神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 アポクリファの四巻を読みました。蝉様がどんどんヒロインになっていきますw それにキャラも分かり易く掘り下げてくれましたし、最終決戦のワクワク感が上がりました。後、ホントにアキレウスはヘラクレス並の公式チートで笑った。ヘラクレスもそうですけど、誰も勝てないだろうと思いました。何で呂布やヘラクレスをバーサーカーにして弱体化したのか、わかりましたw
 やっぱりFateって、どの登場キャラにもラスボス感や主人公っぽさがあって読んでいて面白いです。アポは東出先生の作品ですけど、彼の作品はきのこ先生と同じ位読んでいて楽しいので、自分としてはこれからも続いて欲しいコラボ作品です。イリヤの二期も出ますし、Fateのアニメリメイクもあります。今年は型月好きとしては良い年になりそうです。


60.聖杯戦争を始めましょう

「―――遠坂……」

 

「仕方が無いじゃない……あのキャスター、咄嗟にこっちの術式に干渉して来たんだもの。あの居城の境界線を越えるだけでも必死だったのよ。境目を飛び越える時にあいつ、こっちの転移座標を妨害しながら範囲を限定してきた。加えて、転移物体に揺さぶりもかけたのよ。

 ―――あー、もう!

 本当に最後の最後で仕掛けて来てたわ、あのペテン師め。やられたわ」

 

「遠坂」

 

「うっさいわね! わかってるわよ」

 

「では、この状況。一体どうするのかね?」

 

 森の中にたった二人。士郎の隣にいるのは凛だけで、頼りになるサーヴァントの二人がいなかった。

 

「探すわ。ラインを辿っ―――……やられた。結界内に嫌な波長が伝播してる。ラインのジャミングが酷い。これじゃ、自分のサーヴァントの気配が特定出来ない。

 ―――最悪……っ!

 本当にあのキャスターって魔術師なの! 魔法使いよりも性質が悪いわ!」

 

 分断をさせた上に、ラインの繋がりを妨害してマスターとサーヴァントの合流を防ぐ。例え自分の策が破られようとも、キャスターは何段にも対策を立てていた。転んだとしても、ただでは立ち上がらない。この結界内における妨害波長も侵入された時は隠しておいた効果であり、敵が逃走した時の追撃戦用に取っておいた奥の手の一つに過ぎないのだ。

 

「私もセイバーの位置が掴めない。念話の連絡も不可能になっている。向こうの状況が全く察せられんぞ」

 

「マズいわね。取り敢えず、結界に探知されないよう気配を消すわよ。士郎、投影よろしく」

 

「……やれやれ。

 私は別に、便利な道具屋になった覚えはないのだが」

 

「似たようなもんでしょ。自分の能力を下卑するのは止しなさい。

 それに士郎の固有結界は、とても便利で優秀な魔術じゃない……ほら。あいあむざぼーんおぶまいそーどって、サクッとやって頂戴」

 

「止めてくれないか。やる気が酷く低下する」

 

 等と言いつつも、彼は慣れた感覚で工程を組み上げて魔術を行使。今の状況に合った投影宝具を出し、結界対策の一つとして準備した。

 

「グルグルグル……っと。うん、まぁ今はこんなもんで良いかしらね」

 

「―――頭が良いのか、悪いのか。私は君が分からない時がある」

 

「そんなの頭が良いに決まっているででしょ。物事は効率的にやらなきゃ、何事も心の贅肉になるんだから」

 

「そうかね? 令呪で呼んだ方が早いと思うが」

 

「無理無理。サーヴァントとの繋がりを弱められてるから、魔力供給は出来ても令呪の行使は殆んど封じられてるの。さっきからアーチャーと連絡つかないし。

 本当にこのキャスターの結界は、マスターとサーヴァントを殺す事に特化してるわね。

 どんなクラスの敵が来ても、どんなに敵が一気に押し寄せてきても対処できるよう、対策がちゃんと立てられてる。考えられる上で最も悪辣な奴がね」

 

 今となっては、完全にキャスターの狩場と化した。つい先程までのキャスターは、他のサーヴァントとマスター同士が森の中で万全に殺し合える状況にしておいた。だが、最早その様な事をする必要はない。用意しておいた術式を全て解放し、森を覆う大結界の力で以って敵対者を妨害し、じっくりと追い詰めていた。

 

「行くか。早いところ見付けないと、セイバーが心配だ。嫌な予感がする」

 

「同感だわ。この嫌な戦場の冷たい空気は不幸の前触れよ」

 

 士郎が投影した大きな布は凛は体に巻き、士郎も同じ布に巻かれている。咄嗟な状況で動けるようにゆったりと余裕はあるものの、傍から見ればかなりシュールな光景。

 布は大昔の遺物らしき魔術礼装の投影品。効果は単純なもので、魔術的な探査を無効にする能力。あのキャスターの結界なので道具を信用し切る事は出来ないが、他の組に比べればマシな状態。自分達が見つかる前に、他のマスターとサーヴァントが囮になってくれることだろう。

 

「セイバーとアーチャーだけじゃない。出来たら、綾子とバゼットも見付けないとね……と、士郎。姿隠しの兜の方も準備しなさいよ。魔力は溢れる程あるんだし、ケチケチしない」

 

 気配を隠蔽する布だけでは心許無い。なので、凛が知っている士郎が投影可能な、隠れ潜む事に優れた投影品を求めた。

 

「―――……貧乏性の遠坂とは思えない言葉だ。今となっては、だが」

 

 士郎としては、凛の言葉は盲点であった。隠蔽系統の投影礼装の二重装備は、魔力の燃費や効果を考えれば無駄が多い。装備者の魔力を余計に使い、魔力を使って魔力を隠すような状態となるで、実際に効果を出している二重部分の隠蔽作用上昇はそこまで大きくない。魔力量が少ない彼ならば、考えても実効すれば戦う前にバテてしまう。

 しかし、ここは万全を喫して進むのが一番。凛がいれば、この贅沢な作戦も問題ない。

 

「うっさいわね……って、良い手際。慣れたものね」

 

 今となっては見上げる程まで高くなった士郎の背。隣に居る彼は何が楽しいのか分からないが、危機的状況とは思えない穏やかな笑顔で凛に兜を被せた。彼が手に持っていた兜は凛のサイズに合わせているのか、ヤケにピッタリなサイズで彼女の頭部を覆った。

 

「英雄王の蔵の財宝のレプリカだ。言峰の御蔭で重宝させて貰っている……が、剣ではないのでキャスターに通じる程の効果は得られんぞ」

 

「良いのよ、別に。他の奴よりも目立たない様にする為だし。人探しをするのに、自分達が敵に見つかっちゃ、そもそも本末転倒だしね」

 

 厳つい兜を被って布で電車ごっこしている様は、本当にシュール極まりない。それも長身で紅衣の筋肉質の男と、同じく赤い外套の美女がである。二人組の大人が公園で遊ぶ子供のような姿なのに、真剣そのものな表情で夜の森を睨みつけていた。

 

「これはアレだな。もしキャスターに見つかれば、爆笑必須の珍光景だ」

 

「分かってるわよ。でも、格好つける余裕なんて心の贅肉以下の税金よ。わたし、手段を凝らずに負けるのは納得できないの」

 

「安心して良い。それは私も同じだ。何であれ、セイバーとアーチャーを見付ける最善の手が、今のこれなのだからな。

 ……しかし、この森は広い。気配もキャスターの妨害で探れない。どうやって目当てを付けるつもりだ?」」

 

「おおよそだけど、ずらされた転移位置は分かってるの。アーチャーとセイバーが居る所も何となくだけど、ここからの方角と距離は把握して―――やば……」

 

 凛が口を閉ざすと同時、士郎も音を消し気配を完全に消した。武術の一環として鍛えた気配の消失も行い、凛と士郎は完全に闇夜の森に融け込んだ。

 

「―――よぉ、カドモスとヘラクレスの旦那さん方。下手人の居場所はどうっすかねぇ?」

 

「おらん」「同じく」

 

「んじゃま、三方向に別れますか? 遠坂凛の撃滅が第一命令っすけど、それ以外だったら融通効きますし?」

 

「構わん」「同じく」

 

「……いや、良いんすよ。うん。でもさ、こんなチャランポランを纏め役にするのって、どーなんすか?」

 

「構わん」「同じく」

 

「あの―――自棄になってんすっか?」

 

「無論」

 

「同意」

 

 死んだ筈の弓の鬼兵、オリオンの写し身が死んだ魚の眼で二人を見た。同じギリシャ出身の英霊の模倣体であるヘラクレスとカドモスもまた、それほど殺気を出してはいなかった。

 彼らは既に負けた身。良いように遣われる事に嫌気が刺しているのもあるが、敗北者でありながら生き恥を晒している事実が不満。とは言え、所詮は式神である身である故、刻まれた大元の“魂の写し”が無事なら死にはしない。正確に言えば、このキャスターの結界内であれば、であるが。

 ……そして、過ぎ去って行く鬼達。

 敵を見送り、凛は重く深い溜め息を吐き出した。

 

「あー、見付けるのしんどそうね……」

 

「しかし、強行突破は不可能。サーヴァントが居ないとなれば、一方的に殺されるのがオチだ。

 ……遠坂。宝石剣は使えないのかね?」

 

