神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 チャイカが可愛い。略してチャイカわいい。
 赤いのも良いですね。久方ぶりにアニメからラノベに手を出しました。
 そして、ダークソウル2で玉葱が揃わなくて発狂しそうです。狂戦士マラソンで鍛えた忍耐力じゃ耐え切れないかもしれません。後、透明化指輪で気が狂いそう。後一歩のところで死んだ時の絶望感が、気力全てを奪い取ります……


59.Liner’s SOUL

 その轟音は二度目の破壊の音色。空白の世界において、音源は自分達と敵兵だけの筈。しかし、まるでエクスカリバーで空間を抉った時と似た異常事態が世界に発生していた。

 (ひず)みより浮かび上がるのは、数多のマスターとサーヴァント達。

 余りにも巨大な蛇竜の脳天を魔槍で串刺しにしているランサーと、竜の血肉を軍勢で削ぎ落して弱らせていたライダー。虚空の大孔より、神話で再現された地獄絵図が出現する。

 

「―――うぉ! 今この場でライダー(略奪王)ランサー(光の御子)か。やってらんないよ、本気で。もう手一杯だっつーのに。

 それにアイツらがいるって事は、マスターもワンセットってことでしょうし……」

 

 立ち上がる黒煙。過剰運用(オーバーヒート)してしまった左腕の義手から煙を出しながら、アーチャーは橙色の左眼“だけ”をギョロリと動かす。右目はそのまま眼前の敵を視ているのに、彼女は平然と違う風景を視界に収めているらしい。

 そして、彼女は左腕を振り上げ―――カドモス王を模した式神の首を片手で折った。

 コキリと鈍く痛ましい音。サーヴァントにも匹敵する魔を握力だけで、アーチャーは容易く殺害した。周りには無惨に破壊された傀儡人形の残骸が落ちており、白骨が白い大地に散乱している。まるで巨大な物体に高速で体当たりされた様に、あるいは内側から爆散された様に、木端となって死んでいた。

 

「あー。凄く痛いんだよな、クソ」

 

 無理が祟ったのか、左眼から血を流す。武具を持った右手で黒帽子を抑え、彼女は楽し気な笑みを浮かべた。その姿が余りにも邪悪で、アーチャーが着る黒衣が悪夢に出てくる怪物みたいに不気味な気配を放つ。だが、一本に纏めた白髪が帽子の影から出ているのが逆に、可愛らしさも出ていてアンバランスだった。

 

「痛いなぁ、ほんと―――身が引き千切れそうなまでイタイな」

 

 そして、アーチャーは視界に居てはならぬ者共を見た。彼女が想定していた予定よりも早い段階での遭遇で、それが僥倖。

 バーサーカー、ホグニ。マスター、アデルバート・ダン。

 アヴェンジャー、殺人貴。マスター、美綴綾子。

 アサシン、ハサン・ザッバーハ。マスター、言峰士人。

 そして、キャスターのサーヴァントである安倍晴明。そのマスター、エルナスフィール・フォン・アインツベルンと、エルナのメイドであるツェツェーリエ。

 役者が揃い、舞台が整えられる。

 アーチャーは頃合いを見計り―――空中に銃火器を幾つも展開。式神と戯れるのも此処までで十分だと、冷徹な思考で彼らを殺すと決断した。

 まずは、剣の鬼兵。大元は恐らく、第一次から第三次までの間に召喚されたセイバーのサーヴァントだと思われる英霊。真名はローラン。剣はデュランダルの贋作であり、盾は違う伝承の英霊の宝具の模倣。アーチャーは自分の知識から、その盾の能力がギャラハッドの十字盾でないかと予想。

 よって、この鬼兵はローランを元にした式神と想定。加えてセイバーの発言もあり、ギャラハッドの盾の宝具を加えた複合憑依体だと思われ、並のサーヴァントを遥かに超える強大な力を有する一体であり―――脳漿を銃弾で撃ち抜いてしまえば、そんな考察も無用の長物と化した。重機関銃の多重交差攻撃により、秒間に数千と言う攻撃にさらされたのだ。大盾で弾丸で防ごうとも殺気を膨張させたセイバーを気にした隙を狙われ、防御の合間から撃ち殺された。

 

「……アーチャー―――!」

 

 仲間を皆殺しにされた弓の鬼兵。真名は恐らくオリオン。彼は余りに悲痛な雄叫びを上げ、アーチャー目掛けて矢を一瞬で十数発も射るも―――届かない。一矢も彼女の肌を掠ることも有り得なかった。軌道を不自然に歪められ、矢は虚空へ流れて消えた。

 ニィ、と邪悪な笑みを帽子の影でアーチャーは隠す。

 しかし、そのあからさまな悪意を隠し切る事は不可能。

 セイバーと士郎の剣戟。そして、凛の魔術攻撃を避け切った先にあったのは―――アーチャーが仕掛けた弾丸の群れ。それも時間差を付けた銃弾の檻で、銃を撃つと言うよりも鉄砲玉を空間に置いているような技量。

 

「んじゃ、これで終わりっと」

 

 死んだと思考する間も無く、弓の鬼兵は頭蓋を砕かれた。どういう理屈か鬼は分からなかっただろうが、彼は避けたと油断したアーチャーの銃弾が突如として直角に曲がり、それを反射で避けた直後に撃ち殺された。士郎が放った投影宝具の矢が、見事に敵の脳味噌を地面に撒き散らしたのだ。

 確かに、彼ら鬼兵の擬似宝具は強力だった。

 剣の鬼兵が保有するローランが持つデュランダルと、ギャラハッドが持つアリマタヤの十字盾。

 槍の鬼兵が保有するカドモスが持つ竜殺しの鉄槍に、竜牙兵の大元であるスパルトイの召喚。

 そして、弓の鬼兵が保有するオリオンが愛用していた神の祝福を持つ獣狩りの大弓。

 もっとも、それら全てをアーチャー達は攻略した。簡単とは決して言えぬが、偶然ではない必然の流れとして駆逐した。

 

「―――お見事! いやはや、本当に皆さんお強いですね」

 

 パチパチパチ、と嫌味な間で高く鳴り響く拍手。音の発生源はキャスター。背後には白骨鎧を着込むエルナに、有刺鉄線で身を固めるツェリ。

 それを、その場の誰よりも不機嫌に士人とアサシンは睨みつけていた。

 他の者は分からないが、この二人は先程までキャスター陣営と戦闘を行っていた。しかし、その結果として今はこの状況となっている。つまりは、勝てなかったが負けはしなかったと言う事。それも明らかに敵は手を抜いていた。

