、幻獣を越えた神獣の具現であった。

 

「ただの大蛇にあらず。翼無く飛ぶ蛇とならば……竜種かの?

 フム、魔神と巨人の息子たる世界蛇(ヨルムンガルド)に良く似ておる。弱点も似ておるのか、否か……我では見ただけでは分からん。

 誰か、分かる者はおるか?」

 

 それは巨大な蛇であった。まるで巣穴から出て来た蛇に見えたが、あの巨大な宙の孔に匹敵する太さを持つ蛇竜だった。バーサーカーが世界蛇と呼ぶ理由そのままの魔獣である。生物として規格外な巨体を持つその生き物は、何の不自由も無く身をくねらせながら浮遊している。大きさから見て浮いていると客観的に見えてしまうが、実際の速度はかなりのものが出ているのだろう。

 バーサーカーは北欧出身の王族。故に、知識として蛇の竜が如何なる神秘を持つか理解していた。分かった上で尚、不死の今の己であれば恐れる必要もなく、確実に呪い殺せる武器も手元にある。時間は掛かるが殺せない事も無い。

 

「ただの竜ではなく、あれは種別としてなら神域の龍ですね―――恐ろしいことですが」

 

「―――ただの(ドラゴン)じゃない……!

 確かにあれ程になれば、多神教における神霊に等しい神秘じゃないか。あたしもあんなのは初めて見るぞ」

 

 バゼットと綾子は一目で敵の桁違いさを認識し、これが自分達を纏めて始末する為に用意した“兵器”の一つなのだと理解した。見ているだけで魂が吹き飛びそうな錯覚。並の人間ならば、いや並の魔術師でも逃げるとか、生き残るとか、そう言う思考させ放棄する圧倒的絶望が広がっている。

 

「蜥蜴ではなく蛇の龍となれば―――ほぅ。中華に伝わる東洋の龍に近いか。いや、むしろ雰囲気としてであらば、伝承の複合体と判断すべきなのだろうが……まぁ、殺せば良いだけの話よな」

 

 彼らがドラゴンの正体を詳しく判断出来なかったのには、理由があった。元々の触媒として選ばれたのは、カドモス王を鬼へ憑依させた時に得られた情報にあった宝具の一つ、竜牙の五兵(スパルトイ)の召喚に使う歯であった。

 だが、軍神アレスの守護竜である大蛇を呼ぶには、現世の魔術ではそもそも不可能。

 強大過ぎる神秘が存在する事に耐え切れず、大き過ぎる権能が神の生存を世界全てが許さない。神秘の濃度が薄れたこの世に居るだけで、神霊の類は自分自身の権能に耐え切れず消滅する。逆に竜をサーヴァントのように召喚する宝具であれば、現世での顕現はまた別なのだろう。宝具の神秘があれば、込められた概念に沿った神霊の具現も可能となろう。だが、魔術による神秘では限界があり―――キャスターからすれば如何とでも誤魔化せるルールに過ぎなかった。

 サーヴァント化した英霊のように、現世でも十全に機能する宝具のように―――その神秘を世界へと適合させた。泉の番人であった大蛇を、キャスターは足りない部分を自分の陰陽術で補い、多神教の龍に近い竜を創造した。

 故に、ドラゴンは龍でなく、竜としても不完全。軍神アレスの蛇竜でもなく、混ぜられた因子の所為で正しく魔獣、幻獣、神獣全ての属性を持つ陰陽の蛇と化した。

 

「そうか……そういうカラクリか。この空間は世界から切り離し、あの膨大な存在を維持する為だけの―――俺達を処刑する為のギロチン台。

 ハ! 世界一つを舞台装置にする何て、随分と大盤振る舞いするもんだ」

 

 殺人貴が気が付く。彼は龍の死が、空間に亀裂が走ったような死の線と点と、連動していることを察した。

 そして、龍に死が有る事に勝機を“視”た。いや、彼は死の点を視認出来た時点で、この龍が「龍足り得ない竜」だと正確に理解した。

 龍の神性とは自然から派生したもの。だが、元の触媒は泉の大蛇の歯である軍神アレスの守護竜。模した英霊の情報を触媒にした所為で、ツギハギが多い欠陥品を、自前の陰陽術で修正したツケ。その歪みによってアヴェンジャーは死をあっさり見切り、神秘と言う観点でも隙のある怪物となる。

