神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 更新致しました。
 坂田金時とか、実はライダー候補でした。そして、主人公の士人の相棒する予定でもあったりしました。何だか、あのもうお前一人で十分じゃ、って雰囲気が大好きですww 後、格闘技を覚えた熊とか乗り物で出してみたかったです。でも、各地の伝承ですと金太郎って熊を殺してる場合があるんですよね。そして、キャスターとも面識があるんだろうかと妄想してみたり。


61.太陽の神

「―――でよぉ。そこで俺っちは見事、超絶電撃アルティメットスパークで死徒の股間を粉砕したっ訳。俺様が開発した超電導回転最優牙砕のクルクル咬みつきで、生死を決したってこと。

 どうどう、カッコよくね? あん時はマジでヤバかったからな」

 

「…………」

 

「凄かっぜぇ。なんてーの、おっ勃つつーか、炸裂っつーか。あの臨死の時はそうっすねぇ……交尾した時とはまた違う興奮だったぜ!」

 

「…………」

 

「やっぱ、あの男をご主人にして正解だった。今回もこんな阿保過ぎる馬鹿騒ぎに参加して、英傑たちの殺し合いを見れる何て最高の娯楽っすよ」

 

「……‥…」

 

「つーことで―――ユーは何て此処にいるんだい、レンさん?」

 

 物凄く、それはとても非常に面倒臭い相手に捕まってしまった。黒猫の姿のまま、レンは溜め息を人間臭い仕草でつく。アデルバート・ダンの使い魔であるフレディが、覚えていたレンの“魔力(匂い)”を嗅ぎつけたのだ。

 

「相変わらずのクールビューティ。だが、それが良い…って事で、まぁ、掴み話はこんなんで良いか。

 ここに居るんだろー―――あの腐れ神父が。

 確か今回だと……アサシン、のマスターだったっけか? 消去法とアレの性質から、多分それであってると思うんだけど。それにアレがバサカっちの旦那と城に入ってから、念話の妨害がされてて巧く繋がらないんっすよ。色々と情報不足で俺っちマジ困りでね」

 

「…………――――――」

 

 ついー、とレンは視線を森の闇に向けた。この子犬の聞くに堪えない話を聞き流すも、何だかだで結構重要な内容も含まれている。フレディは会話に戦局状況を組み込ませ、相手の“反応を嗅ぐ”ことでレンから情報を遠回しであるが得ていた。

 

「おっほぅ。ビンゴだぜ」

 

 と、フレディは嬉しそうに呟いた。目当ての人間が森の闇から出て来たからだ。その人物とは彼を使役する魔術師であり、バーサーカーのマスターであるアデルバート・ダン。だが、違う方向から彼らと遭遇するかのように、また違う人物が森から現れた。

 

「……あんたか、ダン」

 

「お前と一緒に転移されるとは……遠坂は一体何を考えている。いや、そもそも考えている時間が無かったのか」

 

 キャスターとて、みすみす転移を逃した訳ではない。遠坂凛が空間転移で抜け出す刹那、要塞の隔離結界の境界線上に妨害術式を一気に奔らせた。それにより、転移する人物と位置に干渉されてしまい、バラバラになってはぐれてしまった。

 

「―――止めだ、止め。ここで殺し合いはしないぞ。無意味だ。面倒なことになったぜ……ったくよ」

 

 殺気立つアヴェンジャーのマスター―――美綴綾子に、ダンは銃口を向ける事はしなかった。

 

「……だったら、それで良い。あたしも自分の安全が第一だからね。それにレンも居るとなると、もしかして居るんか? あいつが近くに」

 

「いんやー。匂いはしませんぜ、綾子の姐さん」

 

 子犬(フレディ)は相変わらずらしい。時計塔の時からぶれない奴だなぁ、と綾子は溜め息を飲み込む。この犬は例え敵だろうと、その瞬間だけは笑いながら楽しそうにしつつ、いざ場面が訪れれば主人の力となって相手を軽い気持ちで殺す犬畜生。

 相手と遊ぶ時も、相手を殺す時も、態度に変わりがないのだ。彼は人間ではなく犬の使い魔で、生きるも死ぬも、楽しむも苦しむも、在るが儘。何も変わりなく、どんな状況にも区別なく、いつも本気で嘲笑っていた。

 

「……ふぅん? じゃあ何か、レン。まさか、今一人なのか?」

 

「……」

 

 無言で頷く黒猫を見つつ、綾子はどうしようか思考し、やはり考えるまでも無いと意思を決めた。レンとは浅い付き合いでは無い。精神を摩耗させて疲れていた言峰と一時に暮らしていた時、つまり殺人貴が死んだ直ぐの時期のこと。綾子もレンと共に生活していた。あの神父と完全に二人っきりであった訳では無かった。

 ……と言うよりも、あの頃は士人よりもレンの方が落ち込み具合は高かった。今直ぐにでも自殺してしまうような危機的な精神状態であった。士人とレンの陰気な気配は凄まじい負の念であり、まるで屋内が腐って乾燥した廃屋みたいな空気になってしまう程。平常運転している士人ならば、愛しい主人が死んだレンを追い詰めて愉しんでいたのだろうが、当時は鬱まっしぐらな一人と一匹なので溜め息ばかりだったとか。

 それをある程度のところまで立ち直させた綾子も綾子。よって、レンにとって美綴綾子とは、命の恩人以上に思い入れのある自分の味方でもあった。

 

「はぁ。こりゃ、仕方ないね……」

 

 無口だが、無口ゆえに黒猫の気配を探るのは綾子にとって楽だった。

 

「……一緒に来る?」

 

「……―――」

 

 無音無言でレンは綾子の後ろに回った。意図した動きか分からないが、丁度フレディの視線から逃れる位置に移動していた。

 同時に、フレディも主人であるダンの横に並ぶ。

 奇しくも美綴綾子とアデルバート・ダンは、揃った立場と状況で対峙する事になった。

 段々と場の空気が死ぬ。重苦しく潰れて逝く。常人ではこの場にいるだけで心臓の脈が狂う程の圧迫感に満ち、呼吸が停止して気を失うだろう。

 

「なぁ、美綴。場は混迷の極みに堕ちてしまった。もう戦争をまともに出来るかどうか、分からない事態になっている。

 ここはよ、お互い意を決して―――同盟って訳にはいかないか?」

 