「―――不可能よ。結界内の空間を歪ませて、微小過ぎて無害な亀裂を入れてるのよ。加えて、へんてこな霊子が流れてて、空間に巧く干渉出来ない状態ね。

 本当、有り得ない魔法封じだわ。これの所為で空間と空間を繋げて結界内で渡ろうとすれば、三次元上でバラバラ死体になって死ぬかも。あのキャスター、四次元干渉まで出来るみたいだし、擬似的な五次元上の演算も出来るかもね」

 

「……成る程な。それ程となれば、もどきとは言え固有結界を術式で創造出来るのも納得だ」

 

「ま、そう言うことよ。わたしが奥の手を出したから、相手も封じ手を出してきたって感じかしら。

 使ってる神秘自体は……第二法は決して、キャスターの陰陽術に負けるものじゃない。けれど、まだまだ未熟者な魔術師に過ぎない魔法使いならざるわたしじゃ、この結界を上回るのにはかなり準備が必要ね」

 

 元々、結界に空間干渉を封じる効果はなかった。今現在でも事実、平行世界からの魔力供給は万全な状態。しかし、ただ一点―――空間と空間を繋げた転移魔術だけは全力で妨害しに掛っている。これは恐らく先程発動したモノであり、令呪によるサーヴァントの強制転移を封じる為の術式であったのだろう。だが、それが功を成して凛の第二法による空間転移をも妨害しているのだ。

 

「魂の束縛に加え、空間の限定凍結か。魔術師の英霊だと考えても、かなりいかれてるぞ?」

 

 サーヴァントの霊格を制限する効果と、空間転移を狂わせる結界。

 

「んー。強いて言えば、凍結じゃなくて歪曲ね。空間凍結よりも厄介でね、通常空間だと特に問題ないのよ。けれど、この結界内で空間系統の魔術式を使うとそれを歪めて、繋がりと座標をアベコベにするって感じ。宝具みたいに強固な限定礼装なら兎も角、宝石剣も限定礼装とは言え能力の本質は平行世界に対する干渉。わたしは第二法の魔術基盤を応用して空間関連の魔術理論を行使しているだけらから、神秘としての概念の純粋さが減るのよ。その隙を狙われて、宝石剣で使える筈の魔術を制限されてるの。まぁ、令呪が効かないのは、そもそも結界の方が遥かに上等な神秘だからね」

 

「……成る程。ならば、結界ごと空間が斬れれば良いのか?」

 

「無意味よ。斬った瞬間に干渉してくるだろうし、一瞬で補修されてお終い。それにぶっちゃけ、警戒している今の状況で空間転移系の魔術を使えば、位置が露見するのは確実。

 つまり、空間転移(テレポート)対策は万全になってる訳。

 となると、そもそも世界を滅ぼすような馬鹿げた魔法以上の神霊魔術でも無い限り、キャスターの陣地内でキャスターに対して優位には立てないわね」

 

「空間を切り裂く剣ならば投影出来るが、それも無駄になるのか」

 

「そう言うこと。もし、この結界で空間転移が出来る方法があるとすれば―――それに特化したキャスター以上の術者による奇跡。

 宝具か、宝具に匹敵する礼装。それこそ、空間転移のみに特出する概念がなくてはならないわ。あるいは第二法を習得したわたし以上に、キャスターを空間系統の魔術理論に秀でている魔術師だったら……まぁ、話はまた別になる訳だけど」

 

「―――それ、正解。流石はアタシのマスターだ」

 

 まるで最初から居たかのように、彼女は静かに佇んでいた。声を掛けられた瞬間、凛は絶叫寸前であったし、士郎は僅かな間とは言え思考が硬直してしまった。

 

「やっと見付けたよ、全く。そんだけ隠蔽されてると、僅かな令呪の繋がりを手掛かりにして精一杯だったぞ、本気で」

 

 凛の背後に現れた女―――アーチャーは、トレードマークの黒帽子を手に取り、団扇代わりにして顔を扇ぐ。

 

「どうやった? 何故、私と凛と見付けられた?」

 

 長い白髪を一本に纏め、橙色の左眼が爛々と輝いている。左顔の目を通る痛々しい刀傷を曝け出し、白濁とした胡乱気な右眼が―――士郎を視線で縫いつけていた。今この瞬間も隠蔽作用は発動している筈なのに、アーチャーは惑わされずに二人と見て、察して、会話していた。

 

「効かないんよ、そう言う類のヤツ。対策してるからね」

 

 濁りに濁った白濁の右眼。一切の光を宿さぬ白い瞳。アーチャーの目は、行く着く所まで辿り終えた魔術師が持つ魔眼。

 普段は帽子の影で良く見えないアーチャーの目元。橙色に鈍く光る義眼と、白く濁った暗い魔眼。痛々しい左眼の傷跡は“彼女”と良く似ていた。

 

「アタシの眼で認識すれば、掛かってる魔術干渉も大幅に削減出来る。その空間に存在している事を、見通せないほど不器用じゃないんでね。それに見えてしまえば、読唇術でどうとでも雰囲気で何となく。日本語、英語、独逸語、仏蘭西語、伊太利亜語と、声じゃなくて唇を見て言葉を聞ければ、魔術戦でだと結構役立つ知識なんだ。

 ―――で。お二人さん、電車ごっこ楽しい?」

 

 最初に見た時は爆笑必死だった。折角の明鏡止水の精神があっという間に崩れかかった。笑って息を噴き出しそうになり、口元を両手で抑え込んだ程だ。

 

「アーチャー……―――入る?」

 

「え?」

 

「むしろ、入りなさい。逆に、入っちゃいなさいな」

 

「いやいや……ちょ―――な!?」

 

 一瞬の出来事だった。凛からのアイコンタクトを正確に察した士郎が兜を投影し、帽子の脱いでいたアーチャーにさくっと被せた。それと同時に凛は彼女の腕を固く握り掴み、大布で作った輪の中に引きずり込んだのだ。

 

「アタシ、なんかこれは違うと思う。効率的だし、効果的だし、一番良い手段だってわかるけど……なんか違うよ」

 

 先頭はアーチャー、次に凛で最後が士郎となる大布の輪の陣。この陣形により、アーチャーを主砲として使い、凛が魔術でサポートし、背後の士郎が布の気配遮断機能を運営する。極力戦闘は避けるが、避けられない場合は強襲によって即時殲滅を狙っていく。

 

「―――さぁ、出発よ。

 アーチャーも来たことだし。強行突破しても大丈夫なところは、どんどん不意打ちで殴ッ血KILLって、セイバーを見つけましょ!」

 

「―――ああ。手早く脱出する」

 

 後ろの二人が自分勝手なことを言っているが、アーチャーはこの三人の中では少数派。人は少人数でも集まれば、少数意見は抹殺され多い方が常に生かされる。生前から彼女は戦場で民主主義の残虐性を見ており、人間社会の腐り具合を良く知っているが、まさか味方からこんな屈辱的な格好を強要されるとは思わなった。

 

「わかった、わかったよ! ああ、もう―――今より敵陣へ突撃する!」

 

 とは言え、まずはセイバーの発見が第一。前条件として、出来る限り三人がキャスターの探知に見つからないようにすること。アーチャーも可能なまで自分の気配や痕跡を隠蔽して二人に合流したが、それでも勘付かれているかもしれない。マスターの凛と同盟相手の衛宮士郎による投影宝具の効果で殆んど隠れられたが、自分が急に消えた不自然さが漏れたかもしれない。

 ならば―――事は急がねばならなかった。

 このまま留まっていれば、何時かは監視網に引っ掛かる可能性は高い。

 移動手段として、三人分の隠蔽が行える今の手段は最良で、敵の思考の裏側を突ける妙手。

 

「それじゃ、とっとと皆殺しで急行さ」

 

 マスターの凛から魔力が供給され、自分の武器庫から兵器を思う存分展開可能。しかし、今の状況では手元に一丁呼び出せば十分。士郎が気配遮断を全力で補助してくれている御蔭で、森ですれ違う敵兵が此方に気付くことは全く無く―――銃弾が発射された事実にさえ気が付かない。

 ……だが、鬼は鬼。音速を越える魔弾に容易く反応する生粋の怪物。安倍晴明の手駒で、生前から彼に仕える鬼神の中には、超音速を遥かに凌駕する狙撃にさえ存在する。例え、完璧に気配を消したまま銃弾を撃ったところで敵は殺せない。殺せない筈なのに、アーチャーは一方的に鬼兵を殺していた。

 理由は単純。弾丸の一つ一つに、とある術式が刻まれているだけ。効果は第六感に感知され難くなるよう、霊的な隠蔽処置が施されていた。加えて、消音機能も仕込まれている。つまり―――近距離から対象を不意打ちで、真正面から撃ち殺せる暗器。怪物を相手に真正面から銃殺出来る暗殺道具としてアーチャーは持っていたが、士郎の投影宝具と同時に使われる事で脅威的な効果を生み出していた。

 

「鴨撃ちだね。殺したい放題よ」

 

 パンパン、と淡々と殺す。森の木々の間を走り抜け、アーチャーが射殺する。グループで行動している者ならば、榴弾をグレネードランチャーから撃ち放ち、その爆撃で殺し損ねた者をすかさず殺した。