 

「―――アヴェンジャー。その“魔眼(宝具)”で何が見えた? 是非、この我輩(ワシ)に教えて欲しいものよ」

 

「―――ライダー。アンタの“軍勢(宝具)”ならば、この程度の魔物に苦戦することもないだろう?」

 

 冷酷な視線でアヴェンジャーを射抜くライダーだが、口元は笑みのまま。確かに、絶対の火力があろうが、強大な防御を持とうが殺しようは十通り以上も頭の中にある。一番効率良く、最も成功率の高い策もある。とは言え、そのどれもに死の危険が十分に含まれる。

 しかし、一番都合がいいのは回りの英霊と魔術師を利用すること。

 

「良いよ、アヴェンジャー。教えてやんな。こんだけ英傑が揃えば、竜殺し何て朝飯前だけど、其処の皇帝様に頑張って貰おうじゃない?」

 

 綾子にとって、ある意味ライダーは信用出来た。頭脳戦を本領とし、集団戦に強く、自分自身も中々に戦えて戦争に向いている。何でもでき、どんな相手でも立ち向かえる。そして、冷酷無比で自分に忠実。戦略に秀で、様々な戦術を学んでいる。効率的で、近道を好み、手段を選ばない。

 故に―――分かり易い。

 効率的であると言う事は、はっきり言えば思考回路が捻くれていないと言う事だ。どのタイミングで裏切るのか、何時何処で共同戦線を破棄するのか……裏を読むのが不可能ではないのだ。つまり、戦場を経験している美綴綾子にとって、ライダーのような人種は見慣れている鬼畜外道。無論、英霊であり規格外な発想もしてくるのだろうが、方向性が理解出来ない事はない。

 信頼してはいけない。背後を預けてはならない。忘れてはならぬ事を覚え続ければ、利用し合え、ここぞと言うタイミングで先手は取れなくとも、死ぬ事はない。そして、そう思考していることも相手にバレていると想定し、戦場の要素を組みこんでいく。彼女にとって、ソレが日常で、当たり前な心構えである。

 

 “ほほう。戦術家の眼よ。だが、戦略家の我輩(ワシ)と騙し合うと言うか、魔術師”

 

 ライダーは確かに目先の任務を全うする為の戦術は、戦争全体を運用する為の戦略と比べえば余り得意ではない。しかし、長期的な、それこそ聖杯を捕るまでの道筋を作り上げる手腕は、第六次全サーヴァントの中でも確実に最強だった。

 この場面で勝とうが負けようが、死ななければ策は万全。

 ……それに、戦術家としても彼は弱くはない。英霊の座の中でも最上位に位置する怪物だ。戦略家として天賦の才を持つが、長い年月を生き戦術家としても大成した。戦って、戦って、知識と経験を得て、敵と味方と一族と自分の血で戦争そのものを習得した。彼は勝つ為に誰よりも先を考えに考え、死力を尽くした。野望の為に生き苦しみながら足掻き、あの時代の戦場で誰よりも―――その在り方が強かった。

 

「わかった。了解したよ、マスター。だけど―――説明するのは戦いながらになりそうだ!」

 

 アヴェンジャーの言う通り、悠長に話していられる状況は終わった。遂に、あの竜の視線が此方に向けられた。悠々自適に浮いていたのが嘘のように、大蛇は牙が揃った口を広げて視線を下げた。

 まるで、地面を這いずる蟻になった気分。巨大な生物に睨まれ、自分達が小人と化した嫌な錯覚。

 ―――戦闘が始まる。

 聖杯戦争では異例な、英霊と魔術師たちによる竜退治が始まったのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

エミヤシロウ(アーチャー)コトミネジンド(アヴェンジャー)に、ギルガメッシュ()の写し身か……」

 

 殺しに殺し、士人とアサシンは鬼兵を殺し尽くした。憑依元になった英霊―――エミヤシロウ、コトミネジンド、そしてギルガメッシュの三体。

 だが、自分のことは自分が一番良く知っている。加えて、エミヤとギルガメッシュの弱点と戦闘方法も知っている。更に言えば、此方には殺しを極めたアサシンが共闘してくれていた。

 

「強かったが……は! それだけの雑兵でしかなかったな」

 