 しかし、ダンはそんな空気を一気に白けさせた。この男は魔術師であり、元執行者であるが、本来は殺し屋だ。好き込んで人を殺して賃金を得て、人並み以上の生活を送る破綻者だ。

 そんな悪鬼魔道が、修羅場に相応しくない言葉。

 綾子とて、数々の死線を越えている。自分が修羅に堕ちた悪鬼の類であると、自任している。強くなる為に、自身の生死を試す為に、より高みに届かんとして、戦場と戦争を利用していた。

 そんな彼女を例える言葉は腐るほどある。

 非道、外道、無道、邪道、魔道。それら全てを併せ持つ悪鬼であり、修羅であり、悪魔であり―――極悪人。

 数えるのも面倒なほど人助けもしてきたが、それも殺人と殺戮による冥府の所業による産物。それに数々の兵器を敵から趣味で奪い取っており、彼女は人を殺さない泥棒ではなく、暴虐によって簒奪する盗賊でもあった。

 故に、この男に殺意と敵意、挙げ句の果てに欠片の害意も無い事を感じ取れた。

 

「―――……らしく、ない。らしくないな、それ」

 

 胡散臭くて、言葉の意味が通じない程、気味が悪い。もっと率直に言えば、信じられない。

 

「正直な話、殺すのが面倒になってきてな。もうこれは、本当に戦争の規模になっている。一介の殺し屋に過ぎないオレでは、今の状況は荷が重い。

 バーサーカーは有能で、オレとの相性も悪くない。悪くないが……どうも、反則でもしなくては勝ち筋が取れん。

 と、なるとだ。聖杯をあのキャスター陣営から奪い取るのは、オレらだけでは不可能で……且つ、もしかしたらを考えれば―――聖杯を、破壊しなければならなくなる」

 

 その言葉で拒絶の意思が氷解した。

 

「ああ、そー言うこと。分かったよ、保険でアヴェンジャーの魔眼が必要なんだね?」

 

「正解だ。英霊化した殺人貴であれば、真実―――悪魔の神さえ、一方的に死なせるだろう」

 

 殺人貴とは、言わば今の魔術師にとって伝説だ。死徒第四位の魔法使いが、朱い月を倒した荒唐無稽な大昔の物語に等しい逸話の一つ。

 混沌のネロ・カオス、転生のロア、現象のタタリの抹消。彼らは人間では殺す事が不可能な本当の魔であった筈。なのに、死んだ。アインナッシュさえ、死神の前では無力であった。本当の不老不死であった黒騎士リィゾ=バール・シュトラウトと、その魔剣である真性悪魔ニアダークの殺害にも成功。

 最終的には星に墜落する月さえ消し滅ぼし、最後の真祖も彼の手で()された。

 

「……そうかい。まぁ、理屈は分かるし、受け入れられる。

 あたしもこのまんまじゃ、勝ち様が無くて困って居た所さ。利用しても良いから、こっちもアンタらを散々に利用させて頂こうじゃないか?」

 

「それは、つまり―――」 

 

「―――了承したってことよ。

 あたしだって、死にたくはない。悪手かもしれなくても、やっぱ生存率は高い方が良いしね」

 

 レンは不安に思っていた。言葉にする事はないが、こんなどうしようもない戦争に参加してしまった綾子が心配であった。心配であるのに……あの人のマスターが、彼女である事に安堵していた。

 アヴェンジャー、真名を殺人貴とするサーヴァント。

 彼の真名が遠野志貴、あるいは七夜志貴とならないのは、言わば本当の名よりも通り名の方が有名であったが為。殺人貴(デス)と人喰いの化け物に恐れられ、化け物を哀れな犠牲者の如く命を狩り取る死神。

 その男こそ、レンの主人である。そして、前の主人であった女性の為、彼女の願いの為、その人を殺した者でもあり、その女もまた男を死なせた原因でもあり……けれども、そんな因縁もこの聖杯戦争でやっと終わる。死んだ筈の殺人貴は還って来た。

 

「…………」

 

 神父とは―――契約がある。使い魔としてではなく、魂で結び付いた悪魔としての契約。悪魔と化して魔物へとレンは生まれ変わる必要があり、長い時間と重なった概念が、彼女を怪物へ駆り立てた。今の彼女は夢魔の使い魔でなく、夢魔の名を冠する悪魔。故に、神父との契約はより強固となり、あの男もレンを裏切る事も騙す事も出来ないだろう。

 しかし、この状況下だ。美綴綾子と共にいるのは、契約に反する訳ではない。

 だが、言峰士人こそ諸悪の根源。

 この悪夢よりも救われない真実と、果てにある結末は人が行き着く極みである業の具現であり、それだけが神父にとっての感動で、愉悦で、娯楽。殺人貴と真祖の悲劇もまた、この男が仕組んだ舞台劇だった。それと同じく、この第六次聖杯戦争も全ての原因に、あの男が存在した。

 

「…………―――」

 

 ならば、レンがすべきことは惨劇を止める事なのか。それは違った、否である。神父は巧妙に隠し事をし、相手の意図を察して物事の真実をぼかし騙す事はするが、嘘をついて他人を騙す事はない。それだけは決してしなかった。

 殺人貴は自分で選んで結末を迎えた様に、この戦争の参加者全員がそうである。

 言葉程度で止まりはせず、悪魔の神が聖杯に眠っている程度の真実では何も変わらない。

 確かに、神父の言葉は精神に対する致死性の猛毒。魂が抉られるし、実際レンもあの男に言葉を掛けられるだけで内側が暴かれて息が苦しくなる。多分、この戦争に参加している者が全員そうな筈。

 

「レン、どうしたのよ?」

 

「―――………」

 

「そう? 大丈夫なら、それでいいんだけど」

 

 綾子を心配させてしまったらしい。レンとしても彼女があの神父と関わり合いにあるのは心配だけど、彼女が神父の弟子にならなくては自分と会う事も無かった。そう言う意味では、感謝しても良かったかもしれない。しかし、綾子はこんな世界に入り込む元凶もまた神父にあった。だが、神父が彼女を魔道に引き摺り込まなければ、殺人貴が召喚される事もなかっただろう。

 業が、深かった。言峰士人と言う人間は、人の世における災厄であった。

 関わった人間を破滅させる極悪でもあるが、より悪辣なのが他人の業を更に深くする点にある。人が各々に持つ業―――理想、復讐、愛憎、快楽、正義、探究、狂気、執着、と数ある求道の名が神父の娯楽。