 

「へぇ。こりゃまた随分と大量だ! ドラゴンをぶっ殺した後だってのに、直ぐにまた相手がわんさか居やがるぜ。

 よぉ、バゼット。此処から先、どうするんだ?」

 

「知りません。流れに任せましょう」

 

「ハ! そりゃアレか、誰と戦おうがオレ次第ってことか」

 

「……少しくらいは相手を選んで下さいね」

 

 クルリ、と赤槍を一回転。刃に付着した竜の血液を飛ばし、ランサーは好戦的な笑みを作る。貌が力強く勝手に笑ってしまう。視線の先に居るのはキャスターであり、他の陣営が向ける敵意の中心でもあった。

 

「まぁまぁ。殺し合いは一旦中止しましょう、ランサー。他の方々も戦争なんて、何時何処でも出来る人の営みじゃありませんか?

 と、言う事で私の話、聞きません?」

 

「構わんぞ。この我輩(ワシ)を納得出来るのであれば、何でもほざくが良い」

 

 どうやらライダーとメランドリは様子見を決め込んだ様だ。ライダーは理解していたが、キャスターは蛇の龍と殺し合っていた我らと、この場で何者かと争っていたセイバーとアーチャーの陣営を鉢合わせさせ、敵同士の乱戦にしようと画策していた。

 だが、キャスターの手駒であったドラゴンはライダーにジワジワと甚振られ、メランドリに鱗を剥ぎ取られて全身の肉をなます斬りにされ、よじ登られたバゼットの鉄拳で目を潰され、ダンと綾子の砲火で焼かれ、バーサーカーの猛攻で骨を砕かれ、殺人貴に命を幾つか消され―――ランサーが脳天を突き刺して止めを刺した。

 そして、ランサーがドラゴンを殺した直後に部屋が崩壊し、この空白の何も無い結界に投げ出された。この地平がない白い世界は空間閉鎖による螺旋平原であり、この城の空白地帯。城内部の様々な部屋は概念的に、この空白に括られた内部にある事となる。つまり、此処は一番城の外側であり、境界を見切れられるのであれば、城から脱出可能だと言う事。

 また、キャスターらが居た部屋もまた、崩壊してしまった。キャスターが放った術式の圧を、士人とアサシンが迎え撃った影響により、彼ら全員が弾き飛ばされた。そして―――この場に城に居るサーヴァントとマスターの全てが揃った。

 

「勢揃いですね。まぁ、話し合いをする為とはいえ、大分ハシャイでしまいましたかねぇ……ハハハハ」

 

「―――キャスター。貴方は式神ではない本物のようです」

 

 尋常ではない殺気と剣気。練り込まれた王気(オーラ)と殺意。セイバーは一般人が肌で触れられるまでの威圧感を放出していた。それも一瞬で意識を失わせ、脊髄に刃を突き通す如き圧倒的な存在感。

 ……一目で誰もが理解していた。

 彼女は心の底から本気で激怒している。

 それも感情を撒き散らすモノではなく、溜めに溜めた激情を一点に集中している。つまるところ、思考は冷たく静かなまま―――心の内は、どす黒く煮え滾っているのだ。

 

「おっかないです。こんなに恐ろしい王様ですと、こっちも色々と準備した甲斐が出てくると言うものです。ほら、この私が作った遊園地は楽しかったでしょう?」

 

「――――――」

 

「セイバー」

 

 無言で一歩踏み出した。鎧を鳴らし、更に一歩踏み込んで突撃する瞬間、それを士郎が呼び止めた。

 士郎がキャスター達の出現に冷静でいられた訳は他の人物の出現にあったが、その動揺は無理矢理にも抑え込んでいる。気がぶれると隙を晒し、他の参加者に撃ち殺される。遠坂凛も同様で有り得ざる人物を見てしまって硬直する寸前まで追い込まれていて、強引に表面上は常の儘に保っているだけだった。

 他の参加者たちはまだいても良い。

 あの神父や聖騎士、殺し屋は良い。

 だが何故、居てはならない彼女と死んだ筈の男が、あの“二人”が並んでこの場所に存在している―――!

 

「要件は何だ?」

 

 内心の動揺が出ないように間接的な質問を士郎はした。

 

「流石、正義の味方殿。決断が早い上に効率的ですね。まぁ、そう言う事でしたら、さっくりと伝えてしまいましょう」

 

 興味な無さ気なアーチャーと、事の成り行きを観察する凛。ダンは周りの人間全員の隙を窺っており、バーサーカーは無言で剣を握り締めているだけ。ランサーも取り敢えず、不意打ちは好まないので話だけは聞いてやろうと戦意を収め、バゼットは全ての人間を観察中。アヴェンジャーと綾子も似たり寄ったりの反応である。

 つまり、良いから話せと全員が視線で訴えていた。しかも、最初に手を出し難く状況を整えたキャスターの手腕に呆れながら、見事に膠着状態になった現状を理解していた。もう闘争の空気では無くなってしまった。

 

「まず、この度の聖杯でありますけど―――皆さんが知っています様、我々が保持しています。

 代々聖杯戦争における優勝賞品はアインツベルンが用意してるので、まぁ……この陣営を狙うのは聖杯戦争の常道なのは当たり前。攻め入って来たのも分かります」

 

 ふむふむ、と何に納得しているのか分からないが、キャスターは楽しそうに演説を続けている。人前で話すのが好きなのかもしれない。その後ろで眠そうにしているエルナと、微動だにせず待機しているツェリと対照的であった。

 

「ああ、はいはい。何故そんな事を、と言う疑問にも後で答えますので。其処、殺気立たない。そこでフェアじゃないと思いますので言っておきますけど、アインツベルンの聖杯は冬木の何処かに隠してあります。この森かも知れませんし、街の何処かにあるかもしれません。あるいは何かに擬態させていたり、もしくは我々の誰かなのかもしれませんね。まぁ、ぶっちゃけ今回は普通に杯の形にしてますが。

 それで、その聖杯なのですけど―――呪われています。

 使うと人類が滅びます。基本的に願いは叶いませんね。

 原因はアインツベルンが行った第三次における悪魔の召喚らしいです。実際、呪詛を確認出来ましたし、量と質を考えますと星一つ滅ぼす何て簡単に可能でしたね」

 

「……………………――――――」

 