 旨い甘い美味いと血を啜る。敵の弱さを嘲りながら、アサシンは楽しそうに血を味わっている。偽物とは言え、神の血を引き継ぐ者の血液。味わった事のない芳醇な甘さと程良い苦味を有していた。偽ヘラクレスよりも旨いかもしれない。

 血でベトベトになった黒衣と、全身に濡れる赤い血液。血のシャワーを浴び、血液風呂を楽しんだ後の吸血鬼のように、アサシンは恍惚として表情で微笑んでいた。

 

「俺が言えた義理ではないが、所詮は中身の無い模倣。物真似の手品で負ける程、鍛錬不足ではないからな」

 

 宝具の雨嵐を、士人は一人で捌いた。全て弾き、逸らし、自分自身の魔術で撃ち落とした。たった一人で三人の軍勢を相手に攻撃を凌いだのは、代行者としても異常極まる強さの証。

 ……そして、突如として世界が割れた。

 まるで硝子をパリンと粉砕したかの如き亀裂が空間に走り、黒い孔から三人の人影が姿を現す。

 

「―――久しいね、代行者。彼是ニ年ぶりってところか?」

 

 全身を骨の如き鎧で包み込み、黒いサーコートを付ける女騎士。いや、背負っている剣の大きさから、騎士と言うよりも物語から出て来た狂戦士の悪魔みたいな威圧感を持つ。そして、黙っている大剣のクノッヘンはその場にあるだけで、敵に死のイメージを与えた。普段はお喋りで雰囲気台無しなのだが、何故か今は沈黙を保っているのだ。それが逆に不気味でもある。

 そして、鎧と言えども細身な軽装。仮面と兜が一体化したような髑髏防具を左手で持ち、完全武装をしてはいなかった。剥き出しの頭部がまだ、彼女が本気で戦闘形態に入ってない事を示している。

 

「エルナスフィールか。確かに、久しぶりと言えばそうなのかもな。だが、初対面であったあの時よりも俺は年を取った。

 ……十も超えていないお前では分からんかもしれないが、余り遠い記憶では無いぞ」

 

「へぇー、そうかいそうかい。いや、ま、んな事はぶっちゃけ如何でもいんだけど」

 

 エルナは少しだけ士人と会った時を思い出す。確かあれはそう、第五次聖杯戦争が終了した一年後くらいであったか。

 不完全に終わった第五次の後始末と―――それの余波で早期開始される第六次の準備。

 邪悪にニヤニヤと楽しそうに会話する神父らしくない監督役の青年と、眉間に皺を寄せて要求を受けざる負えない屈辱に怒気を出すアインツベルン当主ユーブスタクハイト。後、無表情で情報を聞いているだけのツェツェーリエと、興味無さそうに右耳から左耳に流す自分の姿。勿論、自分達二人がその場に居たのは、アインツベルンにおける最高戦力である為の護衛の役があった為。初対面の時はそれで終わり、何年か経った後に数度か外の戦場で(まみ)えた程度。

 

「止めて下さい、エルナ様。その男と会話を致しますと、お綺麗な脳の皺に濁った汚れが溜まります。そのような薄汚い雑務は、メイドのワタシにお任せを」

 

「酷い言われ様だな、神父。凄く面白いぞ……」

 

 大量の血を飲む為に、仮面を頭の上に一時的に置いているアサシンが、血に濡れた美貌をうっすらと歪めた。気味が悪くなるほどの不健康な蒼白い顔色を、血化粧で色鮮やかな魔の赤色で飾る表情が似合うのが逆に恐ろしい。

 

「……で、そこのメイドとやら。貴様がこの度の聖杯か?」

 

「さて。正直に応える気にもならない質問です。死んでお綺麗な心を持ってから、是非あの世から出直して下さい。

 もっとも、生前が暗殺者なアナタに言っても意味はありませんが」

 

 黒衣のアサシンに対して、ツェリの衣装は対象的。真っ白なメイド衣装と大鎌なのは相変わらずだが、両腕両脚に細い白色の鎖を巻いていた。それも掠っただけで肉が抉れ取れそうな有刺鉄線。本来ならば腕に巻いた時点で皮膚が穴だらけになり、血塗れになる筈だが、ツェリは四肢が義手義足。生身の常識など通じない。