 また、強大な存在感を放っている鬼兵ならば、凛や士郎も強力して圧殺。英霊憑依体や天将クラスの鬼神などのキャスター特別製の式神であらば、不意打ちが防がれ長期戦になる可能性を鬱いて、攻撃せずに時間が掛かっても遠回りをし、敵の行動範囲から避けて急行した。

 そして―――

 

「斬る」

 

 ―――聖騎士が斬死をばら撒く。

 気配遮断の核となる布を視線だけでデメトリオ・メランドリは裂いた。

 

「メランドリか……?!」

 

 士郎は第六次聖杯戦争の前に、この代行者兼聖騎士の男と対峙した過去がある。其の時の経験から踏まえるに、危険。奴は斬撃を視界に投射する斬撃の魔人。こと剣を振う事と物を斬る事に掛けて、今この世に生きている誰よりも優れている。人を斬り殺す事に長けている。

 

「……ぐぇ!!」

 

 よって、敵の視線に死を見て士郎がした咄嗟の行動が、彼女の命を救った。強引に士郎は凛の背中を押し、瞬間―――凛の首があった空間に斬撃が奔った。コンマ一秒の百分の一でも遅れていれば、遠坂凛はあっさりと死んでいた。

 凛の頭から衝撃で兜が外れてしまい、士郎とアーチャーも戦闘で用無しとなる兜を取り外した。三人の意識が戦闘形態となり、敵意を集中させる。

 

「―――ヒハハ、アハハハハハハハハ!!

 釣れたぞ。

 アーチャーのみで、セイバーは不在。

 好機だ、折角の獲物を逃すで無いぞ。逆らう者は全て敵故―――皆殺しぞ、デメトリオ!」

 

 ライダーが―――笑う。彼は不遜で、傲慢で、下劣で、偉大だった。そんな男が笑みを浮かべ、声を上げる。

 

「しかし、良いぞ良いぞ。お主の眼は実にエグい。素晴しくエゲつない!」

 

「褒めていないな」

 

「まさか!

 戦争で悪辣なのは良い事だぞ。敵を殺すのに役立つならば、猶の事、それは称賛されるべき手柄である」

 

 ありとあらゆる存在(モノ)を切除する為には、視界に移るありとあらゆる存在(モノ)を認識しなくてはならない。

 それは決して、物体だけに限定されるものではない。幻想しかり、神秘しかり、魔力しかり、術式しかり、現象しかり、概念しかり、だ。

 例えば、魔術で強化されている物体を斬り裂く際、モノを斬る為にはそれに適した斬り方がある。鋼鉄と人体では、斬る時に必要な力の作用が異なる。デメトリオがモノを切るのに、直感と経験で一番その場で優れた力の入れ方で対象を斬る。刃をまるで自分の手先の如き精密動作で、すらりと動かして確実に斬り裂く。そして、それは魔眼による斬撃でも同じ事。

 つまり、現象そのもので斬ると言うコトは―――世界を見切ると言うコト。

 

「ならば、(オレ)と君は遠坂凛に感謝すべきだ。あのキャスターの牢獄より―――助けてくれた事実を」

 

「違いないぞ、全く以って違い無い!

 囮役として物の序か、あるいは転送の範囲指定によるものか。まぁ、キャスターに対する嫌がらせで助けたのだろうが、この状況を思考すれば……ふむ。成る程、無様よ。

 ―――あの(まじない)い屋に、最後の最後で一杯喰わされたか?

 セイバーがいないところ見ると決定よな。本来ならば、こうして遭遇する事もなく逃げられる計画だったのであろうが、無駄ぞ。殺すぞ。

 この我輩(ワシ)を囮に利用しようとした罪―――断じて許さん。

 我らと貴様らが殺し合い、時間を潰す事はキャスターにとって好都合だろうが、それでも構わん。眼前の敵を見逃す理由がなければ殺すのみ」

 

 ライダーは現状を把握していた。遠坂凛が自分達をキャスターの結界から逃した理由も、何故か偶然こうして森の中で遭遇した訳も、だ。そして、普通ならば、あそこまで狂った術者であると分かったキャスターの陣地で戦う選択はしない。例え、敵のマスターとサーヴァントを見付けたとしても、この結界から逃げ出す事を優先する。更に言えば、其の者達と組んでキャスターを討つか、森からの脱出を提案すべきであろう。普通ならば、先の事を考えれば、そうすべきなのだろう。

 しかし、ライダーは普通ではない。

 彼こそ略奪者の王。つまり、大陸の覇者、建国の覇王。

 思考した結果―――ライダーはキャスターよりも、実はこの同盟を崩す方を優先していた。確かに、他の者と協力してキャスターを討てる可能性は高い。しかし、キャスターを討った後はどうなるのか?

 答えは簡単。

 強い戦力を持つ者が、他の協力者を殺して聖杯を得る。

 ならば―――殺すべきだ。結局のところ、セイバーとアーチャーの同盟はライダーからすれば、キャスターと同程度の難敵であり、強敵であり、戦争相手。キャスターを殺そうとするのと同様、敵は殺せる好機に倒すのだ。

 

「ならば、斬ろう。敵なのだ、斬り殺そう」

 

 よって、デメトリオに反対する気は欠片もない。キャスターを殺す算段はライダーが考え付いているだろうし、彼も戦略的に考えて今この状況で斬り合う事は好都合。斬り応えが存分にある強敵であることも好都合。

 憂いなく、斬り殺せる。何一つ悩む事はない。

 セイバーがいない今こそが、同盟を崩せる絶好の機会なのだから。

 

「全て―――斬る。斬って終わらせる。

 斬る為に戦争を勝ち、斬る為に君達を殺させてくれ」

 

 その為にデメトリオ・メランドリは聖杯戦争に参加した。聖騎士とは程遠い闘争の欲求は、武人である事を考えても純度が高過ぎた。彼はもう、斬ると言う概念に近づき過ぎていた。神に仕える戦士でありながらも、それ以前の問題で致命的に何かが違う。彼は剣の業に取り憑かれ、人間である前に剣士に成り果てていた。

 斬る為に、敗色する程の敵と戦う。

 斬る為に、殺し甲斐のある命懸けの死闘に挑む。

 果たしてそれは、正気なのか、狂気なのか。鍛錬に挑む情熱もなくなり、人食いの化け物に対する執念でもなくなり、答えが無い信仰の執着も消えて無くなり、自己に思い悩む思考も消えてしまって―――斬った。

 答えとは、斬る事だった。

 斬殺、斬撃、切斬、斬首、斬魔。自分の人生が其処に終着していた。

 今までの苦難、全ての鍛錬。自分と他人の命を使い潰し、得られた終わり方。

 

「―――斬殺狂いが……!」

 

 アーチャーが聖騎士を見た後、忌々しいそうな仕草で言葉を吐き捨てた。表情を変えず、目の色だけでデメトリオは笑い楽しんでいた。

 

「道理だ。だから、斬り殺してやる」

 

 切除の魔眼を発動。士郎、凛、アーチャーの首と四肢を斬り跳ばす合計十五の刃を投射。だが、三人はその奇襲を一瞬で回避。

 しかし、この場所にはライダーがいた。彼の侵略軍が森に潜んでいるのだ。森の中では得意とする騎馬戦で戦うのは悪手となり使わないが、それならばそれ相応の戦法がある。

 森の中にいる弓兵。潜ませておいた兵士が影から矢を放ち、三人を襲う。

 凛は無限に使用可能な魔力で打ち払い、士郎は目で矢を捕捉して迎撃。アーチャーは刀を二刀流で構え、一閃だけで幾つも矢を落とし、それを結界のごとき密度で防衛。

 

「――――――」

 

 そして―――デメトリオが斬り込んだ。ライダーは実用性一辺倒の何ら装飾がない兵隊の弓を構え、自分の兵士達を操りながらマスターの援護に回り……アーチャーが銃火器で制圧。彼女は何処から兎も角、近代兵器を惜しみ無く宙に浮かしながら使用した。

 人類の進歩とは、戦争の進化でもある。殺戮手段は時代が進むにつれて、より良く深化した。そんな事はライダーにとって当然の事実であり、戦争では射程と威力と数が正義だと身で味わっている。安全な場所から如何に一方的に敵戦力を削れるか思考した場合、現代の武器の方が昔の武器よりも遥かに優れており、量産性もしかり。

 と、なれば―――ライダーがその“兵器”を準備していても可笑しくはなかった。

 近代戦は散兵が基本。合戦のように一箇所に集まっていれば、爆撃で一網打尽にされてお終いだ。集団による圧倒的な戦力で圧殺するのも好きだが、ライダーはそれだけでは無為に兵士が死ぬだけと理解していた。そうであるからこそ、彼は召喚された後も世の中を学び、戦争を更に学習していた。

 よって、ライダーは冬木に来て聖杯戦争へ参加する前に、略奪を行っておいた。兵士の武器を整える為に、内戦地域、軍事企業の基地、民兵組織、あるいは公に出来ない港街での武器密売が良い略奪場だった。デメトリオが持つ聖堂教会の情報網と、聖堂教会からの武器調達も利用し―――ライダーの兵士は近代武器を装備していた。

 

「最低ランクだが、全て宝具化しておるぞ。サーヴァントも蜂の巣よ」

 