 ある程度の事情を知っていた士郎と凛も、唖然とした表情を浮かべていた。事情を知っている者もキャスターの暴露に驚いているのに、事情を知らぬ者からすれば驚愕を越えて理解不能な事態に陥っていた。

 

「まぁ、叶うには叶うのですよ。しかし、その願望は悪性の手段によって叶えられます。例えますと、そうですね……世界平和を願えば、諸悪の根源である人類を皆殺しにして、この地球を平穏な世界にします」

 

「―――ほぉ。それはまた、皮肉が効いた願望器よな。我輩(ワシ)が侵略に使う兵器としてならば、存分に良い結果を出してくれようぞ」

 

 ライダーが呟いた。そして、その言葉は全員の耳に響き渡った。普通であれば、そんな聖杯で願いを叶えようと思わないだろう。望みを託す気になりはしないだろう。

 しかし、この略奪王にとって、悪徳や邪悪もまた人間の姿。

 大陸を荒らしに荒らし、殺戮を引き起こした始まりの蹂躙皇帝であるライダーにとって―――呪詛に汚れている程度では戦争を辞める気になどなりはしない。

 

「でしょうね。人殺しの兵器としてでしたら、人類史上で最高の性能を発揮してくれますよ。言ってしまえば、何でも出来る万能の大量殺戮兵器。現代文明の最大火力を誇る核弾頭が玩具になりますしね。戦争でも政治でも、とても頼もしい武器となります。良い所に気が付きますね。

 流石は建国の大英雄―――チンギス・カン。

 人間たちの纏まりである最大集合単位である国家を、その身一つで作り上げただけはあります」

 

 ライダーは自分の真名がバレている事を全く気にしていなかった。キャスターの陣地で宝具の解放したのだ。理解されない方が可笑しい。だが、自分の真名を他の陣営にバラすとなれば話は別となるのだが……他の者共にも、彼の真名は宝具の能力から候補の一つとして漏れていた。やはりと言う確信だけで、驚いている者は余りに居ない。

 居ないのだが、真名がチンギス・カン。

 モンゴル帝国の基礎を一代で零から作り上げた建国者であり、島国の日本で言えば歴史的に珍しい侵略国家の一つ。知名度の補正もかなり高く、何より―――英霊としての格が圧倒的なまで高位の存在。何せ、数多の伝説や伝承とは国に伝わる物語であり、その大元の国家を生み出した建国の祖たる大英雄。

 

「当然だぞ。これがあれば、我輩(ワシ)の代で帝国を完全な形に出来たのだがな」

 

 話だけ聞けば、ライダーにとって聖杯は都合のいい兵器。制御出来れば、受肉した上で現世に己が帝国を再建出来る。考えただけで楽しそうで、既に頭の中で世界征服の為の戦略を考え練っていた。

 ……それに、支配するのはこの星だけではない。

 受肉し、寿命から解放されたとなれば、永遠に現世を遊べる。数千年数万年と言う年月を掛ければ、あるいは異星文明も侵略できるかもしれない。人類の文明を己の手で成熟させ、宇宙へ飛び出す事も夢では無くなる。彼は自分の夢物語を現実に出来る確実な能力を持ち、そうやって大陸を支配した覇王なのだ。

 

「ライダー……貴方は、こんな人殺しの道具に願望を託せるのですか?」

 

「貴様こそ、何が気に入らぬのだ。騎士王よ、その手に持つ聖剣と、その呪われていると言う聖杯。その両者に一体どのような差異があるのだ? うん?

 ……違いなどな、何処にも無いのだ。

 どちらも殺人を至上とし、担い手の我を通す為の道具だ。

 貴様も我輩(ワシ)も、此処に居る皆が―――一人残らず同族の人でなしではないか。呼吸をするように当然の事として、他者から“様々なモノ”を奪い取って生きて来た略奪者であろうて。呪われていようが、呪われてなかろうが、聖杯である時点で等価のガラクタよ。便利な道具に過ぎんのだ。

 もっとも、キャスターのその言葉が本当であれば……の話だがな」

 

 そんな風にキャスターを信用していないような言い回しだが、他の者の反応から事実であると確信していた。ライダーにとって他人の心情を読み取る事など、朝飯前の簡単な日常的思考。それが出来なくば、あの草原の世界で生き残る事など出来る筈も無い。

 

「本当ですよ、本当。何でも“この世全ての悪(アンリ・マユ)”と言う悪魔らしいですよ。東洋宗教的に言えばマーラ・パピヤス、西洋宗教的に言えばサタンとでも言ったところです。

 拝火教の悪の親玉を召喚したらしいですど、失敗して出て来たのは結局、生贄に捧げられ呪われた一般人。英霊の座には数多に居ますけど、一般的な歴史や伝承を持たない人物。まぁ、その男の魂そのものが悪で在れと願われていた所為で、聖杯は呪いに染まり、今になって本当に悪神が内側で固まって生まれようとしているんです」

 

「間抜けよな。アインツベルンと言う魔術師共は無様だ。

 まぁ、そも、この事を知らぬのは我輩(ワシ)らと他には……ほぅ。バーサーカーらにアヴェンジャーらかの。程度によりけりの様だが、他の者共は聖杯が呪われている事を知っておったのか」

 

 ライダーはどうやら、この聖杯戦争がただの出来レースだと知り、アインツベルン陣営以外にも呪われている事実を知っている者と、そうでない者を反応から把握した。

 

「―――関係無いね。その……悪神の呪詛だったっけ? 別にそれ、まだ本物の悪魔に完成って訳じゃないんだろ?」

 

「ま、それはそうですけど―――……ほほぉ、成る程。確かにアヴェンジャー、貴方でしたら原因だけを“殺せる”可能性がありますね。

 確率は流石に分かりませんけど、聖杯を壊さずに悪魔だけを消す事も不可能じゃないのかもしれません」

 

「ああ。生きているのなら―――神様だって殺すさ。聖杯から生まれる悪神も例外じゃない」

 

 何の為に殺人貴(アヴェンジャー)は召喚されたのか、これは誰にも分からない。だが、現代の英霊であり、年代的に死んだのと殆んど同時期。

 彼は落ちた真祖を殺したと言う。

 星に墜ちる朱い月を殺し、魔に堕ちた愛する姫君を殺し、強まり過ぎた自分の魔眼に殺された。

 マスターである美綴綾子は情報として知っていたし、何より―――夢でアヴェンジャーの過去を垣間見ている。この男であれば、真性悪魔さえ殺し尽くした過去を持つ殺人貴ならば、聖杯に潜む悪魔の死さえ見抜けるのかもしれない。