 

「おや、聖杯ですか? 成る程、成る程。この戦争のカラクリを知っているのですか、アサシン?」

 

「聞いた事は知っておるぞ。聞いていない事は知らんがな」

 

「実直な女性です。生前は教師でもしていたのですかねぇ」

 

「聡い男だ。殺し甲斐がある」

 

 キャスターの考察は正鵠を射ていた。確かにアサシンは生前、数多の暗殺者の師として呪術を学ばせ、暗殺術を伝授した。中でも幾人かのハサンの地獄の天使(ザパーニーヤ)は、このアサシンと共に開発したモノでもあった。

 

「否定はしない、と。騙し合いもしませんか。こっちの土俵に上る事もしないとは、いやはや。どうも苦手ですかね」

 

「私にとって敵は、この場で殺せるか、今殺せないなら何時殺せるか。この二つ程度だ。その点、貴様は殺し難そうで良い敵だ」

 

 そうキャスターに笑みを浮かべて、アサシンは仮面を被り直した。

 

「暗殺者とは思えないですね。今も影から姿を出し、暗殺を全うするには程遠い有り様。それで戦争する気があるんですか?」

 

「―――無論。

 そも、最善の手で殺せてこそ暗殺者。警戒網が厄介な平時より、周りを巻き込んだ戦時の方が殺せるからな」

 

「……ま、否定はしませんけど。隠れてコソコソされるより、今の方が嫌らしいですし」

 

 気配を消して此方の暗殺を狙っているアサシン相手ならば、陣地内に限定して先手を取れる。キャスターはその自信があり、アサシンは暗殺者として殺しが失敗して殺される確信がある。それならば、今の様な状況を選ぶ方がより暗殺者らしい戦法であると言うもの。正面切っての殺し合いに自信がない訳ではないのだ。

 

「はぁ、これはまた面倒なサーヴァントです。自信過剰な暗殺者であれば、あっさりとケリが付けるんですけどねぇ」

 

「そんなハサンは存在せんよ。我らは自分の死に様は常に意識している。殺せない相手ならば、殺せる状況を作り出す。

 基本中の基本だ。

 守れん者は即、死んで殉教者となる。貴様のような警戒心の高い者を、立てられた対策ごと破り殺してこその暗殺。故に我らはアサシン足り得るのだぞ」

 

「ハハハ! その割にはお喋りな暗殺者です。ほら、首はここにありますよ?」

 

 時間稼ぎ。このアサシンが行う動作には全て理由がある。直ぐ様、姿を現した自分達を殺しに掛らないのは、それに理由があるから。キャスターは彼女がしたい事が見え見えで、アサシンが自分の行動を見抜かれても構わないと考えた駄目元で動いているのも分かっていた。

 もっとも、アサシンもアサシンでキャスターにバレていると分かった上で、自分の行動に付き合うだろうと考えてもいたのだが。

 

「困ったな。私程度の話術では、時間稼ぎが見え見えであるか。百の貌のような器用さは死んでも得られんかったな」

 

「百の貌……と、言えば―――ああ!

 はいはい。あれですね、第四次のアサシンですね。この城で死んで染み込んでた残留思念にいましたね、そんなの。まぁ、便利なスキルだけ式神に利用させて貰いましたよ。物量戦と諜報活動は私の術の方が使い易かったですし。記録を読み取りましたが、いやはや。中々に可哀想な奴らでした。

 ……まぁ、兎も角。貴方の時間稼ぎも付き合ったのは理由があるんですよ。とは言え、主な話相手は其処で魔術回路を練って抹殺を企んでる神父さんにですが」

 

 既に投影武装を空間へ発現位置を投射し、全て引き金を引く寸前まで準備していた。士人は見抜かれていた事を気にせず、まるで気にしていないと不気味に笑みを浮かべてキャスターを視た。良く動作の一挙始終を見逃さずに観察した。

 

「ほう。それで?」

 

「同盟ですよ、同盟。どうです、私達アインツベルンと組みまして、聖杯を別けませんか?」

 

「―――は……」

 

 鼻で笑ってしまった。意識的にしか表情を作れない士人であるが、理論的に思考した末に、相手がとことん自分とアサシンを罠に嵌めたがっているのだと肌で実感した。何が何でも殺したがっているのだと、理解出来たのだ。