 踊る敵達を見ながらライダーは誰にも聞こえない小声で、そう笑った。彼の愉しみの一つだが、自分達とは違う文明で発達した最先端の兵器を使うのが好きだった。略奪した武器を解析して製造するのも良いし、帝国軍技術者が開発した新型兵器が戦場で火を噴くのも楽しかった。

 突撃銃(アサルトライフル)散弾銃(ショットガン)擲弾銃(グレネードランチャー)短機関銃(サブマシンガン)重機関銃(ヘビーマシンガン)狙撃銃(スナイパーライフル)対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)などなど。数え切れない現代兵装。

 彼が略奪した武器は、彼の侵略軍の兵器となる。神秘が一切ない近代兵器はE-以下のランクしかないが、それでも宝具。加えて、宝具の属性を与えられた時点で、物によっては破壊力だけでAランク以上の破壊性能を持つ兵器も多々ある。例え、敵がAランク宝具を防ぐ反則に等しい防御型の宝具を持っていようが―――火薬を増やすだけで殺せる。殺せるだけの威力を持たせれば、それだけで良い。手に入れば、核弾頭や戦艦まで侵略軍の兵器となるのだから。

 言わば、兵器の破壊性能上昇が、宝具における魔力量増加に等しい行為。

 アーチャーは自分の優位性が潰えた事を理解した。そして、自分よりも遥かにライダーは戦略家として優秀だった。彼がその気になれば、生前と時代が違おうともあっさりと現世に適応し、何もかもを戦争に利用する略奪の化身なのだ。それに、彼が持つ兵士の中には兵器開発を行っていた軍所属の開発整備兵もおり、現世の兵器の趣旨を存分に学習していた。

 ……とは言え、自分自身は使い慣れた愛用の弓矢をライダーは使っているが。

 銃火器も良い兵器であり、使い勝手も良く、民を簡単に兵へ仕立て上げる便利な道具だが、敵は自分と同じサーヴァント。やはり、手慣れた武器が一番だ。

 

「だが、効かんか。アーチャーのカラクリも大分面白い。あれは……超能力か」

 

 銃弾と爆風。人間を簡単に四散させる暴力の渦は、本当に台風の目の様にアーチャーを中心とした三人を避けていた。

 ライダーも生前は様々な不可思議を見てきた。占い師や呪い師も帝国に所属していた。ある程度、この世の常識外の事象にもライダーは知識がある。知識があるのだが、専門家に比べれば全く以って無知蒙昧。そんな有り様を許せる訳も無く、ライダーは魔術が横行する聖杯戦争を生き抜く為に魔術知識を頭にブチ込んでいた。

 

「…………ふむ、念力か? あるいは、空間関連の魔術か?」

 

 超能力の代表格である念力(サイコキネシス)。触れずに弾丸や暴風を操っている所を見るに、ライダーはそう予測した。それに、どの様な力場が働いて、アーチャーが銃火器を浮遊させて引き金に見えない指を構えているのか見逃す事は出来なかった。しかし、空間そのものが歪んでいる様にも、ライダーには見えていた。

 

「いや―――両方と見える。興味深い、そのような英霊など今の歴史に居ないぞ」

 

 ライダー―――チンギス・カンは決して神秘に強い訳ではない。しかし、戦争に必要な知識が不足しているならば、記憶すればいいだけのこと。加えて、考察力はどの様な分野でも存分に発揮できる。

 合理的で効率的で、彼は誰よりも勤勉。

 専門分野には程遠い生前では余り信じていなかった神秘学(オカルティズム)も、彼は戦争で運用可能レベルまで知識を習得していたのだ。実際に簡易的な術であれば生前は無理だが、全身が魔術回路に等しいサーヴァントとなった自分ならば使えると分かり、ライダーは魔術を覚えていた。それに固有スキルである“皇帝特権”と“建国の祖”の影響もあり、無理難題であろうと特に問題はなくなっていた。

 

「―――デメトリオ、好きにやれ! 我輩(ワシ)も好きにさせて貰うぞ!」

 

「ああ。好きに暴れろ―――チンギス・カン(ライダー)

 

 好きにしろ。つまり、それは―――最大限の効率で虐殺すると言う事。可及的速やかに目の前の敵を殲滅し、本来の標的であるキャスターに王手を掛けるべく死闘に没頭する!

 

「宜しい、実に素晴しい!

 ならば、戦争だ。貴様らの生命と武器、略奪させて貰おうぞ!!」

 

 笑い声が轟いた。ライダーが今まで現世で略奪し―――そして、彼が作り上げたモンゴル帝国の兵装全てが具現化する。

 余りにも可笑しい光景。狂った兵士の展覧会。

 着ている装備は騎馬民族特有の鎧だと言うのに、持っている武器がアベコベだった。無論、鎧以外にも奪い取ったのか、色々な装備を付けている者もいた。中には何処かの魔術師や死徒でも殺して奪ったのか、見るからに普通の武器ではない魔術礼装、あるいは概念武装を身に付けている兵士もいる。

 赤黒い血色の半透明の死霊の軍勢。

 チンギス・カン(ライダー)が誇る宝具『王の侵攻(メドウ・コープス)』と、『反逆封印(デバステイター)暴虐戦場(クリルタイ)』の正体がこれだ。“王の侵攻”はライダーが何も無い零から作った嘗ての帝国侵略軍を細部まで完全に再現し、“反逆封印・暴虐戦場”は大陸で起こった略奪と言う現象の具現そのもの。

 宝具とは、即ち伝承に基づく英霊の兵器なのだ。ならば、建国の英霊であるチンギス・カンにとっての生前の武器とは何か?

 答えは一つしかない。

 彼が作り上げた最高の兵器とは―――モンゴル帝国。

 つまり、彼が身一つの徒手空拳で生み出した史上最強にして最悪の帝国侵略軍……!

 

「これが―――チンギス・カンの宝具だって言うの!?」

 

 凛には信じられなかった。確かに、前回の聖杯戦争ではどの英霊も狂った神秘を誇る怪物揃い。様々な伝承による圧倒的なまでの威力を持つ宝具が数多く在った。

 だけど、これは何かが違う。

 あのキャスターやバーサーカー、ランサーの宝具とも何かが違う。

 その悪寒こそが宝具の正体だと、凛は理解したくなかった。しかし、理解したくないと考えた時点で、彼女はライダーの本質を見抜いていた。

 生前、ありとあらゆる原典を零から財宝庫に集めた彼の英雄王と同じだ。

 ライダーは生前―――自分の身でこんな凶悪なまで肥大化した狂気を、土台も何も無い場所から人生を掛けて創造した。つまり、モンゴル帝国の基礎であり、土台であり、大陸を侵し続けた帝国侵略軍の創造主。

 それこそが、その大帝国だけが―――ライダーの宝具に相応しい伝承の具現。サーヴァントとして持つ神秘。

 

「確かに、ライダー(騎乗兵)とはあの男を良く例えたクラスだ」

 

 ―――帝国侵略軍。彼が人生を掛けて作った草原の怪物であり、彼が一番信頼する自分だけの最高の兵器であった。

 そして、悪態を吐く凛と士郎の前にデメトリオが現われた。

 殺気よりも先に斬撃を撃ち放つ理外の化け物にライダーのサーヴァントは相応しく、この聖騎士は草原が生み出した略奪を極めて最期まで人生を生き抜いた王のマスターに相応しかった。

 

“兵士と武器は戦争前に万全。カカ……さてはて。七騎殺すのに足りなくなるまでに、補充を完遂しなくてはな”

 

 ライダーは戦力を整えていた。彼は聖杯戦争の前に略奪を行っていたが、それは兵装だけではない。武器以外にも軍に必要なモノは、人。実際に敵を討つ人間がいる。兵士となる駒が必要。配下がいなければ王ではない。

 ……だから、殺した。

 徹底的に、散々に、殺戮し、奪い取った。

 魔術協会や聖堂教会の監視から露見しない様、戦争地帯や紛争地域で虐殺を行った。偶々そこに居ただけの人間を殺し、侵略兵の大元となる命を略奪した。デメトリオは何も言わず、ライダーの暴挙を見守っていただけ。挙げ句の果てに、魔術師や死徒をも獲物に選んで奪い取った。

 加えて、死者の怨念も十分に兵団の材料となる。ライダーの兵士はただ存在しているだけで、太源から魔力を略奪する為、土地に染み付く魔力の元となるエネルギー源は無作為に吸い取る。その所為か、人間の魂の残骸―――つまり、憎悪、絶望、悲痛と言った残留思念は良い餌であり、ライダーの宝具にとって上質な飯。

 

「故に―――無駄ぞ。

 我輩の兵を何百何千と殺したところで、それが餌となる。キャスターの式神も喰らい、武器の補充も中々だ」

 

 兵士の一体一体がライダーの心象風景の欠片の様な存在(モノ)。即ち、皇帝の魂に死して尚、帝国の略奪兵は輪廻を囚われている。

 死んだところで、無意味な結末だ。皇帝の兵士に戻ったところで、生きている事に価値は無かった。

 敵対している士郎、凛、そしてアーチャーと戦っている場所から円を描く形で、ライダーは対式神戦に準備した兵士を置いていた。この戦局に影響を与えない様にしているのと同時に、式神を殺す事で軍勢の動力源を略奪し続けていた。