 

「同感ですね。魔に屈するなど陰陽師にとって有り得ませんし、たかだか生まれる前の悪霊風情に負ける理はありません」

 

 キャスターと同じ例外のサーヴァント。つまり、聖杯の魔力を無色のまま扱えるジョーカー。

 

「―――不快ぞ」

 

 バーサーカーはこの度の戦争のカラクリに気付く。聖杯はアインツベルンから奪い取れば誰でも使えるが、それを正常な手段で用いる事が出来るか否かは、話がまた別。

 自分は勿論、マスターであるアデルバートに手段はない。

 とは言え、この二人はそこまで大した願望を持っている訳ではない。戦争が出来れば、それで満足出来る人格の持ち主故、おまけの優勝賞品がツマラない物としって落胆しただけ。……いや、呪われた聖杯となれば、それはそれで愉快に思えて手に入れたいと考え始めていた。

 

「だが、我の諦める理由にならぬ。必要ならば皆殺し、勝つのみよ」

 

「それはそうだ。折角の戦争を降りる訳にはならないからな」

 

「……うーむ。あれですよ、こっちの陣営に下ればですけど、正常な聖杯を少しだけ使わせても良いですよ?」

 

「撃ち殺すぞ、陰陽師。オレとバーサーカーに狂気を捨てろと言うか」

 

「同意ぞ。貴公は信用ならぬ」

 

「あらま、残念です」

 

 口とは正反対に、嬉しそうな顔でニヤニヤと笑っている。表情がありありと今の彼の心情を表していた。アデルバート・ダンとバーサーカーが引き込めればそれで良かったが、出来ないなら当初の予定通り殺すだけ。

 

「他に私らに下るのは居ないんですかねぇ。聖杯をまともな状態で確実に扱えるのは、この私のみ。アヴェンジャーも私と同じ条件持ちなのでしょうけどね、イレギュラーが起きれば魔眼で殺せない可能性が出ますよ?」

 

「バーカ。誰があんたみたいなペテン師の言う事を聞くもんですか。まず、誠意を見せなさい」

 

 小憎たらしく態々相手を怒らせる挑発だった。凛も凛でキャスターにはイラつきを隠せないでいて、そんな彼女を見抜いて罵倒されたのに楽しそうに笑うキャスターは、本当に何処までも異質なサーヴァントだった。

 

貴方方(あなたがた)もそうなのですか?」

 

 視線の先に居るのは凛の他に居る三人。士郎とセイバーとアーチャーだ。

 

「貴様も殺人貴もどっこいどっこいだがな。だが―――あの男がサーヴァントとして甦ったとなれば、それはそれで話は違ってくる」

 

 セイバーとアーチャーは反応せずに無言なのだが、士郎は違った。彼は矛の先をアヴェンジャーに向けた。あの死神がサーヴァントとして召喚された事は驚いたが、そのマスターが美綴綾子であったことも同程度の衝撃を受けた。

 

「―――何だ、正義の味方。と、言うよりもアンタはあれだ、こんな時でも俺をイラつかせるね」

 

「そうか。だが―――貴様を見た時は、心臓が止まるかと思った。しかし、どうやら情報通り死んでいた様だ。サーヴァントになって化けて出て来た訳だ。

 しかし、ふむ……意外だぞ。

 良くも厚顔無恥に美綴のサーヴァントになれたものだ。彼女の左眼を奪い貌に傷を残し、左腕を奪った張本人だろうが」

 

「綾子。なんでこんな場所に居るのか、わたしに説明して頂ける?」

 

 凛と士郎にとって、美綴綾子の参戦は許し難い事実。第五次の真実も詳しく語っておらず、聖杯が呪われている事も知らない筈だった。

 しかし、よりにもよって彼女が殺人貴をアヴェンジャーとして召喚し、この第六次聖杯戦争に出現した。

 バゼットも綾子の参戦には驚いたが、士郎と凛も同じ思い。ただバゼットはキャスター討伐における乱戦に彼女が来るだろう事は予測していたので、今となっては思う所は無いのだが。

 

「あたしも参戦は偶然なんだ。このアヴェンジャーの召喚も、殺人貴の手で刻まれた死の傷が触媒になってしまったってだけだし。

 けれど―――聖杯を欲したのはあたし個人の意思さ。

 ま、こうなってしまうと、それもアヤフヤになってしまうよ……ったく。遠坂と衛宮が居る事はわかってたけど、まさかこんなに面倒な事態になるなんてね」

 

 アヴェンジャーの偵察で凛と士郎を確認出来ていた。しかし、綾子は二人の前に姿を見せず、殺人貴であるアヴェンジャーを連れて行くこともしなかった。

 それは何故か?

 答えはあっさりとしたものだった。

 単純に彼女は戦争を戦い抜きたかった。自分自身の為に、挑まれた闘争を降りるなど在り方が許さない。二人に協力する理由も、戦いを辞める理由も無い。それが彼女の聖杯戦争で敵を殺す理由で―――そも、令呪を宿した時点で逃げることなど出来ないと分かっていた。自分がもし何が何でも聖杯を欲するとなれば、敵となる可能性がある人物は絶対に殺す。普通に効率的に考えれば、そう思考するのが当然。

 当たり前と言えば当たり前な理由から、いざという時の為にサーヴァントも結局は必要。

 なので―――彼女は此処に居る。

 死んだ筈のアヴェンジャー(殺人貴)が存在するのも道理であり―――必然。

 偶然は存在しない。あるのは、原因から生じる結果のみ。

 

「けれどさ。いざ、こう言う自体となれば話は別かなぁ。ホント、せめて言峰を叩きのめす位はしておきたかったのに」

 

 第六次聖杯戦争中に姿は確認出来なかったが、綾子には確信があった。あの神父が必ず戦争に参加していると。

 ならば、と士人を自分の手でぶっ飛ばしておきたかった。

 敵対する事は不本意ではなく、むしろ僥倖。絶好の機会。

 この様な馬鹿騒ぎになってしまえば、闘争を行わないで済む道理はなかったのだ。サーヴァントが最後の一人になるまで現れないとなれば、殺し合わずに居ることなど不可能。綾子は自分から参戦した戦場を降りる事は有り得無く、召喚した英霊も聖杯の為に最後まで諦める事はない。身内同士や同盟関係であろうと、最後の最後には結局、サーヴァントが一人になるまで殺し合わねば、戦争は終わらず聖杯は得られないのだから。