 ならば、聖杯戦争は最高の悦楽である。

 あの男がただで終わらせるとは考えられなかった。

 何より、キャスターの暴挙によって、聖杯の真実が露見してしまった。まだ一騎も死していない状態で、これでは何が起こるか予測も出来ない。暗雲が立ち込め、戦局は刻一刻と誰にとっても悪い状況になってきた。誰もが敗者となり、全て御破算するかもしれない。

 ……レンは、それでも会わねばならなかった。

 目的の彼が直ぐ傍まで近づいている。彼のマスターとも接触し、もう直ぐ会える。

 

「では、美綴綾子。同盟成立と言う事で良いな」

 

「ええ。けど、問題はウチのアヴェンジャーと、そっちのバーサーカーの説得だね」

 

「同感さ。あいつ、何だかんだで狂ってるからなぁ……」

 

「バーサーカーじゃ、仕方ない事じゃない。こっちの相棒も、退魔に狂った狂人だよ。いや、あたしとアンタが誰彼が狂ってるなんて、言えた事じゃないんだけどね」

 

「それもまた同感。しかし、折角結んだ同盟さ。うまくやっていこう」

 

 キャスターの式神兵を警戒しつつ、二人と二匹が森の中を進んでいく。あちこちで戦闘が勃発し、場は完全に混沌状態に陥ってしまっている。そして、美綴綾子とアデルバート・ダンはまだ知らぬ事だが、アヴェンジャーとバーサーカーが殺し合っている場面に遭遇するのは直ぐ後であった。

 

 

◇◇◇

 

 マスターとサーヴァントが離れた組みがいた中で、バゼットとランサーは幸運な方であった。二人は少々離れていたが、直ぐに合流する事が出来た。だが、転移したマスターとサーヴァントの中では一番不運な陣営でもあった。

 何故なら―――彼らはキャスターに捕捉されてしまった。

 それも式神でもなく、キャスターが作った式神の自己分身でもなく、本物のキャスターが命を奪いに来た。間接的ならば、森にいる全ての敵対者に干渉している最中だが、直接的に殺しに掛っているのはランサーの陣営のみ。

 

「―――シィィイイイッ……ハッハーーー!!」

 

 気合いを込めた闘争の雄叫びの後に、ランサーは抑えきれないと爆笑してしまった。生前と同じ様に、有り得ない程の逆境の中に居ながらも、彼は生前と違って自分の力を万全に使用可能だった。

 宝具である魔槍ゲイ・ボルグ。

 武術と魔術の師匠スカアハから教わった槍術と体術と、原初のルーン魔術。

 ランサーは自分自身の全知全能を出し切り、本気で全力を出しているのに―――たった一人の魔術師を相手に勝て切れずにいた。むしろ、自分の方が不利であった。それも自分を使役するマスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツと言う、英霊に匹敵する身体能力を持つ超人であり、自分と同じルーンの魔術を体得した魔人が味方をしているにも関わらず、敵を倒せずにいた。逆に、自分達の方が殺される側の立場に傾きつつあった。

 

「アーチャーが千里眼がどうとか、陰陽術がどうとか言ってたけどよぉ……バゼット! 相手の能力は一体どうなってやがる!?」

 

「―――視えません。

 スキルやステータスが巧く透視出来ません! 宝具に至っては何も分かりません!?」

 

 叫ぶと共に剛腕を敵に突き立てる。金剛よりも硬い筈の鬼種の皮膚が、ダメージを受けるどころか貫通して一撃で致命傷を受けた。つまり、心臓を一発で貫かれて死んだ。もはや、人間で行える所業ではなく、彼女は本当に人の法則から逸脱した生粋の超人魔人であると言うことだ。

 

「……っち。やっぱ、そう言うカラクリか。考え付く事がせけぇんだよ、テメェ」

 

 実際に能力を見ても、宝具やスキルの正体を看破しても分からなかった理由。彼は陰陽術と宝具を利用し、敵マスターからの透視を妨害していた。最初は情報不足だからと敵相手に思わせていた為、キャスターは気が付かれるまで能力を巧妙に隠し通していた。どのマスターも誰もが、この段階に来るまでキャスターがステータスを隠蔽している事に気が付かなかったのだ。余りにも巧妙な手口であり、神秘面ではなく他人と競い合う頭脳面で、敵をキャスターは上回っていた。それに、そもそも、敵は一網打尽にする予定であった為、ここぞと言う場面まで実際に能力を隠し通していたのだ。だが、そうはならず、逃走を許してしまった。

 もはや、宝具の正体を見せた後では不必要な細工に思われるが、実はまだかなり有効。

 敵の能力が不透明であると言う事は、対策を立て難い事を意味する。バレているのは、自分が陰陽術を使う事、千里眼によって未来が視える事、陰陽術を宝具化可能な事、式神を使役する宝具を持っている事。しかし、その宝具やスキルの詳細な内容は透視出来る様になっておらず、視えるのはマスターが実際にサーヴァントの神秘を知り、正しく観測出来た内容のみ。故に、実際に見て、戦わなければ、種別や効果は分かっても程度は実感出来ない。相手のランクも分からない。見えるのは看破した真名と、目視して確認出来た契約するマスターの名前。後はステータスも分かるが、宝具のランクは分からない。クラススキルでさえ、あるのは確認出来ても、しっかりと認識しなければランクが分からない様になっていた。

 

「すみませんね。私は隠し事が大好きでして、それに自己紹介は程々にした方が良い。秘密が多い程、神秘的な印象が強まるではないですか。そもそも手段があるのでしたら、裸のままよりは服を着た方が文化的ですし……おっと?