 まるで、無限に繋がった輪。

 停止する機能を失ったライダーの略奪軍は延々と肥大化し続けていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 城から脱出した直ぐ後、直感がセイバーに囁いていた。このままでは殺される、と。遠坂凛の手によって危機的状況を脱出した筈なのに、第六感が今まで最大級の音色で警戒の鐘を鳴らしていた。

 

「―――シロウ! 凛!」

 

 何処にも居なかった。自分の周りには誰も居なかった。この異常事態が、今の森の危うさを示している。

 

「アーチャー!」

 

 同盟相手のサーヴァントの姿も見当たらない。状況は頗る危ないらしい。下手をしなくとも、自分のマスターである士郎も単独で森に取り残されている可能性が高い。サーヴァントである自分ならば何も問題はないが、人間の魔術師に過ぎない士郎では危険極まりない。

 ここは魔の森だ。

 魔術師であろうとも生き残るだけで尋常ではない力量が必要となる。

 強さと言う観点で自分のマスターと協力者の遠坂凛を欠片も疑っていないが、それでも万が一の事態は十分に有り得た。それだけ、キャスターが見せた深淵は理解の外側に存在する概念で構成されていた。

 

「――――――ッ……!!」

 

 そして、セイバーが魔城から脱出した直後―――奇襲が幾度と刹那の間に繰り返された。

 ―――一撃目。

 全方位から迫る暗影の刃を避ける。対魔力が通じぬ奇天烈な魔術は宝具並の概念を保有し、セイバーの守護を簡単に貫くも、当たらねば意味は無い。

 ―――二撃目。

 だがしかし、暗影の刃は無意味では無く、囮としての役割は完璧に果たしていた。細い直剣がセイバーの心臓を狙いつつ、他五本の剣が急所へ迫りながら回転して襲い掛かって来た。だがセイバーは、全開の膂力で振り回した聖剣の一閃を巧く利用して逃げ道を抉じ開ける。

 ―――三撃目。

 セイバーが回避した到着地点を予期した弾丸が、脅威的な狙撃の腕前によって合わされた。肝臓を貫く筈だった弾丸は、しかし彼女の鎧を削るだけに終わる。壮絶な金属音を鳴らして鎧が弾け飛び、身を捻った勢いのまま地面を転がる。

 ―――四撃目。

 目前に長身の神父が居た。カソックを風に乗る様に翻し、極限まで全身を軋ませて加速した剛拳が空間を捻じる。そして、直撃の瞬間に最高速に達した一撃がセイバーの臓腑を抉った。それにより鎧は完全に破壊されたが、堅い鎧の頑丈さを利用し、セイバーは身を逸らして威力の大部分を肉体外へ逃した。

 ―――五撃目。

 吹き飛んだセイバーの背中に樹木が衝突する。意識が遠退き、自らの血の味を感じるも直感した死を避ける。首を横にズラした直後に弾丸が樹に直撃し、折れた。弾圧を頬で感じながらもセイバーは一気に距離を取り、剣を隙なく構え直しす。

 

「――――――はぁ…! はぁ、グぐ……はあぁ―――っ!」

 

 その呼吸を錬鉄する。血を吐くが、次の瞬間には治癒を完了させた。

 セイバーは自分に襲い掛かって来た攻撃と、察知した気配から敵の数を認識する。影の魔術、剣の投擲、銃の一撃、拳の必殺、そして死の狙撃。

 黒装束の妖艶な魔術師。

 片手に手斧を持つ少女。

 カソックを着込む神父。

 死臭を漂わせる暗殺者。

 闇夜の中から現れる四人組は、全員が奈落を思わせる深い瞳でセイバーを見ていた。健常な生気を纏う者は誰もおらず、セイバーは此処が地獄の底かもしれないと言う錯覚を、本当の現実だと勘違いしそうだった。

 

「―――凄いなぁ。最優のサーヴァントとは言え、あの奇襲包囲網を潜り抜けますか」

 

 斧の柄で自分の肩をトントンと叩きながら、その少女―――間桐亜璃紗は綺麗過ぎておぞましい笑みを浮かべた。喋る声はこの世のものとは思えない程、美しい旋律を宿した迫力を持つ。

 

「そうだな。極まった能力を持つ直感の様だ。サーヴァントとして、実に素晴しい。そうは思わないか、衛宮切嗣?」

 

 尋常ならざる拳法の動きをした超常の怪人―――言峰綺礼が歪に口元を笑みの表情に変えた。

 

「――――――……」

 

 男はただただ無言。無音で静かに佇み、何も言う事はないと銃器を構えているだけ。綺礼に視線を向ける事も無く、感情のない人型機械のように熱を持っていなかった。そんな暗殺者は、嘗て召喚したサーヴァントを見ていた。そう、彼はセイバーを見ているだけであった。そこには本当に何も無かった。

 セイバーの視界にまず映ったのは、間桐桜その人。直感であったが、彼女がこの集団のリーダー格だとセイバーは何となく理解出来た。信じ難いが、むしろ今のコレはキャスターが見せる幻惑で、本当の現実ではないかと信じられない位であったが―――現実なのだとセイバーは分かってしまった。彼女の直感が敵の正体を簡単に教えてくれていた。

 気配が……魔力が同じなのだ。

 キャスターの式神ではないのだと、言葉で説明出来ない第六感と今までの経験で悟った。桜が居るだけでセイバーは本気で驚いているのに、そんな事態よりも更に上回る異常が此処には存在していた。

 

「まさか、そんな。何故だ、衛宮切嗣――――――!」

 

 二度と忘れられないと思った風貌。気配はもう人間の物では無くなっていたが、纏っている殺気は彼が本気であるとセイバーに分からせた。

 

「…………―――」

 

 英霊が最大限の殺意を向けているにも関わらず、彼は石ころを見る目で彼女を無視する。視線を向けていると言う事は意識自体はしているのだろうが、彼女の人間性を欠片も気にしていない。言葉を意味の無い雑音として聞き流している。

 

「セイバーさん、貴女も中々についていないですね。キャスターとの乱戦であわよくばと、ハグレを狙っていたんですけど。

 まさか―――貴女が釣れるとは思いませんでした。

 幸運です、実に良い展開です。

 先輩のサーヴァントを是非止めて貰って、昔のマスターに鞍替え致しませんか?」

 

「ふざ……けるな―――! 桜、貴女も所詮は魔術師だったと言う事ですか!?」

 

「くふふふ! ああ、本当に良い表情。

 そんなに私が遠坂凛と衛宮士郎を裏切っていた事が許せませんか? 許せませんよね? 分かりますよ、その気持ち。痛いほど分かります。

 信じたくないのに……ほらぁ、貴女はこんなにもあっさり現実を受け入れている。裏切られる事に慣れてしまっている可哀想な人ですね」

 

「―――貴様……!」

 

「ああ、こんな展開を待っていました。先輩に変わり果てた貴女を見せたいです。どんな貌をするのか、今から楽しみです。

 ですので、私達を殺さないと死により酷い目に遭いますよ。今からでも、なんで間桐桜を殺したのか、先輩と姉さんに説明する心の準備でもして置いた方が良いじゃないでしょうか。

 あ! でも―――セイバーさんは馬鹿ですから。

 騙されていた事に気が付かない阿保の王様ですし、生前も御子息の反逆を許した弱者ですし、私達を一人も殺せないでしょうし、理想だけしかお友達がいない哀れな偶像ですし、人の心が分からないから親友と奥様を裏切りに奔らせましたし……うん!

 ―――思い切って死んで下さい。

 英霊ですから死ぬのも慣れているでしょうし、こっちも貴女を凌辱する事に罪悪感が無くて丁度いいです」

 

「――――――!!」

 

 死ね、と心の中で叫んで斬り込んだ。セイバーの中にどうしようもない黒い感情が湧いて出た。これが唯の敵に言われたのなら、悪意に流される事無く聞き流していただろう。冷静な思考を保っているのに、これが悪手だと理解していて直感も止めた方が良いと訴えているのに、彼女は斬り掛った。

 

「駄目。丸分かりだよ、騎士王さん?」

 

 それを亜璃紗が止めた。セイバーと桜の間に入り込んだ。桜と亜璃紗の間にはラインが結ばれており、互いの危機には敏感。思考による念話も出来るとなれば、無言のまま敵にバレることなく会話も可能。(さなが)ら、マスターとサーヴァントのような関係だ。

 

「―――斧!?」

 

 彼女がセイバーの剣戟を逸らした得物は、無骨な作りをした斧。それも山の森に住まう樵が使っているような小さな手斧。人を殺すには十分な凶器。元が人間よりも頑丈な大木を斬り倒す道具な為、相手がサーヴァントでも術的な加護があれば首を跳ばすのに十分。

 人間がサーヴァントを止めるだけで狂っているに、更に異常なのは、亜璃紗が片手で斧を持っていると言うこと。もう片方の手には拳銃があり、銃身を肩に当てて相手に向けて構えてさえいないのだ。

 

「……っく!」

 

「イヒヒヒヒ! 踏み込むの? 踏み込まないで打ち払うの?