 ……まぁ、もっとも、聖杯にそれだけの魅力がある品物であればの話であったが。

 

「美綴、お前は本当に図太くなったな」

 

「おいおい。あたしを最初に鍛えたのはあんただぞ。そりゃ、図太くもなるさ」

 

 戦略的に、人前に出る事は避けたかった。しかし、序盤でキャスターに燻り出され、バゼット・フラガ・マクレミッツとアデルバート・ダンに姿を見せた時点で、正体が露見してしまった。となると、前提として隠れるのは得策ではなくなり、自分を狙って来たキャスターを騒ぎに乗じて殺せれば上々。

 そんな魂胆で敵の居城に乗り込んで、結果的には今の状況となった訳であった。

 

「ランサー、貴方はどうですか? 下ります?」

 

「ふざけんじゃねぇ。オレを仲間にしてぇんだったら、闘いで殺してから言いやがれ!」

 

 バゼットも自分のマスターに全く以って同感である。それに聖杯は自分の手で壊そうと考えていたし、ランサーも自分の目的に賛同してくれている。それにこう言う状態となれば衛宮士郎、遠坂凛、そして愛弟子の美綴綾子と同盟を組む事も可能。とは言え、折角の強敵と仲間になるなんでランサーは良い顔をしないだろうな、と彼女は内心でどうしようかと悩んでいた。

 また、言峰士人の扱いについては悩むまでも無い。

 善からぬ事を考えていなければ、こうして彼が参戦などしていないだろうとバゼットは思っていた。なので、取り敢えず顔面を殴ってから考えようとしていた。第五次から九年経ち、精神も驚くほど成長し続けたのだが、こう言う単純明快な部分は変わらなかった。

 

「ですよねぇ……―――はぁ。返事は芳しくないと分かっていましたけど、こうも連敗ですと凹みます。

 セイバーとアーチャーはどうですかね? 聖杯とか欲しいですか?

 そこそこの願望でしたら、サーヴァントを皆殺しにする必要もありませんし」

 

 期待はしていない。前回の参加者である衛宮士郎と遠坂凛が召喚したサーヴァントだ。自分の話に動揺していない態度を見れば、そももそ聖杯に興味が余りないと判断した。聖杯戦争に参加していようとも、そう言う聖杯に固執しない者も居るだろうとキャスターは考えていた。

 

「当然―――答えは否定です。断じて否。

 呪われた聖杯を破壊し、戦争をこの度の第六次聖杯戦争で終わらせます」

 

 よって、セイバーの返答は予想通り。しかし―――

 

「アタシはどっちでも。まぁ、同盟云々はマスター次第さ。聖杯にも興味は然程だし、特に勝ち方に拘りがある訳でもないし。

 けど、ウチんところのマスターは聖杯の破壊を所望してるんで、お断りします」

 

 ―――アーチャーは違うらしい。

 彼女にとって聖杯に関心がないのだと、キャスターは考えられた。どうも、目的が他にあるみたいだ。

 ライダーのように聖杯が呪われていても関係無い者や、バーサーカーのように後悔や無念さえ無い本物の狂気に委ねているのではない。ランサーのように戦争における闘争そのものが目的でもなく、アサシンのように身が捩れる程の強烈な渇望を抱いている訳でもなく、セイバーのようにある種の使命感や正義感で動いてはいなかった。アヴェンジャーのように、生前にやり残した事がある訳でもない。

 あれは―――絶望だ。

 他のサーヴァントは己に対する死後の報酬がある。ある種の後悔や無念、理想や願望、引き継がれた狂気と欲望だ。ライダーに至っては生前の続きをする為に未来を欲し、便利な道具の一つとして聖杯を狙ってさえいる。キャスターとて己の研究欲と、退屈な“座”から抜け出して現世を楽しむ為に死闘へ身を投じている。

 キャスターは土地に施した術式によって、魂にある記憶を限定的に引き出していた。それによって、サーヴァントやマスターの人格や性質を理解していた。得られた情報の中でも一番異質な人物が、このアーチャーたる女なのだ。

 

「それはそれは。まぁ、断れるとは考えていました。私は無駄は嫌いですけど、娯楽のような楽しい徒労は大好きです。馬鹿騒ぎも面倒事も嫌いではないんですよ。

 ですので、貴女には是非とも我々と組んで欲しかった。

 その霊格の歪み―――何となくですけど理解出来ましたよ。

 アーチャー……いや、抑止の守護者よ。

 貴女はそこのアヴェンジャー(殺人貴)や、土地の記録で視た第五次のアーチャー(エミヤシロウ)と違って、本当に救いようが無いんですよね」

 

「ふーん。そっか、バレるか流石に」

 

「伝承にありませんからね、あんな戦い方をする者は。それに未来で発生した通常の英霊と言う可能性もありましたけど、様子から見て正英霊でも反英霊にも見えませんでしたし。

 私は人の魂が“視”えまして、その者がどんな属性と性質を持つのか分かるんですよ。

 神霊との混血、魔獣との混血、竜種との混血、鬼種との混血。肉体に宿る様々な因子も見れますし、西洋の魔術師風に言えば霊体にある魔術回路も確認出来ます。

 そこで、フと疑問が湧きました―――」

 

 言葉を区切ったキャスターは、怖かった。笑みを浮かべて、じっくりとアーチャーを観察していた。

 

「―――この私が、英霊の霊格を理解出来なかったんです。

 他のサーヴァントは基本的に霊体ですし、幽霊は私の専門で解析は楽でした。英霊として、どんな種別と性質を持っているのか簡単に分かりました。なのに、巧く解析出来ない。正しくアーチャーと言う名のサーヴァントは、私にとって正体不明のお化けです。視えているには視えていますけど、知識の中に無い珍種で判断に困る訳です。

 ……そうでありました。

 この城で詳しく視れましたので、もう疑問は解けましたけどね。真名の正体を知る為の材料も、偶然にも乱戦によって揃いましたし。ソレと貴女を比較すれば一発でした」

 

「あー、そっか。そう言う事を言いたい訳か、アンタ」

 

 アーチャーは相手の考えが読めた。何故、態々こんな面倒な解説をするのか分かった。

 

「その通りです。私と組めば、まぁ……現世での願い程度は叶えられると思いますよ。願望の詳細ははっきりと分かりませんけどね。何となくでしかないですが、何を考えているか想像は出来ます。

 死んだ後も苦しくて、救われない。

 地獄の方が極楽なその絶望を―――聖杯で取り除きたいんでしょう?」

 

 つまり、勧誘の為。キャスターはアーチャーを手に入れようとしていた。

 

「否定はしない。アンタと協力して叶うと言えば、そりゃ叶うさ。けれど、アンタはやっぱりズレてんだ」

 

「生粋の抑止力である貴女は、その化身でしかない筈だと思うんですけど? まだ、普通にアラヤと契約した守護者の方が良い立場では無いですか?