 貴方みたいな紀元前の原始人にこんな言っても、意味が通じますかね?」

 

「―――そこ動くんじゃねぇ、串刺しにしてやるぜ……!」

 

 このキャスターはヤバ過ぎる、とランサーは積み重ねた経験と戦士として持つ直感で理解した。キャスターはステータスを隠蔽可能な技量の持ち主である故、誰もがこの陰陽師の不自然さに気が付いていなかった。

 彼は明らかに、ステータス以上の性能を持っていた。

 スキルのランクに相応しくない能力を発動させていた。

 キャスターの千里眼の評価はランクA+。しかし、そんな程度では実際、サーヴァントと音速の領域で戦闘をしながら未来を見続け、一瞬で幾通りもの戦闘を予知して対応などする事など出来やしない。これからの戦闘で有り得る可能性全ての光景を取捨選択し、遥か数十手先の未来を現段階で判断する事など、規格外の評価を受けるべき千里眼スキルだ。伝承に基づいた宝具になっていても良い程。ステータスの敏捷もランクCとなっているが、明らかにそれ以上の速度を出していた。 

 つまり、この男は宝具を利用してステータスとスキルを補強していた。例え視られたとしても、透視した筈のランク以上の性能を発揮する。キャスターはそう言う類の英霊で、マスターの透視による情報漏洩を何段階にも分けて防いでいた。

 

「へぇ、そうですか。そんな鯨の化け物から作った小骨槍で、私に届くと思っているんですか? これだから、優雅に生きられない野蛮な原始的な英霊は―――無様で、見ていて飽きません!

 戦いだけが生き甲斐でしたら……ほら、敵は此処に居ますよ。

 此処で安全に何の危険もなく、黙々と貴方達を殺す為の呪文を詠唱してますよ。

 まぁ、呪文を黙々と唱えるって言うのも変な言い方ですが、何となく良い響きです。実際、気分的に威力が高まるだけで、私の術符はもう完成した神秘ですし、術式の発動にあんまり要りませんし。この矛盾した雰囲気が、死と生と貧困と贅沢が集まる都的な表現といいましょうか……ランサーとそのマスター、お二人はどう思いますかね?」

 

「知るか、このペテン師がぁ―――!」

 

「同感です! そんなに私達をおちょくるのが楽しいですか?!」

 

「はい。それはもうとってもです。鬼退治以上に緊張感がありますからね」

 

 ハハハ、と雅に笑うキャスターは台詞の割に、緊張している雰囲気は全く零だった。本当に楽しそうに笑っているのに、目だけが笑っていない。

 如何殺そうか。如何死なせるか。

 敵の隙を淡々と窺って、戦術を淡々と構築していた。

 キャスターは手駒の鬼神を繰り出しつつ、千里眼でじっくりと観察していた。陰陽術を撃ち放ち、それの対応の仕方も把握していった。

 彼は未来も視えるが、過去も視える。故に、敵がしてくるかもしれない想定外の知らない筈の手をも、未来予想図に組み込んで対応している。

 ランサーの宝具を出すタイミングと、ルーン魔術を使用する頻度。

 バゼットが宝具を迎撃する可能性と、ルーン魔術による強化補正。

 敵の動きを観察し、未来を想定。錬金術師の分割思考と高速思考でも追い付けない神域の思考と、未来を監視する異端の千里眼により、彼は全てを把握した。だがしかし、鬼神を操り、術を放つも決定打を与えられない。キャスターはやっと理解した。

 ランサーとマクレミッツの二人組を倒すには、安全策では絶対に届かない。倒すには、そう―――自分も殺される覚悟で、必ず殺すと決意しなくてはならない。

 

「―――業火よ、天を照らせ」

 

 太陽の具現。埒外の灼熱が光り輝き、それだけで空間が焼け、鋼鉄が蒸発する。彼は対軍宝具レベルの術式を放ち、自軍の式神ごとキャスターは敵を燃やす。酸素を全て焼き尽くし、摂氏数千度の恒星の如き灼熱が、ランサーとバゼットに直撃……した筈。そう、確かに当たった筈なのに、炎の中からまだ気配を感じた。

 

「しゃらくせぇ―――!」

 

 ルーンの防壁を自己の貼り付け、ランサーは炎塊から飛び出し、バゼットが彼の後ろに続く。この一撃によって鬼神の数が無くなり、敵まで続く道筋が出来上がっていて。

 しかし、自滅の可能性があるそんな悪手をキャスターが態々するとは思えず。

 なのに、二人は分かっていたが、訪れたこの絶好の機会を逃しさないと挑む。

 ―――魔槍の刺突。

 キャスターの心の臓腑を貫く軌跡で刃は奔り、その死線は当然の結果としてキャスターが防ぐ―――も、死角からバゼットが奇襲を仕掛けた。宛ら、抜刀術を真似た剣技で槍から命を守ったが、その代償として刀が手元から吹き飛び、森の何処かに落ちてしまった。そして、第二陣の攻撃が直ぐ眼前まで迫る。ランサーが繰り出す神速の刺突が、既にもうバゼットの突撃と同時に放たれていた。

 挟まれた、と理解した時にはもう遅い。ランサーとバゼットの連帯攻撃を前にしては、セイバーやアーチャーでさえ傷を負うだろう。ならば、そもそも白兵戦に向かないキャスターでは、徒手空拳となった彼では、対処の仕様が無い臨死の瞬間。

 だが、このキャスターは例外。

 

「―――ふむふむ。斬り合い殴り合いが強いと言っても、こんなもんですか」

 

 恐ろしい事に、キャスターは敵の“攻撃”を鷲掴みにしていた。掌でバゼットの拳を受け止め、ランサーの槍の刃を握り止めている。未来を盗み見るキャスターだからこそ、まるで置くような仕草で攻撃に合わせて両手を盾にしていた。

 硬直する。声も上がらない。ランサーとバゼットも、何もしていない訳でも無い。しかし、二人は動かない……いや、体を動かせられない。口も動かず、瞬きさえも出来ずにいた。

 何故なら、キャスターが直接―――二人が存在している空間を停止させていた為。

 着物の袖で隠れて見えていなかったが、キャスターの腕にはびっしりと術符が張られていた。良く見れば、何時の間にか両手まで覆っていた。バゼットのルーンの手袋を真似ているかの様に、キャスターは術符で自分の四肢を強化していたのだ。その札らが、敵に武器越しに触れることで空間停止を行っていた。いや、それはもはや空間を対象にした時間停止であり、世界そのものを凍結させる魔神の秘技である。

 

「では、まぁ……―――死んで下さいね?」

 

 二人を拘束したままの状態で、彼は式神を召喚。背後に現れたのは、物干し竿と日本で例えられる程の、五尺以上の長さを誇る刀を構えた優美な鬼神。

 その鬼が横に刃を一閃するだけで、二人の首はそのまま跳ぶだろう。

 

「――――――ガ……!!!」

 