 ―――悩んでる、悩んでる。

 セイバーさんの心は本当に読み易いよ。読めない一手一手を直感で対応していちゃ、視線で解からせるようなもんさ」

 

 聖剣を真正面から受け止めただけでも有り得ない。なのに亜璃紗は、絶妙な力加減でセイバーを鍔迫り合いで抑え込んでいた。

 

「―――黙れ!!」

 

 魔力放出により、強引に彼女を吹き飛ばす。鉄を木端にする破壊力の前では人間など襤褸雑巾だが、亜璃紗は予定調和と言える身動きで威力を完全に受け流していた。そのまま後ろへ滑らかな足取りで下がり、無傷のまま静かに佇み―――銃を既に撃っていた。後退しながら、弾丸を眉間へ狙っていた。

 狂っている。この女は何処も余す事無くイカれている。

 人間では無かった。殺気も、視線も、動作も呼吸も悪意も邪気も人外。全てが狂おしい。彼女(アレ)は断じて美しい少女ではなく、狂っているから美しささえ見出せるほどおぞましいのだ。セイバーは唯々この異形の人型が恐ろしかった。

 

「そんなに怖いんかな? まぁ―――死ねば何も感じなくなるよ。死んだ事がある英霊さんなら分かるんじゃない?」

 

 理解できないから、恐怖する。人間も英霊も、根本的な感情の流れは変わらない。

 

「―――ク……」

 

 セイバーは額から流血していた。弾丸が掠った所為か、流れ出た赤い血液が片目に入ってしまい―――死角から神父が強襲を既に行っていた。亜璃紗が吹き飛んだ直後には、一足一倒でサーヴァントを相手に殴り掛かっていた。拳が防御の上から衝撃を伝播させ、篭手も鎧も無視して内臓を揺さぶられた。その所業、もはや人間業ではなく、つまり……彼はもう、人間を辞めた悪魔であると言うこと。そして、それは綺礼だけに適応されるルールではない。死して人間を辞めた者がもう一人。

 衛宮切嗣は嘗ての相棒を()りに、銃を片手に強襲を仕掛け―――

 

Time alter(固有時制御)pentagon accel(五倍速)―――」

 

 ―――言峰綺礼は黒鍵を魔力任せに強化した。

 セイバーにとって今の状況は正に臨死。剣を盾にする間もない神父の攻撃を、何とか腕の篭手を盾に防げては良いものも、暗殺者が短機関銃をばら撒いた。神業染みた、相手からすれば悪魔の幻と同じ直感の回避予知でセイバーは無傷であったが―――鉄塊となった黒鍵が逃げ場を抑え込んでいる。黒鍵の刃が回り、滞空する様に進んでいた。

 加えて、辺りの足元が黒い沼と化す。

 敵が予め準備していた罠へ誘い込まれたと一瞬で判断し……セイバーは未来を幻視した。沼と剣、自分にとってどちらが致命的か、刹那よりも遥かに短い零秒の世界で直感したのだ。

 

「せやぁ……ッ―――!」

 

 黒鍵の配置は左右前後と、頭上の五カ所。足元に沼となれば、サーヴァントであろうとも詰み。王手を越えた勝利の一手前。

 故に―――この程度の地獄を踏破出来ず、何がセイバーか。

 閃光に等しい魔力放出が周囲の地面を一斉に抉る。黒沼は物理干渉を物ともしない影の泥だが、地面ごと消されるとなれば話は別。まるで伝説に語られる選定の剣(カリバーン)のように聖剣を地面へ突き刺すも、黒鍵に影響無し。爆発でクレーターが出来上がっていく光景は、体感時間が圧縮されなければ見れぬ映像であり、その中でセイバーは動いていた。

 黒鍵は僅かな爆風の影響を受けず、刀身も飛来する石飛礫も砕きながら回転している。綺礼の捻じれた性根に似て嫌らしく速度も遅く、相手をゆっくりと嬲り殺すような、草刈り機みたいな回転刃―――も、聖剣の前には無力。何より、当たらなければ武器は敵に傷を作れない。鍛え上げた剣技と生まれ持った直感が、二本の黒鍵を砕き、三本を皮一枚で避けた。

 

「―――っ……」

 

 しかし、その敵の攻撃を凌いだ直後、更に重圧な攻勢がセイバーを襲った。途切れる間のない連続性が、流石のセイバーの直感も鈍らせつつあった。本当に恐ろしいのは、四人掛かりとは言えセイバーと戦闘が出来ている事。だが、攻勢を掛け続けなければ、そもそも四人はセイバーの圧倒的な破壊力で粉砕されるだけ。攻め続けなければ四人はあっさりと全員死に、敵の攻撃が途切れた時が絶殺の好機となる!

 だから、セイバーは抉じ開ける。

 ブリテンの戦場では蛮族共と殺し合いに明け暮れ、他国の王と争い競い合い、最後の敵は自分に仕えていた臣下達。その絶望的なまで苦しく、辛く、明日が見えない戦場での経験が彼女の力だ。戦争に次ぐ戦争が、セイバーを鍛え上げている。

 一言で表せば、強い。

 セイバーは純粋に強かった。

 圧倒的なまでの膂力と、音を置き去りにする速力の前に―――人間の魔術師風情が勝てる道理はない。

 

「――――――……!」

 

 歯を食いしばり、聖剣を全力で一閃。それだけで吹き飛ぶ。剣圧だけで人間を切り裂く神速の剣舞……!

 ―――好機。

 切嗣は短機関銃を破壊され、綺礼は黒鍵を圧し折られた。亜璃紗も斧を手放してしまい、桜は呪文詠唱を中断してしまた。

 セイバーの前に四人が居た。それも体勢を崩した状態であり、流血もしている。近接戦をしていた者は、負傷によって物理的に直ぐ様動けない。全員が全員、遠距離用の攻撃手段を持っているが、とっさに動ける桜のはだけで……しかし、桜の手に届く程の眼前には、セイバーに飛ばされた三人が居る。障害物がある所為で、彼女の影による攻撃は不可能。何より、桜もセイバーから膨大な魔力放出を暴風として受けている。肋骨が罅割れて硬直していまっていた。肉体的な頑強さはこの中で桜が一番低い。

 そして、剣を振うには遠いが―――宝具の真名を解放する為には程良い距離。

 

約束された(エクス)――――――」

 

 確実に、纏めて皆殺しにするしかない。風王結界では万が一の場合がある。広範囲を一切合財、地形を変形させようとも抹殺する方が合理的。直感もそう訴えていた―――絶対に殺せ、と。

 ……一番最初に動ける様になったのは、衛宮切嗣だった。

 だが、余りにも遅い。今から攻撃したところで、その攻撃ごと聖剣で一掃出来る。

 綺礼が黒鍵を構えるよりも、桜が魔術を放つよりも、亜璃紗が巨大な拳銃を構えるよりも、確かに切嗣なら四人の中で一番咄嗟の判断で銃を撃てる。そして、その彼の銃撃でも間に合わないとなれば、誰も対処が不可能だと言う事。そもそも手に持っていた筈の銃は、先程のセイバーの攻撃で破壊されていた。今の彼は無手で、だからこそセイバーは真名解放の好機と見たのだ。

 それでも、切嗣は諦めていなかった。

 懐からトンプソンコンデンターを取り出し、最速の抜き撃ちでセイバーへ発射。弾丸が空気を掻き混ぜながら進んでいくも……聖剣は、その威光を既に解放していた。

 

「――――――勝利の(カリ)………!?」

 

 最高峰まで高まったセイバーの魔力が、宝具に叩き込まれた瞬間―――魔弾(起源弾)が、聖剣(エクスカリバー)の刀身に衝突した。

 

「…………………ぁ」

 

 倒れていた。土と血の味が口の中に広がり、全身が血塗れになっていた。

 ―――気が付けば、死に体。

 即死しなかったのが不可思議な負傷を肉体の内側に受け、セイバーは地面に横たわっていた。聖剣を撃ち放った直後の記憶が曖昧で、意識が数秒間混濁としていたのだと理解した。

 

「わた……し……は、一体―――」

 

 アヴァロンの治癒効果で死ぬ前に回復した。逆流してきた宝具の魔力で内側をミキサーが暴れた如く壊れて裂かれたが、即死でなければ彼女が消滅する事は無い。

 しかし、動けない。身動きが取れない。

 流石のアヴァロンであろうとも、逆流してきた膨大な魔力がセイバーに与えた致命傷は、余りにも重い負傷だ。即死では無いだけで、アヴァロンが無ければ一秒後に死んでいた程の傷だったのだ。 

 

「―――つーかまーえた! ……っと。やっと、セイバーさんが手に入りましたか」

 

 けれども、完全に手遅れだった。傷を幾ら癒そうとも―――セイバーは呪いに囚われてしまった。地面が瞬く間に黒い泥沼と化し、呪詛が地獄の釜となり、彼女の魂を煮え溶かしてした。

 身動きが全く出来ずにいる。四肢に力が入らず、魔力を流すことも巧く出来ない。

 

「……ぐ―――」

 

 泥沼に沈み、完全に拘束されたセイバー。亜璃紗は泥に囚われたサーヴァントの前に出てしゃがみ込み、陰惨な笑みを浮かべて顔を覗き込んだ。

 ……苦しんでいる。肉体を引き千切られた上、精神を悪神の呪いで犯され続けている。

 実に面白い。唯の人間では心が弾けて消えているのだろうが、セイバーは理性を保って現状の打破をしようと気力を失っていない。亜璃紗にとって英霊とは、それ自体が極上の玩具であった。

 

「……がっ、あぁああ―――!」

 

 故に彼女はおもむろに、そんな強い心を持つセイバーの片目を抉った。素手で取り外した。

 

「やった。綺麗に取れました」

 

 亜璃紗は抉った騎士王の眼を、宝石でも愛でる様な貴人の視線で見つめていた。彼女は愉しそうに手の平の上でコロコロと転がしている。

 

「くふふふ……!