 ……私には何がズレているのか、理解出来ませんよ」

 

「―――もう、どうでも良いんだ。

 未来なんて要らないさ。だって、何も感じない。何も考えられない。

 生前も死後も騙され続けて、この運命も今となっては仕組まれた操り人形に過ぎなかった―――けど、それさえも成り果てた今では捨てた感傷」

 

 アーチャーを勧誘しているキャスター。凛としては横槍を入れたいと感じるも、もしアーチャーが自分と手を切りたいとなら、それはそれで良いと考える。彼女は自分のサーヴァントが自分まで苦しめる愚かな決断を下しているなら、力づくで止める覚悟はある。けれども、己の為に行う行為ならば止める道理はない。遠坂凛に立ちはだかるなら、殴り飛ばして改めて自分のモノにするだけだ。

 

「アンタにゃ分からないんだろう。でも、もうね、アタシにとっては納得済みの地獄ってことさ。やりたい事をする為に、アタシは遠坂凛のサーヴァントになった。必要だから、彼女と協力してる。

 そのアタシの願望に―――アンタは不必要。

 だから、キャスター。残念だけど、アインツベルンとアンタが目の前に居ると邪魔になるんだ」

 

「―――……」

 

 断られたと言うのに、キャスターは笑みを浮かべていた。彼の内心を正直に白状すると―――予想以上に好都合。これならば、彼は万全の策を作った甲斐がある。聖杯が呪われている程度で諦観する者が居ない事が嬉しかった。

 また、キャスターとエルナとツェリしか知らぬ情報がある。キャスターは語っていなかったが、冬木には聖杯が四つあるのだ。

 アインツベルンが作成した小聖杯。

 前回の戦争で生き残ったイリヤスフィール。

 戦争の大元になる大聖杯。

 そして―――間桐桜。

 聖杯の動力源はサーヴァントだ。下手をすれば、エネルギーが三つある小聖杯に分散されてしまい、大聖杯との繋がり具合に差が出てきてしまう。自分達の聖杯に効率良くエネルギーを確実に溜める為には、このアインツベルンの陣地で殺すのが一番。誰にもサーヴァントの魂を譲りはしない。

 

「仕方ないですねぇ……」

 

 取り込める者がいれば、それ相応の報酬を用意していた。だが逆に、観察した結果であるが、自分の案に乗る様な意志薄弱な英霊は皆無らしいと予想していた。なので、聖杯戦争の真実を話しても、誰も自分の陣営に入らないのは分かっていた。後、キャスターはライダーは効率を尊ぶと考えたが、奴の場合はその強大な自尊心と生き方を貫く為の道具として、現実主義者なだけ。自分を裏切るくらいならば、敵を皆殺しにする少年の心を持った極悪人だ。

 誤算と言えば、誤算。

 出来れば程度の目的であったが、アーチャーとライダーは取り込んでおきたかった。あの抑止の化身と略奪王を仲間に出来れば、面白かったのに。しかし、二人が自分のマスターを裏切るとは考えられなかったので、殺し合うのもまた当然と割り切った。

 

「じゃ、すみませんね。勝手に中断していた戦争を再開しましょうか」

 

 剥き出しになる脅威が、空間を震動させた。キャスターは本当に、魔力を視覚化させ物理的作用を生み出すまでに放出していた。

 陰陽術を限界まで解放。

 彼は本当に、此処で敵を皆殺しにすると決定した。今まで加えていた手心を捨て、敵の絶殺のみを思考する!

 

「此処は処刑場。

 英霊を殺す為だけの―――生贄の祭壇です」

 

 瞬間―――キャスターが用意した真の結界が発動。空白の世界に何も変わりはないが、魔力でなければエーテルでもない何かが満ちている。そして、サーヴァントたちに異常が生じる。効果としてはライダーが持つ反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)に近い。しかし、キャスターが生み出した結界は自然の霊地に近い属性を持ち、世界そのものに匹敵する法則と化している。

 ただの弱体化では無い。

 それは英霊と言う現象を抑え込み、霊核を掌握する概念自体による魔術現象……―――!

 

「これは―――……本当に死ぬぞ」

 

 ライダーは宝具が主体のサーヴァント。彼が持つ『王の侵攻(メドウ・コープス)』と『反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)』の宝具を使い、軍勢で敵を侵略する英霊だ。

 故に―――略奪王。そして、一代で帝国を作り上げた蹂躙皇帝。

 侵略の覇王であり、略奪の権化。

 敵を全て蹂躙する具現として宝具を行使するが……それを思い通りに出現させられない。

 

「宝具を封じる結界だと……―――!」

 

 戦慄する。悪寒が奔る。ライダーは真名解放が封印された事を実感した。常時展開する宝具ならば、効果を正常に発動する事が出来ない状態になる。この結界の能力―――それは、英霊の霊格を限界まで低下させ、霊体を弱体化されること。

 

「キャスター……―――いや、安倍晴明! 貴様―――……!」

 

 セイバーは風王結界を維持出来なかった。エクスカリバーの姿を見せるも、聖剣の解放は不可能。バーサーカーも不死性を誇る宝具を抑え込まれ、ダインスレフの凶化を完全に発現出来ないでいた。アヴェンジャーは魔眼で死の点を見抜けず、アサシンはシャイターンの呪術を発露不可能。アーチャーも新しく武器を大量に出せず、万全な魔術行使を出来ずにいる。

 加えて、宝具を封じられるのも脅威だが、ステータスの低下が恐ろしい。キャスターの結界で押さえつけられた今のサーヴァント達は、殆んど人間の状態にまで弱体化していた。スキルでさえ神秘性の低下によって、個人が鍛えた技術や才能によるモノ以外は弱まる始末。

 

「―――ハ! こんな程度の逆境、オレは慣れちまってるぜ。そんなもん、足枷にもならねぇよ」

 