 気合い、何て言葉では生温かった。全生命力を一瞬で焼き尽くす烈火の激震を、ランサーは全身から放った―――瞬間、鬼が刃を奔らせた。槍はキャスターの拘束術式を打ち破り自由になったが、キャスターはもう槍の範囲から脱し、鬼が盾となる。

 そして、槍が鬼の喉を串刺しにしていた。ランサーは有らん限りの力でそのまま捻り、捩り、一気に手元まで槍を引き戻す。それだけで、鬼の頸は吹き飛んだ。槍を戻す時の力が強過ぎるのもあるが、絶対に息の根を止める為に、ランサーが知っている確実な怪物の殺し方の一つでもある。

 今のランサーは最速を越え、神域の速度も通り過ぎ、魔の速さでも追い付かない槍の化身。ルーンで強化された肉体と、鍛え極まった技術は、ただただ「槍」としか例えられない迅さに至っていた。当然、殺せると油断していた生まれ立ての使い魔風情が叶う訳もなかった。その式神が本来ならば、神の領域さえ斬り裂く魔の剣士であったとしても、今のランサーに届く道理がない。

 

「……フ―――ッ!」

 

 打った。バゼットの呼気が空気を切り裂き、拳が敵の胴体を内臓ごと抉り込んだ。その一撃は英霊さえ木端にする人外の破壊と概念の重みを有していたが、キャスターの自動防壁が発動。体が吹き飛んでしまったが、実際の被害は零である。いや、衝撃を殺し切れなかったのか、肉体の負傷で動きが止まり、口元から血が出ていた!

 

刺し穿つ(ゲイ)―――」

 

 殺す、殺す、此処で確実に殺せ。絶殺の好機を逃さずランサーは躊躇無く王手を掛けた。そして、対人戦用の魔槍の発動は、今のキャスターが一番恐れている宝具の真名解放でもあった。

 ―――ゲイ・ボルグ。

 因果を逆転させ、当たる前に当たった結果を作り出し、その後に槍で殺す。ただの因果干渉であればキャスターは楽に対因果干渉術式で無効に出来るが、ランサーの魔槍が相手では無駄なのだ。何故なら―――ありとあらゆる予測した未来において、キャスターは自分が刺殺される現実しか観測出来なかった。対抗手段が有る筈なのに……しかし、それが事実。

 それもルーン魔術で神秘の濃度が増し、概念が更なる重みを持つとなれば、未来は一つの結末しか観測出来なかった。ただの因果の呪詛だけなら助かる見込みもあるのに、僅かな可能性さえもランサーの槍が答えを一つに絞っていた。

 ―――死ぬのだ。

 観測可能な未来が全部、因果逆転の呪詛がキャスターの“死”で塗り潰されていた。

 

「―――死棘の槍(ボルグ)……!」

 

 槍の攻撃範囲全てが必殺領域。圧倒的な死。刺殺と言う因果の呪詛。余りの速さに誰の目に止まらぬ、いや―――誰の視界にも映らない絶殺の刺突!

 悠々と赤い魔槍は敵を貫き、心臓を貫き潰しており……そのまま、キャスターの肉体が消えて逝った。砂が流れた後に似て、何も残さずに死んで消えた。あっさりと肉体がサーヴァントの定めに逆らう事なく亡くなり、アインツベルンの森の支配者が敗北した姿がそれだった。

 

「…………糞ったれが―――!」

 

 ランサーが貌を歪め、罵声を吐き出す。この憤怒は敵を殺さねば解消出来ず―――事実、キャスターはまだ生きていた。ランサーが真名を解放してまで殺した相手は、キャスターが入れ替えた囮の式神だった。

 入れ替わったのは、ランサーが真名解放した直後。あの瞬間、キャスターがバゼットの攻撃でダメージを受けていたのは本当だが、そもそもキャスターは四肢が取れようとも陰陽術を放つ。あれは確かに致命的な隙を晒し、身動き一つ取れない危機であったが、キャスターが術符を使うには全く以って許容範囲内。術符の行使は思考だけで十分であり、他のサーヴァントから見れば死を覚悟しようとも―――キャスターにとって、術符で予め対処手段を用意しておけば、何でも無い唯の危機。そして、真名解放の瞬間は、サーヴァントが動きを止める事も出来ない状態でもある。ランサーはしてやられたと認識したが、それでも間に合えと槍を加速させ……敵の心臓に届かなかった。

 

「―――ランサー、敵は何処に行きましたか!?」

 

「……上だぜ、バゼット。しかし、こりゃ―――かなりヤベぇかもな」

 

 二人が貌を上げた直後、森を覆っていた夜の闇が晴れた。時間が一気に反転し、朝日の時間も超えて、光が一番強い昼の時間に塗り変わっていた。二人の視線の先には空中に降り立つキャスターがいたが、それ以上に異常なモノが空に存在している。

 ―――太陽が、輝いていたのだ。

 爛々と光を放つ地獄の業火で、夜空が昼間のように明るかった。天照の陽光と見間違う程の輝きであり、神性の発露。キャスターが乗り物に愛用していた黒い鴉の式神を生贄に捧げ、生み出した恒星の具現である。

 

八咫烏(ヤタノガラス)……まぁ、肉体となる式神に神性と権能を上書きした紛い物ですが。それでも能力だけは特級品ですよ?

 例え、大聖杯でも呼び出せない特上の神霊ですからね。もっとも、霊格堕ちてしまって英霊の領域ですが、それでも神獣の中の神獣です」

 

 生まれからして、神。中には神霊でありながら英霊として召喚される者も居るが、それはサーヴァントとしてのレベルに合わせられた亜神としてである。だが、この神獣はまるで違う。英霊としての側面は無い生粋の神霊だ。創造神に使役されていた太陽神。

 神霊と混血である光の御子クー・フーリンは、祖父である太陽神に関する神性を持つ。そのアイルランドの大英雄を殺す為にだけに、キャスターは神を現世に降ろし、ただの兵器へと式神にした。神の力で以って、英雄を討つ。太陽神の子を、太陽で焼き滅ぼす。英霊を神の権能で圧殺するのだ。

 

「クー・フーリン。確か、宝具は魔槍ゲイ・ボルグでしたっけ。元々それを所有していた影の女王が弟子に与え、彼の愛槍に至ると言う物語。それに確か大元は、ボルグ・マク・ブアインが死した海獣の遺骸から作った骨の槍。