 なんだか貴女のように可愛らしい女の子の、硝子みたいに美しい目玉をコロコロするのは―――とても面白いです」

 

 そして、亜璃紗は中指と親指でセイバーの目玉を摘み、そのまま口の中に放り込んだ。口の中で飴玉を溶かす様に舌で十分に味わい、潰す事も飲み込む事も無く味と感触を楽しんだ。異常なまでの美貌を誇る亜璃紗が頬を膨らませているのはとても可愛らしいのだが、口の中にあるのは飴玉で無く人間の目玉だ。

 

「んー、ひのわぎじかしがいで(血の味しかしないね)

 

 その後、亜璃紗は唾液だらけのセイバーの目玉を口内から取り出した。ねっとりと血液と唾液が混じり、それは誰が見ても嫌悪感を感じてしまうだろう。

 

「―――じゃあ、可哀想なので返して上げようか」

 

 亜璃紗は抉った目玉を、セイバーの真っ赤に染まった空洞に無理矢理嵌めこんだ。

 

「……――――――――――――っ!!!」

 

 声も無い。激痛で顔が強張るも、セイバーは決して悲鳴を上げなかった。

 

「いけません、亜璃紗。そこのサーヴァントは、私達と一緒に戦う仲間にする予定ですので、傷め付けるのは程々にした方が良いです」

 

「分かりました。じゃ、とっとと汚染して帰ろうか。私も手伝います」

 

 片目を抉られ、押し戻されたセイバーの前には四人の魔術師。桜はサーヴァントを取り込む為に魔術を行い、亜璃紗は精神を折ろうとセイバーに圧力を魔術で掛け続けている。特に亜璃紗の魔術は悪辣で、人の奥底に仕舞い込んだ心理的外傷を穿り返すえげつない代物。セイバーはじくじくと思い出したくもない罪の記録で自己に亀裂が入り、そこから黒い泥の呪詛が侵食せんと染まってくる。

 生前の心的外傷が、セイバーの心を黒く傷ませている。

 ―――何で、救えなかったのか。

 ―――何で、導けなかったのか。

 滅んだ、滅んだのだ。彼女の国はもう無くなった。自分に仕えてくれた騎士達には破滅の末路を与え、自分が守りたかった領民達には絶望を与えた。

 王は人の心が分からない。

 分からないから、斬り捨てたのか。

 十の為に一を生贄にしてきた筈なのに、最後の最後で一の為に十が消えてしまった。自分が斬り捨てた一となる人物……つまり、我が子であるモードレッド。国に不要と生まれた時に斬り捨てて、それは正しい事であったのだろうが罪は罪であり、罪科は絶対に消えて無くならない。その正しさに罰を下したのが、結果的には自分の子供。赤子だった自分の子を捨て、その子が騎士となって城に戻って来た。理想の為に犠牲にした筈のモードレッドの前であろうとも、騎士王は理想の為に誰かを犠牲にして国を統制し続けた。自分の心が悲鳴を上げても、相手が誰であろうとも、理想を体現すべく王として完成させ続けた。

 故に叛逆の騎士(モードレッド)こそが、正しく在る為に犠牲にしてきた者達の象徴。王が創り上げてしまった王を殺す為の道具。事実、彼の騎士はそう在れと母に作られた人造の騎士だった。

 騎士王は正しく国を統制し、正しく国を滅ぼした。彼女の正しさの犠牲者の一人であった騎士によって、正しく無惨に失敗した。

 死ね、死ね。死んで償え。

 殺されろ、呪われろ、犯されろ、砕かれろ。

 嘗ての彼女の騎士達が、嘲笑っていた。恨んでいた、憎んでいた。円卓の騎士が王を見捨てていた。お前を信じたのが間違いだった。愚かだった。愚か者を信じた愚か者になってしまった。王の為に、国の為に、その全ての結末がアレであった。カムランの丘だった。原因はお前だ、お前の所為だ。罪人め、悪魔め、殺人者め、詐欺師め、殺戮者め、虐殺者め、人でなしの嘘つきの暗君め。

 結局、救おうとして失敗した愚か者の―――剣を抜いただけの小娘め。

 お前の理想に皆が殺されたんだよ。お前の理想が国を殺したんだ。だから、お前は国に殺されたんだ―――

 

「―――ああ、美味しい……」

 

 桜の呪詛を利用して、亜璃紗は剥き出しになったセイバーの精神を歪ませ、嘗ての悪夢を見せていた。彼女の苦悩を楽しんでいた。他人の精神の苦痛を美味と感じる亜璃紗にとって、セイバー程の巨大な歪みは感覚の許容範囲を越える甘さを持つ禁断の果実。

 

「……美味しいなぁ」

 

 過去を覗くと言う事は、相手の人生を味わうと言う事。亜璃紗にとって、この世で愉しめる最上の娯楽の一つ。

 その点、セイバーは至高の芸術品。

 楽しい苦悩、面白い絶望、嬉しい悲劇、喜ばしい地獄。

 裏切られた時の彼女の感情など、絶頂した錯覚をする程の深さがある痛みで。自分の国の最後を悟り、その光景を目にした時の悲しみと嘆きと後悔は涙が出る程の感動があった。

 

「うん? あれ? ほう? あぁ……それ程まで強いか? この世全ての悪が全人類に向ける悪意を一人に絞ったって言うのに、なんで耐えられるのか……本当に、本気で不思議だな」

 

「―――ほざけ、下郎が……っ」

 

「んー、貴女みたいな真っ当な英霊で在る程、とても死にたくなる筈なんだけどなぁ。生前から、呪われ慣れてたりするのですかね?

 ……それとも、何かしらの宝具の守りか?

 ああ、わかった。成る程ね、あの有名な盗まれた聖剣の鞘かな」

 

 セイバーの体内には、聖剣の鞘(アヴァロン)がある。亜璃紗は呪いを応用して対魔力を簡単に突破して、精神干渉の魔術を使っていたので分かった。その鞘が彼女の内部で魂を保護していた。

 成る程、だったらアンリ・マユが万全に機能していないのも頷ける。亜璃紗はそう納得した上に、むしろ逆に壊し甲斐があるとほくそ笑む。思う儘に試行錯誤しても壊れにくい人間の精神なんて、そうそうこの世には無いので楽しそうで仕方が無かった。

 その様子を、嘗ての彼女のマスターを感情が消え失せた目で観察していた。彼の瞳には何の色も映しておらず、セイバーをセイバーと言う人格を持つ“人間”だと認識していない事が分かった。

 

「―――衛宮、切嗣……! 貴様は……っ――――――」

 

 故に、セイバーはこの策が衛宮切嗣が考え付いた物だと分かった。セイバー、つまりアルトリア・ペンドラゴンと言う英霊の能力と、自分達の能力を照らし合わせた結果から考え付いた戦術。この森で出会ったことが予想外であったとしても、セイバーと戦う事は最初から想定内の出来事であったのだ。

 森に入る最初から、彼女と出会う前から衛宮切嗣はセイバーを生け捕りにする為に、策を練っていた。だからこそ、この得られた偶然を好機に変え―――今こうして、アルトリアは倒れ伏していた。

 

「……―――」

 

 有らん限りの憎しみと恨み。亜璃紗に抉られた方の眼光は伽藍堂だったが、もう片方の生きている瞳が視線で切嗣を穿っていた。

 

「―――何を考えている! 聖杯は呪われてっ……なのに、望むモノが有るとでも言うのか!?」

 

「勿論だよ。その為ならば―――この世界、生贄にしてみせよう」

 

「キリ……ツ、グ――――――!」

 

 セイバーの瞳が呪詛で汚染され始めていた。両目の虹彩が変わり始め、爛々と濁る黄金色に鈍く変色していく。脳味噌が悪意と憎悪で煮え滾り、視線だけで命を奪う程の悪鬼に変貌しそうになる。

 それを、彼女は精神力だけで抑え込む。

 目の前の人でなし(衛宮切嗣)を恨めば恨むほど憎しみが高まるが、それに比例して呪詛の侵食が早まる。聖剣の鞘であろうとも、担い手そのものが呪いを生み出すのは止められない。その憎悪と、桜の悪意が合わさってしまい、汚染速度が速まってしまう。

 

「くく。くははははは! そうだ、その意気だぞ衛宮切嗣!