 だが―――ランサーにとって、既に超えた試練の一つ。彼は全身にルーン魔術を施す事で、結界から自分の霊体に影響してくる概念干渉を大幅に減少させていた。

 彼は生前、敵の策に嵌まり能力を弱体化させられた過去がある。

 それでも尚、クー・フーリンは敵と死ぬまで戦い続けた。

 愛槍のゲイ・ボルグを封じられようとも、ステータスをは弱体化されようとも、それに対する対策はある。結界が完全に発動して自分を襲うと同時―――いざ、と言う場合に用意してあるルーンの加護の一つで霊体を守護した。

 ありとあらゆる怪物と、様々な英霊が持つ特殊な能力。中でも、生前で自分の死因になった同種の呪詛に対し、ランサーが対策を練っていない訳がない。自分の弱点がランサーはあからさまであると理解しており、全身全霊で戦う為には対策が要ると理解しているのだ。

 

「―――やはり、そうなりますね」

 

 サーヴァントの宝具を完全に抑え込む事は流石にキャスターでも不可能。真名解放は封じられても、限定的に発現する事は出来る。セイバーがエクスカリバーを物質化出来ている様に、他のサーヴァントもある程度は使えるだろう。特にアーチャーは自分に対する概念的な干渉を弱まらせる加護が有る様なので、そこまで弱まらせる事は出来ていなかった。

 しかし、ランサーだけは違うのだ。

 彼はキャスターのクラスを得られる程のルーン魔術師。魔術や異能による守りも整えられていて当然だ。

 

「しかし、皆殺しです」

 

 用意した全ての戦力を投入し―――地獄が溢れ出した。

 それは英霊であり、鬼種であり、怪異であり、悪夢であり……魔物が謳う魔宴の始まりであった。

 

「あれは―――!」

 

 サーヴァント達に訪れた異常事態に戸惑うも、マスター達は誰もが百戦錬磨の超人魔人。一瞬で事態を把握したとはいえ―――更なる異常事態を前に、如何にこの場所が絶望的な地獄なのか理解し切れていなかった。

 ……確かに、倒した筈。

 あの式神は殺した筈。

 見覚えのあるキャスターの配下達。此処に来るまで倒した式神達の無事な姿。この光景はつまるところ、何回式神を倒そうが何度でも再生すると言う事。殺し尽くしてもキリが無く、無駄な徒労に終わってしまうだけ。

 終わりの始まりが出て来た瞬間であった。敵に限界は無く、文字通り無尽蔵。

 

「百鬼夜行って知っていますか? あれは幼子に過ぎなかった私にとって、恐怖そのものでした。一体一体が町や村を壊滅させて、人間をパクリとおいしく食べる化け物が、幾十幾百と行進しているのです。

 ―――魑魅魍魎(チミモウリョウ)とは、つまりこれ。

 即ち、数による魔の圧殺。現世を塗り潰す(アヤカシ)たち。

 これを全て一人で準備するのは手間でしたけど、戦争に勝つ為なら仕方ないですよね」

 

 英霊の憑依体だけではない。純粋な鬼種に、天狗に、河童に、大蛇に、大百足に、キャスターが再現出来る式神全てがそこに居た。

 千を越える軍勢が、キャスターの号令を今は今かと望む。

 

「まともに私の式神達と戦えるのは、ランサーのサーヴァントだけです。それに、ここは私が括り上げた空間で構成された隔離結界。逃げ場なんて何処にも有りませんよ―――フフ」

 

 式神の群れ―――安倍晴明が持つ本当の宝具『十二天将(じゅうにてんしょう)』。

 泰山府君の秘術により、彼が使役する魔は受肉し、自分達自身で魔力を生成する魔力炉。それは魂の具現化に近い奇跡であり―――第三法を陰陽術で限定的に再現する怪物。

 中でも、強力な十二柱の式神。

 彼らは生前から安倍晴明に仕えている鬼神である。

 キャスターの宝具は本来、分類としては魔術の領域にある。それが英霊の象徴(シンボル)として宝具化し、彼はニ種の宝具を操る陰陽師のサーヴァント。宝具を宝具だと悟られず行使し、彼が使う術は全て実は宝具であった。

 つまり宝具を全力で解放する。

 故に、それこそが―――安倍晴明による宝具の真名解放……!

 

「私はね、生前に地獄を旅したことがあります。比喩でもなく、泰山府君の神秘を理解してます。この世の裏側を見て、魔の坩堝を()りました。

 この城はですね―――地獄でもあるんですよ。

 英霊の座を模す為に、あの魂の牢獄を再現したんです」

 

 彼本来の宝具である十二柱の鬼神と、数えるのも馬鹿らしい軍勢が世界に君臨する。これに対抗出来るサーヴァントは同じく軍勢を持つライダーだけだが、彼はキャスターによって宝具に制限を掛けられている。この世界において、もはやキャスターに勝てるサーヴァントは存在しない。誰もこの男には勝てないのだ。

 

「と、言う訳で勝敗は決しました。故に―――死にたくなければ、令呪で自害を命じなさい。そうすれば、命だけは助けてあげます。貴方方の生き死ににとことん付き合う気概はありませんしね」

 

 敵の意思を挫く事が、勝利の条件。殺すか生かすかなど、勝った後に考えれば良い。そして、やるからには全力で命を奪い取りに掛る。

 キャスターに慢心はない。油断もない。

 圧倒的有利な立場になろうとも、相手を殺し、自分が生き残る事に専心していた。

 

「―――アーチャー。実際のところ、調子はどうなのよ?」

 

 凛が問う。全力を出せるのはランサーだけだが、彼だけではキャスターの軍勢に勝てない。宝具を百回使っても、敵の大将であるキャスターに辿り着けはしない。

 その絶望が正しいのか、彼女は知りたかった。戦いの要になるアーチャーに、戦局を聞くのは当然と言えば当然で……

 

「ダメさ。身に付けてる礼装の加護や、それなりにこう言うのには強い体質だけど、英霊としての霊格がそれなりに抑え込まれてる。僅かな抵抗も出来る時間が限られるし、式神に殺されて終いかね。

 この状況でまともに戦えるのは、そこのランサーだけだ。

 アタシも宝具が使えない事はないけどさ、結局はジリ貧で死ぬ。この世界じゃ勝ち目を作るのにも分が悪い」

 