 受け入れようが、断ろうが、そのどちらにも罠がある。

 言峰士人は分かってしまったし、アサシンも相手の悪辣さを生前の自身の所業から悟れた。

 

「……その雰囲気は、そうか。お前、本物のキャスターか。と、なると、其処に居るマスターとメイドの二名も本物か」

 

「正解ですよ。凄いですね、見ただけで私の式による実像幻像を見抜けるとは。この馬鹿騒ぎが終わりましたら、私の弟子になりませんか?」

 

「すまんな。これでも遠坂家門下の魔術師だ。偉大な陰陽師相手であろうとも、師の期待を裏切る理由にはならないさ」

 

「そうですか、残念ですね。で―――返答は?」

 

 生きるか、死ぬか。其の返答を。そもそもな話、この“キャスター”が勝ち残り聖杯を使用しなければ結末は同じ。人間一人残らず、滅んで消え去る運命である。それを抜きにしても、断れば結局、どう足掻いても第六次聖杯戦争で聖杯は「手に入らない仕様」になっている。

 キャスターやアインツベルンには当たり前な常識で、言峰士人とアサシンもそれを理解していた。

 

「断る。お前ならば呪われた聖杯を完全に制御出来るのだろうが―――それに興味はないからな」

 

 もっとも、分かっていても其処に価値はない。

 

「―――へぇ。知っているのに何故でしょうか?

 この度の聖杯戦争、私以外で聖杯で願いを叶えられるサーヴァントはそもそも皆無ですよ。最初からアインツベルンの出来レースなのです。神話の腕前を持つ魔術師か、あるいはその手の宝具がなければ、あの聖杯は悪意に満ちた方向にしか願望器として機能しないと言うのに」

 

 そもそも第六次聖杯戦争は、インチキな代物なのだ。もし正当に願いを叶えるとなれば、キャスター・安倍晴明のような術者以外に、呪詛で染まった聖杯の魔力を浄化して使用出来ない。悪神の魔力を純粋な魔力として利用出来る手段がなくば、人類を皆殺しにする為だけ大量殺戮兵器。

 アインツベルンはそれを知っていた。別に世界が滅びても第三法に辿り着ければ良かったが、自分達がしてきた過去の所業と隠し事で失敗してきた事を数十年掛けて漸く理解した。例えサーヴァントであろうとも、協力者として有能な者でなくてはならない。マスターもただの傀儡人形や余所者ではなく、強い戦意と自我で戦場を生き残れる本物のアインツベルンの魔術師でなくてはならない。

 一度、原点回帰した彼らの結論は、つまり―――呪われた聖杯を嘗ての聖杯として正攻法で勝ち取ると言う愚直な作戦。そこで、用意したのがこのキャスターであった。彼の日本において最強の一角であり、尚且つ呪詛の聖杯を完全制御出来る並の魔法使いよりも恐ろしい魔術師の英霊。最弱のクラスでありながら、聖杯戦争史上最強のサーヴァントの一人と化す圧倒的な神秘の担い手。

 

「構わん。呪われていても、別に問題はないさ」

 

「……成る程。そうですか、成る程―――成る程! ハハハハ、成る程そう言う訳ですか!!」

 

 そのアインツベルン最強のキャスターが笑った。それは嘲笑であり、憐憫であり、共感であり―――相手に対する称賛の笑みであった。

 片手で持つ数枚の術符を扇みたいに広げ、口元を雅な仕草で隠していた。

 

「呪われているのですね! 身も心も、人でも魔でもなくなっているのですね!

 確かに神父、貴方であれば聖杯に宿った悪神の呪詛など如何とでもなる。壊れている貴方であれば、世界など滅んだところで感傷も得られないでしょう。

 むしろ―――自分の所為で滅ぼせる程度の世なら、滅んでしまって構わない」

 

「一応、滅ぶに済む策はある。まぁ、失敗したら、それはそれで構わないと考えているのは確かだ」

 

 アインツベルンで死んだ嘗てのアヴェンジャー。キャスターはそれから式神を作り、その相手が言峰士人と言うこの度のマスターである事も知った。

 ならば、敵の情報を得る事は重要な任。彼は欠片も躊躇わず、士人の過去を僅かに暴き出し、その人間性と人格を知ることが出来た。それ故の同盟の誘いであり、それ故に断られた事にも納得出来た。