 嘗て共に戦争を生き抜いたサーヴァントを前にしての、その裏切りよう。実に愉快極まりないぞ」

 

 第四次聖杯戦争ではアサシンのマスターであり、セイバーも教会で会った言峰綺礼の顔に見覚えがある。第四次聖杯戦争ではアサシンのマスターであり、最後はギルガメッシュのマスターとなった怨敵。第四次では知らなかった事実も、第五次で召喚された時の記憶が知識を補完していた。

 そして、あの言峰士人(アサシンのマスター)の養父だ。その悪意の化身へ、切嗣は敵意のままに銃口を向けた。

 

「何の真似だ? 衛宮切嗣」

 

「不愉快だよ。死にたいのかい、言峰綺礼」

 

「そうか。だが、それこそ知った事ではない。逆に私は愉快極まりないからな。自分の鏡を見るのは辛いだろうが、私はおまえ達が存分に苦しむのが喜ばしい。

 せいぜい醜く、在りの儘に殺し合ってくれ。

 そこの元召喚相手を討ったのだ。次は、今度こそ息子を倒さなければな」

 

 クク、と綺礼は笑っていた。姿は切嗣と同じで第四次の時と同じだが、その笑みは死んだ時と何ら変わる事はない。世の中を悟り、悪意を尊んでいる。この悲劇を祝福し、神へ祈りを捧げていた。そして、彼が信じる神とは即ち、この悪辣な世界を生み出した創造主。

 こうなった原因と、そうなった結果。

 今の世界の在り方の答えとなる根源。

 救いようが何処にも一切存在無い戻って来た人界の、この末路が素晴しいのだ。ああ、ならばこそ、甦られた奇跡を神へ感謝して祈ることに―――一体、何の間違いがあると言うのか?

 

「お二人とも、今は其処までにして下さい。仲間割れなんて、何時何処でも出来る事です。敵地の此処で態々するような事じゃないですか。

 全く、子供何て歳じゃない良い大人なんですから……自重って言葉、知ってます?」

 

「いや、桜さん。煽ってどうするんですか? まぁ、兎も角、計画通り言ったのですから、落ち着いて下さいよ」

 

 綺礼だけでは無く、桜と亜璃紗も意識が切嗣の銃口に向けられた。彼が放つ本気の殺意が、三人の意識をセイバーから外させた。それ程までに衛宮切嗣の殺気は強く、濃く、無視し切れない鋭さを持っていた。

 二人は元々、昔は敵同士であったのだ。

 些細な事で殺し合い、裏切り合っても可笑しくはない。理性的に感情を制御しようとも、ふとした拍子に枷が外れるのも当然。それにそもそも、衛宮切嗣からすれば妻を殺した張本人でもあり、言峰綺礼からすれば聖杯を破壊した元凶でもある。理解し合えない、認められないと殺し合った過去がある。

 ―――その隙を穿つ。セイバーは敵の注意が外れた瞬間を見逃さない。

 一瞬で魔力を宝具に集中させる。衛宮切嗣によって完全破壊された魔術回路の修復は少々時が必要になったが、宝具使用が可能になる程度には既に治癒が完了している。

 この場で聖剣は使えない。無論、風王結界も使用不可能。故に身動きが取れないセイバーは、この状況を打破する為に、もっとも相応しい宝具を名を唱える……!

 

全て遠き(アヴァ)―――」

 

 突如、セイバーの内側から光が迸った。強大な黄金の閃光がセイバーを中心にして照らし、魔力が一気に膨張した。

 結界宝具、全て遠き理想郷(アヴァロン)の真名解放。

 間桐桜の黒い泥から逃げ延びるには、この方法しか無かった。切り裂かれた体内の修繕を行っている治癒の大元だが、それを停止させて泥沼から抜け出さんと桜の魔術を上回った。無理矢理宝具を稼動させたため、内側から傷だらけになっていた致命傷がセイバーを襲っていた。

 しかし、呪詛の概念を上回る守護の概念が泥沼の束縛を打ち破れる。例え魔法であろうとも防ぐ規格外の宝具となれば、間桐桜が支配する虚数の黒泥も完全に遮断可能。

 

「―――………っ!」

 

 ……血が吹き出た。泥沼に赤色が混ざり、グロテスクな紋様を成している。例えるなら、コーヒーにミルクを入れた様だった。

 

「―――……ふぅ。

 本当に危険な賭けでした」

 

 鋭い虚数の影が、セイバーの声帯を引き裂いていた。解放寸前であったアヴァロンの真名は唱えられず、再度セイバーの内側へ返還されてしまった。

 

「駄目じゃないですか、セイバーさん。此方にはあの人が居るのですよ。その宝具の能力を知ってしまえば、こんな場面で使って来る事は簡単に分かってしまいます。

 後はタイミングを計るだけ。態と隙を晒せば、まぁ……封じるのは簡単です。

 長ったらしい宝具解放に合わせるだけでしたら、思考速度で動かせる影を使えば容易いですしね」

 

 つまり、狙っていた。セイバーは敵の考えを見抜き、思考が絶望に沈む。首を狙う一閃を避けられ、一度捕まえた泥沼から脱出されぬよう、態々宝具を使う場面で首を斬ったのだ。

 

「こっちの方が冷や冷やだよ。桜さん、こんな態と隙を見せて奥の手を潰すなんて賭け、二度目はごめんですからね。

 ……あぁ、早く取り込んで下さい。セイバーが死んでしまう」

 

「分かってますよ、亜璃紗。まぁ、だから余り、霊核になる部分を壊す手は使いたくなかったのですが。本当、致し方ないですね」

 

 セイバーはまだ泥に抗っていた。死に抗っている訳では無い。

 死ぬ直前になっても強靭な精神力で濃厚な呪詛を堪え、サーヴァント殺しの泥に抵抗している。深く抉られた首の傷はアヴァロンでも即座に治癒は出来ない為、今の彼女は先に死ぬか、泥に取り込まれるかの二択が未来となる。

 ―――セイバーは死ぬまで泥に耐える。

 ―――桜にとって、これは賭けだった。

 桜はアヴァロン封じに首切りを狙ったが、死ぬのが早いか、取り込むのが早いか、そんな運の要素が大きいギャンブルを避ける為、最後の最後までセイバーの宝具解放を待っていた。

 

「……ふふ、うふふふふ―――!

 膨大な生命力と、自動蘇生する宝具が仇に成りましたね。貴女にとって残念な事でしょうけど、もう死ぬ事は出来ません」

 

 桜はセイバーの霊核を一気に汚染し切った。例え、第四次聖杯戦争で召喚されていたギルガメッシュでも耐え切れずに溶ける泥は、単純に聖杯の孔から溢れ出た呪詛の泥よりも更に凶悪。

 セイバーはアヴァロンの治癒が無ければ、汚染される前に死んで聖杯に送られていた。生まれながらに高い自己治癒がもう少し低ければ、致命傷に耐えられず消滅していた。

 ―――しかし、そうはならなかった。

 エクスカリバーの魔力が逆流して即死していれば、あるいはアヴァロンの蘇生が間に合わずに死んでいれば、間桐桜の策略は成功していなかった。これはセイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンの強さを冷徹に計算したからこそ考え付いたモノ。

 黒く染め―――魂を隷属させる。

 呪われた悪神の黒泥がドロドロと、コールタールに似た粘り気のある質感で精神を犯す。肉体を真っ黒に侵す。元が分からなくなる程、心身を変質させていった。

 誰もが、無言だった。

 誰もが、言葉が不要だった。

 漸く始まる殺し合い。願望を果たすべく、間桐桜(黒い聖杯)は戦争を布告する。

 

「さぁ、わたしたちの―――聖杯戦争を始めましょう」

 

 セイバーは囚われた。偶然とはいえ、桜は強力な手駒を従えた。キャスターの陣地における乱戦で弱ったサーヴァントを狙っていたが、思い付く限り最高の結果を得られたのだ。養子の間桐亜璃紗に、アヴェンジャーに呪われ囚われた亡霊である衛宮切嗣と言峰綺礼も居る。セイバーを自陣に加えられたとなれば、もう本腰を入れても戦力は十全に足りると判断。やっと戦争が出来ると考えただけで、桜は笑みを浮かべてしまうほど浮かれていた。

 間桐桜はこの成果を存分に満足し―――……その光景を、静かに一匹の黒猫が覗いていた。




 隠れていた間桐勢の再登場でした。セイバーファンとして、やっぱり黒化オルタも魅力の一つ何です。後、間桐勢の一番良い所はキャラクターが全員、黒いってところです。会話場面を書いていると延々に脳内で台詞が続いてしまうので、大幅にカットする方が大変でしたww 
 そして、ライダーのチート宝具の本当の能力がやっと出せました。彼の宝具は侵略軍ですので、殺した相手だったり略奪した敵の道具は、自軍の武器に出来る設定を漸く出せました。国を攻め落とせれば、あるいはどっかの国軍の軍事基地を制圧すると、設定だと核弾頭も宝具に出来る優れ物です。流石に拠点や基地を宝具化は出来ませんけど、基地の機能を持っていても軍艦ならば兵器なので可能であったり。勿論、概念的なモノでも殺したサーヴァントの宝具を手に入れる事も、出来たり出来なかったりします。現物がある兵器でしたら、奪った時点で手に入りる予定です。
 ……ふと、こんなに意味が無いほど長い後書きを書いていて考えてしまったのですけど、黒化したセイバーが鞘を持っていると彼女の強さはどうなるんだろう、と気が付きました。

 この作品を読んで頂き、ありがとうございました。

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