 言ってしまえば、巨大鯨の小骨でしょうか。しかし、まぁ―――それをあれ程までの武器に仕上げるとは。槍を作った職人も良い腕ですね。強大な魔獣の神秘を引き出し、因果の呪詛を生み出して武器として確立させる。加えて、投擲方法を立案した魔女の技巧も素晴しい。職人が生み出した神秘以外にも、槍には彼女が行った改良があるのでしょうかねぇ。

 故に―――大英雄の宝具足り得る伝承の具現。

 尤も、その受け継がれた神秘と技術を更に昇華させた英雄であるこそ、あの魔槍の持ち主に相応しいですのかね」

 

 彼は上空で魔力を充填しながらもぶつぶつと、独り言を呟き続ける。今から殺そうとする相手の情報を口にして整理しながら、この手段で正しいのか最後まで吟味する。もし、この万全の一手が防がれてしまったらと言う状況を思考しながら、今は作業に対して最大限の能力を用いて没頭していた。

 そう、独り言を呟きながらも、魔力が際限なく上昇している。

 森中の太源を一気に掻き集めていた。ランサーが殺した式神の魂も生贄の捧げ、自分が焼いた式神も動力源に使っていた。

 陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)十二天将(じゅうにてんしょう)。安倍晴明が持つ宝具。

 英霊とはこれ即ち、殺戮の権化。ならば、英霊の宝具とはつまるところ、伝承を具現する虐殺兵器。そして、安倍晴明が持つ伝承とは陰陽術そのものなのだ。ならば、作成した術符を宝具化すると言う神秘は、正に安倍晴明に相応しい武装。術符と式神こそ安倍晴明の誇りとなる宝具の伝承。

 つまり、彼が放つ陰陽術は全て、宝具(マーブル・ファンタズム)(クラス)の概念と神秘を宿す事を意味する。

 この日本と言う国において、安倍晴明の魔術自体が宝具に等しい伝説。

 彼は数多の逸話を持っているが、それは陰陽術による伝承。恐らくは日本一有名な魔術師であり、最強の陰陽師。

 ならばこそ、宝具化するほど彼の陰陽術は―――並の宝具を圧倒するまで極められていた。

 術符の神秘を宝具によって濃度を高め、泰山府君の秘術によって式神を完全に再現。英霊化した事により宝具の性能を持つ自身の術理を利用し、むしろ悪用と呼べるまで世界の神秘法則を悪辣に支配した。

 

「八咫烏の神性を生贄にした太陽です。さぁ―――骨の髄まで燃え尽きな!」

 

 神降ろし。それも、太陽の神性だけを現世に落とし、攻撃面にのみ特化させて抽出。日ノ本の国おいて、古い神々に仕える神道の巫女が使う特殊な魔術理論であるが、それを陰陽道の魔術基盤に適応させた。キャスターのソレは自己への憑依では無く、宝具である式神への模倣。もはや、大聖杯が行う英霊召喚に等しい所業であった。更に現世において、神霊は己が持つ“権能”を行使すれば消滅は間逃れないが、犠牲と言う前提であれば関係が無い。キャスターは神性と権能を火力に生み変え、地上に太陽を作り出す。

 神託など生易しい。

 これは―――神霊を生贄とする宝具よりも悪辣な殺戮の具現。

 既にこの男、術式と理論のみで英霊の領域を越えている。受肉した神獣を作り出した上に、術式の起爆剤に利用した。召喚した神性が核の爆薬に作り変え、キャスターは夜の太陽を生み出したのだ―――!

 

「……そんな、馬鹿な。たかだか英霊が、一部分とは言え神霊を召喚するなど―――!!」

 

 それ程まで神秘を鍛え上げたと言うならば、そもそも聖杯など要らぬ。つまり、キャスター―――安倍晴明であれば、自前の能力で受肉も行えて、魔力も自給出来て、第二の人生も召喚された時点で達成可能だ。それ程まで、神秘を鍛え上げている。その力が、自分達二人に向けられていた。

 聖杯にも匹敵するキャスターの神秘が、想像も絶する魔道の極限が今、お前を焼き殺すと落ちてくる……!

 

「おもしれぇ……! バゼット、行くぜ!!」

 

「―――!」

 

 あの太陽は、小型の核弾頭とでも言う兵器。もはや魔術ではない。神霊魔術に匹敵する宝具。だからこそ、神霊魔術の領域に突入する程である故に、キャスターは部分的とは言え自分の陰陽術が宝具化しているのだ。

 それを、ランサーは笑い飛ばす。バゼットは純粋に驚き、その驚愕が逆に心に平穏を取り戻させた。

 

「ランサー、消し飛ばしなさい!!」

 

 マスターとして、バゼットは成すべき事を成す。令呪で以って、相棒の言葉に応えた。

 

「おうよ!」 

 

 浮かび上がるルーン文字。影の国の女王スカハサから伝授された魔術。全てを覆い尽くす原初のルーンで成された文字列。一つ一つに意味があり、合わさり重なる言語に神秘が生まれた。

 つまり、強化。

 筋肉繊維全てに行き渡る魔力の激流。多種多様な文字が宿す概念が渦を成し、立った一つの意味を持つ魔術を成す。ルーン文字の軍勢がランサーの肉を強め、骨を強め、神経を強め、魔力を強め、全てを強め、強化。

 ―――強化だ。強化しろ、容器(カラダ)を引き裂かんばかりに強化。

 強化して、強化し尽くし、強化を幾重にも重ね、強化を何度も繰り返し、強化、強化強化、強化強化強化強化強化強化強化強化強化強化強化強化強化……―――!

 

「……っは。良いね、決死の特攻か」

 

 ランサー―――クー・フーリンが師から伝授された槍の使い方を自己流にした刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)はそも、彼女から貰った槍本来の使い方では無い。因果逆転の概念を集中的に槍から解放して使うこの対人宝具は、ランクが意味を成さない必中必殺。それも心臓を破壊した上で、呪詛で傷を癒す事も許さない。相手は死ぬしかない。だが、破壊力は無い。

 

「―――行くぜ、キャスター!!」

 

 因果逆転の呪い―――それが対人宝具としての概念であり、宝具としての神秘。

 Bランクと評価されているのは、槍が持つその因果律の逆転操作となる。つまり、ランサーが魔槍から呪いを引き出し、刺突技と融合させた宝具が―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)。規模や破壊力と言った殺傷能力では無く、因果を操る命中率と傷を癒さぬ特異性と言う観点からランクがBとなっている。必ず心臓を貫く、と言う神秘によって槍自体の貫通能力は上がっており、ランク相当に等しい殺傷性能は持っている。だが、その貫き殺す為の威力の大部分は、ランサー自身が鍛え上げた槍の術理だ。

 鍛え上げた肉体と武術、そして槍の能力を操る技術。

 この三つが合わさりあって初めて、魔槍は宝具として成り立っていた。

 

「オォォオオオオオぉぉおおおおおアアアああああああ……ッ!!」

 

 ならば、そこに彼が鍛え上げたルーン魔術が合わされれば―――如何程の宝具になるのか?