 

「ほーら。言った通りだったじゃねーかよ、キャスター。あんなバケモンが私らの提案に乗る訳がねぇし」

 

 溜め息を吐いたエルナスフィールは右手で大剣を構えながら、その髑髏兜を深く頭に被った。瞬間、魔力が解放された所為で彼女の存在感が爆発的に上昇。

 其処に存在するのは、完成された髑髏の騎士。

 分厚い鉄板に見える巨大な魔剣(クノッヘン)を一度振って風を斬り、黒衣(サーコート)に魔力を通して殺意を剥き出しにした。左腕の義手と右眼の義眼が完全に解放され、エルナは既に吸血鬼を上回る神秘の塊と化している。

 

「エルナ様にワタシも同感です。アレに我々の言葉が通じるとは、とてもではないですが考えられません。逆に、彼らの意思もワタシ達に通じる事はありません。

 ……結局、誰も彼も魔術師なのです。

 聖杯戦争とは最初からそうあるべきです。

 そうでなければ―――勝ち残って願望を叶えても虚しいです」

 

 エルナもツェリも根本は、士人と同じ空虚な泥人形に過ぎない。鏡を覗き込むように、互いの在り様が伝わって、お互い殺し合う事に躊躇が生まれない。

 自分で始めたからには、自分で終わらせたい。

 エルナの望みは魔法の担い手となり、自分が生まれた理由と価値を知る為に。ツェリの願いはただただエルナス様が望むが儘に。自分で決めたを戦場が終わるまで、あるいは死ぬまで降りる気はない。

 ならば、この怪物(言峰士人)を前にしても、自分達(エルナとツェリ)が怪物に成り果てても戦い抜くだけだ。

 

「―――……と、言う訳さ。

 姉さんや兄さんにも言いたい事があるし、諦めてた父さんも見付けることが出来たしね。ホント、あの爺の言う事を聞いて、態々こんな糞面倒なアインツベルンのマスターになった甲斐があったぜ」

 

 キャスターが作り出した居城の本当の主君―――エルナスフィール・フォン・アインツベルンが遂に殺したかった相手の前に立った。

 求める者は多くいる。死んだと思っていた姉が生きていた。あの義理の兄も参戦しており、何より父が―――あの衛宮切嗣が甦っていた。これ程の僥倖は有り得なかった。アインツベルンの森の中で姿も確認出来た。

 そして、邪魔者はただ一人。この代行者、言峰士人こそ諸悪の根源。

 母であり、姉でもあるイリヤスフィールが死んでいたと偽装した張本人であり、第五次聖杯戦争を狂わせた元凶。エルナはそのことを冬木に来ることで初めて知った。また、あの正義の味方が実は、父親の義理の息子であったことも理解した。アインツベルンでは衛宮士郎の事を、正確に知らされず記憶出来ていなかった。だが、嘗て戦場で出会ったあの男が自分の家族であったことを、此処に来た事で彼女は初めて知ったのだ。

 

「お前は殺すぜ。この城に入った時点で―――出口なんて存在しない。此処から生きて帰るとは思うなよ、お二人さん」

 

 エルナの台詞を聞いて、士人は朧気に想像していた予感を確かにした。この城の異常性が、敵の強さの秘密へと勘付いた。

 キャスターが陣地作成のスキルと宝具で上げた生贄の祭壇に死角はない。並の宝具を軽く上回る神秘の大安売りは嘗ての王様を士人に思い出させ、今まで集めたキャスターの情報から確信を得た。敵の宝具の真髄に辿り着いたのだ。

 

「……やはり、そう言うカラクリか。可笑しいと思っていた。

 何故、魔術で宝具(エクスカリバー)に対抗出来たのか。何故、この城が固有結界の亜種にまで完成させたれたのか。

 キャスター、お前―――魔術が既に宝具になっているな?