 ……絶望はやはり正しかった。出口はなく、逃げ場はなく、戦う手段もなく、生き残る方法もなく、奥の手も封じられた。ないない尽くしの詰将棋。

 七騎全てのサーヴァントを相手に、キャスターは一気に王手を掛けた。

 最早、聖杯戦争はキャスターの優勝で決まったも同然だった。

 ランサーとて結界からの重圧に対抗出来るとは言え、それも何分持つか分からない。アーチャーと同じで時間制限付きの抵抗。更に戦いながらとなれば、抵抗可能な時間が短くなるのは道理。それにルーンで対抗出来るとは言え、正直なところ火事場の馬鹿力に近いもの。彼は力が出せない状況だろうと単純に、死力を振り絞る事が可能なだけ。そもそもルーンによる守護に限界はあるのだ。最後の最後で槍兵さえも殺される。他のサーヴァントは更に素早く、力を出し切らずに死ぬだろう。

 ―――……悪魔としか例えようが無い。

 キャスターはたった一晩で、全てのサーヴァントを追い詰めた。

 このまま皆殺しにしてしまえば、自分達がアインツベルンから持って来た聖杯が完成する。七騎のサーヴァントの魂が焚かれる。

 つまり、大聖杯を完全に完成させて第三法を手に入れられる。

 その為にキャスターは聖杯のシステムを操った。アヴェンジャーと言うイレギュラークラスを組み込み、八騎のサーヴァントのバトルロワイヤルに仕立て上げたのだ。六騎だけ生贄にする不完全なモノではなく、本来なら最後に残ったサーヴァントが自害しなくば完成しない筈の本物の―――有り得ざる魂を具現化する魔法の杯(Heaven's Feel)が生み出されるのだ。

 

「そうなんだ。じゃ、仕方ないかしらね」

 

 キャスターが、その違和感を見抜いた。その未来を見通す千里眼で、遠坂凛を視てしまった。危機感が募るが―――時既に遅し。機を彼は逃してしまった。

 

「やられっぱなしは大嫌いだから―――他の奴らは大サービスよ……!!」

 

「……待―――」

 

 待て、とキャスターが言い切る事は無かった。それは余りにも突然で、対処が仕方が存在しない完全な不意打ちだった。

 あれは、宝石で創り上げられた刃の無い剣。其の名は―――宝石剣ゼルレッチ。

 凛が抜き取った剣を無造作に降り下し……消えた。キャスターが相手にしていた連中全員が、逃げる場所など無い隔離結界から姿を消した。

 

「―――やられた。ああ、見事にやられました。やられましたよ、遠坂凛……!」

 

 余りの手際の良さ。彼女は相手の動きを見ながら、誰にもばれること無く静かに呪文の詠唱を終えていた。この結界から逃げる為に―――魔法の準備を万全に整えていたのだ。

 要は、敵の能力が自分の神秘に匹敵していた。

 そもそも、その気になれば、何時でも遠坂凛はキャスターの城から脱出出来た。キャスターの奥の手を確認した時点で、彼女は万全な逃走手段を何時でも行使する準備が出来ていたのだ。

 

「……マジか。噂には聞いてたんだが、第二法に遠坂が辿り着いていたんか」

 

「流石は御三家の一人。準備は自分達と同じで怠っていなかった訳です。それも第二法による不意打ちとは、ワタシ達でも対処の仕様がありません」

 

 キャスターが作り上げた結界は、サーヴァントの霊格を抑える為のモノ。対象となるのは英霊などの霊体だけであり、人間に効果は無かった。まさか、現世で生まれた人間の魔術師に、自分の世界から逃げ出せる手段があるとは思わなかった。

 また、これは余談だがキャスターの式神は受肉している。その為、霊体に作用する弱体化の結界は効かない。本当にこの空白の白い世界は、サーヴァントを聖杯へ生贄に捧げる為の完璧な祭壇であった。

 

「……ほぉー。これが噂に名高き第二法、平行世界の運営ですか。

 私が作成した結界の空間隔離を潜り抜けるとは、恐ろしい領域ですね。魔術基盤そのものが別次元で、行使可能な魔術理論が異星文明みたいです。

 成る程。確かにこれは……人間程度の生物が、使って良い技術ではないですね。

 これだから、西洋の魔術師と言う生き物は罪深くて面白い。私もまだまだ、この陰陽道の真髄を極められると言う事です」

 

「んで、全員に逃げられちまったけど……どうする?」

 

「追撃しますよ。勿論、次は確実に殺します」

 

 当然だとエルナの言葉にキャスターは頷いた。まだ、逃げ切れていないのは確認出来ている。例え第二法であろうとも、括り上げた森全体の結界から一気に脱出など出来やしない。そもそも城の隔離空間を破れただけでも驚きなのだ。

 誰も逃がさないとキャスターは新しく戦略を練り直し―――森の中で潜んでいた“不確定要素”に驚愕した。




 読んで頂きありがとうございました。
 ライダーの真名が出ました。チンギス・カンその人です。宝具を出したので、それを見たマスターやサーヴァントは何となく真名を悟っていましたが、完全に見抜いていたのはキャスターだけです。なので、彼の台詞で他の人たちもやっぱりと納得しました。
 キャスターのもう一つの宝具の登場です。この宝具は式神と言うよりかは、彼が持つ泰山府君の秘術が大元になる式神行使です。なので、生前に使役していた十二柱の鬼神なども召喚出来る宝具でありますけど、実は召喚された後の現世で作り上げた式神にも宝具の効果を与えられる魔術でもあります。何と言うか、エミヤシロウの宝具の固有結界の宝具で投影魔術が使える感じに近いです。もう一つの宝具とも勿論組み合わせて使っていますし、此方の宝具をもう一つの方の宝具に応用する事も出来ます。後、霊体の弱体化の結界ですけど、あれは柳洞寺にある天然結界の超強化版みたいな雰囲気です。最高位の陰陽師でありますし、退魔師でお化け退治もしてたキャスターであれば、あんな感じの結界も作れるんじゃないかと思ってます。英霊が霊体である幽霊な時点でキャスターが天敵になるのは、こんな感じな事が出来るからです。
 でも、遠坂凛が全部台無しにしました。彼女は魔法使いの弟子を卒業しておりまして、更に資金提供者から多額の債務を受けながら宝石剣を作り上げました。
 何時かは外伝やおまけで時計塔時代も書いてみたいです。でも、時計塔での面白いSSって沢山あって書き辛いんですよね。このサイトにも幾つかあります。それに、個人的に時計塔モノで最初に読んだ事があるのは某サイトの“アレ”と、二番目が“ソレ”でした。もう読めなくなってますけど、ドタバタ日常系で読み易くて面白かったです。

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