 

抉り穿つ(ゲイ)――――――――」

 

 答えが、今のランサーだった。

 全身をルーンにて身体機能増幅強化。同時に槍をもルーン文字で覆い尽くし、貫通力と破壊力を上昇させた。更に肉体崩壊も辞さぬ全力全開であり、壊れ続ける肉体をルーンによって治癒し続けている。今のランサーを例えるなら、精密ミサイルの発射台であり、その魔槍は正にミサイルである。そして、その全てがルーン魔術で凶悪化されていた。要は銃弾と弾薬だ。魔術で弾を強化すれば威力は上昇するが、発射の初速度に変化は無い。だが、ランサーが行ったのは起爆剤となる投擲する自分自身と、槍自体に対するルーンの加護。

 ―――魔槍ゲイボルグ。

 この宝具は、槍だけの能力でランクがB+と化しているのではない。槍の呪いと合わせたランサーの投擲も含め、槍投げの宝具として成立する。つまり、宝具を宝具に匹敵する技で放つことで、魔槍ゲイボルグは真価を発揮する。ならば武器と武術、その二つを強化され更なる一体化が成された場合―――宝具は既にランクに縛られる程度の概念ではない。

 神秘は加速し、魔槍は炸裂し――――

 

「―――――――鏖殺の槍(ボルグ)………!」

 

 ―――猛犬は神をも殺す。

 だが、それでも尚、ゲイボルグではキャスターの魔術には届かないだろう。魔力の総量で負け、神秘の濃度で負け、同格なのは概念程度。太陽は魔槍を焼き消せはしないが、押し通して敵を焼き殺すのだ。太陽の中で魔力を燃やされ、威力を完全に失う。

 もっとも、それは通常の場合。

 大英雄クー・フーリン全身全霊余す事無く全てを―――令呪が後押ししていた。

 

「貫きやがりなぁ―――……っ!」

 

 壮絶な神話の体現。絶死の光景。

 自分が放った槍を見て、ランサーが既に確信となった信念(コトバ)を叫ぶ。

 たった一本の槍が、墜落する炎塊を押し止めていた―――否! それは違った。紅き魔槍は赤い太陽を、僅かでづつに上空へ押し上げていた。この暗い森の中、太陽が上っているのだ。

 

「……な、に―――?」

 

 綺麗な球体だった太陽の塊が、歪む。形が崩れる。まるで、指一本で押し潰された風船。

 そして―――爆散。

 決して太陽が本来の機能通りに爆発した訳ではない。それは権能の崩壊であり、魔槍によって神秘が消し飛ばされたと言う事実。

 太陽の神は、息を吹かれた蝋燭の火の如き儚さで消滅した。

 

「バゼット―――」

 

「―――分かっています、脱出を強行しますよ!」

 

 

◇◇◇

 

 

 その異変は衛宮士郎にとって、死よりも冷酷な罰だった。

 

「令呪が……―――遠坂!?」

 

 ライダーと行っていた戦闘は不可避の障害でもあったが、セイバーが此方を見つかるだろうと言う魂胆もあった。何より、凛の転移観測地点から離れておらず、彼女の感知能力と戦場における直感力を知っていれば、合流も時間の内だと予想していた。

 だが―――終わった。

 ……全部、台無し。彼女との契約の証が、消えた。

 

「―――嘘、でしょ? だって、あのセイバーが……?

 ああ、畜生もう!?

 アーチャー、全力で持って離脱するわ。こんな場所にもう要は無い!? さっさと逃げないと全部手遅れになる―――!!」

 

 決断は素早く。そして、凛の判断は的確だった。

 まず、今の状態では目的の綾子とバゼットの捜索は不可能、且つキャスター以外で最大の障害であるライダーが自分を狙っている。と、なれば、一番の不確定要素が自分達に纏わり付いていると思考すれば、綾子とバゼットは最悪の場合でもキャスター陣営からのみ狙われている事が理解出来る。殺し屋アデルバート・ダンも狂った魔術師であるも、あれはある意味ではそこそこ信用出来る。殺し屋ゆえに、第一に死地からの脱出を目的にするだろう。

 そして、これが一番の理由であるが―――このままでは、死ぬ。

 ライダーを倒せても、キャスターから逃げ切れずに敗北する可能性が高い。逆に、ライダーはキャスターとあの要塞の中でなければ、相性が悪くなければ良くもないので、アーチャー達を殺した後にキャスター陣営と決戦する事も出来なくない。

 結論として、凛は逃走を第一目標とした。

 その思考は士郎も同じであり、アーチャーも同様。

 

「――――――」

 

 斬る。逃がさずに、殺し斬る。デメトリオは無言のまま、敵に斬り掛かる。一刀が重く、その斬撃が嵐となって敵へ振われた。

 

「愚かな馬鹿共が。むざむざと、折角の獲物を逃がすかものか……―――!」

 

 甲高い雄叫びで、ライダーは笑った。折角の戦争を楽しまず、一体何を楽しむのか、彼には分からない。分からないから、彼は声高く楽しそうに笑うのだ。敵の命を略奪できて嬉しいのだと、命を賭して殺すのだ。

 ライダーは手に持つ弓を射る。遠くに待機している兵に念じて、投石機から岩石や火薬弾を投下。空爆以上の精度で辺りを焼き払った。まだマスターであるデメトリオや、爆破範囲に自分に略奪兵がいるのに、彼は恐ろしい戦術を当たり前の事の様に行使してくる。

 

「これでも死なんか。ハハ、実に最高よ!」

 

 キャスターの結界は念話を妨害するも、魂に取り込まれている略奪兵達に対してならば、ライダーは問題なく命令を念じられていた。しかし、マスターであるデメトリオへは念話は使えない。よって、彼の近場にいる兵士を使い、仕草や動作で決めておいた合図で連絡を取っている。