 例えば、今その手に持っている術符。有している神秘の濃度が桁違いだ、宝具の魔力に匹敵する程だぞ」

 

「―――フフフ。怖いですねぇ、貴方」

 

 だが、奥の手がバレたと言うのにキャスターは余裕な態度を崩さない。何故なら、この宝具は露見したところで意味がない。むしろ、何処にも弱点がない万能型。

 宝具の正体を示す真名は―――陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)

 これはキャスターが作成した符を宝具として扱う能力。どのような効果を持つ符であろうと宝具の特性を宿させる事が可能であり、符に印された術を宝具化して使用する。これは陰陽師として数々の伝承を残してきたエピソードの具現であり、彼が身に収めた術理そのものが宝具に相応しい伝承と化していた。

 つまり、この宝具の真髄は、自身の陰陽術を宝具化する事による神秘の強化。

 クラススキルの陣地作成も道具作成も、この宝具によってスキルの領域を大きく逸脱している。加えて、固有スキルで持つ陰陽術も更なる進化を遂げている。

 ただでさえEXランクと化している陰陽術のスキル。それが、宝具によって強まるなど悪夢を越えた何かとなっていた。

 

「しかし、バレた所で痛いところは別にないんですよね。これが」

 

 彼は魔術師のサーヴァントの中でも、魔術ではなく呪術に区別される陰陽術を使用する為、三騎士の対魔力を無効化可能な有卦なキャスターだ。だが、それが他のサーヴァント達に対するブラフであった。

 本当は単純明快な話、自分の術が宝具になる事で対城宝具にも拮抗する怪物。正真正銘、神霊の領域にある大魔術。対魔力がEXランクに至ろうとも、このキャスターが殺せぬ騎士は存在しないと言う訳だ。

 この場に第四次でバーサーカーと戦ったセイバーがいれば、まるでランスロットの魔術師版とでも思っただろう。彼が持つ武器が全て宝具になるように、キャスターが放つ術は全て宝具へと概念が繰り上げされているのだ。

 

「安倍晴明。確かに、日本最強の陰陽師と謳われる英霊の宝具に相応しい。加えて、隠し事も好きみたいだ」

 

 士人が得た今までの経験則から言って、キャスターの手がそれだけではないのは明白だった。もし奥の手の一つを晒したとなれば、更なる奥の手を隠し持っている。あの男はその類の策謀家だと、神父は分かっていた。宝具もそれだけではないと確信していた。

 

「さぁて、さてさて。それはどうでしょ―――」

 

「―――お喋りは終わりだよ、キャスター。敵を殺せ。私もあれは直ぐ殺したいんだ」

 

「……了解しました。ま、ネタばれも程々にしておきますかね」

 

 エルナの言葉にキャスターは頷いた。この手合いとのお喋りは大好きだが、此処は戦場。魔を殺す退魔師の本領を発揮する晴れ舞台。それに敵から情報も得られ、此方の伝えた方がいい情報も自然に教えられた。

 使用する陰陽術全てが宝具だと確信している相手。騙し易いのだろう。知られている程、自分達には使い易くなる策がある。事実、彼の宝具がそれだけな筈が無い。一つを事柄を警戒する者ほど、他の奥の手で葬れる。手が宝具だけだと勘違いしてくれていれば猶の事だが……それは相手も同じ条件だとキャスターは知っていた。

 油断した方が先に死ぬ。慢心した瞬間に騙される……!

 

“対策を立てるのでしょうが、無駄です。味合わせて上げますよ、私が鍛えた術理の意味を―――”

 

 キャスターの本当の強さ。それは見るコトと知るコトと創るコト。真名が露見した程度で敗北したと囀る二流とは格が違う。自分の欠点も武器にして、初めて英霊が集う戦争を勝ち抜く事が出来るのだと、キャスターは正しく理解していた。




 最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
 アインツベルン攻略戦線編もクライマックスになりました。キャスターの異常な強さの秘密の一つが、陰陽術の術符を宝具化する宝具でした。これはランスロットの宝具と同系統になる魔術師版になります。スキルと宝具でコンボする英霊って、何だか能力がステータス化されるサーヴァントっぽくて好きです。
 カドモス王ですけど、あれはアインツベルンにあった触媒と聖杯システムを利用して、高性能だけど自分の魔術回路に耐え切れずにいた廃棄寸前のホムンクルスを使ってドイツから持って来た式神の鬼です。英霊の情報に汚染されてますが、大元の人格は無色透明なホムンクルスのものです。他のニ体も英霊憑依型人造鬼兵となります。チートにも程がありますけど、これにも理由付けしていますので、しっかりと後の展開で明かせるようにしていきたいです。

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