 焼き払う。よって、なるべく遠くへ逃げろ。

 デメトリオへライダーが伝えたのは、そう言う連絡。

 よって、アーチャー達に爆撃が敢行された直前に範囲から逃げ切れていなかったが、それでも爆炎と衝撃で致命を負う範囲からは逃れていた。

 

「…………流石とでも、言うべきか」

 

 デメトリオは数十メートル先の破壊痕を眺める。アーチャーが自身の能力で爆風と岩石を止め、士郎が盾や大型の剣を投影して配置し、凛が膨大な魔力で強大な魔力障壁を張り巡らせていた。 

 大砲火を三人は喰い止めている。単純な火力で言えば、サーヴァントを七体殺せる破壊力を持ち、戦艦を穿ち静める大破壊であるが、それが通じない。要は三人揃った時の防御力は、戦争で例えれば城壁に並ぶ堅牢さを持つと言う事だ。

 その時であった。一瞬の出来事であったが……世界が、太陽の光に包み込まれた。

 余りにも眩しい光源が夜を照らし、森を昼間に塗り替えていた。この場で戦っている彼らは知らぬが、少し離れた場所においてキャスターとランサーが戦闘を行っていた。其の時に繰り出したキャスターの攻撃が、この戦地まで照らしていた。

 

「―――太陽……」

 

 突然の出来事に全員の動きが停止―――してはいなかった。唯一人、この場で自分にだけ出来る事が有る事を知っている人物がいた。

 その者は、アーチャー。彼女はライダー達とその兵士、何より視界から自分達を外したデメトリオの姿に好機を見出した。敵対者全員の意識が完全にではないが、僅かでも注意が薄れるのはこの瞬間だけしかない。逃亡出来るチャンスは、この今しか有り得なかった。

 

「――――――……!」

 

 一瞬の判断が戦局を大きく動かした。アーチャーは自分のマスターである凛と、セイバーのマスターで“あった”士郎の腕を握り締めた。自分の両手が塞がり、更に凛と士郎の腕を片方づつ動きを止める悪手であり―――敵が決して、逃す訳が無い大きな隙。殺してくれ、と言っているような醜態。

 しかし、この瞬間だけなら、ライダー達が自分達の隙を発見するのに、本当に僅かな時間だけ遅れてくれる。アーチャーには、そのズレを零秒で理解して、行動へ瞬時に移らなければならなかった。

 

「……―――――」

 

「……か―――!」

 

 敵の不自然な動きに、二人は絶好の機会を見たと同時―――逃せば取り返しのつかない事態になる、と直感した。まるで、アーチャーが太陽が上空へ突如として出現した現象を知っているかの様な動きに対し、疑問を思い浮かべる思考も無いままだった。二人は一瞬で攻撃体勢に移り……何もかもが手遅れだった。

 デメトリオの斬撃は空振り、ライダーの矢が虚空を通り過ぎて行った。しかし、そんな事は本来ならば有り得ない。

 

「……おい、デメトリオ。ここはキャスターの結界内であり……且つ、この我輩(ワシ)が略奪結界の内部ぞ。だから、分かる。己が宝具内の出来事故に、理解出来る。

 奴ら―――違う空間へ、転移して渡りおった。

 お主、このキャスターの結界内では、その類の魔術を使うのが難しいと言っておらんかったか?」

 

「……難しいぞ。事実、あの遠坂凛が転移魔術で直ぐに逃げ出さなかったのも、それが原因だと思われる。だから、もしもの場合にも備え、遠坂凛は転移を強硬しない様、我々は隙を窺うポーズを取り続けた。圧迫感を与えていた」

 

「だが、逃げたぞ。あれはアーチャーが原因か?」

 

「―――そう、だろう。間違いなく」

 

「やはり、お主もそう見るか。尤も転移前の行動を見れば、当然の思考でもある。

 しかし、そうなると面白い展開だぞ。弓兵で在りながらも、遠距離兵器を無効にする異能に加え、転移の神秘も備えている事となる。加え、何種かの武装を何処から兎も角、自由に取り出してもいた」

 

「あの力……(オレ)は、確かに―――見覚えがある。随分とこのアーチャーより質は低いが、同類の神秘であった」

 

「ほほう? それが事実なれば、誠に良い情報ぞ。殺して聖杯を奪い取る為に、確実な一歩を踏み出せる」

 

「…………ふむ―――」

 

 悩む間もなく、デメトリオは答えに辿り着いていた。幾度か斬り合えば、敵の中身を切り開いて観察出来る。交えた刃の感触がデメトリオ・メランドリには真実であり、絶対。その剣が訴えているのだ、あの女の正体を、真名を。

 

「―――英霊になったか……」

 

 だが、まずは撤退戦を無事に終わらせよう。何より、斬り殺せる上質な魔物が、この森には沢山いる。斬る事に困る事はなく、ライダーも目的を変更していた。今は出来るだけ早く、アインツベルンの領土から脱出するのが自分達にとって好都合。武装と兵士の消耗を抑えつつ、適度に式神を殺して補充する。吸収量が消費量を上回る前に、ライダーは戦力を整えておきたかった。

 デメトリオ・メランドリは、珍しく微笑んでいた。

 自分が今まで生きて来た中で、この戦場で出会った者達は誰もが強者。己を鍛え上げ、極めている超人であり、達人であり、魔人であった。そんな特上級の斬り合う相手が、沢山存在している。何より、自分の相棒であるライダーは戦場を面白可笑しく、自分にとって最高の舞台を作り上げてくれる。

 ―――ライダーもまた、自分のマスターと同種の笑みを浮かべている。

 おお、化け物共よ。

 戦場の犬よ、殺戮と虐殺の輩よ。この聖杯戦争は天国で、極楽だ。

 まだまだ是からだ。此処からが、楽園の様な本物の地獄となる―――否! 人で無しの英雄が生み出すこの世の地獄を、戦場の楽園を楽しむを存分に味わえる。

 二人は数多の帝国の略奪者を引き連れ、この森から撤退する。新しい戦場を求めて、静かに、盛大に、木々を焼き払い、式神を喰い殺しながら行進していった。




 アインツベルン戦線は、これで終わりそうです。多分もうアーチャーの正体はモロバレでしょうけど、まだまだ真名はばらしません。後、次回でまた急展開となります。

 ここまで読んで頂きまして、誠にありがとうございました。

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